癸 楊瞑八 倅令 - 奈良・人と自然の会

会報 :第 106号
:2010年 11月 1日 発行
http;″ 奮wttjustttystage.oo菫 /hotteふ aranature/
癸 楊 瞑八 倅 令
くみたれなる多
試 飲 の 自然 を愛 みま力>
Ti fこ
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ニII三 │
婁垣
!!赤 米袋デザイ ン
かわい い 虫たちです よ !「 講座」始 まる
リレー随筆 『お元気ですか」
左 京小放課後教 室・ 10月 例会
大盛会 !:佐 保台小 「芋堀・ 里 山遊びJ
な らや ま (レ ポー ト・ 花 C鳥 )
な らやまに どんな鳥 が ?観 査報告)
「クモ学」
鳥 シ リーズ 。自然俳句 。
11012晨 行事案内
e c「 みた らい渓谷」 (ま
今月 の表紙 。ペ ン画 に寄せて
だ行 けます よ !)
懸 爾 国
一
一 ・
*
*
*
力作
一
一
*
*
*
*
*
*
*
rLロ
磋米悽デザイン
力作に感嘆と賞贅の声 ′ノ
「な らやま里 曲林」 プ ロジェク ト内 の水 圏
で、今年 も赤米 「紅染 め もち」 の稲穂 が秋風
に揺れ なが ら、頭 を垂れ て い ます。記録的な
猛暑 に耐 えなが ら稔 りの秋 を迎 えて い ます。
しか し、暑 さを凌 ぐのに人間 であれ ば薄着 を
します が 、稲 は人間 とは反対 に厚着 を して 自
己防衛 をす るそ うです 。 つ ま り、籾殻 が分厚
くな るよ うです。 米粒 │ま 少 々小粒 にな つてい
るか もしれませ ん。
赤米栽培 2年 目の今年 は、植 え付 け面積 も
ほぼ倍近 くにな って います。収量倍増 を期待
して い るのです が 、 ど うで しよ うか 、少 々気
に掛 か る ところです。
ところで、佐保 台小学校 5年 生 16人 全 員
で、赤米用 の袋 のデザイ ンを考 えて くれ ま し
た。 そ の力作 を 「な らや ま」 の活動 目に展示
し、会員 の皆 さんに優秀作 を選 んでいただ き
ま した。そ の結果 、優秀賞 に 3人 の作品が 選
ばれ ま した。
いずれ の 作品 も甲 乙つ けがた い ものばか り
で した。 「一 生懸命 自分 の思 い を込 めて書 い
て くれ て い るね」 「アイデアが素晴 ら しい」
「な らや ま の ロケー シ ヨンが 良 くわ か るJ等
と異 口同音 に感想 を言 われて い ま した。
(文 責 鈴木 )
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趣乗 亦 冬 猥
一 轟亀ヽ│
*今 年 も御希望 の方 に頒布 予定 です 。詳細 は会報 に掲載 します。
いずれの袋で届くか楽 しみにして下さい。
■ ロ
猥 鐘 露 目 震 圏 爾 菫 肇 轟 魔 雪 圃 襲 鎖 盤 爾 塵 鱈 譲 轟 霊 自 農 餞 目 目 臨 躁 圏 露 驚 目
醸 翻 歯 置 B ♂
目霧
が 目圏 題鶴 園鯉
露 鐵
圏 臨 目 圏 麗 暉 蒻 園 囲 圏 艤 聰 鶴 圏 醸 鶴 毬 露 雪 目 □ 腱 麗 腱 露 饉 ロ ロ 嘉 観 鮨 圏 鶴
準念じ雛昆虫講座
(第
1話 )
本村
裕
昆虫 と言 えば、チ ョウ、 トンボ 、ホ タル 、カブ トム シな どを思 い浮 か べ ることと思 い ます が 、ゴキ
ブ リ、毛虫、ハチ 、ハエ な ども昆虫 の一 員です。 この嫌 な虫 の ために昆 虫はあま り好 きになれ な い と
い う方 が 多い よ うです の頭 か ら虫を毛嫌 いせ ず に らめ っこ をす るつ も りで、虫 と一度 向き合 って くだ
さい。愛嬌 があってかわいい もの です よ ll
昆虫は学問約 には節足動物 (全 動物 の
80%を 占める)に 属 し、 この グループには、 カニ 、エ ビ、
ザ リガニ 、 ムカデ 、ヤ スデ 、 クモ 、ダ ニ な ども含 まれて い ます 。 だか らみんな親戚です。
この節 足動物 の特徴 !ま 、体 が 多 くの節 の組み合 わせ で構成 されて い る ことと、背骨 がな く、体 の外
壁 が骨 の代 わ りを してい る こ とです 。
カイ コや イモ ムシの体 を思 い浮か べ て くだ さい。体全体 に籍 があ り、その各節 か ら脚 が出て い ます。
カブ トムシや セ ミの腹 面で t)は つ き りと節があるのが よくわか ります c大 まかに │ま 頭 、胸 、腹 の 3つ
の パ ー トに分 かれ てい るこ とは誰 で も
す ぐ 分 か ります が 、胸 は 3つ の節 、腹
lt‐
は 10∼ 11の 節 か らな つてい る ことは ご
存 知 です か ?
6本
の 脚 は胸 部 の 各節
に 1対 づつ あ り、胴体 (腹 部 )に はま っ
た くあ りませ ん。ハ チや チ ョウを想像 し
て くだ さい。 また、羽 4_tは 胸部 の真 ん「
i■
と後 ろの節 に着 いてい ます。触角 は 1本 の髭 の よ うな感 じを受 :す ますが、これ も数個 ∼数十個 の節 か
らな っています 、一度 虫めがねで見て くだ さい。
昆虫は ほ孝L動 物 の よ うな青骨
(内 骨格 )は な く、体 の外壁 が整 くな って 体 を支 えて い るこ とか ら外
骨格 と呼ばれて い ます っこの壁 に全 ての筋肉や心臓 な どの 内臓 が 固定 され てい ます。それ ゆ え、高 い
所 か ら落下 して も体 は潰 れ ることはな く、す ぐに起 き上がって歩 き始 め ます。また、この壁 は水 を通
さないの で雨 に濡れ て も大文夫 です。 しか し、骨 はある程度 までは膨れ ることは出来 て も限界 がある
ので 、脱皮 とい う作業 で古 い外壁 を脱 ぎ去 り、新 しい外壁 に切 り替 えます。
脱皮後
脱皮前
脱皮
一 気 に大 き くな る
私 た ちには 1個 しかな い心臓 が昆 虫には 8個 くらいあ り、うらや ま しい 限 りです。ま た 、肺 にあた
る気 門 もた くさんあ りますご大 きな 暉玉の複眼 は物 がた くさん提=え _る の ではな くて、全部 あわせ て 1
つの物 が見える らしい と言 われて い ます。 まだ誰 も虫 になった人がい な くて想像 の域 をでませ ん。
クモ との違 い は 、騨 の本数 が分 か りやす いです が 、そ ′)ほ かクモは頭部 と胸部 が 一 体化 して い るの
で、頭胸部 と腹部 の 2部 構成 にな っています。
2
螢導
,
ミ¨
゛ ヽ ^ヽ ヽヽ ヽ ふ ヽ ミ ‘ ●ヽ ヽT^ヽ た ヽ べ ●●^ ● 人 ヽ ヽ 工 ふ 人 ●
ぎ
「
♭―随筆 魏濾気ですか ξ
