1 ■ 研究紹介 ILC 検出器 (仮称) 東北大学理学研究科物理学専攻 石川 明正 [email protected] 信州大学理学部物理学科 小寺 克茂 [email protected] 九州大学理学研究院物理学部門 末 原 大 幹, 吉 岡 瑞 樹 [email protected], [email protected] Universit´e Libre de Bruxelles - IIHE 与那嶺 亮 [email protected] 2011 年 (平成 23 年) 10 月 1 日 1 1 はじめに 25 優れた Impact Parameter 分解能: 26 σ ≤ 5 ⊕ 10/pβ sin3/2 θ (µm) lider: ILC) の検出器詳細設計書 (Detailed Baseline Doc- 27 • 特にヒッグス反跳質量測定のために必要な荷電粒 28 子に対する高い運動量分解能:σ/p2t ≤ 5 × 10−5 6 ument: DBD)[1] が加速器の技術設計書とともに 2012 年末に完成し,2013 年 6 月に公開された。ILC の物理 については前号の高エネルギーニュースに研究紹介記事 7 が掲載されているので [2],本稿では ILC の検出器につ 2 国際リニアコライダー計画 (International Linear Col- 3 4 5 8 いて解説する。2004 年にリニアコライダー加速器の基 9 本技術が超伝導加速空洞に決定されてから,ILC 計画は 10 急速に進展してきた。当時,検出器コンセプトは 4 つあ 11 り,2006 年には検出器骨子書,2007 年には検出器コン 12 セプト報告書が各検出器コンセプト検討チームにより作 13 成された。現在は ILD[3],SiD という 2 つの検出器コ 14 ンセプトが提案されており,push-pull 方式で一つの衝 15 突点を共有する予定である。なお,ILD は 2007 年当時 16 アジア主導の GLD と欧州主導の LDC が統合したもの 17 である。SiD は一貫して北米主導のもとで検討を行って 18 いる。 19 20 21 22 23 24 ILC における検出器は,加速器の性能を最大限に発揮 するために従来の電子・陽電子コライダーで用いられて いた検出器性能を大きく凌ぐ必要がある: • W と Z の不変質量を分離できるだけの高いジェッ √ トエネルギー分解能:σ/Ejet ≤ 30%/ Ejet • ジェットのフレーバーを高い効率で同定するための 29 (GeV/c)−1 30 ILD,SiD ともに上記性能を満たすために先進的なテク 31 ノロジーの高精細センサーを搭載した検出器となって 32 いる。日本グループは主に ILD 検出器コンセプトに関 33 する開発研究を行っているので,以下では ILD 検出器 34 についての詳細を述べる。ILD 検出器は円筒形の汎用 35 検出器になっている。図 1 に ILD 検出器の完成イメー 36 ジ図を示す。ILD 検出器の主要 3 検出器は,崩壊点検 37 出器 (VTX) として高精細かつ低物質量のピクセル検 38 出器,飛跡検出器として高分解能かつ低物質量の Time 40 Projection Chamber (TPC),高精細センサーを備えた サンプリングカロリメータ [電磁カロリメータ (ECAL) 41 とハドロンカロリメータ (HCAL)] が検討されている。 42 図 2 からこれら主要検出器の大まかな大きさと配置を把 43 握していただきたい。HCAL はここから 1 m の厚みで存 44 在し,その外に 3.5 T ソレノイド磁石,ミューオン検出 45 器兼リターンヨークがつづく。高いジェットエネルギー 46 分解能を達成するため,事象再構成には Particle Flow 47 Algorithm (PFA)[4] と呼ばれる手法を用いる。これは, 48 ジェット中の各粒子のエネルギーを,荷電粒子は飛跡検 49 出器で,中性粒子はカロリメータで「重複なく」測定す 39 2 2 66 2.1 HCAL ECAL 68 69 ることである。b ハドロン,c ハドロンはそれぞれ 1.5ps, 70 0.4ps 程度の寿命を持つため,生成点 (一次崩壊点) から 71 数百 µm から数 mm 飛んだ後に崩壊する。また,崩壊 72 は b → c → s のように起こるため,b クォークジェット 73 は一次崩壊点,二次崩壊点 (b → c),三次崩壊点 (c → s) 74 の 3 つの崩壊点を持ち,c クォークジェットは 2 つの崩 75 壊点,u,d,s クォークジェットとグルーオンジェットは 1 76 つの崩壊点しか持たない。つまり,ジェット中の荷電粒 77 子の飛跡を精密に測定・外挿し,一次・二次・三次崩壊 78 点を検出できればクォーク識別が可能となる。特筆すべ 79 きは c クォーク識別はクリーンな環境のレプトンコライ 80 ダーでのみ可能であり,c クォークの湯川結合の測定を 81 可能にする。 