平成 15 年度研究報告 研究テーマ 脂肪細胞におけるグルココルチコイド活性化 機構の解明 -新しいメタボリックシンドローム診断法・ 評価法の開発- - 脂肪細胞におけるグルココルチコイド活性化 - 財団法人生産開発科学研究所 主任研究員 益崎 裕章 現所属:京都大学大学院医学研究科・内科学講座内分泌・代謝内科 ✻ サマリー ✻ 内臓脂肪肥満を中心として糖尿病や高血圧症、高脂血症、脂肪肝などが様々な組み合わせで同 一個体に重積するメタボリックシンドロームは心筋梗塞や脳卒中に代表される致死的血管病 の高リスク群であり、予防医学上の疾患単位として重要である。この状態は個々の代謝疾患が 偶然に合併した状態を意味するものではなく病態を形成する共通の分子基盤が存在すると想 定され、診断、治療に有用な分子ターゲットの探索は急務の課題である。本研究ではメタボリ ックシンドロームの基盤としての脂肪細胞機能異常症に焦点を当て、細胞内グルココルチコイ ド活性化酵素、11β-HSD1 の脂肪細胞における活性調節メカニズムにアプローチして内臓脂肪 症候群の病態解明と新規治療法の開発に結びつく基礎的、臨床的研究を行なった。11β-HSD1 は脂肪細胞における PPARγアゴニストの標的分子でもあり、チアゾリジン誘導体による糖脂質 代謝改善効果や内臓脂肪の選択的減少効果の一翼を担う下流分子である。本研究では 3T3-L1 培養脂肪細胞系において IL-1βや TNFαなどの種々の炎症性サイトカインが 11β-HSD1 遺伝子発 現を著明に誘導すること、PPARγアゴニストが 11β-HSD1 遺伝子発現を著明に抑制すること、 脂肪細胞における 11β-HSD1 活性化がインスリン感受性ホルモン、アディポネクチンの分泌を 著明に抑制することを明らかにした。更に肥満症例と対照健常者を対象とする皮下脂肪組織バ イオプシーにより脂肪組織機能の評価と遺伝子発現プロファイリングを実施した。肥満者皮下 脂肪組織における 11β-HSD1 mRNA 発現濃度は対照群と比較して約 6 倍以上に上昇し、遺伝子 発現レベルは体格指数 (BMI)、ウエスト周囲径、インスリン抵抗性指標と強い正の相関を示 し、空腹時血糖を除くすべてのメタボリックシンドロームパラメーターと有意な相関を示した。 また、肥満者脂肪組織ではマクロファージ関連遺伝子群である CD68、MCSF,MAC1,MCP-1 などの遺伝子発現レベルも健常者に比較して明らかに上昇しており、11β-HSD1 とマクロファ ージ関連遺伝子マーカーとの間にも強い正の相関が認められた。脂肪細胞機能異常における 11β-HSD1 活性化に起因する組織特異的なグルココルチコイド作用の亢進とマクロファージ活 性化の病態連関が示唆された。11β-HSD1 作用による細胞内グルココルチコイド最終代謝産物、 allo tetrahydrocortisol (THF) および THF、細胞内不活性型酵素 (11β-HSD2) に由来する最終代 謝産物、tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用 いて定量化する精密測定系を用いて細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した結果、 5β-THF+5α-THF / THE で示される尿中比は個人に固有の安定した値を示し、高感度 CRP やウ エスト周囲長、BMI と逆相関を示した。同一個人内での比較では尿中比は体重の減少を鋭敏に 反映して上昇し、糖尿病治療薬、チアゾリジン誘導体に対する“反応群”において尿中比の値 が特異的に有意に減少した。以上の成果はメタボリックシンドロームの新規の評価法、治療法 の開発に寄与するものと期待される。 ✻ 研究報告 ✻ 序 文: 内臓脂肪肥満を中心として糖尿病や高血圧症、高脂血症、脂肪肝などが様々な組み合わせで同 一個体に重積するメタボリックシンドロームは心筋梗塞や脳卒中に代表される致死的血管病 の高リスク群であり、予防医学上の疾患単位として重要である。この状態は個々の代謝疾患が 偶然に合併した状態を意味するものではなく病態を形成する共通の分子基盤が存在すると想 定され、診断、治療に有用な分子ターゲットの探索は急務の課題である。本研究ではメタボリ ックシンドロームの基盤としての脂肪細胞機能異常症に焦点を当て、細胞内グルココルチコイ ド活性化酵素、11β-HSD1 の脂肪細胞における活性調節メカニズムにアプローチして内臓脂肪 症候群の病態解明と新規治療法の開発に結びつく基礎的、臨床的研究を行なった。 11β-HSD1 は脂肪細胞における PPARγアゴニストの標的分子でもあり、チアゾリジン誘導体に よる糖脂質代謝改善効果や内臓脂肪の選択的減少効果の一翼を担う下流分子である。 方 法: 1) メタボリックシンドローム患者と対照健常者を対象とする皮下脂肪組織バイオプシーを行 い (京都大学 医の倫理委員会 臨床研究承認番号 553 番、2004 年承認)、脂肪組織機能の評 価と遺伝子発現プロファイリングを施行し、メタボリックシンドロームガイドラインに照 らした特徴を解析した。 2) 細胞内グルココルチコイド活性化酵素、11β-HSD1 の最終代謝産物、allo tetrahydrocortisol (THF) お よ び THF 、 細 胞 内 不 活 性 型 酵 素 (11β-HSD2) に 由 来 す る 最 終 代 謝 産 物 、 tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用いて 定量化する精密測定系を用いて (京都大学 医の倫理委員会 臨床研究承認番号 494 番、2003 年承認) 細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した。5β-THF+5α-THF / THE で 示される尿中比は相対的な細胞内グルココルチコイド活性化を反映する指標の一つであり、 病態におけるこのマーカーの意義を検討した。 成 績: 1) 実施した皮下脂肪組織バイオプシーは最終的に約 90 例に達した。