REVIEW 早発卵巣不全・早発閉経に関する諸問題 宮崎 薫,丸山 哲夫 慶應義塾大学医学部産婦人科 るまでの はじめに 段階として初期卵巣機能不全(IOF) ,移行 期卵巣機能不全(TOF)を定義し,それぞれの群で AMH ヒト女性においては,思春期に卵巣機能を含む生殖能 値が有意に異なることを報告した[ ] .このように が確立されて成人期に至る.しかし,年齢とともに卵巣 AMH は POI に至る前の卵巣機能低下を鋭敏に検出しう 内の原始卵胞は双指数関数的に減少し[ るが,その一方で完全に POI の段階となった患者群に ] ,卵巣機能 は低下する.卵巣機能の終結をもって閉経となり,特に おいては,AMH の有用性に否定的な報告が多い[ , ] . 歳未満では早発閉経と診断される.しかし,非可逆的 であるはずの早発「閉経」でも,診断の後に排卵のみな POI に対する排卵誘発・不妊治療 らず妊娠・出産に至る例が稀にある.明らかな「閉経」 でない限り,hypergonadotropic hypogonadism を呈す POI 患者の生涯にわたる自然妊娠率は ∼ %といわ ] ,実際数々の症例報告が存在する.Van Kasteren る 歳未満の無月経は,早発卵巣不全[primary ovarian れ[ insufficiency(POI)/premature ovarian failure(POF) ] らは POI 症例の卵巣機能の回復や妊娠獲得のための治 として取り扱うのが望ましい. 療に関する多くの報告を調査し,治療方法と妊娠例につ Coulam らの唯一の前向きコホート試験によれば,そ の頻度は 歳までで る[ %, 歳までで .%とされてい ] .POI の原因は,X染色体異常(Turner 症候群, Fragile X premutation), 遺伝子変異(FSHR, NOBOX, いてまとめている(表 ) [ ] .表 のようにエストロ ゲン投与が多く行われ,その頻度に従って妊娠例も多数 報告されているが,無治療での妊娠例も存在する. 一方,Tartagni らは,POI の症例にエストロゲン(エ etc. ) ,環境因子(ウイルス感染,化学療法,手 チニルエストラジオール)を前投与し FSH を低下させ 術など) ,免疫異常(橋本病などの自己免疫疾患)があ た後に調節卵巣刺激を開始した症例群(E 治療群)とプ るが,原因を特定できないことも多い[ ラセボを投与後に調節卵巣刺激を開始した症例群(対照 FOXL ] .POI の診 断としては,これまでの報告から,① 歳未満の続発無 月経,②血中卵胞刺激ホルモン(FSH) (原則として ヵ月以上の間隔を置いて たすものとするものが多い[ mIU/ml 以上 回測定)を満 ] . 群)の 群間の治療成績を比較した[ ] .E 治療群の 排卵率,妊娠率はそれぞれ , %であったが,対照群 表 POI の排卵誘発法 〈Van Kasteren, et al. Hum Reprod Update, 治療方法 POI 診療における抗ミュラー管ホルモン(AMH) より引用〉 研究 妊娠数 論文数 無治療 の役割と意義 Clomiphene citrate(CC) Gonadotropins(HMG) AMH は原始卵胞,前胞状卵胞,および小胞状卵胞の 顆粒膜細胞に発現している[ ] .胞状卵胞および閉鎖 卵胞においては,AMH 発現は消失する.AMH は卵胞 動員を阻害し,かつ前胞状卵胞および小胞状卵胞の FSH 依存性発育/選択を阻害する. Knauff らは,正常卵巣機能保持者から POI 患者に至 連絡先:宮崎 薫,慶應義塾大学病院産婦人科 〒 ― 東京都新宿区信濃町 TEL : ― ― FAX: ― ― E-mail:inquirer @yahoo.co.jp Estrogens(E) Oral contraceptives E+CC E+HMG GnRHa GnRHa+HMG(IVF-ICSI) GnRHa+HMG+E GnRH+GnRHa+HMG Corticosteroids±E Hypophysectomy±HMG/E/CC Total 日本生殖内分泌学会雑誌(2014)19 : 15-19 15 宮崎 薫 他 ではどちらも %であった.この報告は,エストロゲン 年( 投与が POI の妊孕性を改善する可能性を示しているが, さらなる大規模臨床試験による検証が望まれる. ∼ 症例 年)であった. を紹介すると, 歳で POI と診断され, 歳 から妊娠に向けてのフォローアップを開始し, 歳で子 エストロゲン療法の作用メカニズムに対する仮説は, 宮内人工授精にて妊娠が成立し出産となった.フォロー 以下の通り考えられている.まず,エストロゲンは nega- 開始から妊娠までの tive 基本の治療としてほぼ毎月 feedback 作用により高 FSH 環境を是正すること 年余の間は,ホルモン補充療法を 回の卵胞チェックを行った で,残存卵胞における FSH 受容体を誘導し,FSH に対 が,排卵回数はわずか 回であった. 特に する卵巣の反応性を改善する[ 出産に至った最後の 回目の排卵の間隔は約 ] .また,エストロゲ ンは顆粒膜細胞の FSH 受容体に対する FSH の刺激作用 あった.約 回目と妊娠・ 年間で 年間のフォローを要して挙児を得た症例 を促進する[ ] .さらに,FSH の FSH 受容体への結 においては,消退出血 合を促進することも報告されている[ ] . /mL であった.同日より結合型エストロゲンを投与し 前述の卵巣刺激法も含めて,ゴナドトロピン療法がし 日目で FSH IU/L,E < pg たところ,同 日目に排卵を確認し,人工授精により妊 ばしば行われるが,無効のことが多く,たとえ反応がみ 娠が成立し 歳で出産に至った. られたとしても大量のゴナドトロピンを必要とするた 問題なく,正期産で正常経腟分娩となった. 症例とも妊娠経過に め,効果的な治療法とは言いがたい[ ] .