四 年 は ま さ に バ ブ ル 経 済 に 浮 か れ 始 め た 頃 で し 1971年6月23日の朝日新聞記事 仏 暦 二 五 六 〇 年 平 成 二 八 年 住 職 再 拝 丙 申 歳 皆 様 の 一 年 が 平 安 で あ り ま す よ う に 。 「 こ れ が こ よ な き 幸 せ で あ る 」 ス ッ タ ・ ニ パ ー タ 自 ら は 正 し い 誓 願 を 起 こ し て い る こ と 、 仏暦2560年 ○ 適 当 な 場 所 に 住 み 、 あ ら か じ め 功 徳 を 積 ん で い て 、 ○ や が て 死 す べ き 命 、 今 あ る は 有 り が た し 。 ダ ン マ ・ パ タ 「 気 を 付 け る こ と 」 で あ る 。 ○ 世 の 中 の 苦 悩 の 流 れ を せ き 止 め る も の は そ の 中 に 左 記 の 切 り 抜 き が あ り ま し た 。 そ れ は 大 阪 千 て き ま す 。 地 価 の 高 騰 が 抑 制 さ れ る と さ れ た 八 為 に な る こ と 、 善 い こ と は , 実 に 極 め て 行 い 難 い 。 思 い 出 さ れ 、 感 慨 深 い も の ば か り で す 。 護 、 領 土 、 難 民 、 テ ロ な ど 問 題 は 次 か ら 次 へ と 出 ○ 善 か ら ぬ こ と 、 己 の 為 に な ら ぬ こ と は 行 い や す い 、 沖 縄 返 還 、 ソ ビ エ ト 崩 壊 な ど 、 歴 史 上 の 重 要 な 出 来 事 が ま し た 。 P M 2 5 、 温 暖 化 、 少 子 化 、 格 差 社 会 、 介 ・ た 。 「 な ん や ! 全 部 外 れ と る や ん ! 」 と 、 そ う 思 っ ( 里 で 万 国 博 覧 会 が 開 催 さ れ た 翌 年 の 昭 和 四 六 年 一 九 ) 七 一 年 に 知 識 人 四 千 人 が 予 想 し た 「 三 〇 年 間 で こ う な ご 参 考 に 「 お 釈 迦 さ ま の 言 葉 」 : 丙申(ひのえさる)歳 復 、 一 ㌦ が 三 〇 八 円 に な る 、 人 類 が 月 に 立 つ 、 万 博 開 催 、 れ た 原 発 事 故 と 放 射 能 汚 染 は 現 実 の も の と な り 結 、 ア メ リ カ が 日 本 よ り 先 に 中 国 と 電 撃 的 に 国 交 を 回 く の 犠 牲 者 が で ま し た 。 地 震 に よ っ て 引 き 起 こ さ 今 の 自 分 な ら 何 が 出 来 そ う で す か ? き な 見 出 し ) 私 は 中 学 生 の 頃 か ら 新 聞 を 集 め て い ま し た 。 例 え ば ベ ト ナ ム 戦 争 終 こ り ま す 。 阪 神 淡 路 大 震 災 ・ 東 日 本 大 震 災 で は 多 あ る と い う こ と が 言 え そ う で す 。 自 敬 寺 住 職 ( 世 の 大 事 件 ・ 簡 単 に 言 え ば 大 は あ り ま せ ん 。 地 震 の 予 知 が 出 来 て も 地 震 は 起 幸 福 へ の 道 は 、 身 近 に お 迎 え の 事 と 拝 察 申 し 上 げ ま す 。 服 部 隆 志 九 拝 す が す が し い 初 春 を 暁 雲 【発行所】〒532-0006 大阪市淀川区西三国 自敬寺 TEL:06-6391-5348 FAX:06-6391-4567 2-12-43 メール [email protected] http://www.jikeiji.com し か し ガ ン が 完 全 に 直 る 病 気 に な っ た わ け で を 挙 げ て い ま し た 。 「 与 え る こ と 」 の 揺 れ の 早 期 観 測 網 も 整 備 さ れ ま し た 。 