アミロイド β43によるアルツハイマー病の病態発症・促進機構

〔生化学 第8
5巻 第7号,pp.5
4
3―5
5
2,2
0
1
3〕
総
説
アミロイド β4
3によるアルツハイマー病の病態発症・促進機構
斉
藤
貴
志
アルツハイマー病(AD)の病理形成機構は,加齢に伴うアミロイド β ペプチド(Aβ)
の脳内での凝集・蓄積に起因し,タウタンパク質の凝集・蓄積,そして神経変性・細胞死
へと至る“アミロイドカスケード仮説”が広く支持されている.このカスケードの上流に
ある Aβ 蓄積は,AD を発症する数十年も前から始まっており,このことが AD の予防・
治療を困難にしている要因の一つである.我々は,これまで見過ごされてきた Aβ4
3が,
AD 病理の形成に重要な役割を担っていることを明らかにした.今後,これまで標的とさ
れてきた Aβ 種だけでなく,Aβ4
3も標的とすることで AD の根本治療・予防法の開発へ
発展することが期待される.また Aβ4
3の産生能が,AD 発症年齢と高い相関を示す可能
性を示したことから,AD 早期診断法の確立へ発展することも期待される.
1. は
じ
め
に
年で効果が得られなくなるような対症療法に留まっている
のが現状である.世界規模で見ても,数々の臨床試験・治
認知症は,少子高齢化の進む我が国において,今後益々
験が失敗や中止になっており,AD 根本治療薬の創出はい
深刻な問題を呈することが容易に予想される大きな社会問
まだにほど遠く,根本治療に直結する新規創薬標的を見い
題である.すでに患者数が3
0
0万人を超えたとの推計もあ
だすことが重要な鍵となっている.
り,一刻の猶予も許されないところまで迫っている.老人
性認知症のなかでもとりわけ患者数が多いのがアルツハイ
2. AD 病理とアミロイドカスケード仮説
マー病(AD)であり,予防・治療法の確立が切望されて
AD 患者の剖検脳では,2大病理として“老人斑”と“神
いる.一昨年まで我が国で認められていた AD 治療薬は,
経原線維変化”が共通して観察される.それぞれの構成成
ドネペジル(アリセプト)のみであったが,他の先進国か
分の主体は,アミロイド β ペプチド(Aβ)および,過剰
ら1
0年ほど遅れて新薬が承認された.ガランタミン(レ
リン酸化タウタンパク質の凝集体である.すなわち,Aβ
ミニール)とリバスチグミン(リバスタッチパッチ)は,
やタウの凝集・蓄積をいかに抑制するかという方法が,
ドネペジルと同じくアセチルコリンエステラーゼ阻害作用
AD に対する予防・治療法として重要視されている.多く
を示し,患者の症状に合わせた処方の選択性が向上した.
の病理学的解析から,Aβ の凝集・蓄積は神経細胞外(脳
またメマンチン(メマリー)は NMDA(N -メチル-D-アス
実質)
,タウの凝集・蓄積は神経細胞内で認められていて,
パラギン酸)受容体拮抗薬で,AD 症状の中度∼重度の患
AD 発症の数十年前から蓄積が始まっていることが知られ
者を対象とした薬剤である.しかしながらこれらは,1∼2
ている.また,家族性 AD の原因遺伝子変異が,Aβ の前
駆体タンパク質(APP)の遺伝子や,APP から Aβ を産生
理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経蛋白制御研
究チーム(〒3
5
1―0
1
9
8 埼玉県和光市広沢2―1)
Amyloidogenicity and pathogenicity of Aβ4
3 in Alzheimer’
s
disease
Takashi Saito (Laboratory for Proteolytic Neuroscience,
RIKEN Brain Science Institute, 2―1 Hirosawa, Wako-shi,
3
5
1―0
1
9
8Saitama, Japan)
本総説は2
0
1
3年度奨励賞を受賞した.
