宮内委員御提出資料(PDF:127KB)

第 8 回審査基準専門委員会 WG
2016 年 1 月 13 日
審査基準改訂案および期間延長制度に対する意見書
日本製薬工業協会
知的財産委員会
1.審査基準改訂案について
(1)特許期間延長登録出願の登録要件について、現行審査基準では、特許発明のうち処分の対象
となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲が先行処分によっ
て実施できたかどうかで判断される。すなわち、特許権の延長制度として特許発明の観点から
審査が行われてきた。
(2)しかし、最高裁判決(2015 年 11 月 17 日判決)では、現行審査基準の登録要件は否定され、
先行処分と出願理由処分について医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項を比較
することにより判断することが現行法の解釈とされた。そして、この解釈を事案(アバスチン
事件)に適用するにあたり、医薬品の成分を対象とする物の発明ついて、医薬品としての実質
的同一性に直接関わる審査事項は、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果であると
した。
(3)今回の審査基準改訂案は最高裁判決が示した判断基準に従い、薬事処分の比較という観点か
ら審査を行うものである。
(4)審査基準改訂案によれば、先行処分と出願理由処分において、医薬品の「成分、分量、用法、
用量、効能及び効果」
(6 要素)を比較し、これらに異なる点があれば延長登録の要件を満たす。
すなわち、これら 6 要素について一部でも異なる処分であれば同一特許権であっても何度でも
延長登録されることになる。改訂案では登録要件が処分単位(6 要素)にまで細分化されると
いっても過言ではない。
(5)これに伴い、現行審査基準では登録要件を満たさないとして拒絶される延長登録出願であっ
ても、今回の審査基準改訂案に従えば要件を満たす案件が増えるなど、延長登録出願の運用に
大きな影響を及ぼすことになる。また、延長された特許権の効力の及ぶ範囲の解釈についても
今まで以上に不明確な状態となることが予想される。
(6)今回の審査基準改訂案は現行法(特許法第 67 条の 3 第 1 項第 1 号)を解釈した最高裁判決
に基づくとされるが、登録要件が処分単位にまで細分化されることは医薬品産業にとって歓迎
できるものではない。むしろ、製薬協知財委員会は、以下に述べるとおり今後の医薬品産業の
発展を阻害する可能性があるのではないかと危惧している。
2.審査基準改訂案が運用された場合に発生する問題点(現行法の課題)
以下、審査基準改訂案が運用された場合に発生する(または発生することが懸念される)問題点
を示す。
(1)これまで拒絶されてきた(または拒絶されるとして出願しなかった)種類の処分について延
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長登録出願が登録可能になるが、過去の処分について遡及的に延長登録を取得することができ
ないなど、過去 20 数年間の運用が法改正もなく切り替わるため、法的安定性を著しく欠く運
用変更といわざるを得ない。
(2)登録要件が処分単位にまで細分化されることに伴い、延長登録出願の件数が著しく増加する。
延長登録出願を行なう権利者の負担、出願を審査する特許庁の負担、先発企業の権利状況をモ
ニターするジェネリック企業の負担が増大する。
(3)同一の特許権(特に有効成分の物質特許)に処分ごとに異なる長さの延長登録が複数設定さ
れることになり、特許権の効力の及ぶ範囲と医薬品の保護期間が極めて不明確となる。
(4)新薬の初回処分(薬機法第 14 条 1 項)で付与される延長期間と比較して、一部変更処分(薬
機法第 14 条 9 項)では延長対象となる期間が短くなり易く、早期に特許期間が満了する。例
えば、有効成分以外の成分の変更やその分量について一部変更処分を行う場合には延長期間が
1 年に満たないこともある。
(5)短い延長期間が満了した処分から順に後発品の一部効能承認が発生する可能性がある。現状、
一部効能承認とは特許権の残存する効能効果を除いて特許権の満了した効能効果についての
み後発品が承認されることをいうが、今回の審査基準改訂案の下では、効能効果のみならず、
成分、分量、用法、用量の違いまで細分化された一部効能承認が懸念される(後発承認の運用
に依存)
。
(6)物質特許(有効成分)について処分ごとに異なる長さの延長登録が処分の数だけ設定される
