一 般 論 文 FEATURE ARTICLES SiC-PiNダイオードとSi-IEGTのハイブリッドペアによる 高周波駆動大電力変換装置 High-Power Converters with High Switching Frequency Using Hybrid Pairs of SiC-PiN Diodes and Si-IEGTs 高尾 和人 四戸 孝 金井 丈雄 ■ TAKAO Kazuto ■ SHINOHE Takashi ■ KANAI Takeo 電力,産業,鉄道交通分野などの社会インフラを支えるMVA 級電力変換装置の主要部品である高電圧大電力パワーデバイス では,高性能化のため高耐圧の炭化ケイ素(SiC)パワーデバイスの適用が期待されている。 東芝グループは,高耐圧SiC-PiNダイオードとSi(シリコン)- IEGT(Injection Enhanced Gate Transistor)を組み 合わせた大電力ハイブリッドペア モジュールの研究開発を行ってきた。今回,4.5 kV−400 A 級のハイブリッドペア モジュー ルを開発し,従来比で50 % のスイッチング損失低減効果と,4 kHzの高周波スイッチング動作を実証した。大電力ハイブリッ ドペア モジュールの適用によって,社会インフラ用電力変換装置の小型,軽量,及び高効率化が期待される。 High-power semiconductor devices are key devices for MVA-class power converters supporting various social infrastructures, including power systems, industrial systems, and railway systems. In particular, high-voltage silicon carbide (SiC) power devices are expected to improve the char- acteristics of high-power semiconductor devices. The Toshiba Group has been engaged in research and development aimed at realizing a high-power hybrid pair module using high-voltage SiC p-intrinsic-n (SiC-PiN) diodes and Si injection enhanced gate transistors (Si-IEGTs). We have now developed a 4.5 kV-400 A-class hybrid pair module, and demonstrated a 50% switching loss reduction compared with conventional modules and 4 kHz high switching frequency operation. The high- power hybrid pair module can contribute to the realization of high-efficiency MVA-class power converters with smaller size and lighter weight in the social infrastructure field. 1 まえがき 370 mm 217 術である⑴。低炭素社会の実現に向けて,スマートグリッド, mm 大電力パワーデバイスを適用した電力変換技術は電力分 野,産業分野,鉄道分野などの社会インフラを支える重要な技 太陽光発電,風力発電,高速鉄道などの分野で国内だけでな ハイブリッドペア モジュール く世界的にも今後大電力変換装置の需要が大きく伸びると予 水冷ヒートシンク ゲート駆動回路 モジュールの 1/4 部分 想されている。 大電力変換装置の普及のためには,小型・軽量化が重要な 課題の一つである。外形と質量を決定する要素として,受動 SiC-PiN ダイオード Si-IEGT 部品であるトランスとフィルタが挙げられる。これらを小型化 するために,変換装置のスイッチング周波数の高周波化が求め られている。しかし,現状の大電力パワーデバイスでは電力 図1.4.5 kV − 400 A 級 ハイブリッドペア モジュール ̶ 16 チップの SiC-PiNダイオードと8 チップの Si-IEGT で構成されている。 損失に制約があるため,1 kHz 以上の高周波駆動は困難で 4.5 kV-400 A hybrid pair module incorporating SiC-PiN diodes and Si-IEGTs あった。 今回東芝グループは,他機関との共同研究によって高耐圧 SiC-PiNダイオード⑵とSi-IEGT ⑶を組み合わせた定格 4.5 kV− 400 A 級のハイブリッドペア モジュールを開発し,電力損失の 2 4.5 kV−400 A 級ハイブリッドペア モジュール 低減と4 kHzの高周波駆動を実証した⑷。