第1分科会 研究協議「不登校の子どもたちへの対応」

第1分科会
講師:伊藤
司会:森 田
研究協議「不登校の子どもたちへの対応」
美奈子(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助教授)
規 子(世田谷区教育相談室主任教育相談員)
1.講義「不登校の子どもたちへの対応」
(1)多様化する不登校
日本では 1960 年頃より不登校が問題となり,当時は学校恐怖症と呼ばれていた。不登校
の中身が時代とともに変わってきている。従来の不登校は,学校に行きたいけど行けないと
いう神経症的な不登校が主であったが,現在は,多様化するとともに,多くの要素が絡み合
った複合型のタイプが多くなっている。そのタイプは,①行きたくないから行かないという
表面的には葛藤のない不登校,②非行・怠学と組合わさった不登校,③発達障害が背景にあ
る不登校,④学力面の遅れが悪循環を生んでいる不登校などがある。このような不登校の多
様化に伴い,フリースクール,適応指導教室,サポート校など対応場所も増えるとともに,
学校の対応も保健室登校や相談室登校など柔軟になっている。
(2)対応のポイント
対応は,不登校状態の多様化により,個々の状況に応じる必要があるが,対応のポイント
として以下のことがあげられる
第1は,登校刺激の是非である。不登校になりかけた時やそろそろ登校でき そうな時には,
登校を刺激することが良い結果につながることもあるが,その他の場合,逆効果になること
もあるので注意が必要である。親と教員とで連携をとりながら,ふさわしい人がタイミング
良く,適切な言葉で登校刺激を与えることが大切である。
第2は,電話等の交信手段の活用方法である。教員は不登校の子どもに対して電話で話を
しようという傾向がある。電話は相手の都合にかまわず連絡をとる手段であるので,子ども
にとっては辛い手段となることも考えなければならない。一方手紙は,子どもが読みたいと
きに読めるという良さがある。電話だけでなく,手紙,ファックス,メールなど子どもが好
む交信手段をさがすことも大切である。
第3は,学校だけで解決するには限界がある事例が多いので,親と連絡を取り,学校と家
庭がつながっていることが重要である。
第4は,外部の相談機関との連携である。専門の相談機関を紹介するときは,親に対して
その内容を説明するとともに,その後も,相談機関のスタッフと連絡を密にして子どもに継
続的に関わることが大切である。
第5は,友人を訪問させるときの留意点である。まず誰を訪問させるかを考えなければな
らない。また,子どもが訪問した時,せっかく行ったのに会ってくれないこと で反感を持っ
てしまうこともある。訪問させる子どもに対して,事前に「 今は辛い状態なので,行っても
会ってくれないかもしれない」ということを話しておくなどの配慮が大切である。
第6は,再登校時に配慮する点である。教員として,教室での席の位置,クラス全体の前
では特別扱いをしない迎え方,心にゆとりを持たせるために一時避難場所の確保,再登校 し
たときに喜びすぎない,再び登校できなくなっても落胆しすぎないことが大切である。
(3)学校における共通理解の必要性
不登校の原因を探ることは必要だが,原因探しだけに囚われることは有効ではない。まず,
この子はどのような不登校かをアセスメント(治療方針を立てるために行う情報の収集と見
立て)し,それに合った対応方法の模索が必要である。すべての子にうまくいく万能薬はな
く,一人ひとりに違った対応を考えなければならない。
学校においては,その子の状態を正しく把握し,不登校そのものを「悪」と見るのではな
く,その問題そのものが持つ「意味」を考える姿勢が大切である。学校では,不登校が生じ
ることは学校の恥と考えて,問題を外部に出さないようにする傾向があるが,今,学校に 求
められているのは,学校を開き,SOS を発信する姿勢である。また,学校の SOS を受け取
ることのできる専門機関の支えも必要となっている。
2.事例①「自傷行為を繰り返す生徒の対応について」
(1)事例の概要
小学校6年から登校をしぶり始め,その頃から自傷行為を繰り返す女子中学生の事例であ
る。中学校入学当初に,本人は気分が悪いとのことで相談室に来室し,その後時々相談室で
過ごすようになる。相談室の中で,不登校であったこと,自傷行為のこと,家族のことなど
を話すようになる。本人は,精神科の病院に通院し,投薬治療を受けているが,薬がない時
