SNSにおけるプライバシーの期待と保護のあり方 ―L. J. ストゥラホラヴィッツの「プライバシーの社会ネットワーク理論」を手がかりに― 松前 恵環 Expectation and Protection of Privacy in SNS Satowa MATSUMAE 近年、SNS(Social Networking Services)の利用を巡って、様々なプライバシーの問題が浮上 している。現行法の下では、一般的に、個人が自発的にあるいは積極的に公開した情報について は、プライバシーの期待を認めないという考え方がとられており、個人情報が通常自発的に公開 されるSNSにおいても、プライバシーの期待が認められない傾向が見られる。しかし、情報の公 開を不可欠の要素として成り立つSNSにかかる考え方を適用することは果たして妥当なのであろ うか。本稿では、社会における情報の伝播の実体に着目する、L. J. ストゥラホラヴィッツの「プ ライバシーの社会ネットワーク理論」を手がかりに、SNSにおける利用者のプライバシーの期待 と、その保護のあり方について考察を加える。 キーワード:SNS(Social Networking Services) 、プライバシー、プライバシーの期待、個人情報、 自発的な公開、社会ネットワーク理論 侵害の危険性や2、特に若年者によるSNSの利用 1. はじめに 近時、 SNS(Social Networking Services)1にお に伴うプライバシーへの脅威等、多様なものが けるプライバシーの問題が注目されるようにな 含まれる3。もっとも、SNSにとりわけ特徴的な っている。こうした問題には、例えば、SNSサ 問題と言い得るのは、これまで個人情報を組織 ービス提供者が入手した個人情報を利用して広 的に収集し利用することによって私たちのプラ 告サービスを行うことに付随するプライバシー イバシーに脅威を及ぼし得る中心的な主体と解 1 SNSは、OSN(Online Social Network) と 呼 ば れ る 場合(See e.g., Patricia Sanchez Abril, A (My ) Space of One’s Own: On Privacy and Online Social Networks, 6 ‘Social NW. J. TECH. & INTELL. PROP. 73 (2007).) や、 Networking Sites’ の略称とされる場合もある(See e.g., danah m. boyd & Nicole B. Ellison, Social Network Sites: Definition, History, and Scholarship, 13 J. COMPUTER-MEDIATED COMM. 11 (2007).)が、本稿では、 日本において一般的に普及していると考えられる 「SNS(Social Networking Services) 」という用語を用 いることとする。かかる用語を用いているものとし て、例えば、NPO 日本ネットワークセキュリティ 協会 SNSセキュリティワーキンググループ『SNSの 安全な歩き方:セキュリティとプライバシーの課題 と対策[第0.7版]』 (2012年11月1日) (http://www.jnsa. org/result/2012/SNS-WG_ver0.7.pdf (last visited Feb. 28, 2013))を参照。 されてきた政府や、民間企業ではなく、SNSを 利用する他の個人によって、私たちがSNS上で 公開している情報を利用され、あるいは、更に 広い範囲に拡散されることに伴って生じ得る、 2 3 See e.g., William McGeveran, Disclosure, Endorsement, and Identity in Social Marketing, 2009 U. ILL. L. REV. 1105 (2009). 米国連邦取引委員会(FTC: Federal Trade Commission) は、若年者によるSNSの利用に伴う危険を懸念し、 児童オンラインプライバシー保護規則(Children’s Online Privacy Protection Rule)の見直しを提言してい る。Federal Trade Commission, FTC Seeks Comments on Additional Proposed Revisions to Children’s Online Privacy Protection Rule (Aug. 8, 2012), http://www.ftc. gov/opa/2012/08/coppa.shtm (last visited Feb. 28, 2013) ― 75 ― Journal of Global Media Studies Vol. 13 プライバシーの問題であろう4 。自分が写った 有を不可欠の基盤とするSNS7を利用するので 写真に他者が無断でタグ付けすることについて あれば、プライバシーの侵害は利用者が引き受 示されているプライバシーの懸念は、その代表 けるべきリスクであるという主張に対して、説 5 的な例と言い得る 。 得的な反論を展開したいと考えるのであれば、 かかるSNSにおけるプライバシーの問題への 法的対応のあり方を検討するにあたって、とり わけ困難な要素として立ち現われてくるのが、 この論点を考察しておくことは不可欠な作業と 言えよう。 