母集団における皮下脂肪 組織における 11β-HSD1 mRNA 発現濃度は体格指数 (BMI)、ウエスト周囲長、インスリン 抵抗性指標である空腹時インスリン濃度、HOMA-IR 指数と強い正の相関を示し、メタボリ ックシンドロームコンポーネントの中ではトリグリセライド、拡張期血圧、収縮期血圧と 正の有意な相関関係を示し、HDL コレステロールとは有意な負の相関を示した。我々の知 りうる限り、脂肪組織における遺伝子発現濃度が主要なメタボリックシンドロームの構成 要素群と有意な相関を示す事例としては今回の 11β-HSD1 が最初であり、脂肪組織機能異 常という観点からメタボリックシンドロームの病態を知る分子マーカーとしての意義が実 証された。 また、皮下脂肪組織における 11β-HSD1 mRNA 発現濃度は臍レベル CT によって評価された 内臓脂肪面積と強い正の相関を示し、血中レプチン濃度と有意な正の相関、血中アデイポ ネクチン濃度とは有意な負の相関を示すことが明らかとなり、内臓脂肪量をよく反映する 皮下脂肪の遺伝子マーカーであることも注目される。 2) メタボリックシンドロームにおける脂肪組織の慢性炎症の意義が注目されており、脂肪組 織に浸潤したマクロファージの関与が注目されている。本研究の解析結果で、肥満者の脂 肪組織では CD68、MCSF、MAC1、MCP-1 などのマクロファージ関連分子群の遺伝子発現 レベルが著明に上昇しており、11β-HSD1 発現レベルとも強い正の相関が認められた。 また、11β-HSD1 の酵素活性の発現に必須である補因子、NADPH を供給する酵素群 (G6PD、 H6PD など) の発現レベルも 11β-HSD1 発現と強い正の相関を示し、肥満の脂肪組織におけ る 11β-HSD1 発現調節の破綻のメカニズムがヒトにおいて初めて明らかになった。 3) 11β-HSD1 作用による細胞内グルココルチコイド最終代謝産物、allo tetrahydrocortisol (THF) および THF、細胞内不活性型酵素 (11β-HSD2) に由来する最終代謝産物、tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用いて定量化する精密測 定系を用いて細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した。5β-THF+5α-THF / THE で示される尿中比は個人に固有の安定した値を示し、高感度 CRP やウエスト周囲長、BMI と逆相関を示した。同一個人内での比較では尿中比は体重の減少を鋭敏に反映して上昇し、 糖尿病治療薬、チアゾリジン誘導体に対する“反応群”において尿中比の値が特異的に有 意に減少した。 このような変化はチアゾリジン誘導体に対する“非反応群”はもとよりカロリー制限療法の みで同程度に糖尿病を改善した群ではまったく観察されないことから チアゾリジン誘導体 が 11β-HSD1 を介して改善した脂肪組織機能を反映する変化である可能性が示唆された。 考 案: メタボリックシンドローム病態における脂肪組織機能異常の意義、その分子基盤としての細胞 内グルココルチコイド活性化酵素、11β-HSD1 の役割が明らかになった。11β-HSD1 を中核とす る脂肪組織遺伝子発現プロファイリングや 5α-THF+5β-THF / THE で示される尿中ステロイ ド代謝マーカーがメタボリックシンドローム病態の評価に極めて有用であることが実証され た。 本研究の成果はメタボリックシンドロームの新規の評価法、治療法の開発に寄与するものと期 待される。また、本研究の成績を踏まえ、動脈硬化の進展・悪化、脳血管障害や心筋梗塞など の致死的血管イベントの発生に及ぼす影響を前向き研究で検証していくことが重要である。 謝 辞: 山口内分泌疾患振興協会からの貴重な研究助成を頂戴出来ました事を心より感謝申し上げま す。貴協会のますますの御発展を祈念申し上げます。この度は誠に有難う御座いました。 本研究成果に関連する刊行リスト: 1. T.Tanaka, H. Masuzaki (corresponding author), S. Yasue, K. Ebihara, T. Shiuchi, T. Ishii, N. Arai, M. Hirata, H. Yamamoto, T. Hayashi, K. Hosoda, Y. Minokoshi, K. Nakao. Central melanocortin signaling restores skeletal muscle AMP-activated protein kinase phosphoylation in mice fed a high fat diet. Cell Metabolism 5:395-402, 2007 2. Nakano, Y. Inada, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, S. Yasue, T. Ishii, N. Arai, K. Ebihara, K. Hosoda, K. Maruyama, Y. Yamazaki, N. Shibata, K. Nakao Bezafibrate regulates the expression and enzyme activity of 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 1 in murine adipose tissue and 3T3-L1 adipocytes. Am. J. Physiol. (Endocrinol Metab) 292:E1213-E1222, 2007 3. T. Ishii, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, N. Arai, S. Yasue, N. Kobayashi, M. Noguchi, J. Fujikura, K. Ebihara, K. Hosoda, K. Nakao. Augmentation of 