0.93 nm スペクトル解像度ハイパースペクトラル Datacube生体 - ieice

第1回バイオメトリクス研究会 (2012.08.27~28@早稲田大学)
BioX2012-07
社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
バイオメトリクス研究会資料
Proceedings of Biometrics Workshop
0.93 nm スペクトル解像度ハイパースペクトラル Datacube 生体認証の
試み
赤沢 史嗣
村松
大吾†
佐藤
優太††
宗田
孝之††
松本
隆††
中村
厚††
† 大阪大学産業科学研究所 〒 567–0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘 8–1
†† 早稲田大学理工学術院 〒 169–8555 新宿区大久保 3–4–1
E-mail: ††[email protected], †††[email protected],
††††[email protected], †††††[email protected] , ††††††[email protected]
あらまし ハイパースペクトラル datacube を計測する装置により,手のひらを用いた生体認証を試みた.datacube
は 480(spatial pixel)×321(spatial pixel)×640(spectral pixel) からなり,スペクトル情報は波長 396.37 - 990.64 nm 帯
域を 0.93nm 刻みでカバーする.このような datacube から得られる画像はスペクトル分解されているため,通常の
RGB によるカメラ画像とは異なる画像データが得られ,各波長毎の生体物質の分布をとらえることができ,したがっ
てその分布の波長依存性も見ることができる.この装置は melanoma 検出用に開発されたものであるが,今回の実験
結果は比較的良好であり,生体認証にも応用可能であると思われる.
キーワード
バイオメトリック個人認証,ハイパースペクトラル datacube,画像のスペクトル分解
A Biometric Authentication Method by Hyperspectral Datacube with
0.93nm Resolution
Fumitsugu AKAZAWA, Daigo MURAMATSU† , Yuta SATO†† , Takashi MATSUMOTO†† ,
Atsushi NAKAMURA†† , and Takayuki SOTA††
† The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University 8–1 Mihogaoka, Ibaraki, Osaka,
567–0047, Japan
†† Faculty of Science and Engineering, Waseda University Okubo 3–4–1, Shinjuku, 169–8555 Japan
E-mail: ††[email protected], †††[email protected],
††††[email protected], †††††[email protected] , ††††††[email protected]
Abstract A biometric authentication method is proposed using hyperspectral datacube of palm. The datacube
is acquired by a recently developed equipment which captures narrow spectral band reflectances across a contiguous portion of the 396.37nm-990.64nm range with 0.93 nm spectral resolution in approximately 10 seconds. The
datacube gives spectrally resolved images with narrow spectral bands. The acquired reflectance value datacube
represents the structures associated with the distributions of various biological substances.
The proposed method first computes spatial correlation between a test data and a set of stored template data at
each wavelength of the spectrally resolved image. Then the algorithm computes a score by integrating the spatial
correlations with respect to wavelength. The method appears functional for biometric authentication even though
the hardware was designed for melanoma detection.
Key words hyperspectral datacube, biometric authentication, spectrally resolved images
29
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波長 λ を一つ固定するごとに X 上の2次元反射率のアレイ
1. は じ め に
が得られ:
著 者 ら の 二 人 と そ の グ ル ー プ は ,波 長 396.37nm -
{yλ (x)}x∈X
990.64nm 帯 域 に お け る 480(spatial pixel)×321(spatial
pixel)×640(spectral pixel) 画像を 0.93nm 刻みで採取する装置
これはピクセル間の関係に意味が内包された2次元画像と考え
を最近開発した [1].この装置は次の部分からなる:
•
•
ることができる.このような datacube にはいくつかの特徴が
白色光源 (150W tungsten lamp × 2)
備わっている:
(a) 高解像度でスペクトル分解されている
transmission type spectroscope (ImSpector V10, Spec-
一般にデジタルカメラでは,CCD であっても CMOS であっ
tral Imaging Ltd., Oulu, Finland)
•
対 物 レ ン ズ (C6Z1218, Pentax Precision Co.
