研究レポート・卒業論文の書き方 村尾 博 青森公立大学 更新日:2015 年 1 月 14 日 1.はじめに 学生が研究レポートや卒業論文を書くときに「雛形」があれば役立つと考え、この資料を 作ることにした。学術的な論文に共通して見られる一般的な構成を示し、その構成要素の 役割を説明することも役立つと考える。例えば「要旨」と呼ばれる要素には、どのような 役割があるのかとった情報である。そこで学生の研究レポートや卒業論文を想定し、ひと つの「雛形」を示し、そこに含まれる「構成要素の役割」を説明する。 雛形のような形式的な情報も役立つが、「何を書くのか」といった内容に関する基本的な知 識も大切である。そのような基本的なことも説明する。 さらに付録的な情報として次のような内容も書いている。 ・日本語の作文技術 このような内容は前述の目的から幾分かけ離れているが、別資料とするには短すぎると考 え、付録として添付する。 主たる目的は冒頭で述べたとおりであるが、いろいろなものが含まれているので、セクシ ョンの構成を明示しておこう。 セクション 2:論文執筆や研究発表に関する大切な基本 セクション 3:構成要素のリストアップ セクション 4:表紙の書き方 セクション 5:本文の書き方 セクション 6:添付物(参考文献の書き方を含む) セクション 7:その他(引用と意訳の違い) セクション 8:資料の紹介(論文スタイル・ガイド集の紹介) 付録 A:国際的な参照文献の記述スタイル 付録 B:日本語の作文技術 添付物のセクションでは参考文献リストの書き方を詳しく説明している。書き方の「原則」 や「考え方」を明示していることが特徴的である。また、学部生の場合はインターネット 上の資料を参考文献として書くことが多いことに鑑み、そのような資料の書き方を詳しく 1 説明している点も特徴的である。 2. 論文執筆や研究発表に関する大切な基本 研究レポートや学術論文では何を書くのであろうか。このような基本的なことを説明する。 研究レポートであれ、学術論文であれ、「問い」と「答え」が書かれた書き物である。研究 発表は「問い」と「答え」を口頭で報告する場である。ところが、このような認識がない ためか、問題を立てることに不慣れなためか、 「問い」を明示しないまま、自分が調査・学 習したことを長々と報告する学生がいる。これは間違いである。求められているのは、知 的に面白い「問い」であり、それに対する自分の「答え」である。独創的な「問い」であ り、大きな発見が含まれた「答え」であれば更に良い。したがって次のことが最低限のチ ェック項目になる。 (1)「問い」と「答え」を明示しているのか。 (2)「問い」と「答え」は他人が理解しやすいように適切に表現しているのか。 問いと答えに関し、もう少し肉付けすると、次のことを示すことが大切である。 (1)議論の対象となる問題 (2)問題に取り組むアプローチや考え方 (3)問題に対する自分の答え (4)本研究の貢献 このような基本をハッキリと認識しておくことが大切である。 まず、「問い」の話からスタートする。既知であれば「問い」にならない。したがって「問 い」は「未知」を含み、 「問いを立てる」は「未知を見出す」ことでもある。しかし、一か ら十まで完全に未知である必要はない。「誰も踏み込んだことのない未知が広々と広がっ ている」といったケースは稀である。ある問いを立て、それに関連する先行研究を調査す ると、「足の踏み場がない」「未知が残っていない」と思われるほどにビッシリ詰まってい るのが普通である。そのような状態のところに「足の踏み場を見つける」「未知を見出す」 のが普通である。あるところまでは分かっているが、その先は未知であるといった状態で あれば、そこに未知が残っている。また、先行研究と異なったアプローチから問題に取り 組むルートが残っていれば、そこに未知が残っている。何らかの未知を見出すことが出来 れば、まだ誰も答えを出したことのない問題を立てることができる。大きな問いの中に小 さい問いを見つけると表現すれば良いのだろうか。このような状態になれば「足の踏み場 が見つかった」「立ち位置が決まった」といったことになる。 問いが与えられる場合もあれば、自分で問いを立てる場合もある。卒業論文では自分で問 2 いを立てることが求められる。 問いから答えへ至る過程では、大小、様々な「発見」がある。「未知」に取り組む研究であ るから、多くの発見があるのが普通である。答えに含まれている発見もあれば、アプロー チや方法などに関する発見もある。試行錯誤の中に、報告すべき発見が見つかるかも知れ ない。したがって評価して欲しい「主役的な発見」を自分で特定し、本研究の「貢献」と して理解できるように書く。強調点であるから、主役的な発見は多くても 2、3 個ぐらいに 限定する。その強調文は「貢献」といった直接的な表現を用いず、他人へアピールするよ うに書くのが普通である。他人が「大きな貢献」と考えれば「高い評価」へ繋がる。 例えば先行研究と同じ問いであっても、異なったアプローチから問題に取り組む研究を思 いついたとする。自分の得た答えに大きな発見があれば、それを本研究の「貢献」として 書くことは自明であろう。しかし、ここでは先行研究と似たような答えしか得られなかっ たケースを考えよう。これは「足の踏み場がない」と思えるような状態からスタートした 実証研究の典型例といっても良い。このような研究でも、次のような発見がある。まず、 先行研究と異なったアプローチが適用できることを「発見」している。したがって先行研 究のアプローチの問題点を指摘し、自分のアプローチの良さをアピールすることが考えら れる。さらに異なったアプローチを用いても、似たような答えが得られることを「発見」 している。考え方が大きく異なり、したがって仮定が全く異なるアプローチであれば、そ のようなアプローチから似たような答えが得られたことは、意外性があると共に、答えの 「頑健性(がんけんせい:Robustness)」を示しており、頑健性の発見はアピールポイント になる。「頑健性」は答えの導出に関わる仮定や前提が異なっても、答えの内容が大きく変 化しないといった意味で使われる用語である。蛇足になるが、先行研究と似た仮定を用い、 先行研究と似た答えを得ることは、先行研究の「再確認」「再実験」といったものであり、 そこには「発見」や「貢献」を見出すことができない。ここでの話のポイントは、視点を 変えれば様々な発見があるということである。多くの発見の中から評価して欲しいポイン トを特定し、本研究の「貢献」として理解できるように書く。 発明が特許として認められるためには「新規性」と「進歩性」が必要と言われている。新 しいだけではダメなのである。新しい点を含み、そこから新たに生まれる利便性が大きい と認められると、科学技術を進歩させる発明と評価され、特許を得ることが出来る。した がって利便性(進歩性)に関わる情報を明記しておく必要がある。学術論文にも「新規性」 と「進歩性」に相当する側面が求められる。そのような側面は、「新規性」と「有用性」な ど、幾らかの呼び方があると思うが、この資料では「発見」と「貢献」と呼んでいる。学 術論文には「発見」が含まれており、科学を進歩させる「貢献」が求められる。科学を進 歩させるには「問い」と「答え」が書かれた書き物であることが前提条件となる。 3 学部生の研究であれば「発見」「貢献」が厳格に求められないかも知れないが、大学院生の 修士論文では「発見」「貢献」が厳格に求められる。博士論文ともなると、 「大きな発見」「大 きな貢献」が求められる。 問いを立てる。それに答えるためのアプローチや方法を決定する。よく似た先行研究との 違いを明確にする。このような一連のプロセスは、「研究の位置づけ」といったキーワード で集約できる。自分自身の頭の中で「研究の位置づけ」がハッキリしていない場合は、他 人が容易に理解できるように研究のポイントを簡潔に伝えることが困難になる。それは海 図とコンパスを持たずに大海に乗り出すヨット・マンに似ている。大海において、どちら へ進めば良いのか分かなくなる。いろいろな方向へ進むが、進む方向性が一貫していない。 このような事態にならないためにも、「研究の位置づけ」が大切である。「研究の位置づけ」 は航海における「地図とコンパス」に相当する。研究の位置づけが出来ていれば、実際に 研究を進める過程において研究の方向性がブレない。研究レポートを書く過程でも、書く 方向性がブレない。 このセクションを終えるにあたり、研究発表の大切なポイントを指摘しておこう。「問い」 を含め、自分の研究の「発見」「貢献」を早い段階で述べることが大切である。つまり、重 要なものを早い段階で示すことである。それは研究の評価を容易にし、早い段階で研究の 「面白さ」を聴衆に伝えることができる。早い段階で重要事項を簡潔に(かつ、時間を使 って)述べ、それから本論の詳しい内容を説明し、最後にもう一度念押しをするといった 感じである。ところが、本論の詳しい内容を報告することが最重要と考えているためか、 その報告へ突入し、その説明のために、持ち時間のほとんどを費やす学生がいる。一方、 研究の「位置づけ」や「面白さ」が理解できない聴衆は、出口の見えない曖昧模糊とした 話が延々と続く印象を受けてしまう。そのような状態において「発見」「貢献」を述べても、 遅すぎる。研究発表が終わるころには聴衆は「半分、眠っている」か「内心、怒っている」。 3. 構成要素のリストアップ この資料は研究レポートや学術論文を構成する要素の役割を説明することが主目的になっ ている。最初に構成要素をリストアップするが、多くの構成要素があることから、次の 3 グループに分ける。 (1)表紙(広い意味での表紙) (2)本文 (3)添付物(広い意味での添付物) 4 これら 3 グループに分けて構成要素をリストアップする。 グループ 表紙 本文 添付物 構成要素 研究のタイトル 著者名(Author) 著者の所属機関 提出の年月日 要旨(Abstract) 序論(Introduction) 本論(Body) 結論(Conclusion) 注(Notes) 付録(Appendices) 参考文献(References) 序論には ・問題の所在 ・関連文献のまとめ ・研究の目的 といった要素が含まれる。 本論は研究内容によって様々な構成になり、そのセクションタイトルも様々である。ここ ではモデルの推定から始まる統計的な分析を想定し、例として次の要素をリストアップし ておく。 ・モデルの説明を含む理論的な話 ・モデル推定のためのデータの話 ・推定結果を含む様々な結果の報告 ・結果の解釈や考察 これらの要素から本論のイメージが得られれば幸いである。 結論には ・本研究のまとめ ・本研究の限界や可能な展開 などが含まれる。 注や付録は場合によっては書かないことがあるが、ここでは構成要素といった意味でリス トアップしている。 これらの構成要素について説明するが、当然のころながら、3 グループに分けて説明する。 5 「著者名」「提出の年月日」などは説明不要であろう。したがって説明が必要と思われる構 成要素に限定する。 4.表紙の書き方 このセクションは研究レポートや学術論文に関する表紙(広い意味での表紙)の話になる。 4.1 表紙の雛形 学生の研究レポートや卒業論文を想定し、その表紙(カバーシート)の雛形を示す。 研究のタイトル(24pt) 著者(自分)の氏名(14pt) 学籍番号:123456(14pt) 大学名・学部名など(14pt) 履修科目:ABCD(14pt) 担当教員:EFGH(14pt) 提出日:YYYY 年 MM 月 DD 日(14pt) 要旨(14pt) 要旨の取り扱い方については、次の 2 形式が考えられる。 (1) 表紙を1ページものとし、表紙の最後に要旨を書く。 (2) 表紙を 2 ページものとし、第 2 ページに要旨を書く。 表紙を 1 ページ形式にするのか、2 ページ形式にするのかで、要旨の書く場所が異なってく るが、学生の研究レポートであることを考えると、1ページ形式で良いと思う。したがっ て1ページ形式の表紙の最後に要旨を書けばよい。もし、1ページ形式の表紙に要旨が収 まらない程度に長文になる場合は、表紙を 2 ページ形式とし、第 2 ページに要旨を書けば よい。 6 文字のサイズやフォントが指定されている場合は、それに従うことは言うまでもない。こ こでは自分で選ぶときの参考情報を提供する。 「本文」の文字サイズについては、日本語の論文では 10.5pt、英字の論文では 11pt または 12pt が指定されることが多い。したがって文字サイズの指定がない場合は、10.5pt、11pt、 12pt あたりから文字サイズを選ぶことが考えられる。 一方、「見出し(タイトル)」に関する文字サイズは、上の表紙雛形に示したサイズを目安 とすればよい。12pt、14pt、16pt、・・・といった具合に偶数ポイントを選ぶことが多い。 