する際に関与する γ-セクレターゼ複合体の酵素本体である
プレセニリン遺伝子から相次いで同定されている.このこ
とは,Aβ の蓄積が,AD 発症の引き金である可能性を示
しており,アミロイドカスケード仮説として広く支持され
ている.すなわち,Aβ の蓄積(老人斑の形成)からタウ
の蓄積(神経原線維変化)
,次いで神経変性・神経細胞死
へ至るという時系列である.
5
4
4
〔生化学 第8
5巻 第7号
Aβ は,その前駆体 APP から β-セクレターゼと γ-セクレ
が産生される際の中間体として細胞膜に留まっていると考
ターゼによる2段階のプロセッシングを受け,生理的な状
えられること,また longer Aβ 種は,疎水性が強いため各
態でも産生されている(図1A)
.また主な Aβ として,4
0
Aβ 種の検出が困難であったことも一因と考えられる.
アミノ酸からなる Aβ4
0と,さらに疎水性アミノ酸が2残
我々は,Aβ4
3が可溶性画分に分泌されていることを見い
基多く Aβ4
0よりもはるかに神経毒性が高い Aβ4
2の2種
だし,Aβ4
3に特異的な抗体を用いて,AD 病理切片を用
類が存在することが知られている1).このため AD 研究は,
いた解析を行った.その結果,Aβ4
3は,Aβ4
0よりも高
こ の2種 類 の Aβ を 中 心 に 展 開 さ れ て き た.し か し,
頻度で老人斑として蓄積していることを明らかにした10)
Aβ4
0や Aβ4
2だけを標的とした治療法では,AD の進行を
食い止めることが難しいのが現状である.一方で,Aβ の
産生機構が明らかになりつつあり2,3),Aβ4
2よりも C 末端
のアミノ酸残基が長い“longer Aβ”種(Aβ4
3∼Aβ4
9)が
(図2)
.
3. γ-セクレターゼ/プレセニリン1変異と
Aβ4
3産生マウスの作製
)
見いだされている4∼9(図1
B)
.しかし,longer Aβ 種の病
Aβ 配列の C 末端の長さを規定しているのが γ-セクレ
理学的役割は全く明らかとなっていなかった.なぜなら,
ターゼ複合体であり,その主要構成成分であるプレセニリ
longer Aβ は,γ-セクレターゼの作用により Aβ4
0や Aβ4
2
ン-1(PS1)に,家族性 AD 変異の多くが見いだされてい
図1 Aβ 産生機構
(A)Aβ は,最初に β-セクレターゼ,次いで γ-セクレターゼの作用によりア
ミロイド前駆体タンパク質(APP)から切断され細胞外へ分泌され,最終的
に Aβ 凝集体として老人斑(アミロイド斑)の形成に至る.
(B)Aβ のアミ
ノ酸配列とプロセッシング部位.Aβ は,3残基セオリーに則り産生されて
いると考えられ,longer Aβ 種として Aβ4
3∼Aβ4
9の存在が見いだされてい
る.PS1-R2
7
8I 変異や加齢の影響により Aβ4
3から Aβ4
0へのプロセッシン
グが抑制されている可能性が示された.
5
4
5
2
0
1
3年 7月〕
図2 AD 剖検脳のアミロイド斑
AD 患者の剖検脳の連続切片に対して,各 Aβ に特異的な抗体を用いて免疫染色を行っ
た.画像解析の結果,Aβ4
3は,Aβ4
0よりも有意に高い頻度で蓄積していることが明ら
かとなった(**P<0.
0
1,One-way ANOVA,Scheffe’
s F 検定)
.スケールバー:1
0
0μm.
る.家族性 PS1変異の大部分は,Aβ4
2の産生量もしくは
Aβ4
0に対する Aβ4
2の存在比(Aβ4
2/Aβ4
0)を増加させ
る性質があるとして捉えられていたが,中矢らにより,
1
1)
4. Aβ 産生の3残基セオリーと PS1-R2
7
8I 変異
Aβ の産生において,Aβ の C 末端を規定する γ-セクレ
PS1-R2
7
8I 変異に Aβ4
3産生能があることが報告された .