TPC 82 クォーク識別をするために ILC 崩壊点検出器に要求 83 1 位置分解能が 3µm 以下,⃝ 2 多重 される主な性能は⃝ 84 クーロン散乱を抑えるために 1 レイヤーあたりの物質 VTX 1m 図 2: (color online) モンテカルロシミュレーションによるイ ベントディスプレイ。 85 3 最内層の半径が 1.6cm,⃝ 4 占有 量が 0.15X0 以下,⃝ 86 率が数%以下である。他の実験と比較し厳しい要求で 87 あるが,ILC 崩壊点検出器の放射線環境は 1kGy/year, 88 1011 1eV neq /cm2 /year とハドロンコライダーと比較し 89 クリーンであるため,放射線耐性や占有率をそれほど気 90 にせずに検出器の分解能を上げることを開発項目にで 91 きる。 92 崩壊点検出器の構造を図 3 に示す。一見 3 レイヤーの 93 ように見えるが,2 レイヤーを一組としたダブレットが 94 95 50 るという方法であり,これによりジェットエネルギーの 51 大幅な向上が期待される。図 2 にはモンテカルロシミュ 52 レーションによるイベントが表示されている。荷電粒子 53 は PFA によりカロリメータ中のシャワーと飛跡検出器 54 のトラックが対応づけられ (図中の各色に対応),この 55 場合はトラックの曲率からエネルギーが測定される。ト 56 ラックが対応しないシャワーのエネルギーはカロリメー 57 タで測定される。PFA において重要なことはジェット中 58 の各粒子の同定・分離であり,このために 3 次元的に高 59 精細な検出器が必須となる。以下の各節では崩壊点検出 60 器,飛跡検出器,カロリメータの主要 3 検出器の詳細に 61 ついて,日本グループの活動を交えて述べる。 62 なお,これらの組み合わせによる ILD 検出器の性能 63 が先に述べた条件を達成していることはシミュレーショ 64 ンで確認されている。 崩壊点検出器の概要 ILC 崩壊点検出器の主な目的は b クォーク,c クォーク を識別し,軽い u,d,s クォークとグルーオンから分離す 67 図 1: ILD 検出器の完成イメージ図。 崩壊点検出器 65 96 3 層あるため,計 6 レイヤーからなる。最内層の半径は 1.6cm であり | cos θ| < 0.96 をカバーし,最外層の半径 は 6.0cm であり | cos θ| < 0.90 をカバーする。 図 3: 崩壊点検出器の構造。 3 97 98 2.2 崩壊点検出器のセンサーテクノロジー されており,一つの読み出しチャンネルで 20000(横) × 144 128(縦) ピクセルを読み出す。トレイン中に得たヒット 145 情報をトレイン間にバケツリレーのように電荷を転送 146 していく事により読み出す。そのため高速な ADC が必 147 要となる。電荷の転送はピクセル内のポテンシャル井 148 戸を電圧をかけて制御し行う。放射線により 0.17eV と 149 0.42eV にトラップレベルが発生し電荷転送効率が悪化 150 することがわかっているため,-40 ℃まで冷やし電荷転 上記の要求を満たすべくピクセル崩壊点検出器の開 99 発が世界中で行われている。代表的なものはフランス 100 の MIMOSA/AROM (CMOS センサー),ドイツが主 101 の DEPleted Field Effect Transistor (DEPFET),アメ 102 リカの Chronopixel (CMOS センサー),そして日本の 103 Fine Pixel CCD (FPCCD) である。すべてのテクノロ 104 ジーでセンサーと読み出しが一つのチップに統合され 105 たモノリシック型を採用しているため,ハイブリッド型 106 143 151 送効率の悪化を防ぐ。低物質量のクライオスタットは重 152 要な開発項目である。また,センサーの厚みは 50µm と 153 薄いため,低物質量で安定な支持構造の開発も行わなく と比較し物質量を抑えることが可能で,1layer の厚さは 108 50µm 程度である。 154 ILC は 1312(または 2625) の電子(もしくは陽電子) 109 バンチが 1ms のトレインを形成し,トレインが 5Hz で 110 衝突するビーム構造である。トレイン間の 199ms はビー 111 ム衝突が起こらない。このようなビーム構造で占有率を 112 十分小さい値に抑えるために 2 つの読み出し方法が考え 113 だされた。1 つ目は比較的大きなピクセルを用いるが, 107 114 ビーム衝突の 1ms の間に 10 回から 100 回程度データを 115 読み出し占有率を下げる方法で,MIMOSA/AROM や 116 DEPFET が採用している。