そこで本稿では、個人が自発的に公開した個 SNS上で流通する個人情報が、通常、情報主体 人情報について、プライバシーの期待が認めら の積極的な意思に基づいて公開されているもの れ得るのかについて考察した上で、その保護の であるという点である。無論、オンラインショ あり方について検討を加える。この際、SNSに ッピングなどの場面において、私たちが民間企 とりわけ特徴的な問題と解し得る、個人利用者 業に必要な個人情報を提供する場合も、同意に によるプライバシーの侵害の場面に焦点を当て 基づいて個人情報を提供していると評価し得る るとともに、SNSを巡るプライバシーの問題に が、あくまでそれは一定の目的のために必要な ついて既に幾つかの先行研究の蓄積が見られる 範囲での個人情報の提供である。他方で、SNS 米国の議論を素材として、論を進めることとし における個人情報の公開は、自らの自己実現な たい。 いしアイデンティティの表現であり、他者と関 まず2では、SNSの展開と、その利用者によ 係を構築し共同体を形成するための、より積極 るプライバシー侵害の現状を簡単に追った上 的な個人情報の公開なのである。こうして積極 で、本稿の主題たる「自発的ないし積極的な個 的に公開された個人情報について、現行法は、 人情報の公開」について、その背景、すなわ その法的保護に否定的な立場を採る傾向が強 ち、何故人は個人情報をSNSにおいて積極的に 6 公開するのかを、SNSの社会動学に着目して考 しかし、自らが積極的に公開した情報に対し 察する。次に3では、こうした「自発性」がプ て人は一切のプライバシーを期待できないので ライバシーの期待の有無の判断において現状で あろうか。逆に言えば、こうした自発的に公開 は消極的に作用する傾向が強いことを、裁判例 された情報であるにも拘わらず、何故上に見た の分析を通じて明らかにする。3.2では、社会 ような事例においてプライバシーの侵害が問題 ネットワーク理論をプライバシー法の領域に取 とされるのであろうか。 かかる論点については、 り入れ、かかる点について有益な示唆を提供し 未だ十分な議論はなされていないように思われ ているL. J. ストゥラホラヴィッツ(Lior Jacob る。しかし仮に、自発的な個人情報の公開と共 Strahilevitz)の「プライバシーの社会ネットワ い。 4 個人が従来に比して遥かに強力な情報の発信手段を 有するようになったことによって生じる、プライバ シー侵害の「主体」の変化については、 松前恵環「個 人によるカメラ監視と米国不法行為法上のプライバ シー権の限界―『ポリオプティコン』の時代におけ るプライバシー―」 『社会情報学研究』16巻2号111127頁(日本社会情報学会、2012年)を参照。 5 James Grimmelmann, Saving Facebook, 94 IOWA. L. REV. 1137, 1171-1172 (2009). 6 詳しくは、3.1を参照。 ーク理論(Social Network Theory of Privacy) 」8 7 C. D. パウエル(Connie Davis Powell)は、SNSの成 功は、利用者が自身の情報をどの程度積極的に共有 しようとするのかという、その意欲にかかっている と 指 摘 し て い る。See Connie Davis Powell, Privacy for Social Networking, 34 U. ARK. LITTLE ROCK L. REV. 689, 690 (2012). 8 Lior Jacob Strahilevitz, A Social Network Theory of Privacy, 72 U. CHI. L. REV. 919 (2005). ― 76 ― SNS におけるプライバシーの期待と保護のあり方(松前) に着目し、個人が自発的に公開した情報につい いった例が、代表的なものとして挙げられる。 ても、プライバシーの期待を肯定する余地を見 もっとも、かかる問題は、従来の、政府や民間 い出し得ることを明らかにする。最後に4では、 企業による個人情報の収集及び利用を巡る問題 こうしたプライバシーの期待をどのように、ま と本質的に異なるものではない。SNSに特有の、 たどの程度保護すべきなのか、適切なプライバ 従来とは異なる考慮を必要とするのは、本稿で シー保護のあり方に向けた幾つかの方策を検討 取り上げる個人利用者によるプライバシーの侵 する。 害の問題である。 こうした例として挙げられるのが、個人が SNSで公開した情報が、他者によって利用さ 2. SNSの展開と社会動学 れ、あるいは、更に広い範囲に拡散されること 2.1 SNSの展開と個人利用者によるプライバ に起因するプライバシーの問題である。かかる シーの問題 問題には、冒頭に挙げた無断で行われる写真へ D. M. ボイド(danah m. boyd)とN. エリソン のタグ付けのような行為から、過去の投稿が拡 (Nicole Ellison)によれば、SNSとは、①個人 散されて最終的にはマスメディアによる更なる が、限定されたシステムにおいて、公的な、あ 公開に至って極めて多くの人の目に晒されてし るいは準公的なプロフィールを作成し、②個人 まったという例12まで、多岐にわたる問題が含 が繋がりを共有している他の利用者のリストを まれる。