特集 東京都のペストコントロール行政の動き 東京都の建築物衛生行政の現況 東京都健康安全研究センター ビル衛生検査係 1.特定建築物の防除業務 奥村 龍一 が改正され、特定建築物におけるねずみ昆 建築物における衛生的環境の確保に関する 虫等の防除は、IPMの考え方を取り入れた 法律 (以下、 「建築物衛生法」という。)では、多 体系に基づき実施するよう、技術的な助言 数の者が使用、利用する建築物を「特定建築物」 が示された。 とし、「人の健康を損なう事態を生じさせる動 IPMは、人の健康に対するリスクと環境 物」を防除の対象としている。一般に、ねずみ、 への負荷が少ない方法で、ねずみ等を制御 ゴキブリ、ハエ、蚊、ノミ、シラミ、ダニな し、その水準を維持する管理方法である。 どであるが、国内では、これら病原微生物を その実施にあたり、①適切な生息密度調査、 媒介する動物に起因する感染症の発生は極め ②調査結果に基づく目標水準の設定、③発 て少ない。しかしながら、海外では、デング 生源対策や侵入防止対策等の実施、④必要 熱やチクングニア熱などが広く流行しており、 に応じた人や環境に配慮した有効で適切な 国内に生息するイエカ、ヒトスジシマカなど 防除の実施、⑤目標水準を踏まえた防除効 は、これらウイルスの媒介が可能である。海 果の評価の体系で、ビルの実情に見合った 外から持ち込まれたトコジラミが、国内に定 業務計画を作成する必要がある。 着しつつあるように、近い将来、病原ウイル スが国内に侵入し、流行する可能性がある。 (2)定期的な生息状況の点検 法令では、統一的な調査を6 ヶ月以内ごと このほか、建築物内外で繁殖するチョウバ に1回、また、食料保管場所、排水槽、廃棄 エ、ハチなども、不快害虫として防除する必 物保管場所など、発生しやすい箇所では2 ヶ 要があり、防除業務は、ビル内の環境を整備 月以内ごとに1回としている。東京都では、 する上で重要な業務である。また、特定建築 ビルが集積していること、地下利用が進み 物以外の建築物についても、法で規定する防 繁殖・生息場所となるなど、大都市の特徴 除に努めなければならないと規定している。 を考慮し、統一的な点検を毎月実施するよ なお、建築物衛生法により、ねずみ昆虫等 う行政指導している。 の発生、侵入防止、駆除を特定建築物のねず 生息密度調査の方法として、捕獲器によ み昆虫等の防除として規定している。防除対 る生息調査、ふんや虫体、足跡等の調査、無 象の種類、生息数及び発生場所は、ビルの用 毒餌による喫食調査、聞き取りや目視によ 途により異なるため、それに応じた防除計画 る調査などがあり、対象や場所に応じた方 が必要となる。 法を採用する。また、薬剤を使用する場合は、 (1) 総合的有害生物管理(IPM) 平成20年に建築物環境衛生維持管理要領 薬剤の種類、薬量、処理法、処理区域につ いて十分な検討を行い、実施前に日時、作 ◆◆◆ 7 東京都の建築物衛生行政の現況 業方法等を建築物の利用者に周知徹底する 必要がある。 (3)点検記録の保管 建築物衛生法により、防除業務の状況を 記録した帳簿書類を、5年間保存しなければ ならない。防除は、専門性が高い業務であ りPCO業者に委託するのが一般的である。 点検作業記録を報告書として作成する際に 扉下に設置したゴムスカート は、調査日時、調査実施者、調査場所、調 査方法、調査結果、措置方法、使用薬剤な どの項目を記載し、薬剤を使用した場合は、 効果判定結果の記載が必要である。また、 発生源対策として食材管理の改善、侵入防 止対策として防虫網の設置など、防除業務 で把握した改善事項を提案することは、防 除の総合サービスとして専門業者が担うの ガラリに設置した防虫網 にふさわしい取組と考える。なお、 (公社) 東京都ペストコントロール協会では、これ 廃棄物保管場所などの設備を検査すると ら改善事項を報告する書式を作成し、普及 ともに、食材の保管状況、ふんや虫体、 啓発している。 足跡などを目視調査している。 (4)平成25年度立入検査結果 当所が所管する延べ面積1万㎡を超える特 防そ構造の不備が12.5%あり、扉の防虫網 定建築物の立入検査結果は、次のとおりで が設置されていない事例が多く認められ あった(立入検査数460件) 。なお、帳簿書類、 た。食品、厨芥類の保管状況の不備は1.8% 設備ともに不良を認めた場合は、書面によ あり、食品を床に置いていたり、廃棄物 り改善措置を報告するよう求めている。 保管場所での保管不良であった。また、 ①帳簿書類検査 保存されている記録を検査したところ、 ゴキブリ、チョウバエの生息やねずみの ふんを確認した施設が7.4%あった。 定期点検の実施状況で2.2%、また、点検 侵入防止対策として、扉ガラリや排気 に基づく措置で1.7%の不適が認められた 口などの開口部には、防虫網を整備した ものの、法令で義務付けられた統一的調 り、配管の壁貫通部分の隙間や天井、壁 査は、概ね実施されていると考える。 等の破損による隙間などを補修すること ②設備検査 8 食品保管場所や廃棄物保管場所の防虫 が有効である。また、発生防止対策として、 立入検査では、ねずみ昆虫が発生しや 蓋付きポリ容器に入れるなど食材の適正 すい場所である、食料保管場所、排水槽、 管理、廃棄物の早期運搬及び施設内外の ◆◆◆ 特集 東京都のペストコントロール行政の動き 清掃が必要である。 3.これからの防除業の展望 IPMを推進し定着を図るためには、行政の 2.ねずみ昆虫等防除業の指導育成 姿勢を明確に位置づける必要がある。国土交 特定建築物の維持管理業務には、専門的な 通省は、官庁施設の保全に係る技術基準とし 知識・技能が必要なことから、様々な業務を て、「建築保全業務共通仕様書」を公開してお 専門業者に委託するのが一般的である。その り、IPMによる防除作業が指定されている。 (資 ため、これら業者の資質の向上及び従事者の 料掲載URL:検索キーワード「建築保全業務標 技能向上を図り、特定建築物の委託業務の利 準仕様書」 )また、東京都財務局も、東京都が 便に資するため、建築物衛生法で知事による 管理する建築物の維持管理について、 「維持保 事業登録制度を設けている。登録業種は8業種 全業務標準仕様書」を定めており、平成26年度 あり、平成26年3月末現在、ねずみ昆虫等防除 改定でIPMの体系による防除業務を採用した。 事業者は313件で、全国のおよそ1割を占めて いる。 事業登録の有効期間は6年であり、建築物衛 (資料掲載URL:検索キーワード「維持保全業務 標準仕様書」) 特定建築物でのIPMによる防除業務を推進 生法で定められた機械器具、保管庫等の物的 するため、東京都では、これら官公庁に対し、 要件、監督者等の人的要件等を確認し、これ 仕様書に見合ったIPMによる防除が適切に実 ら要件を備えた営業所に、登録証明書を交付 施されているか調査し、その定着を促す取組 している。登録に必要な物的要件として、調 を開始する。これと合わせ、特定建築物維持 査用トラップ、実体顕微鏡、毒じ箱及び捕そ器、 管理権原者、建築物環境衛生管理技術者に対 噴霧器、真空掃除機などがあり、人的要件と し、立入検査時、講習会等でIPM防除に関する して、ねずみ昆虫等防除作業監督者の資格者、 普及啓発の一層の取組を推進していく。一方、 防除従事者全員が所定の研修を受講している 登録事業者を始めとした防除業者にも、IPM 必要がある。 仕様書に応じた防除作業を請け負うことがで 東京都は、登録事業者を対象に定期的に講 きる業務態勢を整えていただきたい。 習会を開催しており、平成25年度は建築物ね このような官公庁に向けた取組が定着すれ ずみ昆虫等防除事業者を対象に講習会を開催 ば、民間ビルもIPMによる防除に移行してい した。 (資料掲載URL:検索キーワード 「健康安 き、近い将来、薬剤を使用した全館定期駆除 全 平成25年度 ねずみ昆虫 講習会」 ) が主流の建築物防除業務が大きく転換してい くものと期待する。 ◆◆◆ 9
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