2 つ目は非常に小さなピクセ 117 ルを用い,ビーム衝突中はヒットを格納しビームが衝突 118 しない 199ms にデータを転送する方法で,Chronopixel 119 や FPCCD が採用している。前者はトレイン間に読み 120 出し回路の電源をオフにする power pulsing を用い消費 図 4: FPCCD 小型プロトタイプチップ。 121 電力を下げることが可能であり,後者は高 γ ファクター 155 122 の電子・陽電子ビーム起因の EMI ノイズが読み出し中 123 に乗らないという長所がある。 156 157 126 MIMOSA/AROM は Brookheaven の STAR 実験及 158 び CERN の ALICE 実験,DEPFET は KEK の Belle 159 II 実験に採用され,また CCD は CERN の NA32 実験 127 や SLAC の SLD 実験 [5] で活躍した。 124 125 128 129 130 131 132 133 2.3 Fine Pixel CCD (FPCCD) 約 109 と膨大である。有感層の厚さは 15µm で全空乏 135 化されており電荷の拡散を防ぐ。前述の SLD 実験に用 136 いられた CCD は 20µm 角であるので,ピクセルサイズ 137 は 16 倍も高精細である。現在までに 6µm 角の FPCCD 138 が開発されており,8µm まで動作確認をしている。図 1 データ読み出し 読み出し ASIC に要求される性能は⃝ 1 ノイズレベル 30 電子以下, 速度が 10M pixel/s 以上,⃝ 161 用いた。ノイズを抑えるためにローパスフィルターと相 162 関二重サンプリング回路を実装した。現在までに 3 回 163 のチップ試作を行なっており,三次試作は TSMC 社の 164 0.25µm プロセスを用いてすべての問題点をクリアした。 2.5 研究体制 FPCCD は KEK,JAXA,信州大学,東北大学が開 167 発を行なっている。日本の研究機関しか参加していない 168 が,メンバーにはインド人,スペイン人,ドイツ人がお 169 り (過去にはベネズエラ人もいた),ILC が国際的であ 170 ることを実感する。今後はビームテストによる電荷の拡 171 散・位置分解能・検出効率の測定,6µm 角 CCD の動作 172 検証,5µm 角 CCD の開発を行ない,ILC 開始に向けて 141 142 載されておらず,CCD の横にのみ読み出し回路が搭載 140 FPCCD 読み出し ASIC 160 4 は小型プロトタイプチップで 4 つの領域にわかれてお 173 り,上から 12, 9.6, 8, 6µm 角のピクセルが搭載されて いる。CCD であるので pixel ごとに読み出し回路は搭 139 2.4 1 消費電力 6mW/ch である。消費電力を抑えるために ⃝ 電荷再配分型の逐次比較 ADC を用い,また読み出し速 度を達成するために 5M pixel/s の ADC を 2 つ並列に FPCCD は pixel サイズを 5µm 角 (3∼6layer は 10µm 角) と非常に細かくすることで,チャンネル数を増やし 占有率を低く抑え,さらに位置分解能 1µm 以下を達成 165 √ する。シミュレーションによると s = 500GeV での最 166 内層の占有率は 1.2%と十分小さい。総チャンネル数は 134 てはならない。 センサー技術の完成を目指す。 4 中央飛跡検出器 174 3 175 3.1 (b) (c) (d) TPC の概要 177 ILD-TPC ではアルゴンを主体とする混合ガスを用い る。荷電粒子が通過すると,その飛跡に沿ってガスがイ 178 オン化され,その際に生じる電子 (以下,信号電子) を 179 ビーム軸に沿った z 方向にドリフトさせ,エンドキャッ 180 プ上 (x,y 面) の検出器で読み出し,この x, y 面に投影さ 181 れた飛跡を測定する。この情報と,ドリフト時間から得 182 られる z 情報とを合わせて飛跡の三次元再構成を行う。 176 (a) 184 TPC はこのドリフトの長さが特徴的であり,ILD-TPC の場合,およそ 2 m にもなる。また,信号電子が微量で 185 あるため,読み出しの際にはガス増幅 (高電場をかけた 図 5: ILD-TPC 用に試作されたワイヤーゲート (a) と Sci- 186 ガス中での信号増幅) を必要とする。 energy 製 GEM 型ゲート全体 (b)・拡大写真 (c),(d) は Fujikura 製 試作 GEM 型ゲート拡大写真。 183 187 TPC の主な利点は, 189 1. バレル部にフロントエンド読み出し回路 (以下,FE 217 回路) が不要で,物質量を大幅に低減できる。ガス 218 190 検出器の中でも,構造物が少なく物質量が小さい。219 188 191 192 2. 一飛跡当たりの測定点が大きい (200 点以上)。堅牢 な飛跡再構成と dE/dx 測定による粒子識別を実現。