ここでは,開発した 開発した4.5 kV−400 A 級ハイブリッドペア モジュールを図1 高耐圧ハイブリッドペア モジュールの概要と特長,及び MVA に示す。モジュールには,16 チップの SiC-PiNダイオードと 級の大電力変換装置を想定したプロトタイプ変換装置による 8チップのSi-IEGTを用いている。SiC-PiNダイオードは,独立 動作実証試験の結果について述べる。 行政法人 産業技術総合研究所で試作されたものである。 34 東芝レビュー Vol.66 No.5(2011) ハイブリッドペア モジュールでは,パワーデバイスチップの 電流のピーク値が約−90 Aであるのに対し,SiC-PiNダイオー 熱抵抗を低減させるため,SiC-PiNダイオードとSi-IEGT チッ ドでは約−40 Aと1/2 以下に抑えられている。逆回復時間は, プが搭載されたセラミックス回路基板を水冷ヒートシンク(放 Si-PiNダイオードが 3 μsであるのに対し,SiC-PiNダイオード 熱板)に直接はんだ付けする構造とした。また,Si-IEGTを高 では,0.4 μsと1/7以下であり,非常に高速で動作することが 速スイッチングさせるため,モジュールとゲート回路の接続は わかる。 各 Si-IEGT チップとゲート回路間の配線距離が等価になるよ うな配線パターンのプリント基板配線で接続した⑸。 ハイブリッドペア モジュールに用いた SiC-PiNダイオードの 順方向電流−順方向電圧( 3 プロトタイプ変換装置による 高周波スイッチング動作の実証 )特性を図 2に示す。SiC はワイ ドバンドギャップ半導体であり,PN 接合のビルトイン電圧が 3.1 プロトタイプ変換装置の概要 Siより高い。そのため,順方向電圧が約 2.5 Vに到達して電流 ハイブリッドペア モジュールを適用したプロトタイプ変換装 が流れ始める。素子温度 150 ℃,順方向電流密度 200 A/cm 2 の条件で,順方向電圧は 3.48 V である。 置とその等価回路を図 4に示す。今回製作したプロトタイプ 変換装置はハーフブリッジ回路の構成であり,フルブリッジ イ チップ単体での SiC-PiNダイオードとSi-PiNダイオードの逆 回復特性の比較を図 3 に示す。Si-PiNダイオードでは逆回復 ンバータ回路の1相分に相当する。 MVA 級の大電力変換装置では,パワーデバイスを多直列 化して大容量装置を構成する場合が多い。そこで今回のプロ 150 ℃ 125 ℃ 100 ℃ 75 ℃ 50 ℃ 25 ℃ 40 350 300 250 (A) 3.48 V 200 30 3.68 V 150 20 3.19 V 100 順方向電流密度(A/cm2 ) 50 一 般 論 文 60 3.38 V 10 50 0 0 1 2 3 4 ⒜ プロトタイプ変換装置 ce1 ce2 + ce1 9,400 pF 9,400 pF 9,400 pF 9,400 pF ce2 500 kΩ 500 kΩ ハイサイド 下側モジュール Q2 500 kΩ 500 kΩ 440 μF SiC-PiN 直流電源 装置 SiC-PiN Current-voltage characteristics of SiC-PiN diode ハイサイド 上側モジュール Q1 ダイオード ダイオード +2.5 kV 図 2.SiC-PiN ダイオードの 特性 ̶ 素子温度 150 ℃,順方向電流密 度 200 A/cm 2 の条件で,順方向電圧は 3.48 V である。 ダイオード ダイオード (V) L 3 μs −2.5 kV ダイオード電流(A) 20 0 −20 −40 ローサイド 下側モジュール Q4 440 μF d3 ローサイド 上側モジュール Q3 d 約−40 A ⒝ 等価回路 −60 −80 直流電源 装置 d4 Si-PiN ダイオード 0.4 μs SiC-PiN SiC-PiN ダイオード 40 SiC-PiN 60 インダクタ:68 mH Q1∼Q4 , + 約−90 A ce1 ce2 ce1 ce2 d3 −100 時間 1μs 素子温度:125 ℃ d4 L d :4.5 kV−400 A 級ハイブリッドペア モジュール :モジュール単体の Si-IEGT のコレクターエミッタ間電圧 :モジュール 2 直列分の Si-IEGT のコレクターエミッタ間電圧 :ローサイドの上側 SiC-PiN ダイオードの電圧 :ローサイドの下側 SiC-PiN ダイオードの電圧 :負荷電流 :SiC-PiN ダイオードの電流 図 3.SiC-PiN ダイオードとSi-PiN ダイオードの逆回復特性の比較 ̶ Si-PiNダイオードの逆回復電流のピーク値は約−90 Aであるのに対し, SiC-PiNダイオードは約−40 Aであり,1/2 以下に抑えられる。 図 4.ハイブリッドペア モジュールを適用したプロトタイプ変換装置と 等価回路 ̶ ハイブリッドペア モジュールを2 直列に接続して直列動作特 性を評価した。 