次世代IPバックボーンネットワーク - Fujitsu

次世代IPバックボーンネットワーク
Next Generation IP Backbone Network
あらまし
57, 4, 07,2006
NGN(Next Generation Network)をキーワードに,音声通信や映像通信まで取り込ん
だ次世代IPバックボーンネットワークの構築が急務となっている。
本稿では,まず,次世代IPネットワークの要件とそれを実現するための具体的な技術に
ついて述べる。つぎに,シスコ社との共同開発に関する提携に基づき,共同ブランド製品と
して市場投入した「Fujitsu and Cisco CRS-1シリーズ」を紹介する。本シリーズは,とく
に,社会基盤としての役割を果たすために,インターネットに代表されるIP(Internet
Protocol)技術をベースに,信頼性・拡張性・柔軟性に関する要件を満たす各種先進技術を
有する装置として,通信キャリアやネットワークサービスプロバイダの次世代IPバック
ボーンネットワーク構築に欠かせない主力製品である。最後に,今後の展開の一端を紹
介する。
Abstract
Many studies and investigative activities on the Next Generation Network (NGN) have
continued for the past several years. It has thus become urgent to construct a nextgeneration IP backbone network in which voice and video communication capabilities
converge. This paper introduces the Fujitsu and Cisco CRS-1 series as a jointly developed
product based on a strategic alliance for codevelopment with Cisco Systems Inc. It is
essential to develop new products for carriers and NSPs in order to construct the nextgeneration IP backbone network that will serve the role of a social infrastructure. This
paper not only describes IP technology but also the many advanced technologies
incorporated in the Fujitsu and Cisco CRS-1 series to satisfy the needs for high availability,
extensive capability, and greater flexibility. Moreover, this paper describes the activities
underway for adapting global products to the Japan market.
伊東和彦
(いとう かずひこ)
基幹ルータ事業部 所属
現在,シスコ社アライア
ンス製品の開発計画
策定,ビジネス推進
に従事。
390
妹尾雅之
(せのお まさゆき)
基幹ルータ事業部 所属
現在,シスコ社アライア
ンス製品の品質向上,シ
ステム試験に従事。
麻野克仁
(あさの かつひと)
加藤正顕
(かとう まさあき)
基幹ルータ事業部 所属
現在,シスコ社アライア
ン ス 製品 のIOS XRソ
フトウェア共同開発に
従事。
基幹ルータ事業部 所属
現在,シスコ社アライ
アンス製品の商品化に
従事。
FUJITSU.57, 4, p.390-395 (07,2006)
次世代IPバックボーンネットワーク
準化が推進されてきた。一方,テレコム系通信キャ
ま え が き
リアが提供してきた各種サービスはITU-Tを中心に
インターネット技術をベースに発展してきたIP
標準化されてきた。
バックボーンネットワークはB2B,B2Cに代表さ
1980年代は互いのサービスは独立しており,別
れるビジネス形態に共通に利用され,すでに社会基
ネットワークで提供されていた。1990年代に入り,
盤としての役割を担い始めている。様々なアプリ
それぞれのネットワークを異なる手段で使わざるを
ケーションサービスが通信キャリアやサービスプロ
得なかった不便さを解消することを目的に,いくつ
バイダから提供され,IPネットワークは使う時代
かの取組みが行われた。一つはATM技術であり,
に入った感がある。さらには,通信キャリアを中心
LANEや MPOAとい ったATM ネ ッ トワー ク上で
にFMC(Fixed Mobile Convergence:固定通信と
LANをエミュレーションする技術やIPに限定しな
移動体通信の融合)や通信と放送の融合などを実現
い マ ル チ プ ロ ト コ ル を 取 り 入 れ る 試 み が ATM
するNGN(Next Generation Network)構築に向
Forumを中心に行われた。標準化・実用化はされ
けた主要構成要素として,ますます期待がかかって
たものの,残念ながらその複雑さからIPとの親和
いる。
性を十分に確保できなかったと思っている。ほぼ時
本稿では,まずネットワークの変遷とNGNへの
期を同じくしてIETFにおいてもテレコム系ネット
期待について触れ,つぎに,次世代IPネットワー
ワークへのIP技術の適用性についての検討が進め
クへの要件と実現技術について述べる。さらに,
られ,IP over ATMやMPLS(Multi-Protocol Label
IPネットワークの主要構成要素であるルータの開
Switching)といったIPの良さを生かした取組みが
発戦略とその製品について述べる。
行われた。とくに,通信キャリアがそのサービス性
ネットワークの変遷とNGNへの期待
ネットワークの変遷を図-1に示す。データコム系
を維持するために必要な要件として,従来の専用線
イメージでトラフィックを制御できることから受け
入れられたMPLSが,2000年に従来のサービスに
事業者が提供してきたインターネットサービスを支
代わるIP-VPNサービスへと発展したことを考える
える基礎技術は,IP(Internet Protocol)とイーサ
と,1990年代はデータコムとテレコムの技術が互
ネットであり,IETF,IEEE802委員会によって標
いに作用した時期として重要な意味がある。
1980年代
1990年代
2000年代
'97
'93
メガリンクサービス
'88
フレームリレーサービス
ISDNサービス
'98
'05
'84
シェアリンクサービス
'95
仮想広域イーサ
ディジタル専用線
セルリレーサービス
サービス
ネットサービス
'91
'00
'03
ATM Forum
IP-VPN
マネージドVPNサービス
LANE,
MPOA
'01 L2-VPN,インターネットVPN
IP over ATM MPLS
TCP/IP IETF
'02
mpls ASSOCIO
'90
'80
'99
商用インターネットサービス
'04
IEEE802
'88
ADSLサービス
エントリVPNサービス
WIDEプロジェクト
'01
FTTHサービス
独立期
相互作用期
発展期
図-1 ネットワークの変遷
Fig.1-Change of network.
