長野・善光寺 空き家リノベーションビジネスの創生

長野・善光寺 空き家リノベーションビジネスの創生
東京藝術大学美術学部建築科
1.社会状況の変化
職能連携で付加価値創造
講師
博士(工学)
河村 茂
空き家の増加
長野市は、1,400 年前に建立された国宝・善光寺を中心に開けた、地方中核都市で人口約 40
万人。年間の観光入込客数は約 900 万人(内、寺は 600 万人)で、善光寺とその門前町には地元
住人をはじめ、多くの観光客が訪れ賑わっている。
しかし、21 世紀を迎える頃から、その賑わいにも陰りが見られるようになった。このまちで
は 1989 年に 9,239 人を数えた住人も、2013 年には 6,504 人にまでに減少してしまった。それは
多くの都市がそうであるように、この地でもモータリーゼーション化が進展、とりわけ 1998 年
の長野オリンピック開催を契機に、郊外部でインフラ整備が進み居住地が郊外にシフト、これに
伴い中心市街からスーパーや百貨店など大型店が流出、民家も空き家が目立つようになった。
地元では、こうした状況や高齢化・余暇化の進展をふまえ、暮らしの安定と充実をめざし、空
き家を活用し賑わい拠点や、楽しく暮らせる街中の整備に取り組むようになる。それでは善光
寺の門前で進む、居住人口の創出と地域価値の増進に向けた、空き家活用の動きを紹介しよう。
2.空き家の活用
まちを楽しく元気に!
(1)大型店の復活
賑わい拠点の整備
大型スーパー・ダイエーの撤退を受け、長野市は空き店舗の活用をめざし土地・建物を取得。
これを活用し高齢者の街中居住を支援するべく、TMO「まちづくり長野※」を設立する。TM
Oは、市からビルを賃借、商業+公共の複合施設「もんぜんぷら座(1 階は直営の食品館「TO
MATO」
、地下と 2・3階に子育てなど市民活動支援施設)
」を 2003 年にオープンさせる。T
MOは、この事業においてテナント・リーシングや施設の維持保全、セキュリティ業務などを担
い、年間約 8,000 万円の営業収入をあげる。
※中心市街地活性化基本計画に基づく、まちづくり事業を推進するため、商工会議所を中心に市や商店街、地元企業な
どによって設立された。資本金は 9,500 万円。
TMOは、この成果をふまえ、善光寺門前の中央通り「表参道」に面する商店街の一角に、2005
年、
「小さな旅気分を味わえるまち」として「ぱてぃお大門
蔵楽庭」をプロデュースする。こ
こでは売りに出された蔵を地元の長野大門会館が取得、これを活用し中庭化、パティオを囲む形
に周辺の空き家も含め、全 14 棟(4 棟は新築)20 店舗から成るテナントミックスを実現した。
「地方創生」支援プロジェクト
もんぜんぷら座
(2)空き家を改修し楽しく暮らす
ぱてぃお大門 蔵楽庭
同左の中庭
民間主導
この行政主導の空きビル活用と並行し、民間での空き家利用も始まる。こちらの動きは最初、
散発的であったが、TMOの動きと呼応するかのように、目利きのキーマンが古い建物に価値を
見いだし、これを仕立て直して供給すると、リノベーション(以下、単に「リノベ」という。)の魅
力が評判を呼び、街中にじわーつと広がっていった。
○先駆け
勝つ手連的、草の根展開
具体には、まず 2003~2005 年にかけ、信州大学出身で地元誌を編集するなど、まちの情報発
信に熱心なナノグラフィカ(増澤氏)が、古民家を活用しカフェ・ギャラリーを経営、門前の
町歩きマップを制作したり、空き家の見学会を企画する。また、建築家の広瀬氏が、リプロ表参
道を見事に再生し(貴金属店を、物販店、カフェ、協働作業室(CREEKS COWORKING)、ヨガ教室、
共同住宅に改修)
、この地の人々に提示する。さらに、広瀬氏は、倉庫を事務所「まちなみカン
トリープレイス(タウン誌編集の地元出版社(荒川氏主宰))」と「hiyori CAFE」に改修する。
こうして成熟期を迎え多様化するニーズに対応、市民が楽しく暮らしていけるよう、空き家の
リノベが 2000 年代に、善光寺の門前で草の根的に始まる。
リプロ表参道
カネマツ1階カフェ
権藤パブリックスペース 2012
・クリエーターが出会い、連携・協働へ
