人間科学研究 Vo1.18,Supplement(2005) 博±論文要旨 トランスクリプトーム解析に基づくマウス体内時計出力機構の解明 Identification ofCircadian C1ock OutputMechanismBased on TranscriptomeAna1ysis inMouse 南陽一(Minami,Yoichi) 指導:柴田 重信教授 序論 線溶系活性の変化等がいわれる。実際ヒトの線溶系の活性 生命現象には様々な周期性が観察され、1日を基準とし には日内変動が知られている。発現解析及びプロモータ解 てそれより短い周期のものをウルトラディアンリズム、長 析から肋ノー!が時計制御下遺伝子だとする報告がされた い周期のものをインフラディアンリズム、1日周期のもの (Maemura θf∂五, 2000,Journa1of Biologica1 を日周リズムと呼ぶ。もっとも研究されているのは日周リ Chemistry)。肋〃が体内時計に転写レベルで制御される ズムで、外界からの時刻情報に依存しない内在一1生の日周リ ために体内時計が標的生理機構の振動を作り出していると ズムを概日リズム、概日リズムを駆動する機構を体内時計 いう考えである。このような体内時計の振動を特定の生理 という。体内時計の中枢は視交叉上核(SCN)と呼ばれる 機構に伝える役割を持つ遺伝子を、本稿では出力遺伝子 神経核に存在するが、分子レベルで体内時計を構成する時 (out−put gene)と定義した。 計遺伝子はSCNのみならず肝臓や心臓など末梢組織でも 本章では生体内で月∂ノー1が時計遺伝子の制御下に振動す 振動し、さらにRat−IやNIH/3T3といった株化細胞でも振 るか確認した。月∂ノー1が時計制御下遺伝子ならば時計遺伝 動する。時計遺伝子はE−box(CACGTG)を介した転写調 子の振動が失われた場合に肋〃の振動も消失すると考え、 節(促進性のBMALL CLOCK,抑制性のPERl−2,CRY1− 2,DECl−2)を中心に、REV−ERB/ROR応答領域(RRE; αoo火遺伝子の点突然変異により時言十遺伝子の発現リズ ムが平坦化するαoo火マウスにおける肋〃発現を検討し [A/TlAlA/T1nT[A/G1GGTCA)を介した調節(促進性の た。また肋ノー1遺伝子の発現位相が時計遺伝子発現に依存 RORα,抑制一性のREV−ERBα)、DBP応答領域(D−box; して変位するか、末梢組織の時計遺伝子の発現位相を変位 TTA[C/TlGT^)を介した調節(促進性のDBP,抑制性の させる制限給餌法(継続的に一日の一定時刻のみ餌を与え E4BP4)によって、転写制御に基づく動的で複雑なネット る)を行い、遺伝子発現パターンを検討した。 ワーク構造を成す。時計遺伝子でなぐとも時計遺伝子の結 (結果と考察)明暗条件下(明期、暗期とも12時間)で6 合領域をもつ遺伝子があり、これを蒔計制御下遺伝子 時間ごとに4点マウス心臓を採取してRT−PCR法による発 (c1ock contro11ed gene)と呼ぶ。本稿では、末梢組織に 現解析を試みた。野生型では、既韻どおり時計遺伝子発現、 おける時計制御下遺伝子の解明を試みた研究を展開する。 肋ノー!遺伝子発現に周期性が観察された。.αoo火マウスで 前半では、線溶系の概日リズムを扱い、体内時計が線溶系 は時計遺伝子の発現振動が減弱・消失し、肋〃遺伝子の を制御する機構に関して検討した。後半では、DNAチップ 発現振動も消失した。光の影響を除くため恒常暗条件下で を使ったトランスクリプトーム解析を行い、白色脂肪組織 も実験を行い、同様の結果を得た。次いで通常夜間に餌を での発現振動を示す遺伝子(振動遺伝子,CyCling gene) とるマウスに、日中の固定した4時間(ZeitgeberTime の包括的取得を試みた。また、振動遺伝子が時計によって 5−9;ZeitgeberTime12が光のオンセット)のみ餌を提示 直接制御されているか、ゲノムワイドな時計遺伝子結合領 するスケジュールを繰り返す制限給餌法を試みた。野生型 域の探索と検証を行った。 では給餌時刻に依存して時計遺伝子発現位相が変化し、 肋ノー!遺伝子発現も同様に位相変位した。以上から肋ノー1が 第一章 出カ遺伝子としての胎〃 時計制御下遺伝子である可能性が支持された。肋ノー!が時 (序)線溶系は血管を閉塞し血栓症へと導くフィブリンを 計制御下に線溶系の振動を生み出す(出力遺伝子として機 溶解する機構である。プラスミノゲンを活性化してフィブ 能する)ことに加え、制限給餌法により遺伝子発現位相を リンを溶解するプラスミンにするのが組織型プラスミノゲ 変えられたことは、食事時刻の変更という人為的な操作で ンアクチベータ(tPA)であり、プラスミノゲンアクチベー 標的生理機構を任意の「時刻」に調節できることを意味し、 タインヒビター1(PAI−1)はtPAを不活化することで活 適切な時刻に適切な施療を目指す時間薬理学的観点から重 性を抑制する。 要な知見だった。 循環器系疾患には発症しやすい時刻があり、原因として αoo火マウスでも制限給餌法を試みたところ、心臓の時 一g3一 人間科学研究 Vo1.18,Supp1ement(2005) 計遺伝子発現に給餌時刻に依存したリズムが形成された。 