文字フォントについては、日本語の論文では「明朝体」、英字の論文では「Century」や「Times New Roman」が一般的である。 4.2 研究のタイトル 研究のタイトルは、短くても、内容が想像できるようなものが良い。読者にアピールする タイトルが良いことは当然である。言うのは簡単であるが、このような条件を全て満たす ようなタイトルを思いつくことは大変である。 レポート表紙に書く自分の研究タイトル全体にカギカッコを付けることはしない。ところ が、自分の研究タイトル全体にカギカッコを付ける学生が必ずいる。参考文献リストにお いて論文タイトル全体にカギカッコが付いていることから、自分の研究タイトルにもカギ カッコを付けているものと思われる。しかし、参考文献リストにおける論文タイトルのカ ギカッコは、情報の区切りを意味するカッコである。一方、自分の研究レポートの表紙に 書く自分の研究タイトルに、そのようなカッコを用いることは論理的にありえない。別の 解釈は強調のカッコとも考えられる。しかし、それはタイトル全体の強調となり、強調で なくなる。一部を強調するから、強弱ができ、強調になるのである。もちろんタイトルの 一部を、強調や引用などの意味で、カギカッコでくくることはある。しかし、自分のレポ ート表紙において自分の研究タイトル全体をカギカッコでくくることはしない。 4.3 要旨 「要旨」「要約」「摘要」 「アブストラクト」と言ったタイトルが一般的である。要旨の目的 は、要旨だけを読めば研究の内容のあらましが分かるように手短に書き、本文を読むべき か否かの判断ができるような情報を読者に与えることにある。 7 要旨は最長で 10 行から 15 行ぐらいを目安とするのが良い。要旨は、それだけを読めば、 研究の内容のあらましが分かるように簡潔に書く。したがって「問い」と「答え」を簡潔 に書くことが基本になる。もう少し肉付けすると、次のポイントを要旨に書く。 ・議論の対象となる問題 ・問題に取り組むアプローチや考え方 ・問題に対する自分の答え ・本研究の貢献 取り組む疑問を特定し、その内容を数行の範囲内で書く。他人が容易に理解できるように 簡潔に書く。それが出来れば要旨全体も簡潔に書けるようになる。その疑問にどのような アプローチや方法で取り組み、どのような内容の答えを得たかを書く。本研究の「貢献」 に関わるアピールポイントを明記しておく。本研究の「貢献」に関わる主役的な発見は多 くても 2、3 個であろう。その他の、脇役的な発見は本文に書く。何故このような研究を行 うのかといった研究の動機も本文に書く。 要旨を簡潔に書くことが困難な場合は、自分自身の頭の中で情報整理がうまく出来ていな いことを物語っている。そのような場合は、頭の整理をするつもりで要旨を何回も書き直 す。限られたスペース内で自分の言いたいことを分かりやすく伝えるわけであるから、自 分が何をしたのかを自分自身で問いかけることになり、頭の整理に役立つ。要旨を書いて からレポート本文を書くと、頭の整理ができていて論点がボケないから、レポート本文が 書きやすいと言える。そしてレポート本文を書いている途中でも、さらには書き終えた後 にも、要旨を推敲する。普通は「答え」の部分を残した形で要旨を書き、それから研究を スタートする。研究の過程で何回でも書き直すのが要旨である。 5.本文の書き方 本文を書く基本は、読者が著者の論理を追跡できるように必要な情報を論理的に洩れなく 書くことである。したがって書く手法としては、「論理の流れ」を示す全体の骨組みを作 り、それから個々の部分を書く手法が良い。 5.1 本文の構成に関する雛形 一般論として本文は次の 3 つから構成される。 (1)序論 (2)本論 (3)結論 具体性を持たせるため、ここではモデルの推定から始まる統計的な分析を想定し、本文を 8 次の 5 つのセクション(節)で構成し、話を進める。 1. はじめに 2. モデル 3. データ 4. 結果と考察 5. おわりに 話が少し横道へ逸れるが、分厚い書物の場合、その構成単位は (1)部(パート: part) (2)章(チャプター: chapter) (3)節(セクション: section) (4)小節または項(サブセクション: subsection) (5) 少々節または目(サブ・サブセクション: subsubsection) (6)段落(パラグラフ:paragraph) といった呼び名がある。研究レポートや卒業論文ぐらいの書き物であれば、節(セクショ ン: section)と呼ばれる構成単位から使い始め、その最も大きい構成要素は「第 1 節」や 「セクション 1」といった具合に書くのが普通である。一方、博士論文ぐらいになると、章 (チャプター: chapter)といった構成単位から使い始め、その最も大きい構成要素は「第 1 章」といった具合に書くのが普通である。 上に示す例では本論を「モデル」「データ」「結果と考察」といった 3 つのセクションで構 成しているが、本論の構成は具体的な内容によって異なってくる。序論の構成も内容によ りけりであるが、多くは単一セクション構成であり、「はじめに」のタイトルが普及してい る。結論の構成も内容によりけりであるが、普通は単一セクション構成であり、「おわりに」 のタイトルが普及している。 本文のセクション(節)には通し番号をつけるのが一般的である。1,2,3,4 といったア ラビア数字でも良いし、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳといったローマ数字でも良い。ひとつのセクショ ンが長い場合は、そのセクションを幾らかのサブセクション(小節または項)に分け、サ ブセクションのタイトルに 2.1,2.2,2.3 と言った通し番号をつける。 セクション番号が 2 の場合は「2.」や「2」といった書き方がある。どちらかと言えば、「2.」 の方が普及している感じか。一方、 サブセクションの番号が 2.1 の場合は「2.1」 「2.1.」 「2-1.」 9 といった書き方があるが、「2.1」が普及している。この資料でも「2.1」を採用している。 サブ・サブセクション(少々節または目)ぐらいになると、様々な書き方があり、「2.1.1」 「(1)」「(a)」といった「番号」を付けたり、「番号」なしでタイトルを書いたりする。 5.2 「はじめに」のセクション 本文の最初のセクションであり、「はじめに」や「序論」と言ったタイトルが一般的である。 序論であるので、本研究の周辺を俯瞰しつつ、本研究の「位置づけ」を行うセクションで あると言える。具体的には「問題の所在」や「研究の目的」を書くことになる。さらに本 研究の動機や意義も書く。一般的には次の(1)~(4)で示すような要素を書く。 (1)問題の所在 研究分野を示し、取り組むべき問題が何であるかを述べる。これが議論の出発点となる。 何故そのようなことをするのかといった研究の動機や意義もできるだけ書く。ある分野の 専門家だけが読むことを想定した学術論文において、その研究の意義は周知の事実であり、 わざわざ繰り返す必要が無い場合は意義を書くことはないと思われる。しかし、学生の研 究レポートにおいては、他の学生や先生が読者であることを想定して書くので、研究の動 機や意義を書いておいた方が良い。特に研究の意味することが読者にとって自明でない場 合は、研究の意義を書くことは重要になる。 (2)関連文献のまとめ 取り組む問題の視点から関連文献のまとめを簡潔に書く。関連文献を次から次へと網羅的 に説明するのとは異なる。取り組む問題の視点から関連文献を鳥瞰図的に整理し、必要な 予備知識を読者に与え、本研究の「位置づけ」に役立つようにする。 関連文献のまとめを終えるにあたり、先行研究を総括する形で、その問題点を指摘してお く。これは本研究の意義や目的を際ださせるための準備である。先行研究と「比較する」 から本研究の意義や貢献が理解できるのである。関連文献のまとめは、本研究を際ださせ るための「背景づくり」と考えれば良い。このような準備の後、次の「研究の目的」へ進 む。 (3)研究の目的 背景が出来たところで主役の登場である。そんな感じで本研究の目的を書く。学術論文で あれば先行研究との比較から本研究の「新しい点」を書く。それは本研究の「貢献」へ繋 がる新しい点である。先行研究と異なったアプローチや考え方で問題へ取り組むといった 10 ことが、研究目的の例として考えられる。その場合は自分のアプローチや考え方の良い点 をアピールする。「比較する」から、「新しい点が理解できる」「良し悪しが分かる」「評価 できる」のである。このような比較の役割を理解し、本研究の目的を簡明に書く。 問題の所在から始まった本研究の位置づけは、研究の目的を書くことで完了する。あくま でも研究の「位置づけ」であるので、研究の詳しい説明や技術的なことは本論へ譲る。目 的の長さは数行を目安にすれば良いであろう。 学術論文の中には多くの研究を鳥瞰図的に整理するタイプのものもある。このような場合 は情報の鳥瞰図的な整理が「新しい点」である。その整理された知識は、当該分野の研究 に「貢献」する。 学生の研究では過去の研究を追行するタイプになることが想像でき、過去の研究と比較し て「新しい点」が無いかも知れない。そのような場合でも、「どのようなアプローチや方法 で問題に取り組むのか」 「どのようなことをするのか」を簡明に書く。 序論の書き方に関しては、「研究の位置づけ」を心がければ、どのように書くのかといった 道筋は見えてくると思う。上に示した道筋は典型例にすぎない。具体的な内容や状況によ って幾らかの道筋が考えられる。 (4)本文の構成情報 第1セクションの最後は、この後に続く本文の構成を簡単に説明する。その長さは数行を 目安とする。例えば次のように書く。 これ以降のセクション構成は次のようになっている。セクション 2 では本稿の分析に用い るモデルを説明する。そのモデルの推定に用いるデータをセクション 3 で説明する。セク ション 4 ではモデルの推定結果を示し、考察を行う。最後にセクション 5 では本稿のまと めを行う。 なお、「セクション 2」は「第 2 節」と表現することもある。 このような情報は不要と考える論文執筆者もいる。その一方で、レポート本文の全体構成 を示す情報があった方が良いとする考え方もある。 (5)序論の構成バリエーション ここまでの話において、序論は単一セクションにしていた。もし、「関連文献のまとめ」が 長くなり、複数のセクションにした方が良い場合は、そのようにする。例えば 11 ・はじめに ・文献レビュー ・本稿の概要 といった 3 セクション構成が考えられる。また、 ・はじめに ・文献レビュー といった 2 セクション構成も考えられる。このような場合、「文献レビュー」は「体系的な 情報整理」といった側面が強くなる。それは研究者自身にも役立つし、他の研究者にも役 立つ。 序論が単一セクションなのか複数セクションなのかに関わりなく、「研究の目的」を入れる 位置に関しては 2 つの考え方が成り立つ。第 1 の考え方は、早い段階で「研究の目的」を 提示して研究の方法性を示し、それから「文献レビュー」の情報を提供する考え方である。 第 2 の考え方は、体系的な情報整理「文献レビュー」を行い、それから「研究の目的」を 提示する考え方である。 「研究の目的」は序論に入れるが、どの位置に入れるかは自分で考 えるべきことにしておこう。序論の全体構成も含め、自分で考えて決める。幾らかのパタ ーンは示しているので、参考にすれば良い。 5.3 「モデル」のセクション いよいよ問題に取り組む詳しい議論、いわゆる「本論」の始まりである。多くの場合、本 論の第1セクションは、目的を達成するための理論的な事柄を具体的に説明する場となる。 理論的な事柄を説明するセクションであれば、例えば次のような内容が考えられる。 取り組む問題を検討するための方法やモデルを説明する。 このような内容であれば、セクションのタイトルは「…方法」や「…モデル」と言ったタ イトルが考えられる。とは言うものの、セクションタイトルは、あくまでもセクションの 内容を反映するものが良い。 一方、書く内容としては、想定している読者が本研究を再現しようと思えばできる程度に 必要な情報を洩れなく書く。少なくとも想定している読者が著者の論理を容易に追跡でき る様に書くべきである。したがって論理の流れに注意を払って書く。例えば実際に本研究 を再現する場合に直面するような極めて技術的・専門的なこと、想定している読者が興味 を持たないような細かいことが延々と続くような場合は、論理の流れを重視し、そのよう な部分は「付録」へ譲った方がよい。 12 セクションタイトルが「モデル」になっていることから、モデル説明へ入る部分の記載例 を示しておこう。 ・・・。以上の考察を踏まえ、本稿では次の○×△モデルを用いる。 