「 学 び 続 け る こ と 」 化 学 ス モ ッ ク ・ 河 川 汚 染 も 随 分 と 改 善 さ れ 、 地 震 「 注 意 を 払 う こ と 」 難 病 の 方 に 夢 を 届 け て い ま す 。 ジ ェ ッ ト 機 騒 音 ・ 光 「 活 動 的 で あ る こ と 」 ム は 解 明 さ れ つ つ あ り 、 山 中 教 授 の I P S 細 胞 は 「 つ な が る こ と 」 人間は幸せを求める生き物です Human beings want to be happy. (1 ) 自敬寺 寺報84 明 け ま し て お め で と う ご ざ い ま す そ れ か ら 四 六 年 が 経 ち ま し た 。 ガ ン の メ カ ニ ズ そ の 幸 福 度 の 向 上 に つ な が る 5 つ の 行 動 に 彼 は だ 」 と 漠 然 と 思 っ て い ま し た 。 「 地 球 幸 福 度 指 数 」 を 紹 介 し ま し た 。 想 を し た の で し ょ う か ? 私 も 「 未 来 は 明 る い ん 昨 年 、 統 計 学 者 ニ ッ ク ・ マ ー ク ス が 提 唱 し た た 日 本 人 な ら や り 遂 げ る だ ろ う と 多 く の 人 は 予 戦 後 二 五 年 間 で 驚 異 的 な 復 興 と 発 展 を 遂 げ て き 治 」 「 公 害 ス ト ッ プ 」 「 地 震 の 予 知 」 と あ り ま す 。 る 」 と い 未 来 予 想 で し た 。 小 見 出 し に は 「 ガ ン 完 今 も 新 た な 問 題 に 立 ち 向 か っ て い ま す 。 と い う 前 向 き な 願 い が 見 え て き ま す 。 私 た ち は を 改 善 し て 、 よ り 良 い 社 会 を 作 っ て い く ん だ ! 」 て し ま い ま す が 、 よ く 考 え て み る と 「 厳 し い 現 状 西暦2016年(平成28年1月1日発行) 寺 報 の 名 前 の 「 暁 雲 」 は 自 敬 寺 開 山 暁 雲 禅 師 の 名 前 を い た だ き ま し た 織 の 為 」 と い う 集 団 主 義 的 大 義 名 分 に よ っ て 、 多 翻 っ て み る と 、 我 々 は 「 国 の 為 」 「 会 社 の 為 」 「 組 長 生 き さ れ た ら 、 「 ノ ー ベ ル 平 和 賞 」 の 受 賞 の チ ャ 云 え ま す 。 更 に 付 言 す れ ば 、 あ と 十 年 大 村 さ ん が た の は 単 な る 偶 然 で は あ り ま せ ん 。 む し ろ 当 然 と と で す 。 従 っ て 、 大 村 さ ん が ノ ー ベ ル 賞 を 受 賞 さ れ る こ と は 「 忘 己 利 他 」 に よ っ て 可 能 に な る と い う こ 間 の 「 人 間 的 能 力 ( 対 人 能 力 と 創 造 性 ) 」 を 高 め 導 支 援 の 程 お 願 い 合 申 掌 し 上 し ま す 。 何 卒 宜 し く 御 指 等 は 、 判 明 次 第 御 報 告 致 し た 。 今 後 の ス ケ ジ ュ ー ル を プ レ ハ ブ に 移 動 い た し ま げ ま す 。 な さ い 」 と 言 わ れ て 育 っ た と い う こ と で す 。 で す 。 常 に 「 世 の た め 人 の た め に な る 人 間 に な り ん の 両 親 ・ 祖 父 母 の 教 育 が 非 常 に 立 派 だ っ た こ と に 掲 載 さ れ ま し た 。 そ の 際 、 強 調 し た の は 、 大 村 さ ト を 述 べ ま し た 。 こ れ が 思 い が け な く 翌 朝 の 朝 刊 者 さ ん か ら イ ン タ ビ ュ ー を 求 め ら れ 簡 単 な コ メ ン さ れ て き た 道 は 素 晴 ら し い と 云 え ま す 。 