ターゼの作用機序が徐々に明らかとなっている.特に3残
そこで我々は,AD における Aβ4
3の病理学的な役割を in
基セオリーは,緻密な解析から支持される有力な機序であ
vivo で検証するために,Aβ4
3産生能をもつマウス:PS1-
ると考えられる3).このセオリーでは,Aβ4
0は,Aβ4
9か
R2
7
8I ノックインマウス(KI)の作製を行った.PS1遺伝
ら Aβ4
6,Aβ4
3を 経 て 産 生 さ れ,Aβ3
8は,Aβ4
8か ら
子への点変異の導入を定法に従って行い,当該マウスの作
Aβ4
5,Aβ4
2を経て産生される(図1B)
.このように,各
出に成功した.しかし想定外なことに,PS1-R2
7
8I KI の
Aβ 種は,γ-セクレターゼの作用により3アミノ酸残基ず
ホモ接合体(R2
7
8I/R2
7
8I)は,胎生致死を示した(図3A)
.
つプロセッシングを受けて産生されていると考えられる.
この表現型は,脳内出血,四肢形成不全,短尾など PS1
ではなぜ,PS1-R2
7
8I KI ヘテロ接合体では,Aβ4
3量が増
ノックアウトマウス(KO)や Notch1変異関連マウスと酷
加しないのだろうか?
1
2,
1
3)
この疑問を解決するために,PS1-
.また,PS1-R2
7
8I KI ホモ接合体の胎生致
R2
7
8I KI からマウス胎仔線維芽細胞(MEF)の単離を行
死は,PS1-KO 同様に Notch1のプロセッシング不全であ
い,in vitro での解析を行った.PS1-R2
7
8I KI 由来 MEF 培
ることも示唆された(図3B)
.PS1-R2
7
8I KI ホモ接合体の
養上清中の Aβ 濃度を測定した結果,in vivo 同様にヘテロ
成体マウスが使用できないため,若齢(3ヶ月齢)の PS1-
接合体由来(R2
7
8I/wt)では,Aβ4
3は検出できなかった
似していた
R2
7
8I KI ヘテロ接合体(R2
7
8I/wt)での脳内 Aβ の定量を
が,ホモ接合体由来(R2
7
8I/R2
7
8I)では高濃度の Aβ4
3
行ったところ,Aβ4
0の有意な低下は認められたものの
を検出し,逆に Aβ4
0の有意な低下を認めた(図4A)
.さ
Aβ4
3の検出には至らなかった(図3C)
.一方,老齢(2
4
ら に PS1-R2
7
8I と PS1-KO マ ウ ス を 交 配 さ せ た 産 仔
ヶ月齢)の PS1-R2
7
8I KI ヘテロ接合体では,Aβ4
3が検出
(R2
7
8I/KO)由来の MEF においても Aβ4
3を検出するこ
されたものの,老齢野生型マウスでも Aβ4
3を検出するこ
とができた.すなわち,R2
7
8I/wt では野生型 PS1が残存
とができた(図3D)
.この結果から,Aβ4
3は加齢により
しているため,その活性で Aβ4
3から Aβ4
0へプロセッシ
産生されることが示唆されたが,Aβ4
3の in vivo での役割
ングが進むのだろうと推察された.また,PS1-R2
7
8I 変異
を解析するという当初の目的はいきなり座礁に乗り上げ
は,Aβ4
2の産生には影響を与えていないことから,PS1-
た.
R2
7
8I 変異が,Aβ4
3から Aβ4
0への部分的なプロセッシン
グ阻害を引き起こしていると考えられた.そ の た め,
Aβ4
0へのプロセッシングが進まずに,Aβ4
3が分泌・蓄
5
4
6
〔生化学 第8
5巻 第7号
図3 PS1-R2
7
8I KI マウスの作製とその表現型
7
8I)は,胎生 E1
5頃胎生致死
(A)PS1-R2
7
8I KI のホモ接合体(R2
7
8I/R2
を示した.その表現型は矢印で示した部位のように,脳内出血,四肢形成
不全,短尾などを呈していた.スケールバー:2mm.