私 :ま
ミー ハ ー
購伏
博子
久 しぶ りに友人 と天神稿で ラ ンチ を した。
い ない)七 用七 日の七 夕の 日 (梅 雨 の最 中で まず
り
希りに天満官 に立ち寄ろ うとして繁盛事 の前を
ま
星は見えない)九 月 九 日の菊 の節句 (絶 対 に菊ま
通 る と、浴衣姿 の人 目を弓│く 人 が立 っていた。
友人 は 「三枝 さん こんに ちは :」 と親 しげに声
咲 いて いない)な ども二 月に二 月堂 のお水取 りを
す るよ うに、約 一 ヶ馬遅 くすれば桃 も菊 も咲 いて
をかけた。壌嵯 の ことで私は驚 い たが、三枝 さん
は「や っ I」 と手を上げ、に こや かに応 え られた。
い る し星 もそれ な りに輝 いてい る こ とで しよ うc
ついでにも う一つ 、何故 二月だ けが二十八 日と短
まるで :日 知 の伸 の よ うな雰囲気 があつた。友人 と
いのか とい う疑間。二 月が年初 めであ つた ヨー ロ
三枝 さん とは個人的な面識 は全 くな いの である。
ッパ では
私は この情景 を思 い 出すたびに、お か しさと嬉 さ
そ うです。
年末 の 二月 に残 りの 日を置 い た のだ
とが こみ上げて くる。
それか ら暫 くして、私は京阪電車 で ノーベ ル賞
候補 の 曲中教授 らしき人 の 向か いに座 つた。その
な ら山里 山林 の始 ま りの始 ま り
方 と鋒 の女 の子 の会議に京橋 とか東大阪 の地名
小嶺敏勝
が 出ていた。通勤経路 の話 の様 だ つ た。神官丸
太町駅 に着 くや尽 の如 く階段 を駆 け上が られ
た。歌舞伎役者 の様 なお顔 はハ ンサ ムで若 々 しく
4年 前初 めて幹事会に入 つた当時、会 員数 が 1
颯爽 としてお られた。その夜 、確信 の ない まま家
00名 を超 え皆 で喜んだ の t)東 の間、減少傾 向は
人 にこの事 を話 した ら山中教授 に違 い なかろ う
止 ま らず、80名 台 に式 り、新規 の試み が必要 と思
とい う事 にな り、話に花が咲 い た。
それ以後京都 へ行 く度に、同時力、同車両 に乗
つた.
つてい るが残念なが ら一度 もお見 かけす ること
)の として、国有林
会 の社会貢献事業 の主な く
の整備 を熱心 な会 員が続 けて いたが 、 一般会員
がない。
には広が らない (遠 距離 の為 ?)
い くつ にな つて も私は ミーハー です。
近 くで適当な場所 はないか と、国、奈良県、奈良
市、ボランテア関係等 々イ ンターネ ッ トで しつ こ
く検索 していたc8ヶ 月目に県の風致課 で里山保
存 のボ ランテア団体募集を ヒッ トc
早速、県庁担 当課 に下調 べ に行 くc広 範囲 に歴史
今月今夜 の この月 を
中畑
進
的風土保存 の為 の県 の買入れ地 が有 り、奈良市内
繁
信
墨
誓
魯
Tこ ;ザ
。
拝贅
:テ
で駅 、バ ス停 が近 くの条件 で探す と現在 の里 山林
があった。幹事会 に提案。幹事 の有志 で現地 を見
: 長 らく何 の ことかわか らな
てか ら検討す る事 になつたc結 果、見学者全 員が
気に入 り幹事会で了承 され、着手す る事 と成 った。
当初 は県 の 当会 へ の期待 は極 めて低 い印象 で 、聞
キ
[T;た i阜 [亀 31
冤
鰊キ
や つ と本 当の意味 が分 か りま した。 あれは 1日 暦
伐、物置、 トイ レ設置 は駄 日との事 で ス ター ト
のカ レンダー で会話 を していたのだ と。 1日 暦な
た。
らば何月で も一 日には月がな く、三 日には三 要
そ の後 :ま 会長 を先頭 に、幹事、会員諸 氏の努力
と実績 で県 の信頼 を得、着 々 と発展 して い る事は
lン
月、十五 日には満月がや つて くる。
揮承知 √)逼 │で す。
三月二 日の桃 の節句 (絶 対に桃 の花 は咲 いて
‐Xべ ヽ
●
●
■
1■ ヽ
●
ヽヽ‐
●ヽ
・
●ギ■
:,こ ..卜 l...ヽ ヽ
ヽ卜
■
ヽ■
‐‐
卜
■
い‐卜
■
‐卜
ヽヽ卜
も‐
―●
い‐■
3
│
左京 小学校 放認 後数 室 実施報 告
舎
9婿 15轟 (水
)と
10薦 6園 (水 )の 2回 に 分 lfて 、左 京 小 学 校 の 放 課 後 教 室 を行 い まし
た。9月 15饗 は 2,3年 生 32名 、10興 6自 は 1年 生 と4,5年 生 25名 で、ス タッフは 1回
目 に 11名 、2回 目 に8名 の 参 加 でした。
ヽ、不 思 議 な散 歩 、魔 法 の 葉 つぱカタバ ミ、風 に そよぐ
○ エ ノコログサ の遊 び 、葉 つぱ の 匂 し
ポプラ、そして いろしヽろなドング リの 6つ の ポ イントで 、さまざまな不 思 議 や 自 然 遊 びを体
験 してもらいました。また 、そ の 後 は栞 作 りの 工 作 をしま した。み んな熱 心 に参 議 してくれ
ました。
○
今 回 の大きな目的は、① 自然 に親 じむ、② 自然
遊びを楽 しむ、③楽 しい自然 工 作をする、というこ
とにありましたが、左京放課後教室運営 の皆さん
「五 感を使 つて自然の不思議を体験 し、また
より、
栞作りに熱 中するなど、子供も大 人もとても楽し
かった」としヽ
う感想をいただきました。
○
私たちスタッフも下見やリハーサルそして本番 、そ
の ための 材 料 集 め や 議 法 ¢ 研 究 などしヽろいろ準 備 をしましたが 、楽 しく実 施 す ることが
ます 。
でき、やつてよか つたなれ `う充 実 感 を持 つてしヽ
〇
ただ 、いろいろ改 善 す べ きこともあ ります 。例 えば 、なか なか 言 うことを聞 し`てくれ る子 ども
ば か りではないので、いか に子 どもを事│き 付 iす るか 、技 能 の レベ ルアップの 必 要 性 を感 じ
ています 。
○
来 年 以 降 もいろい ろな 申 込 み が あ りそうです 。興 味 をお持 ちの 方
│ま
是 非 ご参 加 くださ
し`。
(倉 田 記 )
<薫
tの 最 夢亀
>
あなたと一緒に秋色の虹を探そ う
│1 萬太郎
谷り
深 ま る秋 にあなた の 心 の花 は
大 きなふ ところ抱 く 自然 │ま
紫色 に咲 き舌Lれ る 乙女花 の よ うだ
優 しくあなた にそ つ と語 りか け る
寺と して はか な くもろ く 傷 つ きやす い 小 さな生 き物 だ け ど
人 はヨ
喜 びや 悲 しみ分 か ち合 え る 許 せ る心 の 良 き友 だか らと言 つた
べ
人 !ま み ん な 自然 が好 きな の に 仲 良 く生 きるす が苦手 だか らと
眼 をつ む り言 い訳 の言葉 を 心 の 片隅 で探 して逃 げ るの は何故 ?
