ピアノ教育セミナー シリーズⅨ

P
IANO
EDUCATION
SEMINAR
SERIES IX
ピ
ア
ノ
教
育
セ
ミ
ナ
ー
ピアノ教育セミナー シリーズ IX
個性的なピアニストを育てるために
∼アレクサンダー・テクニークを実践しながら確信のある指導を∼
講演:小野ひとみ
“アレクサンダー”という名前、お聞きになられた方も多いと思いますが、限られた時間の中、
少しでも理解していただき、日々のレッスンにお役立ていただければと、ご講演いただきました。
“思いどおりに動く”の真の意味を探る
私たち人間は、引力のある地球上で、二足歩
横たわった状態ですが、それでも頭を動かし、
せきつい
行というもっとも進化した能力を持った動物と
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して活動しております。生まれてからすぐは、
脊椎動物としての動作をしています。徐々に頭
を地上から少しずつ持ち上げながら動作を重ね
ピアノ教育セミナー シリーズ IX
て、最後には脊椎の一番上でバランスをとった
ることなのです。プライマリー・コントロール
ときに、完全に二本足の上に立ち上がります。
によって動いている身体システムを、アレクサ
頭は脊椎の一番上でバランスを取り、支えら
ンダーは、ヘッド・リードと呼びました。プラ
れたときに、人は人間としての最高の身体能力
イマリー・コントロールが働いている場合は、
がもっとも有能な状態になります。この一連の
自然体であって、常に新しいことを瞬間的にで
進化、成長を導いたのが、プライマリー・コン
きるようにする、1つ1つの動作こそ個性なの
トロールといいます。
です。決まった動きがあるわけではありません。
例えば、皆様がここで私の話を聞いて、頭と
・・ ・・
脊椎を中心とした支え、動きのコントロールを
ヘッド・リードとは、心身の一部としての頭
もちろん
ると、心身能力が低下します。つまり、うまく
が動作を先導する意味は勿論あります。しかし、
・・ ・
頭を先導するためには、それに対する意志、決
・
意という意識的なきっかけがなければ、頭を動
自由に動けなくなったりします。今、プライマ
かすことはできません。人間は意志が必要です。
する能力を、何らかの理由でうまく使えなくな
じゃま
リー・コントロールの邪魔をしないような姿勢
ここでいう、ヘッド・リードとは、まず時間の
を続けて、座っていたとしたら、長時間座って
ある動作への決意、そして、頭という2つの意
いても、いつも身体は楽で、生き生きとして、
味を持っています。
集中力も続きます。座っていることに疲れてき
たら、これは私のプライマリー・コントロール
が邪魔されてちょっと動きづらくなったという
ことがわかると思います。
1つめの〈頭〉
、つまり意志はどのように決断
されるのでしょうか?
今、自分の状態、自分以外のもの(状況的)
を認識した上で、行動の可能性を発見し、その
みずか
つまり、プライマリー・コントロールが働い
可能性の中から自らの価値観で行動を選択でき
ている身体=個性的なパフォーマンスなのです。
たときに、人は初めて確信を持った現実的な決
身体こそ個性、個性は身体そのものなのです。
意ができます。言い方を換えれば、現状を認識
自分の身体を使いこなすことが、個性を発揮す
し、自分の考えで行動すれば、行動は必ず成功
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するということです。
では、どうして私たちは、行動を失敗するの
でしょうか?
ピアノを弾いているとき、思いどおりにいか
ないこと、ありませんか?ピアノ以外の日常で
のが中に入ってしまうと、動作が正確に、また
繊細にできなくなってしまいます。この情報
(地図)の間違えは、ボディー・マッピングとい
う方法で解決することができます。
思いどおりに動かないもう1つの原因があり
ずさん
もありませんか?