k yi = β1 + ∑ β j x ji + ui , i = 1, 2,3,⋯ , n (1) j =2 ただし、 yi は・・・、・・・、・・・である。 重要な数式は数式だけで 1 行(以上)を構成し、本文に出てくる順に一連番号を付ける。 本文に出てくる順に一連番号を付ける要素としては、それぞれの出現場所でも説明するが、 ここにリストアップしておこう。 ・数式 ・図 ・表 ・「注」として本文とは別にして書く注記文 数式は重要性に応じて参照番号を付けたり付けなかったりするが、他の要素は全て一連の 参照番号を付ける。 5.4 「データ」のセクション 本論の第 1 セクションが「モデル」となっている関係から、モデル推定用のデータについ て説明する必要があり、この第 2 セクション「データ」を設けている。 データ説明のセクションでは、次の情報を提供することが考えられる。 (1) データソース(データベースの名称など、データの出所情報) (2) データのタイプやデータの大きさ (3) データの視点からモデル内の変数を具体的に説明する情報 (4) 平均や標準偏差など、基本的な記述統計 時系列データの場合であれば、日・週・四半期・年といった観測周期、観測初期と観測終 期、データの大きさ等が説明のポイントとなる。横断面データの場合であれば、横断面と なっている対象物、観測時点、データの大きさ等が説明のポイントとなる。 モデルのセクションでは理論変数でもって説明するが、それに対応する観測変数をデータ のセクションで説明する必要がある。例えば理論変数として国全体の生産量を考えてみよ う。その観測変数としては GDP (Gross Domestic Product), NDP (Net Domestic Product), GNP (Gross National Product), NNP (Net National Product) などが考えられる。GDP で も名目 GDP と実質 GDP があるので、国全体の生産量として GDP を用いるのであれば、実質 13 GDP の方を使うことを明示する必要がある。さらに実質 GDP でも、その国の GDP デフレータ から算出した実質 GDP もあれば、国際比較のために世界的な GDP デフレータから算出した 実質 GDP もある。このように国全体の生産量に関する観測変数といっても様々なタイプが ある。したがって具体的に何を使ったかを説明する必要がある。 元のデータから加工した新しいデータを使う場合は、その加工方法も説明する。いずれに しても、本研究を再現しようと思えば出来る程度にデータに関する情報を洩れなく書く。 データに関する記載例を示しておこう。 モデル推定に用いるデータを説明する。それは年周期の観測値からなるパネルデータであ り、アジア、ラテン・アメリカ、アフリカを含む 79 カ国をカバーし、1976 年から 2003 年 までの 28 年間をカバーしている。データは□○△から入手した。モデル内の変数をデータ の視点から説明するリストを表1に示し、変数の基本的な統計値を表 2 に示す。 表1 変数の説明 変数名 GDP 成長率 インフレ率 国際収支 財政収支 国内信用増加率 外国為替レート減価率 IMF ローン 説明 実質の GDP 成長率 (%) 消費者物価指数に基づくインフレ率 (%) 国際収支を GDP で割った比率 (%) 財政収支を GDP で割った比率 (%) 国内信用の増加率 (%) 米ドルに対する各国通貨の減価率 (%). 経済危機対策用 IMF ローンを GDP で割った比率 (%) 表 2 データの記述統計 変数 平均値 中央値 標準偏差 GDP 成長率 (%) 2.77 3.52 5.72 インフレ率 (%) 49.07 8.81 429.76 国際収支 (%) 0.86 0.43 3.29 財政収支 (%) -4.47 -3.67 5.52 国内信用増加率(%) 27.97 15.51 185.22 外国為替減価率 (%) 50.64 5.97 725.37 IMF ローン (%) 0.26 0 0.86 注1) インフレ率については、ハイパーインフレの値がところ どころ含まれており、そのため平均値が中央値より大幅 に大きくなっている。 注2) IMF ローンについては、ほとんどの国と期間でゼロであ ることから、中央値がゼロになっている。 IMF ローンについては、その大きさと期間の分布が本稿の分析にとって重要であることか ら、IMF からローンを得た国と期間に限定したデータ(周期は四半期)を用い、ローンの大 14 きさのヒストグラムを図 1 に示し、ローン期間のヒストグラムを図 2 に示す。 図1 IMF ローンの大きさのヒストグラム 注 1)横軸はローンの大きさ(単位:%)、縦軸は相対度数を表す。 注 2)ローンの大きさの平均=1.42%、標準偏差=2.53%。 図2 IMF ローンの期間のヒストグラム 注 1)横軸はローン期間(単位:四半期)、縦軸は相対度数を表す。 注 2)ローン期間の平均=6.1 四半期、標準偏差=3.0 四半期。 15 図や表は、それを紹介・説明する一文を書き、それから表や図を挿入する。図と表は、本 文に出てくる順に、それぞれ一連番号を付ける。番号に続けて、タイトル(キャプション) を付ける。図や表の内容を見れば自ずと分かるといった具合に考えず、図や表には必ずタ イトル(キャプション)を付ける。 図表のタイトル位置は、次の 2 つのスタイルがある。 (1) 表のタイトルは表の上、図のタイトルは図の下に付ける。 (2) 図と表の区別なく、タイトルは図表の上に付ける。 基本は(1)の方であるが、日本語の論文や書籍では(2)のスタイルも多い。図表のタイ トル位置が指定されている場合は、それに従えばよい。 一方、図表の挿入位置については、次の 2 つのスタイルがある。 (1) 本文の適切な位置に組み込むスタイル (2) 本文の最後、つまり、結論の後にまとめて組み込むスタイル 普及しているのは(1)の方であり、上の図表例も、そのようになっている。しかし、多く の図表が延々と続き、その長さが多数ページにわたり、議論の流れを悪くするような場合 は、(2)のスタイルが考えられる。その場合、図表を紹介・説明する文は本文中で行って いるので、図表の方にはいらない。結論の後にまとめて挿入する図表は、本文の一部であ り、したがって添付物よりも前に位置させる。なお、図表の挿入位置が指定されている場 合は、それに従えばよい。 データに関する説明が数行程度に短い場合はデータのセクションを設けず、データに関す る記述を次のセクション「結果と考察」の方に入れることが考えられる。このようなこと は議論全体の流れやセクション間のバランスを考えて判断する。 5.5 「結果と考察」のセクション 本論の第 3 セクションは、モデルの推定結果を示し、それについて考察する想定から、「結 果と考察」といったタイトルにしている。「推定結果」のところは「検定結果」「シミュレ ーション結果」など、様々な「結果」に置き換えることができる。そのような配慮から、 セクションのタイトルを一般的な表現「結果と考察」にしている。 「結果と考察」といったタイトルになっていることからも明らかなように、このセクショ ンは研究の「答え」「成果」を詳しく示す場である。したがって重要なセクションである。 重要であるだけに、研究内容によって様々なセクション構成やセクションタイトルが考え 16 られる。 次は回帰モデルの推定結果を例とし、結果報告の雛形を示す。この種の報告スタイルは ・表形式の報告 ・数式形式の報告 に 2 分できると考えてよい。最初に、一般的と思われる「表形式」の報告例を示す。 ・・・。その推定結果を表 3 に示す。 表 3 賃金関数の推定結果(従属変数:労働賃金[自然対数]) 変数 定数項 推定値 -0.624 (-1.955) 0.087 教育年数 (7.641) 0.0821 労働経験年数 (5.137) -0.00087 労働経験年数の 2 乗 (-4.448) -0.239 女性ダミー (-4.105) 0.418 決定係数 0.400 自由度修正済み決定係数 0.409 回帰の標準誤差 526 データの大きさ 注)カッコ内の数値は t 値である。 上の推定結果から次のことが読み取れる。・・・。 表形式の報告であっても、従属変数の内容を報告していることに注目しよう。表形式は複 数の推定を行う場合に適している。例えば「モデル 1」「モデル 2」「モデル 3」といった具 合に 3 列を設ければ、3 つのモデルに関し、推定結果が容易に比較できる。 17 次は「数式形式」の報告例を示す。 ・・・。その推定結果は次のようになった。 log WAGE = −0.624+ 0.087 EDU +0.082 EXP −0.00087 EXP 2 −0.239 FEM ( −1.955) (7.641) (5.137) ( −4.448) ( −4.105) 決定係数 R = 0.418 、自由度修正済み決定係数 R = 0.400 、 回帰の標準誤差 S = 0.409 、データの大きさ n = 526 2 2 だたし、係数推定値の下に示すカッコ内の数値は t 値である。変数は次のように定義してい る。 logWAGE :労働賃金の自然対数 EDU :教育年数 EXP :労働経験年数 FEM :女性ダミー(女性であれば 1、男性であれば 0) 上の推定結果から次のことが読み取れる。・・・。 表形式であろうと、数式形式であろうと、報告している情報の内容は同じである。回帰モ デルの推定結果の報告では、上の報告例に示す項目は最小限の情報である。研究の内容に よっては他の情報も報告する。 5.6 「おわりに」のセクション 本論を終えた後の、本文の最終セクションであり、セクションのタイトルとしては「おわ りに」「結論」「結び」「まとめ」「結語」が一般的である。 少なくとも次の項目(1)を書き、可能であれば他の項目も書く。 (1) 本研究のまとめを書く。言い換えると、「問い」と「答え」を再び簡潔に書く。要旨に 含める発見が「主役的な発見」とすると、本研究のまとめには「脇役的な発見」も書く。 当然のことながら、本研究の「貢献」に関わる情報を強調する形で書く。本研究のまと めは、要旨よりも長文になるのが普通である。 (2) 理論的な研究であれば、見つけた理論の個人・企業・社会などへの適用可能性を示唆し ておく。それは「貢献」に関わる情報になる。 (3) 本研究の限界や可能な展開を書くこともある。 18 「問い」「答え」 「貢献」といった情報は、要旨でも書き、序論または本論でも書いたので、 結論でも書くとなると、2 重にも 3 重にも書くのかといった疑問が生じる。多くの論文は書 いている。同じ内容でも、表現を変える作文上の工夫があっても良い。 6.添付物 本文の後は添付物が続く。添付物として常に書くものとしては「参考文献リスト」がある。 参考文献リストは最後に位置させるのが普通である。したがって他の添付物に関する説明 から始める。 6.1 本文中へ物理的に挿入できない資料 昔の写真や地図など、物理的に本文に挿入できない資料は、文字どおり「添付物」となり、 ホッチキス(ステープラ)等を用い、添付する。文章や図表をコンピュータで作成する時 代において、このような添付物を用いることはないと思うが、可能性がゼロとは言えない ので、添付物としてリストアップしておく。 6.2 注 注は、文脈上、本文中では記述しにくいが、どうしても言及しておかなければならないこ とを述べるために用いる。その内容は本文とは別の場所に書き、次の 2 つのスタイルがあ る。 ・脚注(footnote):本文の該当ページの最下部に線を引き、線の下側に注の内容(注 記文)を書く。 ・末注(尾注:endnote):本文の末尾、参考文献リストの前に、注のセクションを設 け、そこに全ての注の内容(注記文)を書く。 注は単に文献の参照を求めるためには用いない。したがって追加的な短い付帯情報といっ た意味合いがあり、注は付録に比較して極めて短いと言える。 注には本文全体を通じて一連番号をつける。注の位置を示す注番号は本文中の当該箇所に 「(注 1)」や「(注 2)」といった具合にアラビア数字を入れる。句読点と連接する場合には、 「(注 1)、」や「(注 2)。 」といったように句読点の前の位置に注番号を入れる。古いスタイ ルでは、右カッコ付きでアラビア数字上付きとし、「 ⋯ , 」や「 ⋯ 。 」といった具合に注 3) 番号をつける。 19 4) 一方、注の内容(注記文)は本文とは別に脚注(footnote)または末注(endnote)として 書く。まず、注番号を書き、その後に注の内容(注記文)を位置させる。 末注(endnote)を想定し、注の内容(注記文)の記載例を示す。 注 1) 「bootstrap」には次のような逸話や比喩がある。