即 ち 、 人 と い う 視 点 、 即 ち 「 忘 己 利 他 」 の 大 村 さ ん が 実 践 に 向 け 、 昨 年 末 に 寺 務 所 記 念 事 業 「 本 堂 改 築 工 事 」 歩こう会で 住吉の閻魔地蔵尊へ 号 外 で 大 村 さ ん の 受 賞 を 知 り ま し た 。 そ の 際 、 記 集 団 主 義 か ら 一 歩 抜 け 出 た 「 世 の た め 人 の た め 」 尚 、 自 敬 寺 開 創 三 百 年 昨 年 十 月 五 日 夜 、 偶 然 に も 大 阪 駅 前 で 毎 日 新 聞 と っ て 障 害 と な る こ と が 多 い と 云 え ま す 。 こ の 実 、 「 ノ ー ベ ル 物 理 学 賞 」 に 選 出 さ れ た こ と で す 。 私 は 団 主 義 に 没 入 す れ ば 却 っ て 人 間 社 会 の 発 展 に す の で 多 数 の 御 参 加 を お 待 ち し て お り ま す 。 ん が 「 ノ ー ベ ル 医 学 ・ 生 理 学 賞 」 、 梶 田 隆 章 さ ん が 滅 亡 す る し か あ り ま せ ん 。 併 し な が ら 、 欲 望 が 集 の 行 事 ( 修 養 会 ・ 歩 こ う 会 ・ 写 経 会 等 々 ) を 行 い ま 挙 」 が 実 施 さ れ 、 気 忙 し い 一 年 で し た 。 と こ ろ で 、 特 筆 す べ き ニ ュ ー ス と し て 大 村 智 さ 所 で 、 我 々 人 類 は 欲 望 を 失 え ば 生 命 力 が 衰 え 最 後 に な り ま し た が 、 今 年 も 例 年 通 り 自 敬 寺 だ 記 憶 に 新 し い こ と で す 。 り ま し た 。 又 、 年 末 に は 、 大 阪 府 ・ 市 の 首 長 の 「 w 選 サ リ ン 事 件 を 起 こ し た の は 未 か れ ま し た 。 結 果 は 、 大 阪 市 の 区 割 り は 白 紙 に な 教 」 が 二 十 一 年 前 に 地 下 鉄 意 が 問 わ れ 、 世 論 が 真 二 つ に 分 の 実 施 に よ り 、 大 阪 市 民 の 民 市 の 「 都 構 想 」 に よ る 住 民 投 票 昨 年 は 、 、 身 近 な 所 で は 大 阪 心 よ り お 慶 び 申 し 上 げ ま す 。 自 敬 寺 護 持 会 会 長 勝 又 勇 夫 と い う 大 義 で 「 オ ウ ム 真 理 お り ま す 。 更 に 、 「 組 織 の 為 」 墜 」 、 会 社 存 亡 の 危 機 に 陥 っ て 処 理 を 行 っ た 結 果 、 「 信 用 失 名 門 企 業 が 、 不 適 切 な 経 理 は 「 東 芝 」 と い う 日 本 屈 指 の の 為 」 と い う 大 義 で 、 最 近 で 百 十 万 も の 人 を 死 に 至 ら し め ま し た 。 又 、 「 会 社 彼岸会での清興「講談・旭堂南華さん) あ り ま す 。 「 安 心 せ よ 。 心 配 す る な 。 何 と か な る 。 」 こ こ で 、 一 休 禅 師 が 死 に あ た っ て 残 し た 言 葉 が な 姿 勢 を 失 わ ず に 新 し い 年 を 迎 え た い も の で す 。 (2 ) 新 年 明 け ま し て 、 お め で と う ご ざ い ま す 皆 様 方 に は 、 良 き 新 年 を お 迎 え の 事 八 卦 の 占 い で す が 、 我 々 は 緊 張 感 の 中 に も 前 向 き と に な り ま す 。 元 よ り 当 た る も 八 卦 、 当 た ら ぬ も は 明 る さ が 固 ま り 、 二 〇 二 〇 年 は 繁 栄 を 迎 え る こ が あ り 騒 が し い 、 二 〇 一 八 年 は 笑 い 、 二 〇 一 九 年 即 ち 、 今 年 二 〇 一 六 年 ~ 二 〇 一 七 年 は 社 会 変 動 ・ 辰 巳 天 井 ・ 午 尻 下 が り ・ 丑 つ ま づ き ・ 寅 千 里 を 走 り ・ 未 辛 ・ 抱 卯 跳 ね ・ 申 酉 騒 ぐ ・ 戌 笑 い ・ 亥 固 ま り ・ 子 は 繁 栄 に 世 界 を 相 手 に 、 戦 争 を し か け 、 日 本 の 国 民 で 三 ク イ ヤ ー ま で の 五 年 間 を 占 っ て み ま し た 。 