(B)Notch1切断に
対する PS1-R2
7
8I 変異の影響について検討を行った.PS1-R2
7
8I KI および
PS1-KO から MEF を単離・培養し,ΔNotch1コンストラクトを発現させ
た.R2
7
8I/R2
7
8I および PS1-KO では,Notch1細胞内ドメイン(NICD)の
産生が阻害されていた.
(C,D)PS1-R2
7
8I KI ヘテロ接合体(PS1-R2
7
8I/
wt)の脳内 Aβ レベルの定量を行った.
(C)若齢(3ヶ月齢)では野生型
に対し有意な Aβ4
0の減少を示したが,Aβ4
3は検出できなかった(*P<
0.
0
5,Student-t 検定)
.一方,
(D)老齢(2
4ヶ月齢)では,Aβ4
3が検出
できたが,野生型でも検出可能であった.また,若齢同様に野生型に対し
有意な Aβ4
0の減少を示した(**P<0.
0
1,Student-t 検定)
.
積されることになる.これらの結果から,Aβ 産生機構に
され,野生型 PS1により Aβ4
0へとプロセッシングされて
ついて一つの仮説が考えられた.図4B に示すように,
いる可能性が高い.すなわち,Aβ 産生機構には,PS1分
PS1-R2
7
8I KI の ヘ テ ロ 接 合 体 で は,Aβ4
3に 留 ま ら ず
子間で基質を受け渡しながら,3アミノ酸残基ずつプロ
Aβ4
0までプロセッシングが進んでいることから,野生型
セッシングを行うような機構が存在するのではないかと推
PS1と PS1-R2
7
8I との分子間で基質となる Aβ4
3が受け渡
察された.
5
4
7
2
0
1
3年 7月〕
マウスの一つ APP トランスジェニックマウス(APP Tg)
との交配を行った14).APP Tg×PS1-R2
7
8I KI マウスは,6
ヶ月齢からアミロイド斑の蓄積を示し,加齢依存的な蓄積
の増加を呈した.一方,APP Tg 単独では,9ヶ月齢でも
まだアミロイド斑の蓄積は認められなかった(図5A,B)
.
すなわち,PS1-R2
7
8I KI と交配することで APP Tg のアミ
ロイド斑の形成が加速したのである.これらマウスの脳内
Aβ 量 を 測 定 し た 結 果,APP Tg×PS1-R2
7
8I KI で は APP
Tg と比較して,3ヶ月齢から Aβ4
3が有意に増加してお
り,アミロイド斑の出現以前から高いレベルを示していた
(図5B,C)
.一方,Aβ4
0,Aβ4
2の量には有意差は認めら
れなかった.更に,APP Tg×PS1-R2
7
8I KI は,3∼4ヶ月
齢で行動学的な異常を呈した(図5D)
.これらの結果から,
PS1-R2
7
8I 変異は,APP Tg 脳内で Aβ4
3産生を高め,高次
機能に影響を与え,アミロイド斑の形成を促進させると考
えられる.
6. Aβ4
3の毒性と凝集性
2が高い凝集性と神経毒
これまでの AD 研究では,Aβ4
性を示す毒性主体だと考えられてきた1).そこで,Aβ4
3の
神経毒性および凝集性について他の Aβ との比較検討を
行った.初代培養神経 細 胞 を 単 離 し て,各 Aβ を1∼1
0
μM で添加した結果,Aβ4
3が濃度依存的に,Aβ4
2よりも
有意に高い細胞毒性を示した(図6A)
.また,チオフラビ
ン T の取込を指標とした凝集実験においても,Aβ4
3が最
も高い凝集性を示し(図6B)
,Aβ4
3が少量でも存在すれ
ば,Aβ 凝集を加速することも明らかとなった(図6C)
.
