概要pdf - 数理システム設計学研究室 - 東北大学

修士論文概要集 2006 年 2 月
東北大学大学院工学研究科土木工学専攻
仮想現実都市空間と数値シミュレーションを用いた
高度地震シミュレータの開発
Development of a high performance earthquake simulator using virtual reality city
and numerical simulations
佐茂隆洋∗
Takahiro SAMO
∗ 数理システム設計学研究室(指導教員:池田清宏教授,研究指導教員:市村強助教授)
Realistic simulation of a possible earthquake is crucial for producing a pertinent counter plan against
earthquake disasters. Such simulation is realized herein through the development of Integrated Earthquake
Simulator (IES), which is an assemblage of a computer-based high-resolution strong ground motion (SGM)
simulator and a Virtual Reality city constructed from GIS/CAD data. In this paper, the methodology to
reconstruct a VR city and the prototype of the IES are presented. A VR city model is reconstructed and
earthquake disaster simulation is conducted to demonstrate IES performance.
Key Words : integrated earthquake simulator, numerical simulation, virtual reality city
1. はじめに
都市の震災対策では過去の知見に基づく経験的なア
プローチが主にとられている.一方で,都市機能の飛
躍的な複雑化・高密度化に伴って未経験の震災が起き
る可能性が高まっている.有効な震災対策を考える上
で,過去の知見のみに頼らず,将来の地震や地震被害
を理論的に正しく予測・想定し対処するという新しい
方法論の確立が待たれている.
2. IES 概要
地震学の進歩により,地震現象そのものの解明も進
み,地震動予測も試みられるようになってきている.ま
た,耐震設計の発達により構造物の地震動応答解析も
高い水準にある.このような要素技術を統合し,予測・
想定に基づく地震防災・危機管理システムを開発するこ
とがひとつの理想的な方法として考えられる.著者ら
の研究グループは,上記を背景として,統合地震シミュ
レータ(Integrated Earthquake Simulator, IES, 図-2. 参
照)の開発を行ってきた1),2),3) .IES は,GIS/CAD デー
タ等の都市デジタルデータから構築した仮想現実都市
と数値シミュレーションを組み合わせることにより,想
定した地震シナリオについて震災の諸過程を予想・想
定するシステムである.IES は,1)GIS/CAD データか
ら構築された仮想現実都市,2)断層から地表までの地
震動の生成過程を解析する地震動シミュレータ,3)鋼
構造・コンクリート構造・土構造・建築構造物などの
構造物応答をシミュレーションする解析ツール,4)人
の動きなどを踏まえた災害シミュレータからなる.こ
れらを踏まえて震災を総合的に評価し,分かりやすく
高度な震災情報を提供する.デジタルデータ群を管理
する基幹システムと各事象・構造物の数値解析ツール
をプラットフォーム・プラグイン仕様で結びつけてい
る.震災の諸過程を数値シミュレーションの積み重ね
によって評価でき,客観的な高度震災情報を提供でき
ることが IES の特徴である.
現在までに IES のプロトタイプが完成しており,震
災時の都市全域での構造物シミュレーション例がいく
つか示されている.しかしながら,都市のモデル化及
び上記 4)の災害シミュレータについての検討が不十分
であった.本研究では,既存の GIS/CAD データに基づ
く都市のモデル化の方法論を検討し,また,エージェ
ントシミュレーション4) を組み込み,上記 4)の検討を
可能とした.
3.
既存都市情報からの都市モデル構築とデー
タ構造について
東京都下のあるターミナル駅近傍 1500[m]×1500[m]
を対象として,既存の都市情報から仮想現実都市モデ
ルを構築した (図-2).構築した都市モデルは,地盤構
造,地上建築構造物,地下構造物,道路ネットワーク
から構成されている (それぞれ図-2(a),(b),(c),(d)).以下
にそのモデル化及びデータ構造の概要を示す.