2009 年を迎えると、今日、活躍するリノベの仕掛け人達が出会い、その後、同志的連携へと
動く、その契機となった「カネマツ」がオープンする。これは蔵三つと一つの平屋(農業用ビニ
ールシート加工場)をカフェ、古書店、シェアオフィスに仕立て直した PJ である。ここで協働
した広瀬氏と宮本氏(デザイン事務所主宰)は、有限責任事業組合 LLP「ボンクラ」を設立、その
運営にあたる。また、空き家発掘のプロとして、その後、プロデューサー役を担うことになる、
「地方創生」支援プロジェクト
(株)MYROOM (不動産リノベ化の企画運営)の倉石氏は、ここに事務所を構える。
そうして倉石氏が手掛けた第 1 号物件が「バックパッカーズ」で、県外の飯室氏から宿運営の
要望を受け、民家兼事務所をゲストハウスに改修する。彼女は長野に移住し、まち歩きのガイド
も務める。また、権堂パブリックスペースは、2012 年に元呉服屋の屋敷と納屋そして二つの土
蔵を、倉石氏が企画し有限責任事業組合 OPEN (テナントの組合) がリノベ、カフェや店舗とし
て活用した事例である。さらに、2014 年には地元のリファーレ総合計画が、文具卸会社の本社
と倉庫を活用し、SHINKOJI としてカフェ、ホール、シェアオフィス、シェアハウス、アトリエ
などをオープンさせる。そして倉石氏と宮本氏は、ここに事務所を移転する。リノベチームの人々
は、単に建物をリノベするだけでなく、テナントを含め関係者が仕事や趣味を通じ交流の輪を広
げ連携し、まちに新たな魅力を創出していく。
このリノベの仕掛け人達は、みな個性的で一見すると不揃いだが、どれも顔の見える職能人で、
自らの適性と役割をふまえ必要に応じ相互に連携、チーム的活動を展開している。彼らは、自身
に不案内なことでも、わかる人につないで対応することでチーム力を発揮している。
・ユーザーファーストの確立
チームのエンジンは、魅力的な物件を探し出しては仕掛ける、目利きの倉石氏である。オーナ
ーを説得し、借り手を見つけ、ユーザーの好みに応じ空き家を改修、まちへと送り出す。ポイン
トはリスクを嫌うオーナーに改修資金を負担させず、借り手の負担で仕立て直すところにある。
このリノベチームの認識は、経済の成長期は売り手市場(供給すれば売れる、部屋があれば
借り手が現れる)であったが、成熟期に入りストック活用の時代を迎えた今日、状況は大きく
買い手市場に変わった、である。地方都市はとりわけそうで、空き家は、オーナーの考えで修繕
し市場に出しても、多様化するニーズになかなか適合できず借り手がみつからない。そんな状況
下では不動産オーナーも、改修資金の投入に二の足を踏む。そして物件は老朽化まちは沈滞化し
ていく。空き家活用にあたっては、人口縮減社会という現実をふまえ、ユーザーファーストの精
神に転換、借り手の意向を反映させた形で仕立て直し供給する、そんな対応が求められる。
○エリア限定戦略
パッチワーク的につなげ広がる
成熟期、多様化するニーズ、街中の空き家整備には機動力のある民間が向いている。行政の
役割は、その方向を示したりインセンティブを付与するなどして、個々の動きをまちづくりへ
とつなげるべく支援・誘導(計画的位置づけ、規制緩和、補助など)することにある。
リノベチームの活動は、基本的には善光寺の門前に、その活動エリアを限定している。
倉石氏は、まち歩きなどで手ごろな物件を見出すと、資金難・借り手難で改修のマインドの落
ちたオーナーに、リノベのイメージを持って交渉、その気がありとみると商品化するべく、改
修イメージとあわせ物件を Web に掲載し、ユーザーに紹介する。これをみて興味をもつた借り手
は、ナノグラフィカが主催する「門前暮らしのすすめ」PJ の一つ、見学会と銘打ったまち歩き
に参加、物件のロケーションやこの地の暮らしも含め、町内会青年部等から説明を受けながら物
件をみてまわる。その後、相談会が開かれ、改修費用や賃貸の相談にのる。
「地方創生」支援プロジェクト
設計は、倉石氏自らが手掛けたり別の専門家がサポートするなどして、人と建物のマッチング
に力を注ぐ。オーナーとテナントとが折り合えば契約となり、テナントの希望に沿って改修し賃
貸使用へと進む。シェアハウスやシェアオフィスの場合は、(株)MYROOM の方で施設や入居者の