この凝集性の高さは,APP Tg×PS1-R2
7
8I KI マウス脳内
において,Aβ4
3がアミロイド斑の凝集核を形成している
ことからも支持され(図6D)
,更に AD 患者脳においても
同様に Aβ4
3がアミロイド斑の凝集核を形成していること
が 明 ら か と な っ た(図6E)
.以 上 の 結 果 を 受 け,再 度
APP Tg マウス単独での Aβ4
3の存在について再確認した
図4 PS1-R2
7
8I による Aβ 産生機構
(A)PS1-R2
7
8I KI および PS1-R2
7
8I×PS1-KO から MEF を単離・
培養し,その培養上清中の Aβ レベルを定量した.PS1-R2
7
8I
KI(R2
7
8I/R2
7
8I)および PS1-R2
7
8I KI×PS1-KO の交配系統(R
2
7
8I/KO)では,野生型に対して,有意に高い Aβ4
3の産生が
認められた(**P<0.
0
1,One-way ANOVA, Scheffe’
s F 検定)
.
(B)PS1-R2
7
8I 変異の効果から推察される Aβ 産生機構の仮説.
ところ,APP Tg マウス脳でアミロイド斑が出現する1
2ヶ
月齢に先行して,9ヶ月齢頃から Aβ4
3レベルが加齢依存
的に増加していたことが明らかとなった(図7)
.すなわ
ち,Aβ4
3は,これまでの AD 研究では見過ごされていた
毒性因子であり,Aβ4
3レベルの増加が記憶学習能に影響
を及ぼし,アミロイド斑の形成を促進させるという,AD
病理形成に極めて重要な役割を担った因子であると言え
る.AD 患者の剖検脳では,Aβ4
2の存在量が Aβ4
3よりも
5. PS1-R2
7
8I 変異によるアミロイド病理形成の加速
多いため(図2)
,Aβ4
3の毒性が見過ごされてきたが,今
後は,Aβ4
3も治療のための標的にする必要があるだろう.
PS1-R2
7
8I KI ヘテロ接合体由来 MEF に APP を強制発現
例 え ば,Aβ4
3を 標 的 と し た 抗 体 療 法 や15),Aβ4
3か ら
させた結果,その培養上清中に Aβ4
3が検出されることが
Aβ4
0へのプロセッシングを亢進させる方法も一案かもし
確認された.そこで,PS1-R2
7
8I ヘテロ接合体を用いて in
れない16).
vivo で Aβ4
3産生が認められることを期待して AD モデル
5
4
8
〔生化学 第8
5巻 第7号
図5 APP Tg における PS1-R2
7
8I 変異の効果
(A)各月齢のマウス脳切片に対し,抗 Aβ 抗体を用いて免疫染色を行い画像解析を行った.APP Tg×PS1R2
7
8I KI は,APP Tg に対してアミロイド斑の蓄積が各月齢で増加していた.スケールバー:5
0
0μm.
(B,C)APP Tg および APP Tg×PS1-R2
7
8I KI 脳内の Aβ レベルの定量を行った(**P<0.
0
1,Student-t 検
定)
.APP Tg×PS1-R2
7
8I KI の3ヶ月齢ではアミロイド斑の蓄積は認められていないが,Aβ4
3は APP Tg に
対して有意に高い値を示していた(B)
.APP Tg×PS1-R2
7
8I KI の9ヶ月齢では,APP Tg に対して有意なア
ミロイド斑の形成が認められており,APP Tg に対して,各 Aβ 全てが有意に高い値を示した(C)
.
(D)Y
迷路テストによる行動学的解析を行った.3∼4ヶ月齢の各マウスではまだアミロイド斑の形成に先行して,
APP Tg×PS1-R2
7
8I KI のみが,野生型に対して有意な記憶学習能の低下を示した(*P<0.
0
5,One-way
ANOVA,Scheffe’
s F 検定)
.
2
0
1
3年 7月〕
5
4
9
図6 Aβ4
3の神経毒性と凝集性
(A)初 代 培 養 神 経 細 胞 に 対 し
て,
1∼1
0μM の各 Aβ を添加し,
4
8時 間 後 の 細 胞 生 存 率 を 測 定
し た.Aβ4
3は,濃 度 依 存 的 に
Aβ4
2よりも有意に高い神経毒性
を 示した(**P<0.
