内藤 方夫 分子線エピタキシー法を用いた鉄系超伝導体周辺物質の探索

平成 22 年度 実績報告
「新規材料による高温超伝導基盤技術」
研究代表者
内藤 方夫
東京農工大学工学府物理システム工学専攻・教授
分子線エピタキシー法を用いた鉄系超伝導体周辺物質の探索
§1.研究実施の概要
本研究は、鉄系超伝導体の分子線エピタキシー成長技術を確立し、その技術をベースに鉄系
超伝導体周辺物質の探索を行うものである。また、高品質エピタキシャル薄膜技術の確立により、
新物質探索だけでなく、ジョセフソン素子を基礎とする超伝導エレクトロニクスへの展開もはかる。
平成 22 年度に行った研究は以下の3点である。
(1)122 系 Ba1-xKxFe2As2、Sr1-xKxFe2As2 高品質エピタキシャル薄膜成長
21 年度に、~300℃の低温成長により、カリウム(K)を含む 122 系のエピタキシャル薄膜成長を報
告した。22 年度は、K 源として大気中で安定な In8K5 を用いることで、K 置換量を系統的にふること
が可能になり、Ba-122 系に対してエピタキシャル薄膜を用いた電子相図の作成を行った。
(2)F 拡散法による 1111 系 SmFeAsO 薄膜の超伝導化
フッ素(F)を含まない母物質 SmFeAsO 薄膜上に SmF3 を堆積し、650℃程度でアニールすることで
F を薄膜中に拡散し、超伝導化した。この方法で、最高 Tcon (Tcend) = 56K(52.5K)が得られている。
(3)as-grown SmFeAs(O,F)超伝導薄膜の MBE 成長
Sm 単体と SmF3 を同時に供給することにより、as-grown で SmFeAs(O,F)超伝導薄膜を得た。この
方法で、最高 Tcon (Tcend) = 54 K(50 K)が得られている。
§2.研究実施内容
2-1. 122 系 Ba1-xKxFe2As2、Sr1-xKxFe2As2 高品質エピタキシャル薄膜成長
1
6000
(a)
5000
122 系鉄ニクタイドの MBE 成長は、真空チャンバ中
(~10-9 Torr)で、単体原料 Ba(Sr), Fe, As および K の
蒸発源である In8K5 を抵抗加熱蒸発することにより行っ
Intensity (cps)
低 As 圧成長
4000
3000
2000
1000
た。カチオンのうち、Ba(Sr), Fe は電子衝撃発光分光
0
13.3
により、K は原子吸光分光により、フラックス量を制御し
(b)
た。K を含む 122 系の成長では、成長温度(Ts)が 350℃
13.2
0
350℃以下に下げる必要がある。しかし、Ts のみを下げ
c (A)
以上では膜中に K が全く取り込まれないため、 Ts を
ても K は取り込まれず、成長の低温化とともに As 圧(pA
s
13.1
13
)を低減する必要がある。図1は、カチオンのフラックス
量と成長温度(310℃)を固定し、pAs(セル温度(TAs)に
より制御)をふったときの Sr1-xKxFe2As2 薄膜の特性をま
12.9
35
強度が鋭い極大を示す。また、c 軸長(c0)は TAs の低減
とともに長くなる(TAs が 160℃のときに c0 が特異的に長
Tc on - T cend (K)
ゲージでは As 圧が 1 – 1.5 x 10-6 Torr)で、XRD 回折
25
20
15
10
いことについては再現性を確認中)。バルク試料に対す
5
る研究から、Sr1-xKxFe2As2 では x とともに c0 が長くなるこ
0
130
とが知られているから、図 1(b)は成長時の pAsの低下とと
もに膜中に取り込まれる K の量が増えること示している
(TAs= 165℃で x ~ 0.45、TAs= 140℃で x ~ 0.55 で
ある)。薄膜の Tc はあまり変わらないが、ゼロ抵抗温度
on
(Tcend)は結晶性とともに高くなる傾向を示す。
(c)
30
とめたものである。TAs が 155-160℃(チャンバのイオン
140 150 160 170 180
o
As cell temperature ( C)
190
図1.成長時の As 圧を変化させたと
きの Sr1-xKxFe2As2 薄膜の特性。(a)
(002)X 線回折ピーク強度、(b) c 軸
長、(c)Tcon-Tcend。
超伝導特性の K 置換量依存性
In8K5 を K 蒸発源として用いることにより、安全性だけでなく、K のフラックス量制御の安定性も改善
した。それにより、K 置換量 x を系統的に振ることが可能になった。図 2 は K 置換量を変えたとき
の Ba1-xKxFe2As2 薄膜の抵抗率の温度依存性である。K を含む 122 系薄膜は、大気に曝すと、短
時間(x にも依るが、数十秒から数分)で劣化する。このため、薄膜を真空チャンバから取り出して
すぐに、トルエンに溶かしたポリスチレン樹脂(導線の被覆剤、商品名‘‘Q-dope’’)を薄膜表面に塗
布している。しかし、この塗布も劣化を完全に止めるには不十分で(とくに高 x の薄膜)、抵抗率の