管理も行う。さらに、町内会を含め継続的にお付き合いを続け、暮らしをサポートしていく。
この空き家の見学会・相談会、2009~2011 年は「善光寺門前町再発見事業(県の補助事業)」と
して進められた(見学会(新規居住者の半数が参加)は毎月実施、2 時間ほどの行程で 20 名ほどが
まち歩き、その後の相談会にはその半数が参加。)。その後は自主事業として運営されている。
また、ナノグラフィカは、市から門前暮らしを体験できるよう、支援ハウスの管理を委託されて
いる。さらに、コミュニティの形成ということでは、賃貸にあたり事前に町内会の区長等も参加
し、新規居住者との面談の場が用意され、地元意向の反映も可能となっている。
リノベチームによる空き家を活用したコミュニティビジネスは、物件供給としては小規模でス
ポット的だが、エリア限定なので、各プロジェクト(補助期間の 3 年間で 38 件)は時間の経過とと
もに次第につながっていき、門前町の魅力の向上に寄与している。
市などによる賑わい拠点施設の復活にはじまり、民間の仕掛け人達が連携・協働し展開する、
空き家活用のコミュニティビジネスが、点から線そして線から網となって、TMOの活動とも絡
み、まちを緩くエリアマネージメントするようになってきている。
築 100 年の建物「ナノグラフィカ」
3.空き家再生の肝所
門前暮らしのすすめ
SHINKOJI share space(東町ベース)
空き家探しの目利き、イベントの企画、改修デザイナーの登場
日本は、1990 年前後に経済成長・都市拡大(標準化、規格化、画一化を進め、不足する物を早
く安く大量に供給。)の時代が終焉、近代社会は成熟化(生活満足度の向上を求め、欲求が高度化、
多様化。)の途を歩んでいる。即ち、近代化目標を達成した日本では、
「新しいことはいいことだ」
に代表される、明治に始まる「御一新」思想の呪縛からようやく解放され、伝統文化への回帰も
みられるようになっており、様々に暮らしを楽しむ日本人本来の動きが出てきている。
・成熟社会の不動産ビジネスモデル
人口縮減、ストック重視の成熟社会にフィットした、不動産ビジネスとして空き家のリノベを
活性化させるには、不動産は買い手市場との認識に立ち、ユーザーファーストの精神の下、まち
づくりとの連携も視野に入れ対応する必要がある。成熟した欧州社会では、改修設計が建築デザ
「地方創生」支援プロジェクト
イナーの主な仕事になっており、大学でもこれに重点を置いて教育しているという。
また、不動産屋も店で客を待っている時代ではない。目利き能力に磨きをかけ街に出かけて行
って、自らの足で魅力的な物件を見出し、感性の良い改修設計者の力も借り、ユーザーの興味を
そそるようなリノベーション・イメージを描き、オーナーはじめ関係者の理解を得て、借り手
の負担で改修、その過程では Web (バーチャル)を活用、現地実査等を通しリアルへと変え、オ
ーナーとテナントとをマッチングさせる、そんなビジネスモデルの構築が求められる。
○エリア価値の増進へ
門前町のまち並み形成
空き家活用の第2ステージは、これらの物件をつなげエリアとしての魅力を創生し、不動産価
値を上昇させることにある。その時、大事になるのが街並みの形成である。2012 年、市は門前
の中央通りのトランジットモール化に手を染めた。そして 2015 年には第一期として表参道 700m
を、車道は石畳で桜御影に、歩道は 1.5m 広げグレーに舗装、モニュメントやベンチを配し整備
を終えた。事業費は7億6千万円で約4割は補助金である。市はこれより前(2007 年)表参道を
まちの中心軸と位置づけ、このまち(大門町南地区)の景観形成の方針・基準を示した。これを受
け地元では「景観協定(2013 年)」を結び、街並み形成に乗り出している。
これまで、まちの核となる賑わい拠点や軸となる通りの街並み形成は市が主導、これに民間が
呼応する形で空きビルや空き家のリノベを通じ街並みに配慮してきた(実績は 60 件を超える)。
街並み形成の手法としては、地区計画等を策定し、詳細計画に基づいて規制しながらこつこつ
やっていく方法もあるが、自然発生的で自発的なまちづくりの動きをとらえ、幅広な「ガイドラ
. ..