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391
次世代IPバックボーンネットワーク
2000年から2005年までの5年間に,VPN(Virtual
(3) 柔軟性
Private Network)の発展形として様々なサービス
インターネットはパケットを相手に届ける到達性
が 通 信 キ ャ リ ア か ら 提 供 さ れ て い る 。 ADSL や
の追求から始まったわけであるが,ビジネスや社会
FTTHといったアクセスネットワークのブロードバ
生活の様々な場面でネットワークが活発に利用され
ンド化もその発展の一端を担っているといっても過
るためには,利用シーンに沿った通信環境を柔軟に
言ではないであろう。さらには,企業などのユーザ
提供するための技術が重要である。
が必要に応じてダイナミックにユーザ自身の手で
三つの要件に対する各種技術
ネットワーク構成を変更できるマネージドVPN
サービスは,ネットワークを使うユーザの利便性を
次世代IPバックボーンネットワークはNGNアー
高めたものであり,IP技術の柔軟性・拡張性を具
キテクチャ(1)におけるトランスポートストラタムの
体化した良い例である。
コアトランスポートネットワーク部分に位置付けら
以上述べたように,ネットワークはいろいろな変
れる。特徴的なことは,実際にパケットを転送する
遷を経て,今日,IPバックボーンネットワークと
ユーザプレーンとQoSなどを制御・管理する制御・
しての発展を遂げたわけであるが,今後もサービス
管理プレーンとが分離していることである。
は拡張されていくと想定される。とくに,実用化に
ネットワーク要件に対し,研究・検討・実用化さ
向けて歩み出したインターネット放送,FMCによ
れているIP関連要素技術とNGNアーキテクチャと
る音声トラフィックのIPネットワークへの収容,
の関係を図-2に示すとともに,各技術の概要を以下
地上波デジタル放送のIPによる再送信の実験など,
に述べる。
今後5年間のうちにいずれも実用化に向けての本格
● ユーザプレーンに関する技術
的な取組みが急速に行われることは誰しも疑わない
ことであり,これらのサービスを実現するプラット
フォームとしてのNGNへの期待は大きい。
次世代IPバックボーンネットワークへの要件
次世代IPバックボーンネットワークへの要件を
挙げると以下の三つとなる。
(1) 信頼性
個人・企業を問わず,インターネットやIP-VPN
(1) 信頼性に関する技術
・Hitless Switchoverは,ルータ/スイッチといった
装置単体で,BFD (Bidirectional Forwarding
Detection)は隣接装置間で,パスプロテクショ
ンはIntra-domainにおけるエンド・エンド通信
で,それぞれ信頼性を実現する技術である。
・Hitless Switchoverはパケット転送を中断するこ
となく冗長化されたハードウェアの切り替えを
行う。
などのネットワーク資源を使いデイトレーディング
・BFDは隣接する装置内パケットフォワーディン
や基幹業務が行われている現在,ネットワークサー
グエンジン間における双方向のパス障害を,レイ
ビ ス を 提 供 す る 通 信 キ ャリ ア や NSP ( Network
ヤ2メディアやレイヤ3プロトコルに依存せずに
Service Provider)はサービス品質を規定したSLA
高速に検出する。
(Service Level Agreement)をベースとした運用を
・パスプロテクションはバックアップパスにパケッ
行っている。したがって,安全性という意味合いを
トを瞬時に切り替える。Global RepairとLocal
含め,SLAを裏付けるネットワークの信頼性を向
Repairの二つの方式があり,とくに後者は数十
上させる技術が重要である。
msオーダの切り替えができるFast Rerouteとし
(2) 拡張性
インターネットトラフィックは相変わらず年2∼
て実用化されており,バックボーンネットワーク
のコア部分への適用が望ましい。
3倍の勢いで増加している。将来,ユビキタスコン
・NetFlowはネットワークの信頼性を計測するため
ピューティングサービスの普及とともに家電が接続
の技術である。計測された情報に従い,制御・管
され映像コンテンツが加わることを想定すると,
ネットワーク帯域を十分に拡張できる技術が重要で
ある。
392
理プレーンからパケット転送の制御が行われる。
(2) 拡張性に関する技術
・ ク ラ ス タ リ ン グ ( マ ル チ シ ャ ー シ ), Logical
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次世代IPバックボーンネットワーク
トランスポートレイヤ
制御・管理プレーン
BGPマルチパス
IGP Fast Convergence / Fast Hello
BGP Route Flap Dampening
Graceful Restart