ほらふき男爵が沼に落ちたときに靴の ひもを引いて自分を引き上げたとの逸話がある。このことから、「自分で努力して困難 から抜け出すこと」や「自動実行すること」の比喩に「bootstrap」が使われている。こ こでの内容では観測された一つの標本から多数の擬似標本を再生するという復元抽出 の考え方を比喩していると思われる。 2) ・・・。 なお、図表の下に出典を含め、追加的な注記を書くことがあるが、このような注記は図表 と一体となったものであり、ここで言うところの注記(文章に付ける注)ではない。 「注には本文全体を通じて一連番号をつける」と書いたが、これは研究レポートや卒業論 文が前提となった話であり、分厚い書物の場合は話が別になる。蛇足になるが、分厚い書 物の場合は、 「それぞれの章(chapter)において」といった但し書きを付け、「注には本文 全体を通じて一連番号をつける」といったルールが適用されているようだ。 6.3 付録 「付録」「補論」「補遺」 「アペンディクス」が一般的な用語である。読者が本文の筋を追う ためにはスキップしても一応さしつかえないが、ほんとうに理解するためには必要となる 情報、普通の読者には不要であるが、本研究を実際に再現しようとする人には有用となる 情報、これらに準じるものを付録とする。 例えば次のような場合が考えられる。 (1) 実際に使った方法を本文で示し、そのバリエーションを付録で示す。 (2) 推定量を本文で示し、推定量のプログラムまたはアルゴリズムを付録で提示する。 (3) 定理を本文で示し、その証明を付録で行う。 (4) 最終的に使う式を本文で示し、最終の式が導き出されるまでの長い説明は付録で行 う。 上の(4)の場合について式の導出を本文に入れるか否かは、本文の論理の流れや、想定して いる読者が興味をもってくれそうな内容であるか否かを考え、著者が最終的に判断すべき だ。とは言うものの一つの判断基準は、その長さであろう。本文の論理の流れを悪くする 20 ほど長いのであれば付録に入れるべきであるし、式の導出が手際良くなされていて短いの であれば本文へ入れた方が良いであろう。一般的に付録に書く内容は半ページか1ページ を越える内容であり、数行で終わるような内容を付録に書くことはないと思う。 性質の異なる付録が複数個ある場合は、「付録 A」「付録 B」 「付録 C」や「付録 1」「付録 2」 「付録 3」といったように表記すればよい。 付録の「雛形」の代わりに、付録の冒頭部分の一例を示す。複数の付録がある想定にし、 その一つを「付録 A」としている。 付録 A ○×△分析の手順 ここでは本稿で用いた○×△分析に関し、その手順を詳しく説明する。・・・ 付録の位置は参考文献リストの前に位置させる形式、後に位置させる形式、様々である。 ここでは参考文献リストの前に付録を位置させている形式にしている。 6.4 参考文献リスト 日本語であれば「参考文献」が一般的なタイトルである。英語であれば「References」が 一般的である。 研究に当たって参考にした文献をリストアップする。自分の研究に直接に関係するものだ けに限定する。特に本文中で参照(言及)した文献は、もれのないようにチェックするこ とが必要である。データを刊行物から入手した場合も、その刊行物も記載する。さらにイ ンターネットから得た文献も参考文献に含める。本研究が再現できるような情報を提供す る趣旨からすれば、このようなことは当然の措置であろう。 まず、参考文献の書き方に関する基本的なことからスタートする。 (ハーバード方式の参照) 論文やレポートの本文から参考文献の名前を挙げて言及することを「参照」と呼ぶ。「文 献注」とも言う。著者の苗字と出版年との2要素で参考文献を参照する方式が最も広く一般 的に普及している。例えば本文において「荒井(1990)」や「(荒井, 1990)」と書くと、そ れは参考文献リストにおける荒井の1990年の文献を指す。本文の具体的な状況に応じて「荒 井(1990, ページ範囲) 」「(荒井, 1990, ページ範囲)」などのバリエーションがあるもの 21 の、著者の苗字と出版年との2要素でもって参考文献を特定するのが特徴的な参照方式であ る。 この参照方式は「ハーバード方式」や「著者名・発行年方式」と呼ばれている。ウィキペ ディアによると、ハーバード方式は次のように記載されている。 ハーバード方式では、参考文献を論文の末尾にまとめて列挙し、本文からはその著者の苗 字と出版年(ページの範囲)でその参考文献を参照する (科学技術振興機構 1986, §5.9)。 ハーバード方式の他には「バンクーバー方式」と呼ばれる参照方式もあるが、この資料で はハーバード方式に焦点を置き、話を進める。 (書誌要素を書く順序の基本) 次は参照される方の文献について述べる。参考文献リストに含まれる文献に関し、どのよ うな項目の情報を書くのかといったことは、様々なスタイルに関わりなく共通している。 定期的に発行されている学術雑誌に掲載された論文(「雑誌論文」という)を想定し、その ような項目をリストアップすると、次のようになる。 (1) 著者名など、著者に関する書誌要素 (2) 論文名や雑誌名など、標題に関する書誌要素 (3) 論文が記載されている学術雑誌の巻・号・出版年・ページなど、出版および物理的 特徴に関する書誌要素 (4) その他の注記的な書誌要素 これら書誌要素を書く順序としては次の 2 つの原則がある。 (1)これら書誌要素の配列順序は原則として ① 著者に関する書誌要素 ② 標題に関する書誌要素 ③ 出版および物理的特徴に関する書誌要素 ④ 注記的な書誌要素 にする。 (2)「著者」が不明の場合は、原則として「標題に関する書誌要素」から始める。した がって著者不明の文献を本文から参照する場合は、「標題」を使えばよい。 これら 2 つの原則は、表現が異なるものの、独立行政法人科学技術振興機構(2007)が作 成した「科学技術情報流通技術基準 参照文献の書き方 SISTO 02 - 2007」に記載されて いる原則と同じである。 この 2 つの原則が頭に入っておれば、様々なケースに対処できる。原則の意味するところ 22 を理解し、どのような情報を提供する必要があるかを理解することが大切である。そうす れば論文以外の他の文献においても、どのような情報を提供する必要があるかは容易に理 解できる。 (出版年の位置に関する特記事項) 参考文献を書く際の「出版年」の配置位置に注目するならば、参考文献の記述スタイルと しては、次の 2 つが広く普及している。 (1)著者名(出版年)「論文名」『雑誌名』巻・号・ページなど. (2)著者名「論文名」『雑誌名』巻・号・(出版年)・ページなど. 前者は APA スタイルに基づく書き方、後者は MLA スタイルに基づく書き方であると言える。 APA スタイルは論文全般に関する書式ルール集であり、参考文献の記述スタイルにおける 「出版年」の配置位置に注目するならば、APA スタイルと似ているものの、他の面では異な るスタイルは多々ある。MLA スタイルの方も同様である。このような実情を反映し、便宜上、 前者を「APA ファミリー」 、後者を「MLA ファミリー」と呼ぶことにする。 ここでは参照の重要情報「著者名と出版年」が先頭に来る方の、APA ファミリーを採用する。 さらに出版年の書き方に注目するならば、出版年を丸カッコ内に書くスタイルがある一方、 丸カッコを用いないスタイルもある。ここでは出版年を丸カッコ内に入れるスタイルを用 いる。なお、APA スタイルでは出版年を丸カッコ内に書く。 (著者が不明な場合の対処法) 著者名が全く不明の場合は、どのような記述スタイルにすれば良いのであろうか。先の原 則(2)に従い、論文名(それもない場合は雑誌名)が「著者名」の代わりとなり、 「論文名」(出版年)『雑誌名』巻・号・ページなど. といったスタイルにする。著者名不明の論文を本文から参照する場合は、論文名と出版年 を使えば良い。 雑誌論文に関し、著者名不明の場合の対処法と記載例については、次のウェブページの情 報が役立つ。APA スタイルを紹介するウェブサイト(University of Southern Queensland, n.d.)における情報である。 If there is no author, move the article title to the author position. In brief. (2010). Harvard Heart Letter, 20(12), 7. Retrieved from http://web.ebscohost.com.ezproxy.usq.edu.au/ ehost/detail?hid=22&sid=6544e16c-21a3-4092-87 ad-ac80b1cda933%40sessionmgr11&vid=1&bdata= JnNpdGU9ZWhvc3QtbGl2ZQ%3d%3d#db=a9h&jid=HHR 23 In-text: ("In brief", 2010). If a work is signed "Anonymous", begin the entry with the word Anonymous as if it were a true name. ここに示されている情報は貴重である。何故ならば雑誌論文において著者不明は想定外で あり、想定外の場合の記載例は示されていないのが普通であるからだ。さらに雑誌論文以 外の文献において著者不明の場合の対処法が、上のルールや記載例から導出でき、そのよ うな意味からも貴重である。 著者不明のルールを単行本の場合に適用すると、次のスタイルが考えられる。 『書名』(版表示)(出版年)出版社・・・. 「第 2 版」「第 3 版」といった情報は本のタイトルの一部の如くに書かれることが多く、書 名と版表示との密接度は高い。このような点を考慮し、出版年は版表示の後に配置するス タイルにしている。このスタイルは次の記載例と整合的である。それは APA スタイルを紹 介するウェブサイト(Purdue University, n.d.)における記載例である。 Unknown Author Merriam-Webster's collegiate dictionary (10th ed.).(1993). Springfield, MA: Merriam-Webster. NOTE: When your essay includes parenthetical citations of sources with no author named, use a shortened version of the source's title instead of an author's name. Use quotation marks and italics as appropriate. For example, parenthetical citations of the source above would appear as follows: (Merriam-Webster's, 1993). (参考文献リストの記載例) 参考文献リストのスタイルに関するルールは多々あり、それらを書くと膨大になる。ここ では最初に参考文献リストの記載例を示し、それからルール等を説明する。後述すること であるが、細かいところでは経済学分野の学術雑誌で一般的に見かけるスタイルに従って いる。ルール集にも書かれていないような更に細かいことは、個人的な好みに基づいてバ リエーションを選んでいる。 24 参考文献 荒井一博 (1990)「大学進学率の決定要因」『経済研究』一橋大学経済研究所, 第 41 巻第 3 号, pp.241-249. ―― (1995)『教育の経済学:大学進学行動の分析』有斐閣. 大竹文雄・猪木武徳(1997)「労働市場における世代効果」浅子和美・福田慎一・吉野 直行編『現代マクロ経済分析』東京大学出版会, pp.297-320. 科学技術振興機構(2007)「参照文献の書き方 科学技術情報流通技術基準 (SIST)」, http://sti.jst.go.jp/sist/pdf/SIST02-2007.pdf,(参照 2014-05-22) 清家篤(2004-09-05)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』第 23 面. 今野浩一郎(1991)「技術者のキャリア」小池和男編『大卒ホワイトカラーの人材開発』 東洋経済新報社, pp.29-62. スミス, アダム (=1969, 米沢富男訳)『道徳情操論』未来社. 鈴木淑夫編(1989)『日本の金融と銀行』東洋経済新報社. 総理府統計局(1980)『国勢調査』. フロム, エーリック (=1951, 日高六郎訳)『自由からの逃走』東京創元社. 