涙 で潤 む眠 が しらが秋色 に染 ま る
lFTれ
る
広 く高 い秋 の 空 に こよな く
.さ に挫 け るな と動 ま され
寂ヒ
ち っば !す な人 の 心 は ゆれ て
羽 ばた く姿 を思 い 描 きそれ を追 う
さあ緑深 ま る秋 に出会 お う 足音 消 えた忘れ じの 里 を訪 ね よ う
/て いつ か 夢 み た 自然 と√)
そヒ
4
「
【10馬 舞会】
たたなみ
な ら曲 と佐紀盾列古墳群 を歩 く
ill井
1 一 9 “
l轟 時
3参 加 者
1名 。
(敬 称 略 )
(llll不
2天
寺露 11黙 (祭 ・ 用 )
:お
1:│・
候
杉本 0阿 部・ 弓場・ 露 中 (簿
寺 LE(孝
),
藤 認・ 本
秀夫
晴
)0
ノ 森・ 赤塚・ 池霧
1ヽ
I(姿 )・ 強岡・ 1:1岸・ 林
│・
:1井
轟本・ 井 戸・ 岸谷・ 岸谷 (和 )・ 塩本・ 占 lll(裕 )・ ′
同)
碧 人 秋麓 。好天 に 患 まれ 21名 の参加 を得 て、
奈良坂 豆比 占神社 を起点 と して、
奈良 期 の
歴 史 ウ ォ ー クか 始 まる。
ここで 1ま 地 元 有力 者 の思 わぬ 歓迎 を受 け、資半1館 の 遺物 を見学。猿楽 の能 面、
古地図、元
ゆう陵 の 墓標 の名本 (秘 中 の秘 )な ど、古代 に思 い を発せ る。
奈良街道 の 書道 (伊 勢街道 に繋 が る `お 蔭 参 り,の み ち )を 抜 :ナ て 元 明陵 へ。来県 中 の平 成
天皇 の こ訪鶏 もあ って 一段 と荘 重 な印象 を受 け る。今 日の代表講師 杉本 登氏 の レ クチ ャ
ー。 ∼ 藤原京 か ら平城 京 へ遷 都 (710年
)さ
れた元 明天 皇 (皇 統 史主 4人 目の 女帝 )の 治世
とな り、構武天 皇 、平 安遷 都 までの84年 間 を奈良時代 と呼 ぶ ∼ 。
天 高 し自雲 にの り皇陵 へ
歴 史 の み ちに戻 る。 この辺 りか らの
岡 尊宏 氏 の お話
西 の 山 々、鷲峰 山・ 愛 宕 山 の眺 望 か 素晴 ら しい 。
(1歳 て没 )の 墓 、黒髪神 社
壁 式天皇 の 皇子 基王
l塾
it・
拙作
t′
(こ
の辺 りにお 住 ま いの奈良大 講 師
を拝聴 )を 経 て 、我 が里 山 の ベ ー スキ ャ ンプに 向 か う。
昼 食。
杉本 氏 の講議「 奈良 時代 を語 る」を拝聴 。女 帝 の時代 (皇 統史 上 女帝 8人 の うち飛鳥
。
奈 良時代 に3人 即位 )で あ り、藤原 一族 の台頭 、皇位継 承 の 血脈 と権 力 の相 克 な ど凄 ま しもヽ
:1裕 理氏 の 古り
│1節 が 冴 え る。
こス トリー を技 渥 して頂 く。加 えて 史実 に 詳 しい 古 り
私 もご指 名 を受 けて、
。不退寺 の 見所。業平 1ま 美男子 だ った
平城 天 皇 に纏 わ る
「 薬 子 の変 」
か 。また磐之媛 (ti徳 天 皇 の お 后 )に 因 み、大正・昭 和中期 の歌 人 』
ヒ見志保子 の絶対愛 の真 理
に生 きた境 涯 を、磐之 媛 の 哀感 に 重 ね て詠 ん だ歌 か 絶 唱「平城 山」と して、
現 在 なお愛 唱 さ
│!氏 の タク トて 全 員合唱 し、あおそ ら教室 を 了え る。
れて い る。古サ
露踏 み つ奈良 ものが た り面白 き
里 山 の 山道 を抜 け不退 寺拝 観。堂 内 は 秋草 が咲 き、業平格 子の本堂 、今J抜 式 の 石棺 、佐保路
の 三観音 の 一つ 聖観音 立像 、剥 落 した 面貌 に時代 を窺 わせ る。
ウ ヮナベ・ コナベ を通 り、
磐之媛 御陵 へ 急 ぐ。出 生 の 葛城 ll
lの
雄姿 が違 望 され る。
日本最大級 の佐紀 盾列 占墳 群 の数 は五 十基 を数 え ると言 う。今 日は この後 、日葉酢媛陵 (垂
エ ンデ ンクとな る。
l_天 皇 の お 后 )・ 成務陵・孝謙・称徳 陵 を拝 し、
語 り部 の 古代 ロマ ンや萩 零 る
ll講 師、ご苦労 さん。
杉本講 師 、テ ー フの古 サ
参 加 の皆 さん 歴史 の 面 白 さを、少 しは ご躍 解 し
て 頂 いた と思 い ます 。 り難 ぅ御座 い ま した。
rl‐
一
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「 10月 例会 報 告 」
ll古
な
ら
や
ま
周
辺
の
自
と
然
文
イ
に
な
一
ら
や
ま
と
佐
担当
青の もと、21名 の参加 が
雲ひ とつ な い快 露
細
夢
墳
古川祐司
を
群
歩
く
一
│1井 秀夫
り
不退寺 と在原業平」な ど歴史 の裏表 について
蘊蓄 が技露 され、一 同興味深 く拝聴す る。
あ り盛会。 今回は奈 良時代 の歴史に詳 しい
杉本登会員 に ご解説 をお願 い した。
スター トは奈 良豆比古神社。F弓 前は伊勢街
道 の 「奈 良道」、 立派 な石 の道標 がある。運
よく奈 良坂町資料館 が 開館 していて 、無形文
化財 「翁舞」 に使 われ る 「能 。狂言 面」 20
‐
-1 角
_二「
│
面 (普 段 は国立奈良博物館 に収蔵)、 古文書
や古地図等 の展示物 を拝 見。極め付 きは元明
(講 師 の杉本会員 )
天皇陵 の墓標石 (箱 石 :現 在は陵内 に安置 、
不退寺 か らR24号 線 を横断 して 、
午後 は、
江戸時代 まで この神社 にあ つた)の 拓本 に接
佐紀路 にはい る。佐紀盾列古墳群 は 4世 紀 中
して歴 史マイ ン ドが一気に盛 り上が る。
か ら 5世 紀 の天皇・豪族 の墓 と言 われ る大型
古墳群。学術的 に解明 されてい るものは少 な
いが、古事記 。日本書記 に記述 も多 く、古代
へ の思 いが掻 き立て られ る場所 である。
ヒシア ゲ古墳 は仁徳天皇皇后磐之媛 陵。天
皇 の度重な る愛人 騒動 に、愛情 と嫉妬 にたま
(奈
らず京 田辺 の筒木官 に別居 した皇后磐 之媛
は、天皇を恋 いつつ も遂に浪速 の官へ 帰 らな
良豆比古神社 にて)
か った。「わが見 が 欲 しくには
神社裏 にあ る天然記念物 の 樹齢千数 百年
葛城 高官
の大楠 に圧倒 され、その余韻 の まま1日 伊勢街
わきへ の あた り」 と詠 つた望郷 の地、葛城 山
道 の 小道 を辿れば元明天皇陵へ着 く。平城遷
が御陵 の正 面 に くつ き り見えて いた。
都 を実行 した天皇は 、崩御 に当た り民 の負担
を慮 り、「薙 良琴 に竃 を造 り火葬 し、他所 に
垂仁天皇皇后 日葉酢媛陵、成務 天皇陵 を経
「其
改む るなかれ 」と陵を造 る ことを禁 じて、
地は皆常葉 の樹 を植 え刻字 の碑 を立て よ」と
て、最終 ポイ ン ト称徳 天皇陵 に到着。ここで
締 め括 りの講義 「奈 良時代 の 終焉 を飾 る女
遺勅 した。そ の力字 の碑 こそ奈 良豆比古神社
帝」 があ って 、本 日のス ケ ジュール は終了。
に置かれて いた箱石 であるc
晴天 と幸運 に恵 まれ、参加者 は奈良 の歴史
ここか ら「歴 史の路」に出て1主 保路 へc聖