Hitless Software Upgrade
Software Modularity
アドミッション制御
RSVP
OSPF ECMP
マルチパス(BGP/Static)
BFD
パスプロテクション
Hitless Switchover
ロードバランス
Link Aggregation
トラフィックモニタリング
NetFlow
40G POS / 40G GRID
クラスタリング(マルチシェルフ)
Logical Router
信頼性
ユーザプレーン
優先制御
Diffserv Intserv
ポリシング/シェーピング
ベストエフォート
柔軟性
拡張性
図-2 NGNアーキテクチャとIP技術
Fig.2-NGN architecture related IP technologies.
Router,40G POS/40G GRID,ロードバランス,
Link Aggregationなどは装置自体の拡張性を実
現する技術である。
・クラスタリング(マルチシェルフ)はバックプ
レーンや光ケーブルなどで複数台の装置を増設イ
といった異なる速度のイーサネットを1本のイー
サネットに見立てることができる。
(3) 柔軟性に関する技術
・ベストエフォート,ポリシング/シェーピング,
Diffserv(Differentiated Service),Intserv
メージで順次接続しスイッチ容量を増やすことが
(Integrated Service),優先制御などは,ユーザ
できるため,設備投資を抑えられる利点がある。
プレーン上でQoS(Quality of Service)を実現
・Logical Routerは1台の装置内リソースを論理的
する技術である。
または物理的に分離し,サービスなど使用目的ご
・ベストエフォートはパケットの到達性を確保する。
とにその分離リソースを割り当てることができる。
・Diffservはパケット転送に優先権を付与する。
複数の異なる装置を必要としないため,ネット
Intservはパケットの転送・遅延時間や帯域の絶
ワークオペレータの運用操作性を統一する利点が
対値をポリシングやシェーピングと組み合わせて
ある。
提供する。
・40G POS/40G GRIDは40 Gbpsの超高速インタ
フェースであり,ネットワークの帯域やスルー
プットを向上することができる。さらに,40G
● 制御・管理プレーンに関する技術
(1) 信頼性に関する技術
・Hitless Software Upgrade,Software Modularity
GRID は40 Gbpsの帯域を光の波長に対 応し光
は装置単体で,Graceful Restartは隣接装置間で,
ケーブルのリソースを効率よく使用することがで
IGP Fast Convergence,Fast Hello,BGP(Border
きるため,不要な光ケーブル敷設を抑制する利点
Gateway Protocol)マルチパス,BGP Route Flap
がある。
DampeningはIntra-domainにおけるエンド・エ
・ロードバランス,Link Aggregationは複数の物
理/論理インタフェースを仮想的な1本のインタ
ンド通信で,それぞれ信頼性を実現する技術で
ある。
フェースとすることで,ネットワークの帯域を拡
・Hitless Software Upgradeはサービスを中断する
張する。とくに,Link Aggregationは複数かつ
ことなくルーティングプロトコルなどのソフト
FE(Fast Ethernet)やGbE(Gigabit Ethernet)
ウェアアップグレードを行う。
FUJITSU.57, 4, (07,2006)
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次世代IPバックボーンネットワーク
・Software Modularityはソフトウェアアップグ
年という長い歳月をかけて全世界の技術者が築き上
レードの対象をプロトコルなどの各機能単位とす
げてきた膨大な資産であり,NGNとしての次世代
ることで,影響範囲の極小化を行う。
IPバックボーンネットワークはこれらの資産を十
・Graceful Restartは隣接する装置内ルーティング
分に生かすとともに,今後も最先端の技術を実装可
エンジン間で,パケット転送を継続しながらルー
能なプラットフォームにより,実現されるべきで
ティングや制御系プロトコルを段階的に再起動す
ある。
る こ と が で き る 。 BFD 同 様 , OSPF (Open
このような背景のもと,ワールドワイドでグロー
Shortest Path First)
,BGPといったルーティン
バルスタンダードなルータ/スイッチ製品を開発し
グ プ ロ ト コ ル や LDP ( Label Distribution
ている米国シスコ社と,キャリアグレードのハイエ
Protocol)といったMPLS関連プロトコルへも適
ンドルータについて共同開発に関する提携(2)を行い,
用される汎用性の高い技術として,装置への実装
富士通とシスコ社の共同ブランド製品として,