0
1,One-way
ANOVA,Scheffe’
s F 検 定)
.
(B)Aβ の凝集 性 を チ オ フ ラ ビ
ン T の取込により測定した.各
Aβ(2
0μM)を2
4時間3
7℃ でイ
ンキュベートした結果,Aβ4
3が
最も高い凝集性を示した(**P<
0.
0
1,One-way ANOVA,Scheffe’
s
F 検定)
.
(C)Aβ4
0および Aβ4
2
をそれぞれ2
0μM,2μM で準備
し,そこへさらに1/1
0低濃度の
各 Aβ を添加し,2
4時間3
7℃ で
インキュベート後,チオフラビ
ン T の取込を測定した.0.
2μM
の Aβ4
3が最も高い Aβ の凝集能
を示した (*P <0.
0
5,One-way
ANOVA,Scheffe’
s F 検定)
.
(D)
APP Tg×PS1-R2
7
8I KI の9ヶ
月齢の脳切片を用いて抗 Aβ 抗
体と Aβ4
3特異的抗体 と で 二 重
染色を行った.アミロイド斑の
凝集核に Aβ4
3が局在していた.
スケールバー:5
0μm.
(E)AD
患者の剖検脳の切片を用いて抗
Aβ 抗体と Aβ4
3特異的抗体とで
二 重 染 色 を 行 っ た.APP Tg×
PS1-R2
7
8I KI 同 様 に,AD 患 者
においても Aβ4
3がア ミ ロ イ ド
斑の凝集核に局在していること
を示した.
スケールバー:2
5μm.
5
5
0
〔生化学 第8
5巻 第7号
図7 APP Tg 単独における Aβ4
3
(A)各月齢の APP Tg の脳内 Aβ4
3レベルの定量を行った.可溶性画分(TS)および
グアニジン塩酸抽出画分(GuHCl)ともに,9ヶ月齢頃から加齢依存的な Aβ4
3の増加
を示していた.
(B)APP Tg の9および1
2ヶ月齢の脳切片を用いて抗 Aβ 抗体で免疫
染色を行った.アミロイド斑は,1
2ヶ月齢頃から出現しており,Aβ4
3はそれに先行
して9ヶ月齢頃から増加していた.すなわち,アミロイド斑の形成に先行して Aβ4
3
の増加が始まっていた.
8. お
7. Aβ4
3を指標とした AD 診断の可能性
これまで見いだされている PS1の家族性 AD 変異は,
1
7)
わ
り
に
先進国の中でも特に日本は,少子高齢化の進行が突出し
Aβ4
2の存在量・比を増加させると考えられてきたが ,
ており,今後急速に社会・経済の疲弊をもたらすと警鐘が
Aβ4
3への存在量・比への影響についても再確認を行った.
鳴らされている.逆に言えば,いかにこの局面を乗り切る
家族性 AD 変異として見つかっている種々の PS1変異の
かが世界のモデルケースとして注目を受けている.そんな
ベクターを細胞に発現させ,その培養上清中の Aβ4
3濃度
超高齢化社会における負のスパイラルを断ち切るために必
の測定を行ったところ,PS1-R2
7
8I 変異以外の PS1変異で
要な要素はいくつか挙げられるだろうが,いかに認知症を
も,Aβ4
2に加えて Aβ4
3の産生能が高まる変異が存在し
克服するかは,我々が取り組める最大の課題の一つであ
ていた(図8A,C)
.また,それら変異による家族性 AD
る.アルツハイマー病の根本に近づき,予防・治療を行え
の発症年齢と Aβ4
3濃度をプロットしたところ,Aβ4
2同
るようにする,もしくは発症を数年でも遅延させることが
様に,発症年齢が早い変異ほど Aβ4
3産生能が高いという
できれば健やかに長寿を全うするという人類最大の望みに
相関が認められた(図8B,D)
.出生時から生理的に産生
貢献するだけでなく,その社会保障を賄う大きな経済効果
される Aβ4
0や Aβ4
2とは異なり,Aβ4
3は加齢依存的に
をもたらすことは自明の理である.さらに,介護が不要に
産生されることから(図3C,D および図7)
,Aβ4
3が有
なることで,介護に携わっていた患者の家族の社会貢献度
用な加齢マーカー,AD 診断マーカーになる可能性が示さ
の回復をもたらし,また認知症から回復した人自身の社会
れた.実際,AD 患者の血液中の Aβ4
3比率が増加傾向に
貢献への復帰も見込まれるなど,正のスパイラルへの変遷
あることも明らかとなっている18).今後,Aβ4
3の高感度
を誘導できることは間違いない.