に さま ざまの思 い をはせ る 1日 とな つた。
「
詳 しい解説 を頂 い た杉本登会員、歌曲 平城
│1井 幹事 に
い たり
L場 │で t)大 い に盛 り上げて頂
武天皇 の皇子基王の墓所 を経 てな らやま 3C
´
若 く=冒 :食 1た 、杉本登講彙 r)「 奈 表F)整 史
i「
ミニガイ ド上
):平 成天皇 と
ずます。 (古 川祐司
心か らお礼 申 しあま
││1井 秀夫講師 ゲ
6
記)
イベント:量 大鐘響
罫
芋堀 りと里 漁遊 び J
[
佐保台小学校 区の 「夢 ・教育 プラン協議会」 ″)依 頼 に よ り、昨年 に続 き 2回 目の 「芋 掘 りと里 彙遊 び 」
この もと、児童 27名 、保護者 。幼 児 23名 、学校 関係 者 6名 の 参 鸞 が あ り、
イベ ン トは 、絶好 の秋 奏不
当方 スタ ッフ 40名 を入れ ると総勢 96名 の盛会 とな りま した =
lo時 、児童 と保 護者 が多f着 。 事前 の 打 ち合 わ
´
ます 。
以 下報告 い た し
ま汁 」 は、 とれ とれ のお芋 がたつぶ り。用意 した
110人 分 がす つか りな くなる人気で した
せ 通 り、 出発 前 に班 分 ξ
ナが 済 んで い た の で 、受 付
c
は 各班 長 に名 札 を渡す だ けで完 了 しま したG
12110
「里二1遊 び」開始。 児童たち│ま 指定 さ
班 ご とに整 列 、 は じめに 阿部会 長 か ら歓 迎 の 挨
拶 が あ り、続 い てイ ベ ン ト総議 の 水本 幹事 が タイ
れた 「4う の地点J ttl´ 、そ こで クイ ズを解 く。
「遊び の森」 で│ま 綱渡 り、 ロープ結び 、本登 り、
ムス ケジ ュー ル と安 全 に 対す る注意 、 「芋縄 り担
当」鈴 木幹事 、 「里 山遊 び担 当」本村 馨事 か ら説
′
,こ ぎ サ挽 きな ど盛 り沢典な里山の遊びにチャ レ
ンジ し、思 う存分楽 しんでい ま した。
ゴールすれ ば、寺 轟さん達 が丹誠 こめた焼 き芋
明 が あ り、早速 お待 ちかね の 「芋掘 り本番 Jへ c
が待 つていま した。参加者たちは掘 りたて のナル
トキン トキの美味 しさを堪能 した ことで しょう。
「芋握 り」 は 1人 2株 の害1当 て 、蔓 を切 る とこ
14:40
ろか ら始めます。 ス タ ッフに指導 され なが ら蔓 を
全 員集合。協議 会 の水上 コー デ ィネ ー
切 り、芋を掘 り、集 めて 、焼 き芋用 の芋洗 い まで
ター と児童か らお礼 の言葉 があつて閉会、解散.
一連 の作業 を体験 しま した。 11時 には芋掘 りは
子供達は、掘 つた芋 のお土産 を大事に持 つて帰 つ
終了、昼食 までの 自由時間は ビオ トープでザ リガ
てい きま したc
ニ捕 り、昆虫採取、栗拾 い等 で楽 しんでいま した。
参加者 のアンケー トには、殆 どが「大変満 足 し、
面 白かつた」 と答 え、イベ ン トは大成功で した。
1l i 30よ り昼食。参 jJr者 と菜 の花 プ ロ ジェク ト
各 々のイベ ン トの リー ダー 、ス タ ッフ、 ご協力 い
の皆 さん総勢で約 110人 が一 斉 に食事 し
′
ま した=
西谷 さんを中心 とす る女性 ス タ ッフの作 る 「さつ
ただいた会 員皆 さんに心 か ら御礼中 し,Liず ます。
(イ
7
ベ ン ト総括
幹事
水本 ・塩本 )
国ジェク弄露
レ
鈴秒
9月
25轟 (土 )晴
参加者
38堪
l―
卜
22
罐◎
の ス タ ッフ 40名 とで つ 8人 の 大 人数 で した。
。会員 と家族 の芋錮 り大会 は 、 あ いに く小学校 の運
・ 協議 会 との打合 わせ で 、事前 に児童 は 5班 に編成
動会 と重 な って、家族 の参加 が少 なか ったの は残
され ていて 、 円滑 に受付 けが完 了 して ス ター ト。
念。猛暑 の影響 が ,心 配 され たナ ル トキン トキはな
・
10時 30分 、芋 ほ り開始。今年 の試 み と して 、
かなかの 出来栄 え。甘み の強 い お芋 さんに仕 上が
子供達 の 手で芋蔓 の取 り除 け、芋 ほ り、運 び出 し、
っていま した。
芋洗 い (焼 きイ モ 用 )な ど一連 の作業 を全 て 体験
お昼 はサ ツマ汁 、おや つ は焼 きイ モ と、 シエ ア 自
す るよ う配慮 しま した。
。11時 芋掘 り終 了。昼 まで の時間は栗拾 い 、ザ
然 大学 の教 育時実習生 も一 緒 に楽 しんで い ま した。
リガ ニ掬 い 、バ ッタ取 り等 の 自由時間 を楽 しむQ
・ 昼食 は、・
女性 方が腕 に よ りをか │す た 「サ ツマ 汁」
の サ ー ビスが大好評。
iO月
7薄
(本 )(晴
)
参加者
36名
。久 しぶ りの秋晴れ にや る気十分 の参加者 が大 集 ・
_―
[
里山 Griま 観察路 の整備 と橋本調査 :こ 〔
農園 Grで は、イ モ 掘 り、稲 の ハ サ掛 け準i肩 、ナ ス
・ 12目 寺3()分
の撤 去 と整備 、玉ね ぎ畑 の 準備 、 カブ とホ ー レン
「里 年
1雌 び」 ス ター ト 里 山 での
(,
ソウの種 まきな どな ど、作業 がテ キパ キ と進行 し、
遊び を満 喫 して ()ら お うと準備 したプ ラ ンに 、子
マ ンパ ワー の威 力 に世話 役 さん達 も ご機嫌 で したc
,お 土産 は、サ ツマ イ モ 、紫 トウガ ラ シ、冬 瓜、新
供 達は満 ち足 りた面持 ちで ゴール す る。
。14時 30分 熱 々 の焼 きイモ の離分 . 大人 も子
生姜 、大根菜 とこれ t)多 彩,「 ほのぼ の基金 」に も
緒 に秋 を十 分楽 しんだ余 韻 の 中、 お芋 さん
供も 一
た っぶ リカ ンパ が集 ま り、多議i多 謝
を土産 に帰 つて行 きま した。
│
・里 直:作 業 は秋 が 本番。 雨 で遅れ て いた作業 に も一
・ 毒 キ ノ コ 「カ エ ン ダケ ?J
「
観 察路 の入 り口に何や ら不気味 な形 の 赤 い キ ノ
段 と弾みが つい て い ます 。 イ ベ ン トを控 え 観 察
コ」 が見つ か り、危険 なカエ ングケか も知れ な い
力 が 入って い ま した。
と、 立 ち入 り禁 上の ロープ を張 りま たら
,翌 日、 シエ ア 自然 大学 の菌類研 究会 へ 照会 し、「サ
lC月 14日
(本 )晴
臨時 山 の 日 参加者
。お騒 がせ しま した
17名
_、
路や遊 びの広場 の整備 に
1ぅ
'・
t´
・ ク リ、雄茸 な ど里彙!の 実 りも秋 たけな わです c
ン =タ ケJと い うキ ノ コ と半1明 して
10月
菫6舞 (土 )晴
参加者
101名
また、大阪市 立自然 史博物館 の性久間学 芸員 か ら
ー
li ll争 真 ょ ぅな ザ リな どの 葉 が積 t,っ た環境 で
,生 保 台小学校 区 「夢 ・教育 プ ラ ン芋麺 り大会 」霧
催。 参加者 56名
ぢ:電
安 心.