「Fujitsu and Cisco CRS-1シリーズ」(3)を2005年5
が進んでいる。
・IGP Fast Convergenceは障害などによって変動
月に市場投入した。装置外観を図-3に示す。
するネットワーク内経路の収束と安定を高速に行
本製品は,スイッチ容量1.2 Tbps(16スロット
う こ と が で き る 。 OSPF を 例 に と る と ,
シングルシェルフシステムの場合),40 Gbpsの超
Neighborを確認するHelloパケットの送信間隔を
高速インタフェースを16本収容する。また,前述
1秒以下とすることで高速な障害検出が可能とな
したすべての技術を提供可能であり,進化するネッ
るFast Hello,経路の再計算間隔を指数的に増加
トワークへのソリューションとして十分に応えるこ
させるSPF Exponential Backoff,影響のある部
とができる。とくに,ブロードバンド先進国として,
分 の み 経 路 再 計 算 を 行 う iSPF ( Incremental
様々なサービスを提供している通信キャリアの要求
SPF)はネットワークの状態が不安定なときに装
を,共同開発により,いち早く実現する。
置への負荷を抑えることができる。BGPについ
また,製品やサポートに関しても厳しい品質を求
てもBGP Route Flap Dampeningによりネット
める日本市場の特性に適合していくために,共同開
ワークが不安定なときの経路交換を抑制すること
発のみならず,富士通の通信ビジネス経験を生かし
ができる。
た日本市場向け試験を共同で実施している。
さらに,フィールド品質管理,品質データ分析,
(2) 拡張性に関する技術
マルチパスは一つの宛先に対して複数の経路を
ネットワーク上に持たせることにより,トラフィッ
保守運用サポート体制を両社共同で確立し,運用中
である。
クの負荷分散を制御する。OSPFの等コストパスに
トラフィックを流すECMP(Equal Cost MultiPath),BGPの複数ピアから受信した経路がベスト
パスとしてタイブレークしたときに,両経路にトラ
フィックを流すBGPマルチパスなどがある。
(3) 柔軟性に関する技術
アドミッション制御,RSVPはQoSを制御する仕
組みである。数千万加入者のVoIPトラフィックの
ふくそう
QoSを維持するために,帯域の確保や輻輳回避,パ
ケット優先制御などを行う。
Fujitsu and Cisco CRS-1シリーズ
これまで次世代IPネットワークへの要件とそれ
を実現する具体的な技術について述べた。これらの
技術は,ネットワークの変遷に見るように,約20
394
(a)8スロット
シングルシェルフ
システム
(b)16スロット
シングルシェルフ
システム
図-3 Fujitsu and Cisco CRS-1シリーズ
Fig.3-Fujitsu and Cisco CRS-1 series.
FUJITSU.57, 4, (07,2006)
次世代IPバックボーンネットワーク
XR12400シリーズなど,機種拡大や機能拡充を順
次行う予定である。
また,日本市場への適合性を更に高めるために,
対環境性に関する取組みも行う予定である。
む
マルチシェルフシステム
16スロットシングルシェルフシステム
す
び
本稿では,NGNとしての次世代IPバックボーン
ネットワークに必要となる要件と実現技術を述べ,
グローバルスタンダード製品の日本市場への適合の
第一弾として市場投入した,Fujitsu and Cisco
8スロットシングルシェルフシステム
CRS-1シリーズを紹介した。今後も市場・技術動向
Fujitsu and Cisco
XR12400シリーズ
2005年度
を注意深く把握し,先進的なネットワークソリュー
ション提案を進めていきたい。
2006年度
図-4 ハイエンドルータ製品のロードマップ
Fig.4-Roadmap of high-end router products.
参 考 文 献
(1) ITU-T FGNGN-OD-00074: Functional Requirements
and Architecture for Resource and Admission
Control in Next Generation Networks.
(2004.12)
.
今後の展開
ハイエンドルータ製品のロードマップを図-4に示
す。マルチシェルフシステムや,既存Cisco12400
(2) 富士通とシスコ社との提携HP.
http://pr.fujitsu.com/jp/news/2004/12/6.html
(3) Fujitsu and Cisco CRS-1シリーズHP.
http://fenics.fujitsu.com/products/router.html
シリーズのアップグレードパスを可能とする
FUJITSU.57, 4, (07,2006)
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