い 例 で 言 う と 「 国 の 為 」 と い う 大 義 で 、 七 十 五 年 前 こ こ で 、 干 支 の 相 場 格 言 を 踏 ま え て オ リ ン ピ ッ 仏暦2560 丙申(ひのえさる)歳 年 頭 の 辞 く の 過 ち を 犯 し て き ま し た 。 つ ま り 、 分 か り や す ン ス が あ る と さ え 云 え ま す 。 永代供養墓 合祀仏塔 お釈迦様の銅像 ○28年前、跡継ぎの無い方から相談を受け、十六年前に建立しました。 ○寺が中心の縁のある人々が供養し合う。このようなサンガ(仏縁の集い)です。 ○やがて無縁墓になるから、とお考えになる方が最近増えてきました。 ○生前に依頼されている方は現在20名おられます。 ○ご遺骨はお釈迦様の蓮台の下に埋葬されます。 ○永代位牌が位牌堂に祀られます。 ○管理料は不要ですが、 永代志納金が必要です。 ○彼岸・せがきには塔婆供 養をしています。 ○墓を整理し、埋葬される方も 近年増えてきました。 し て い ま す 。 。 はま Aす E。 D を本 常堂 設に し も 行 っ て お り 随 時 本 の 貸 し 出 図 書 室 で は ( ・ 初 心 者 向 ) 月 は 休 ) ○ 元 気 運 動 八 歩 日 こ う 二 会 時 ~ 三 時 毎 月 の 行 事 予 定 ○ 成 道 会 ○ 彼 岸 会 ○ 地 蔵 盆 ○ お ぼ ん ○ せ が き ○ 修 養 会 ○ 花 祭 り ○ 彼 岸 会 十 二 月 八 日 九 月 十 九 日 八 八 七 五 四 三 月 月 月 月 月 月 十 八 十 二 十 三 五 日 七 十 十 三 四 日 日 日 十 ○ 涅 槃 今 会 年 の 二 行 月 事 八 予 日 定 ・ 半 よ り ○ 写 経 会 ・ ○ 坐 四 禅 時 会 ~ 五 第 時 半 一 ( い 日 す 曜 三 席 時 有 1 ☆ リ ラ ッ ク ス ・ ヨ ガ は 五 日 原爆忌を国民の休日に 平和の祈りを捧げよう! 唯一の被爆国日本。次の世代に伝えていく方法は?同級生9人を長崎原爆で亡くされた井上さんが思いつかれた のは、原爆投下の日を国民の休日(メモリアルデー)にすることを考えられました。カレンダーに記載する事は、原爆・ 戦争を忘れることなく語り続ける事につながります。井上喜弘さん(淀川区新高)のご家族はその遺志を継いで「8.6 広島原爆忌」「8.9長崎原爆忌」のシールを作られました。 皆様もご家庭のカレンダーに張ってくださいね。休日になるためには国会の議決が必要です。 □乾山(けんざん)基金のお願い 平成28年の法事年回表 法蔵寺(西川和尚が住職)は江戸期の画家 尾形光琳の弟、乾山が 平成27年に亡くなられた方の1周忌 窯を開いたお寺です。詳しくは法蔵寺のホームページをご覧ください。 京都市右京区鳴滝泉谷町19 法蔵寺住職 西川秀敏師 TEL/FAX 075-463-4159 郵便振替 加入者名:乾山基金 口座番号00940ー1-99852 平成26年に亡くなられた方の3回忌 平成22年に亡くなられた方の7回忌 平成16年に亡くなられた方の13回忌 平成12年に亡くなられた方の17回忌 平成06年に亡くなられた方の23回忌 平成02年に亡くなられた方の27回忌 昭和59年に亡くなられた方の33回忌 昭和42年に亡くなられた方の50回忌 (3 ) な り ま し た 。 