7‐
カエ ン タケが よ く発生 しています 」 との ことでや
・・
‐
董
27名 、保護 者 2(}名 、
3名 、役 員 4名 、校 長 ・教頭 先 生 )と 当方
(・
│=り
8
│百 警 戒Jで
L´
よ うねら
(古 │││
″i司
記
)
*な らやま里 曲林花だよ り *
守 口 京子
モズの
10月 16日 (土 )芋 畑か らは子 ども達のにぎや かな声、空か らはキュンキュンと
これもにぎや かな声が聞 こえ、ならや まのいつ もの秋 です。花 は去年 より遅 い ようです。
バ
バ コ
花壇・ 畑…キクイモ、 ソバ、シモツケ、 ミズヒキ、 ヒメツル ソ 、 スモス、フジ カ
マ、ハナ ショウガ、 ヒヤクニチ ソウ、
ハ
ン シ ヨウコ、
野山… キ ツネ ノマ ゴ、イヌタデ、チ ジ ミザサ、ア レチヌ ス ビ ト ギ、 ゲ ノ
オオイヌタデ、 ヨメナ、アキノノゲ シ、オ ニ ノゲシ、 ヒメジ ソ
ビォ トー プ・ lllん ぼ… ミゾ ソバ 、 ツユ クサ、ボン トクタデ、 キカ シ
グサ、
マ
実 …カキ、 ク リ、アケ ビ、 カラス ウ リ、 コバ ノガマズ ミ、カ ツカ
キノコ… ドクベニ タケ、 シ ロオ ニ タケ、ヤ マ ドリタケ、テ ングタケ
'ボキ
:
竹 の子平 の道端 にテ ングタケが生 えま した。 こげ茶 に 自の水 玉模
様 の傘 をさ してす つ と立 っています。 白雪姫 の森 の小人にな つた気
分 ですが、猛毒
!
*な らやま鳥だより*
・ キジバ ト コグラ
ハシプ トガラス
小田
ヤマガラ シジユウカラ
ヒヨ ドリ エナガ
(9種 47羽
久美子
メジ ロ カケス
)
。きの こが沢山出てい ました。菊川 さんは昆虫もきのこも先生、ち ょつとお徳な時間で
した。
[短
ロロ… … … … … … … … … … … … …
信 ]… … …
「茄子クラブ」より
10月 7日 。茄子畑 撤去。今年 の活動 を了える。「 ナスは成 る」を念頭 に
素人衆が三年間 奮闘 し、反省 を繰 り返 しなが らも、指導者 のサポー ト宜 しく
まずまずの成果 を得 たことを、満足に思 ってい ます。
鈴木 。古 川 両氏 のご指導。会員の皆 さん。特 に弓場 さん、菅野 さん、樋 口さん
の助力に心か ら感謝 申 し上げます。
私 の得 た もの、 それは作物 を育てる人 の心である事 を実感致 しま した。裏返せば
十分 でなか った私 の最大 の反省点だと痛感 してお ります。
:1井
チ
9
秀夫
記
な らや ま野鳥調査結果報告
日本 野 鳥 の 会奈 良
代表
り│1瀬
前回 94号 (09.11.1)に 1期 分 の野鳥調査結果 を報告 してか ら、 1年 間 が過 ぎて、無事 2期 目の議
◎ 2期 目の 調 査 結果報 告
0 2期
2期
目の 調 査 コー ス
目は 一 部
1期 目と重複 す る ところ 1)あ りま
す が 、 ほぼ重 な らな い よ うに新 た に コー ス を設 定
しま した。 (図 -1参 照 )
0 2期
目の調査 方法
前 回報告 した内容 と全 く同 じです の で 、94号 を
ご覧 下 さい 。な お 、2期 目の 調査 コー スの 距離 も
1
0.9kmで す の で 、定線 の 調 査 面積 は
幅 50mで 4.5haと な ります
期 日 と同 じ
0.9kln×
c
02期 日の調 査結 果
〔
観察種類数 〕表-1を 見 て い ただける とわか る
2期 目に新 たに 15種 類 が観察 され ま したぃ
よ うに、
このあた りに、動 く野鳥 を時期 と時間で観 察す る
難 しさが あ ります〔植物 の よ うに地 面に固定 され
た場所 での調査 と異な り、多分 に偶然 に支彗こされ
る ところ大 だか らです。新 たに観 察 され たオオ タ
カ、 ツ ミ、サ シバ 、 ム ギ マ キ等 はそれ ぞれ 1回 の
観 察 で す が 、サ シ バ 、 ムギ マ キ は季節 的 に 渡 りの
時期 に限定的 に観 察 され る種類 で す。
生息密度】 ここでは、密度の算出デー タは割愛
【
させていただいて、結果のみを 1期 と比較 した状
態で総合 して次の項 で報告いた します。
類・
査 も終 えま したので 、2期 目のデ ー タ と 2年 間 の総合 した調 査結果 を報告 い た します 。
浩
02年 間 の総合調 査結果報 告
I観 察種類数 】表 -1に あるよ うに、2年 間 の観 察総数 は 48種 類 です 。 これが 多 いか少 な いか を判断す
るの :ま 難
lン
いのです が 、参考 までに最近 の奈 良盆地 の各地 の調査結果 と比較 して み ます。
観 察種類数
2000^-2001
奈 良公 園 '春 露奥 JJ
1998-20C18
大和 民俗 公 園
72
香 久 山 (公 園 ・森 林 区域 )
44
な らや ま
48
2007^ウ
2008
2008^V2010
3
調 査 場所
び
´
ヽ
調 査年
表 -2
これ に よ ります と、香 久 曲や春 日奥 山 と比較 して も遜色 の な い数字 が出ています 。 大和民俗公 園 の数
字 が大 き いのは 、調 査難 問 が 11年 にわた り、や は りそ の分観 察 lFllが 多 くな る ことに よる と考 え られ ま
す。
ζ占有率:表 -5の 1番 右側 に記載 している占有率について説明 します。 この数字は、年間を通 じてど
の種類がこの調査地でより多く観察できるかの数字です。 1期 、2期 それぞれの一番多く見 られる野鳥
のベス ト5は 下記の表の とお りです。
2位
1位
難別
5位
4位
3位
1難
ヒヨ ドリ
メジ ロ
ハ シブ トガラ ス
エナ ガ
スズ メ
2期
ヒヨ ドリ
メジ ロ
工す ガ
ハ シブ トガ ラス
シジュ ウカラ
表 -3
ヒヨ ドリ、 メジ ロ、ハ シブ トガラス 、エ ナガがベ ス ト5に 入 るの は妥 当な数字 とい えると思 い ます 。
i生 息密 度】生息密度 とは調査地 の ha当 た りに観 察 され る鳥 の総数 です cつ ま り、1年 に観 察 され た総
数 を、今回 の な らや ま調査では調査面積 が 0.9kln×
50mで 4.5haに 当た るので 4.5で 割 り、それ を月平
均 した値 です (12ヶ 月で割 つています )。
これ も、他 の奈 良盆地 の調 査結果 の数字 と比較 してみま した。 それ が 下 の表 です 。
調査年
調査場所
平均密 度
2000∼ 2001
春 日奥 山
11
1998^Ψ 2008
大和 民俗 公 園
12. 95
2007-2008