ことになれば、後発品の参入時期の予測が困難になり、先発企業・ジェネリック企業ともにビ
ジネスの予見性が著しく低下する。
(7)後発品が一部効能承認を受けて市場参入すると先発品の薬価が大きく引き下げられる。この
とき、特許期間が満了した品目だけでなく銘柄全体の薬価が引き下げられることになる(薬価
制度の運用に依存)
。例えば、ある銘柄に 5mg 錠、10mg 錠(初回処分、延長 5 年)及び 20mg
錠(追加処分、延長 2 年)の 3 品目があり、延長期間が満了した 20mg 錠に後発品の一部効能
承認が認められると、20mg 錠だけでなく 5mg 錠、10mg 錠についても薬価の引き下げを受ける
ことになる。
(8)アバスチン事件の知財高裁大合議判決に傍論として記載された見解によると、用法・用量を
変更した一部変更処分について延長登録が認められることの反射効として、一部変更処分で延
長された特許権の効力はその用法・用量により制限を受けると解釈される可能性がある。仮に、
この解釈が初回処分で延長された特許権(有効成分の物質特許)の効力にも適用され、特許権
の効力が初回処分の用法・用量で制限を受けるとすると大きな問題である。
(9)先発企業は初回処分で延長された物質特許を用いて、早期に参入した後発品を排除するため
特許権侵害訴訟を提起することになる。延長された特許権の効力(特許法第 68 条の 2)をめぐ
り先発企業とジェネリック企業の間で特許訴訟が頻発することになる。
(10)特許訴訟の結果、早期参入した後発品の製造販売が差し止められることになると、後発品
の安定供給に支障をきたし医療現場に混乱が生じることになる。
(11)知財高裁大合議判決の傍論で効力が及ぶと記載された均等物や実質的に同一とされる物の
範囲は明確ではないが、仮に、延長された特許権の効力として、およそ処分単位(6 要素)に
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相当する延長効力しか認められないということになれば、延長制度導入の目的であった、新薬
の研究開発のために侵食された特許期間が十分に回復されない制度となり、延長制度の空文化
となるに等しい。
(12)延長された特許権の効力は、延長制度の導入当初より有効成分と効能効果の単位で及ぶと
考えられてきたが、
(3)と(11)で述べたとおり、今回の登録要件の細分化や知財高裁大
合議判決の傍論により特許権の効力の及ぶ範囲が不明確となった。
(13)物質特許(有効成分)について有効成分単位で特許権の効力が付与される欧米の延長制度
と比較して極めて異質な審査基準である。我が国で有効成分の物質特許の効力が不十分になる
と、新規有効成分医薬品の研究開発のインセンティブを低下させることになり、画期的な新薬
の研究開発力の停滞にも繋がりかねない。新薬の開発数が少なくなればジェネリック企業のビ
ジネス機会も失われることになる。このような延長制度では国内市場を基盤とする国内製薬産
業の発展を阻害し、我が国の製薬産業の国際競争力の低下に繋がりかねない。
(14)新薬の研究開発の促進のために導入された延長制度の趣旨に反し、産業の発展に寄与する
という特許法第 1 条の法目的にも合致しない。延長制度が導入された頃に、薬事法第 1 条の法
目的にも「医薬品等の研究開発の促進」が追加されたことを忘れてはならない。特許権の延長
制度は、特許法および薬事法の両法の法目的に合致するよう適切に運用されなければならない。
なお、上記には延長された特許権の効力に関連した懸念事項も含まれるが、これらは知財高裁大
合議判決(2014 年 5 月 30 日判決、アバスチン事件)に傍論として記載された見解が採用された場
合に懸念される事項であり、そのような見解が現実のものとなるか否かは実際の侵害事件における
裁判所の判断を待たざるを得ない。
3.審査基準改訂案に対する製薬協の意見
(1)製薬協にとって今回の審査基準改訂案は到底満足できるものではないが、少なくとも最高裁判決
に記載された考え方に従い、基準改訂案の修正を希望する。具体的には、下記の通り、薬事制
度の運用にも配慮して、医薬品としての実質的同一性が判断されることを希望する。
(2)修正提案
① 医薬品としての実質的同等性は、審査基準案に示された 6 要素を基本的な事項としつつ、対
象処分の医薬品に適用された薬事制度上の運用にも配慮して判断する。
② 例として、生物学的同等性を満たすことを条件に認められる薬事処分は、6 要素の一部に違
いがあるという理由のみで登録要件を満たすと判断しない。すなわち、医薬品として実質的に
同一であるとして拒絶理由の対象とすることができる。