220 に 1×6 mm2 程度の大きさの読み出し電極を組み合わせ る方法が有力である。また,アップグレードを見据えた ピクセル読み出しの研究開発も行われている。 ゲート機構 194 3. 信号収集のために TPC 内かける電場 (以下,ドリ フト電場) と,運動量測定のための磁場がほぼ平行。221 イオン BF を防ぐために,ビームに合わせて電子やイ 195 ドリフト中の信号電子の拡散が抑えられ,長距離ド 222 オンの通過・遮蔽をコントロールする仕組みをゲートと 196 リフトでも高位置分解能 (100 µm 以下) が達成可 223 呼ぶ。すでにワイヤーを用いたゲート機構が確立され 193 能。これは,ILD の運動量分解能目標を満たす。 197 224 ているが,ワイヤーを張るための頑丈なフレームが必要 225 で,不感領域が大きい。そのため,GEM の構造をもっ 198 一方で,長距離ドリフトさせると,電場や磁場の歪み 226 たゲート機構に強く期待が寄せられている。この GEM 199 の影響を受けやすいという欠点もある。たとえば電場の 227 型ゲートの開発では,信号電子の透過効率を最大化す 200 歪みは,TPC の構造的な精度だけでなく,イオンバッ 228 ることが課題である。図 5 は,ILD-TPC 用の試作ワイ 201 クフロー (以下,イオン BF) と呼ばれる,ガス増幅過程 229 ヤーゲートと GEM 型ゲートである。 202 で生じる無数のイオンがドリフト領域に逆流することに 203 よっても生じるので,しっかりとした対策が必要になる。 キーテクノロジー 204 3.2 205 MPGD 研究体制 230 3.3 231 LCTPC コラボレーション 232 大型試験機 (以下,LP1) の制作と,ビーム試験施設 233 (DESY) の整備が国際協力のもとで進められた [7]。LP1 206 ワイヤーによるガス増幅機構 (MWPC) は,これまで 234 の制作を通して,実機建設に向けた技術の問題点を洗い 207 の素粒子実験において優れた実績をもつ。しかしながら,235 出すこと,実機に即した測定環境を構築することが目的 208 ILD-TPC で MWPC 読み出しを用いると,3.5 T とい 236 である。読み出し検出器 (MPGD+読み出し電極) は一 209 う高磁場がかけられるため,ローレンツ力により信号電 237 式のモジュールとなっており,LP1 では,様々な試験モ 210 子群が広げられる影響が大きく,位置分解能と飛跡分離 238 ジュールに組み替えることができる (図 6)。隣り合うモ 211 能を致命的に悪化させる。 ジュール境界に生じる電場の歪みなど,より実機に即し 239 212 一方で,微細構造をもったガス増幅機構 (MPGD)[6] 240 213 を用いると,ローレンツ力の影響を小さく抑えること 241 モジュールに関して,日本を含むアジアグループ, ド 214 ができ,さらには,頑丈なサポートフレームが不要と 242 イツの DESY グループや Bonn 大学,フランスの Saclay 215 なるので,物質量 · 不感領域を減らすことができる。243 グループなどがそれぞれ異なる設計思想に基づき,試験 216 MPGD の中でも,ILD-TPC では,GEM や Micromegas 244 モジュールを制作し,性能評価を行っている。その他, た性能評価が可能である。 5 267 4 カロリメータ 268 カロリメータは PFA の性能を左右する最重要測定器 269 の一つであり,ILC のカロリメータは PFA の効率を最 270 大化するよう設計されている。PFA において,ジェット 271 エネルギー分解能は,カロリメータ自身のエネルギー分 272 解能に加え PFA によるジェット中の粒子分離能に左右 273 される (図 8)。粒子分離能を上げるにはカロリメータの 274 細分化が必要であり,そのため ILC のカロリメータは 図 6: LP1 の内部 (左)。奥に7つのダミーモジュール,側面 275 横方向,縦方向とも微細に分割されたサンプリングカロ にはドリフト電場を形成するストリップが並ぶ。実際のビー 276 ムテストのイベントディスプレイ (右)。 リメータとなっている。 図 7: 両脇のフレームがない GEM モジュール (左) と境界の 電場の歪みを調べるためのテストベンチ (右)。 図 8: ILD 検出器による PFA を用いたジェットエネルギー分 245 フィールドケージ開発は DESY グループ, 軽量エンドプ 246 レート開発はアメリカの Cornell 大学, DAQ・FE 回路 247 開発はスウェーデンの Lund 大学,CERN,日本が中心 248 となって進めている。 249 日本グループの活動 解能 [4]。Parfect pattern recognition はカロリメータ自体の 分解能の寄与を示し,Quadrature difference は粒子のマッチ ング失敗に起因する成分を示す。 