また、SNSが私立探偵による調査や、 明示し、③そうした繋がりのリストを眺め、ま 捜査機関による捜査に利用される可能性も指摘 た、そのシステム内で他の利用者が作成した同 されている13。無論、公開範囲の設定は可能で 様のリストを行き来するサービスであると定義 あるが14、SNSに登録する際に身元を偽ってアカ される9。SNSの歴史は1990年代に遡り、2000年 ウントが作成される場合も存する15。また、大 代に米国において大衆の認知を得るようにな 学の教員や管理者はメールアドレスなどを用い 10 ったと言われており 、Facebook、Google Buzz、 て大学のネットワークにアクセスできるように Myspace、LinkedIn、Twitter等、数多くのサー なっていることが多く、そうしたアクセスが卒 ビスが含まれるとされる11。 業生にも許可されている場合には、在校生の将 SNSの利用を巡ってプライバシーが問題にな 来の雇用主ともなり得る人々が、在校生の言動 る場面は多種多様であるが、誰が個人情報を利 をSNSでチェックすることも可能になってしま 用するのかという観点から大別すれば、SNSサ 「友達の うという危険性まで指摘されている16。 ービス提供者が利用者から個人情報を収集ない 友達の友達は、 『見知らぬ人(stranger) 』と呼 し利用することに起因する問題と、SNSの利用 者が他の利用者の個人情報を収集ないし利用す ることに起因する問題とに分けられよう。前者 のカテゴリに含まれる問題としては、例えば、 冒頭に挙げたように、サービス提供者が利用者 から収集した個人情報を無断で広告に用いると 9 boyd & Ellison, supra note 1, at 11. 10 Grimmelmann, supra note 5, at 1144. 11 Powell, supra note 7, at 690. 12 See e.g., Moreno v. Hanford Sentinel, Inc., 91 Cal. Rptr. 3d 858 (Cal. Ct. App. 2009). 13 Grimmelmann, supra note 5, at 1167. 捜 査 に お け る SNSの利用について考察した論稿として、See e.g., Junichi P. Semitsu, Social Networking and the Law: From Facebook to Mug Shot: How the Dearth of Social Networking Privacy Rights Revolutionized Online Government Surveillance, 31 PACE L. REV. 291 (2011). 14 詳しくは、4を参照。 15 Grimmelmann, supra note 5, at 1166. 16 Id. ― 77 ― Journal of Global Media Studies Vol. 13 ばれる」という指摘はこうしたSNSにおける公 かという点であろう。まず、SNSにおける自発 開範囲の不確定さを端的に表していると言えよ 的な情報の公開に関しては、プライバシー意識 17 L. ゲルマン (Lauren Gelman) が言うように、 う 。 や、デジタル・ネットワーク技術への親和性に SNSは正確にどこまで公開され、誰が見ている おける世代間差異に着目し、 「デジタル・ネイ かを判別できないネットワーク―「 『境界が曖 ティブ(digital native) 」と言われる若年層に特 昧な』社会ネットワーク( ‘blurry-edged’ social 有の特徴であるとする主張も見られる19。こう networks) 」―であり、特定の読者を想定して した個人情報の公開に対する抵抗感の世代間に 行われた投稿であっても、かかる想定を超えた おける違いは、個人情報の自発的な公開という 範囲にまで広く頒布されていくという特質を有 現象の一つの理由となり得ることは確かであろ 18 するのである 。 う。しかし、世代間における抵抗感の差異は否 しかし、ここで看過できないのは、元来こう 定できないとしても、若年層以外にもSNSの利 した個人情報は、本人がその提供を誰に強制さ 用者は多く、若年層以外の層もまた、個人情報 れた訳でもなく、自発的に、むしろ積極的に公 を積極的に公開し、コミュニケーションを図っ 開しているという点である。かかる要素は、後 ていることに鑑みれば、若年者であるというこ に検討を加えるように、現行法においては、プ とだけがSNSにおける積極的な個人情報の公開 ライバシー侵害の成否の判断に際して、消極的 の要因になる訳ではない。 に作用することが一般的である。確かに本人が そこで注目すべきは、より本質的なSNSの性 公開している情報についてプライバシーを期待 質、すなわち、SNSが如何なるコミュニケーシ することは難しいとも言い得る。もっとも、こ ョンメディアであり、個人情報の公開との間に うした考え方を推し進めると、例えば、SNSに どのような関係を持つサービスなのかという点 おいて公開された情報についてプライバシーは である。