ます。それは、能力・感覚が杜撰になることで
それは、まずは自分の状態を認識しきれてい
す。せっかく情報が入ってきて地図を刺激して
ない、もしくは、間違って認識しているからな
も、感覚自身が杜撰になると、情報を信じられ
のです。それでは自分の状態を認識するために
なくなります。自分の感覚が杜撰になることは、
は2つの機能が必要なのです。1つはボディ
私たちはよく経験します。いつも使い慣れてい
ー・マップというものです。そしてそのボディ
る箸をポトッと落としてしまう・・・。また、階段
ー・マップに情報を送り続けるカリー・マップ。
を踏みはずしそうになるとか。この杜撰の原因
この2つが必要なのです。
は、慣れからくる“不注意”
、これが杜撰にして
はし
人は生まれて以来、自分の体を感じて、その
います。ショッキングなことが起こるまで、自
情報を脳の中に、身体の機能、サイズを書き込
分自身は、慣れにまかせている意識はないので
んで、体の地図と呼ばれているイメージを脳の
す。いつもどおりだと信じています。我々はこ
中に持っています。この地図に従って、もしく
の状態を習慣の奴隷になっている、と言ってい
は体をコントロールし、その感覚からフィード
ますが、この状態から脱出、または解消するこ
バックされてきた情報(地図)は、常に書き改
とはアレクサンダー・テクニークの原則では、
められて、心体に変化があれば、それをわかる
インキビションという方法が一番であると思い
ことができます。しかし、この書きかえがうま
ます。
どれい
くいかないと、また、自分自身の現状と違うも
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アレクサンダー・テクニークで自然の動作が
ピアノ教育セミナー シリーズ IX
生まれる行程は、まず我々は外から刺激を受け
され、ヘッド・リードのシステムで思いのまま
ます。その刺激に対して、答えたいという衝動
の動作が可能になります。身体が常に新しい想
が生まれます。そしていつもどおりに行動をし
像的な動作にチャレンジしていくことで、より
てしまう。例えば、椅子が目の前にあれば座っ
身体能力が洗練され、才能は開花していきます。
てしまう・・・。しかし、インキビションをいれる
これを皆さん実行しているのです。ピアノを弾
と、刺激→衝動→待て というストップサインが
くということはこういうことなのです。
出て、少し現状を認識するようになります。そ
ピアノの前に座って、自分の身体、周りの環
して、この現状からこれとこれができる、とい
境、いろいろなことを考えて、今の現状に対し
う可能性を見い出します。そして、その可能性
て動作を決定することにより、想像的な演奏が
からこれにしよう、という選択ができます。そ
できるわけです。身体のコントロール意識と身
の選択は、確信をもった決意になって、自分の
体のコラボレーションで起こっているのであっ
自然体の動作の実行につながります。つまり、
て、どちらか1つでも欠けると成立はしないと
インキビションが入ることにより、選択ができ、
いうことが理解できたかと思います。
新たな動作の可能性が生まれ、自分たちの身体
を最高に使うことができ、能力を最高に発揮す
ここから先は実践になりますので、割愛させていただきます。
ることができるようになります。
よしひろ
(編 広報部 田代幸弘)
動作は慣れにまかせたものではなく、現実的
と
す
に自覚を持ったものになれば、感覚も研ぎ澄ま
当日、舞台上でアレクサンダー・テクニークの指導を受けられた
モデルの生徒・先生に感想を伺いました。
○モデル生徒の阿部貴理子さんより・・・
今回初めてアレクサンダー・テクニークを教えていただきました。今まで姿勢が悪く、思ったよう
にフォルテの音を出せませんでした。小野先生から、椅子の腰かけ方、腰を安定させること、頭や
足の位置を指導していただき、フォルテを出すイメージがわかってきました。これからピアノを弾
くとき、このイメージをしっかり意識して練習したいと思います。
○モデル教師の今野尚美先生より・・・
ロンドン留学中の学生時代にアレクサンダー・テクニークの指導を受けた経験がありましたが、そ
しんずい
の当時には身体と頭と心のバランスがとれず、真髄を深く理解することができませんでした。しか
し今回、小野ひとみ先生のご指導を賜り、目的と意識を明確に持つことで所作が変わり、所作が変
わることによって音色も変わり、生徒も私も心身ともに自由になり、落ち着いて時間と空間を心地
良くコントロールできるのだという大きな変化を体感いたしました。小野先生のご指導は大変わか
りやすく、瞬時にして問題点を見抜いてくださり、しかし決して押し付けることなくユーモアをま
じえてリラックスさせてくださりながらいつの間にか自分の中から何かを引き出していただくよう
お お げ さ
な、そんな魔法のようなお導きでした。少し大袈裟かもしれませんが、所作が機能的になると、生
きるのが楽になったような気さえいたしました。演奏、指導、そして日々の生活においてどのよう
に有効に自分をつかっていくか、目からうろこが落ちるようなヒントがちりばめられた講座でした。
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