ベトナムへの原発輸出の課題 - 福島大学学術機関リポジトリ

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福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
論
文
福島原発事故の教訓からみた,
ベトナムへの原発輸出の課題
福島大学行政政策学類 坂 本 恵 原子力発電所輸出の課題を考えるうえで,先行例とし
て象徴的な意味を持っているとみなされるからであ
る。
はじめに
本稿は,
2011年3月11日に発生した東日本大震災と,
その後の東京電力福島第一原子力発電所事故から引き
出される教訓を整理したうえで,
現在進められている,
日本政府,経済界によるベトナムへの原子力発電所輸
出計画にどのような課題があるのかを検討する試論で
ある。
本稿ではまず,日本において原子力発電所輸出計画
が本格化する起因となった2005年の「原子力政策大綱」
と翌2006年の「原子力立国計画」について振り返る。
次に,福島第一原子力発電所事故の原因,ベトナムに
輸出するとされる「沸騰水型原子炉」の構造的問題の
検証,原発事故以降の福島県内の放射能汚染と長期広
域避難,地域コミュニティの崩壊の現状について論じ
る。また,輸入国としてのベトナムの原発事故賠償制
度の現状とベトナム国内で生じ始めた原発導入への懸
1.「原子力立国計画」と海外輸出議論の
本格化
日本における原子力の研究・開発・利用は1955年12
月19日に「原子力基本法」が制定されて,本格的に開
始された。「原子力基本法」は,原子力研究開発利用
を平和の目的に限るとともに,民主,自主,公開の原
則の下で行うことを定めていた。原子力研究開発利用
の政策に関することなど,原子力政策の重要な項目に
ついて企画・審議し,決定する権限を持つものとし
て「原子力基本法」にもとづいて1956年に設置された
のが「原子力委員会」である。原子力委員会は,1956
年以来,概ね5年おきに計9回にわたって原子力行政
の基本政策となる「原子力開発利用長期基本計画」を
策定してきたが,2005年10月には,今後10年程度の間
に各省庁が推進する施策の基本的方針を示すものとし
て,「原子力政策大綱」が制定された。
念,さらに,2012年8月にだされた「第三次アーミテ
ージ報告」から読み取れる日米のアジアエネルギー安
全保障戦略と,ベトナムへの原発導入が東南アジア地
域にもたらす影響について検証する。
ベトナムでは,すでにニントゥアン省の2基の原子
炉の建設を日本企業が受注している。また,具体的な
日本政府が原子力発電所の海外輸出にむけた議論を
本格化するのは,自民党小泉政権下に内閣府原子力委
員会が決定し,2005年10月14日に閣議決定された,こ
の「原子力政策大綱」からであり,また,翌2006年8
月に経済産業相の諮問機関であった「総合資源エネル
ギー調査会」電気事業分科会原子力部会がまとめた報
建設に向けてもとめられる「導入可能性調査(フィジ
ビリティ・スタディ FS)」についても,ベトナムエネ
ルギー公社との提携により,「日本原子力発電株式会
社(日本原電)
」が約20億円で受注し,2013年3月に
はすでにベトナム側に提出されている1。本稿でベト
ナムへの原発輸出の課題を検討することを目途とする
のは,このベトナムのケースが,日本の各国への原発
告書「原子力立国計画」に直接的には端を発している。
「原子力政策大綱」の「基本方針」では,以下の4
点が掲げられた。
1.安全確保,平和利用等の基盤的活動の強化によ
る前提条件の確保
輸出のなかでもっとも先行したケースであり,日本の
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
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また,「第3節.原子力産業の国際展開支援施策」
2.原子力発電によりエネルギー安定供給と地球温
暖化対策に貢献
として,
「⑴ 政府の積極的な支援意思表明」を謳い,
「相
手国の核不拡散や安全確保の体制整備等の状況を踏ま
えつつ,政府による我が国原子力産業の国際展開に対
3.放射線の利用により国民生活の水準の向上に貢献
4.効果的で効率的な施策の推進
また,第3章の「原子力利用の推進」では,原子力
する高いレベルでの明確な支援表明の意思表示を積極
的に行うべきである」,「各々の国の実情に即して人材
育成の協力を積極的に行うことが必要であり,例えば,
発電に関しては,2030年以後も総発電電力量の30∼40
%程度以上を担うため,
① 既存施設の最大限の活用と新規立地への取り組み
中国向け安全研修制度の拡充やベトナム向け安全研修
制度の拡充に取り組むことが適切である。その際,関
係行政機関同士の連絡・調整を強化して,我が国とし
② 既存炉代替に向けて,改良型軽水炉の開発
③ 高速増殖炉は2050年頃から商業ベースの導入を
目指す,とされた。
さらに,核燃料サイクルについても「使用済燃料に
ての姿勢が明確に伝わるようにすべきである」とした。
含まれるプルトニウム,ウランの有効利用(再処理,
プルサーマル)を着実に推進」
,
「六ヶ所の再処理能力
を超える使用済燃料は中間貯蔵」することなどがあげ
られている。
ここで注目されるのは,
第5章「国際的取組の推進」
である。
,
ここでは,
「アジアを中心とした開発途上国協力」
「ITER等の先進国協力の推進」,「厳格な輸出管理を前
提に,民間の国際展開活動を政府として支援」するこ
とが明記され,現在の日本の原発輸出の発端を見るこ
とができる。なお,5名で構成される最近の原子力委
員会委員だけみても,伊藤隆彦中部電力㈱顧問(任期
尾本彰東京電力㈱顧問(同
2007年1月∼2010年1月),
2010年1月∼2013年3月)など電力事業者が名を連ね
ている。また,電力事業者のみならず,全国の電力事
業所で作る労働組合=電力総連も「原子力政策大綱」
の閣議決定直後に,
「原子力を推進する姿勢が一層明
確になったものと受け止めます」と賛意を表明した。
「原子力政策大綱」をより具体化するために経済産
業省が2006年にまとめたものが「原子力立国計画」で
ある。この「計画」で強調されているのは,
2006年のこの「計画」においてすでに原発輸出を想定
した国名としてベトナムがあげられており,安全研修
の拡充の必要性が具体的に言及されている。さらにこ
の時点ですでに,「導入国における制度整備への支援」
が言及されていることも注目に値する。
今後原子力発電所を新たに導入しようとしている
国については,まず,長期的に政情が安定している
ことが重要である。その上で原子力安全規制体系の
導入,核不拡散体制の整備,原子力損害賠償制度の
整備等の課題が克服されていることが重要である。
これらの国がこのような諸課題を克服していく過程
で,我が国が有する知見・ノウハウ等を適宜提供し
ていく等,各種制度作りへの支援を行うことが必要
である。導入初期段階では,国としての支援を前面
に出し,各種支援政策を実行し,実プロジェクト段
階では民間事業者主体の活動を展開する(「原子力
立国計画」111頁)
日本における原発輸出政策は1999年以降の自民党・
公明党連立政権(自自公,自公保を含む)によって推
進されてきたのである。このことは,逆に,2009年に
民主党を中心とした政権交代が生じた段階で転換され
る可能性があったことを意味する。しかし,政権交代
後も,原発輸出計画は,民主党政権に引き継がれ,当
原子力発電の導入拡大が世界的に図られること
は,世界規模でのエネルギー需給逼迫の緩和及び地
球環境問題への対応の観点から有益である。この点
については,地球環境問題からの原子力の位置付け
について,最近国際レベルで見直しが顕著であると
ともに,
(中略)我が国の安全で信頼性の高い技術
時の管直人首相は福島第一原発事故後の2011年8月に
も,「世界最高水準の安全性を有するものを提供して
いく」とした答弁を閣議決定し,その姿勢は野田佳彦
首相にも引き継がれることになった。2012年12月の第
が活用されることは世界の利益にも合致する(「原
子力立国計画」109頁)
46回衆議院選挙の結果を受けて,自・公政権による第
2次安倍政権が発足し,原発の海外輸出計画はさらに
加速されることになる。安倍首相は2020年までに日本
企業による海外の原発受注額を2兆円に拡大するとい
う計画を打ち出した。原発輸出促進の具体例としては,
といった点であり,原発輸出促進の端緒を見て取るこ
とができる。
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福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
ベトナムへの原発輸出計画の確認,インド,ブラジル
との原子力協定交渉参加の加速,アラブ首長国連邦,
トルコとの原子力協定締結,さらに,ポーランド,チ
ェコ,ハンガリー,スロバキアなど旧東欧諸国とも原
子力などエネルギー分野での相互協力の強化を共同声
明に書き込む2など,急速な展開が顕著となっている。
2013年5月の大型連休中ロシア,中東を訪問した安
倍首相は,原発輸出の前提となる原子力協定をアラブ
首長国連邦(UAE),トルコ(フランス・アレバ社と
三菱重工の共同受注)と締結し,2006年の「原子力立
国計画」が謳ったとおり,政府主導で原発輸出に道を
開くこととなった。首相には日立,東芝,日揮などの
原発プラントメーカーや100以上の企業が同行した。
2.福島原発事故はどのようにして起こっ
たのか
今日,福島原発事故の詳細とその原因をあらためて
振り返り,整理することは,日本による原発輸出政策
を検討するうえで第一の課題となる。
まず,はじめに,東京電力が今回の外部電源,非常
用電源喪失という全電源喪失から複数の原子炉のメル
トダウンに至る重大事故の原因をどのようにとらえて
いるかを検証する。東京電力は2012年6月20日に提出
した,「福島原子力事故調査報告書」で以下のように
述べている。
安倍首相は「日本の最高水準の原発技術,過酷な事故
を経験したことによる安全性への期待が寄せられてい
る」と語り,原発輸出を「成長戦略」の柱と位置づけ
た。国内のほとんどの原発が停止している状況の打開
策としての政財界の協力と,首相の「原発トップセー
ルス」も,じつは,小泉自民党内閣が当時「骨太方針」
として「原子力立国計画」を策定し,海外輸出に言及
したことの延長線上に位置づけられるものである。
同時に,福島原発事故が収束とは程遠い状況の中で
のあからさまな原発輸出セールスに対し,国内新聞各
紙は「原発輸出 前のめり過ぎ」「原発事故の重大さ
を忘れ,原発ビジネスに奔走安倍首相」とする報道を
行うにいたった。一例をあげると,
例えば,原子炉の冷却という観点からは,通常の
給復水系の他,原子炉隔離時冷却系を含めた非常用
の複数の注水手段,さらには,本来原子炉注水用途
ではない制御棒駆動水圧系,復水補給水系,消火系
等からも原子炉注水できるよう何重もの備えをして
いた。
これら機器のうち,いずれかを使用して原子炉注
水を行うことを想定していたが,今回の事故では,
津波の影響により電源を喪失したため,電動駆動の