J. グリメルマン(James Grimmelmann) 一切保護されず、プライバシーを保護したいの は、SNSに お け る プ ラ イ バ シ ー の 社 会 動 学 であればSNSなど利用しなければよいといった (social dynamics)に着目し、何故、個人がSNS 極端な考え方にもつながりかねない。こうした において個人情報を自発的に公開するのかにつ 考え方は果たして妥当なのか。SNSにおいてプ いて、詳細な分析を加えている20。 ライバシーの期待は一切認められないのであろ グリメルマンは、上に見たボイドらのSNSの 定義を手がかりに、SNSの主要な特徴として、 うか。 個人が自身の「アイデンティティ(identity) 」 SNSの社会動学(social dynamics) を表現するために不可欠な機能である「プロ この問いへの答えを探すにあたり、まず検討 フィール(profile) 」 、Facebookにおける「友達 しておく必要があるのは、そもそも何故、人は (friend) 」に相当する、SNSにおいて個人と「関 SNSにおいて個人情報を自ら進んで公開するの 係(relationships) 」を有する人(contacts) 、及 2.2 び、そうした繋がりを有する人々の「共同体 17 Clay Shirky, YASNSes Get Detailed: Two Pictures, Many 2 Many (Mar. 9, 2004 ), http://many.corante.com/ archives/2004/03/09/yasnses_get_detailed_two_pictures. php (last visited Feb. 28, 2013) 18 Lauren Gelman, Privacy, Free Speech, and “BlurryEdged” Social Networks, 50 B.C. L. REV. 1315, 13171318 (2009). (community) 」を構成する「関係を有する人々 のリスト(lists of contacts) 」を挙げる21。これら 19 Abril, supra note 1, at 76. 20 Grimmelmann, supra note 5, at 1149-1164. 21 Id. at 1142-1143. ― 78 ― SNS におけるプライバシーの期待と保護のあり方(松前) の特徴は、それぞれ、SNSにおいて利用者の個 もそも人はリスクを評価する場合に、しばしば 人情報の公開を促進する方向に作用する。 まず、 他者の行動を判断材料にするのであり、SNSの 個人はプロフィールを作成して、氏名、生年月 利用に関しても、皆がSNSを利用してから安全 日、信仰、オンライン又はオフラインの連絡 である、SNSの利用者は自分と似たような性質 先、性別、好きな本や映画等、学歴や職歴、そ の人間であって安全でると思い込むといった形 して自分の写真といった多くの個人情報を公開 でリスクの評価が行われている27。しかし、他 することで、自分のアイデンティティを表現す 者がSNSのプライバシーリスクについて自分よ 22 る 。また、SNSは他者との関係を新規に構築す りもよく知っている保障はなく、SNSは必ずし るのみならず、オフラインで既に存在していた も自分と同じような属性なり、プライバシーの 関係の継続及び強化する機能を持つが、そうし 規範意識なりを有した人たちが利用している訳 た機能を実現する際にとりわけ重要なのが、か ではない28。またSNSでは、現実空間におけるオ かる関係を、 例えば誰と誰が「友達」であると、 フラインの接触において存在している、秘密に 明示することにより、換言すれば、そうした社 して欲しい情報を伝える際に例えば声を潜めた 会関係を可視化することで、公的な承認を得る り身体を寄せたりするといった言葉以外のコミ 23 ことである 。更に、個人は、SNSの中の一定の ュニケーションが捨象されてしまうために、こ 共同体の一員であることをアピールすることに うした欲求が伝わりにくいことも指摘されてい より、社会的地位を確立し、共同体の重要な一 る29。そして、更に問題なのは、グリメルマン 員として承認されたいという欲求を満たす24。 が言うように、こうして多くの利用者が自らの このように、SNSにおいてアイデンティティ 個人情報を積極的に出せば出すほど、SNSにお の表現し、他者との関係を構築及び継続し、そ ける個人的で人間的な雰囲気は高まり、更にそ して、共同体の価値ある一員としての地位を確 れがまた安心感を増し、結果としてかかるリス 保することは、完全に秘密が確保されていると クの誤解はより高まるという点なのである30。 いう状況下においては不可能なのであり、必然 SNSの利用者は決してプライバシーを放棄し 的に、個人情報の提供が不可欠となる。SNSは、 ている訳ではない。上に見たようなプライバシ その成り立ちからして、より多くのコンテンツ ーを巡るリスクの誤解が、結果としてそれがも をアップロードさせ、より多くの個人情報を公 たらす新たな関係や自己表現といったメリット 25 開させるように設計されたものなのである 。 の優先を生んでいるのである31。 また、こうした個人情報の積極的な公開が、 プライバシーのリスクの過小評価によって一層 強く促進されていることも看過できまい。グリ メルマンは、SNSは、本来的に個人情報の積極 的な公開を促進するように設計されているのみ ならず、利用者がプライバシーのリスクを過小 評価する方向に誘導していると指摘する26。