277 カロリメータは電磁シャワーを測定する ECAL と主に 278 ハドロンシャワーを測定する HCAL およびビーム軸方 279 向をカバーする FCAL(本稿では触れない) に分かれる。 280 ECAL は高密度かつコンパクトな電磁シャワーに対応す 250 これまでには,MPGD 読み出し TPC の位置分解能 281 るため微細分割が要求され,HCAL は長いハドロン相互 251 公式の開発,TPC 性能のガス組成依存性に関する基礎 282 作用長のため大きな体積が必要とされる。ECAL には吸 252 的研究, イオン BF による位置分解能への寄与の見積も 283 収体としてタングステン,センサー部としてシリコンま 253 り, GEM 型ゲートに関するシミュレーションとハード 284 たはシンチレータとピクセル化光子検出器 (PPD) [9] を 254 ウェア開発など,ILD-TPC 開発を支える基礎研究の中 285 用いたものを 30 レイヤー重ねたものが基本デザインと 255 心的役割を果たしている [8]。 286 なっている。吸収体は前方が薄く後方が厚い構造で,合計 256 日本グループが推進する検出器モジュールのコンセプ 287 24 放射長となる。HCAL は 48 レイヤーの鉄の吸収体 (合 257 トは,隣合うモジュールの境界に生じる不感領域を最小 288 計 6 ハドロン相互作用長) と 1 cm または 3 cm 角のセン 258 化することである (図 7)。このコンセプトの実現には,289 サーより成る。センサーとしては,シンチレータと PPD 259 信号透過率の高い GEM 型ゲートの開発が鍵となる。 によるもの,ガス増幅によるもの (RPC,micromegas な 290 260 高密度化した FE 回路の冷却も重要な課題であり,低 291 261 消費電力化のための power pulsing や冷却構造の検討と 292 ILC カロリメータの開発,ビームテストは 17ヶ国 262 してシミュレーションを進めているほか,KEK 測定器 293 263 開発室の 2 相 CO2 冷却システムを活かし,実機に即し 294 264 た試験ボードの作成,試験を行っている。 57 機関 (うち日本から 4 機関) が参加する CALICE (Calorimeter for ILC) コラボレーション [10] により推 進されている。 265 266 295 そして,非一様磁場中での飛跡再構成アルゴリズムな ど,ソフトウェア開発の面でも重要な活躍をしている。 ど) が提案されている。 6 296 4.1 シリコン ECAL 297 シリコン ECAL(SiECAL) は正方形のセルを並べたシ 298 リコンパッドを敷き詰めたものをセンサーレイヤーとす 299 るカロリメータで,現在パッドの厚みは 325 µm,セル 300 サイズは 5 × 5 mm2 が基本デザインとなっている。30 302 レイヤーの ECAL 全体では現在の ILD の大きさでは約 1 億セルとなる。このような多数のチャンネルを持つカ 303 ロリメータは過去に例がなく,ILC 測定器の大きな特徴 304 である。 301 305 図 10: SiECAL のレイヤー構造。 シリコンセルおよびパッドを図 9 に示す。シリコン + 306 パッドは n 型半導体のバルク部分と p 型 (p 型) のセル 307 部分およびインシュレータ,メタル電極から成っている。334 2012 年,13 年に 10 パッド分のセンサーおよび回路を用 308 セル部分とメタル電極は多数のピンで接続されている。335 いて DESY にてビームテストを行い (図 11),電子のト 309 電極間には 120 V (現在の仕様) の逆バイアス電圧がか 336 ラックや MIP 信号を収集することに成功した。power 310 けられ,全空乏化状態で運転する。セル間の不感領域は 337 pulsing 運転の実証も行った。今後 ASIC や PCB の改良 を行った後,より大規模な試験を行う。 312 10 µm とセルサイズの 5 mm に比べ十分小さい。セン サーのリークカレントや静電容量の電圧依存性は仕様と 313 よく一致しており均一な性能が得られている [11]。 311 338 図 11: DESY にてビームテストが行われた SiECAL technological prototype。 図 9: 左) シリコンセルの模式図。右) 評価用 5.5 mm 角シリ 339 コンパッド。 340 314 図 10 は SiECAL のレイヤー構造 (Slab) を示してい 341 315 る。SiECAL では 1 レイヤーのタングステン吸収体と 342 317 2 レイヤーのセンサー・エレクトロニクスをパッケー 343 ジ化したものを Slab とし,タングステン構造体 (兼吸 344 318 収体) の間に挟み込んでレイヤー構造を形成する。