や家庭で嫌なことがあるときなど何度か自傷行為を行った。父親は家を空けることが多く,
家族から信頼されていない。母親も,帰宅時間が遅くなりがちで,精神的に不安定で感情的
になることが多い。家族内で喧嘩が絶えない状況となっている。
現在,少し落ち着いた状態であり,両親と対応について話し合うとともに,県の教育委員
会や教育センター教育相談部,病院など外部の機関とも連携をとりながら指導を行っている。
(2)質疑応答
Q(参加者)
小学校6年生以前の本人の状態はどうであったのか。
A(事例報告者)
低学年の時は,ソフトボールをやっていて,リーダーとしてとても活発に
活動していたようである。
Q(参加者)
学校での指導体制について話を聞きたい。
A(事例報告者)
管理職,養護教諭,担任,学年主任,教科担当の教員など,多くの教員が
それぞれの役割で関わり,月に1度不登校対策委員会で情報交換を行い,対応を進めてい
る。
Q(参加者)
市の教育委員会はどのように関わっているか。また,この件での教員加配はあ
るのか。
A(事例報告者)
小学校の時に本人の状況について市の教育委員会に報告している。現在の
中学校でも,本人の経過・状況を随時報告している。本校ではこの件に関わる直接の加配
はないが,カウンセリング指導員と校内適応教室に関わる指導者が加配となっている。
Q(参加者)
保健所などの外部機関と連携をとることも必要なのではないか。
A(事例報告者)
養護教諭を通して学校保健委員とは連絡をとっているが,心の健康センタ
ーのある保健所とは連携をとっていないので,今後考えていきたい。
講 師 に よ る コ メ ン ト :これは大変重い事例であるが,報告者が子どもの話を聞くことによって
子どもの心の支えになっている。誰かが大変な思いをして受け止めな ければならないが,受け
止める人を支える体制の構築も必要である。外部との連携について,本事例では教育委員会と
の連絡や病院に出向いて医師に話を聞くなどを行っているが,今後は児童相談所や保健所など
と連携を図ることも必要ではないかと思われる。
3.事例②「不登校生徒の母親面接」
(1)事例の概要
不登校の小学校2年男児を持つ,母親に対する児童相談所での相談面接の経過である。本
児は,2年生の当初から休みがちになり,母親の車で登校することもあったが,1,2時間
で帰ったり,無理に教室に入れると逃げ出す等が続き,現在 は不登校となっている。母親は
本児が不登校になっていることでのストレスを減らし,自分と本児との関係が良くなるよう
にと相談に来た。父親は積極的に本児に関わっておらず,来所を促すがキャンセルが続く。
学校に対しては,1年生の時に教員から体罰を受けたが,取り上げてもらえなかったなど不
信感を持っている。所内で本児の精神科診察を行った結果,軽度な知的障害の疑いが認めら
れ,通常学級よりも心障学級での指導が望ましいという所見がでた。
本所の支援方針として,まず母親の不安を受け止めるとともに,父親とも面接し,家族の
問題であることを理解させる。次に,本所で本児を受容する安全な環境を提供し, プレイセ
ラピー等を実施しながら,外界(地域・学校等)への適応を図るための支援を行うこととし
ている。
(2)質疑応答
Q(参加者)
児童相談所での来所契約はどのように決めていくのか。
A(事例報告者)
子どもの状態について両親と相談する中で決めている。不登校の場合は,
月に2回ほどの来所が基本的なパターンである。
Q(参加者)
心障学級に通うことについて,両親はどのように考えているのか。
A(事例報告者)
両親とも反対である。父親は当初賛成していたが,少人数学級なのでまわ
りからの刺激が少ないということから現在反対している。心障学級には偏見を持っている。
Q(参加者) この事例では,母親が子どもを育てにくいために虐待につながる可能性も考え,
一時保護をして様子を見るということは考えなかったのか。
A(事例報告者)
現在は学校にも行けない状態なので,家庭から引き離すのは不安があり,
一時保護については考えなかったが,今後は心理相談員とも 協議して検討していきたい。
Q(参加者)
学校と母親とでは意見の相違があると思うが,児童相談所ではどのような指導
を行っているのか。
A(事例報告者)
学校では,母親が子育てを手抜きした結果で不登校になっている児童虐待
(ネグレスト)であると捉えている面もある。医師の所見が出たので,母親の了解を得て本
