エネルギーハーベストの研究動向と展望- 大量文書情報

VN Technology Trend Watch No.290(2014.10.14)
-エネルギーハーベストの研究動向と展望-
大量文書情報を活用した分析
VALUENEX コンサルティング株式会社
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断転載は禁止いたします。
1.はじめに
りセンサーの駆動や通信をまかなえるだけのエネルギ
スマートフォンの高機能化と普及、クラウドコンピ
ーが取得できれば、センサーは故障しない限り恒久的
ューティング、ビッグデータの活用などにより、我々
に駆動することになり、多量のセンサーをさまざまな
の住む社会は急速に高度情報化社会へと向かっている。
環境で意識せずに利用できるようになる。
今後は、IoT(モノのインターネット)が進展し、よ
今後の高度情報化社会においてはセンサーネットワ
り高度かつ多数の情報を活用したサービスが展開され
ークとそれを支えるエネルギーハーベスティングが重
ていくであろう。
要になると考えられるが、その研究開発はどのように
今後の更なる高度情報化社会のための基盤技術のひ
進んでいるのであろうか。ここではエネルギーハーベ
とつがセンサーネットワークである。現在でも我々の
スティングに関連する学術文献情報をクラスター解析
身の回りには多数のセンサーが使われているが、今後
することにより、検討されているエネルギーソースの
は生活環境や自然環境、あるいは都市インフラなど、
多様性や動向および今後の展開可能性について検討を
いたるところにセンサーが取り付けられ、かつネット
行った。
ワークを構築することで、さまざまな情報収集や機械
間制御などの機能を果たすことになるであろう。大量
2.エネルギーハーベスティングに関するマクロ動向
のセンサーの導入に関しては、実際に米国を基点とし
エネルギーハーベスティングに関連する学術文献情
て「trillion sensors universe」に関する検討が始まっ
報の収集は、エルゼビア出版の Scopus を利用した。
ているなど、実現に向けた動きが見られる。
収集条件はタイトル、アブストラクトおよびキーワー
センサーネットワークを構築する上で重要になるの
ドで、Energy と Harvest*が3ワード以内で共起する
がエネルギーソースである。センサーは駆動するため
Article あるいは Proceedings とした。なお、今回の解
にエネルギーを必要とするし、ネットワークを構築す
析では少なくとも原著が英語の記述を持つものに限定
るためには各センサーノードは相互に通信を行う必要
した。
があり、エネルギーが不可欠である。そのエネルギー
エネルギーハーベスティングに関連する研究論文数
源として着目されているもののひとつに、周囲の環境
の推移および主要な研究機関所属国籍を Fig. 1 および
からエネルギーを取り出す技術(エネルギーハーベス
Fig. 2、また主要論文発表国の年次推移を Fig.3 にまと
ティング)がある。エネルギーハーベスティングによ
める。
©2014 VALUENEX Consulting Inc.
1
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論文数推移を見ると、急速な論文数増加は 2005 年
学術文献数上位3カ国および日本の年次別発表件数
頃からであることが分かる。環境からエネルギーを取
推移を Fig. 3 に示す。学術文献数増加の立ち上がりを
り出すという意味では、エネルギーハーベスティング
見ても米国が他国を先行している。その他の主要国お
は古くから行われている技術であるので、このキーワ
よび日本では 2008 年頃から学術文献数が増加してい
ードが意識して使われるようになったのが 2005 年頃
る。
からということになる。また、図示はしていないが、
500
United States
China
United Kingdom
Japan
ワイヤレスセンサーネットワークに関連する学術文献
400
ネルギーハーベスティングが 2005 年頃から急速に増
加したことと関連しているものと考えられる。
国別の学術文献発表数を見ると、当該分野では米国
がとくに多くなっている。この一つの要因として、前
述のようにワイヤレスセンサーネットワークとの関連
があるものと推定される。ワイヤレスセンサーネット
ワークの一つの大きな目的は軍事であり、そのために
学術文献数
数は 2003 年頃から立ち上がっている。このこともエ
300
200
100
0
1990
1995
2000
2005
2010
2015
発表年次
米国での学術文献数が多くなっているものと考えられ
る。
Fig. 3 主要国の関連学術文献数推移
1400
3.関連論文のクラスター解析
学術文献数
1200
1000
エネルギーハーベスティングに関連する研究動向を
800
俯瞰することを目的とし、収集した学術文献情報(タ
600
イトル、要約)を用いてクラスター解析を行った。ク
400
ラスター解析では解析対象とする文書情報の特徴量を
200
tf/idf 法を用いて評価し、文書相互の類似度評価を行い
0
1990
1995
2000
2005
2010
可視化している。主要な研究領域をアサインした結果
2015
を Fig. 4 に示す。
発表年次
Fig. 1 関連学術文献数の推移
クラスター解析結果では、主要な研究領域として大
きく分けて 3 つの領域が確認できる。一つが今回特に
注目しているセンサーに関連したエネルギーハーベス
学術文献数
0
1000
2000
ティング技術である。この中を詳細に見ると、ワイヤ
3000
レスセンサーノードやRFID といったエネルギーハー
United States
China
United Kingdom
Germany
South Korea
Italy
Japan
France
Canada
India
ベスティングを利用する側の研究、パワー変換や伝送
などの関連技術、およびピエゾや熱電変換などのエネ
ルギーハーベスティング技術が含まれている。
センサー・デバイス領域の横には光エネルギーに関
連する領域が形成されている。ここには色素増感を含
む太陽電池や生体模倣量子ドットによる光ハーベスト、
クロロフィル等のバイオマテリアル関連研究が含まれ
ている。
Fig. 2 主要な論文発表組織所属国
©2014 VALUENEX Consulting Inc.