セン 345 319 サーのピクセル側は PCB と金属 Glue で接続されてい 346 320 る。PCB には SKIROC という ASIC が搭載されてい 347 321 る。SKIROC は ILC シリコンカロリメータのためにフ 348 322 ランスの OMEGA グループ [12] で開発されているもの 349 323 で,1 枚のチップで 64 チャンネルの読み出しを行うこ 350 324 とができる。SKIROC にはプリアンプ・高速シェーパー 351 316 SiECAL 自体の性能については,2007 年および 2008 年に 30 レイヤー (フルレイヤー) を用いたビームテスト を CERN および Fermilab で行った。本ビームテストは 1 cm × 1 cm のセルサイズかつ変換・読み出し回路はレ イヤーの外にある physics prototype を用いて行われた。 本プロトタイプはパッド間のギャップが大きい構造だが, ギャップ部分を除いた性能としては,6-45GeV の電子 (√ ) ビームに対して (16.53 ± 0.14 ± 0.50)%/ E[GeV] + (1.07 ± 0.07 ± 0.10)%,(誤差の第一項は統計誤差,第二 項は系統誤差,以下同じ), 4-20 ( GeV の陽電子ビームに ) √ E[GeV] + (1.75 ± 対して (16.67 ± 0.30 ± 0.44)%/ 0.24 ± 0.39)% (preliminary) のエネルギー分解能が得ら れた [13]。 (トリガ用) および 2 種類のゲインを持つ低速シェーパー,352 ADC および 15 チャンネルのアナログメモリが含まれ 353 ており,1 トレイン (1 ms) 間に各チップで発生したト 354 いる。日本グループは特にビームテストの解析やシミュ 328 リガとそれに対する各セルの ADC 値を保存し,トレイ 355 レーションによる最適化,シリコンセンサーの基礎特性 329 ン間 (199 ms) に読み出しを行う。電力は power pulsing 356 解析で貢献しており,今後 DAQ や構造の最適化につい 330 機構によりデータ収集・読み出しに必要な時間のみ供給 357 ても研究を進めていく予定である。 331 される。 325 326 327 332 333 我々は ILC と同様のレイヤー構造とエレクトロニク スを備えた SiECAL technological prototype を製作し, ILD のためのシリコン ECAL の開発はフランスの LLR,LAL 等,九州大学,東京大学により進められて 7 シンチレータ ECAL (ScECAL) 5 (%) 4.2 (%) 358 45×5 w/o SSA 15×15 45×5 w/ oSSA 4 4.5 359 ScECAL では, 45 × 5 mm の小さな短冊形プラステ 360 ィックシンチレータを層毎に直行させて配置する。各シ 361 ンチレータの発光を現行 2.45 × 1.9 × 0.85 mm3 のパッ 362 ケージに封入された 1 × 1 mm 有感面積の PPD で読み 2.5 363 出す。利点は, 1) チャンネル数を一桁減らすことができ 2 364 る,2) プラスティックシンチレータの柔軟性が,温度変 365 化,移動時の工学耐性に富んだ検出器の作成を可能とす 図 13: SSA を使った場合と使っていない場合のジェットエネ 366 る,3) 時間分解能が ∼ 1 ns,4) 磁場の影響を受けない, 367 などである。図 12 左) に,一枚のタングステン吸収層を 368 挟んだ2枚の検出層と,右) にシンチレータと PPD の ルギー分解能のシンチレータ長さ依存性, 左) と,各種シンチ レータ形状によるジェットのエネルギー分解能, 右). alt10 は 一層おきに 10 × 10 mm2 正方タイル層に置き換えたモデル. 369 一例を示す。全体の構造は SiECAL とほぼ同じである。 396 基本性能 alt10 w/oSSA Sc 5×5 Si 5×5 0 20 40 60 80 3 100 0 (mm) 50 100 150 200 250 300 Energy of One Jet du(GeV) √ (12.8±0.1(stat.)±0.4(syst.))/ E(GeV),定 数 項 が (1.0 ± 0.1(stat.)+0.5 −1.0 (syst.) )% であり,期待通りの性 能を示した。また,直線性も良く,直線フィットからの 397 最大のずれは 1.6 ± 0.7%である [14]。 398 4.2.2 ILD への実装に向けたプロトタイプ 399 センサーの読み出しからデジタル化までの機能を一 400 ボードにおさめて層間に埋め込む設計は,ScECAL に 401 とっても必須である。