ても,R,G,B に対応する3つの広通過帯域バンドパスフィ
Ltd.,
ルタ各々で,すべての電荷を総合した値によるデータである.
Tokyo, Japan)
•
モノクローム CCD カメラ (MC-781P-0030,Texas In-
一方,本研究に用いるハイパースペクトラル datacube の画像
はデジタルカメラより広帯域であるばかりでなく高解像度でス
struments Japan Ltd., Tokyo, Japan)
•
•
(2)
レンズ・CCD センサー移動部
ペクトル分解されている.これは近赤外帯域のみでなく可視光
ステージ
帯域においてもしかりである.
1次元スリットにより得られた画像を分光器により対応帯域に
(b) ヘモグロビンとメラニン分布
おけるスペクトルを採取する.1回 1/30 秒で line scan し,10.7
波長ごとにフォトンが人の体に侵入する深さが異なるため,
秒で全データ採取を終了する.全画像領域が 150mm×100mm
皮膚から様々な深さに存在している生体物質の分布を観測する
となるよう対物レンズシステムが設計されている.各ピクセル
ことができる.したがってある生体物質が局在している場合,
輝度値解像度 10bit である.
波長ごとにそのパターンをとらえることができる.この装置が
カバーする帯域での主たる生体物質は
2. 先 行 研 究
手のひら認証は,例えば [2],[3],[4],[5] で検討されている.
近赤外光を用いる静脈認証は,例えば [6],[7],[8],[9],[10],[11],
[12] に報告されている.指静脈によるものもある [13],[14].文
•
eumelanin ユーメラニン
•
oxyhemoglobin 酸化ヘモグロビン
•
pheomelanin フェオメラニン
•
deoxyhemoglobin 脱酸化ヘモグロビン
献 [15] は,手のひら認証の他の生体認証との相対的得失を詳
である.最初の二つは,ほくろや melanoma 以外,ほぼ局在性
細に議論している.手のひらの multispectral data による認証
はないが,後半二つは血液中に局在している.
は [16],[17] で提案されている.後者では 420-1100 nm におい
(c) 個人差
て解像度 10 nm のスペクトルで 69 種類の帯域を準備し,クラ
この装置で得られるハイパースペクトラル datacube は,あ
スタリング手法を用いてよりふさわしい 1 - 4 種類の波長を選
る個人と別の個人では異なっているばかりでなく,同一個人の
んで認証を行っている.特徴量は複素 wavelet である.
ハイパースペクトラル datacube 同士は共通性があるのではな
いかと予想される.
3. コンセプトと目的
3. 1 ハイパースペクトラル Datacube
3. 2 目
本研究で用いる装置から得られるハイパースペクトラル dat-
これらの考察を踏まえ,この研究では波長ごとに特徴を抽出
acube(注 1)では,広い帯域にわたり高分解能でスペクトル分解さ
し,それらを全帯域にわたり統合してスコアを計算し,認証を
れており,人の体における諸生体物質の分布を波長ごとに得る
行うアルゴリズムを構築して実験により検証する.本装置は
ことができるため個人の特徴をとらえていると思われる.これ
melanoma 検出用に設計されたものであるが,生体認証にも使
は赤外領域のみでなく可視光領域においても同様である.
用可能と思われる.図 1 に提案手法の全体像を模式的に示し
採取された反射率 datacube を2-パラメータ族
yλ (x), x ∈ X,λ ∈ Λ
的
た.本研究で用いる装置は体のどの部分も測定可能であるが,
ここでは手のひらを対象とする.理由の一つは,たとえば手の
(1)
甲よりも melanin の量が少ないため,より深い部分も観測可能
と考える.ここに λ および x は波長とピクセルを意味する.
なためである.
Melanoma 検出問題 [1] では,ピクセルを固定し,melanoma
いわゆる静脈認証は比較的よい認証手法と言われているが印
データとテストデータの spectral signature の相関を調べて
刷された静脈画像による成りすましが報告されている [20].一
いる.