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 1 in LPS-activated J774.1 macrophages -Role of 11β-HSD1 in pro-inflammatory properties in macrophagesFEBS Lett. 581:349-354, 2007 4. T. Tomita, H. Masuzaki (corresponding author), H. Iwakura, J. Fujikura, M. Noguchi, T. Tanaka, K. Ebihara, J. Kawamura, I. Komoto, Y. Kawaguchi, K. Fujimoto, R. Doi, H. Shimada, K. Hosoda, M. Imamura, K. Nakao Expression of the gene for a membrane-bound fatty acid receptor in the pancreas and islet cell tumors in humans: evidence for GPR40 expression in pancreatic beta cells and implications for insulin secretion Diabetologia 49: 962-968, 2006 5. T.Tanaka, S. Hidaka, H. Masuzaki (corresponding author), S. Yasue, Y. Minokoshi, K. Ebihara, H. Chusho, Y. Ogawa, T. Toyoda, K. Sato, F. Miyanaga, M. Fujimoto, T. Tomota, T. Kusakabe, N. Kobayashi, H. Tanioka, T. Hayashi, K. Hosoda, H. Yoshimatsu, T. Sakata, K. Nakao. Skeletal muscle AMPK phosphorylation parallels metabolic phenotype in leptin transgenic mice under dietary modification. Diabetes 54:2365-2374, 2005 6. M. Fujimoto, H. Masuzaki (corresponding author), Y. Yamamoto, N. Norisada , M. Imori, M. Yoshimoto, T. Tomita, T. Tanaka, K. Okazawa, J. Fujikura , H. Chusho, K. Ebihara, T. Hayashi, K. Hosoda, G. Inoue, K. Nakao CCAAT/enhancer binding protein α maintains the ability of insulin-stimulated GLUT4 translocation in 3T3-C2 fibroblastic cells. Biochim. Biophys. Acta. (Molecular Cell Research) 1745:38-47, 2005 7. T. Tomita, H. Masuzaki (corresponding author), M. Noguchi, H. Iwakura, J. Fujikura, T. Tanaka, K. Ebihara, J. Kawamura, I. Komoto, Y. Kawaguchi, K. Fujimoto, R. Doi, Y. Shimada, K. Hosoda, M. Imamura, K. Nakao A large amount of mRNA expression for G-protein-coupled fatty acid receptor, GPR40 in human insulinoma Biochem. Biophys. Res. Commun. 338: 1788-1790, 2005 8. T.Tanaka, H. Masuzaki (corresponding author), K. Ebihara, Y. Ogawa, S. Yasue, H. Yukioka, H. Chusho, F. Miyanaga, T. Miyazawa, M. Fujimoto, T. Kusakabe, N. Kobayashi, T. Hayashi, K. Hosoda, K. Nakao. Transgenic expression of mutant peroxisome proliferator-activated receptor (PPAR) γ in liver precipitates fasting-induced steatosis but protects against high fat diet-induced steatosis in mice. Metabolism 54:1490-1498, 2005 9. M. Fujimoto, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, S. Yasue, T. Tomita, N. Kobayashi, K. Okazawa, J. Fujikura, H. Chusho, K. Ebihara, T. Hayashi, K. Hosoda, K. Nakao An angiotensin II AT1 receptor antagonist, telmisartan augments glucose uptake and Glut 4 protein expression in 3T3-L1 adipocytes. FEBS Lett. 576:492-497, 2004
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