原子炉注水設備が機能を喪失した。また,初期段階
で機能した蒸気駆動の原子炉隔離時冷却系等につい
ても,制御に必要な直流電源を喪失するなどの理由
から機能を喪失し,最終的にはこれらすべての原子
炉注水手段を喪失した。
福島の事故を顧みると,今回の津波の影響により,
これまで国と一体となって整備してきたアクシデン
トマネジメント策の機器も含めて,事故対応時に作
「原発を海外に売り込もうと,安倍晋三首相が熱心
にトップセールスをしている。『日本は事故後,原
発の安全性を高めている』との売り文句に,耳を疑
う」
(2013年5月23日『京都新聞』
)
「どうも違和感がある。2年前の東京電力福島第1
原発の事故以来,
日本は『脱原発』を真剣に模索し,
動が期待されていた機器・電源がほぼすべて機能を
喪失した。このため,現場では消防車を原子炉への
注水に利用するなど,臨機の対応を余儀なくされ,
事故対応は困難を極めることとなった。
原発の再稼働にも慎重な姿勢を取ってきた。だが,
安倍晋三首相の,少なくとも国外での言動を見る限
このように,想定した事故対応の前提を大きく外
れる事態となり,これまでの安全への取り組みだけ
り,事故の重大さを忘れ,原発ビジネスに奔走して
いるように見える」
(同年5月28日『毎日』
)
「原発事故では16万人もの住民が家を奪われ生活の
立て直しに追われている。事故原因は専門家の間で
では事故の拡大を防止することができなかった。結
果として,今回の津波に起因した福島第一原子力発
電所の事故に対抗する手段をとることができず,炉
心損傷を防止できなかった。3
(下線は筆者)
も意見が分かれ,原子力規制委員会の検証が始まっ
たばかりだ。汚染水漏れや使用済み核燃料プールの
冷却停止などのトラブルも相次ぎ見通しが利かない
廃炉作業が住民の帰還意欲をそいでいる」
(同年5
月27日『河北新報』
)
東京電力は,今回の「レベル7」とされるシビアア
クシデントの原因は,あくまでも想定不能な規模の津
波によって引き起こされたものであり,そのことは予
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
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1から3号機の炉内は,冷却装置が失われて以降,
急速に状態が悪くなっていた。崩壊熱が除去されな
い間に,原子炉内にあった核燃料の温度が上昇し,
測不可能なものであったとする。しかし,東京電力の
この津波原因説は,すでに根拠を失っているとする専
門家がおり,その指摘は次のとおりである。
大島堅一は著書『原発のコスト』において,原発事
故発生のプロセスについて以下のように分析してい
850度を超えた。850度を超えると燃料を覆っている
被覆管のジルコニウムが水と反応し水素を発生させ
る。地震発生からわずか25時間後にまず1号機が,
る。
3日後に3号機で水素爆発が起こり,原子炉建屋が
吹き飛んだ。その後2号機でも爆発が生じ,4号機
の原子炉建屋も吹き飛び,大量の放射能が放出され
た。さらに,燃料棒の冷却ができずに核燃料の温度
2011年3月11日に発生した東日本大震災のわずか
41分後に,福島第一原発に最初の大きな津波が到達
した。
津波による浸水高は,
14-15メートルに達した。
地震後最も深刻な事態がおこったのが,福島第一原
発においてであった。まず地震により,外部からの
電源が途絶し,原発に電力がなくなるという外部電
源喪失に陥った。電力が途絶したのは,外部電源を
つなぐ受電鉄塔が地震のために倒壊してしまったか
らであった。つまり,津波以前の地震動により,す
でに福島第一原発は危機的状況に陥っていた。外部
電源は,
原子力発電にとって命綱にあたるものだが,
耐震上の注意はされていなかったのである4。
が2,700-2,800度を超え,核燃料が溶け落ちるとい
う最悪の事態=メルトダウンに発展した5。
福島原発事故の原因を考える際,この,外部からの
電源が途絶したのは,外部電源をつなぐ受電鉄塔が地
震のために倒壊してしまったからであり,津波以前の
地震動により,すでに福島第一原発は危機的状況に陥
っていた,とする指摘は重要である。
「全電源喪失はもっぱら津波によって引き起こされ
た」と東京電力は主張するが,大島が指摘する通りで
あれば,すでに地震によって外部電源をつなぐ受電鉄
塔が倒壊し引き起こされたものであり,さらに,津波
による浸水を想定した非常用電源を整備していなかっ
た東京電力の人為的責任であることは明らかである。
津波被害はあったが,非常用ディーゼル発電機の水没
などは付加的要因にすぎなかったことになる。
10m級の津波は想定困難なものであったとする東京
電力の主張も事実に反する可能性がある。第一に,東
京電力自身が,福島第一原発に,設計の想定を超え
る津波が来る確率を「50年以内に約10%」と予測し,
2006年7月にアメリカで開催された原子力工学の国際
学会で報告していたことが明らかとなったからであ
る。報告書によると,東電は慶長三陸津波(1611年)
や延宝房総津波(1677年)などの過去の大津波を調査
し,予想される最大の地震をマグニチュード8.5と見
積もり,地震断層の位置や傾き,原発からの距離など
を変えて計1075通りを計算し,津波の高さがどうなる
か調べていた。東電によると,福島第一原発は5.4∼
5.7メートルの津波を想定している。だが報告書によ
ると,今後50年以内にこの想定を超える確率が約10%
あり,10メートルを超える確率も約1%弱あった6。
「福島原発事故は人災ではなく,『想定外』の自然災
害により予測困難であった」とする東京電力の主張に
出典 http://feministssa.files.wordpress.com/2012/03/
nuclear-radiation.png
対し,すでに福島原発事故が起こる少なくとも5年前
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福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
で発生した例があると思うが,その実例と原因を
には,送電鉄塔倒壊による電源喪失の可能性,予想さ
れる津波被害に対する対応をただす指摘が国会でも行
明らかにされたい。
2 落雷によっても高圧送電線事故はよく起こって
いると思われるが,その結果,原子炉緊急停止に
なった実例を示されたい。
われていたことが想起される必要がある。吉井英勝衆
議院議員(当時)による国会質問と質問主意書の提出
である。吉井議員は,1960年5月のチリ地震に伴う巨
大津波,2004年のインドネシア・スマトラ沖津波の経
験をあげ,たびたび,全電源喪失の危険性とその対応
策の必要性,津波の「引き波」による冷却水確保の途
3 外部電源が取れなくても,内部電源,即ち自家
発電機であるディーゼル発電機と無停電電源であ
るバッテリー(蓄電器)が働けば,機器冷却系の
作動は可能になると考えられる。
逆に考えると,大規模地震でスクラムがかかっ
絶の可能性,
「押し波」による設備破壊について,先
駆的に指摘していた。今回の地震・津波被害による福
島第一原発事故の原因が,歴代の自民・公明党政権と
電力事業者が,全電源喪失の危険性に関する指摘を国
会で受けながら,
必要な対応を怠ってきたことによる,
まさに「人災」であった可能性が浮かび上がってくる。
吉井議員は2006年12月に衆議院に提出した,
「巨大地
震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国
民の安全を守ることに関する質問主意書」で以下のよ
うに述べた。なお,当時の自民・公明党政権は,安倍
晋三首相を首班とする第一次安倍政権であった。
た原子炉の核燃料棒の崩壊熱を除去するために
は,機器冷却系電源を確保できることが,原発に
とって絶対に必要である。しかし,現実には,自
家発電機(ディーゼル発電機)の事故で原子炉が
停止するなど,バックアップ機能が働かない原発
事故があったのではないか。過去においてどのよ
うな事例があるか示されたい。
4 スウェーデンのフォルクスマルク原発1号(沸
騰 水 型 原 発BWR で 出 力100.8万kw , 運 転 開 始
1981年7月7日)の事故例を見ると,バックアッ
プ電源が4系列あるなかで2系列で事故があった
のではないか。しかも,このバックアップ電源は
1系列にディーゼル発電機とバッテリーが1組に
して設けられているが,事故のあった2系列では,
ディーゼル発電機とバッテリーの両方とも機能し
なくなったのではないか。
5 日本の原発の約6割はバックアップ電源が2系
列ではないのか。仮に,フォルクスマルク原発1号
事故と同じように,2系列で事故が発生すると,機
大規模地震時の原発のバックアップ電源について
1 原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると,原発の
負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがか
かる)だけでなく,停止した原発の機器冷却系を
作動させるための外部電源が得られなくなるので
はないか。そういう場合でも,外部電源が得られ
るようにする複数のルートが用意されている原発
はあるのか。あれば実例を示されたい。また,実
際に日本で,高圧送電鉄塔が倒壊した事故が原発
出典 http://www.globalresearch.ca/fukushima-a-nuclear-war-without-a-war the-unspoken-crisis-of-worldwide-nuclear-radiation/28870
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
器冷却系の電源が全く取れなくなるのではないか。
6 大規模地震によって原発が停止した場合,崩壊
熱除去のために機器冷却系が働かなくてはならな
い。津波の引き波で水位が下がるけれども一応冷
却水が得られる水位は確保できたとしても,地震
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長は,国内54基の原子炉のうち「(標準海水面から)
水位が4m低下した場合には28基,5m低下した場合
には43基,6m低下した場合には44基(の取水口より)
一時的に下回る」こと,すなわち冷却不能の状態が起
こることを明らかにした8。
これらの経緯から明らかになるのは,地震動などの
で送電鉄塔の倒壊や折損事故で外部電源が得られ
ない状態が生まれ,内部電源もフォルクスマルク
原発のようにディーゼル発電機もバッテリーも働
様々な原因により送電線の倒壊が予想され,また海外
での実際の事故経験があり,日本政府,原子力安全・
保安院は,国会での指摘を受けその可能性を把握して
いたということである。さらに,津波に関しても電源
かなくなった時,機器冷却系は働かないことにな
る。
この場合,原子炉はどういうことになっていく
か。原子力安全委員会では,こうした場合の安全
機能を喪失する可能性のある波高が生じることを可能
性として十分想定していた。それにもかかわず,十分
な措置をとることなく日本ではそのようなことは生じ