そ 22 Id. at 1149, 1152-1153. 23 Id. at 1154-1156. 24 Id. at 1157-1160. 25 Id. at 1156. 26 Id. at 1160-1164. 27 Id. 28 Id. 29 Id. at 1163. 30 Id. at 1164. 31 ゲルマンもまた、人々が、 「境界が曖昧なネットワ ーク」であることを認識しながらも、それ故にまた、 情報が多くの新しい関係の人に見てもらえるという メリットの方を優先するという行動傾向を指摘して いる。Gelman, supra note 18, at 1317-1318. ― 79 ― Journal of Global Media Studies Vol. 13 とって不快かつ不愉快なもの」であることが必 3. SNSにおけるプライバシーの「期待」 要とされている35。本稿の主題たる個人が自発 的に公開している情報は、この要件に照らす 3.1 「自発的な情報の公開」を巡る法の現状 無論、こうした実際に利用者が有しているプ と、 「私的な事柄」に該当しないという考え方 ライバシーの期待が全て法的保護の対象となる が、これまでの裁判例では採用されてきた36。 というものではない。法は自発的に公開した情 例えば、コロンビアの元判事で退職後米国に移 報について、どの程度こうした期待を保護して 住したデュランが、判事時代に麻薬王エスコバ いるのか。まず、本稿において焦点を当ててい ルが関与した事件の審理を行い身の危険に晒さ る個人利用者による他者のプライバシーの侵害 れていたという事実とともに、現在居住してい という場面においてとりわけ中心となる、不法 る住宅を新聞やテレビで報道されたことについ 行為法上の権利としてのプライバシー権につい てプライバシー侵害等の訴えを起こしたという て簡単に確認しておこう。よく知られているよ 事案37について、法廷意見は、デュランは移住 うに、S. D. ウォーレン(Samuel D. Warren)と 先の米国において身元を明らかにしており、ま L. D. ブランダイス(Louis D. Brandeis)によ た、デュランのコロンビアの判事としての過去 32 って1890年に提唱されたプライバシーの権利 の行動は公的な記録に記載されているものであ は、その後判例法において承認を受け、1960 るため、公開された事柄は私的なものではない 年には、W. L. プロッサー(William L. Prosser) として、 「私事の公開」類型のプライバシー侵 33 によって四つの類型に整理される 。かかるプ 害を認めなかった38。また、フォード前大統領 ロッサーの四類型は、 「第二次不法行為リステ の暗殺を阻止したシップルがその勇敢な行為で イトメント」においても採用され、①他者の孤 有名になったことにより、多くの新聞記事等に 独状態に対する不当な侵入、②他者の私事の不 おいて同性愛者であるという私生活上の事実を 当な公表、③公衆に対し誤った印象を与えると も公表されたことが、 「私事の公開」類型のプ いう不当な立場に他者を置くような公表行為、 ライバシー侵害に該当するかが争われた事案39 ④他者の氏名又は肖像の盗用、の四つのプライ についても、シップルの性的嗜好は既に公にさ バシー侵害の類型34が、今もなお多くの州にお れていた事柄であり、それを更に公開したとし いてプライバシー侵害の判断枠組みとして用い てもプライバシーの侵害には当たらないと判示 られている。 している40。カリフォルニア州控訴裁判所の法 ここではとりわけ、SNSにおいて他の利用者 廷意見が、シップルの性的嗜好は既に公になっ の個人情報が広範囲に拡散される場面において ていた事柄であると判断する根拠として採用し 問題となる、②の「私事の公開」類型のプライ たのは、彼が普段から同性愛者の会合やパレー バシー権に焦点を当ててみよう。かかる類型の ド、各種の運動に参加していたことや、同性愛 プライバシー権侵害が認められるための要件と しては、 「私的な事柄」が「公開」され、かつ、 そうした公開が「通常の感覚を有する一般人に 32 Samuel D. Warren and Louis D. Brandeis, The Right to Privacy, 4 HARV. L. REV. 193, 205 (1890). 33 William L. Prosser, Privacy, 48 CAL. L. REV. 383, 389 (1960). 34 RESTATEMENT (SECOND) OF TORTS § 652A (1977). 35 Prosser, supra note 33, at 392-398. 36「私事の公開」類型における「私的な事柄」の限定 的な解釈については、前掲注4松前117-118頁を参照。 37 Duran v. Detroit News, Inc., 504 N.W.2d 715 (Mich. Ct. App. 1993). 38 Id. at 720. 39 Sipple v. Chronicle Publ’g Co., 201 Cal. Rptr. 665 (1984). 40 Id. at 669. ― 80 ― SNS におけるプライバシーの期待と保護のあり方(松前) 者団体によって発行される新聞や雑誌にしばし う判断を下している45。