香 久 山 (公 園・ 森 林 区域 )
15. 28
2008-2009
な らや ま (1期 )
5. 39
2009-2010
な らや ま (2期 )
6 26
17
表-4
「
この結 果 は非常 に興味 あ る数字 が 出 ま した。2年 間 の調 査 中に、同行者 に私 は しば しば、 ここは観 察
され る野′
鳥の数 が少 な い 」 とい う感想 を述 べ て い ま したが 、 こ うして数 1直 が 出 て くる と、それ を歴然 と
語 る結果 にな りま した。春 昌奥山 の約半分 、香 久 山 の 3分 の 1と い う数字 は、や は りここは野鳥 が生息
す るには不利 な場所で あ るこ とを物語 つてい る と思 い ます 324号 線 とい う大幹線 に接 し、かつ 住宅 地が
周囲に迫 つて きてい る とい うことで 、森 としては孤 立 してい る こ とだ と思 い ます。 も う一つ 、今回 の調
査 コー ス はほ とん ど森 の 中 です ので 、そ の 点で は 多様性 に欠 │サ て い て 、 よ り多 くの鳥 を観 察す るには不
利 な条件 t)あ り、そ の 点で密度 が 下 が つた こと も あ ります 。調 査地 に も つ と田畑や河り 池 な どを取 り
込 めば 、 生息数 は もつ と増 加 した と考 え られ ます 。 それ は、先 に述 べ ま したが 、観察種類数 では他 の調
:i、
査地 に比 べ 、それ ほ ど劣 つて い な い こ とか らも考 え られ る ことです c
:終 わ りに
12年 間にわた り調査 を続なiし 、あ つ とい う間 に終わ つて しまいま し′たc菊 り││さ
Aン
を始 め調
´
たが、:す つこ う立 派 に生長 した クヌギ 、
査 に同行 され た 皆様 あ りが と うご ざい ま した。現地 で も述 べ ま し
コ■ ラの 林 が残 つてお │、 これ,か ら森林性 の島 がや・
,て くる │:能 性 大です。是非手入れ を して い ただい
て、 キ ビタキや イカル の さえず るす ば ら い森 が よみが える ことを期待 してお ります。 そ して、次 Hllの
lン
野鳥調査時 に 、今回 の調査結果 が有効 に活 層 され る こ とを藩
11
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す。
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ヽヽヽ閣
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寺 ヾ R ヘト ︶ ゛ ヽ
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ヽ
﹁↓ 選
砲 N け 0
ぐ ぐ いO S u
Nヽ ぐ
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へ浄〓
ヾゝ
︱!
引ヨーー‘
Nヽ
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調 査 コー ス 1難 写真
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13
‐
E■ 壺爾奪菫
■
1期 0.9k m
こサ〕ジータご
ハ タセ キ レイ
小諄
久美子
奈 良では冬鳥です が 、最近 は
越夏す るよ うにな りま した。橋
げた、工場 の建物 、 ビルの屋 上
や窓枠、街路樹 な どで集 団ネ グ
ラを作 ります 。 スズ メよ りやや
大き く、尾 が長 くスマー トな鳥
で 日本固有 のセ グ ロセ キ レイ と
喜 ::ぶ
良 く似 て い ます 。 止 まつてい る
時 も、水辺 を歩 いてい る時 も、
その尾 を1亡 しそ うに上下に振 つ
てい るので 、イシタタキ、ニワタ
タキ、シリフ ジとい つた男電
名 があ
ります c
1本 書紀』 の 中 でイザナ ギ 、イザ ナ ミの 二神 が結婚 の儀式 を
セ キ レの 仲間 は『 卜
教 えた鳥 だ とされ、 トツギドリ、 トツギオシエ ドリと呼 ばれ子作 りの神様 、 また神 の お使 い と
して大 切 に され て来 ま した。 仙 台 の 元祖 だてお とこ 。伊達 正 宗 は花押 (サ イン)も お洒落
でセ キ レイ を使 い ま した。 天■:19年 密 かに敵方 に送 つた密書 が秀 吉 に見 つか り、謀反 の 疑
い をかけ られ危 うくな りか │す ま したが、正宗 はそ の花押 のセ キ レイ には 目が 無 いか ら偽者
だ と言いは り、許 され助 かつたそ うです。「這 つて も黒豆 Jい い度胸 ですね。
自 ぶ 篠
0鞠
常手 館典 男です よ む薇 そよ ぐ
ヰ′へ薇 子
10月 例会。
不退寺拝観。日語調の リズムが
新鮮味 を生む。萩が応える擬人法 の冴え。
推敷 に街 いな 皮 ヤ 番久 の花
参
久
蕃麦畑 は遠 目に見 るもの。たおやかに小花が
揺 れる。
奎 らのネ む裁 れ tふ か t擁
芋掘 りと森遊 び。佐保小 0子 供 た ち。元気百倍 。
自然 の 意 みに満足 げ。つ るべ 落 と しの 短 い 一日。
14
秀
久
「ゲモ学』から雑学
‐ ・‐
‐
■│■ │:│■ ■││■ ■
・‐
│■ ■│■ 1■ ‐ ‐
竹本
雅昭
家 の周 うにはジ ョロ ウグモ が何十頭、いや いや百
るか と思 う程 日に入 つて くる。朝夕雨戸
頭以上はャヽ
大型 のオオ ツチグモが食用 に、中国では巣 を漢方薬
の材料 に使用、遺伝子 工学 の発達 で鉄 よ り強 い クモ
す銀 めす る時は “ガサガサ "と アシダカグモ (ゴ
を簾 ‡
キブ リハ ン ター)が あるい は “ポタ ッ"と ヤモ リが
の糸が合成 され、米軍や警察 の防弾 チ 重ッキに使用
されて い る との話 もある。
映画 ス ター 「クラ ンチ ュ ラ」 (大 型 で毛む くじや
落 ちて くる と思わず 「ギ ャ ッー Ii」 けれ ど、 ガラス
越 しに見 るジ ョロ ウグモの素早 い餌取 りや 、雄 の交
らな クモの総称 で しか も俗称 )「
007」
の 中で シ
尾 へ のアプ ロー チがilB々 として進 まな い格好 に時
ョー ン・コネ リーの 毛む くじや らの胸板 をタラ ンチ
を忘れ ついつい ヒマ人にな つて しま う。
ュラ
(メ
キシ コオオツチグモ ?大 きい もので 7∼ 8
cm)が 歩 くシー ンが話題 にな つた。 クモ恐怖症
