他校での授業による FD の可能性 - 独立行政法人 国立高等専門学校機構

他校での授業による FD の可能性
阿南工業高等専門学校
1.はじめに
教育機関である高専において,教員責務の第 1 は,
学生教育であり,その中核には授業がある.モデル
コアカリキュラムが示すものをはじめとする教育目
標を達成し,学生に確かな学力を育むことが求めら
れる.一方,学生の資質・意欲は多様化しつつ変容
し,同時に社会構造変化の中で企業からの学生への
要望も高度化する.
高専教員は,これらに対応できる授業力を必要と
する.高専機構第 2 期中期計画では「全ての教員が
参加できるようにファカルティ・ディベロップメン
トなどの教員の能力向上を目的とした研修を実施」
1)
としており,各高専は教員相互の授業聴講,学生
による授業評価など,様々な FD を実施してきた.
これら 1 つ 1 つのプログラムは有用であると思わ
れる2)が,それらが授業力向上に直結する実感を持
てないというもどかしさがあることも事実である.
2.既存 FD プログラムの課題
2.1 学生による授業評価
授業評価には,授業状況を表していないという批
判も根強い.学習途上の学生に授業を正しく評価す
ることはできない,また,成熟していない学生は,
単位取得の容易さや注意や叱責の程度によって感情
的に判断するとする意見もある.
たしかに,そのような学生もいるが,それら学生
をも対象として授業をしているのであるから,それ
が示す授業状況から目を背けることはすべきでな
い.精度は不十分であるが,授業状況を示す指標の
1 つとして活用する必要がある3)4)5).
この授業評価は,精度以外にも課題を有している.
授業評価が示す授業状況,例えば「板書よる説明
が論理的でなく,わかりにくい」に対し,その評価
を受け取った授業教員は,その課題の解決に向けて
本当に授業力を高めていけるだろうか.自身がその
課題を意識しているのなら,学生に意識とのずれは
否定できないものの,どこに問題があるかを教員が
把握することは基本的に難しくないだろう.しかし,
これまで授業に問題があると感じつつも,十分な改
善に至っていない教員が,解決に至る道筋を見つけ
られるか疑問である.また,授業状況の課題を授業
評価によって初めて認識した教員も,同様である.
すなわち,授業評価が示している授業状況は,授
業改善に必要な課題認識に役立つが,それは授業力
向上に直結するものではないと考えるべきであろ
う.
○坪井泰士,釧路工業高等専門学校
小田島本有
2.2 教員相互の授業聴講,授業検討会
教員相互の授業聴講,授業検討会も高専 FD プロ
グラムのスタンダードとなっている.
教員が他教員の授業を参観することで,授業方法
などを学び,自身の授業の改善に生かすことができ
る.また,参観授業への気づきを伝え合うことで授
業検討も可能となる.
学習途上の学生による評価にくらべ,教員相互の
助言の有効性を指摘する意見もある.これらにより,
教員は授業の展開や教材の効果などを,自身の授業
に照らして検証できる.学習主体である学生と異な
り,授業における第三者として学生の反応も含めて
比較的客観的に授業状況を把握できるだろう.
ただ,これらが授業改善に直結するとは,断言で
きない.
授業観察により,気づきを得られる.しかし,そ
の気づきを,ただちに自身の授業の改善に生かすこ
とが可能であろうか.授業のスタイルも異なり,授
業手法においても得手不得手があり,不得手のもの
については参考にしにくい.何より,他分野授業を,
年間授業の流れを把握しないまま数十分参観しただ
けで,本質の把握は困難である.
授業評価と同様,教員相互の授業聴講,授業検討
会も授業状況を示し,それは授業改善に必要な課題
認識に役立つが,授業力向上に直結するものではな
いと考えるべきであろう.
3.他校での授業
3.1 釧路高専での授業
坪井は,平成 25 年 9 月,釧路高専で授業を行った.
同高専教授小田島の招きにより,2 年生国語授業を
担当した.90 分の授業の前半を小田島が担当し,後
半を坪井が担当した.学生には,小田島より,坪井
授業の趣旨などをあらかじめ伝えた.また,同高専
の他教員にも呼びかけ,公開授業の形で実施した.
初対面の学生を対象とする授業の成果について,
釧路高専教員および学生の意見を,アンケートによ
り把握した.
設問 1:わかりやすかったですか.
設問 2:興味を持てましたか.
いずれも対象は,釧路高専機械工学科 2 年生 16
名である.
わかりやすさ(授業レベル,学習成果など)
,興味
(初対面の他高専教員による授業の雰囲気,意識づ
けなど)のいずれについても,学生の評価は高い.
【連絡先】〒774-0017 徳島県阿南市見能林町青木 265 阿南工業高等専門学校
坪井泰士 TEL:0884-23-7147 e-mail:[email protected]
【キーワード】FD,他校での授業,授業力
創造技術工学科
授業への意見(自由記述)でも,次のように肯定
的な意見を得た.