Comparison of reverse recovery characteristics of SiC-PiN and Si-PiN diodes Prototype power converter using 4.5 kV-400 A hybrid pair modules SiC-PiNダイオードとSi-IEGTのハイブリッドペアによる高周波駆動大電力変換装置 35 期間と呼ばれる)が存在し,その期間に直列モジュール間で電 + 100 A d ce2 + d ce1 ce2 0 ce2 1 kV 化するときにゲート−エミッタ間電圧が一定になる期間(ミラー ce1 Si-IEGTのスイッチングでは,コレクタ−エミッタ間電圧が変 , 接続構成とし,直列動作特性を評価した。 ce2 トタイプ変換装置では,ハイブリッドペア モジュールを2 直列 0 圧分担がアンバランスになるという問題がある。直列電圧分 時間 担を改善する方法として,コレクタ−エミッタ間電圧の状態を ⒜ Si-IEGT ターンオン 1 μs で短くすることで電圧アンバランスが発生する前にスイッチン 100 A d + ce1 ce1 0 0 グ動作を完了させる,ハードドライブという方法が提案されて オードでは図 3 に示したように逆回復電流が大きいため,ダイ オードの損失増大や過電圧が発生し実用化が困難であった。 一方,SiC-PiNダイオードは逆回復電流が小さいので,ハード ドライブを適用できる。そこで,今回製作したプロトタイプ変 + ce2 ce2 1 μs 時間 いる⑸。この方法は,スイッチング時間が短いためスイッチング 損失を小さくすることができる。しかし,従来の Si-PiNダイ d 1 kV これに対し,ゲート抵抗値を小さくしてミラー期間を極限ま , 時間が長くなりスイッチング損失が大きいことが問題である。 ce2 ライブという方法がある。しかしこの方法では,スイッチング ce2 検出してゲート−エミッタ間電圧を制御するアクティブ ゲートド ⒝ Si-IEGT ターンオフ 素子温度:25 ℃ 図 5.ハイブリッドペア モジュールのスイッチング波形 ̶ ce2 は ce1 + ce2 の約1/2 になっていることから,2 直列モジュール間で良好な電圧分担特 性が実現できたことがわかる。 Switching waveforms of 4.5 kV-400 A hybrid pair modules 換装置では,ハードドライブによるモジュールの直列動作を検 証した。ハードドライブでは,直列電圧バランスを安定化させ チング時の電圧バランス用の小容量コンデンサをモジュールに 並列接続するだけであり,シンプルで小型の回路構成が実現 できる。 今回製作したプロトタイプ変換装置では,各モジュールに並 列に 500 kΩの抵抗と9,400 pFのフィルムコンデンサを接続し た。動作試験では,入力直流電圧は±2.5 kVとし,2 直列モ ジュール当たり5 kVの電圧を印加した。 3.2 ハイブリッドペア モジュールのスイッチング特性 プロトタイプ変換装置に組み込んだハイブリッドペア モジュー ルのスイッチング特性を評価した。直流電圧±2.5 kV,電流 330 Aの動作条件で測定したハイサイドモジュール(Q1,Q2)の スイッチングエネルギー (%) るための付加部品として,直流電圧バランス用の抵抗とスイッ 100 22 % 低減 1.9 51.6 41.9 40 20 直流電圧:2.5 kV 素子温度:125 ℃ 14.1 80 60 50 % 低減 34.4 34.4 PiN ダイオード 逆回復損失 3.3 12.2 34.4 Si-IEGT ターンオン損失 Si-IEGT ターンオフ損失 0 PiN ダイオード Si SiC SiC ゲート抵抗 標準 標準 標準×1/4 図 6.SiC-PiNダイオードによるスイッチング損失の低減効果 ̶ スイッ チング損失を,ハードドライブによって,従来の Si-PiNダイオードを用いた モジュールに比べて 50 % 低減できる。 Switching loss reduction of high-power module using SiC-PiN diode スイッチング波形を図 5に示す。Si-IEGTのターンオフ後に直 列モジュール間で電圧アンバランスが発生しているが,電圧値 の差は約10 % 以内に収まっており,良好な特性であることが ハイブリッドペア モジュールによるスイッチング損失低減効 わかる。電圧アンバランスの原因は,Si-IEGTのターンオフ特 果を図 6 に示す。Si-PiNダイオードをSiC-PiNダイオードへ交 性の差であり,特性のそろった Si-IEGTを組み合わせること 換することで,従来のスイッチング損失に対して 22 % の損失 で電圧アンバランスを改善できる。 を低減できる。また,ゲート抵抗を低減させたハードドライブ Si-IEGT がターンオンするときの SiC-PiNダイオードの逆回 を適用することで,従来に比べて 50 % の損失低減効果が得 復電流のピーク値は 200 A,逆回復時間は 150 nsと非常に小 られ,ハードドライブがスイッチング損失の低減に非常に有効 さいことが確認できる。逆回復電流は振動波形となっている であることがわかる。 