方 [21] では,1 - 4 の複数帯域の手のひら画像により認証を行
うことにより,より頑健な認証が可能であることが報告されて
(注 1)
:ハイパースペクトラル datacube.3次元あるいはそれ以上の次元の,
パラメータつけされたデータは,しばしば datacube と呼ばれる [18].広い帯
域幅において隣接した波長ごとに得られる datacube はハイパースペクトラル
datacube と呼ばれることが多い.
いる.そこで用いられた装置ではスペクトル解像度が 10nm で
あるのに対して本研究の装置では解像度 0.93nm である.
30
何らかの偽物を造成して提案システムを破ろうとする人物が
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overall score
{ (score)λ }λ∈Λ
V
B
G
Y
O
integrate over
spectra
R
spectrally resolved over
396.37nm - 990.64nm
図 1 高分解能ハイパースペクトラル datacube を用いた生体認証の概念.取得したデータ yλ (x)
は,x ∈ X,λ ∈ Λ の二変数でパラメタライズされる.ここでの λ と x はそれぞれ波長と
ピクセルである.波長が与えられたとき,輝度値の 2 次元配列は空間構造に意味を持つ画
像とみなすことができる.広い帯域幅において隣接した波長ごとに得られるデータの総体
は,しばしばハイパースペクトラル datacube と呼ばれる.本研究で使用されているハー
ドウェアは,可視光だけでなく,近赤外域を含む 396.37nm - 990.64nm の波長帯域をカ
バーし,そのスペクトル分解能は 0.93 nm である.提案する認証方法では,認証場面で得
られた画像と,あらかじめ用意されたテンプレートの,波長ごとのでのスコアを計算した
後,全波長帯域にわたりスコアを統合して判別のための最終的なスコアを得る.最終的ス
コアがある閾値を超えたとき本人,そうでないとき imposter と判別する.750nm までの
可視光スペクトルは [19] から作成した.
いたとする.本手法で用いる装置を使う,という前提の場合,
らである.information rich であることはすぐに高認証精度に
偽物は広い帯域にわたり高解像度で対象人物と似た datacube
は結びつくわけではない.認証アルゴリズムの構築がより困難
が生成されなければならない.そのような偽物の造成は非自明
になりうるからである.ここではある程度の性能を保ちつつ極
と思われる.個人認証手法とそれを破る方法の提案は”いたち
力単純なスコア計算によるアルゴリズムを提案する.
ごっこ”の側面があるので,本装置を用いた認証手法の提案と
その検証には意味があるのではないかと考えられる.
上述の装置から得られるハイパースペクトラル datacube は
4. Datacube 構築
広帯域,高解像度という意味で information rich である.そこ
4. 1 装
では波長の長い帯域での静脈のみならず,波長の短い領域にお
図 2 に本研究で用いた装置を示す.
ける皮膚から比較的浅い場所での微妙な構造が含まれているか 31
図 3 にデータ採取の原理を示す.フロントエンド CCD セン
置
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slit
diffraction
grating
x
CCD sensor
λ
………
y
y
x
図3
datacube 取得の原理.フロントエンドの CCD センサーは幅 80
µm の1次元スリットであり,1次元のデータを取得する.回折
格子を通して,システムは 0.93nm の波長分解能で 396.37nm
から 990.64nm の範囲のスペクトルデータを取得する.これを
321 本 line scan したものがひとつの 2 次元画像データセット
であり,これらをつなぎ合わせて再構成すると,波長 λ でパラ
メタライズされた datacube となる.
サーで検出されるであろう.実際のフォトン軌跡はこれほどな
めらかではないが.
比較的吸収係数の大きな生体物質がフォトンの帰路にある程
度まとまって存在すればフォトンはセンサーに戻れないので,
図 2 構築した datacube 取得のための装置.波長 396.37nm - 990.64
nm 帯域を 0.93nm の波長解像度で約 10.7 秒間で採取する.2
つの光源 (150W tungsten lamp × 2) が左右に位置し,中央の
レンズおよび CCD センサーが手から戻った光を捕える.