・苦手な分野だが,踏み出せそう.
・緊張したが,新鮮で楽しかった.
・教員の話し方が楽しく,聞きやすかった.
・質問の後の間が,すばらしかった.
参観教員 4 名から,次のような意見を得た.
・初対面の学生を対象として表情,身振り,視線
などを含む話術により,うまく関係づくりをし
ている.それが,授業成果へとつながっている.
・他高専教員の授業は,教員にとっても新鮮で,
見ようという意識が増す.
・学生との関係づくりを考えさせられた.
・学生を引きつける話術の重要性を再確認した.
・高専機構として,このような授業公開の試みが
あってよい.
3.2 函館高専での授業
小田島は平成 25 年 6 月,
函館高専で授業を行った.
研究調査のために同高専を訪れるにあたり,同高専
准教授鳴海との教育連携にもとづき,2 年生国語授
業を行った.
平成 25 年 12 月には,函館高専を再訪し,2 年生
授業を行い,それを公開授業とした.
初対面の学生を対象とする授業の成果について,
釧路高専教員および学生の意見を,アンケートによ
り把握した.
設問 1:わかりやすかったですか.
設問 2:興味を持てましたか.
いずれも対象は,函館高専物質工学科 2 年生 38
名である.
わかりやすさ(授業内容,レベルなど),興味(授
業の雰囲気,意識づけ等)のいずれについても,学
生の評価は比較的高い.
授業への意見(自由記述)でも,次のように肯定
的な意見を得た.
・物語だけでなく,作者の生涯の学習が,印象的
だった.
・笑話もあり飽きることのない楽しい授業だった.
・板書は要点のみなので,授業のテンポが良い.
・学生への問いかけが多く,良かった.
参観教員 4 名から,次のような意見を得た.
・最終的に,すべてテーマに集約されているとこ
ろに,授業のわかりやすさの秘訣を見せても
らった.
・短歌は,文法や言葉の意味の理解だけでは解釈
できず,時代背景や人間関係・家族構成等の
様々な観点から総合的にとらえなければなら
ないことがわかった.
・学生との問答によって,詩歌の背景をタイミン
グよく織り込みながら,「女性の力」を文学に
よって再認識させる授業だった.
4.おわりに
他高専でのこのような公開授業が,学生だけでな
く教員にも刺激となり,FD として機能することがわ
かった.
各高専の取り組みは,FD として成果を上げてきて
いる.授業評価などによる刺激も,授業を見直すこ
とにつながるであろう.
一方で,それらのルーティン化による形骸化も否
めない.授業評価などの FD プログラムを実施し,
それに対して当該教員がそれらデータをどう受け止
め,今後どう改善するかのコメントを記してさえい
れば,現在の FD として大きな批判は受けない.そ
れは,一定の授業水準を保つことにつながるであろ
うし,これまでその点において一定の成果を上げて
きただろう.
しかし,より授業を直接的に,また,刺激的に改
善することにつながるものとして,他校での授業の
実施とその公開授業化に期待する.それは,学生だ
けでなく教員にとっても新鮮かつ刺激的であり,そ
れが学生の授業理解,教員の授業改善に与える影響
は少なくないと考えている.
提示した他校での授業は,次のような手段により
実施した.
・他業務による出張において,業務終了後の空き
時間を活用しての実施
・近隣地での実施
これらの手段は,恒常的に用いられるとは限らな
い.本務を優先する中で,日程・交通経路により,
授業を実施できない場合もある.近隣地であっても,
受け入れ側との時間調整は簡単ではない.すなわち,
この他校での授業は,マンネリによる形骸化を起こ
しにくい FD プログラムであると言えよう.
現在,高専機構では,ブロックでの教員研修を実
施している.その中に,このような他校での授業を
取り入れ,それをブロック内の他高専教員が参観し
て検討するという公開授業(授業検討会を含む)と
して活用することも,極めて有効であると考えてい
る.
参考文献
1) 独立行政法人国立高等専門学校機構の第 2 期中
期計画,文部科学省認可 2010,変更認可 2013
2) 坪井泰士,多田博夫,新井修,中村克孝,中村
厚信,松本高志,杉野隆三郎,堀井克章:全校
的授業改善システムの実効性の確認,高専教育,
第 30 号,PP.539-544(2007)
3) 坪井泰士:学生による授業評価結果の公開と活
用,高専教育,第 27 号,pp.459-464(2004)
4) 坪井泰士,當宮辰美:評価誤差を踏まえた,学
生による授業評価の活用方法,高専教育,第 28
号,pp.315-320(2005)
5) 坪井泰士:
[学生による授業評価]を活用した授
業改善-授業改善 PDCA-,高専教育,第 29
号,pp.493-497(2006)