托 鉢 原 稿 料 ○ 天 王 寺 区 応 典 院 寺 町 倶 楽 部 活 動 賛 助 ○ 被 災 地 N G O 協 働 セ ン タ ー 神 戸 へ 寄 付 ○ 大 阪 青 少 年 教 化 協 議 会 の 活 動 参 加 ○ 南 北 コ リ ア と 日 本 の と も だ ち 展 に 参 加 ○ P H D 協 会 ( 途 上 国 青 年 教 育 支 援 ) 元 木作 品 滝出 谷品 ・( 秋井 元尻 さ・ ん井 )上 日・ 本服 舞部 踊・ 水 泉野 岡さ ん 本) さ んお )茶 会 ○ 一 芸 一 座 ほ っ と ギ ャ ラ リ ー 参 加 ○ 神 戸 学 生 青 年 セ ン タ ー へ 賛 助 ○ 淀 川 区 社 会 福 祉 協 議 会 へ 賛 助 ○ フ リ ー ス タ イ ル な 僧 侶 た ち へ 支 援 ○ 日 本 ボ ラ ン テ ィ ア セ ン タ ー へ 寄 付 ○ 日 本 国 際 飢 餓 対 策 機 構 活 動 に 寄 付 ○ 南 太 平 洋 友 好 協 会 活 動 参 加 サ イ パ ン 交 流 ・ 慰 霊 ○ 仏 教 N G O ネ ッ ト ワ ー ク の 活 動 参 加 写 経 会 ・ 護 持 会 、 女 性 会 、 子 ど も 会 、 パ ラ ダ イ ム ★ 自 敬 寺 は 寺 報 暁 雲 ) 発 行 今 年 の テ ー マ 「 生 き て る う ち に 」 掲 示 伝 道 ・ 坐 禅 会 ・ ○ コ リ ヤ N G O セ ン タ ー 活 動 支 援 ★ 活 動 資 金 は 、 法 事 の 研 究 会 、 等 の 活 動 と 共 に 、 社 会 参 加 ・ 国 際 協 力 活 同 地 に お い て 東 北 牡 蠣 パ ー テ ィ ー 開 催 ・ 持 続 可 能 な 社 会 に 向 け て ・ 私 達 の 生 活 は 地 球 に 優 し い ・ 幸 か ? ・ 私 が 気 づ い て 出 来 る 事 ・ 私 は す べ て と 繋 が っ て い る ・ 生 活 の 中 の 気 づ き 福 と は 何 か ? 今 ま で の テ ー マ ☆ 社 会 参 加 す る 寺 院 を 目 指 し て 聞 い て ・ 思 っ て ・ 修 め る ・ 地 球 的 ・ 豊 関 か 係 さ の 裏 側 ・ ○ 西 成 あ い り ん 地 区 へ 服 ・ バ ザ ー 用 品 寄 贈 ○ ミ ニ コ ミ 誌 「 ザ 淀 川 」 に 活 動 広 報 ○ 国 境 無 き 子 ど も 達 活 動 寄 付 ○ 関 西 N G O 協 議 会 活 動 参 加 ○ 黄 檗 山 の 雲 水 さ ん に 施 粥 ○ ぴ っ ぱ ら 国 際 児 童 基 金 支 援 ○ あ す な ろ 絵 画 展 へ 寄 付 ○ ウ ー タ ン ( 森 と 生 活 ) 寄 付 ○ S V A 子 ど も 募 金 ○ 十 三 市 ( バ ザ ー 出 店 ) ○ 春 秋 彼 岸 托 鉢 ○ 東 日 本 大 震 災 被 災 者 支 援 ○ 宮 城 県 女 川 町 ○ バ ン グ ラ デ ィ シ ュ 少 数 民 族 仏 教 徒 支 援 活 動 ○ パ ン ニ ャ メ ッ タ 般 若 智 慧 ( ○ イ ン ド ・ フ ィ リ ピ ン の 井 戸 堀 活 動 ○ メ コ ン 河 流 域 の 環 境 調 査 活 動 ○ 止 揚 学 園 ( 知 能 に 重 い 障 害 を 持 つ 子 ど も の 施 設 ) ○ 薬 物 依 存 者 自 立 支 援 の 会 ・ ダ ル ク の 活 動 支 援 ○ フ ィ リ ピ ン 台 風 災 害 被 災 者 支 援 活 動 寄 付 ○ イ ン ド の ブ ッ タ ガ ヤ 「 日 本 寺 」 寄 付 ○ 口 と 足 で 描 く 芸 術 家 協 会 寄 付 ○ ピ ナ ツ ボ 教 育 里 親 基 金 ( 寄 付 ・ ド レ ス 送 る ) ○ チ ベ ッ ト の 平 和 を 祈 念 し 行 動 す る 会 参 加 ○ ラ イ フ パ ラ タ イ ム 研 究 会 開 催 ( 年 4 回 ) ○ シ ャ プ ラ ニ ー ル 市 民 に よ る 海 外 協 力 の 会 支 援 マ マ サ ポ ー タ バ ー ザ ー に 古 着 物 靴 下 送 る ) ○ A M ネ ッ ト の 事 務 所 を 自 敬 寺 内 に 置 く 動 に 参 加 し て い ま す 。 ・ お 膳 料 お さ い 銭 バ ザ ー ・ 寄 付 ( ★ こ れ ら の 活 動 は 、 お 寺 と 縁 あ 講 演 料 で す 。 二 十 七 年 度 は 総 額 で 約 六 五 万 円 に ( 社 ・ 加 寿 苑 」 の 5 ヶ 所 。 仲 間 を 募 集 し て い ま す 。 N G O 自 敬 寺 の 活 動 る す べ て の 皆 さ ん が 、 直 接 的 に 間 接 的 に 参 加 し ・ ○ 住 職 が 保 護 司 に な っ て 七 年 に な り ま し た 。 ○ パ ル シ ッ ク ( フ ィ ア ド レ ー ド 商 品 購 入 ) 二 十 七 年 て く だ さ っ て い る か ら 成 り 立 っ て い ま す 。 ・ ○ 自 閉 症 の 子 達 の 作 業 所 支 援 ( 能 勢 宝 島 ) ○ ア ー ユ ス 仏 教 国 際 協 力 ネ ッ ト ワ ー ク の 活 動 ・ ○ シ ェ ア 天 の 川 基 金 ( 医 療 活 動 タ イ ・ カ ン ボ ジ ア ) ○ 原 爆 忌 の カ レ ン ダ ー シ ー ル 作 成 ・ 配 布 ・ ○ 彼 岸 ・ 施 餓 鬼 ・ 盆 ・ 成 道 会 に バ ザ ー 開 催 ・ こ の 新 聞 は は 古 紙 七 〇 % 使 用 の 用 紙 を 使 っ て い ま す ○ イ ン ド ヒ 高 地 ラ ダ ッ ク で 里 親 教 育 支 援 ・ ○ 国 境 無 き 医 師 団 活 動 寄 付 神 山 イ ン ド ・ マ ナ ケ 和 尚 の 活 動 支 援 ( ( ○ ア ク セ ス ( 共 生 社 会 を め ざ す 地 球 市 民 の 会 活 動 ) ア ジ ア 協 会 ) メ コ ン ウ オ ッ チ ) ( ( ・ 年 2 回 ) ○ パ レ ス チ ナ ・ ガ ザ の 聾 学 校 支 援 ( ( 会 場 は 「 革 島 病 院 ・ 東 淀 川 病 院 ・ 三 津 屋 交 流 亭 ・ 博 愛 絵 は が き 作 品 購 入 ) ) ・ (4 ) 仏暦2560年 丙申(ひのえさる)歳 私 達 の こ の 命 は 親 が 生 ん で く れ た も の で す 。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 聞 き し た 。 そ の 内 容 を 簡 略 に ま と め て み ま す 。 「 盤 珪 国 師 」 の お 話 し を お 河 野 太 通 老 大 師 の 御 言 葉 自敬寺の観音菩薩 仏教テレホン相談室 問 し ま し た 。 そ し て 開 山 ス 二 台 七 五 名 で 六 月 に 訪 こ の 度 、 念 願 の 龍 門 寺 に バ 君 国 彼 よ か の ら 心 か 国 に ん へ も 風 の ん 世 を に 界 送 の ろ な 幸 う り せ た は 人 ま 私 か え の ら 」 幸 人 せ へ 戦 を 語 ら れ て い ま す 。 大 戦 に 思 い を い た さ れ 、 非 「 ま 爽 や し か た な 。 て い ま す 。 一 貫 し て 、 先 の 老 師 の 穏 や 風 か が な 君 お の 。 話 心 に に 我 そ 々 よ が ぐ 和 な ら み ・ れ ま し た 。 自 敬 寺 に は 度 ほ ど お 越 し に な ら れ 1 自 分 で 生 み 出 し た も の で は あ り ま せ ん 。 盤 珪 禅 師 は 答 え ら れ ま し た 。 復 興 に 努 力 さ れ て い ま す 。 現 在 八 五 歳 に な ら な 心 で 生 活 す れ ば よ い ん だ よ 。 」 と 、 退 任 後 、 雨 漏 り の 激 し い 空 寺 の 龍 門 寺 に 入 寺 、 生 ま れ つ き は な い ん だ 。 今 の 穏 や か 話せば心も軽くなる 06-6245-5110 仏事相談、信仰相談、悩み相談等を十宗派の僧侶がお受けします。 無料。匿名。住職も20年以上勤めています。 