2
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腸内微生物
バイオマス
作物バイオマス
木質バイオマス
風力
伝送
RFID
PVパワーシステム
熱電変換
燃料電池
PV・色素増感
光受容体
ワイヤレス
センサーノード
バクテリア
クロロフィル
光エネルギー
RFパワー
パワー変換
センサー、デバイス
座標には意味が無く、クラスター相互の類
似性が正しく表現されるように配置。
クラスター間距離は相互の類似性を表現。
焦電
摩擦帯電
フラッター
振動&圧電
クラスターサイズ(円の大きさ)は含まれ
る文献数に比例。
植物
クロロフィル
量子ドット
ナノワイヤ利用
PVDF利用
圧電とくにPZT
誘電エラストマ
Fig. 4 エネルギーハーベスティング関連研究のクラスター解析結果。(左)大領域、(右)詳細なアサイン結果。
センサー・デバイスと少し離れる形でバイオマスに
これに加え、光エネルギー領域とセンサー・デバイス
関連した研究領域が現れている。これは木質や作物の
領域の間を埋めるように研究が増加していることも特
バイオマスに関連した研究である。これらも広い意味
徴的である(図中矢印)
。
ではエネルギーハーベスティングであるが、今回の趣
~1999
2000~2002
2003~2005
2006~2008
2009~2011
2012~2014
旨からは少し離れている。
4.研究領域の年次推移
エネルギーハーベスティングに関連する研究の推移
を、クラスター解析を用いて可視化した結果を Fig. 5
に示す。Fig. 1 に示したように学術文献数全体で見た
場合の推移では、
2005 年頃から件数が急増しているが、
クラスター解析結果で見ると、センサー・デバイス関
連研究が 2006 年頃から急激に増加していることが分
かる。すなわち、2005 年以前の研究はバイオマスや光
エネルギーに関連するものであり、2005 年以降、急速
にセンサー・デバイス関連研究が伸びてきたことにな
る。2009 年から 2011 年のスパンと 2012 年以降のス
パンで比較した場合、2012 年以降ではセンサー・デバ
イス領域においてワイヤレスセンサーノードや伝送に
係る研究が増加しており、エネルギーハーベスティン
グの実用に向けた取り組みが活発化している可能性が
考えられる。
Fig. 5 関連研究領域の推移
©2014 VALUENEX Consulting Inc.