絶対値は系統的な x 依存性を示さない。そのため、図 2 には、300K の抵抗 R(300K)で規格化した
R(T)/R(300K)の温度依存性を載せた。この規格化により、x = 0.0~0.7 では、残留抵抗比(RRR =
R(300K)/R(Tc+))が x とともに単調に増大するふるまいを見ることができる。また、x = 0.7 では RRR
は 17 に達する。図 3 には、このようにして得られた Ba1-xKxFe2As2、Sr1-xKxFe2As2 薄膜に対する Tc
2
Ba 1-xK xFe 2 As2
の x 依存性を示した。Ba1-xKxFe2As2 では置換量 x ~
0.3 で T c
on
x r=
4
0.0
0.1
の最高値 39 K が得られる。一方、
0.2
Sr1-xKxFe2As2 では置換量 x ~ 0.4 で Tcon の最高値
Sr1-xKxFe2As2 で異なることは、以下のように理解され
る。鉄ニクタイドの多くが TN = 100~200 K で磁性(ス
ピ ン 密 度 波 ( SDW ) ) を 伴 う 構 造 相 転 移 を 示 す 。
R(T)/R(300 K)
い)。最高の T c を与える置換量が Ba1-xKxFe2As2 と
0.3
3
33.5 K が得られる(バルク値 37 K に比べて 3-4 K 低
0.35
0.4
0.45
2
0.5
0.6
0.7
1
Ba-122 と Sr-122 両系の電子相図を比較すると、
0.8
BaFe2As2 は TN = 150 K、SrFe2As2 は TN = 200 K と 50
K 高く、それゆえ、Sr1-xKxFe2As2 では SDW 相領域が
0
0
Ba1-xKxFe2As2 よりも拡がっている。SDW と超伝導は
50
100 150 200 250 300
Temperature (K)
競合するため、Sr1-xKxFe2As2 において SDW を抑制し
図 2.K 置換量を変えたときの
Ba1-xKxFe2As2 薄膜の抵抗率-温度特性。
て超伝導を発現するにはより大きな x が必要となる。
50
2-2.1111 系 SmFeAs(O,F)エピタキシャル成長
F 拡散法
Ba-122 Tc(on)
Ba-122 Tc(end)
Sr-122 Tc(on)
Sr-122 Tc(end)
40
導体の中で最も高い超伝導転移温度を持つ。なか
でも、RE = Nd、Sm では Tc ~ 55 K に達する。21 年
度に、MBE 法による母物質 SmFeAsO 単結晶薄膜
の成長を報告した。その後、名大生田グループによ
Tc [K]
1111 系 REFeAs(O,F)、REFeAsO1-y は鉄系超伝
30
20
10
0
り、1111 系 NdFeAs(O,F)の MBE 成長において、成
0.0
0.2
0.4
長後半に薄膜表面に生成する NdOF 層が膜内への
フッ素供給および膜内からのフッ素抜け抑制の2つ
重要な役割を果たしていることが明らかにされ
0.6
0.8
1.0
xK
図 3. Ba1-xKxFe2As、Sr1-xKxFe2As2 薄膜
の Tcon-Tcend の x 依存性。
8.65
SmF3 から F 拡散させるという同様の手法により、
超 伝 導 SmFeAs(O,F) 薄 膜 を 得 た 。 母 物 質
SmFeAsO 薄 膜 の 作 製 は 、 真 空 チ ャ ン バ 中
(10-9 torr) で Fe, Sm, As 単体原料を抵抗加
熱によって蒸発させ、酸素源として分子状 O2
ガスを用いた。F 拡散は SmF3 を基板温度
c-axis length (Å)
た。我々も、母物質 SmFeAsO 上に堆積した
Sm1111 on CaF2
8.6
8.55
8.5
8.45
3.75
650oC で 200 Å 堆積した後、30 min その温
on MGO
LAO
substrate
3.8
on YAO
bulk
on LAO
CaF2
substrate
3.85
3.9
3.95
4
a-axis length (Å)
度に保持することにより行った。
図 4. 各種基板上に成長した母物質
SmFeAsO 薄膜の格子定数。
図 4 に各種基板上で作製した母物質
3
0.6
0.5
SmFeAsO 薄膜の格子定数を比較したものである。
0.4
2
0.3
CaF2 上の SmFeAsO 薄膜の a 軸長(a0)は基板の CaF2
の a0 とほぼ一致しており、バルクの a0 から 0.07-0.08
0.1
1.5
0
40 45 50 55 60 65
T/K
化物基板(LaAlO3 、YAlO3 、MgO)上の薄膜はバルク
r / mWcm
Å(約 2%)縮んでいる。それに伴い、ポアッソン効果
で c 軸長(c0)は 0.15Å(約 2%)伸びている。一方、酸
Substrate:
CaF2
0.2
の 格 子 定 数 に ほ ぼ等 しい。銅酸化物と比べると、
LAO
1
MGO
0.5
YAO
FeAs 系にはより大きなエピタキシャル歪みを導入する