ボーリングデータと 50m メッシュ標高データから,
工学的基盤面より上層の地盤構造モデルを作成した (図2(a)).ボーリングデータには地層境界面の深度と各地
佐茂隆洋 (1)
Virtual Reality City (Panorama view)
Virtual Reality City contains 4 structures
a) Soil structure :: About four layers
b) Buildings
:: 1102 buildings
c) Underground passage
d) Road network :: 379 nodes, 433 links
1500 m
d) Road network
1500 m
c) Underground passage
a) Soil structure
b) Buildings
図–2 仮想現実都市モデル
Earthquake Disaster Simulator
Strong Ground Motion Simulator
Fault Mechanism
Wave Propagation
Local Site Effects
Simulate Behavior of Virtual Reality City
GIS
Model
Information
Simulation
Rusult
RC Structure
Steel Structure
Soil Structure
Architectural Structure
Human Behavior
図–1 IES システム 概要
層の地盤物性が,50m メッシュ標高データには 50 mグ
リッドの標高が記載されている.これらの情報をもと
に Kriging 法により,三次元地盤構造モデルを推定し
た.このように,幾何形状データ・物性データを保持
しているため,有限要素法や重複反射理論による動的
応答解析法に直接適用可能である.
3 次元幾何形状が含まれている市販地図ソフトデー
タを使用して,幾何形状と各種属性情報から構成され
ている地上建築構造物モデルを作成した (図-2(b)).地
図ソフトデータには建物外形の三次元幾何形状情報の
みが含まれており,これを用いて各種属性情報を推定
した.このモデルは近似モード解析のような簡便解析
には十分であるが,詳細なモデルを必要とする解析に
は現状では不十分である.対象領域内には 1102 棟の構
造物が存在しており,それぞれ木造,鋼構造,RC 構造,
SRC 構造のいずれかの構造種別属性に分類している.
3D CAD データが整備されていないため,2D CAD
データから地下構造物 (地下通路) モデルを作成した (図2(c)).作成した地下構造物モデルは三次元のサーフェ
ス (面) データを持っており,後述するエージェントシ
ミュレーションに直接適用可能である.また,三次元
有限要素法のような,立体的なモデルが必要となる場
合には,体積の推定等データ補完が別途必要となる.
国土地理院発行の 25000 分の 1 の数値地図を用いて
道路モデルを構築した (図-2(d)).数値地図の道路情報
にはノード・リンク形式の道路中心線情報と道路幅情
報が含まれている.作成した道路モデルは,ノード・リ
ンクデータと道路属性情報から構成されており,後述
するエージェントシミュレーションのため,道路幅員
を用いてサーフェス (面) データを作成している.
佐茂隆洋 (2)
以上の各構造物モデルは主に外形情報と属性情報か
ら構成されており,都市モデル内で固有の ID 番号に
よってそれぞれ管理している,また,複数の部材から
構成されている構造物は,部材毎に ID を割り振り,個
別に管理する形を取っている.このため,情報の抽出
や属性の変更・追加が容易に可能な仕様となっている.
以上のように,より詳細な検討が今後必要ではある
ものの,データ構造と適用解析手法を踏まえて既存の
都市情報から都市モデルの構築を行うことができた.
4. IES による震災評価
図–3 地表面計測震度分布
前章で構築した仮想現実都市モデル及び IES のフレー
ムワークを用いて,関東地震を想定した都市の震災シ
ミュレーションを行った.
強震動シミュレータには統計的グリーン関数法と一
次元重複反射理論を,構造物応答解析には近似モード
解析と三次元線形弾性体有限要素法,建築構造物被害
による道路閉塞判定手法を,人の避難解析にはマルチ
エージェントシミュレーション6) を,それぞれ組み込ん
だ.道路閉塞判定手法は,大破建築構造物の周囲に建築
物高さから推定した瓦礫流出バッファを作成して周囲
道路の閉塞を判定する手法7) である.構造物被害がネッ
トワークに及ぼす影響評価及びエージェントシミュレー
ションは本 IES で新たに追加された機能である.
強震動シミュレータによる想定関東地震波による
都市内の揺れの分布を計測震度として図-3 に示す.
1500[m]×1500[m] という狭い範囲でも震度に大きな偏
りが生じている.次に,建築構造物の被害分布を図-4
に示す.ほとんどの建物が被災しており,大破している
建物もみられる.大破したこれらの建築構造物によっ
て,図-5 に緑色で示すように道路閉塞が起こることが
予想される.大破した建築構造物は数える程しかない
が,対象領域中心部分のほとんどの道路が閉塞してい
ることが分かる.地下構造物周辺の震災前後の状況を
図-6 に示す.地下構造物の出入り口は4箇所あるが,地
震被害によって3箇所が閉塞している.