検出法の確立とヒトサンプル(血液サンプルや脳脊髄液等)
を用いた評価を行う必要があるだろう.
謝辞
本稿で紹介した筆者の研究は,理化学研究所・脳科学総
合研究センター・神経蛋白制御研究チームで行われたもの
5
5
1
2
0
1
3年 7月〕
図8 家族性 AD の発症年齢と Aβ4
3産生能
PS1の家族性変異を組み込んだ各ベクターを培養細胞へ発現させ,その培養上清中の
Aβ 濃度を測定した(A,C)
.その Aβ 濃度と AD 発症年齢をプロットした(B,D)
.そ
の結果,Aβ4
2産生量・比を増加させることが知られていた家族性 PS1変異でも Aβ4
3
産生能を有しており,Aβ4
3産生能が高い家系ほど早い発症年齢を示すという高い相関
関係が認められた.
で,本研究に一貫してご指導を賜りました西道隆臣シニア
チームリーダーに心より感謝申し上げます.また,共同研
究および試薬等の提供を行っていただいた,同志社大学の
井原康夫先生,舟本聡先生,滋賀医科大学の西村正樹先
生,長寿医療研究センターの高島昭彦先生,ベルギーアン
トワープ大学の Christine Van Broeckhoven 先生,ペンシル
バニア大学の John Q. Trojanowski 先生,Virginia M.-Y. Lee
先生,University College London の Martin N. Rossor 先生,
ワシントン大学の Raphael Kopan 先生に厚く御礼申し上げ
ます.最後に,本研究は,三平尚美氏,松葉由紀夫氏をは
じめ,当研究室の皆様に支えられて進めることができまし
た.この場を借りて深く感謝致します.
文
献
1)Blennow, K., de Leon, M.J., & Zetterberg, H.(2
0
0
6)Lancet,
0
3.
3
6
8,3
8
7―4
2)Qi-Takahara, Y., Morishima-Kawashima, M., Tanimura, Y.,
Dolios, G., Hirotani, N., Horikoshi, Y., Kametani, F., Maeda,
M., Saido, T.C., Wang, R., & Ihara, Y.(2
0
0
5)J. Neurosci.,
2
5,4
3
6―4
4
5.
3)Takami, M., Nagashima, Y., Sano, Y., Ishihara, S., MorishimaKawashima, M., Funamoto, S., & Ihara, Y.(2
0
0
9)J. Neurosci.,2
9,1
3
0
4
2―1
3
0
5
2.
4)Miravalle, L., Calero, M., Takao, M., Roher, A.E., Ghetti, B.,
0
8
2
1.
& Vidal, R.(2
0
0
5)Biochemistry,4
4,1
0
8
1
0―1
5)Van Vickle, G.D., Esh, C.L., Kalback, W.M., Patton, R.L.,
Luehrs, D.C., Kokjohn, T.A., Fifield, F.G., Fraser, P.E., Westaway, D., McLaurin, J., Lopez, J., Brune, D., Newel, A.J., Poston, M., Beach, T.G., & Rpher, A.E.(2
0
0
7)Biochemistry, 4
6,
1
0
3
1
7―1
0
3
2
7.