児の状態を「広汎性発達障害」によるものであることを学校に伝え,理解を求める予定であ
る。
講 師 に よ る コ メ ン ト :母親自身が本児の育て方に関して傷ついた経験を持っている。育て方だ
けの問題ではなくて,発達の問題が大きい要因であることを知らせることが大切である。本事
例は,児童相談所の中で診断を受けられたこと,その症状について学校の中で勉強会を開き,
理解を求めたことは,今後の展開に有効であったと考える。また,学校に対して母親の思いを
伝えたり,両親に学校のいいところを伝えるなど,学校と両親との関係を修復するようにより
一層努めて欲しい。両親に心障学級に通うことを勧めることは,非常に難しいことだと思うが,
説明を十分に行い,子どもの状況を理解し,何が子どもにとって必要なことかを保護者ととも
に考えていくことが大切である。
4.事例③「不登校が長期化した6年男児への対応」
(1)事例の概要
小学校1年から不登校になり,現在も登校できない状態が続いている6年生男児と父親に
対して教育センターで対応した事例である。1年次に,両親の送り迎えによる保健室登校を
始め,保健室から教室の早朝登校に切り替えるが,経過が良くなかった。5年次に,父親と
ともにセンターに来所し,月に1∼2回の継続相談を開始する。当初は,父親と別々になる
ことに不安な様子を見せたり,適応指導教室の子どもたちと顔を合わせないようしていたが,
ゲームなどをやり出すと徐々に笑顔が出たり,言葉での表現も多くなってきた。
センターの支援としては,定期的継続相談から適応指導教室でのグループ活動を通して友
達づくりと居場所づくりを目指す。また,定期的に学校を訪問し,担任との情報交換を行う
など学校との連携を図る。課題としては,学力をどのように補うか,中学校進学をどのよう
に迎えさせるか,社会性をどのように育てるか等があげられる。
(2)質疑応答(C:意見)
Q(参加者)
母親の姿が見えないが,どのようになっているのか。
A(事例報告者)
母親は兄弟の不登校で疲れている。本児のことは父親,その他の兄弟のこ
とは母親が関わるということで役割分担をしているようだ。
Q(参加者)
適応指導教室に通えるようになるために,どのような対応を行った のか。
A(事例報告者) 楽しい活動を体験する中で,安心して居られる場所となるように心がけた。
始めは本人が得意な活動を中心に行い,徐々にやったことのない活動に拡げていった。ま
た,活動の前後に面接を行って,良かったことや嬉しかったことを引き出すように配慮し
ている。
Q(参加者)
子どもの目標をどこに置いているのか。
A(事例報告者) 相談に来た多くの子どもたちは,すぐに学校復帰を目指すのは難しいので,
学力や社会性を養うために適応指導教室の入級を勧めることが多い。現在,本児は個別相
談対応なので,これからは適応指導教室の中で普通に活動できる状態を目指していきたい。
Q(参加者)
A(講師)
適応指導教室について説明して欲しい。
適応指導教室は,教育委員会が主導で学校と密接につながりながら活動している
場所である。平日の午前中に開いていて,勉強,スポーツ,料理など様々な活動を提供し
ている。現在,全国で 1000 教室余りあり,東京では 23 区それぞれに持っている。適応指
導教室に出席している日を学校の出席日数にカウントする制度が定められたので,学校復
帰の一つの手段となっている。
Q(参加者)
兄弟も不登校になっているようだが,家族の状況や気持ちはどの程度聞いてい
るのか。
A(事例報告者)
教育センターが家族の関係に踏み込むことには立場上限界があり,専門医
から家族関係にはあまり踏み込まなくてもよいとのアドバイスを受けている。
C(参加者)
家族の問題に立ち入らないで,この問題を解決するのは無理ではないか。両親
へのカウンセリングが必要だと考える。
C(参加者)
一番大事なのは両親が同じ方向を向くことではないか。父親が一人で抱え込ん
でいる部分が多いので,母親が関わっていくことが必要である。
講 師 に よ る コ メ ン ト :不登校年数が長く,すぐに結果が出るケースではないが,じっくり待っ
た安定した対応が良かったと考える。本児は対人関係が未熟 であり,発達上の問題が潜んでい
るかもしれないので医師の診断を受けることも必要だろう。また,家庭にどう踏み込むのかは
大きな課題であるが,両親が真の父性と母性で子どもに対応できるように家族を支えることも
大切だと思う。