また、Myspaceのプロフ ば登場していたこと、また同性愛者であること ァイルで自ら子供の親権について不利な情報を を特に秘匿していなかったこと等の事実であっ 公開している母親についてプライバシーの期待 41 は認められないとした事案も見られる46。 た 。 また、近時の裁判例では、大学の周辺で、写 こうした、既に公開されている情報について 真やメールアドレス、電話番号、そして、パー は一律にプライバシーの期待を認めないとい トナーを募集中の同性愛者であるという虚偽の う、言わば画一的な判断に対しては、近時多く 描写をしたビラを撒かれて屈辱を受けた大学生 の論者が批判的見解を展開している47。これら が、同級生を訴えた事案において、裁判所がプ の批判は、とりわけ、SNSにおいては深刻であ 42 ライバシー侵害を認めなかった事案もある 。 る。2で見たように、SNSの社会動学を考慮す 同判決の根拠となったのは、やはり、問題とな れば、SNSという情報の公開と共有を不可避の った彼の個人情報や写真といったものは、大学 基盤としたサービスにおいてこうした二者択一 のウェブサイトを通じて全ての学生がアクセス の判断を採ることは、サービスの発展にとって しうるものであり、それ故、私的な情報が暴露 も致命的な欠陥となる。SNSにおける情報の公 されたものではないという考え方だったのであ 開の多くは、一般に広く公衆を対象としている 43 というよりもむしろ、多くの場合は特定の聴衆 こうした考え方は、近時、Myspaceにおいて を念頭に置いているものである48ことに鑑みて 自ら公開した個人情報に関してプライバシー侵 も、一律に、如何なる個人情報の如何なる収集 害の有無が争われた幾つかの裁判例にも看取し ないし利用についても、文脈を考慮せずに、プ 得る。まず、ある女子大生がMyspaceに書き込 ライバシーの期待を認めないのは均衡を失する んだ自分の故郷を批判するような投稿が、その のではないか。また、SNSの利用を通じて様々 後地方紙に掲載されたことについて、プライバ な表現の自由が活発化し、公益にも資すること る 。 44 シーの侵害が争われたモレノ判決 を見てみよ う。モレノは、書き込みの後、6日後にその投 稿を削除したにもかかわらず、彼女の妹が通っ ている高校の校長がそのコピーを入手して地方 紙に渡し、地方紙がそれをモレノの実名ととも に公開したことで、モレノ一家は身の危険に晒 され、居所の移転を余儀なくされた。しかし法 廷意見は、プライバシー侵害の有無について、 モレノがMyspaceに投稿した情報は既に公衆に 公開されたものであり、かかる情報についてプ ライバシーの期待を認めることはできないとい 41 Id. 42 Wilson v. Harvey, 842 N.E.2d 83 (Ohio. Ct. App. 2005). 43 Id. at 91. 44 Moreno v. Hanford Sentinel, Inc., 91 Cal. Rptr. 3d 858 (Cal. Ct. App. 2009). を考えれば49、そうしたサービスを利用してプ 45 Id. 46 Dexter v. Dexter, 2007 Ohio 2568, P32-33 (Ohio Ct. App. 2007). 47 See e.g., Daniel J. Solove, Panel IV: The Coexistence of Privacy and Security: Fourth Amendment Codification and Professor Kerr’s Misguided Call for Judicial Deference, 74 FORDHAM L. REV. 747, 751 (2005). こ れ は、公私の画一的な区分を前提とする米国判例法理 全体に通ずる問題であり、これ以外にも同じ問題構 造を有する様々な問題が存在している。この問題に ついて、とりわけ、 「公共の場」において収集され た情報とプライバシーに重点を置いて検討した論稿 として、松前恵環「位置情報技術とプライバシーを 巡る法的課題:GPS技術の利用に関する米国の議論 を中心に―」堀部政男編著『プライバシー・個人情 報保護の新課題』 (商事法務、2010年)235-286頁を 参照。 48 Grimmelmann, supra note 5, at 1152-1153. 49 See e.g., Sarah Joseph, Social Media, Political Change, and Human Rights, 35 B.C. INT'L & COMP. L. REV. 145 ― 81 ― Journal of Global Media Studies Vol. 13 ライバシーを失うか、プライバシーを守るため つ客観的な基準―すなわち、個人が、ある情報 に利用しないか、という二者択一の判断を個人 を他者に公開した後、当該情報がどの程度頒布 に迫ることは、個人にとって酷な判断である されることを期待すべきかという情報の伝播 ばかりか、こうしたSNSの発展がもたらす社会 可能性―によって判断すべきであると主張す 全体への利益に鑑みても、決して賢明な判断と る52。そして、かかる情報の伝播可能性を検討 は言えないであろう。