6)Iizuka, T., Shoji, M., Harigaya, Y., Kawarabayashi, T.,
Watanabe, M., Kanai, M., & Hirai, S.(1
9
9
5)Brain Res., 7
0
2,
2
7
5―2
7
8.
7)Parvathy, S., Davies, P., Haroutunian, V., Purohit, D.P., Mohs,
R.C., Park, H., Moran, T.M., Chan, J.Y., & Buxbaum, J.D.
(2
0
0
1)Arch. Neurol.,5
8,2
0
2
5―2
0
3
2.
8)Welander, H., Franberg, J., Graff, C., Sundstrom, E., Winblad,
B., & Tjernberg, L.O.(2
0
0
9)J. Neurochem.,1
1
0,6
9
7―7
0
6.
9)Keller, L., Welander, H., Chiang, H.H., Tjernberg, L.O.,
Nennesmo, I., Wallin, A.K., & Graff, C.(2
0
1
0)Euro. J. Hum.
Genet.,1
8,1
2
0
2―1
2
0
8.
1
0)Saito, T., Suemoto, T., Brouwers, N., Sleegers, K., Funamoto,
S., Mihira, N., Matsuba, Y., Yamada, K., Nilsson, P., Takano,
J., Nishimura, M., Iwata, N., Van Broeckhoven, C., Ihara, Y.,
& Saido, T.C.(2
0
1
1)Nat. Neurosci.,1
4,1
0
2
3―1
0
3
2.
1
1)Nakaya, Y., Yamane, T., Shiraishi, H., Wang, H.Q., Matsubara,
E., Sato, T., Dolios, G., Wang, R., De Strooper, B., Shoji, M.,
Komano, H., Yanagisawa, K., Ihara, Y., Fraser, P., St GeorgeHyslop, P., & Nishimura, M. (2
0
0
5) J. Biol. Chem., 2
8
0,
1
9
0
7
0―1
9
0
7
7.
1
2)Shen, J., Bronson, R.T., Chen, D.F., Xia, W., Selkoe, D.J., &
Tonegawa, S.(1
9
9
7)Cell,8
9,6
2
9―6
3
9.
5
5
2
1
3)Wong, P.C., Zheng, H., Chen, H., Becher, M.W.,
Sirinathsinghji, D.J., Trumbauer, M.E., Chen, H.Y., Price, D.L.,
Van der Ploeg, L.H., & Sisodia, S.(1
9
9
7)Nature, 3
8
7, 2
8
8―
2
9
2.
1
4)Sturchler-Pierrat, C., Abramowski, D., Duke, M., Wiederhold,
K.H., Misti, C., Rothacher, S., Ledermann, B., Burki, K., Frey,
P., Paganetti, P.A., Waridel, C., Calhoun, M.E., Jucker, M.,
Probst, A., Staufenbiel, M., & Sommer, B.(1
9
9
7)Proc. Natl.
Acad. Sci. USA,9
4,1
3
2
8
7―1
3
2
9
2.
1
5)Mouri, A., Noda, Y., Hara, H., Mizoguchi, H., Tabira, T., &
〔生化学 第8
5巻 第7号
Nabeshima, T.(2
0
0
7)FASEB J .,2
1,2
1
3
5―2
1
4
8.
1
6)Zou, K., Liu, J., Watanabe, A., Hiraga, S., Liu, S., Tanabe, C.,
Maeda, T., Terayama, Y., Takahashi, S., Michikawa, M., &
Komano, H.(2
0
1
3)Am. J. Pathol., in press.
1
7)Kumar-Singh, S., Theuns, J., Van Broeck, B., Pirici, D.,
Vennekens, K., Corsmit, E., Cruts, M., Dermaut, B., Wang, R.,
Van Broeckhoven, C.(2
0
0
6)Human Mutation,2
7,6
8
6―6
9
5.
1
8)Zou, K., Liu, S., Liu, J., Tanabe, C., Maeda, T., Terayama, Y.,
Takahashi, S., & Komano, H.(2
0
1
1)Trans. Medic.,1,1
0
3.