性について,日本の総ての原発一つ一つについて
検討を行ってきているか。また原子力・安全保安
ない,安全対策は十分であるとの主張に終始し,安全
対策を怠ってきた。その結果,東日本大震災による地
震動により外部電源がすべて喪失され,今回の原子炉
建屋爆発とメルトダウンという「レベル7」の最も深
刻な事態を引き起こしたと指摘することができるであ
ろう。
重要なことは,日本の原子力発電所の構造が福島原
発事故以来,変わっていない中で,輸出用原子炉も同
様の問題を抱えたままであるということである。また,
どのような改良がなされたとしても,ベトナム・ニン
トゥアン省の建設予定原子炉も含め,冷却水確保の必
要性から,海岸に面した立地に原子炉を立てることが
不可避であることは,「押し波」,「引き波」の双方の
津波被害による深刻な冷却機能喪失の可能性を逃れる
ものではないことが指摘されなくてはならない。
院では,こうした問題について,一つ一つの原発
についてどういう調査を行ってきているか。調査
内容を示されたい。
7 停止した後の原発では崩壊熱を除去出来なかっ
たら,核燃料棒は焼損(バーン・アウト)するの
ではないのか。その場合の原発事故がどのような
規模の事故になるのかについて,どういう評価を
行っているか7。
吉井議員による指摘は,福島原発事故を先取り的に
警告したものとしてその重要性はきわめて大きい。ま
た,同議員の質問を受けて安倍晋三内閣が閣議決定を
して回答した答弁書の内容は,
「外部電源系は,2回
線以上の送電線により電力系統に接続された設計とな
っている」
,
「外部電源からの電力の供給が受けられな
くなった場合でも,非常用所内電源からの電力によ
3.「沸騰水型原子炉(BWR)」の構造的
問題と,地震対策の課題
り,停止した原子炉の冷却が可能である」とするもの
であった。しかし,2006年3月1日衆議院予算委員会
で同議員が再度,津波の問題を取り上げた際,広瀬研
吉原子力安全・保安院長(当時)は,
「スマトラ沖地
日本からベトナムへの原発輸出の問題を考える際
に,第二の課題となるのは,具体的にはどのような原
子炉格納容器が輸出され,その原子炉の構造に関する
安全性についてこれまでどのような指摘がなされてき
たのかを明らかにする点である。とりわけ今回事故が
震による津波につきましても,インド洋沿岸に設置さ
れております原子力発電所も影響を受けた」
,「津波で
被害を受けたインドのタミールナルド州で開催された
IAEA のワークショップに参加し,被害を受けた原発
の現地調査やスマトラ島の被害などの情報収集を行っ
ております」と答弁し,インドのマドラス原発で津波
の「押し波」によって冷却用のポンプが使用不能にな
っている事実を把握していたことが明らかになった。
さらに,
「引き波」が生じた際,海面の低下が冷却水
の取水口より下がった場合,原子炉が冷却不能になる
ことを同議員が指摘すると,同原子力安全・保安委員
起こった福島第一原子力発電所の1号機から4号機の
原子炉格納容器の構造との比較は重要であろう。
東京電力福島第一原子力発電所の原子炉形式,主
要様式は表のとおりである。1号機から6号機の原
子 炉 は, す べ て「 沸 騰 水 型 原 子 炉(Boiling Water
Reactor ,BWR)」を使用しており,原子炉主契約者は,
GE ,東芝,日立である。今回事故を起こした1号機
から4号機の運転開始はすべて1970年代であり,運転
49 ―
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福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
主
契
約
者
プラントNo
原子炉形式
格納容器形式
運転開始
定格電気出力
1号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-3)
Mark-1
1971年3月26日
46.0万kW
GE
GE
GE
約390億円
2号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-4)
Mark-1
1974年7月18日
78.4万kW
GE
GE
東芝
約560億円
3号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-4)
Mark-1
1976年3月27日
78.4万kW
東芝
東芝
東芝
約620億円
4号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-4)
Mark-1
1978年10月12日
78.4万kW
日立
日立
日立
約800億円
5号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-4)
Mark-1
1978年4月18日
78.4万kW
東芝
東芝
東芝
約900億円
6号機
沸騰水型軽水炉
(BWR-5)
Mark-2
1979年10月24日
110万kW
GE
GE
東芝
約1,750億円
原子炉
タービン発電機 付属設備
建設工事費
開始から最長の1号機で41年が,最短の4号機でも34
立石は,同時に,日本国内の原子力発電所の地震対
年が経過していた。
「加圧水型」が三菱重工の原子炉
策の課題を論じ,2007年の中越沖地震による柏崎刈羽
プラントである一方,
「沸騰水型原子炉」は,日立GE
原発の被災の教訓を活かすバックチェックで,すべて
と東芝による原子炉プラントである。今回,日本がベ
の原発は従来の基準地震動を引き上げたが,耐震対策
トナムに輸出する原子炉の型について「VIET JOニ
の目安とされる基準地震動が引き上げられたにもかか
わらず,それに伴う耐震補強はなおざりにされてき
ュース」2013年4月3日付は「日立GE と東芝,第2
た,とする。なお,「基準地震動」とは,「原発の設計
ニントゥアン原発に改良型沸騰水型原子炉を提案」と
の前提となる地震の揺れで,原発ごとに異なる。周辺
伝えている。
の活断層などで起こりうる大地震を想定して,地盤の
問題は,この沸騰水型原子炉に関しては従来から構
造上の欠陥があるとの指摘がされてきたことである。 状態を加味し,原発直下の最大の揺れを見積もる。こ
れをもとに原子炉,建屋,配管などの構造や強度を決
新潟大学名誉教授立石雅昭は,
「沸騰水型原子炉の構
め10」る基準となる地震動のことである。
造的欠陥を放置したまま,放射能の拡散を前提とした
2007年 7 月16日 に 新 潟 県 で 発 生 し た 中 越 沖 地 震
フィルター付きベントに依存するシビアアクシデント
(M6.8)は,柏崎刈羽原子力発電所を震度6強で襲い,
対策」として次のように指摘する。
損害をもたらしたが,立石はこの地震と,柏崎刈羽原
発が想定していた基準地震動を比較検討している。そ
の結果,柏崎刈羽原発の原子炉建屋基礎版で観測され
沸騰水型(BWR)の構造的欠陥というのは,格
納容器の容量が小さいということです。本来,格納
容器は原発の最後の砦ともいわれる「放射性物質を
閉じ込める」機能をになっていますが,炉心損傷が
起こると大量の水素が発生し,格納容器内の圧力が
た地震動最大加速度について,たとえば,一号機では
南北方向の設計時地震動274に対し,実際の地震動は
311,東西方向には設計時地震動273に対し,同680,
上下方向には設計時地震動235に対し,同408(単位は
すべてガル)であったとする検証結果を得た。立石の
増し,そのために,特に格納容器量の小さい沸騰水
型マークⅠでは爆発の危険が大きいことは以前から
指摘されてきました。改良型というのはさらに容量
が小さくなっています。爆発を避けるためにベント
するというのは,例え,フィルターが機能しても,
せいぜい,1000分の1に低減するに過ぎず,大量の
算定によると,設計時地震動が中越沖地震の実際の地
震動を上回っていたのは,全7基ある原子炉のうち,
6号機の上下動だけであり,他はすべて設計時の基準
地震動にもとづく「最大加速度応答値」を越える地震
放射性物質の放出を認めることであり,放射性物質
を閉じ込める機能を放棄することです。
少なくとも,
格納容器の容量を2倍にして,次の手が打てる余裕
を生み出す設計が必要です。9
動が襲ったことになる。うち,2号機東西方向での実
際の地震動は,加速度応答値を3.6倍も上回った,と
いう11。
たとえば,福島第一原発の基準地震動は敷地直下の
断層によるM7.1を想定した,370ガルであったが,そ
50 ―
―
福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
の後,これが2008年に600ガルにまで引き上げられて
いる。つまり,福島第一原発の主要装備は,370ガル
までの地震動に対して耐えうるとされていたものが,
ある日,600ガルにまで耐えうると数値が変更された
わけであるが,立石はこのような基準値引き上げに伴
う耐震補強は,なおざりにされてきたと論じているの
である。
ニントゥアン省においてベトナムが「改良型沸騰水
型原子炉」を選択肢の一つとする方向と伝えられてい
る現在,日本側にはこれらに関する十分な情報提供を
ベトナム側に行うことが求められている。また,ベト
ナム側でも原子炉の構造上の課題,日本国内の原発の
(7495)
生は10万3,324人で2011年同期より5,104人減少し,過
去最少を更新した。前年度の調査でも9,240人減少し
ており,2年続けて大幅に減った。福島,郡山の両市
は特に減少幅が大きく,福島市は1,853人,郡山市は
1,621人と,それぞれ全児童数のほぼ1割が減った。
原発事故による自主避難者が多かったことが要因」と
いう。
福島第一原発から20㎞圏内の自治体が直面する被害
はとくに甚大であり,自治体コミュニティは崩壊に直
面する危機にさらされている。福島第一原発から約20
㎞北に位置し,2万1,000名の町民すべてが避難を余
儀なくされている,浪江町の馬場有町長は震災,原発
事故時を振り返り,「原発事故がなければもっと町民
基準地震動変更に関する経緯と根拠に関する調査研究
を行うために,性急な導入ではなく十分な時間をとっ
を救うことができた」と述べ,東京電力の賠償姿勢の
問題を指摘している。
た慎重な対応が求められている。また,その際,地震
国日本の地震,断層,津波に関する研究蓄積をもって
日本・ベトナム両国の研究者の共同調査を実施するこ
とはきわめて有効な手段といえる。
4.福島の放射能汚染と長期・広域避難,
内部被ばくによる健康被害
第三の課題は,原発事故がもたらす放射能汚染が地
域コミュニティに深刻な影響を及ぼすという点であ
る。以下は,福島県の住民の長期広域避難の現状と,
福島大学災害復興研究所の被災自治体住民へのアンケ
ート調査結果であるが,いったん原子力発電所事故が
起こった場合,すくなくとも同様のことがベトナム国
内でも想定される。
福島第一原発事故によって立地県である福島県は広
範な放射能汚染にみまわれ,復旧,復興が困難となる
事態が現在でも続いている。自宅を離れ現在にいたっ
ても避難生活を強いられている被災者は,すべての都
道府県に分散し,避難者数は15万8,000人,うち県外
への避難者は55,610人にのぼる。また,その3分の1