プの結果と類似していたのでDNAチップの結果が妥当だ これは制限給餌性リズム形成にαoo火遺伝子が関与しな と結論した。今回の時系列を追ったトランスクリプトーム いことを示した初の知見であった。CLOCKが機能しなく 解析は、白色脂肪組織が動的な組織であることを再提示と、 ても時計遺伝子の振動が生み出された理由としては NPAS2による代償作用が考えられた。NPAS2はSCN以外 従来の定点の遺伝子発現プロファイルを補完するデータを 供する意義があった。 の部位で発現振動し、制限給餌性リズムのようなSCN非依 得られた振動遺伝子に対する時計遺伝子結合領域の探索 存性リズム形成に関与する可能性がある(Minamiθ〆∂1, を行った。公開されているゲノム情報から、マウスの振動 FEBS Lett,2002)。 遺伝子の1Okb上流を含む遺伝子配列及びヒトでの相同遺 伝子の10kb上流を含む遺伝子配列を取得し、比較から進化 第二章 白色脂肪組織における出カ遺伝子の包括的探索 的保存領域を抽出した。得られた領域に対し時計遺伝子に (序)ヒトゲノム計画など種々の生物のゲノム解読計画が よる制御配列(E−box,D−box,RRE)の存在の有無を検 進展した結果、全遺伝子を対象とした包括的研究が可能に 索した。この結果、95遺伝子にE−box該当配列、27遺伝子 なった。この代表的研究手法に転写単位でおきる現象を全 にD−box該当配列、33遺伝子にRRE該当配列を見出した。 て捉えようというトランスクリプトーム解析がある。体内 この中には細胞外マトリクス(ECM)リモデリングに関与 時計は転写調節を基本としてある状態を繰り返す系であり、 する因子(ECMを構成するCo14a1(RRE)、ECM分解酵 トランスクリプトーム解析に好適である。すでにSCN、肝 素のMMPを抑制するTimp3(D−box))、細胞周期に関与 臓や心臓など様々な組織でトランスクリプトーム解析によ する因子(細胞周期の調節を担うρ2κ抄ノ(RRE)、〃6θ1 る振動遺伝子の抽出が試みられてきた。驚くべきことに時 (D−box))が含まれたので、これらが機能するか検証した。 計遺伝子など一部の遺伝子を除き振動遺伝子の多くが臓器 SV40basicpromoterで駆動される改変型ホタルルシ ごとで異なり、このことは末梢臓器の時計がそれぞれ特有 フェラーゼの上流に該当配列を3回タンデムにつないだコ の生理機構を制御していることを示唆している。 ンストラクトを作成し、NIH/3T3細胞を用いたtransient 本章では、白色脂肪組織における出力遺伝子の包括的取 transfectionアッセイ、また時計遺伝子が直接に結合する 得を目指した試みを行った。まず白色脂肪組織におけるト ことが合成タンパク質を用いたe1ectromobi1ity shift as− ランスクリプトーム解析を行い、振動遺伝子を同定した。 Say法によってこれらの該当配列が機能することが確認さ. 次いで公開されているマウスゲノム配列を利用して、DNA れた。さらに、SV40basic promoterによって駆動される チップで同定された振動遺伝子が機能する時計遺伝子結合 改変型ホタルルシフェラーゼの上流に該当配列を3回タン 領域をもつか検討した。 デムにつないだコンストラクトをRat−1細胞に導入して外 (結果と考察)マウス月θ〃プロモータを改変型ホタルル 日振動を惹起させ、生物発光をリアルタイムに長期問(4 シフェラーゼにつないだ遺伝子(ρθ〃一dLuc)を導入し 日間以上)観察する刀ガ伽o transcription dynamicsの ’た遺伝子導入ラットを用い、発光の経時的観察を行った。 アッセイによっても確認された。これら生理機構のキー 結果、白色脂肪組織で概日振動が観られたヒとから、白色 ファクターが時計遺伝子の直接の制御下にあることは、末 脂肪組織に時計機構が内在することを確認した。 梢組織の体内時計が、転写制御を介し特定の生理構構を調 次いでマウス(C57B1/6)を用い、明暗条件下及び恒常暗 節している例だと思われた。また、時計機構が概日振動を 条件下で4時間おき12点、白色脂肪組織を採取してtota1 惹起させる標的の生理機構に対し複数の介在点を持つこと RNAを精製し、DNAチップ解析を行った。次いでコサイ が示唆されたことは、標的の振動を確実なものとする系の ンフィルターにかけ、明暗条件、恒暗条件ともに有意に発 頑強さを保持するために重要なものと解釈された。 現振動する遺伝子を抽出した。この結果、202遺伝子(206 プローブ)が振動することを見出した(振動遺伝子数は用 いた統計処理法に依存する)。振動遺伝子の発現ピーク時間 は24時間にわたり分布していた。振動遺伝子には、白色脂 肪組織から分泌される生理活性物質として知られる肋〃 や、白色脂肪組織特異的に発現することが知られるホルモ ン感受性リパーゼなどが含まれていた。階層的クラスタリ ング解析から主要5クラスターを見出した。各クラスター から3遺伝子ずっを抽出して定量的PCR法による発現解 析を試みた結果、発現のピーク時間、振幅ともにDNAチッ 一94一
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