先にも言及したように、 する際に手がかりとされているのが、社会ネッ SNSの利用者は、個人情報を公開して共有する トワーク理論を用いた、社会ネットワークの実 ことを切望しながらも、同時に、公開した情報 際の構造、及び、そこにおける情報の伝播構造 のプライバシーの重要性に関して強い意識を維 の分析なのである。 50 持し続けているのである 。 かかる情報の伝播の可能性に密接な連関を有 する要素として、ストゥラホラヴィッツがとり 3.2 ストゥラホラヴィッツの「プライバシー わけ注目するのが、社会ネットワーク理論の中 の社会ネットワーク理論」 でも、スケールフリーネットワークというネ こうした隘路から脱却し、自発的に公開され ットワーク構造と「ハブ」 、ネットワークにお た情報についても、それぞれの文脈を考慮に入 ける結び付きを表す「紐帯」 、及び、様々な社 れつつ、プライバシーの期待を実質的に判断す 会ネットワーク構造の差異といった要素であ るための示唆的な枠組みを提示しているのが、 る53。すなわち、人間の社会ネットワークは通 社会ネットワーク理論を手がかりに、人々のプ 常、ごく一部のノードが多くの繋がりを持ち、 ライバシーの期待の判断基準を明確化しようと ほとんどは僅かなノードとしか繋がっていない 試みる、ストゥラホラヴィッツの「プライバ という構造を有するスケールフリーネットワー シーの社会ネットワーク理論(Social Network クであり、 多くの繋がりを持つノードである 「ハ Theory of Privacy) 」である。そもそも「社会ネ ブ」に伝わった情報は伝播しやすいとされる54。 ットワーク理論」とは、様々な「関係」の構造 また、血縁関係や親友といった強い繋がりであ としてのネットワークという観点から、社会の る「強い紐帯」においては、ちょっとした知り 諸事象を分析しようとする理論であり、様々な 合いなどの「弱い紐帯」に比して、様々な個人 51 分野で応用が試みられている 。ストゥラホラ 情報が結合されて私的な情報が伝播する可能性 ヴィッツの理論は、法領域においてかかる社会 が高いとされる55。更に、情報の性質という観 ネットワーク理論の考え方を取り入れた画期的 点からも、本来的に伝播しやすい情報とそうで なものと言えよう。 ない情報があることが指摘されている56。スト ストゥラホラヴィッツは、上に見たような裁 ゥラホラヴィッツは、個人が自発的に公開した 判例が、プライバシーの期待を極めて抽象的に 情報であっても、情報伝播の可能性に影響を及 判断していることを問題視し、より記述的、か ぼすこれらの要素を考慮して、当該情報が、あ る社会ネットワークの内に通常止まるものであ (2012). 50 Powell, supra note 7, at 692. 51 社会ネットワーク理論については、さしあたり、安 田雪『ネットワーク分析:何が行為を決定するか』 (新曜社、1997年) 、金光淳『社会ネットワーク分 析の基礎:社会的関係資本論にむけて』 (勁草書房、 2003年)等を参照。 る場合には当該情報にプライバシーの期待が認 52 Strahilevitz, supra note 8, at 921. 53 Id. at 946-973. 54 Id. 55 Id. 56 Id. ― 82 ― SNS におけるプライバシーの期待と保護のあり方(松前) められるとし、反対に、更なる公開が行われな 4. むすびにかえて―適切なプライバシー保護 くとも、上記の伝播要因によって、一旦公開さ に向けて れれば、一定の社会ネットワークを超えて広く 公衆に伝播する可能性がそもそも高い情報は、 以上の検討から、SNSにおいて個人が自発的 公的な情報としてプライバシーの期待を認めな に公開している情報についても、一定の場合に いという判断基準を提示している57。 はプライバシーの期待が認められ得ると解する ストゥラホラヴィッツのこの理論は、まさに のが妥当であると言い得る。では、かかる期待 「社会ネットワーク」それ自体が可視的に表れ を、どのように保護していくべきなのであろう ていると言い得るSNSにおける人々のプライバ シーの期待の判断に関して、とりわけ有益な示 58 か。 まずは、本稿においてとりわけ焦点を当てて 唆を提供している 。すなわち、SNSにおいて何 検討してきた、不法行為法上のプライバシー権 らかの情報を公開することは、即ち全ての人々 の判断において、その期待の保護範囲を拡大す がアクセスし得ることを意味する訳ではない。 ることが望ましいと考えられる。実際に、最近 社会ネットワークにおける情報伝播の程度を左 の裁判例には、 「私事の公開」類型を巡る不法 右する様々な要素や、あるいは情報の流通を 行為法上のプライバシー権についても、機械的 制限する社会規範の存在等によって、 「実際上 な判断を避け、関係性に配慮したものと解され の曖昧さ(practical obscurity) 」が維持されて る事案も幾つか見られるようになっている。例 いるのであり、その意味では、情報は「公開」 えば、新聞記事において殺人事件の目撃者の身 59 されてはいないのである 。先に見たモレノ判 元が公開されたことについて、目撃者はそのこ 決に関しても、モレノのMyspaceにおける投稿 とについて何人かの友人や家族に打ち明けては は、投稿された情報の性質等に照らしても、地 いるが、犯罪捜査に協力したり、友人や親族か 方紙による公表がなければ一定の社会的ネット らの慰めを求めるために話すことによって、そ ワークを超えて拡散することがなかったと評価 うでなければ私的である情報を公にした訳では し得るものであり、その伝播可能性の低さに鑑 ないと判示した事案61や、原告が自らの感染状 みれば、プライバシーの期待が認められるもの 況を、家族や友人、HIVサポートグループのメ であったと解することができよう。