昨年の3月11日に,大地震が起きて,私どもの浪
江町沿岸部が大津波で600棟が流出しました。その
中に1,800名の方がお住まいになっていて,残念な
がら183名の方がお亡くなりになりました。原発事
故が起きなければ3月12日から捜索活動ができたん
ですね。命ある方も,いっぱいいらっしゃったんで
す。それを思うと,非常に残念だということで,今
が18歳以下の児童・生徒であり,県外避難者の多くが
母子避難者である。これは,男性配偶者が福島県内に
とどまり,就労を継続することで家計を支えながら,
母親と幼い子供が被ばくを避けるために遠隔地に転居
していることを意味している。
こういった深刻な放射能被害は,原発事故前に200
万人であった福島県の人口減少をまねき,福島県は震
災後の人口減少率が全国でもっとも高い数字を示して
年の3月11日を迎えました。本当に涙が出て,悔し
かったです。
あの原発事故さえなければ,私どもの町民を救う
ことができた。そして2万1,000名の方が全国にち
りぢりに避難していった。現在人口が2万1,000名
の町ですが,福島県外には44都道府県620自治体に
7,000名の方が避難しております。そして福島県内
に1万4,000名の方が,それぞれつらい難儀な生活
を送っております。この原発事故さえなければ,こ
んな状況にはならなかった ― 非常に悔しいです
いる。とくに小学生以下の人口流出は顕著である。
「福
島民報」2012年8月28日付によると,
「福島県の小学
ね。(中略)そういう中で,賠償の問題についても,
51 ―
―
(7496)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
私はよく東京電力の担当者に「あなたたちが起こし
た事故だ」と言っているんです。「あなたたちの目
東京電力福島第1原発事故で全域が警戒区域や計
画的避難区域などに指定された福島県双葉郡8町村
線は我々被害者を見る目じゃない。非常に高いとこ
ろにある。だからもう少し降りてきて,我々の目線
につけ」
。
「我々がなんで,あなたたちに賠償の請求
の全世帯に福島大がアンケートをしたところ,元の
居住地に「戻る気はない」と答えた人が4分の1に
をしなくちゃいけないんですか。請求じゃないでし
ょう。見舞金も払って,そして,申し訳なかったと
いうことで,私どもに払うべき筋のものであって,
上った。地域の復旧復興を担うはずの若い世代ほど
「戻らない」との回答が多く,34歳以下では5割強
にもなった。放射能汚染への不安などを背景に,帰
還を諦める避難者が少なくないことが浮き彫りにな
った。
アンケートは福島大災害復興研究所の丹波史紀
なんであなたたちに申請しなきゃならない」と言っ
てきました。今もその目線は変わっていない12。
(ふみのり)准教授(社会福祉論)らが,広野町,
楢葉町,富岡町,川内村,大熊町,双葉町,浪江町,
葛尾村の8町村の協力を受けて[2011年]9月に実
施した。2万8,184世帯に発送し,世帯の代表者に
被災自治体の困難とともに,放射能汚染に対する自
治体住民の不安は深刻なものがあることが明らかとな
っている。
『毎日新聞』2011年11月8日付は以下のよ
うに報じている。
回答してもらう方式で調査。47.8%に当たる1万
3,463世帯から回答があった。
出典 http://cgge.aag.org/Migration1e/CaseStudy6_Japan_Feb13JPN/CaseStudy6_
Japan_Feb13JPN3.html
52 ―
―
福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
(7497)
元の居住地へ戻る意思を聞いたところ26.9%が
こと(複数回答)を尋ねたところ,「避難の期間が
「戻る気はない」と答えた。年代別では,34歳以下
分からない」という人が57.8%,「今後の住居,移
が52.3%,80歳以上で13.1%だった。戻らない理由
動先のめどが立たない」が49.3%と見通しが立たな
(複数回答)としては「除染が困難」83.1%,「国の
いことを挙げた人が多かった13。
安全宣言レベルが信用できない」65.7%,「事故収
束に期待できない」61.3%。放射能汚染への不安の
住民の帰還を困難なものにしている最大の原因は,
大きさが改めて示された。
放射能の健康被害に対する不安である。
戻る意思がある人でも,待つことのできる期間は
内部被ばくによる健康障害のメカニズムに関して,
「1∼2年」と答えた人が37.4%で,「1年以内」と
岐阜環境医学研究所長松井英介は福島原発事故の特徴
した人も含めると50.3%となった。「いつまででも
について以下のように述べている。
待つ」と答えた人は14.6%にとどまった。ただ,世
代別では「いつまででも待つ」と答えた人が34歳以
大きな問題は,当初から一貫して,政府・東電・
下で24.5%となり,世代が上がるごとに割合は低く
マスメディア挙げて1986年のチェルノブイリ原発事
なった。若い世代では戻る意思を持てない人が多い
故と比べて,まったく小さな事故だと印象付けよう
一 方,「いつまででも」帰還を待つ人も多く,二極
としてきたことです。重大なメルトダウン・メルト
分化の傾向がうかがえた。今後の生活で困っている
スルーまで起こっていたことを隠し,大気中に放出
された大量の放射性物質が,風や雲に乗って移動す
る方向もSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予想)な
どのデータでわかっていたにもかかわらず公表しま
せんでした。そのため(中略)周辺地域に住んでい
他の住民が
戻れば
た人々の被害が拡大してしまったのです。
チェルノブイリの原発は1基でしたが,福島は4
除染計画が
実施されれば
基で,うち3基がメルトダウン・メルトスルーしま
した。(中略)福島原発は核燃料の爆発という事態
生活インフラが
整備されれば
には至っていませんが,発電所内の放射性物質の量
は圧倒的に多いと思われます。汚染された空気は低
国の安全宣言
後すぐに
空を地をはうように広がりました。チェルノブイリ
原発は,運転してそれほど経過していなかったので
核分裂生成物も保管されていた使用済み核燃料も少
出典’「双葉八町村住民災害復興実態調査」
福島大学災害復興研究所,2012年3月
なかったのですが,福島は40年以上も稼働していた
わけですから,周囲の環境に放出された放射性物質
の量が非常に多いのです。人口密度に関しても,ウ
クライナやベラルーシなどと比べるとはるかに日本
のほうが高いという点で影響が大きいのです。
(中略)メディアは,胸のエックス写真やCT検
査での外部被ばく線量と福島原発事故での線量を同
列にならべ,比較しています。本来比較してはいけ
ないものを比較しているのです。胸のエックス写真
では0.000何秒という短い時間にエックス線が体を
貫きますが,内部被ばくで問題になるアルファ線(ヘ
リウムの原子核)やベータ線(高速で放出された電
子)は,線質としても,体内で細胞に対して影響を
与える密度が違います。また,エックス写真は外か
ら一回だけで終わりますが,内部被ばくでは何回も
http://www.theatlantic.com/infocus/2011/03/japan−
繰り返しアルファ線やベータ線が細胞(細胞核と細
earthquake−aftermath/100023/
一 53一
(7498)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
胞質)あるいは DNA にヒットするということが問
題です14。
5.ベトナムの原発事故賠償保障制度と経
済的課題
松井英介は,具体的には胎児に対する影響と,もう
一つの問題として,遺伝子異常が,がん(悪性腫瘍)
や免疫異常の発生につながることを指摘したうえで,
ベトナムへの原発輸出の第四の課題は,現在ベトナ
ムにおいて原発事故時の賠償制度がどの程度確立され
「このような晩発障害が非常に重要であるにもかかわ
らず,メディアは警鐘を鳴らしてきませんでした」と
論じ,住民が帰還に対して不安を抱くことには,十分
な理由があることを指摘している15。
空間線量で測定されるセシウム137などによるγ(ガ
ているのか,また,賠償制度をささえるベトナムの経
済力の問題である。
ベトナムの原発導入には,現地での人材育成,技術
移転,安全性確保の課題にくわえ,さらに,多種類の
原発の同時運用という,困難な課題が存在する。複雑
な多機種の燃料棒の使用,形状や原理の異なる原子炉
ンマ)線は,60㎞離れた福島市(人口30万人)や郡山
市(33万人)で2013年9月現在でも依然として高く,
居住や飲食,
立ち入りが制限される「放射線管理区域」
を超す数値が少なくない地域でつづいている。福島県
北地方のモニタリングポスト測定の平均線量は「0.33
μSv/h である。また,α線,β線は,通常の放射能
計測器では計測がむずかしく,実態を十分把握するこ
とは困難である。
震災から2年半がたち,宮城,岩手では困難な中,
復興に向けた取り組みが進んでいる。他方,福島県に
おいては放射能汚染の深刻さがつづき,原発立地の沿
海部のみならず,福島第一原発から50−60㎞以上離れ
た郡山市,二本松市,福島市といった県中部での汚染
の深刻さが明らかになる一方で,いわゆる「除染」を
おこなっても放射線量が充分に下がらない事態が問題
となっている。
住み慣れない土地で,幼い子供と2人きりで,夫を
運用とその監督・管轄体制,運用方法の確立,賠償の
法的枠組みの整備はいずれも極めて困難な課題であ
り,使用済み燃料の処理の問題を除くとしても,これ
らの体制の整備を抜きにしては,安全な運用は期待で
きない。
ここでは,とくに福島原発事故の教訓から学ぶ意味
でも,まず第1に,原発事故の賠償法整備の到達がベ
トナムでどのようになっているかを,ベトナム原子力
法の条文から検討する。また,第2に,ベトナムの原
発導入の課題のなかでも最も大きな問題の一つとし
て,日本の原発輸出の対象国となるベトナムの経済的
負担と,原発運用の経済性=コストの問題について検
討し,その課題を明らかにする。
まずはじめに,そもそも原発導入が必要であるとす
るベトナム政府によるエネルギー予想に関する遠藤聡
の記述を引用する。
福島に残し,単身生活することを余儀なくされている
市民は長期に孤立した状況にさらされている。また,
避難の機を逸し,200万人の人口のうち多くの市民が
福島県内において「初期被ばく」から逃れられなかっ
た。
日本政府の「原発防災新指針案」は,54基の原子炉
ベトナムでは,順調な経済成長,都市化,人口増
などで電力需要量の急激な増加が予測されており,
その供給をいかに実現するかが現実的な課題となっ
ている。新たなダム建設を必要とする水力発電所増
設の困難さ,世界市場での化石燃料価格の上昇の可
能性や価格の不安定性,エネルギー源の輸入依存へ
がある日本国内で,原子力発電所の50㎞圏内に1,000
万人が居住していると指摘している。300㎞はなれた
東京でも,飲料水から基準を超える放射性物質が検出
され,使用が制限されたことや,北半球全域,東南ア
ジアにまで汚染が拡大したことは,水力発電,火力発
電所の事故と,原子力発電所事故が全く異質な,広範