高砂食品株式会社(2008)「ジェム電子チャージシステムについて」(広報資料). ――(日付なし)『青森ラーメン専門店 高砂』, http://www.takasago-mejya.net/,(参照 2009-12-09). 橘木俊詔(1995)「役員への途と役員の役割」橘木俊詔・連合総合生活開発研究所編 『昇進の経済学』東洋経済新報社, pp.13-38. ―― (日付なし)「『日本の経済格差―所得と資産から考える』をめぐって」, http://www.rengo-soken.or.jp/dio/no123/houkoku.htm,(参照 2004-11-08). 東奥日報社(2009-09-29)「挑む県内企業 高砂食品(株) 」『東奥日報』朝刊. 樋口美雄・財務省財務総合政策研究所編(2004)『日本の所得格差と社会階層』 日本評論社. 森棟公夫(2000)『統計学入門』(第 2 版)新生社. 文部省(1990) 『文部統計要覧』. 文部科学省(日付なし)「学校基本調査」, http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm, (参照 2004-11-08). レイ, サタジット(監督)(1955)『大地のうた』(映画). 「教育の経済学について」 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1018/eco.doc, (参照 2005-10-08). 「出典を明記する」『ウィキペディア』, http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia: %E5%87%BA%E5%85%B8%E3%82%92%E6%98%8E%E8%A8%98%E3%81%99%E3%82%8B, (参照 2009-12-10) 「ハーバード方式」『ウィキペディア』, http://ja.wikipedia.org/wiki/ %E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89%E6%96%B9%E5%BC%8F, (参照 2009-12-09). Bollerslev, T., R. F. Engle, and D. B. Nelson (1994) “ARCH Models”, in R. F. Engle and D. McFadden, eds., Handbook of Econometrics, North-Holland: Elsevier Science Publishers, Vol.4, pp.299-319. 25 Brown, J. D. (2003) "Statistics Corner: Questions and Answers about Language Testing Statistics", http://www.jalt.org/test/bro_7.htm, (accessed 2003-06-21). Durlauf, S. N. (1994a) “Path Dependence in Aggregate Output”, Industrial and Corporate Change, Vol.3, No.2, pp.173-198. ―― (1994b) “An Incomplete Markets Theory of Business Cycle Fluctuations”, Working Paper, University of Wisconsin at Madison. Easthope, G. (1974) A History of Social Research Methods, Longman (=1982, 阿久津昌三,他4名訳『社会調査方法史』慶應通信). Greene, W.H.(1997) Ecconometric Analysis, 3rd ed., Prentice Hall. Hoover, K. D., ed.(1995) Macroeconometrics: Developments, Tensions and Prospects, Boston: Kluwer Academic. International Monetary Fund (1999) International Financial Statistics, (CD-ROM). Panzer, J.C. and R.C. 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Ullah」と言ったように first name はイニシャルのみにすること もある。さらに著者名をつなぐのは「and」または「&」のいずれでも良い。スタイルにつ いては様々なバリエーションが存在するが、参考文献リスト全体を通じて一貫したスタイ ルを用いることが求められる。 同じ著者が続く場合は第 2 文献以降の著者名のところを全角 2 倍ダッシュ(半角 4 倍ダッ シュ)「――」で表すことが多い。 (肩書の書き方) 著者以外は肩書を補足情報として書き加えることがポイントになる。例えば映画やテレビ 番組の監督(ディレクター)を「著者」のところに書く場合は、監督の氏名の後に「(監督)」 といった具合に肩書きを書く。製作者(プロデューサー)であれば「(製作者)」と書くこ とが考えられる。 著者名を記載することが不可能ないしは困難な編集本においては、「著者」のところに編集 者の氏名や名称を書き、肩書を付ける。「著者」の範疇から外れるが、編集者等の肩書につ いて考えてみよう。参考文献リストに頻繁に現れる肩書としては、 ・編集者を意味する「編」 ・監修者を意味する「監修」 ・翻訳者を意味する「訳」 がある。これら 3 つの肩書に限定するならば、書き方としては「編」と「(編) 」といった 2 つのスタイルがある。「編」対「(編)」の比較では、「編」の方が多い感じか。 外国語文献において、編集者は「ed.」で表す。編集者が複数人の場合は「eds.」となる。 外国語文献の場合も、「ed.」と「(ed.)」といった 2 つの書き方が見られる。外国語文献に おいて、翻訳者は「trans.」や「tr.」で表す。「trans.」と「(trans.)」といった 2 つの 書き方が見られる。 (出版年とは) ハーバード方式のところで述べたように「出版年」は参照情報として著者名と共に重要で あるので、ここでは「出版および物理的特徴に関する書誌要素」から独立した形で説明す る。出版年も、発行年・発表年・発信開始年を含め、広い意味での「出版年」である。年 28 月日が記載されている文献であり、月日も含めた方が良いケースであれば、その年月日を 「出版年」のところに書く。新聞記事であれば、新聞の発行日を「出版年」のところに書 く。ウェブページであれば、公開や更新の日付に基づき「出版年」を決める。録音・録画 などの媒体であれば、発行や製作の日付に基づき「出版年」を書く。 年月日を表示した方が良いケースでは、「出版年」のところには年だけを書くのか、それと も年月日の全てを書くのかで迷うかもしれない。そのことに役立つような記載例を示して おこう。APA スタイルを紹介するウェブページで見つけた。 Parker-Pope, T. (2008, May 6). Psychiatry handbook linked to drug industry. The New York Times. Retrieved from http://well.blogs.nytimes.com (出版年の書き方) 著者の苗字と出版年との 2 つの情報によって参考文献を特定する参照方式(ハーバード方 式)が普及していることに鑑み、上に示した参考文献リストでは著者名と出版年とを優先 して書くスタイルにしている。そのようなスタイルであっても、出版年に丸カッコを付け るか否かのバリエーションが見られる。参考までに比較してみよう。 荒井一博 (1990)「大学進学率の決定要因」『経済研究』・・・. 荒井一博, 1990,「大学進学率の決定要因」『経済研究』・・・. 個人的な好みとしては丸カッコ付きの方である。文献注では「荒井(1990)」と書くスタイ ルが定着しているので、そのスタイルを文献リストの方でも踏襲しているといったことが、 個人的な好みの理由である。後者の方を好むといった別の考えもあるが、その説明は止め ておこう。 同じ著者による同じ年の複数文献をリストアップする場合は、「1994a」や「1994b」の如く にし、アルファベットで区別できるようにする。これは様々なスタイルで共通している確 定スタイルであるので、バリエーションは考えられない。 新聞記事などの公表日のスタイルについては、次のようなバリエーションが考えられる。 清家篤(2004 年 9 月 5 日)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』第 23 面. 清家篤(2004-09-05)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』第 23 面 清家篤(2004)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』, 9 月 5 日, 第 23 面. いずれにせよ、同じ論文では統一したスタイルを用いることが求められる。 29 日付を略式で書く場合、 「2004-09-05」をはじめ「2004.09.05」や「2004/09/05」といった バリエーションが考えられる。ウィキペディアによると、日付の略式表記は「2004-09-05」 が正しく、「2004-9-5」や 「2004/09/05」は誤りとしている。 近い将来に発行される予定の文献は、出版年の代わりに、日本文献であれば「近刊」、外国 語文献であれば「forthcoming」と記載する。 出版年が不明の場合は次のようにする。日本文献の場合は「日付なし」「出版年不明」「発 表年不明」といった記述が考えられる。外国語文献の場合は「n.d.」や「nd」と記す。こ れらは「no date」の略式記号である。日本文献と外国語文献とを区別することなく、 「n.d.」 や「nd」と記すスタイルもある。 出版年を推定した場合は、「2004?」といった書き方が考えられる。 (標題とは) 論文名や雑誌名など、標題に関する書誌要素についても、様々なケースがあり、その意味 するところを理解して対処する。新聞記事であれば、「記事の題名」と「新聞の名称」が標 題情報になる。ウェブページであれば、「ウェブページの題名」と「ウェブサイトの名称」 が標題情報になる。 (論文名と雑誌名の書き方) 日本語の論文名にはカギカッコ「 」をつけ、雑誌名には二重かぎカッコ『 書籍などは雑誌に相当するので二重かぎカッコ『 もし、論文名の中に「 全体を「 』を用いる。 」が使われている場合には、そのカッコを『 」でくくる。したがって「 『 』をつける。 』に変え、論文名 』 」といった構造になる。そのような例が上 の参考文献リストの中に含まれているが、それを再度書いておこう。 ・・・「『日本の経済格差―所得と資産から考える』をめぐって」・・・ (出版および物理的特徴とは) 出版および物理的特徴に関する書誌要素も、その意味するところを理解して対処する。書 籍の場合、「第 2 版」といった情報は書名の一部として書かれているのが普通であるから、 書名の直後に書くことが考えられる。単行本であれば「出版者」の情報は必要不可欠な情 報である。洋書(単行本)の場合は「出版地」も必要になる。新聞記事であれば「朝夕刊 の別」や「紙面番号」を書く。 30 (巻・号・ページ範囲の書き方) 定期的に発行されている学術雑誌に掲載された論文(雑誌論文)の場合、「出版および物理 的特徴」として学術雑誌の巻や号を書き、さらに論文のページ範囲も書く。巻・号・ペー ジ範囲の書き方に関しては、次の 2 つのスタイルが一般的である。 巻数,号数, pp.最初ページ-最終ページ 巻数(号数) :最初ページ-最終ページ これらの記載例を示そう。 Vol.3, No.2, pp.173-193 3(2):173-198 前者の場合、 「p.」を単数ページにも複数ページにも用いるスタイルもあるし、「pp.」を複 数ページに用いるスタイルもある。 ページが飛び飛びになっている場合は、「173-193, 345, 467-469」といった具合に書く。 また、「173-193」を「173-93」と記載するバリエーションもある。 (注記的な書誌要素とは) 注記的な書誌要素も、その意味するところを理解して対処する。CD-ROM や映画といった記 録媒体の場合は、そのことを「注記的な書誌要素」として書く。「パンフレット」や「広報 資料」といった情報も「注記的な書誌要素」になる。