クモ !ま 人間 よ りは るかに早 く約 四億年前 には 地
(ア
ラク ノフォ ビア)の 方 には ゾ ッとした ので :ま 。 しか
し、世界 中で人気者 の愛玩動物 の一 つ でペ ッ トとし
球市民権 を持 つてい る。世界 には約二万五千種位 、
日本 には約千三百種 い る。
日本産 で最 も毒性 が強 い といわれ るカ バ キ コマ
てヽ
)20年 以 上生 きるもの もあ り、絶食 にも耐 える
チ グモ はマ ウスに対 して致死性 がある。だが、研究
ので扱 い易 い。乱獲 が 日立つ よ うにな つてか らは保
護措置 が取 られ、現在 は養殖 された ものが購入 でき
者 が採 集 時 に い ろい ろなクモ に咬 まれ るが医者 に
かか るよ うな ことはな い との事。 クモ 好 き人間 を
る。
「ア ラクノマニア」 と言 つて “スパ イダー・ ウォ ッ
チ ング"を 楽 しむ人 も多 い。「蜘蛛飼 い 」 の作品 を
クその雄 にはペニ スが な く、精液 をた めてある
触肢 の先端 の栓子 を使 つて雌 の生殖 ロヘ 注入す る。
書 かれた水上勉 さん も者の一人だ。
8月 を過 ぎる頃 か らジ ョ ロ ウグモの雌 は最終競皮
を迎 える。そ の網 へ 多 くの雄 がダー リン と呼んで t)
西欧でクモ !ま 女性 のイメー ジ を指す。ギ リシャ神
話 にアラクネ伝説 がある。ア ラクネは トル コに住む
らお うと寄 つて くる。ライバル と レス リングを繰 り
腕 の よい機織 り女であつたが、女神 アテネ と腕 を競
い技で しのいで しまったため、そ の逆鱗 でクモの姿
広げ何本か足 をな く して 1)、 勝 ち残 つた者 が交尾 を
す る。そ して、そ の身 をプ レゼ ン トす る事 も多 々で
に され、それ以来一 生糸を出 して網 を張 り続 ける こ
ある。
深 ま る秋 と共 に雄 の値体 が 日毎 に減 つてい る
とにな つた。
クモの利用面 では南米 。東南 アジアの熱帯地方 では
が来年 5月 には子 グモが見れ るで しよう。
■■
■、
☆ :斑 鳩 よ り19月
28日
マ ガモ 初認。10月
t
18日 コガモ 初認。コシアカツバ メ神 南 の高圧線 に 500羽 以 上。
毎年帰 る頃に集結 して い ます。今年 は多 い よ うです。 こんなにた くさん ど こか ら集 ま つたので しょ う。帰 つて行
くのはいつで しょう。
高圧線 に止まる コシアカ ツバ メ
15
案 塵蒻
輔循
※療 蒙 :前 甕午後 7詩 前の NttK天 気 予議で 、降 水確 率 (午 前 )60%以 上の競 合 ,ま 中止
※当会の行事 お る傷害事教等については彎人負担 とし、当会,ま 講鎮等一りJの 責任は負いません
:こ
1す
『 な らやま里曲林 プ 回ジ ェク ト可鶴 812月 の予定』
場所
室
。
奈良市奈良阪町 佐紀町 の県有林 (」 R平 城 暴駅下車徒歩 10分 )
― 「な らや ま会館」前 の道路 (な らや ま大通 り)の 南慣1に 広が る林地―
ll月 4日 (本 ) 活動 日
1月 11日 (本 )
活動 日
1月 18日 (本 )
臨時 山 の 日
.
1月 20日 (土 ) 活動 日・ 実 習 生 受入 れ
1月 25園 (本 ) 活動 日
1月 30日 (火 ) 雨天 予備 日
目時
2月
2月
2月
2月
2月
)
(木 )
16日 (本 )
18日 (土 )
23日 (木 )
2日
9日
活 動 日・ 新 蕎麦祭 り
(木
活動 日
活動 日
芋煮 会 ・ 実 習 生受入 れ
迎春 準備
現地 ベ ー ス キ ャ ンプ 地
集合
9時
終 了予 定
バス 13乗 場 8:23発
①近鉄奈良駅
②近鉄高の原駅 バス 1番 乗場 8:32発
交通
3時
高の原行 (平 日 。土曜)
JR奈 良行 (平 日)
8:30発 JR奈 良行
①、② とも佐保台西 日、または平城大橋 で 下車
携行 晶
(土 曜 )
徒歩約 7分
弁 当、飲み物、軍手 (作 業用具は現地 にて用意)
*環 境保護 のため、 コ ップ 。箸・ 椀 な どは各 自で ご持参下 さい.
:・
活動内容
里山整備 、環境整備 、花木植栽等 の景観形成、植 生調査、椎茸作 り
・復元 した国畑 での 「旬 の野菜 ・健康野菜 の有機栽培」、堆肥作 り、土作 り
:。
。
「市街地 にある里 山Jを 体験す る各種公 開イベ ン ト
連絡先
:
担当幹事
古川祐司
074ン 448621、
鈴木 0742‐ 33-4853
・パードウォッ手ング
☆ならや畿
☆目
時
11月 8日
:
☆集合場所
:
(月
)9:00時
集合
<毎 月第 2月 曜 日 >
な らやま駐車 場
☆小雨決行。判断の難 しい時 iま 担 当者に問 い合わせ て くだ さい。
☆担 当 者
:
ノ 日 (090-1962-4608)・ 螢
廟j!l(0742-36-0685)
!ヽ
16
11月
1油 旅 行
『み た らい 渓 谷 か ら漏 メ
││』
策会
紅 葉 を愛 で な が ら、清流 飛 び散 る数 々 の 滝 を なが め 、 温 泉 とお い しい
出里 の地 元料 理 に 舌鼓。 仲 間 と秋 を い つぱ い 楽 しみ ませ ん か 。
お 申 し込 み は まだ まだ受 :す 付 け ます 。 ハ イ キ ン グを され な い 方 も直接 、旅館 の方 に
お越 し下 さい。 2澤 彗は バ ス で 移 動 します の で楽 に ご参加 い た だ !す ます 。
泰
詩
: 11月
8藝
(月
)∼ 9日
(火
・ 見 事 な 大 イ チ ョ ウ (雌 木 )
雨天決行
合 :近 鉄 下 市 回駅
集
舞 台 とな つ た 見 事 な 能 舞 台 が あ ります 。
)
10103
車 中 、 語 り部 よ りい ろ い ろ な お 話 あ り
8:33発 橿 原 神 官行 き ― 橿 原
神 官前 9:17着 ・ 乗 り換 え 吉 野行 き
9:30-下 市 睡 10:03着
O彙
西大寺
漏 川 行 きバ ス
10:17乗
マ イ ク ロバ ス で 往 く
昼 食 :行 者 弁 当
││の 景
復 路 は 、 行 者 宿 な ど立 ち 並 ぶ 頸 り
:1合
車― 天川り
ll:li下 車 (所 要 時 間 54分 )l110円
*直 接旅館 に行 かれ る方
│ま
費
用
色 の 中 を旅 館 ま で 散 策
1!行 き バ
、洞 り
1115:35着
ス 14i17-洞 り
途 中 、 ヨ本 名 水
100選
(l時 間 位
)
「ご ろ ご ろ水 」
を 汲 み た い 人 │ま ペ ッ トボ トル 持 参 の 事 .