の安全保障上の観点から,その代替エネルギー源と
して,技術開発が必要であり高コストが予測される
囲,超長期の被害をもたらすものであることを示して
いる。
の電力需要予測量およびそのエネルギー源比率予
測は,次のとおりである。電力需要量については,
なお,ベトナムでの原発建設予定地であるニントゥ
アン省とホーチミン市の距離は約300㎞であり,福島
第一原発から東京の距離に相当する。
2010年から2020年までに約3倍,2030年までには約
6.5倍に増加すると予測している。エネルギー源に
ついては,現在の水力・火力(石油・天然ガス)発
太陽光,太陽熱,風力,バイオマス等の再生可能エ
ネルギーよりも,外国との開発協力を基本とする原
子力発電に重点を移そうとしているとみられる。科
学技術省の原子力開発計画によると,2011年時点で
54 ―
―
福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
(7499)
電から原子力発電の比率を高めることが前提となっ
ている。2020年には1.5%,2025年には6.2%,2030
このような状況を踏まえたうえで,まず,第1に原
発事故が発生した場合の損害賠償制度の法的整備の到
年には7.8%である。2030年までは国内で採掘可能
な石炭による火力発電の比率を高める予測をしてい
るが,CO2排出という新たな問題が浮上する可能性
もある16。
達点について検討する。ベトナムでは,2008年6月に
「原子力法」が成立し,2009年1月に施行されている。
遠藤聡によると原子力法は,「11章93条からなり,原
問題は,
これらのエネルギー予想をたてたとしても,
福島第一原発の過酷事故を受けて,ベトナムはどのよ
うな判断を現在持つにいたっているのかという点であ
る。この点に関して,現地報道は2013年3月に「ベト
ナム,原発14基新設へ=事故後も日本発注揺るがず」
とした記事を掲載し,つぎのように伝えている。
【ハノイ時事】先進国で原発政策の見直しが進む中,
アジアの新興国では多くの原発新設計画がある。ベ
トナムは2020年までに東南アジア初の原子力発電所
を稼働させ,30年までに14基を建設する方針。経済
の急成長に伴って膨らむ電力需要を賄うため,南部
ニントゥアン省に建設する第1原発をロシアに,第
2原発を日本に発注する。両国とも大きな事故を起
こしたが,ベトナム当局は「事故の経験が安全対策
に生きる」として発注姿勢を変えず,着々と計画を
進めている。
(中略)しかし,国民の間では安全へ
の不安もくすぶる。12年5月にはブログで反原発の
署名運動が行われ,ハノイの日本大使館に輸出停止
を求める抗議文書が届けられた。さらに,グエン・
クアン科学技術相は同年10月,安全面での懸念やイ
子力使用時の安全及び安全性の確保,原子力分野の監
督・管轄機関の明確化,放射性物質を含む個体の輸出
入の規制,原子力応用の相互支援業務の基準並びに放
射能線事故及び原子力事故発生の際の賠償等を法的に
明確にするものである。批准済みの国際条約の国内法
化という側面とともに,未加盟となっている国際条約
等への加盟を促進させるという側面,諸外国との核開
発協力に向けた喧伝という側面を併せもつものと考え
られ」るという18。ベトナム原子力法第8条は「放射
線事故及び原子力事故による損害の補償」について次
のように定めている。
原子力法第8条
人間,財産及び環境に対する放射線事故による損
害の補償責任は,民法の規定に従い定められる。人
間,財産及び環境に対する原子力事故による損害の
補償責任は,国の技術基準に従い策定された安全限
度を超える戦争,テロリズム又は自然災害による事
故である場合を除き,核物質又は原子力施設の所有
者である組織及び個人又は所有者から保管若しくは
使用の権利を委譲されている組織及び個人がその責
任を負う。
放射線事故による損害の補償限度は民法の規定に
従い定められ,原子力事故による損害の補償限度は
当事者間の同意に基づくが,同意が得られない場合
ンフラ整備の遅れを理由に,
「現時点でスケジュー
ル通りできるか決めるべきではない」と述べ,着工
先送りを示唆した。日本が輸出する原発は,順調な
ら15年にも着工,20年に稼働する。しかし,日本側
は次の規定に従う。①人間に対する損害は民法の規
定に従い確定する。②環境に対する損害は環境保護
法の規定に従い確定する。③原子力発電プラント内
で発生した原子力事故に対する損害の総補償限度は
1憶5,000万SDR(特別引出権)を超えてはならず,
他の施設内で発生した事故及び核物質の輸送中に
が今年5月にベトナム電力公社(EVN)に提出す
る予定の事業化調査には,日本の3社が米仏のメー
カーと協力してつくる4種類もの原子炉が併記さ
れ,受注合戦はこれから始まる。具体的な設計や資
金計画も含め,実際に動きだすのは原子炉が決まっ
てからで,
「3年から5年の遅れは確実」
(メーカー)
とも言われる。国家予算が年間4兆円に満たないベ
トナムで,1基5,000億円とされる原発を相次いで
建設するのは大きな負担にもなる。原発には政府開
発援助(ODA)が使えないため,日本は国際協力
銀行(JBIC)の輸出金融で協力する方針だが,条
件をめぐる交渉も難航しているもようだ17。
発生した事故に対する損害の総補償限度は1,000万
SDR を超えてはならない。
この条文が示すように,放射能事故の損害責任は「核
物質又は原子力施設の所有者である組織及び個人又は
所有者から保管若しくは使用の権利を委譲されている
組織及び個人がその責任を負う」とされており,具体
的には原発を稼働する事業者が負うことになる。この
ことは,日米原子力協力協定が定めるのと同様に,原
55 ―
―
(7500)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
を前提としているということは,事実上,国内に原発
子力災害が生じ,それが原子力プラントや関連施設の
製造物責任に端を発するものであったとしても,日本
事故損害賠償資金の蓄積が十分行われていない,ない
し,行う予定がないことを意味しているとも考えられ
側製造メーカーは一切責任が問われず,運用事業者の
みに責任が限定される法体系となっている点に,課題
が顕著である。このことは,損害賠償請求額への対応
る。また,原子力関係国際条約などベトナムの国際枠
組みへの加入状況も充分進んでいると言える状況には
ない。
4基の原子炉でそれぞれ水素爆発ないし火災,メル
可能性ともかかわってくる課題であり,電力事業者の
みですべての損害賠償を担うとするベトナム原子力法
は,損害賠償可能性が問われるものである。
トダウンが発生した福島原発事故の損害賠償は,いま
だにその全容と,損害賠償額の確定すら困難な状況が
もう一つの問題は,
「原子力発電プラント内で発
生した原子力事故に対する損害の総補償限度は1憶
続いている。しかし,下記に原発のコストの点でも指
摘するように,放射能汚染地域の除染費用,放射性廃
棄物の貯蔵施設の建設費用だけでも80兆円が必要とな
5,000万SDR(特別引出権)を超えてはならない」と
されている点である。ここで,損害の総補償限度額
るとする試算もある。このなかには,福島県だけでも
とされる「1億5,000万SDR」とは,日本政府の円貨
換算レートで計算すると,邦貨換算でわずか180億円
15万6,000人といわれる避難者への損害補償額は含ま
れていない。ベトナム原子力法第8条の損害賠償方策
にすぎない。日本とベトナムの経済格差を考慮に入れ
たとしても,数十年に及ぶすべての損害賠償をわずか
180億円でまかなえるとすることには説得力はない。
さらに大きな課題は,この「SDR特別引出権」によ
る損害賠償支払い想定が,
何を意味しているかである。
そもそも特別引出権(SDR)は,加盟国の準備資産を
補完する手段として,IMF が1969年に創設した国際
準備資産をいう。SDR の価値は主要4大国・地域の
国際通貨バスケットに基づいて決められ,自由利用可
能通貨との交換が可能である19。つまり,ベトナムが
原子力事故の損害賠償として,
この特別引出権(SDR)
から浮かび上がるのは,実際の事故を深刻に想定した,
実効ある損害賠償制度をベトナムが作り上げることが
できていない現状である。
第2に,日本の原発輸出の対象国となるベトナムの
経済的負担と,原発運用の経済性=コストの問題であ
る。
原発は建設費だけでも一基5,000億円が必要とされ
る。2030年までに14基の原子炉導入を行うとするなら,
その建設費の総額だけでも7兆円に及び,ベトナムの
国家予算の1.75倍に相当する。日本の年間予算のわず
(資料)ベトナムの加入している原子力関係国際条約
条
約
等
名
称
批准時期
原子力安全条約
未加盟
使用済燃料安全管理・放射性廃棄物安全管理合同条約
未加盟
原子力事故早期通報条約
発効 1987.10.30
原子力事故または放射線緊急事態における援助条約
発効 1987.10.30
原子力損害賠償諸条約 ウィーン条約
未加盟
ウィーン条約改定議定書
未加盟
ウィーン条約とパリ条約の適用に関する共同議定書
未加盟
原子力損害の補完的補償条約(14)
未加盟
核不拡散条約(NPT)
(15)
加盟 1982.06.14
IAEA保障措置協定(*INFCIRC376)(14)
発効 1990.02.23
IAEA追加議定書(14)
署名 2007.08.10
包括的核実験禁止条約(CTBT)(16)
2006.03.10
核物質防護条約(14)
未加盟
核物質防護条約改定条約(14)
未加盟
(出典 JAIF㈳日本原子力産業協会「躍進するアジアの原子力ベトナム社会主義共和国2009年10月2日」)
56 ―
―
福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
(7501)
の損害を賠償する責めに任ずる」としていることをと
か25分の1しかなく,港湾,道路,鉄道を含む公共交
通機関,水,他のエネルギー整備,貧困解消などイン
りあげている。つまり,日本の原子力災害賠償法はあ
くまで,原子力事業者(今回の事故であれば東京電力)
フラ整備の課題を多く抱えるベトナムにとって,原発
の建設費だけで年間予算のほぼ2年分に相当する負担
は現実的計画といえるのだろうか。ベトナム側の経済
のみにその責めを帰す構造であり,このことは逆に,
原子炉そのものに欠陥があり引き起こされた事故であ
ったとしても,その原子炉を作ったメーカーは一切責
負担を日本に置き換えて考えた場合,日本の2013年予
算として閣議決定された国家予算は一般会計総額だけ
で92兆6,100億円であり,その1.75倍=162兆円を原発
任を負う必要がないとする構造なのである。
問題なのは,原子力に関する法整備,原発事故が生
じた場合の損害賠償法を定めた法律の枠組みがまだ緒
建設のみのコストとして歳出する計算になる。そもそ
も原発導入計画自体の実行性と経済性が,ベトナム国
内で十分な理解を得られているのか,検討の余地があ
る。
に就いたばかりのベトナムに対して,すでに一部で報
道されているように,日本の原発事故の損害賠償法の
枠組みが,セットになって「輸出」された場合,ベ
さらに,原発がもたらす経済的負担を考えるとき,