最後に,上記の道路ネットワーク及び地下構造物の
構造被害評価を元に,災害時の人間の避難シミュレー
ションを行った (図-7).全領域で解析を行ったが,簡単
のため,地下構造物近傍領域に絞って説明する.震災
無しの場合と震災有りの場合で避難シミュレーション
を行った結果を表-1 に示す.人を模したエージェント
の数は 200 とし,解析時間を 800 秒間とした.両者の
比較から,震災時の避難人数が大幅に減っていること
が分かる.これは,周囲の構造物及び地下街の被害に
より,地下街の出入り口が閉塞したことが主因と考え
られる.地下街のような閉塞性の高い構造物において
出入り口等の設置を計画する際には,本解析評価のよ
図–4 構造物の被害
図–5 道路閉塞状況
うに周辺構造物被害までを考慮することが望ましいと
思われる.
佐茂隆洋 (3)
表–1 避難解析結果比較
避難完了人数 (全 200 人中)
避難完了平均時間 (秒)
通常時
震災時
136
383.2
71
289.1
Agent
:: Exit
No damage
図–7 避難シミュレーション
参考文献
:: Exit
Damaged
図–6 地下通路周辺被害
5. まとめ
IES は,客観的で,より高度な震災情報の提供を目
指して開発が進められているものである.本研究では,
データフローの整備及び評価可能な震災現象の拡張を
念頭に IES の高度化を行った.現在までに開発された
IES は構造物被害に主眼を置いたものであったが,本
研究の開発によって,1)既存 GIS/CAD データからの
都市モデル化の枠組み,2)人の動きをシミュレーショ
ンするエージェントシミュレーションが新たに追加で
きた.このことによって一般の都市に IES の枠組みを
適用することが可能になった上,構造被害だけでなく,
ネットワーク被害及び人的被害への基礎検討ができる
ようになった.
ネットワーク被害及び人的被害評価組み込みの検討
を進めるとともに,適用する解析手法やデータの精度・
モデル化手法の評価を行い,それぞれ必要十分な手法・
精度・情報量を把握し,精度の向上を図ることが今後
の課題である.
1) F. Yang, T. Ichimura, and M. Hori, Earthquake Simulation
in Virtual Metropolis Using Strong Motion Simulator and
Geographic Information System, Journal of Applied Mechanics JSCE,Vol.5,pp. 527–534, 2002.
2) 市村強, 伊丹洋人, 佐茂隆洋, 堀宗朗, 山口直也,デジタ
ルシティ神戸の構築とその震災シミュレーションへの応
用に関する基礎検討,構造工学論文集 JSCE,Vol.51A,
pp. 513–520, 2005.
3) T. Ichimura, M. Hori, K. Terada, T. Yamakawa, On Integrated Earthquake Simulator Prototype: Combination of
Numerical Simulation and Geographical Information System, Structural Eng./Earthquake Eng. , JSCE, Vol.22, No.2,
pp. 233s–243s, 2005.
4) 大内東, 山本雅人, 川村秀憲, マルチエージェントシステ
ムの基礎と応用 ー複雑系工学の計算パラダイムー, コ
ロナ社, 2002.
5) 壇一男, 渡辺基史, 佐藤俊明, 宮腰淳一, 佐藤智美, 統計的
グリーン関数法による 1923 年関東地震 (M JMA 7.9) の広
域強震動評価, 日本建築学会構造系論文集 第 530 号,
pp. 53–62, 2000.4.
6) 堀宗朗, 犬飼洋平, 小国健二, 市村強, 地震時の緊急避難行
動を予測するシミュレーション手法の開発に関する基礎
的研究, 社会技術研究論文集, Vol.3, pp. 138–145, 2005.
7) 独立行政法人防災科学技術研究所, 建物倒壊および道路
閉塞のシミュレーション技術の開発, 大都市大震災軽減
化特別プロジェクト成果報告書, 2002–2004.
佐茂隆洋 (4)
(2006 年 2 月 7 日 提出)