2013 年にはこのために開発した 402 基板2層のプロトタイプについてビームテストを行った。 403 図 14 左) は一層の基板と,基板をコントロールするイ 404 ンターフェース群の写真である。180 × 180 mm2 のこ 405 の基板には4個の ASIC (SPIROC2, Omega) が搭載さ 370 4.2.1 3.5 ScECAL w/o SSA ScECAL w/ SSA Length of strip 395 371 3.5 3 394 図 12: 左) ScECAL 二層。右) シンチレータと PPD。 4 RMS90/E RMS90/E 2 ScECAL の特徴は,短冊形シンチレータを用いてそ 406 372 れ,それぞれの ASIC は 36 チャンネルからの信号を増 の幅相当の正方分割度を引き出すことであり,strip 407 373 幅し,ディジタル化して,インターフェースに送り出す。 408 375 splitting algorithm (SSA) と呼ばれる方法をすでに 409 確立している [15]。この方法を PFA アルゴリズムと 376 併用した場合の 100 GeV ジェットのエネルギー分 377 解能を短冊セル長の関数として図 13 左に示す。セ 378 ル幅を 5 mm 厚さを 1 mm に固定してのシミュレー 379 ション 結 果 で あ る .セ ル 長 を 60 mm に 伸 ば し て 380 も,ジェットエネルギー分解能は良く保たれている。 381 また,図 13 右は 45 × 5 mm2 や正方セル ScECAL の, 382 45 GeV - 250 GeV ジェットのエネルギー分解能であ 383 り,SSA を使った場合の 45 × 5 mm2 ScECAL は,同 384 じセル面積を持つ 15 × 15 mm2 の場合より明らかに 385 よく,5 × 5 mm2 ScECAL からの劣化はわずか 0.2% で 386 ある。さらに,短冊層を一層毎に 10 × 10 mm2 の正方 387 セルに置き換えた場合,ジェットエネルギー分解能は 374 410 この基板の裏に並ぶ 144 のシンチレータは各々が反射 フィルムで覆われており,それによって適度な光量と光 量の位置一様性,光クロストークの抑制を保っている。 図 14 右は 3 GeV の電子ビームに対する SSA による 図 14: 4 つの ASIC を搭載した基板, 左) と, 5 × 5 mm2 分 割された 3 GeV 電子シャワー断面のエネルギー分布, 右). 411 388 389 390 5 × 5 mm2 ScECAL の場合とほとんど遜色がなくなる。 412 単粒子に対するエネルギー分解能については 180 × 180 mm2 , 30 層,合計 2160 の 45 × 10 × 3 mm 391 セル各々を PPD (1 mm2 に 1600 ピクセル) で読み出 413 392 すプロトタイプを作成し,Fermilab で 2 - 32 GeV の 393 電 子 ビ ー ム に 対 す る 性 能 試 験 を 行った 。統 計 項 が 5 × 5 mm2 細分割の様子である。 4.2.3 ScECAL 今後の展望 414 現在の PPD は各層に垂直配置され,その厚みが幅 415 ∼ 0.9 mm ラインのデッドスペースをつくる。これを無く 8 416 すために,PPD をシンチレータの下面に装着するデザイ 460 ている [18]。この技術には検出器が微細分割されている 417 ンを最近考案し,実験室ではその性能を確認した。2012 461 ことが重要であり,PFA のみならず,単粒子に対する 418 年,浜松ホトニクス株式会社は 1 × 1 mm2 に 10,000 ピ 462 性能にとっても微細分割が大切となっている例である。 419 クセルを持つ PPD を開発し,PPD 特有の飽和現象を解 463 420 決に近づけた。今後の一年間はこのような最近の発展を 464 AHCAL と ScECAL の読み出し技術はほとんど共通 しており,2014 年の秋には,AHCAL 30 層,ScECAL 421 含む詳細なデザインの最適化を行い,その後マスプロダ 465 422 クションの研究に入る段階である。 423 4.3 466 ILD のハドロンカロリメータ 467 4 層のプロトタイプによる共同テストビーム実験を予定 している。 参考文献 424 ILD-HCAL では 1 m の HCAL 厚に対して,48 層分割,468 [1] T. Behnke et al., ”The International Linear Col- 425 各層に 20 mm の鉄吸収層を使う。鉄は他の重金属よりも 469 426 ハドロン相互作用長と放射長との比が小さく,(λ1 /X0 = 470 lider Technical Design Report - Volume 4: Detectors,” arXiv:1306.6329 [physics.ins-det]. 