建設コスト自体は原発にかかわるコストのごく一部に
すぎない。福島原発事故から明らかなように,原発の
廃炉には1基につき1兆円必要であるとの指摘もあ
る。また,使用済み核燃料を引き取るスペースは日本
にはない。中間貯蔵,最終処分をベトナムが行い,福
島と同様の事故が起こった場合には,大島堅一が『原
発のコスト』で指摘するように,
1)損害賠償費用,2)
事故収束・廃炉費用,3)原状回復費用,4)行政費
用など,何十年もつづく想定も困難な,膨大な費用が
加わることになる。
2)
の事故収束・廃炉費用に関して,大島によれば,
「東京電力の財務資料及び東京電力に関する経営・財
務委員会報告によれば,
[収束の]第1,第2ステッ
プ作業に加えて,解体,撤去,放射性廃棄物処分を含
めた廃炉に関する費用の合計は1∼6号機全体で1兆
6,839億7,000万円である。ただし,1∼4号機の被
災状況が十分に確認されていない時点での金額であ
るため,これは今後変動する可能性がある。
[原子炉
1基の事故であった]チェルノブイリ原発事故では,
かかっていたことからすれば,
2,350億ドル(約19兆円)
この金額を大きく超える可能性は十分にある」
という。
トナムでもし事故が起こったとしても,その賠償責
任はあくまで電力事業者である「ベトナム電力公社
(EVN)」ないしベトナムの実施事業者の責任となり,
日本の原発プラント製造メーカーは一切その責任を負
う必要がないことになる。さきのベトナム原子力法第
8条の損害補償責任の定義に加え,日本の原子力損害
賠償法の枠組みが,このような構造となっていること
の問題性は,ベトナム側に十分に周知,公開されなく
てはならない。
6.受け入れ国ベトナムで生じている変化
と原発導入への懸念
ベトナムへの原発輸出の課題を検討するうえで紹介
しておかなくてはならない点がある。それは,今日,
ベトナム国内で生じている原発導入に対する懸念,憂
慮のうごきである。
日本とベトナムの間で「原子力協定」が締結された
のは,東京電力福島第一原子力発電所事故が起こる直
前の2011年1月20日であった。その内容は以下のとお
りである。
⑴ 両国間の協力の内容
さらに,原状回復費用については「具体的には,放
射能測定をきめ細かく実施し,健康被害を緩和するた
めに,放射線量が高い地域の土地の表面を削るなどの
本協定の下での両国間における協力は,原子力
の平和的非爆発目的20利用の促進のためのものであ
処理が行われる。年間の被ばく線量を1ミリシーベル
トに抑えるとすると,警戒区域と計画的避難区域を含
む2,000平方キロで除染をする必要があり,費用は,
放射性廃棄物貯蔵施設の建設だけで80兆円に上るとい
り,具体的な協力分野としては,以下の8分野があ
げられている。
う報道もある」
,とする。
大島はさらに,原子力賠償法第三条が,
「原子炉運
① ウラン資源の探鉱・採掘
② 軽水炉の設計・建設・運転
③ 原子力の安全(放射線防護,環境監視,原子力
事故の防止・対応等)
転の際,当該原子炉の運転により原子力災害を与えた
ときは,当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がそ
④ 放射性廃棄物の貯蔵・輸送・処理・処分
⑤ 放射性同位元素及び放射線の研究・応用
57 ―
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(7502)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
ンの生産が可能とされていた。しかし,専門家らは
ボーキサイト開発とアルミ加工では,毎年数百万ト
ンの有害廃棄物が発生し,中部高原だけでなく南部
⑥ 保障措置及び核セキュリティ
⑦ 原子力の平和的利用分野における人材育成・法
制度整備・広報
⑧ 研究・開発等。ただし,本協定の下における協
力においては,ウランの濃縮,使用済核燃料の再
の水源も汚染する可能性があると指摘した。ベトナ
ム国内外でウェッブサイトを通じて市民運動が組織
され,ボー・グエン・ザップ将軍をはじめとする多
処理,プルトニウムの転換及び資材の生産のため
の技術及び設備並びにプルトニウムは,移転され
21
ないこととされている(第2条3)
くのベトナム有識者・知識人が参加し,計画の見直
し,撤回を求めた。その結果,2009年4月25日,チ
ュオン・タン・サン政治局員(当時,現ベトナム国
これに先立つ2009年11月にベトナム国会は,同国
南東部ニントゥアン省の2地区(フォック・ディン
家主席)が署名して,政治局通達をだし,案件が環
及びビン・ハイ)に100万kW級の原子力発電所を
各2基(計4基)建設する計画を承認した。建設予
算は4基で約200兆ドン(約1兆円)
と言われている。
このうち,第1サイト(フォック・ディン)におけ
る原発2基はロシア,第2サイト(ビン・ハイ)に
おける原発2基は日本がそれぞれ建設パートナーに
決定している22。
ここで注目すべきなのは,ベトナム国会ではたし
かにこの時点で,日本を建設パートナーとした原子
力発電所建設を承認したものの,この国会決議が,
福島原発事故が起こる前であったにもかかわらず,
採決で39人の国会議員が反対し,さらに18人の議員
が棄権をしたことである。これは,ベトナム国会で
は極めてまれなことであり,福島原発事故以前でも
ベトナムへの原発導入を懸念する意見が,ベトナム
国内に既に一定層存在したことを物語っている。な
お,ベトナム国会は一院制で,国会議員定数は500
名なので,この時点で反対,棄権した議員は全国会
議員の約1割に相当する。ベトナムでは国会決議に
当たりいわゆる「党議拘束」はかけておらず,各議
員は法案への賛否を自由に表明することができる。
境に与える影響を慎重に考慮して,環境保護に関す
る規定の厳格な順守を求め,開発には先進的な技術
と設備を使用するよう指示したのである23。
また,もう一点指摘する必要があるのは,グエン・
タン・ズン・ベトナム首相と当時の安倍首相が交わ
した共同声明の柱の1つに盛り込まれていたハノイ
市とホーチミン市を高速鉄道で結ぶ「南北高速鉄道
計画」に対してベトナム国会がとった態度である。
日本が受注をほぼ掌中にしていたこの新幹線輸出計
画が,2010年6月にベトナム国会で審議されたが,国
会はこの計画を否決し,継続審議としたのである24。
ベトナムで市民の自由な意見表明や運動に対して
不当な規制がかけられていることは事実である。し
かし,ボーキサイト開発に対する市民運動の形成と
それに一定程度対応した2009年4月のベトナム政府
の対応,同年11月の原発導入決議への国会内部での
反対の意思表示と,2010年の南北高速鉄道計画の国
会否決は,ベトナム国内でかならずしも十分ではな
いにしろ,市民の意思にもとづく国家運営をはかろ
うとする取り組みが継続されている,とみることが
できるのではないだろうか。また,そうとらえるの
であれば,ベトナムへの原発輸出をめぐる多様な両
国の協力関係の在り方,方途も浮かび上がってくる
と思われる。
2013年1月に著者らが文部科学省科学研究費を用
このように一定数の国会議員が,国会案件に対し
て反対,棄権の意思表示をおこなうにいたった背景
の一つに,2007年からベトナム中部高原で行われて
いたボーキサイト開発にかかわって市民運動が果た
した役割と,市民運動を一定程度反映した政策を
いて行ったベトナム現地調査と有識者との懇談で
は,原発輸出問題に関する率直な意見を聞くことが
2009年4月にベトナム政権がとるにいたった事実を
指摘しておく必要がある。
ベトナム政府は2007年11月,中部高原2省でのボ
ーキサイト開発とアルミ製造案件を承認し,国営ベ
トナム石炭鉱産グループ(ビナコミン)に対して,
案件実行のために,適切な外国提携先を選定するよ
う指示していた。うち一つのアルミ工場は中国アル
ミ集団(チャルコ)が受注し,年間にアルミ63万ト
できた。ここではそのうち4名の有識者の見解を紹
介する。
○ベトナム国会議員①:原発建設は最も経済的だと
言われているが,実際には海外から技術者や資材,
部品を購入しなければならない。莫大な借款をし
てまで導入することが経済的と言えるのか。最も
先進的なアメリカ,ロシア,ドイツ,日本と比べ
て後進国のベトナムで安全性が確保できるか。安
58 ―
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
(7503)
これら有識者の見解にとどまらず,福島原発事故
以降の深刻な放射能汚染に対する懸念が,ベトナム
市民やベトナムの地方自治体のなかにも,少しずつ
全性が確保されたと言えるためには,
十分な人材,
工業技術,法律の枠組みが必要。これら3つはベ
トナムにはいずれもない。ベトナム国会議員とし
て,ベトナムでの原発建設には反対。
○ベトナム国会議員②:福島の事故は責任感のある
ではあるが,広がってきているとみることもできる。
その一例として,2020年の原発稼働に向け人材育成
のためにベトナム政府が中部ラムドン省ダラットに
国で起こった事故としてベトナムの科学者の間で
活発な討論がいま行われている。巨額の資金が動
くプロジェクトの背後に「利益」の問題がある。
建設を予定している「原子力技術センター」に対し
て,放射能汚染と観光業への影響を懸念する地元自
治体が建設に同意せず,着工のめどが立っていない
ベトナムでの新幹線計画問題でも巨大プロジェク
トは一部の人を利するという憂慮は当たってい
た。同時にベトナムではエネルギーが不足してい
る。火力発電は環境汚染の懸念があり,石炭の枯
ことが,2013年8月19日付ベトナム「ラオドン」紙
の報道で明らかになった25。福島原発過酷事故の現
状とベトナムでも想定されうる津波,地震被害,い
ったん過酷事故が生じた際の賠償の甚大さと,再生
可能エネルギー技術の急速な進歩のなかで原子力発
電技術が今日直面する課題などについて,日越政府
渇の問題もある。水力発電の潜在能力は枯渇し,
中国への依存も懸念される。日本が原発を輸出し
なくても,ロシア,中国,韓国,カナダ,フラン
スなどが来ることになる。これでは「数式を解い
た」ということにはならない。原発は建設,維持,
廃棄物の処理,廃炉作業の問題など長期にわたる
問題。いまわれわれがなすべきことは後世の人々
に評価されることをおこなうべきである。
○原子力研究者:福島は世界に重要な教訓を示し
た。日本のような先進国も全容を解明できていな
い。もしベトナムで起こったとしたら大変なこと
になる。ベトナムに原発を急いで作ることに協力
はできない。遠い将来はやらなければならないと
思っている。しかし,ベトナムは日本と違う。私
は,日本政府がベトナム政府に原発開発を促して
いることに賛成できない。ベトナムでは原発を開
発すべきではない。日本政府は2020年までに開発
しろという。ベトナム政府も今は2020年までの開
間,市民相互の正確な情報の共有が急がれる。
7.日本の原発輸出推進はどのような構図
のなかでおこっていることなのか ∼「第三次アーミテージ報告」
(2012年8月)の要旨∼
これまで指摘してきたように,自民・公明党政権下
で進む急速な原発海外輸出政策は,どのような構造の
中で生じていることなのであろうか。日本,ベトナム
