硬質膜の密着性評価技術に関する研究 -スクラッチ試験によるニッケルめっきの密着性評価- 鷹合滋樹* 安井治之* 上 村 彰 宏 ** 井 上 智 実 ** 金属めっきの密着性を数値的に評価する手法の開発を目的に,セラミックスコーティングで行われて い る ス ク ラ ッ チ 試 験 を 適 用 し , そ の 有 効 性 に つ い て は J IS 規 格 の 密 着 性 試 験 結 果 と 比 較 検 討 し た 。 200 ~ 600 ℃ の 範 囲 で 熱 処 理 を 行 っ て 膜 の 硬 さ や 密 着 性 を 変 化 さ せ た ニ ッ ケ ル ・ リ ン (Ni-P)め っ き を , 半 径 0.2 , 0.4, 0.8 mmに 丸 め た ダ イ ヤ モ ン ド 圧 子 を 用 い て 圧 子 に か け る 荷 重 を 漸 次 増 加 さ せ な が ら 引 っ か き , 引 っ か き傷の近傍で生じる荷重に優位さを生じるか否かを試験した。また ,硬さや内部応力などめっきの材料特 性 が 密 着 性 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て も 検 討 し た 。 そ の 結 果 , Ni -P め っ き の ス ク ラ ッ チ 試 験 で は , 先 端 半 径 0.8 mmの 圧 子 で 引 っ か い た 際 に め っ き 表 面 に 亀 裂 が 発 生 す る 荷 重 で 整 理 す る こ と で , め っ き の 密 着 性 を 定 量的に表すことができた。また,めっきの材料特性と密着力の関係では,硬さの増加とともに密着力が低 下し,めっき内部の応力は影響していないことを明らかにした。 キ ー ワー ド : 硬 質 膜,密 着 性 , ス ク ラ ッ チ 試 験 , ニッ ケ ルめ っき ,熱 処 理 Study on Adhesion Evaluation Technique of the Hard Coating Material - Adhesion strength evaluation technique of Nickel plating using scratch tester Shigeki TAKAGO, Haruyuki YASUI, Akihiro UEMURA and Tomomi INOUE For the purpose of establishing a quantitative method of the adhesion strength of metal plating, scratch examination which is applying in ceramic coating was conducted and performed the comparison with the adhesion test of the Japanese Industrial Standards about the effectiveness. With diamond indenter having tip a radius of 0.2, 0.4 and 0.8mm, scratched at a plating surface while gradually increasing load on the indenter and a load to generate a crack near the scratch was checked whether producing significant difference. In addition, the influence of material properties of the plating including hardness and the internal stress gave to the adhesion strength was examined. As a result, the adhesive strength decreased with increase in hardness, and it was revealed that the stre ss in the plating did not influence the adhesive strength. Keywords : hard coating, adhesion strength, scratch test, Nickel plating, heat treatment 1.緒 言 よる定量評価 が行われている 3)-6) 。 無 電 解 ニ ッ ケ ル (以 下 Ni-P)め っ き 1) は , 音 楽 CDの 金 そ こ で 本 研究 で は ,ス ク ラ ッチ 試 験を Ni-Pめ っ き の 型 やハ ード ディ スク 部品 など 耐摩 耗性 と耐 食性 が要求 密 着 性 評 価 に 適 用 し た 場 合 の 有 効 性 に つ い て , JIS規 さ れる 様々 な用 途に 使用 され ,強 い密 着性 が求 められ 格試験法と比 較検討した。 