エチレンプラントの遠心鋳造管 HK40 における浸炭部

溶接管理技術者の体験紹介
エチレンプラントの遠心鋳造管 HK40 における
浸炭部の溶接補修
新興プランテック株式会社
榎 本
徹
1.概
要
当社は、国内・国外に於いて、石油精製プラント、石油化学プラント、医薬品プラント及び食品原
材料プラントなどの建設、改造、メンテナンスを実施するエンジニアリングと工事の専業メーカーで
す。ある年に、東南アジアにエチレンプラントを有する日系の現地法人より老朽化したプラントのメ
ンテナンスと改造工事の依頼が有り、当社では基本設計を含むフィード業務から工事完了迄を一括ラ
ンプサム契約で請け負うことになった。
エチレンプラント設備ではあるが、改造工事は基本としてスクラップ&ビルドになり、プラント新
設のエンジニアリング技術を応用することが可能である。顧客の予算の関係から、エチレンプラント
の最上流部であり、プラントの中枢を担うナフサ分解炉に関しては、原料と分解ガスを通すためのチ
ューブ(輻射管、外径 125mm)の不良部位のみ部分更新するに留まった。
2.エチレンプラントの分解炉の構造
石油化学工業において、熱分解反応は化学製品の原料を得るために重要な役割を有している。原料
である炭化水素(エタン、プロパン、ナフサ、ガスオイルなど)を熱分解させる分解炉で常圧に近い圧
力で高温短時間に熱分解を行い、合成樹脂、合成ゴム、合成繊維などの原料として重要なエチレン、
プロピレンの他、ブタジエン、BTX を大量に生産することを目的とした装置である。分解炉の構造
の一例を図1に示す。分解炉は、対流部、輻射部、輻射部の直後に設置される急冷熱交換器により
構成されている。原料である炭化水素は、輻射部で 0.1~0.3MPa の低圧、800~950℃の高温条件下で
非常に短時間内に分解される。
a) 対流部
原料と水蒸気の混合ガスであるフィードガスを 550~650℃程度に予熱する。
b) 輻射部
対流部で予熱されたフィードガスは、管外からの輻射熱で 800~950℃に加熱される間に熱分解
によって分解生成物を得る。
c) 急冷熱交換器
熱分解が終了した後の過分解を防ぐため、反応ゾーンの直後で分解ガスを急冷する。
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表 1 分解炉の構造例
このチューブは、35Ni-25Cr-0.4C 系の遠心鋳造管で、検査の結果、寿命の時期に近く、部分補修工
事は困難を極めることが予想された。そこで、プラント改造プロジェクトとは別に、チューブ補修の
チームを編成し、非常に難しい遠心鋳造管の補修計画に取り組むことになった。チームには、溶接技
術部、材料技術部から WES 特別級の有資格者が参加し、私を含めて 3 人で計画業務を開始した。既
にエチレン改造プロジェクトはスタートしており、チューブ補修工事に使える時間は多くなかった。
3.分解炉輻射管用材料
エチレン分解炉の輻射管は高温強度及び耐浸炭性が要求される。代表的な材料を表 2 に示す。
表 2 分解炉輻射管用材料(例)
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4.分解炉輻射管の経年損傷による補修の必要性
輻射管は、管外からの輻射熱により、金属表面温度は約 1050~1100℃に加熱され、原料であるフ
ィードガスの熱分解に伴う炭素の析出による浸炭やクリープ損傷が生じる。特に浸炭は、輻射管の寿
命を決定する最も重要な因子である。浸炭は①炭化水素の分解に伴う炭素の析出、②析出した炭素の
管内表面への付着(コーキング)、③付着した炭素の材料への内部拡散の過程により生じる。浸炭が
生じることにより延性、じん性が低下すると共に、熱膨張率が大きく変化する。そのため、昇降温過
程での熱応力により割れを伴う損傷が生じることがある。浸炭及びその他の損傷による装置のトラブ
ルを未然に防止するため、輻射管は、計画的に検査が行われ、検査結果に基づき取り替え補修工事が
行われている。
5.プロジェクトでの問題の発生
私がチームリーダー役を務めることになったチューブ補修工事であるが、設備検査部門の報告で、
以下の様な技術的問題点が顕在化した。
(1) チューブは製造中止になっており、顧客のストック分しか利用出来ないが、全面取替には不
足する。
(2) 当社のラボでサンプルを分析した結果、チューブには浸炭の傾向が見られ、溶接には適さな
い状態。
(3) 新設時の溶接施工要領書(WPS)に従うと、初層溶接時に割れを発生する可能性が有り、新
たに補修用の WPS と溶接施工法承認記録(WPQR)を作成する必要がある。
(4) 遠心鋳造管を溶接できる現地の溶接士が見当たらない。
上記の理由でチューブの補修計画は、日本の当社溶接センターで行う必要があった。このため、チ
ューブ補修チームで以上の問題を解決することになった。
6.問題解決に向けて
まずは、チューブの劣化対策を浸炭に絞り込んだ。現場の状況と工期から勘案し、溶接性の回復が
期待される固溶化熱処理は見送ることにした。チューブ磁性を調査すると、浸炭の著しい箇所と比較
的健全な箇所に分類が可能であることが判明したため、部分更新の溶接箇所は磁性の低い値を示す場
所(浸炭していない箇所)に限定した。溶接時の割れ問題は、チューブ材料メーカーの推奨によって、
図 2 に示すようなジグを使用してチューブ開先に圧縮を掛けることで解決した。そのため、開先形
状はルートギャップゼロの U 開先とした。
Ar シールドの TIG 溶接を用いるが、バックシールに O2 が混ざると溶接不具合が発生する。チュー
ブ内部が完全に Ar ガスに置換されたことを確認するため、酸素濃度計を改造して用いた。経験豊富
な溶接士を配員することが難しいために、自社工場の本工からベテラン数人を選出して、補修チーム
の一員とした。サンプル材を元にして補修溶接の WPS と品質計画書を作成し、エチレンプラント改
造工事に着手した。
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図 2 チューブのフィッチィングジグ(圧縮力の付与が期待できる)
7.おわりに
厳しい工期ではあったが、エチレンプラントの改造工事と旧型ファーネスの既設チューブ補修工事
を無事に完了した。顧客からは、チューブ補修の施工要領と手順は弊社特許か?との質問を頂戴した
が、WES 溶接管理技術者のアイデアによるものであることを説明した。
8.今後の問題点
設計寿命を大幅に過ぎているプラントは多い。今後は、新設当時の溶接計画がそのまま適用出来な
い事例も大幅に増えるものと考える。溶接技術に携る者としては、リスク基準型検査(RBI:RiskBased Inspection)の考え方を基本とした維持規格の整備に期待を寄せるものである。
<略歴>
榎本
徹(えのもと
てつ)
工学部工業化学科
溶接管理技術者特別級
1979 年
東海大学
1979 年
新潟工事株式会社(現在の新興プランテック株式会社)入社
技術部技術開発グループ
卒業
配属
1983 年
千葉事業所プロジェクトグループ配属
1997 年
検査部
1999 年
品質保証部
総務部
検査グループグループマネージャー
品質保証グループ
総務グループ
配属
グループマネージャー
配属
環境担当マネージャ(兼務)
2005 年
品質安全本部プロジェクト審査部
2011 年
工務本部プロジェクト審査部
部長
次長
配属
配属
現在に至る
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