さらに,POI 患者に対する EBM のない試験的卵巣刺激は精神的負担 POI 患者の生殖予後に影響を与える因子 を増加させるとの報告もあり[ ] ,POI 患者にゴナド トロピン療法など精神的あるいは肉体的に侵襲を伴う医 自験例からも明らかなように,POI 患者はしばしば間 療介入を行う際には,十分なケアと説明が必要と考えら 欠的な卵巣機能回復を呈する.この現象がどのような患 れる. 者において,あるいはどのような周期において起こるの POI の挙児に対して唯一 EBM のある治療は卵子提供 であり[ ] ,米国では , 回/年が試みられている. か予測できれば,より効率的なフォローアップにつなが る可能性がある. 本邦では,JISART(日本生殖補助医療標準化機関)な われわれは,挙児を得るべくフォローした POI 患者 どから実施報告例がある.しかしながら,未だ倫理的な 名の 周期について,臨床的,内分泌学的,遺伝学 問題が十分に議論されているとは言いがたく,現時点で 的,免疫学的な各パラメーターと卵巣機能の一時的回復 我が国において POI 患者に卵子提供を積極的に推奨す (卵胞発育,排卵,妊娠)との関連を後方視的に検討し ることは困難である.卵巣移植の報告もあるが[ ] , た(表 ) . 一卵性双胎姉妹の一方が POI 患者,もう一方が正常卵 まず,POI 患者 名について,卵巣機能の一時的回復 巣機能をもつ場合というきわめて限られた症例にのみ適 が認められた症例とそうでない症例で各パラメーターに 応となる. 差異があるか検討したものの,発症年齢,診断時の血中 自験例 染色体異常の有無,自己抗体の有無のいずれも有意差は E 値,血中 FSH 値,妊娠分娩歴,抗がん剤投与の既往, 認められなかった.次にわれわれは,フォローした 自験例のうち,妊娠が成立した 例の要約を表 に示 周期について,卵巣機能の一時的回復が認められた周期 す[ ] .いずれも抗がん剤投与や放射線照射の既往は とそうでない周期で違いがあるか検討した.その結果, なく,染色体は正常核型( ,XX)で, ± .歳(平 卵胞発育および排卵が認められた周期の血中 E 基礎値 均±SD; ∼ 歳)で POI の診断に至った. .± . 歳( ∼ 歳)より種々の薬剤投与を行いながら卵胞発 ( .± . pg/mL)は,そうでない周期の血中 E 基礎値( .± . pg/mL)と比較して有意に高値で 育をモニタリングした.個々の症例別にみると,卵胞発 あった.ROC 解析にて,カットオフ値は . pg/mL で 育周期と非発育周期とで比較した場合,症例によっては あった.以上より,POI 患者にて血中 E 基礎値が . 有意差をもって(P < . ) ,前者より後者の方が血中 pg/mL 以上の周期では,卵胞発育および排卵が認めら FSH 値は高く,血中エストラジオール(E )値は低い れる可能性が高いといえる(area under curve= . ) . が,すべての症例に当てはまるわけではない. 工授精, 例は人 例はタイミング療法にて妊娠に至った.卵胞 発育モニタリング開始から妊娠までの期間は, .± . 16 日本生殖内分泌学会雑誌 Vol.19 2014 同様に POI 患者の卵巣機能の予測因子を検討したも のとして,Bidet らの報告が挙げられる[ .彼らは, ] 名の POI 患者について後方視的および前方視的検討を 早発卵巣不全に関する諸問題 表 妊娠症例の背景 〈Maruyama T, et al. Endocr J, より引用〉 Case Case Case Case G P G G G Age of POI onset Age of menarche Age at initial visit to our outpatient clinic Pregnancy history Serm FSH at initial diagnosis by our hospital . Serum E at initial diagnosis by hospital Age at initiation of FM Karyotype , XX Other laboratory data , XX none Months of FDCs after initiation of FM , XX , XX mild leukopenia, SSB-Ab mildly elevated ACA- anti-nuclear Ab(+) , (+),and elevated CH Ab TPO-Ab(+) , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , Duration of FM (months) Number of FM cycles FDCs NFDCs Initial serum FSH in FDCs(MEAN±SD) .± . Initial serum FSH in NFDCs(MEAN±SD) .± . .± . Initial serum E in FDCs(MEAN±SD) .± .± Initial serum E in NFDCs(MEAN±SD) . not tested .± . .b .± .b .± . .± .a .± . .± .a .± .± .c . .± . .