1280円
:15000門 ∼ 16000円
上 ケ 岳 (大 峰 山 )登 り 口結 界 ま で
││バ ス 停
旅 館 に 戻 り、 荷 物 を 取 つ て 潟 り
へ c下 市 口駅 行 き 12:25又 は 14:55発
(お 安 くな
りま した )
つ て い ませ ん 。
(1日 日
え ます )
飲 み 物 、 上 着 (夜 は 冷'売
持 ち物 :弁 当
第 1日 目
み た らい 渓 谷 を紅 葉 と滝 を愛 で なが ら
│13時
││ま で ゆ つ く リハ イ キ ン グ.欄 り
洞り
浴 衣 、 タオ ル 、 バ ス タ オ ル 、 ハ ブ ラ シ
あり
頃
第 1日 目が 雨 の 時 は 1日 目 と 2灘 目 を入
宿 :あ た ら しや旅 館
L0747-64-0045
れ 替 え ます 。
荷物 をお い て 自由行 動
・ 温泉 に入 る
。竜泉 寺 散 策 (旅 館 の 裏 です 。 天 丼 絵 が
担当及び 申 し込み
あ ります )
・ 鍾 乳洞散 策
豊島
西谷
:
L、 fax共 0742-43‐ 6727
Eメ ー ル
[email protected]―
携帯hの み
090-2196-1206
夕食 6:00∼ 8:00 語 り部 よ り洞 川 、天
川 、行者 、 な どの 当地 の 楽 しい話 を聞 く
懇 談会
(自
由 )8Ю Oよ り別 室 にて
第 2日 目
朝 は ゆ つ く り 10時 頃 。 宿 に荷
物を お い て旅 館 の マ イ ク ロバ ス で 行 きま
出発
す
○ 天河 大弁財 天 社
(日
本 3大 弁財 天 社
のひ とつ )
″
・ 内 田康 夫 著 「天 河 伝 説 殺 人 事 件 」 の
17
12月 続会 F薬 愧蛹鍮勢ヽ秋畿酢響瞳燿簸ね醸
醸年像評ヽ」
こなつ熱 た。私達の例
今年は遷糠 13● 傘年で全闘より大勢の方が来嬢され、大変にぎやかな年ま
会も梅度か史鋳巡りをしましたが、アィナー鏃 ま
「薬鰤寺から款纂寺を訪ねた後、葬ち上げの意年
会」で締めくくることに観
熙
1
時
:12農 6日
`
た翁でご案内いた職 す。
(層
) 10:30∼
18:00
罐 師寺から秋篠寺全上 一西ノ京の歴史の道をのんびりと歩きましょう。
30分
集合 :近 鉄西 ノ京駅繭 (東 癬 )10時
*終
了予定
15時 30分
行饉 :薬 師寺 (東 塔は大修理が始ま り、来年 1月 末頃か ら見 られな くなる)一唐招
提寺 癬 棒修 理 した金堂を中心に じつ くり拝観予定)一 垂仁天皇陵 (前 方後
翔墳 と圏道間守 の塾)一 喜光寺 (東 大寺大仏殿 モデル の 本堂)― 菅原神社 (道
真誕 生の機
一 西大寺 (西 の大寺 を鐘ぶ)一 秋 篠寺 (技 芸天立像 と憩 う)一
恵年会会場 へ
2.「 忘 年 会 よ一 この ヽ 年 を振 り返 りなが ら、会 員 相 互 の 懇 親 をはか りま し ょう。
時間
:16鋳 ∼ 18鋳
場所 :聖整羹藝羹え斐慶上
雷0742-49-1359
奈良市西大寺国見町
1-2(西 大寺近鉄第 2ビ ル lF)
近鉄大和西大寺駅南 Elを 出 て線路沿 いに 奈良方面
へ徒歩 5分
会費 :男 性 4500孵
女性 3500露
*前 日午後 7鋳 前 の NHK天 気予報で降水確率 (午 前 )60%以 上の場合は例会 を中止
ご連絡下 さい。
担当 : 寺田 (0743-78-1810)
塩本
18
(0742-71-7253)
猥
22年 19月 度 幹 事 会 報 告
時 :平 成 22年 10月 5藝 (火 )17:4① ∼ 19:50
場
所 :中 部公民館
平成
出席者 :幹 事
15条
顧聞 1名
計
16名
(1)9月 末会員数 130名
(2)全 国植樹祭 プ レイベ ン ト (11月 3日 平城官跡 )に 出展す ることにな つた。
コン
(3)第 2な らや まプ ロジ ェ ク トチームが発足 し、名称 「佐保 自然 の森」 (仮 称)、
セプ ト、作業計画等 の検討 を開始 した。
(4)「 10周 年記念行 事実行委員会」 が発足、記念行 事について 自由討議 が行 われ た。
これ を錨 まえて推進役 が具体案をli― 示す る。 (1月 頃)
(5)ホ ームペ ー ジは、会報発 行 のタイ ミングで速や かに更新す る ことを確認。 また、
ホー ムペ ー ジの編集 な ど管理 の あ り方 について検討す る。
(6)1月 講演会 は水野 正好 氏 (奈 良大学元学長、大阪府文化財 セ ンター理事長 )に 講
師を依頼 した。 (1月 22日 中央公 民館 で 開催 )
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編集後記
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ヘ レの跳 ね橋 を画に しま
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今回 は少 し気 分 を変 えて 、 オランダア ムステル ダ ムのマ
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境 寛
表 紙 の ベ ン画 に よせ て
風景 の 中で も、秋 の紅葉 をペ ン画 にす るのは、ほ とん ど不可能 に近 いのです が 、
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葉 っぱが散 つた本 の枝や 、枯葉 が舞 う風景 な ら何 とか季節感 が L■lる のです が
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:*2年 聞 の 「な らや ま野鳥調査」 力`終 わ り、そ の結果 が今月号 i
1,
報 告 さオ
て い ます。今 は少 ないが 、今後樹木 を手入れす る ことで 、野鳥 が増 える可
「
い
能性大 と明 るい報告 で した。調 査 ご苦労様 で した。 *今 月よ り や さ し
昆虫講座」 が始 ま りま した。表題通 り優 しい内容 で書かれ て い ます。 あま
り関心な か つた方 も この機会 に御覧 い ただければ。 *会 報発送作業 ・編集
「
会議 ヨ :12月 号盤生 業は 11月 29署 (月 )午 前 9時 か ら 西奈良ボランテ
ィアセ ン ター Jで 行 い ます。 多数 の ご協力 で大変助 か つています。 そ の場
での会議 に も気楽 に参加 くだ さい。
編集 担 当 :勝 田
〒636-0154
均
TEL&FnⅨ
:o745‐
74‐
Ⅳ寛
ail:ka'hmy060Ю gaia.eonet.ne.jp
1167
奈良 。人 と自然 の会事務所
〒631‐ 0804
奈良市神功 1‐ 4‐
生駒郡斑鳩町竜田西 3-12-8
TEL&FAX:0742‐ 71… 8687
27
会長
19
阿部
和生