ストゥラホ ンバーに打ち明けたことによって、その情報が ラヴィッツの理論からは、SNSにおいて個人が 公的なものになるわけではないとした事案62等 自発的に公開する情報についても、如何なる場 がそうした例として挙げられる。上に見たよう 合にも全ての情報が「公開」されているという に、ストゥラホラヴィッツの理論に拠れば、個 解釈ではなく、情報の伝播可能性に鑑みて、一 人が自発的に公開している情報についても、社 定の場合には、 「限定されたプライバシーの期 会ネットワークにおける情報の伝播可能性等を 60 待(expectation of limited privacy) 」 が存在し得 考慮して、一定の場合にはプライバシーの侵害 るという解釈を導出し得るのである。 を認め得ると言えよう。 近時、SNSにおけるプライバシーの侵害が社 57 Id. at 973-975. 58 Grimmelmann, supra note 5, at 1196. 59 Id. at 1195-1196. 60 Sanders v. American Broadcasting Companies, Inc., 978 P.2d 67, 72 (Cal. 1999). 61 Times Mirror Co. v. Superior Court, 244 Cal. Rptr, 556 (Cal. Ct. App. 1988). 62 Multimedia WMAZ, Inc. v. Kubach, 443 S.E.2d 491 (Ga. Ct. App. 1994). ― 83 ― Journal of Global Media Studies Vol. 13 会問題化するにつれ、こうした問題に法規制を になっている。もっとも、こうした技術的な対 強めることで対応しようとする考え方も見られ 応策には限界もあることには、なお留意が必要 るが、利用者の行為を事前に規制するような法 であろう。そもそもSNSの多くの利用者がこう 規制にはあくまで慎重であるべきだろう。2で したプライバシー設定について十分な知識を持 明らかにしたSNSの社会動学に照らしても、過 っておらず、デフォルトのまま利用していると 度の法規制は表現の自由やSNSが有するコミュ いう指摘もあることに鑑みれば65、利用者への ニケーションメディアとしてのメリットを損な 情報提供や啓蒙も合わせて行うことでこそ、こ うおそれがある。加えて、私たち個人によるプ うした技術的な対策が功を奏すると考えられ ライバシーの侵害は、その動機も、目的も様々 る。 であり、これを規制することは時として表現の 63 また、SNSにおいて利用者が守るべき社会規 自由との厳しい衝突を生むことに鑑みれば 、 範の醸成も不可欠であろう。本稿で主に検討し 一律の法規制にはなじまない面もある。無論、 てきた不法行為法上のプライバシー権の保護範 現在幾つかの州で制定されている、雇用者が被 囲の拡大は、一定の場合にはプライバシー侵害 用者あるいは求職者に対して、SNSのユーザ名 が認められるという判断を積み重ねていくこと とパスワードの提出を求めることを禁ずる法の が、長期的には、こうした社会規範の醸成にも 64 ように 、文脈を限定した法規制の有効性は認 資するものとなり得るという意味においても、 め得るが、事前の一律規制の難しさ、また、不 意義を有すると考えられる。 適当さを考えれば、不法行為法上のプライバシ 本稿では、SNSにおけるプライバシーの問題 ー権の解釈で個別の対応を積み重ねていくこと のうち、ごく一部に焦点を絞って考察を加えた は、過度の法規制を回避するというメリットも が、SNSに関しては、そもそもプライバシー以 有するものと言えよう。 外にも検討を要する多くの新たな論点が存在す また、情報技術がもたらすプライバシーの問 る。今後一層の検討が求められる。 題は、しばしば単独の方策では解決が難しいも のであることに鑑みれば、 法的対応のみならず、 利用者のプライバシーの期待の技術的な保護方 策として、利用者がとれるプライバシー保護の ためのオプションを充実させることも重要であ る。例えばFacebookにおいては、社会ネットワ ークに応じたプライバシーの期待を反映するよ うな仕組みが作られている。 「公開範囲」の設 定がそれであり、個人は自らが公開する情報に ついて、それをどの範囲で、例えば「友達」だ けなのか、あるいは「友達の友達」なのか、と いった公開の範囲を設定することができるよう 63 前掲注4松前、120-121頁。 64 Electronic Privacy Information Center, Social Networking Privacy, http://epic.org/privacy/socialnet/ (last visited Feb. 28, 2013) 65 Grimmelmann, supra note 5, at 1185. ― 84 ―
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