ALO
ことが可能である(銅酸化物では高々1%)。図 5 には、
(b)
0
1.5
各種基板上の薄膜の抵抗率を F 拡散前後で比較し
Substrate:
CaF2
た。F 拡散前の薄膜は TN ~ 150 K で SDW 転移に
伴う抵抗率の折れ曲がりを示し、F 拡散後の薄膜は超
56 K で、LaAlO3 基板上の薄膜の Tcon = 51 K と比べ
て 5 K 高い。この Tc の差がフッ化物と酸化物基板の
1
r / mWcm
伝導を示す。Tc を比較すると、CaF2 上の薄膜は Tcon =
ALO
YAO
MGO
0.5
違いによるものか、上述の薄膜の歪みに由来するも
LAO
のかは今後の検討が必要である。CaF2 以外のフッ化
(a)
物基板上に成長した SmFeAsO 薄膜の結果が鍵とな
0
る。ホタル石構造のフッ化物を基板またはバッファー
層として用いると、CaF2(a0/√2 = 3.863Å)から BaF2
(a0/√2 = 4.384Å)まで大きく面内格子定数を変える
ことができる。
0
50
100
150
T/K
200
250
300
図 5.F 拡散前(a)と後(b)の SmFeAsO 薄
膜の抵抗率-温度曲線。
As-grown 超伝導薄膜
上記の F 拡散による 1111 系の超伝導化は単膜を用いた応用には適用可能であるが、積層応用
には適さない。積層応用には、as-grown で超伝導を示す薄膜の成長が必須である。我々は、Sm
単体と SmF3 を共蒸着し、両者の蒸着比を薄膜中のフッ素濃度が超伝導組成となるように精密制
御することで、ほぼ単相の SmFeAs(O,F) 薄膜の MBE 成長に成功した。SmFeAs(O,F)の単相膜は、
Fe : Sm : SmF3 の蒸着比がモル比でほぼ 1.0 : 0.9 : < 0.1 とした場合に、CaF2 バッファー/LAO 基
板上にのみ得られた(図6(左))。一方、LaAlO3 基板や CaF2 基板を上では、蒸着比を変えても従
来と同様の SmAs, SmOF が主な不純物として現れ、現在まで単相化できていない。得られた
SmFeAs(O,F)薄膜は c0 = 8.478 Å でフッ素がおよそ酸素サイトの 10-20%を置換していることが示
唆され、Tcon = 51.0 K において鋭い超伝導転移を示した。
4
図 6.(左)as-grown SmFeAs(O,F)薄膜の XRD パターン、CaF2 バッファー層を敷いた LAO 基
板上でのみほぼ単相薄膜が得られている。(右)単相 SmFeAs(O,F)の抵抗率-温度曲線。
§3.研究実施体制
(1)「農工大」グループ
① 研究分担グループ長: 内藤 方夫 (東京農工大学、教授)
② 研究項目
分子線エピタキシー法を用いた鉄系超伝導体周辺物質の探索
§4.成果発表等
原著論文発表
① 発表総数(発行済:国内(和文) 0 件、国際(欧文) 2 件):
② 未発行論文数(“accepted”、“in press”等)(国内(和文) 0 件、国際 (欧文) 2 件)
③ 論文詳細情報
1. S. Agatsuma, K. Yamagishi, S. Takeda, M. Naito, ”MBE growth of FeSe and
Sr1-xKxFe2As2“,
Physica
C
vol.
470,
no.
20,
p.
1468-1472,
2010,
DOI:10.1016/j.physc.2010.05.140.
2. S. Takeda, S. Ueda, T. Yamagishi, S. Agatsuma, S. Takano, A. Mitsuda, M. Naito,
5
“Molecular Beam Epitaxy Growth of Superconducting Sr1-xKxFe2As2 and Ba1-xKxFe2As2”,
Appl.
Phys.
Express
vol.
3,
Art
No.
093101
(3
pages),
2010,
DOI:
10.1143/APEX.3.093101.
3. S. Ueda, T. Yamagishi, S. Takeda, S. Agatsuma, S. Takano, A. Mitsuda, *M. Naito, “MBE
growth of Fe-based superconducting films”, Physica C, in press.
4. T. Yamagishi, S. Ueda, S. Takeda, S. Takano, A. Mitsuda, M. Naito, “A study of the
doping dependence of Tc in Ba1-xKxFe2As2 and Sr1-xKxFe2As2 films grown by molecular beam
epitaxy”, Physica C, in press.
特許出願
① 平成 22 年度特許出願内訳(国内 1 件、海外 0 件)
② TRIP 研究期間累積件数(国内 1 件、海外 0 件)
6