特殊な言語からなる文献の場合は、 言語の種類を「注記的な書誌要素」として書く。 (CD-ROM や映画など、特殊な記録媒体の書き方) CD-ROM や映画といった記録媒体の情報は、 「注記的な書誌要素」であるから、文献情報の末 尾に位置させる。そのような例を示しておこう。 レイ, サタジット(監督)(1955)『大地のうた』(映画). International Monetary Fund (1999), International Financial Statistics, (CD-ROM). 記録媒体の書き方に関しては、次の記述スタイルも考えられる。ある意味で自然な感じが する。 レイ, サタジット(監督)(1955)映画『大地のうた』. International Monetary Fund (1999), CD-ROM“International Financial Statistics”. このような記述スタイルも悪くはないと思うが、書き方の原則は少ない方が良い。したが って前述の原則(1)に従い、前者のスタイルを「正解」として提示する。「正解」の記述 31 スタイルは、独立行政法人科学技術振興機構(2007)の「科学技術情報流通技術基準 照文献の書き方 参 SISTO 02 - 2007」に示されている次の記載例と整合的である。 Cambridge Crystallographic Data Centre. The Cambridge Structural Database. Version 5.27, Cambridge, UK, 2006. (CD-ROM). 蛇足になるが、この記述スタイルは「パンフレット」や「広報資料」の場合にも適用でき る。 (訳本の書き方) ここでは訳本の記述スタイルについて述べる。まず、日本語文献として取り扱うのか、そ れとも外国語文献として取り扱うのかで、記述スタイルが大きく分かれる。日本語文献と して取り扱う場合の 2 スタイル、外国語文献として取り扱う場合の 2 スタイル、合計で 4 スタイルを次に示す。 ソロー, ロバート (1957)(=1988, 福岡正夫・神谷傅造・川又邦雄訳)「技術の変化と集 約的生産関数」『資本 成長 技術進歩』竹内書店新社, pp.73-94. ソロー, ロバート (1988)「技術の変化と集約的生産関数」 『資本 成長 技術進歩』 福岡正夫・神谷傅造・川又邦雄(訳)竹内書店新社, pp.73-94, (原著 1957). Solow, Robert M. (1957) “Technical Change and the Aggregate Production Function”, Review of Economics and Statistics, August, p.312-320 (=1988, 福岡正夫・神谷傅造・川又邦雄訳「技術の変化と集約的生産関数」 『資本 成長 技術進歩』竹内書店新社, pp.73-94) . Solow, Robert M. (1957) “Technical Change and the Aggregate Production Function”, Review of Economics and Statistics, August, p.312-320 (福岡正夫・神谷傅造・川又邦雄訳「技術の変化と集約的生産関数」 『資本 成長 技術進歩』竹内書店新社, 1988, pp.73-94) . いずれのスタイルでも良いが、参考文献リスト全体を通じて一貫したスタイルが求められ る。学生の研究レポートの場合、原典の書籍情報を記載するようなことは考えにくい。し たがって日本語文献として取り扱うスタイルで統一すれば良い。その場合、原著の出版年 が明示されている場合は上に示すような形で記載する。 個人的な好みは、 (=翻訳本の出版年, 訳者名・・・ となるスタイルであろうか。 (新聞記事の書き方) 新聞記事の場合、著者名が明示されているのであれば、次のようにすることは自明であろ 32 う。 清家篤(2004-09-05)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』第 23 面. 一方、著者名が不明の場合は、具体的な内容・状況にもよるが、新聞社名を「著者」とし て書くのが普通である。 日本経済新聞社(2004-09-05)「分配不平等は広がったのか」『日本経済新聞』第 23 面. 上の表記が「重たい」と感じ、次のように身軽にすることが考えられる。 日本経済新聞(2004-09-05)「分配不平等は広がったのか」第 23 面. しかし、このスタイルは避けるべきである。何故ならば、先頭の「日本経済新聞」は新聞 社名のつもりで記載しているのに新聞紙名と誤解されてしまうからである。ところで、新 聞記事の場合、「新聞紙名を先頭に位置させる」ルールを採用している参考文献スタイル集 は少なくない。そこでは参考文献の書き方に関して「複雑怪奇」なルールが展開されてい る。「他山の石」としておこう。 (ウェブページの書き方) ウェブページ(ホームページ)も、前述の原則に従い、論文や書籍と同様なスタイルにす る。日本語のウェブページの場合、 「ウェブページの題名」は論文名に相当するのでカギカ ッコ「 」を付け、 「ウェブサイトの名称」は論文集名に相当するので二重かぎカッコ『 』 を付ければよい。英字のウェブページも、「ウェブページの題名」は論文名に相当する英語 式の書き方、「ウェブサイトの名称」は論文集名に相当する英語式の書き方にすれば良い。 ウェブページの場合は、ページのアドレス(URL)を書くことから、「ウェブページの題名」 を書くものの、「ウェブサイトの名称」を書かないことが考えられる。具体的な内容・状況 に応じて自分で判断すればよい。 ウェブページ(ホームページ)の場合は、広義の「著者」が特定できる場合でも、公表日 や更新日が不明な場合が多い。そのような場合は、前述の「出版年が不明な場合の対処法」 が参考になる。 ウェブページに関する特殊ルールとしては、文献情報の末尾にウェブページのアドレス (URL)とアクセス年月日を記載することが求められる。これは「出版および物理的特徴に 関する書誌要素」および「注記的な書誌要素」と考えれば良い。とは言うものの、記述ス 33 タイルに関しては多くのバリエーションが見られる。 ・http://www.takasago-mejya.net/, (参照 2009-02-09) ・(http://www.takasago-mejya.net/,アクセス 2009-02-09) ・(http://www.takasago-mejya.net/,2009-02-09) ・(入手先 http://www.takasago-mejya.net/, 入手日 2009-02-09) ・(2009 年 2 月 9 日取得,http://www.takasago-mejya.net/) ・<http://www.takasago-mejya.net/> 2009 年 2 月 9 日アクセス ・〔online〕http://www.takasago-mejya.net/(閲覧 2009-02-09) 独立行政法人科学技術振興機構(2007)が作成した「科学技術情報流通技術基準 献の書き方 参照文 SISTO 02 - 2007」に示されている記載例を見ても、数個のバリエーションが 見られる。 ウェブページに関するアドレス(URL)とアクセス年月日の書き方に関しては、多くのバリ エーションが見られるが、上に示した記載例の中では第1のスタイルが多いと言える。ア ドレス(URL)とアクセス年月日とは「注記的な書誌要素」と考え、双方を丸カッコに収め るスタイルも捨てがたい。 (参考文献リストの書き方を終えるにあたり) 参考文献リストの記述スタイルは、異なった学問分野で様々なスタイルが使われており、 一般的なスタイルとして一つに絞ることは不可能である。例えば参考文献に通し番号を付 すスタイルもあれば、しないスタイルもある。出版年を著者名の直後に位置させるスタイ ルもあれば、刊行物の名称の後に位置させるスタイルもある。一つの参考文献内における 要素間の区切りに、ピリオドを用いるスタイルもあれば、カンマを用いるスタイルもある。 このように様々な記述スタイルがある。 上の参考文献リストの記述スタイルは、出版年の配置位置に注目するならば「APA スタイル」 のグループに属するが、 「APA スタイル」自体ではない。そのことに関連する情報を示して おこう。 もし、APA スタイルに厳格に従うならば、著者名は苗字以外をイニシャルで書き、例えば Solow, R. M. と書くことになる。さらに学術雑誌に含まれる論文のタイトルは最初の文字だけ大文字と し、 Path dependence in aggregate output と書くことになる。学術雑誌のタイトルについては「Capitalize all major words in journal titles」となっており、タイトル中の大文字の使い方でもって「論文名」対「雑誌名」の 34 区別をする。 一方、私が属する経済学分野の学術雑誌では Solow, Robert M. Path Dependence in Aggregate Output は許されるのが普通である。さらに「論文名」対「雑誌名」の区別は「引用符(クォーテ ーションマーク)」対「イタリック書体」で行うスタイルが多い。 上の参考文献リストの記述スタイルは、「Solow, Robert M.」ではなく「Solow, R. M.」 を採用している点では APA スタイルと同じ、「Path dependence in aggregate output」で はなく「Path Dependence in Aggregate Output」を採用している点で APA スタイルと異な っている。「論文名」対「雑誌名」の区別を「引用符」対「イタリック書体」で行う点でも APA スタイルと異なっている。 7.その他 ここまではレポートや論文の「構成要素」に関する話であった。このセクションでは、そ れ以外のこと、例えば執筆の留意点について説明する。重要な留意点に焦点を置きつつ、 執筆の際に疑問が生じるような事柄についても説明する。 7.1 引用と意訳 引用(quotation)と意訳(paraphrase)の違いを説明する。どのような書き物であれ、書 くことに関する極めて重要な注意点になる。 (1)引用 他の著者が言っていることを、そのまま書き写すことは引用(quotation)と言う。引用の 場合は、あくまでも原文のままで示す。極論すれば用字の誤りを含め、そのまま書くべき である。 引用のスタイルは、短い引用か長い引用かで、次の 2 つがある。 引用の第1スタイルは短い引用、具体的には 1、2 行程度の短い引用に用い、引用部分をカ ギカッコ「 」でくくり、どこからどこまでが引用であるかを明確にする。文の末尾を自 分の表現に変える場合でも、原文のままのところをカギカッコに入れ、それから自分の表 現からなる末尾にする。 35 まず、短い引用において、著者名を文章の表に出す文献注の場合は次のようになる。 佐和(2003, p.82)は、「・・・・」と述べている。 引用の場合は、上の例で示すような形で引用ページも記載することが求められる。同じく 短い引用であるが、著者名を文章の表に出さない文献注の場合は次のようにする。 「・・・・」とする意見もある(佐和, 2003, p.82)。 なお、引用する文の中にカッコ「 」が使われている場合は、そのカッコを『 』に変え る。これは、参考文献リストの論文タイトル内にカッコが使われている場合と同様である ので、容易に理解できると思う。 引用文が読点(。)で終わっている場合に読点(。)をカッコ「 」内に入れるか否かに関 し、疑問が生じる。結論から言うと、最後の読点(。)はカッコ「 」内に入れない。次の ○の文と×の文とを比較してみよう。 ○ 「・・・・である」と主張している。 ○ 「・・・・である」。 × 「・・・・である。 」と主張している。 × 「・・・・である。 」 ○を付けた形式の方が自然である。×を付けた方については、第 2 例が間違っているとい う訳ではないが。 引用の第 2 スタイルは長い引用、具体的には 3 行以上の長い引用に用い、どこからどこま でが引用文であるかが視覚的に明確に分かるようにする。一般的には引用文全体を 2 文字 だけ右に引っ込めることが多い。さらに本文と引用文との間には 1 行の空白行を入れる。 長い引用文の例を示す。 日本の所得配分の不平等さが拡大した背景として佐和(2003, pp.82-84)は、次のように 述べている。 市場主義社会は優勝劣敗の社会である。工業化社会においては、すべてを市場にゆだ ねておいても、それなりに敗者復活の機会が用意されているし、所得格差もまたさほ ど拡大するわけではない。