± .c Treatments : FDCs/total FM cycles(%FDCs) no treatment /( .) /( ) /( .) /( ) estrogen alone /( .) / ( ) /( .) / ( .) clomiphene alone /( /( ) /( hMG alone ) /( ) /( ) ) /( ) /( ) /( ) GnRHa alone /( ) /( .) /( ) /( ) estrogen+hMG /( .) /( .) /( ) /( ) clomiphene+hMG /( /( ) /( ) /( ) GnRHa+hMG /( ) /( ) /( .) /( .) predonisolone /( ) /( ) /( ) /( ) . (day ) (day ) (day ) (day ) (day ) (day ) < (day ) < (day ) ) Methods for insemination TSI IUI IVF ICSI A pregnancy achievement cycle Age at achievement of pregnancy Initial serum FSH in the pregnancy achievement cycle Initial serum E in the pregnancy achievement cycle Treatment for follicle development none none estrogen therapy estrogen therapy TSI(day ) IUI(day ) IUI(day ) IUI(day ) hCG for ovulation + + + + Luteal support + + + + NSD, wk, female, g NSD, wk, female, g NSD, wk, female, g NSD, wk, male, g uneventful uneventful uneventful uneventful Method for pregnancy Pregnancy outcome Pregnancy course a b c , P< . ; , P< . ; , P< . Ab, antibody ; ACA, anti-cardiolipin ; FDCs, follicle development cycles ; FM, follicle monitoring ; ICSI, intracytoplasmic sperm injection ; IVF, in vitro fertilization ; IUI, intrauterine insemination ; NFDCs, Non-follicle development cycle ; NSD, normal spontaneous delivery ; TSI, timed sexual intercourse ; SSB, Sjogren syndrome type B antigen ; TPO, Thyroperoxidase REVIEW 17 宮崎 薫 他 表 既報と当院での POI 患者比較 Bidet et al. JCEM, 慶應,unpublished 患者数 調査・観察開始∼終了年 ∼ ∼ * *** ∼ 調査・観祭期間(月) ∼ POI 発症年齢(推定) .± 診断時血清 FSH(mlU/ml) .± . .± . 卵胞発育再開患者数 ** ( %) **** ( %) 妊娠数 . .± . ( .%) ( %) * ** 経腔超音波検査(+血清 E 値) 聞き取り調査を含む ** **** ①自然妊娠 ①胞状卵胞の存在 or ② ∼ 週間以内の 回連続した性器出血 or ③ FSH 加え(表 mlU/mL(HRT 非施行時) and ② E > (卵 胞 径 mm 以 上 で あ れ ば不要) ) ,多変量解析の結果,POI 患者における卵 化された事実は興味深い.ただし,複数の外科的侵襲や 巣機能回復の予測因子として,POI の家族歴,続発性無 高度生殖医療技術の多用を要する点や,前述の試験的排 月経,超音波で卵胞が見られること,血中インヒビン B 卵誘発以上に POI 患者への精神的肉体的負担が多大で 値,血中 E 値を挙げている[ ある点など,通常の臨床診療として行うには解決すべき ] . POI の排卵誘発においては,高 FSH 環境を是正する ことが肝要と考えられている一方で,血中 FSH 値より 課題は多い.今後,さらなる結果の蓄積が期待される研 究である. むしろ血中 E 値が卵胞発育の予測因子として重要であ るという結果が認められた点は興味深い.このことは, おわりに 症例ごとに,あるいは周期ごとに卵胞発育にとって至適 な FSH 値が異なることを示唆しているのかもしれない. 挙児希望のある POI 患者においては,自身の卵子で 妊娠できる可能性が少ないながらもあることを説明した POI における新たな治療の可能性 うえで,治療の選択肢を提示すべきである.ただし,留 意すべきは,過大な期待はもたせない,卵子提供を望ま 基礎分野における卵子幹細胞とその新生という最近の ない場合には長期間のフォローアップが可能な態勢作り 新説により,POI の病態と治療戦略にもパラダイムシフ を確立する,患者を精神的・肉体的・経済的に疲弊させ トが起きつつある.White らによれば,生殖年齢のヒト ない,ことなどが挙げられる. 卵胞発育を予測できるマー 女性の卵巣において,表面抗原 DDX を用いて卵子幹細 カーの探索や,卵巣組織凍結‐原始卵胞体外活性化と 胞を単離することが可能であり,それらを免疫不全マウ いった新たな技術の進歩が望まれる. スに移植すると,卵子幹細胞由来の卵子が形成された [ ] .もしも POI 患者の卵巣にも卵子幹細胞が存在す 引用文献 るのであれば,それを単離培養し,卵子を大量に得るこ とができるかもしれない.別の戦略として,卵子幹細胞 からミトコンドリアを回収して利用することも考えられ ている. Kawamura らは,卵巣組織凍結‐原始卵胞体外活性化 をマウスにて成功させたうえで,ヒトにおける POI 不 妊治療へ応用し,実際に挙児も得ている[ ] .具体的 には,POI 患者の卵巣組織を摘出して凍結保存し,必要 時にこれを融解する.卵巣組織の細断によりヒッポシグ ナル伝達が破壊され,これに Akt 刺激を加えることで 次卵胞発育を促進することができるという.