3
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5.国別の注力領域
域では、振動・圧電領域に論文が多くみられる。全体
エネルギーハーベスティング関連研究について、主
でみると光エネルギー、とくにクロロフィル関連研究
要な国別での注力領域をクラスター解析結果の両者を
に論文が多くみられる。
用いて評価した。結果を Fig. 6 に示す。なお図示した
(4)ドイツ
領域はとくに研究の多い領域であり、それ以外の領域
に研究が無いということではない。
光エネルギーとくに植物クロロフィル領域に研究が集
中している。
China
United States
ドイツの場合、センサー・デバイス領域ではなく、
(5)日本
日本はセンサー・デバイス領域においては圧電とく
に PZT 領域に研究が多くなっている。これに加え、パ
ワー変換にも集中が見られる。なお、日本に関しても
光エネルギー、とくに光受容体やクロロフィルに研究
摩擦帯電
振動・圧電
United Kingdom
が多くなっている。
Germany
なお、以上の結果はエネルギーハーベスティングと
いう切り口で見た場合であり、
たとえば PZT の圧電素
ワイヤレスセンサー
ノード
量子ドット
子としての研究やクロロフィルの研究を網羅的に含ん
でいるものではない。そのため、個別技術に関する正
確な傾向を把握するためには、要素技術ごとに再度デ
クロロフィル
Japan
クロロフィル
ータを収集し、解析を行う必要がある。
全体
6.センサー・デバイス領域における推移
センサー・デバイス領域における 2007 年以降の研
パワー変換
究領域の変化を Fig. 7 に示す。なお、図では各年次で
最も研究数の多い領域を赤で、研究の少ない領域を青
で示している(カラーコンター図)
。
圧電とくに PZT
図に見られるように、
2007 年に発表された学術文献
Fig. 6 主要国の研究領域
では、デバイス領域では振動および圧電関連研究が集
積し始めた状態であった。その後 2008 年になるとセ
ンサーノード関連研究が急増している。
2009 年以降は
(1)米国
米国の当該研究領域に対する取り組みでは、全体像
さらに振動・圧電関連研究が増加する。2011 年になる
と類似した研究分布になっている。とくに研究集中が
と、パワー変換や熱電変換などが増加を見せる。さら
見られる領域としては、振動・圧電および摩擦帯電が
に 2013 年になると、エネルギーソースとしては焦電
ある。一方で光エネルギー中、バイオ関連の研究では
や摩擦帯電が、関連技術としては伝送関連技術が増加
比率が低めになっている。
している。なお、ここでの伝送は、例えばエネルギー
(2)中国
ハーベスティングを利用した通信におけるパケット通
中国の主要な研究領域は摩擦帯電が多く、次いで振
動・圧電となっている。光エネルギー関連領域には研
究が少ない。
定性的な傾向は米国に似ていると言える。
(3)イギリス
信時間の最適化や情報とパワーの同時伝送におけるエ
ネルギー効率最適化に関する研究などである。
以上のようにセンサーに関連するエネルギーハーベ
スティングでは、ピエゾ素子を使った振動発電が多く
イギリスの場合、センサー・デバイスに関連する領
研究されており、近年ではエネルギーソースの多様化
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や情報伝送制御やエネルギー伝送などに関する研究が
が多くなっている。風力に関してはタービンのほか圧
進んでいるものと考えられる。
電との共起も見られる。
2007
0
2008
学術文献数
500
1000
1500
vibration
solar
thermal
electromagnetic
wind
2009
photovoltaic
2010
kinetic
thermoelectric
pressure
fluid
Acoustic
triboelectric
2011
pyroelectric
2012
Fig. 8 エネルギーソース関連キーワードの出現頻度
エネルギーハーベスティングでは、環境に存在する
エネルギーを利用可能なエネルギー形態(多くの場合
2013
は電力)に変換する技術も必要となる。エネルギーハ
2014
ーベスティング関連研究における変換手法を Fig. 9 に
まとめる。
学術文献数
0
500
1000
1500
piezoelectric
Fig. 7 センサー・デバイス領域での研究推移
photovoltaic
センサー・デバイス領域に着目した場合の主要なエ
thermoelectric
ネルギーソースに関連するキーワードを整理した結果
を Fig. 8 にまとめる。
triboelectric
エネルギーソースに関連するキーワードでは、振動
に関連するものが最も多く、次いで太陽エネルギー、
pyroelectric
熱エネルギー、電磁波、圧力、音波などとなる。
各エネルギーソースと共起するキーワードについて
Fig. 9 エネルギー変換関連キーワードの出現頻度
見ると、振動エネルギーに関しては圧電がとくに多く
なっている。solar に関してはシステムやデザインな
どが多い。熱エネルギーに関しては熱電素子との共起
変換手法中とくに多いのが圧電効果(piezoelectric)
であり、次いで多いのが光電効果(photovoltaic)で
©2014 VALUENEX Consulting Inc.