ところが、「ハイテク製造業とソフトウェア産業を車の両 軸とする」ポスト工業化社会においては、優勝劣敗どころか、弱肉強食の気配が濃厚 となってくる。敗者復活の機会はせばまるし、所得格差は途方もなく拡大する。(中 略)ポスト工業化社会では、富める者をますます富ませ、貧しい者をますます貧しく する、という格差を拡大させる力学が働く。九十年代のアメリカの歴史をふりかえっ てみれば、このことは紛れもない「事実」として確かめられるし、近年の日本におい ても、同様な傾きが認められるようになった。 不平等さが拡大したもう一つ理由としては、累進所得税制度における累進度の緩和がある。 36 長い引用文において、文献注を全て丸カッコ内に記載する場合は、次のようにすれば良い。 ・・・認められるようになった。(佐和, 2003, pp.82-84) つまり、引用文の最後の読点の後に丸カッコ付きの文献注を挿入する。 長い引用においては、その途中を省略する場合がある。その場合は丸カッコを用い、「(中 略)」といった形で中略したことを示す。また、用字の誤りを指摘するなど、短い自分のコ メントを長い引用文に挿入する場合も同様であり、丸カッコ内に自分のコメントを入れる。 また、引用文の一部分を強調するために傍点を打った場合も丸カッコを用い、 「(傍点筆者)」 などとして、そのことを示す。「傍点筆者」のコメントを、引用文中に入れるのか、引用文 外に配置するのかは適宜決めればよい。 長い引用文の中に段落があり、その段落を無視して文を続ける場合は、段落の場所にスラ ッシュ(/)を入れ、段落を表す。その例を示す。 ・・・である。/ それでは・・・ (2)意訳 引用に対し、他の著者が言っている内容を自分の言葉でまとめることは、意訳やパラフレ ーズ(paraphrase)と言う。 意訳の場合でも文献注を示す。文献注のスタイルは、いままでと同様である。したがって 意訳において、著者名を文章の表に出す文献注の場合は次のようになる。 佐和(2003)は、・・・・している。 ・・・・の部分が自分の言葉で書く部分である。ページも記載する場合は次のようにす る。 佐和(2003, pp.82-84)は、・・・・している。 意訳において、著者名を文章の表に出さない文献注の場合は次のようにすればよい。 ・・・・である(佐和, 2003)。 このような情報の詳しい内容は誰それの文献を参照してくださいといった感じで文献を示 したい場合には、この後者の形式が便利である。さらにページも記載する場合には次のよ うにすれば良い。 ・・・・である(佐和, 2003, pp.82-84)。 同一著者の複数の文献を文献注として書く場合は、例えば (見田, 1979, 1984) とする。異なる著者の複数の文献を文献注として書く場合は、例えば (奥田,1983; 倉沢編,1990; 高橋編,1992) 37 とする。このような形式は複数の文献の内容を総合的に自分の言葉でまとめた場合などに 便利である。 (3)文章の盗用に注意 引用のスタイルと共に文献注のバリエーションも示したので、混同しないようにして欲し い。特に注意すべきことは、引用しているにも関わらず、引用のスタイルを用いていない 場合である。これは文章の「盗用」になる。まず、引用と意訳とは異なることを認識する こと。引用の場合は必ず引用のスタイルを用いること。引用にせよ、意訳にせよ、その出 典(出所)を明記すること。このようなことが最小限の注意点になろうか。 (4)図表の借用 他人が作成した図表を借用した場合、それは引用(ないしは意訳)の一形態であるから、 その出典(出所)を明記することは当然の配慮になる。そのような出典の書き方は、図表 本体の後に「出典」といった項目タイトルを書き、それから出典元の情報を書く。項目タ イトルの書き方に関しては「出典)」「(出典)」 「出典:」といったバリエーションが見られ る。一方、出典元の書き方は、参考文献の書き方と同じにすればよい。他人の図表の一部 を変更した場合は、出典情報の後に、何をどのように変更したのかを書く。 なお、項目タイトルとしての「出典」対「出所(でどころ)」を比べた場合、書物(文字媒 体)からの借用・転載といった意味では「出典」の方が適切であろう。美術品を撮影した 写真など、書物(文字媒体)以外からの借用の場合は、「出典」よりも適用範囲の広い「出 所」を用いればよい。単純に「出所」で統一する考え方もある。 7.2 カッコ内にカッコを入れる場合の形式 (1)カギカッコの場合 カギカッコ内に別のカギカッコを入れる 2 重構造になる場合は、 「 『 』 」 で示す順に用いる。これは引用や参考文献のところでも説明したので、ここで繰り返すこ とでもないであろう。3 重構造になる場合は、 「 『 “ “ 』 」 で示す順に用いる。 (2)丸カッコの場合 丸カッコの場合はどうすれば良いのだろうか。丸カッコの中の細項目には山カッコ<>や亀 甲カッコ[]を用い、( < > )や( [ ] ) といった順序にする。その例を示しておこう。 38 (ロッキード事件<丸紅ルート>判決) (3)数式の場合 数式におけるカッコの順序は次のようになっている。 { [ ( ) ] } 7.3 強調したい語句 引用のカギカッコを説明したので、ついでに強調のカギカッコも説明しておこう。カギカ ッコは様々な目的や意図で使われるが、その一つは文中の一つのまとまりを浮き立たせる 場合に使われる。例えば次のような場合である。 「一貫した」 「十人十色」 「一日千秋」などの熟語は、漢数字で書く。 また、ある用語を別の意味で使う場合もカギカッコを使う。例えば次のような場合である。 社会における「幼児」だといえる。 このような場合、カギカッコは対象物を「浮き立たせる」働きがある。しかし、様々な状 況において「浮き立たせる」と「強調する」との区別は難しい。 ここでは「浮き立たせる」と「強調する」とを厳密に区別しないで話をすすめる。日本語 の文章において、ある語句を浮き立たせたり強調したりする場合には、その語句にカギカ ッコや傍点ルビを付ける。実際には次の数種類の装飾形式が見られる。 ・社会における「幼児」だといえる。 ・社会における“幼児”だといえる。 .. ・社会における幼児だといえる。 ・社会における幼児だといえる。 ・社会における<幼児>だといえる。 最後に示した山カッコによる強調は一般的ではないように思える。また、クオテーション・ マーク“幼児”は日本文では必要がない。さらに学術論文では、文章中の語句を強調する のに太字(ゴッチク)を用いないと言っても良いであろう。もちろん、タイトルには太字 (ゴッチク)を用いる。このような絞込みを行うと、日本語の論文において、一つの文の 中の語句や短い文節を浮き立たせたり強調したりする場合は、カギカッコまたは傍点ルビ を使うのが一般的であると言える。強調を含め、用途が広いといった意味で、カギカッコ が良く使われる。次の文を見れば明らかであろう。 なお、文章作成ソフト「ワード」において傍点ルビを付ける場合は、 「フォント」画面 の右下をダブルクリックして「フォント・ダイアログボックス」を表示する。フォン 39 ト・ダイアログボックスにおいて「傍点」へ入り、使いたい傍点を選ぶ。 一方、カギカッコや傍点ルビを用いるよりも広範囲、例えば一つの文全体を強調したい場 合は、アンダーライン(傍線)を用いる。一つの文全体に対してガキカッコを用いると、 強調のカッコなのか、引用のカッコなのかがハッキリしなくなる。このような場合は強調 のための装飾形式としてアンダーライン(傍線)を用いる。強調のアンダーライン(傍線) は、ここでも随所で使っているから、例を示すまでも無いであろう。なお、学術論文では、 強調のアンダーライン(傍線)を用いることは無いといっても良いであろう。 したがって結論としては次のようになる。日本語の学術論文において、一つの文の中の語 句や短い文節を浮き立たせたり強調したりする場合は、カギカッコを使うのが一般的であ る。カギカッコには多くの役割があるので、カギカッコだらけの文章にならないように留 意する必要がある。 また、文中でカギカッコが連続して現われる場合は句点(、)を用いないでガキカッコを続 ける。例を示しておこう。 ○「一貫した」「十人十色」「一日千秋」などの熟語は、漢数字で書く。 ×「一貫した」、「十人十色」、「一日千秋」などの熟語は、漢数字で書く。 ○の付いた方が正しい。 8. 資料の紹介 研究レポートや学術論文の書き方に関する資料を紹介する。「書き方のコツ」と「書き方の スタイル」といった 2 グループに分けている。 8.1 書き方のコツに関する資料 研究レポートや学術論文の書き方は様々な人々が書いているが、本当に役立つ資料は意外 に少ない。次の資料は英語で書かれたものであるが、非常に役立つ。 Cochrane, John H. (2005) “Writing Tips for Ph. D. Students” http://faculty.chicagobooth.edu/john.cochrane/research/papers/phd_paper_writing.pdf これは博士課程の学生を対象とし、論文を書くときの助言として書かれたものである。参 考までに冒頭の「構成」となっているセクションを要約しておこう。論文の構成に関する 助言が書かれている。 40 自分の論文に関し、一つの中心的・ノーベル賞的な貢献を見つけ出しなさい。それを一つ のパラグラフに書きなさい。それは具体的であるべきであり、「興味深い多くの結果を見つ けた」といったようなのはダメである。一つの中心的な貢献を見つけ出すことは、考える ことを要求し、しかも苦痛を伴うが、それを成し遂げたならば論文を書く際に多いに役立 つ。それは読者が論文の眼目・要点を素早く理解するのに役立つ。 読者は飛ばし読みをするものであり、最初から終わりまで論文を注意深く読むような人は いない。したがって論文の構成は、最も重要な部分を最初にもって来て、それから細部や 背景の説明へ移っていくべきである。全てでないが、ほとんどの学生は、逆の間違ったこ とを行う。論文においても、研究発表においても、前口上が長々と続き、最も重要なこと を最後に持ってくる。 8.2 記述スタイルに関する資料 参考文献リストの書き方を含め、論文を書く場合の形式上の注意事項は、例えば次のイン ターネット上の資料を参考にすると良い。 日本社会学会(1999)「社会学評論スタイルガイド」, http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide.php. 参考文献リストについては、既に述べたように様々なスタイルがあるので、スタイルガイ ドのとおりに書かなければならないと言ったものではないが、スタイルガイドに忠実に従 うぐらいで良い。上に例示した資料には、様々な記号の使い方、引用の仕方など、論文を 書く上で役立つ情報が豊富に示されている。 41 付録 A 国際的な参照文献の記述スタイル 以下の情報は興味深いと考え、科学技術振興機構(2007, p.31)から転載することにした。 科学技術振興機構編(2007)「参照文献の書き方 科学技術情報流通技術基準 (SIST)」, http://sti.jst.go.jp/sist/pdf/SIST02-2007.pdf. 注)「SIST」は「科学技術情報流通技術基準」の略称である。 (転載開始) 付録:国際的な参照文献の記述スタイル 現在国際的に広く用いられている参照文献の記述スタイルとその制定団体、主に使用さ れている分野には次のようなものがある。 (1) NLM (MEDLINE) スタイル1)2) (2) ACS スタイル3) (3) IEEE スタイル4) (4) APA スタイル5) (5) MLA スタイル6) 米国国立医学図書館 アメリカ化学会 米国電気・電子技術者協会 アメリカ心理学会 米国現代言語協会 生医学分野 化学分野 工学分野 学際分野 人文・社会科学分野 これらのスタイルの書誌要素の記述の順序と記述形式をSISTで推奨するスタイルと合わ せて、雑誌論文 (英文) に関して比較すると下表のようになる。 スタイ ル種別 NLM 著者 発行年 標題 誌名 発行年 巻 号 発行年 ページ author title Journal title 2005 25 (3) 21-33 ACS author title 2005 25 (3) 21-33 IEEE author "title" APA author Journal title journal title journal title MLA author "title" SIST02 完全形 SIST02 簡略形 author title author title (2005) title journal title journal title journal title vol.25 pp.21-33 25 (3) 25 3 2005 vol.25 no.3 p.21-33 2005 25 (3) p.21-33 発行年 2005 21-33 (2005) 21-33 以下に雑誌論文の国際スタイルによる記述例と特徴を示す。 (1) NLM スタイル Andersson FI, Blakytny R, Clarke AK. Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays 42 intrinsic chaperone activity. J Biol Chem. 2006 Mar 3;281(9):5468-75. (著者の姓以外はイニシャルのみで,イニシャル間の区切りはない。雑誌名略記のピリオド は記載しない。書体は指定しない。ページ数は省略スタイル。) (2) ACS スタイル Andersson, Fredrik I.; Blakytny, Robert; Clarke, Adrian K. Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays intrinsic chaperone activity. J. Biol. Chem. 2006, 281(9), 5468-5475. (発行月日については説明なし。雑誌名と巻数はイタリック,発行年は太字。) (3) IEEE スタイル F. I. Andersson, R. Blakytny and A. K. Clarke, "Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays intrinsic chaperone activity," J. Biol. Chem., vol. 281, pp. 5468-5475. Mar. 3, 2006. (著者名は倒置しない。vol. を使用,号については説明なし。タイトルは引用符で囲む。 発行年月日は最後。) (4) APA スタイル Andersson, F. I., Blakytny, R., & Clarke, A. K. (2006). Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays intrinsic chaperone activity. J. Biol. Chem. 281(9), 5468-5475. (発行年は著者名の後。雑誌名と巻数はイタリック。) (5) MLA スタイル Andersson, Fredrik I., Blakytny, Robert, and Clarke, Adrian K. "Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays intrinsic chaperone activity." Journal of Biological Chemistry 281(2006): 5468-75. (タイトルは引用符で囲む。雑誌名には下線を引く。発行年は巻数の後。ページ数は省略ス タイル。) (6) SIST02 スタイル Andersson, Fredrik I.; Blakytny, Robert; Clarke, Adrian K. Cyanobacterial ClpC/HSP100 protein displays intrinsic chaperone activity. J. Biol. Chem. 2006, 281(9), p. 5468-5475. (ページ以外の項目は多数派と同じスタイル。) (転載終了) 43 付録 B 作文技術 1.はじめに 日本語の作文技術に関し、レポートや論文を書く際に役立つと思われる幾らかのポイント を紹介する。私が文章を書く際に役立った感じたポイントに限定する。そして最後に、こ の種の本で特に役立った 2、3 の本を紹介する。 2.作文技術のポイント 2.1 現在形で書く 文章は過去形よりも現在形の方が読者に「臨場感」を与えるので、現在形を基本とするの が良い。内容によっては過去形にしなければならない場合もある。しかし、研究でしたこ とは過去であっても、現在形で書くことができるところは現在形で書いて臨場感を持たせ るようにする。文章全体が過去形であると臨場感に欠ける。 2.2 日本語の語順に関する特徴 英語や中国語などの言語は主語・述語・目的語といったように語句の順序が決まっている。 これに対して日本語の特徴は、述語が文末にくる点は決まっているが、いわゆる主語や目 的語といった他の語句は自由に順序を変えることができる。 したがって修飾する側の語句の順序によっては、わかりやすい文になったり、誤解するよ うな文になったりすることがある。まず、形容句や形容詞といった句と詞については、 「句を先にし、詞は後にする」といった第 1 のルールがある。「長い修飾語ほど先にし、 短い修飾語を後にする」といった第 2 のルールもある。これら 2 つのルールは次のように 統一できる。 ・長い文の単位は先にし、短い文の単位を後にする。 「文の単位とは」といった議論をすると、長くなるのでしないが、ここでの内容では次の ように理解しておけば良い。意味的にまとまりがあり、同じ文の他の場所へ移動可能なま とまりが、文の単位である。とやかく言うよりも、下に示す例を見るのがよい。要は、こ のようなルールに従って文を書くと、誤解が生じにくく、わかりやすい文になるという点 である。 ここに紙が一枚あるとし、これを形容する修飾語をいろいろ並べてみる。 44 ・白い紙 ・横線の引かれた紙 ・厚手の紙 これら三つの修飾語を、ひとつにまとめて「紙」にかかる句をつくるとき、順序はどうす ればいいだろうか。次の三文を比較してみよう。 ・白い横線の引かれた厚手の紙を使う。 ・横線の引かれた白い厚手の紙を使う。 ・横線の引かれた厚手の白い紙を使う。 第 2 文と第 3 文では「白い」が「紙」を修飾し、「白い紙」であることがハッキリしてお り、誤解を招くことはない。これに対して第1文では「白い」が「横線」を修飾し、「横 線が白い」と読み取ってしまう誤解をまねく。したがって「横線の引かれた」という形容 句を先にし、「白い」や「厚手の」といった形容詞を後にもってくるのが良い。 次は「紹介した」という動詞にかかる修飾語を考えてみよう。 ・A が紹介した。 ・私がふるえるほど大嫌いな B を紹介した。 ・私の親友の C に紹介した。 長い修飾語の順に並べるというルールに従うと、次の文になる。 ・私がふるえるほど大嫌いな B を私の親友の C に A が紹介した。 これが最も自然で、誤解のうけることの少ない語順である。このようなルールを無視する と次のような文になる。 ・A が私がふるえるほど大嫌いな B を私の親友の C に紹介した。 ・私の親友の C に A が私がふるえるほど大嫌いな B を紹介した。 先の文に比べて不自然であり、誤解をまねきかねない。 同じような長さの修飾語が複数ある場合は、どうすれば良いのだろうか。「大状況・重要 内容ほど先にもってくる」といった第 3 のルールがある。これは例文を示すまでもなく常 識的に理解できるであろう。 上の幾つかの例文で示されたように、修飾する側の語句の順序によっては、わかりやすい 文になったり、誤解するような文になったりすることがある。したがって語順に注意をは らい、誤解のないような文章を心がける。その際には前述のルールが役立つ。 2.3 カナと漢字は交互に カナと漢字とが交互に出てくるように文を書くと、視覚としての言葉の「まとまり」がつ 45 かみやすく、読みやすくなる。漢字がぎっしりと詰まっているような文章は読みにくい。 名詞や動詞に漢字を使い、接続詞などはカナにし、漢字とカナとが交互になるようにす る。 例えば「いま」と書くのか「今」と書くのかは、その状況によって異なる。前後に漢字が つづけば「いま」とすべきであり、ひらがなが続けば「今」とすべきである。「わたし」 と「私」の場合も同じである。 その一方で、 「A 君の言ったとうりである」対「A 君のいった通りである」といった場合は、 どのようにすれば良いのか戸惑うことがある。このような場合、一般論や抽象的な言い回 しのときはかな書き、具体的な場合や意味のときは漢字にするのが普通である。具体例で 見ていこう。 表 B1 「かな」対「漢字」の使い分け 言葉 いう よぶ とおり ところ もの こと とき かな書きをする場合 リンゴという果物は健康によい。 名門とよばれる大学 歴史が示すとおりである。 そういうところが好きである。 それは綺麗なものであった 思うことは多い。 ああいうときは、ドキドキする。 漢字を使う場合 「それはないでしょう」と A 君が言った。 「研究室に来い」と呼ばれる。 駅前通りを歩く。 ゴミを出す所が明確でない。 部屋にある物を整理する。 A 君が乱暴した事が問題である。 話し始めた時、ブザーが鳴った。 2.4 ハとガの違い 日本語の「ハ」と「ガ」は異なった働きを持っており、適切に使い分けること。「ハ」と 「ガ」の使い分けの問題は、専門家の間でも長いあいだ議論され、いまだ完全には決着を みていない。しかし、細かい点では意見が分かれるにしても、大筋では一致を見ている部 分が多いようだ。いろいろな使い分けのケースや説明の仕方が存在するようだが、それら を列挙しても覚えきれない。たぶん次のポイントを押さえるだけで十分である。ここで述 べるハとガの基本的な違いは大野晋(1999)『日本語練習帳』に基づく。 「ハ」は前後にくる 2 つの情報をハのところで一旦「切る」心理が働く。「A は B」という 構文においては、A と言うものについて述べれば、B であるといった心理状態が働いている。 ハの前後にくる 2 つのものを「問」と「答」にして「問答の形式」で考えてみよう。ハで もって問を提示したところで、いったん文を「切り」、それから答を提示する心理状態に なっている。 46 これに対して「ガ」は前後にくる2つの情報を「くっつけ」たり、「ひとかたまり」にす る。「A が B」という構文においては、A と B とを単に「くっつけ」たり、「ひとかたまり」 にする心理が働いている。このように「接着剤のような役割」が、日本語のガの基本的な 性質である。 このような「ハ」と「ガ」の基本的な違いを理解した上で、次の文を比較すると、ハとガ の違いがよく理解できる。 ・インドのナラシマ・ラオ外相は 17 日午後 6 時前、大阪空港着の日航機で来日した。 ・インドのナラシマ・ラオ外相が 17 日午後 6 時前、大阪空港着の日航機で来日した。 ・花は咲いていた。 ・花が咲いていた。 ・鍵は見つかった。 ・鍵が見つかった。 したがって「ガ」とすべきところを「ハ」にすると、次のような変な文が生まれる。 ・鍵は見つかったので私は喜んだ。 これは次のような文にした方がよい。 ・鍵が見つかったので私は喜んだ。 この文では「鍵が見つかった」ことが「ひとかたまり」になっている。 最後に次の 2 文を考えてみよう。 ・象は鼻が長い。 ・象の鼻は長い。 第1の例文「象は鼻が長い」では、「象というものは」といった形で題目を提示し、それ から「鼻が長い」といったひとかたまりの「答え」を述べている。既に述べたことである が、「鼻が長い」では「鼻」と「長い」をガで「くっつけ」、一つの「まとまり」にして いる。 第 2 の例文「象の鼻は長い」では、「象の鼻というものは」といった形で題目を提示し、 そこでいったん文を切り、それから「長い」という答えを提示している。 2.5 方向を示すニとヘの違い 方向を示す「ニ」と「ヘ」も、どのように使い分けるのか戸惑うことがある。「ニ」は対象 や到着点を示し、「ヘ」は方向を示す。 「東京に行く」といった場合は、横浜でも、箱根でもなく、「東京に」の意味がこめられて 47 いる。一方、 「東京へ行く」といった場合は、「東京方面へ行く」といった漠然としたイメー ジが強まる。 3.作文技術の参考文献 作文技術に関する本はたくさん存在する。私が読んだ本の中で、特に役立ったものを紹介 しておく。 上に記載したような作文技術の内容が次の推薦文献に書かれている。 推薦文献(1):本多勝一(1982)『日本語の作文技術』朝日文庫 ISBN 4-02-260808-0 定価430円. 上の本が入手できない可能性もあるので、次の本も紹介しておこう。 推薦文献(2):本多勝一(1994)『実戦・日本語の作文技術』朝日文庫 ISBN 4-02-261053-0 定価 560 円. 日本語のハとガの基本的な違いは本多(1982, 1994)にも説明されているが、ここでは次 の本を参考にした。 推薦文献(3):大野晋(1999)『日本語練習帳』岩波新書 ISBN 4-00-430596-9 定価 700 円. おわり 48
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