ている。 2.実験方法 JIS 規 格 に お け る め っ き の 密 着 性 評 価 手 法 は , 曲 げ 試 験や 熱衝 撃試 験に より 剥離 の有 無を 調べ る定 性的な 2) 評価であり,数値的に評価する方法ではない 。一方, 2.1 材料および試験片 冷 間圧延 鋼板 (非熱 処理鋼 :112HV)に Ni-Pめっき (膜厚 切 削工 具等 で使 用さ れる 窒化 チタ ン 膜 など のコ ーティ 30μ m, め っ き 中 の リ ン 量 : 約 8mass%)を 行 い , 試 験 ン グ膜 では ,ス クラ ッチ 試験 によ る密 着性 の数 値化に 片 と し た 。 図 1に 試 験 片 断 面 の 金 属 組 織 を 示 す 。 試 験 片 の 硬さ 特性 を変 化さ せる ため ,200~ 600℃の 真空雰 * 機械 金属部 ** 化 学食品部 囲 気中 で1 時間 保持 後に 炉冷 する 熱処 理を 行っ た。こ 3.結果および考察 れ ら の 試 験 片 の 表 面 ビ ッ カ ー ス 硬 さ を 図 2に 示 す 。 硬 さ は 300~ 500℃ に お い て 一 定 値 を 示 す が , 600℃ で は 3.1 スクラッチ試験 減 少 し た 。こ れ は Ni-Pの 金 属 間 化合 物 の 析出 現 象に よ 図 4に ス ク ラ ッ チ 試 験 し た め っ き 表 面 の 観 察 結 果 を る も の で , 一 般 に 400℃ 付 近 が ピ ー ク 値 と い わ れ て お 示 す。 スク ラッ チの 進行 方向 は左 から 右で ある 。 荷重 り 1) ,本結果との対応が見られ た。 を 増加 させ なが らス クラ ッチ 試験 を行 うと ,あ る荷重 値 で圧 子進 行方 向に 垂直 のき 裂が 発生 する 。こ のき裂 は ,以 後連 続的 に発 生す るこ とか ら, 最初 にき 裂発生 した際の荷重値を読み取り,めっきが剥離する荷重 Ni-Pめっき 母材 (剥離 荷重)とした。 図 5に 各 圧 子 先 端 半径 (R)に お け る 剥離 荷 重 と 熱処 理 温 度と の関 係を 示す 。剥 離荷 重は 温度 の増 加と ともに 一 旦大 きく 減少 し, やが て増 加に 転じ る傾 向を 示した。 Ni-Pめ っ き は 300℃ 以 上 の 熱 処 理 で 硬 さ が 増 加 す る こ 20μm と から ,そ れに 伴っ てめ っき の靭 性が 低下 した ためと 硬さ(HV0.05) 図1 Ni-P めっき の断面金属組織 考 えら れる 。さ らに 高温 の領 域で は , 硬さ 低下 による 1000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 靭性の増加の ため,剥離荷重が微増する 傾向となった 圧 子 先 端 半 径 の 影 響 に 着 目 す る と , 200℃ 以 下 の 場 合 に , Rが 増 加 す る に つ れ て 剥 離 荷 重 が 増 加 す る 傾 向 が 見ら れた 。圧 子半 径の 増加 は先 端の 応力 集中 を低下 さ せ, 剥離荷 重が 高く (高感 度に )な る。そ のた め, NiPめ っき の密 着性 評価 には R=0.8の圧 子を 使用し たスク ラッチ試験が 有効と考えられる。 0 100 200 300 400 500 600 熱処理温度(℃) 図2 Ni-Pめ っ き 表 面 の ビ ッ カ ー ス 硬 さ と 熱 処 理 温 度 の関係 2.2 スクラッチ試験による密着性評価 Ni-P め っ き の 密 着 性 評 価 に は ス ク ラ ッ チ 試 験 機 (CSM社 製 Revetest)を 使 用 し た 。 ス ク ラ ッ チ 試 験 は 図 3 に 示 す と おり ダ イヤ モ ンド 圧 子 を Ni-Pめ っ き 表 面に 接 20μm 触 させ て, 圧子 に荷 重を 加え なが ら左 から 右方 向へ引 図4 っ か い て 試 験 を 行 っ た 。 圧 子 移 動 速 度 10mm/min, ス 加 させ なが ら行 った 。な お, 圧子 先端 部の 先端 半径の 影 響 を 確 認 す る た め に , 先 端 半 径 を 0.2 , 0.4 お よ び 0.8mmの 3種類の圧子を用い て評価を行った。 