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ある。圧電効果は素子に加わった力を電圧に変換する
シュの特定を行った。結果を Fig. 11 に示す。なお、
ものであり、光電効果は素子に光が当たることにより
図ではメッシュ内件数が 10 件未満のものは対象外と
電圧が発生するものである。これらの手法は比較的身
し、該当するメッシュに含まれるクラスターを赤で示
近にあるもので、例えば圧電素子は使い捨てライター
した。
やガスコンロの着火に利用されている。次いで多くな
車両応用
っているのが熱電効果であり、素子に加わった温度差
によって電圧を発生する。
これら上位3件に比較すると件数は多くないが、摩
擦帯電や焦電効果などが変換手法として出現している。
摩擦帯電はいわゆる静電気である。焦電は素子に加え
熱電(ナノ構造)
ケーブルの
振動(風等)
海の波
電気粘性
られた温度変化によって電圧を生じるものである。
これらの手法のアブストラクトにおける 2005 年か
ら 2013 年までの出現頻度の推移を Fig. 10 に示す。
学術文献数
300
振動利用の高度化
電磁気利用
piezoelectric
250
photovoltaic
200
thermoelectric
磁歪/圧電構造
Fig. 11 活性化領域の抽出結果
triboelectric
150
Fig. 1 や Fig. 7 で示したように、エネルギーハーベ
pyroelectric
スティングに関連する研究そのものが増加しているた
100
めに、伝送や熱電変換など、密集領域においても近年
50
0
2004
の学術文献比率が 90%を超える領域が複数見られる。
2006
2008
2010
2012
とくに伝送に関しては領域に含まれる学術文献の約
2014
76%が 2013 年および 2014 年に発表されている。
発表年次
Fig. 10 変換手法の年次推移
密集領域以外では、熱電変換におけるナノ構造利用
や振動利用の高度化、振動エネルギー変換のためのコ
エネルギーハーベスティングと共起する変換手法に
関しては圧電効果が多く、近年でも論文数は増加して
いる。圧電は前述のように振動エネルギーの変換との
共起が特に多い。
ンポジット化、あるいは車両への応用などにおいて近
年の研究比率が高くなっている。
以上のように、エネルギーハーベスティングに関し
ては、とくにセンサー・デバイス応用に関しては研究
近年急速に立ち上がった変換手法が摩擦帯電である。
全体が伸びている状況にある。とくに近年ではエネル
摩擦帯電に関しては米国ジョージア工科大学と中国科
ギーおよびデータの伝送といった実用的側面、エネル
学院の共同研究が主要な研究機関となる。帯電摩擦の
ギーソースの多様化とそれに適したエネルギー変換手
利用法としては、液体の波動や液滴落下や人体におけ
法、そしてナノ構造やコンポジット構造などによる高
る呼気、動作などがある。
性能化といった方向で研究が進んでいくものと考えら
れる。なお、繰り返しになるが、エネルギーハーベス
7.エネルギーハーベスティングにおける活性領域
ティングとの共起において活性化しているものであり、
エネルギーハーベスティングに関連する研究中、今
例えば圧電などはエネルギーハーベスティングとは関
後活性化する可能性がある領域を抽出するために、ク
係なく、多数の研究が行われている点は留意が必要で
ラスター解析結果をメッシュ分割し、2011 年以降の学
ある。
術文献比率が 90%を超え、かつ伸び率が正となるメッ
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VN Technology Trend Watch No.290(2014.10.14)
8.おわりに
エネルギーハーベスティングに関して、学術文献情
報を用いたクラスター解析により研究開発動向の解析
を試みた。
当該分野、とくにセンサー・デバイスに関連する研
究領域での主要なプレイヤーは米国であり、これに中
国が追随している。日本に関してはセンサーやデバイ
スといった観点でのエネルギーハーベスティングに関
しては、やや遅れをとっているようである。これには
ワイヤレスセンサーネットワークの応用先のひとつが
軍事目的であることも関係していると考えられる。
エネルギーソースに関しては振動エネルギーの利用
が最も多く、これを圧電効果で電気エネルギーに変換
する研究が特に多くなっている。また太陽光や熱電変
換なども変換手段として研究されている。さらに焦電
や静電帯電など、様々な変換技術がエネルギーソース
に応じて利用されている。ただしいずれも新規な変換
手法ではなく、
既知の効果を利用しているものであり、
これらを如何に環境エネルギーに応用するか、そして
エネルギーソースに合わせて如何に変換技術をチュー
ニングするかがひとつのポイントになっているものと
考えられる。これに加え、エネルギーとデータの伝送
といった研究も重要性を増しているものと考えられる。
ワイヤレスセンサーネットワークは軍事応用だけで
はなく、今後の高度情報化社会のキー技術になる可能
性が高い。大量のセンサーを利活用する研究開発に関
しては、米国が主導的に検討が進められている。ナノ
構造形成やコンポジット化などの材料技術に強みを持
つ日本が、エネルギーハーベスティングという具体的
応用先を見据えた研究開発を行うことで、国際的な競
争力を得ていくことを期待する。
(著者紹介)
本多克也:ソリューション事業本部長、博士(工学)
新技術事業団研究員、
三菱総合研究所主任研究員を経て 2008
年より現職。専門領域:ナノテクノロジー・材料等の先端科
学技術調査分析および海外の科学技術調査分析。
©2014 VALUENEX Consulting Inc.
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