③ ②の拒絶理由に対して、出願人が先行処分と出願理由処分の相違点を説明し、医薬品として
実質的に同一でないことを主張した場合、拒絶理由を解消することができる。
(3)修正提案が適用される事例
現行の医薬品医療機器等法において、医薬品としての実質的同等性について規定した条文は
認められない。しかし、以下に示す事例は、基準改訂案が実質的同一性の判断基準として挙げ
た 6 要素の一部について処分間に変更点があるにもかかわらず、薬事制度の運用として実質的
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に同等の医薬品として承認されるものである。
(事例1)
製剤成分またはその分量のみを変更する一部変更処分(薬機法第 14 条 9 項)において、先
行処分と有効成分、その分量、用法、用量、効能、効果が同一である場合、処分間で生物学的
同等性を示すことにより一部変更処分が認められる(後発品の処分と同様)
。
(事例2)
有効成分の分量を追加する処分(薬機法第 14 条 1 項)において、先行処分として 10mg 錠の
処分があり、用量・用法として 1 日 1 回 10mg または 20mg(10mg 錠 2 個)での使用が認められ
ていた場合、患者の服薬利便性を改善するために 20mg 錠の追加承認を取得することがある。
そのとき、10mg 錠 2 個を服用したときと 20mg 錠 1 個を服用したときの生物学的同等性を示す
ことにより有効成分の分量を追加した品目の処分が認められる。
(4)修正提案の根拠
最高裁判決は、医薬品の成分を対象とする物の発明について、先行処分と出願理由処分の対
象が「医薬品としての実質的同一性」を満たさないことの必要条件として、6 要素の相違を提
示しているに過ぎず、6 要素の一部の相違を「医薬品としての実質的同一性」が満たされない
ことの十分条件としては示していない。審査基準改訂案が、6 要素の一部に相違があるという
形式的な理由のみで登録要件を満たすと判断することは、最高裁判決の解釈として妥当ではな
いと思われる。
(5)結論
修正提案の通り、医薬品としての実質的同等性は、審査基準案に示された 6 要素を基本的な
事項としつつ、対象処分の医薬品に適用された薬事制度上の運用にも配慮して判断されるべき
と考える。
(6)なお、今回の審査基準改訂案は、上記の修正が反映されたとしても、製薬協にとって到底満
足できるものとはいえない。従来とは全く考え方の異なる審査基準であり、法改正もなく、こ
のように大きな運用変更が行われると、先に述べたとおり多くの弊害が発生することが予想さ
れる。新薬の研究開発の促進、国内製薬産業の発展のために導入された延長制度であるが、も
はや製薬産業の発展に貢献するとは言い難い状況となる。そして、このような状況が生じるの
は現行法の規定に課題があると結論せざるを得ない。
4.法改正の要望および裁判所に対する期待
(1)特許期間延長制度は、新薬の研究開発にインセンティブを与え、国内製薬産業の発展に寄与
することを目的として導入された。本制度により国内製薬企業による医薬品の研究開発が活性
化され、世界に通用する新薬が数多く創製された。また、新薬の特許期間が満了した後にジェ
ネリック企業が市場に参入するためのビジネス環境を提供するなど、国内製薬産業の発展と国
際競争力の強化に大きく貢献してきた。
(2)しかし、今回の最高裁判決に従い審査基準が改訂されると、登録要件が処分単位(6 要素)
まで細分化されることに伴い、多くの問題点が発生することが予想される。特に同一特許(有
効成分の物質特許)に複数の延長登録が設定され、延長された特許権の効力の及ぶ範囲が今ま
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で以上に不明確になる点は、先発企業にとってもジェネリック企業にとっても共通の懸念事項
と思われる。そして、今後もこのような不適切な状態が続くと、国内製薬産業の発展を阻害し、
期間延長制度が導入された本来の目的を達成できないことになる。
(3)そこで、製薬協知財委員会は、現行法の課題を修正するため、関係諸団体および行政機関が
連携して、直ちに法改正に着手することを要望する。
(4)なお、侵害事件を審理する裁判所に対して、現行法の下で延長登録された特許権の効力につ
いては、延長制度の導入趣旨に合致するよう、特許発明の種類、処分の内容など事案の事実関
係に基づいて判断されることを期待する。
以上
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