ダイヤモンド圧子 荷重 剥離荷重(N) ク ラ ッ チ 距 離 5mmで , 試 験 荷 重 を 1~ 100Nま で 漸 次 増 膜 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 R=0.8 R=0.4 R=0.2 0 100 200 300 400 500 600 熱処理温度(℃) 母材 図3 スクラッチ試験後の 表面に生じたき裂 スクラッチ試 験の概略 図5 各圧子半径の剥離荷 重値と熱処理温度の関係 3.2 JIS規格の密着性試験との比較 表 1に Ni-Pめ っ き に 対し て JIS H8504に 従 い , 熱衝 撃 3.3 密着性に影響を与える材料特性の影響 3.3.1 硬さの影響 試 験お よび 曲げ 試験 を行 った 結果 を示 す。 熱衝 撃試験 図 7に , 得 ら れ た め っ き の 表 面 硬 さ と ス ク ラ ッ チ 試 で は 300℃で 1時 間保 持後 ,水 冷処 理を 行っ た。 曲げ試 験 の対 応関 係を 示す 。こ れら の関 係ス クラ ッチ 試験で 験 で は , 90°に折 り 曲げ て から 反 対方 向 にも 90°曲 げ の 剥離 荷重 は硬 さの 増加 とと もに 減少 して いる 。 めっ た後,真っ直 ぐに戻して剥離の有無を評 価した。 き 硬さ の増 加は ,き 裂進 展が おこ りや すく ,密 着性を そ の 結果 ,熱 衝撃 試験 にお いて ,全 ての 試験 片は剥 減 少 さ せ る と い わ れ て お り 7) , そ の 意 味 で は ス ク ラ ッ 離 せ ず に 合 格 と な っ た 。 一 方 , 曲 げ 試 験 で は 200℃ の チ 試験 結果 の有 効性 を示 して いる と考 えら れる 。また, 熱 処理 を行 った 試験 片の みが 合格 とな った 。曲 げ試験 硬 さの 増加 はめ っき の靱 性低 下に 影響 して いる 。その で は母 材が 大き く塑 性変 形す るこ とか ら , 衝撃 試験に た め, めっ き表 面の 靱性 を評 価す る指 標と して も 活用 比 べ , 試 験 条 件 が 過 酷 と な り , 図 6に 見 ら れ る よ う な で きる 。し かし ,最 も密 着力 が高 かっ た200℃ と 2番目 き裂や剥離を 生じ易くなったと考えられ る。 に 高 い 未 処理 の サン プ ル は硬 さ が 約 500HVと ほ ぼ一 致 以 上 の JIS に 基 づ い た 密 着 性 試 験 で は , 数 値 的 な 評 し てい るの にも かか わら ず密 着力 に差 異が 生じ た 。こ 価 もで きず ,試 験片 間の 差異 を評 価す るに も不 十分で れ は 高 温 側 で あ る 200℃ の 場 合 に は , め っ き 中 の 水 素 あ る。 これ に対 し, 前述 した スク ラッ チ試 験で は,母 を 除去 する ベー キン グ効 果に よっ て, めっ き自 体の脆 材 に大 きな 塑性 変形 を生 じさ せず ,め っき のみ に負荷 化 が改 善さ れた ため と考 えら れる 。し たが って ,この を 加え てお り, めっ きお よび 界面 近傍 から の情 報を得 熱 処理 温度 領域 では ,硬 さは 影響 せず ,硬 さか ら密着 や すい 。ま た, 荷重 によ る数 値評 価と なる ため ,密着 力を推定する ことは困難である。 性の評価に有 利である。 JIS規格による密 着性試験の結果 熱処理温度 (℃) JIS 熱衝撃 JIS 曲げ試験 未処理 ○合格 ×剥離 200 ○合格 ○合格 300 ○合格 ×剥離 400 ○合格 ×剥離 500 ○合格 ×剥離 600 ○合格 ×剥離 剥離荷重(N) 表1 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 400 600 800 1000 ビッカース硬さ(HV) 剥離 図7 3.3.2 剥離荷重と硬さの関 係(R=0.8) 内部応力(残留応力 )の検討 剥 離 荷重 にお よぼ す内 部応 力の 影響 を調 べる ため, X 線 回 折 法 に よ る 残 留 応 力 測 定 8) を 行 っ た 。 内 部 応 力 は 密 着 性 に 影 響 す る 因 子 と い わ れ て い る 9) 。 X 線 回 折 法 の場 合, その 原理 上, 非結 晶物 質の 測定 が困 難なた き裂 め , Ni-Pめ っ き が 結 晶 化 す る 10) 300℃ 以 上 の 熱 処 理 試 験 片 を 応 力 測 定 の 対 象 と し た 。 図 8は 300℃ か ら 600℃ 図6 曲げ試験後の表面に 生じたき裂および剥離状態 試 験 片 に お け る X線 回 折 図 形 を 示 す 。 中 央 付 近 の ピ ー ク は Ni 5 P 2 の 波 形 を 示 し て お り , こ れ ら の ピ ー ク 角 度 2 θ を計 測す るこ とで ひず みを 測定 し, 応力 計算 を行っ た。 理によって変化することを意味しており ,スクラ X線強度(a,u) X線強度 (a,u) Ni5P2 ッチ試験によ り密着力を定量的に評価で きる。 (3) JIS規 格 に おけ る 密着 性評 価方 法で は , 今回 の試験 Ni5P2 片は全て熱衝撃試験で合格したが,曲げ試験に合 600℃ 500℃ 400℃ 300℃ 123 125 127 129 131 133 135 137 139 141 格 し たの は200℃ の熱 処理 を行 った 場合 のみ であ り , 2つ の 方法 で異 なる 結果 とな った 。一 方 , 先端 半径 0.8mmの 圧 子 に よ る ス ク ラ ッ チ 試 験 を 行 う こ と で , 143 角度 2θ (度) 角度2θ(度) 2θ(度) 角度 図8 その優劣は剥離荷重を用いて定量的に評価でき る。 (4) Ni-Pめ っ き の 密 着 力 に 対 す る 機 械 的 性 質 の 影 響 を 検討した。その結果,密着力は硬さの増加ととも X線回折プロファイ ル 剥離荷重(N) に 減 少す る。 また ,残 留応 力は 600℃ 以下 の熱 処理 の範囲では変化は見られず ,この範囲では密着力 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 に応力は影響 しない。 参考文献 1) 神戸徳蔵. 無電解めっき技術. 総合技術センター, 1986, p.125. 2) 日本工業規格. JIS H 8504 めっきの密着性試験方法. 日本 規格協会. 1999. p.15. 0 20 40 60 80 100 残留応力(MPa) 図9 剥離荷重と残留応力 の関係 図 9に , ス ク ラ ッ チ 試 験 で 得 ら れ た 剥 離 荷 重 値 と X 線 回折 法で 測定 した 残留 応力 の関 係を 示す 。い ずれの 試 験 片 に お いて も 引 張 の残 留 応 力 は 20MPa以 下 で あり, 変 化も 小さ い。 した がっ て, これ らの 領域 では ,熱処 理 温度 が増 加す るこ とで 密着 力は 向上 して いる が, 残 留 応 力 の 影 響 は 小 さ い 。 そ の た め 熱 処 理 温 度 300℃ 以 上 の密 着力 改善 の影 響因 子は 結晶 性の 変化 が主 として いると考えら れる。 3) 日本工業規格. JIS H 8690 ドライプロセス窒化チタンコ ーティング. 日本規格協会, 1993.p.8. 4) 國次真輔, 野村博郎. ステンレス鋼基板上に成膜した DLC/CrN多層膜の密着性評価. 表面技術. 2009,60,p.527532. 5) Haruyuki Yasui, Makoto Taki, Yushi Hasegawa, Shigeki Takago. Mechanical properties of high-density diamond like carbon (HD-DLC) films prepared using filtered arc deposition. Surface & Coating Technology. 2011.p.1003-1006. 6) Shigeki Takago, Haruyuki Yasui, Makoto Taki. Influence of Film density on Adhesions of HD-DLC Films Prepared by FAD System. Transactions of Material Research Society Japan. 2012. 37. p.233-236. 4.結 言 本研 究に よっ て得 られ た結 果を まと める と以 下のよ うになる。 (1) Ni-Pめ っ き に 対 し て , ス ク ラ ッ チ 試 験 を 行 う と , めっき表面進行方向に対して直角に き裂が発生す る。このときの荷重を剥離荷重とすることで ,め っきの密着性 を定量的に表せる。 (2) Ni-Pめ っ き で は , 熱 処 理 温 度 が 大 き く な る と ス ク ラッチ試験により求めた剥離荷重が一旦大き く減 少 し ,300℃ 以上 では 増加 する 傾 向を 示し た。 この ことはめっきの割れや剥離に対する抵抗力が熱処 7) 岩村栄治. 薄膜の応力・密着性・剥離トラブルハンドブ ック. 情報機構, 2007, p.46. 8) 増田秀夫, 鷹合滋樹, 比良光善, 広瀬幸雄. Ni-Co-P/αSi3N4複合めっき材のX線応力測定. 日本材料学会学会誌 2000, 49, p.760-765. 9) 森河務, 中出卓雄, 横井昌幸. めっき皮膜の密着性とその 改善方法,表面技術. 2007, 58, p.267-274. 10)電機鍍金研究会. 現代めっき教本. 日刊工業新聞. 2011, p.309.
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