ヒッポシグ ナル伝達,Akt ともに細胞分裂の制御に重要な役割を 担っており,その経路を修飾することで原始卵胞が活性 18 日本生殖内分泌学会雑誌 Vol.19 2014 .Faddy MJ( )Follicle dynamics during ovarian ageing. Mol Cell Endocrinol , - . .Coulam CB, Adamson SC, Annegers JF( )Incidence of premature ovarian failure. Obstet Gynecol , - . .Nelson LM( )Clinical practice. Primary ovarian insufficiency. N Engl J Med , - . .Visser JA, de Jong FH, Laven JS, Themmen AP( )Anti -Mullerian hormone : a new marker for ovarian function. Reproduction , - . .Knauff EA, Eijkemans MJ, Lambalk CB, ten Kate-Booij MJ, Hoek A, et al( )Anti-Mullerian hormone, inhibin B, and antral follicle count in young women with ovarian failure. J Clin Endocrinol Metab , - . .Bidet M, Bachelot A, Bissauge E, Golmard JL, Gricourt S, et al( )Resumption of ovarian function and pregnancies 早発卵巣不全に関する諸問題 in patients with premature ovarian failure. J Clin Endocrinol Metab , . .石塚文平( )早発卵巣不全の病因,病態,治療に関する 研究.日産婦誌 , . .van Kasteren YM, Schoemaker J( )Premature ovarian failure : a systematic review on therapeutic interventions to restore ovarian function and achieve pregnancy. Hum Reprod Update , - . .Tartagni M, Cicinelli E, De Pergola G, De Salvia MA, Lavopa C, et al( )Effects of pretreatment with estrogens on ovarian stimulation with gonadotropins in women with premature ovarian failure : a randomized, placebo-controlled trial. Fertil Steril , - . .Ireland JJ, Richards JS( )Acute effects of estradiol and follicle-stimulating hormone on specific binding of human [ I]iodofollicle-stimulating hormone to rat ovarian granulosa cells in vivo and in vitro. Endocrinology , - . .van Kasteren YM, Hoek A, Schoemaker J( )Ovulation induction in premature ovarian failure : a placebo-controlled randomized trial combining pituitary suppression with gonadotropin stimulation. Fertil Steril , - . .楢原久司,河野康志( )早発閉経(早発卵巣不全)をめ ぐる最近の話題.産婦治療 , - . .Awwad JT, Ghazeeri GS, Hannoun A, Isaacson K, AbouAbdallah M, et al( )An investigational ovarian stimulation protocol increased significantly the psychological burden in women with premature ovarian failure. Acta Obstet Gynecol Scand , . .Silber SJ, Gosden RG( )Ovarian transplantation in a series of monozygotic twins discordant for ovarian failure. N Engl J Med , . .Maruyama T, Miyazaki K, Uchida H, Uchida S, Masuda H, et al( )Achievement of pregnancies in women with primary ovarian insufficiency using close monitoring of follicle development : case reports. Endocr J , - . .White YA, Woods DC, Takai Y, Ishihara O, Seki H, et al ( )Oocyte formation by mitotically active germ cells purified from ovaries of reproductive-age women. Nat Med , - . .Kawamura K, Cheng Y, Suzuki N, Deguchi M, Sato Y, et al( )Hippo signaling disruption and Akt stimulation of ovarian follicles for infertility treatment. Proc Natl Acad Sci U S A , . REVIEW 19
© Copyright 2024 ExpyDoc