という二国間の関係だけでとらえている限り,その本
質は見えてこない。日本によるベトナムへの原発輸出
計画は日越二国間の問題ではなく,その背景には,日
本を有効な戦略上のパートナーとしてベトナムへの原
発輸出を利用する形で,アジアにおけるプレゼンス維
持を確固としたものにしようとするアメリカのアジア
安全保障戦略がある,という構造の理解がきわめて重
発は無理だと考えている。今は多くの国民も同様
だ。日本でもベトナムでは原発を開発できないと
いう世論を盛り上げて欲しい
○ベトナム有識者:原発建設予定地のニントゥアン
要である。日本による原発海外輸出を,アメリカの「エ
ネルギー安全保障戦略」の一環としてとらえることに
よって,その真の意図が浮かび上がってくる。
1988年7月に発効し,アメリカ合衆国から日本への
核燃料の調達や再処理,資機材・技術の導入などにつ
省は漁業がさかんな地方。ベトナムの知識人や周
辺住民から原発建設への不安の声や疑問が出てい
る。原発建設予定地は30万人のチャム族の居住地
である。原発建設にはチャムの住民の意見を聞く
べきである。日本政府は原発の売り込みに際して
は「絶対安全」を強調している。このためにベト
いて取り決めている「日米原子力協力協定」第4条に
は次のようにある。
ナムの政府関係者や国会議員を日本に視察に招待
して,原発の安全を信じ込ませようとしている。
日本政府も,ベトナム政府もベトナムの住民に情
報を知らせていない。まずベトナムの住民に情報
を提供すべき。
第4条
この協定に基づいて移転された資材,核物質,設
備及び構成部分並びにこれらの資材,核物質又は設
備の使用を通じて生産された特殊核分裂性物質は,
受領当事国政府によって認められた者に対してのみ
移転することができる。ただし,両当事国政府が合
59 ―
―
(7504)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
意する場合には,受領当事国政府の領域的管轄の外
に移転することができる。
また,日本と同様にアメリカと原子力協力協定を締
結している相手国に対して,現行のアメリカの「原子
力法」はつぎのような保証の確約を協定相手国に求め
ている。
協力協定対象の核物質,秘密資料,施設等を,米国
の同意なしに「認められた者」以外の者あるいは,
相手国の管轄外へ移転しない旨の相手国の保証
協力協定対象の核物質が,米国の事前同意なしに,
再処理,濃縮,形状・内容の変更(形状・内容の変
更については,プルトニウム,ウラン233,高濃縮
ウラン,その他の照射済核物質が対象)をされない
旨の相手国による保証26
アメリカ原子力法と,それを具体的に明記した「日米
原子力協力協定」の条項からすると,ベトナムを含む
日本の原発海外輸出は,当然,アメリカの「事前了承」
を得なくてはならないことになる。また,原発建設計
画が具体化しているベトナムに対する日本からの原発
「資材,核物質,設備」などの「移転」は,すでにこ
の事前了承を受けているとみるのが自然である。つま
り,日本の原発海外輸出は,アメリカの原子力政策=
エネルギー安全保障政策の下で,その具体化の一端を
担うものとして進められている,と言い換えることも
可能であろう。
このことを端的に示したのが,2014年8月にアメリ
カ「戦略問題国際研究所the Center for Strategic and
International Studies(CSIS)
」が出したいわゆる「第
3次アーミテージ報告」
(以下,「報告」)である。原
題 は,
“The US-Japan Alliance, Anchoring Stability
in Asia”
(米日同盟 アジアにおける安定性の確保)
で,著者はリチャード・アーミテージ元アメリカ国務
副長官と,
「ソフト・パワー論」の提唱で知られるハ
ーバード大学教授ジョセフ・ナイである。なお,1962
一歩である
3.地域の安定と繁栄には日米韓の強い同盟関係が重
要。日本は韓国との歴史問題に正面から取り組むべき
4.日本は自国防衛に加えて責任を拡大し,米国とと
もに地域の緊急事態に対応すべき28
今回の「報告」は,原子力エネルギーの利用の継続
拡大を前提としたエネルギー安全保障を前面に押し出
した点に最大の特徴がある。たとえば,日本政府が大
飯原発2基を再稼働させたことに触れ「正しい,責
任ある一歩だ」と高く評価する。さらに「報告」は,
2
2020年までに二酸化炭素(CO )の排出量を1990年比
で25%削減する日本の国際公約をはたすためには,
「原
発再稼働は唯一の道」,「原子力は日本の包括的安全保
障の絶対に必要な要素」と位置づけ,米国経済に有利
なエネルギー源であると論じるとともに,日本の再生
可能エネルギーの可能性を排除したものとなってい
る。
加えて,「報告」が重視するのは,海外への商業用
原子炉の売り込みであり,開発途上国が原子炉の建設
を続ける中で日本の原発が永久停止することになれ
ば,「責任ある国際的な原子力開発が頓挫する」と指
摘。中国が将来的に国際市場の売り手に台頭するとの
見方を示した上で,日米は商業用原子炉推進に「政治
的,経済的に共通の利益をもっている」としている。
福島原発事故後の米日の原子力政策,アジアにおけ
年に創設された「戦略問題国際研究所」は,アメリカ
陸軍・海軍直系の軍事戦略シンクタンクである27。
「報告」はつぎのような「日本への提言」をおこな
っている。
1.日本は一流国家であり続けたいのか,二流国家で
満足するのか決断を迫られており,重大な転機にあ
る「エネルギー安全保障体制」の再構築に向けた準備
は,すでにこの「報告」以前から進められていた。「報
告」に先立つ,2012年7月20日には「民生用原子力協
力に関する日米二国間委員会」第1回会合が開催され
る
2.原子力発電の再開は日本にとって正しく責任ある
ており,アメリカ側は,エネルギー省,国務省,国防
60 ―
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
総省,原子力規制委員会が,日本側は,外務省,内閣
官房,文部科学省,経済産業省(資源エネルギー庁お
(7505)
8.東南アジアの原発建設計画と慎重論 ∼ベトナムへの原発輸出が持つ地域的意味∼
よび原子力安全委員会・保安院)
,環境省が参加する
包括的,実務的議論の場が設置され,第1回会合では,
「原子力発電所の安全な運用のための国際的制度枠組
みの強化,民生用原子力エネルギーの共同研究開発の
強化」について議論が行われた。アメリカ側議長ダニ
エル・ポネマン・エネルギー省副長官は,
この会合で「原
ベトナムへの原発輸出の課題を考えるうえで,最後
に重要な点は,現時点で一基の原発も存在しない東南
アジアに,初めての原発が建設される可能性を持つ計
画であるという点である。このことはただちに,他の
東南アジア諸国に影響を及ぼすものではないが,歴史
的経緯のなかで原子力発電エネルギーを選択してこな
かったこの地域にもたらす影響はけっして小さいもの
子力の平和利用の開拓に責任を負う日米両国は安全な
原発への移行を加速させる好機(チャンス)と責任を
もっている」と述べている。
ではない。
現在,原子力発電所の建設計画を検討中,ないし,
「報告」の責任者となった,リチャード・アーミテ
ージとジョセフ・ナイは,2012年10月に来日し,日本
経済新聞社と戦略国際問題研究所(CSIS)の共催で
歴史的に検討を行ってきた東南アジア各国の原発導入
に向けた主な動きの現状は次のとおりである。
10月26日に東京で開かれたシンポジウムにおいて,以
下のように語ったという。
インドネシア:スマトラ島とカリマンタン島間,バン
カブリトゥン州バンカ島の2カ所に,国内初の原
発建設に向けた計画がある。2011年7月原子力庁
長官が,2014年以降の新大統領による原発推進
に備えて建設準備を今後も継続する方針を表明。
リチャード・アーミテージ元米国務副長官とハー
バード大のジョセフ・ナイ教授は野田佳彦政権が打
ち出した2030年代に原発稼働ゼロを目指す方針につ
いて「受け入れがたい」と強調した。両氏は日本に
対し,経済大国の地位を維持しながら集団安全保障
での一段の貢献を要請。アーミテージ氏は日本が東
日本大震災からの復興過程にあることを念頭に「代
替エネルギー(への転換)がもくろみ通りにいって
いないのに,原子力を放棄して自らの手足をさらに
縛る必要があるのか」
と疑問を呈した。ナイ氏は「日
本の原発ゼロ方針は受け入れがたい」と明言。地震
対策を踏まえた原発立地など安全対策を強化するの
が重要との認識を示した。原発増強に動く中国が日
2012年4月の現地報道をへて早ければ2016年にも
バンカ島で原発建設着工が可能との政府見解。し
かし,原発建設の反対運動が起こっており,計画
どおりとなるかは不透明
マレーシア:2021年までに原発稼働を計画中。2013年
1月15日,同国原発公社モハマド・ザムザム・ジ
ャファ最高経営責任者は「東京電力福島第一原発
の事故の影響で,計画は遅れている」,「福島の事
故は世界の原発計画に影響を与えた。マレーシア
で建設できるか,今の段階では何も言えない30」
本の原子力技術を必要としているとし,対中の外交
カードを維持する観点からも原発ゼロに反対する姿
29
勢を明確にした。
(
「日経新聞」2012年10月26日)
日本政府,経済界によるベトナムへの原発輸出の課
題を検討する際に,この「第3次アーミテージ報告」
が明示しているように,原発輸出が日本とベトナムの
二国間関係の問題ではなく,中国の地域的プレゼンス
に対抗し,アジアにおける優位性を維持・拡大するた
めに,日本の原発輸出を利用するというアメリカのア
ジア経済戦略の枠組みの中で展開されている問題であ
ることはあらためて銘記されなくてはならない。
と言及
タイ:2028年までに原発5基(500万kW)の建設を
計画。2010年11月タイ電力公社(EGAT)と日本
原子力発電が「技術協力協定」を締結。2011年4
−6月タイ政府が原子力発電所の建設を3年間遅
らせることに同意。タイの与党,野党がともに原
子力発電所の建設計画の見直しに言及
フィリピン:1980年代に建設を進めたが凍結。現政権
は導入を再検討中
カンボジア:フン・セン首相が将来的な建設に意欲的
ミャンマー:ロシアが研究炉を提供する予定31
以上のように,東南アジアでは原発建設計画が早い
段階から進められた国があったが,いずれも歴史的経
緯の中で建設にはいたらなかった。さらに,2011年3
61 ―
―
(7506)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
月の福島原発事故以降,推進を掲げていた国でも慎重
論,延長論がではじめている。同時に,福島原発事故
トナム現地調査(2013年1月),日本原水協原発問題
シンポジウム(2012年4月12日東京),国際開発学会
から時間が経過する中で,再度,建設に向けた主張が
再燃する状況も一部で生じている。現在の東南アジア
における原発導入議論は,福島原発事故をうけ,推進
東海支部研究会(2013年5月11日三重大学),東南ア
ジア学会大会パネル「ベトナムへの原発輸出を問う」
(鹿児島大学2013年6月1−2日)での研究発表原稿
論と慎重論が拮抗している状況といえる。このような