427 9.5) ハドロンシャワー中で電磁相互作用する成分の観測 428 も適度に可能とする。 471 429 センサー層には二つのコンセプトがある。一つは ScE- 472 430 CAL と同様,プラスティックシンチレータを PPD で読 473 431 み出す。ただしシンチレータの形状は 30 × 30 × 3 mm3 432 タイルである。一方,ガス検出器を用いて分割度を 474 [2] 田辺友彦, 「ILC の物理」,高エネルギーニュース 32-4 (2014) [3] http://ilcild.org [4] M.A. Thomson, Nucl. Instrum. Meth. A611, 25 (2009), J.S. Marshall, M.A. Thomson, Proceed- 435 10 × 10 mm まで小さくし,この粒度のバイナリー情 475 報からハドロンシャワーを再構築するというディジタル 476 ハドロンカロリメータ (DHCAL) のコンセプトがある。 436 しかし,30 - 40 GeV 以上の粒子エネルギーになると 437 粒子数の飽和が避けられないため,そのエネルギーサ 438 イズを 3 段階 (2 ビット) まで弁別する HCAL が ILD- 479 [6] http://www.kek.jp/en/Research/AAT/DTP/MPGD/ HCAL のもう一方の候補である。前者をアナログハド 480 ロンカロリメータ (AHCAL) [16] 後者をセミデジタル [7] LCTPC collaboration,http://www.lctpc.org 440 441 ハドロンカロリメータ (SDHCAL) [17] と呼ぶ。また,481 442 30 × 30 mm と同面積の 90 × 10 mm のシンチレータ 482 443 と SSA による 10 × 10 mm2 分割の Strip AHCAL の研 444 究も始まっている.ここでは AHCAL の開発状況のみを 433 434 2 477 478 439 445 2 2 報告する。 483 484 485 446 4.4 AHCAL 486 487 447 AHCAL グループは 1 × 1 m2 × 38 層のプロトタイ 448 プを作成し,CERN と Fermilab でその基本性能を実 488 449 証した。ハドロンシャワーのエネルギー分解能を高める 450 ことの難しさは,その中でハドロン反応と電磁相互作用 451 が同時におこり,それらの反応で検出層に落とすエネル 452 ギー比に違いがあり,さらにはその混合比の変動がイベ 491 453 ント毎に揺らぐ事から来る。AHCAL では電磁相互作用 454 の場合にエネルギー密度が高くなることを利用して,セ 455 ル毎にハドロン反応らしさと電磁相互作用らしさを決め 493 456 るか,もしくはクラスター全体のセルエネルギーの分布 457 により 電磁相互作用率を決めて校正を行い,単純にエ 458 459 489 490 492 494 ネルギー和を取った場合に比べて,20% ほど良いエネル 495 √ ギー分解能 45% Ebeam (GeV)(π ± , 10 - 80 GeV) を得 ings of CHEF2013, arXiv:1308.4537v1. [5] K. Abe et al., Nucl. Instrum. Meth. A400, 287 (1997). [8] ILC TPC R&D at Asia, http://www-hep.phys.saga-u.ac.jp/ILC-TPC/ [9] 生出秀行, 音野瑛俊, 山下了, 日本物理学会誌, 66, No.1, 20-28 (2011) [10] https://twiki.cern.ch /twiki/bin/view/CALICE/WebHome [11] T.Tomita et al., Proc. LCWS13, arXiv:1403.7953v1 [12] http://omega.in2p3.fr/ [13] C. Adloff et al., Nucl. NIM, A608, 372 (2009), CALICE collaboration, CALICE analysis note 046 [14] CALICE collaboration, CALICE analysis note 016b [15] K. Kotera et al., arXiv:1405.4456 [16] C. Adloff et al., 2010, JINST, 5, P05004 [17] C. Adloff et al., NIM, A729, 90 (2013) [18] C. Adloff et al., 2012, JINST, 7, P09017
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