午後2時~5時 西暦2016年(平成28年1月1日発行) (5 ) 本 仏 教 会 会 長 」 に な ら れ ま し た 。 い る の か ? そ う で は な い だ ろ う 。 長 に 就 任 、 そ の 後 「 全 日 れ 付 き じ ゃ 。 今 、 君 は 短 気 か 、 怒 っ て 学 長 、 そ し て 妙 心 寺 の 管 「 今 、 出 せ な い も の が ど う し て 生 ま の 師 家 か ら 花 園 大 学 の 老 師 は 祥 福 寺 専 門 道 場 住 職 は 河 野 太 通 老 師 。 れ た お 寺 で す 。 現 在 の ご 「 盤 珪 国 師 」 に よ っ て 開 か 姫 路 の 名 刹 「 龍 門 寺 」 は 姫 路 の 龍 門 寺 を 訪 問 第 三 三 回 修 養 会 ま こ 困 心 い こ 禅 っ 盤 」 も 盤 し 「 今 た へ で 悟 て 出 。 短 師 と 珪 暮 り 珪 気 は 言 禅 ら も 禅 せ を 答 う 師 す 生 師 と 出 え 人 に よ 死 は 言 し ら が 生 う も 仏 っ た な れ 相 ま に な 心 っ さ ま 談 れ 説 い は て い す に 付 か 「 「 出 。 き れ 不 不 」 来 「 せ と そ 短 ま 生 生 ま ま 言 ん 気 し の 」 に し せ わ な て で た 仏 ん れ ら た 、 。 迷 。 」 月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 臨済宗 曹洞宗 黄檗宗 日蓮宗 浄土宗 融通念仏宗 浄土真宗 真宗 天台宗 真言宗 自敬寺 開創300年記念 本堂新築に向けて 本堂の新築構想を発表して早2年になりました。現在の状況をご報告いたします。 現在、区画整理に伴う道路拡幅工事は門前30メートルにまで進んだ時点で止まってしまいま した。このままだと5年先になってしまいます。妙案はないかと模索し、本堂裏側から工事をす ることにいたしました。年末に境内にプレハブの寺務所を建てました。今後2年間は仮の寺務所 にて寺務をいたします。ご迷惑をおかけいたしますがご了承ください。この文章もプレハブの中 でパソコンに向かっています。 2年後に自敬寺は開創300年になります。その記念事業としての 本堂新築になればと考えております。 開創当時の本堂は江戸末期に火災(多分落雷)により焼失し たという事です。その後、隣りの渡辺邸(二昨前に取り崩され こ の 新 聞 は は 古 紙 七 〇 % 使 用 の 用 紙 を 使 っ て い ま す た)離れ書院の寄贈を受け再建されたのが現在の本堂です。そ の本堂は戦争中も隣家が焼夷弾で全焼した時も戦火を潜り抜けてきました。昭和25年のジェーン 台風では、暴風雨が本堂の縁の下から畳もろとも藁屋根まで吹き飛ばしたと前住職が話していま した。その後も、雨漏りがひどく、南に傾き、昭和30年代には電信柱のような丸 太で支えていました。40年代に柱を替え、わら屋根にトタンを張り、床と天井を 補強し、その後も寺務所の増築、トイレの改修、図書室を増築して本堂を補強し てきました。 しかし屋根のさびはひどくなり、瓦もずれ落ち、隠れている朽ち た柱を見た大工さんが「柱が勘弁してくれと言っている」といわれました。今後 も修復を続けてもその場しのぎで、耐震強度も上がりません。 区画整理といっても公的な補償は全くありません、が今後の事を考えて決意を しました。具体的な設計図は春には完成する予定です。まだ正式な勧募が出来る までには至っていませんが、基金をためるために写経奉納をお願いしています。 写経の元々の目的は、印刷技術がない時代に経文を世に広めるために書き写していたもので す。現在では「心を清める」「先祖供養の為」や「家内安全」「願いの成就」などを目的にされ る方もおられます。 書き終えられましたなら自敬寺に奉納してください。納経証をお渡しし、 通し番号を記載し、新しい本堂に奉納します。目標は5000枚です。 お一人何枚でも構いません。現在延べ300人の方が納経していただ いています。