イン」で誘導し目標に近づけていく、そんな関係者のあ・うんの呼吸で進める応答型(整備イメ
ージやガイドラインを斟酌し改修提案、これに対応し協議・支援する)のまちづくりもある。後
者の方が現実的で有効性は高いと思われる。地方都市は、再開発のポテンシャルが弱く、多くは
その地から湧き出る個々散発的な改修等の動きである。成熟期においては、こうした動きを誘い、
街並み形成へとつなげていくことが肝要となる。
善光寺
表参道地区景観協定区域
中央通り表参道
・パッチワーク的リノベのまちづくり
「地方創生」支援プロジェクト
空を飛ぶ鳥の目、いわゆる上から目線での全体統制的な都市計画による、規制型での画一的な
まちづくりは量の供給を重視する成長期には有効であったが、面白みがなく、人をひきつけるこ
とはなかなか難しい。むしろ地を這う虫のような目をもって、その地の場所柄や一つ一つの建物
特性を捉え、オーナーとテナントとが思いをマッチさせ空き家を仕立て直す。その際、市の景観
計画を受けた地元策定の幅広な指針に沿って、緩くエリア・マネジメントしていくと、まちは楽
しく魅力も増していく。そうした対応は、パッチワーク的であり、一つ一つは不揃いであるが(し
かし、多様性という価値をもつ)、一定のキーワードの下に界隈性が醸し出されるようになると、
まちの価値も順次高まっていく。そんな空き家リノベ型のまちづくりが、地方都市には相応しい。
一所懸命さを残す異能のクリエーターが、その役割に応じ独自性を発揮しつつ連携、個々に協
力し合いながら、空き家の改修を通じ協働の価値を創出している。また、空き家のリノベを契機
に、関係者が仕事や趣味を通じ継続的に交流することで、毎日が楽しくなり、コミュニティ力が
アップするなどして、介護、子育て、治安、災害等々に力を発揮していく。
善光寺門前での空き家活用の動きが成功した理由を、ユーザーのアンケート調査にみると、①
家賃の安さ、②改修の自由度、③町の雰囲気の良さ、とある。これには仕掛け人達がハード・ソ
フト両面からオーナーやテナントの不安・疑問に対しチームで支援し解消する、この地独特のリ
ノベの仕組みと、彼らの優れた専門職能の発揮が大きく貢献している。
中でも不動産の仲介だけでなく、建物の使い方のイメージを提示し、資金計画をプロポーザル、
web、見学会・相談会等を通じ関係者間(オーナー、テナント、町内会(地元情報の把握、暮らし
をサポート)、改修デザイナー、工務店)をコーディネートし、オーナーとテナントとをマッチン
グさせ設計・施工へとつなげる、改修プロデューサー倉石氏の存在が大きい。
市と地元とが連携し進める街並み形成も、今後、エリアの魅力増進、不動産価値の維持向上に
寄与していこう。近代社会の成熟化、高齢化・余暇化そして知識情報化という社会変化を的確に
捉え、不動産付加価値創造の仕組みを創生した、リノベチームの功績は大である。また、地味だ
が町内会において空き家情報が概ね一元的に管理されていることが、空き家リノベーションビジ
ネスの展開にとって、重要なポイントの一つとなっていることを忘れてはならない。
「地方創生」支援プロジェクト
参考資料等
矢吹剣一・西村幸夫・窪田亜矢:
「歴史的市街地における空き家再生活動に関する研究
-長野市善光寺門前町地区を対
象として-」 (公社)日本都市計画学会都市計画論文集 Vol.49 No.1 pp.47~52 2014
秋山菜保子・田村誠邦・山本敏哉:
「空き家を活用した自発的まちづくりの展開-長野市善光寺門前町の空き家再生活動
に着目して-」日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿) pp.361~362 2014
日経リアルエステート・リポート:
「リノベーションまちづくり
長野・門前町」日経アーキテクチュア pp.48~54 2015
ケンプラッツ:
「長野・門前町のリノベーションまちづくり、新局面に」http://kenplatz.nikkeibp.co.jp
(株)まちづくり長野ホームページ
http://www.machidukuri-nagano.jp
長野市ホームページ https://www.city.nagano.nagano.jp
掲載写真等
もんぜんぷら座 https://ja.wikipedia.org/wiki/
ぱてぃお大門 蔵楽庭 http://www.machidukuri-nagano.jp/patio/patio2.html
ぱてぃお大門・中庭 http://www.mlit.go.jp/common/000015511.pd
リプロ表参道 http://chiikitecho.net/5420
カネマツ1階カフェ、権藤パブリックスペース 2012 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp
築 100 年の店舗「ナノグラフィカ」、SHINKOJI share space(東町ベース) http://kenplatz.nikkeibp.co.jp
善光寺 http://www.zenkoji.jp
表参道地区景観協定区域
http://www.nagano-saijiki.jp
「地方創生」支援プロジェクト