拮抗状況の中で,日本によるベトナムへの原発輸出が
実現されるのかどうかは,東南アジア全体のエネルギ
に加筆したものである。関係者に心より感謝申し上げ
ます。
ー政策の方向性をうらなうものとなっている。
1 「ベトナム電力公社との原子力発電導入可能性調
査実施に関する契約の締結について」から引用
結 論
当社は,本日,ベトナム電力公社(以下,EVN)
との間で,ベトナム・ニントゥアン省第2サイトに
おける原子力発電導入可能性調査(以下,FS※1)
の実施に関する契約を締結しました。
ベトナムへの原発輸出は,直接的には,小泉政権時
代の
「骨太方針」
に端を発し,
第二次安倍政権にいたり,
日本の「新成長戦略」の柱と位置付けられた。その背
景の一つは,国内原発再稼働の遅れに伴う原発メーカ
ーの受注減の打開があり,原発輸出政策はその「突破
口」の意味を持つ。第二には,
「第三次アーミテージ
「エ
報告」に象徴されるように,中国の影響に対抗し,
ネルギー安全保障」をつうじたアメリカの東南アジア
でのプレゼンス維持の思惑と,日米のアジア戦略上の
経済協力関係がある。さらに,福島第一原発事故が与
えた影響により,東南アジアで原発導入の可否が問わ
れる中でのベトナムの建設計画は,ベトナム一国の問
題にとどまらず,今後,東南アジアで原発推進施策が
維持されるのか,あるいは計画の変更・中止により,
再生可能エネルギーを含む,原発に頼らない地域づくり
へと向かうのかという岐路に立つ問題であるといえる。
また,少なくないベトナムの有識者,政府関係者に
は日本の原発導入を憂慮し,反対,ないし,計画延長
を求める動きが起こっている。同時に,ベトナムでは
現在,憲法改定議論のなかで,人権擁護,三権分立,
多様な意見を反映する民主的政治システム導入を求め
る議論が出されている。市民の意見を国家運営に反映
させようとするこれらの民主的取り組みの萌芽を,国
際的連携につなげていく努力こそが重要であろう。
原発輸出の主たる責任は,輸出する側の国家と市民
の問題であり,日本における市民社会・研究者が果た
※1:フィージビリティ・スタディ。原子力発電
所の導入判断,円滑な導入のため,その必
要性,炉型,安全性,経済性や立地可能性
等の評価を行うもの。
本件は,ベトナム・ニントゥアン省第2サイトに
おける原子力発電所建設に関する昨年10月の日越
共同声明※2を受けた経済産業大臣談話※3に基
づき,当社が FS の実施主体として,EVN との間で
FS の内容等を調整してきたものです。
※2:「アジアにおける平和と繁栄のための戦略
的パートナーシップを包括的に推進するた
めの日越共同声明(平成22年10月31日)」
※3:経済産業大臣談話「ベトナムとの原子力協
力について(平成22 年10月31日)」
今回の FS では,現地において気象,海象,地形,
地質等の調査を行うとともに,その結果を基にした
「適地性評価」や,原子力発電所の基本設計,炉型
評価,経済・財務分析等による「プロジェクトの成
立性評価」等を実施し,平成25年3月までに EVN
に報告することとしています。
2 「しんぶん赤旗日曜版」
(日本共産党中央委員会刊)
す役割,さらに開発主体者としての責任こそが今,問
われている。
2013年7月7日号7頁
3 東京電力「福島原子力事故調査報告書」2012年6
月20日「シビアアクシデントへの備え」43-44頁
(岩波書店)第1章「恐
4 大島賢一『原発のコスト』
(謝 辞)
本研究は,2013年度文部科学省科学研究費基盤研究
(B)
「ベトナム人実習生の権利擁護に関する日越国際
るべき原子力災害」4頁
5 同書,5 - 6頁
6 「朝日新聞」デジタル版2011年4月24日 http://
www.asahi.com/special/10005/OSK201104230072.
html
共同アクションプラン策定研究」の資金を利用したベ
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福島原発事故の教訓からみた,ベトナムへの原発輸出の課題
(7507)
7 衆 議 院 議 事 録 http://www.shugiin.go.jp/itdb_
shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm
ェルノブイリの号炉よりも遥かに多いということで
す。また海中への放射性物質の大量の流出というの
8 吉井英勝「 3.11福島原発事故に責任を負うべき
ものにその自覚がないことは許されない」
,『科学』
(岩波書店)2013年2月号,165頁
は,内陸にあったチェルノブイリでは無かったこと
です。福島第一の場合は,世界の原子力施設の事故
でも前例の無い量の汚染された水がすでに海中に流
出しています。今回の事故は3つの原子炉の炉心が
9 立石雅昭講演「原発『新規制基準』と審査体制を
斬る」2013年7月22日東京,資料7頁
「朝日新聞」2011年6月14日付
10 損傷あるいは溶融し,3つの原子炉建屋が壊れると
いう同時多発的な被害を受けています。今後の処理
の難しさという点ではチェルノブイリを上回る困難
に,日本のみならず世界は直面していると言えます」
11 立石雅昭和『地震列島日本の原発 柏崎刈羽と福
島事故の教訓』
,53頁(東洋書店)2013年7月
『原発連続学習会ブッ
12 馬場有浪江町長記念講演,
「ベトナムのエネルギー政策と原子力法」,
16 遠藤聡,
クレットNo. 1』
(福島自治体問題研究所他)4 - 5
頁
『毎日新聞』2011年11月8日
13 2013年6月1日東南アジア学会大会パネル「原発輸
出を問う」報告資料より引用
17 「時事ドットコム」http://www.jiji.com/jc/zc?k=
201303/2013030300092
18 遠藤聡,「ベトナムのエネルギー政策と原子力法」
3頁
19 SDR に つ い て は http://www.imf.org/external/
japanese/np/exr/facts/sdrj.htm を参照
14 松井英介「内部被ばくによる健康障害のメカニズ
ム」
,
『放射能被爆から子どもたちを守る』,NPOセ
イピースプロジェクト編集,49-52頁
15 4基の原子炉建屋が水素爆発ないし,火災に見舞
われた福島第一原発事故の深刻度は,チェルノブイ
リ事故と同様に史上最悪の「レベル7」と評価され
た。2011年4月12日の NHK「時論公論:東電福島
第一原発・レベル7の衝撃」でも,チェルノブイリ
事故と福島原発事故を比較し,次のように述べてい
る。
(
「NHK解説アーカイブス」サイトより)
「チェルノブイリは原子炉が暴走し,小さな水素
爆発とそれに続く巨大な爆発で原子炉が完全に破壊
され,
(中略)まき散らされた放射性物質のうちセ
シウム137とヨウ素131の総量は520京ベクレルに上
りました。京とは兆の一万倍という途方もない数値
です。
20 核兵器利用ではないということ
21 「ベトナムとの原子力協定の作成経緯と主な内容
∼民生分野の原子力協力における平和的利用の法的
保証∼」外交防衛委員会調査室 中内康夫,16頁
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/
rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20110501011.
pdf
22 同 中内康夫,13頁
23 NNA. ASIA紙「ボーキサイト開発慎重に,政治
局が指導[鉄鋼]」2009年4月28日
http://nna.jp/free/news/20090428icn001A.html
参考文献 中野亜里他「ベトナム政府による中南部
高原ボーキサイト開発計画」
地質ニュース678号,
66-78頁,
2011年2月https://www.
gsj.jp/data/chishitsunews/2011_02_10.pdf
東京電力の福島第一原発事故は主要な爆発は1号
炉と3号炉の建屋が水素爆発で破壊されました。ま
た2号炉では原子炉を覆う格納容器の一部・圧力制
御室で爆発が起き,また使用済みの核燃料をプール
で保管していた4号炉でも火災が起きました。大気
24 読売新聞,2010年6月19日
【シンガポール=実森出】日本の新幹線方式を採用
圏中に放出された放射性物質の量をチェルノブイリ
と比べますと放射性のヨウ素とセシウムの放出量が
することが決まっているベトナムの首都ハノイとホ
ーチミン間の約1,600キロ・メートルを結ぶ「南北
高速鉄道」の建設計画で,ベトナム国会は19日,同
計画を承認する案を否決し,継続審議とした。
63京ベクレル,チェルノブイリのおよそ10パーセン
ト程度の放出量です。しかし1カ月たっても事故収
束の見通しはつかず,事故は未だに進行形だと言え
ます。もう一つは,チェルノブイリが一つの原子炉
での事故であったのに対し,地震と津波による電源
喪失という事態に襲われた福島第一では建屋を含め
れば4つの原子炉が大きな被害を受けて,保管され
ベトナム政府は今国会での正式承認を目指してい
たが,計画の修正は必至だ。アジア向けのインフラ
(社会基盤)輸出を成長戦略の柱と位置付ける日本
にとっても打撃となりそうだ。
ている使用済みの核燃料も含めれば核燃料の数はチ
審議では国家予算の約3倍に相当する約560億ド
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(7508)
福島大学地域創造 第25巻 第1号 2013.9
ル(約5兆2,000億円)の巨額の建設費に対する慎
重論が多く出され,否決の要因となった。次回の審
議は今年末に行われる予定だが,計画の実現に向け
不透明感が強まった格好だ。
南北高速鉄道は2006年10月にグエン・タン・ズン
首相と当時の安倍首相が交わした共同声明の柱の1
つに盛り込まれていた。計画では2014年に着工し,
20年に一部開業,35年に全線開通の予定で,国会の
承認が得られれば,今秋にも国際協力機構(JICA)
が事業化調査に入ることになっていた。
25 Lao Dong紙ウェブ版2013年8月19日付。日本側
報道では,
「しんぶん赤旗」同年8月22日付6面「ベ
トナム中部地元自治体 原子力センター建設に同意
せず」
。
「日米両国の最近の動向と日米原子力協力協定改
26 定への影響について」,日本原子力研究開発機構核
物質管理科学技術推進部,2011年8月23日,3頁
27 ア メ リ カ 戦 略 国 際 問 題 研 究 所 ウ ェ ブ サ イ ト
http://csis.org/
「共同通信」配信記事 2012年8月15日付
28 29 http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM
26058_W 2 A021C1000000/
「朝日新聞」2013年1月15日付
30 31 フィリピン,カンボジア,ミャンマーについては,
「朝日新聞」2010年1月17日付参照
http://www.asahi.com/business/topics/economy/
TKY201001160416.html
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