が,これは SiC-PiNダイオード及び Si-IEGTの接合容量,並び 3.3 4 kHz スイッチング動作試験 に並列接続したフィルムコンデンサと,配線インダクタンスとの ハイブリッドペア モジュールを適用したプロトタイプ変換装 間での共振であり,振動を低減させるために配線インダクタン 置で,スイッチング周波数 4 kHzでの連続動作試験を実施し スを低減することが今後の課題である。 た。直流電圧±2.5 kV,負荷電流ピーク値 100 Aの動作条件 36 東芝レビュー Vol.66 No.5(2011) ce2 + ce2 松本寿彰 他.大電力パワーデバイスを適用した電力変換技術.東芝レビュー. 63,11,2008,p.2−8. ⑵ Tanaka, Y. et al. "Development of 6 kV-class SiC-PiN diodes for high- 50 A L 0 文 献 ⑴ 1 kV , + ce1 ce2 ce1 ce2 voltage power inverter". Proc. of International Symposium on Power Semiconductor Devices & IC's. Hiroshima, 2010-06, IEEE. p.213−216. 0 (CD-ROM). 5 ms 西谷和展 他.高耐圧大電流 IEGT.東芝レビュー.63,11,2008,p.9−14. ⑷ Takao, K. et al. "High-Frequency Switching High-Power Converter (CD-ROM). 50 A L 0 ⑶ with SiC-PiN Diodes and Si-IEGTs". Proc. of IEEE Energy Conversion Congress & Expo. Atlanta, GA USA, 2010-09, IEEE. p.4558−4563. 1 kV ce1 ce2 , + ce2 時間軸 時間 拡大 ⑸ Omura, I. et al. "IEGT design concept against operation instability and its impact to application". Proc. of International Symposium on Power Semiconductor Devices & IC's. Toulouse, France, 2000-05, 0 IEEE. p.25−28. (CD-ROM). 時間 0.5 ms 図 7.プロトタイプ変換装置での 4 kHz スイッチング動作の波形 ̶ 4 kHz の高周波動作とした結果,負荷電流に重畳する高調波の振幅は非常に小 さくなった。 一 般 論 文 Module voltage and load current waveforms of prototype power converter at switching frequency of 4 kHz で測定したハイブリッドペア モジュールの電圧波形と負荷電 流波形を図 7に示す。直列モジュール間の良好な電圧分担が 確認できる。また,4 kHzの高周波動作とした結果,負荷電 流に重畳する高調波の振幅は非常に小さくなった。 4 あとがき 社会インフラシステム用大電力変換装置の小型・軽量化を 実現できる4.5 kV−400 A 級ハイブリッドペア モジュールを開 発し,スイッチング損 失の大幅な低 減と,直列接 続したモ ジュールの 4 kHzでの高周波スイッチング動作を実証した。 今後は,SiC-PiNダイオードのいっそうの特性改善とともに, 高尾 和人 TAKAO Kazuto, D.Eng. ダクタンス化に向けた開発を進め,SiC-PiNダイオードを適用 研究開発センター 電子デバイスラボラトリー研究主務,工博。 SiC パワー半導体素子応用技術の研究・開発に従事。電気 学会会員。 した大電力ハイブリッドペア モジュールの実用化を目指す。 Electron Devices Lab. モジュールの大電流化,高速スイッチング動作に適した低イン 四戸 孝 SHINOHE Takashi 謝 辞 技術研究部門及び先進パワーエレクトロニクス研究センター, 研究開発センター 電子デバイスラボラトリー研究主幹。 Si 縦型パワー半導体素子及び SiC パワー半導体素子の研究・ 開発に従事。電気学会,応用物理学会会員。 Electron Devices Lab. 公立大学法人 首都大学東京,並びに独立行政法人 国立高等 金井 丈雄 KANAI Takeo 専門学校機構 茨城工業高等専門学校との共同研究の成果で 東芝三菱電機産業システム(株)パワーエレクトロニクスシステム この研究は,独立行政法人 産業技術総合研究所エネルギー ある。この研究を進めるにあたり,ご協力いただいた関係者 各位に感謝の意を表します。 SiC-PiNダイオードとSi-IEGTのハイブリッドペアによる高周波駆動大電力変換装置 事業部 パワーエレクトロニクス部技術主幹。大容量パワー エレクトロニクス装置の開発・設計に従事。電気学会会員。 Toshiba Mitsubishi-Electric Industrial Systems Corp. 37
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