納経料は1枚1,000円にさせて戴きます。お寺に置いて ありますが、ご連絡を頂ければ写経用紙をお送りいたします。 また喜捨箱も出来ました。少しずつ貯めて、自分と誰かの為に、そして自敬寺開創300年記念本 堂新築事業にも御喜捨下されば有難いです。人が幸せに生きていくために、お釈迦さまは「慈・ 悲・喜・捨」の四つの心を育てることが必要ですと説かれました。 ①(慈)他人の幸福を喜び ②(悲)不幸を憐れみ ③(喜)他の有徳をよろこび ④(捨)不徳を捨てる 自敬寺 第16代住職 服部隆志 合掌 12月24日現在の状況 ○特別写経 301名331,000円 ○志納金 ○喜捨箱 33 名138,554円(204円~30,000円) 40名9,775,905円(1,000円~1,000,000円)が寄せられています。 (6) 仏暦2560年 多謝 丙申(ひのえさる)歳 こ の 新 聞 は 古 紙 含 有 率 7 0 % の 用 紙 を 使 用 し て い ま す 一芸一座 博愛社での行事 3世代同居の家族からお一人でお暮しの方まで、現代はいろんな生活スタイルがあります。人と比較し優劣をつけなければ「それでいい」。 井上さんはお釈迦様の誕生日「花まつり」に来られたのがご縁です。巡り合わせのご縁、与えられた「いのち」をあなたはどう生きますか?井上 さんのお母さんは自敬寺の合祀仏塔に眠っておられます。 西暦2016年(平成28年1月1日発行) お寺が心のよりどころになれたならこんなにうれしいことはありません。 (7 ) ○元気運動歩こう会 護持会の企画・助成事業 行先: 伏見稲荷大社 日時: 1月19日(火) 集合: 地下鉄「新大阪駅」ホーム内(千里側)9:20(30分出発) 京阪「淀屋橋駅」10時ごろ発に乗車します 持物: 交通費・お弁当(お店もあり)お友達も誘ってどうぞ! 2月の 歩こう会&新年会 日時:2月16日(火) 知られざる「三國荘」 行先:安治川川底トンネル 集合:9:20地下鉄新大阪駅 ホーム内梅田方面側 ○安治川川底トンネルを抜け 「ユニバーサルシティー ウォーク大阪にて新年会 (自然食バイキングあえん) 1280円(当日徴収) アサヒビール初代社長・山本爲三郎氏は生前「民藝運動」 を熱く支援した。その証でもある知られざる「三國荘」 民藝運動を先導した柳宗悦らは1928年東京博覧会にパビ リオン「民藝館」を出品し、その思想を初めて住空間と して表現した。民藝館は山本爲三郎が買いとり、博覧会 終了後、大阪の三国の自邸に移築、「三國荘」とよばれ るようになった。非公開だが現在も一部が現存してい る。皆さんご存知ですか?。 その三國荘展が大山崎美術館で開催されている。歩こう会でも見学に行く予定。 日時:3月1日(火)9:20阪急三国発 行先:大山崎山荘美術館 ※新年会ご参加の方は2月8日 までにお寺までお申し込み下 さい(電話可) 写経会: 坐禅会: 毎月8日 14:00~15:00 1月は8日(金)からスタートです。 第1日曜日 16:00~17:30 1月休み 2月7日(日)から 3時半から「リラックス・ヨガ」又は「禅体操」 ※ライフ・パラダイム研究会(年4回開催) ときめきサロン・かがやいて淀川 サロン淀川 ○日時: 2月7日(日)13:30~15;30 ○講師: AMネット ○演題: TPPから考える~経済成長にとらわれない、 事務局長 出会い 武田かおり様 ムッチャ新しい戦略:大阪UP ○会場: 自敬寺: 申込不要 どなたでも ふれ愛 助け合い 日時:1月17日(日)13:00~16:00 内容:初笑い「やすらぎ寄席」 会場:三国本町2-14-3「やすらぎ」 申込不要 どなたでも 自敬寺のホームページは http://www.jikeiji.com/ 自敬寺で検索」してください。スマートホンサイトも 仏暦2560年 丙申(ひのえさる)歳 (8) 西暦2016年(平成28年1月1日発行)
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