その部分の輝度値は低くなるであろう (図 5).これらの現象は
光の波長に依存する.人の手の場合,この装置がカバーする帯
域での主たる生体物質は oxyhemoglobin(酸化ヘモグロビン),
deoxyhemoglobin(脱酸化ヘモグロビン),eumelanin(ユーメラ
ニン),そして pheomelanin(フェオメラニン) の4つである.図
サーは幅 80 µm のスリットであり,1次元反射光を得る.回
折格子を経た後,解像度 0.93nm で,396.37nm - 990.64nm に
おけるスペクトル分解された画像を得る.2次元画像は line
scan された 321 本のスリットから再構成される. 輝度値解像
度 10bit である.
•
transmission type spectroscope (ImSpector V10, Spec-
対 物 レ ン ズ (C6Z1218, Pentax Precision Co.
Ltd.,
Tokyo, Japan)
•
モノクローム CCD カメラ (MC-781P-0030,Texas In-
struments Japan Ltd., Tokyo, Japan)
•
•
hemoglobin の局在による何らかのパターンが観測されること
が予想され,これが今回の研究の出発点となる.波長の短い
分にある hemoglobin の局在パターンを検出し,一方,比較的
白色光源 (150W tungsten lamp × 2)
tral Imaging Ltd., Oulu, Finland)
•
えば手の甲に比べて melanin が少ないことと,melanin はほく
ろや melanoma 以外は一様に分布していることが通常なので,
領域ではフォトンが比較的浅い部分で吸収されるので,その部
この装置は次の部分からなる:
•
6 はこれらの物質の吸光係数の spectra である.手の平は,例
レンズ・CCD センサー移動部
ステージ
4. 2 測 定 原 理
図 4 は,今回用いた装置の測定原理を模式的に示したもので
ある.使用者が,たとえば手のひらをカメラの前に置いた場合
を考える.図で palm と記してあるのは手の平の断面を意味す
る.光源から照射されたフォトンは手の中に完全に吸収されて
しまうものと,体の中の生体物質を散乱して手のひら表面に戻
るものもありうるであろう.そしてそのようなフォトンはセン
波長の長い帯域ではより深い位置にある hemoglobin の局在パ
ターンを検出していると考えられる.
4. 3 生体認証のための Datacube 部分集合
今回の生体認証実験には測定装置が採取する全帯域 396.37nm
- 990.64nm の datacube を用いることも可能であるが,次のよ
うな基準による部分集合を考えた:
( 1 ) 装置の感度
感度は CCD,回折格子,などの複合的な性能によるもので
あり,全帯域で感度が十分高いわけではない.
( 2 ) 可視光,近赤外両方の帯域を含む
近赤外における hemoglobin 分布のみならず,より波長の短
い帯域での皮膚から浅い部分でのパターンも検出したい.
( 3 ) 計算負荷
本研究は出発点なので,必要以上に重い計算負荷は避けたい.
32 545.17 nm - 888.34 nm は装置の感度が比較的高い帯域である
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sensor
Hb
4.E+04
4.E+05
HbO2
4.E+03
light
eumelanin
4.E+02
light
4.E+01
extinction coeffiicients cm-1/(moles/liter)
pheomelanin
200
300
400
500
600
700
800
900
1000
wavelength (nm)
palm
図 6
対象波長における四つの生体物質の吸光係数の spectra であ
る.250nm - 1000nm の範囲で赤で示したものが HbO2 (oxy
hemoglobin) の吸光係数で,緑で示したものが Hb の吸光係数
である.縦軸のスケールが対数であることに着目すると,可視
光域での吸光係数は近赤外域と比べて非常に大きいことが分
かる.これは可視光域の光は体内深くに浸透できないことを意
図 4 バイオメトリックデータを対象とする装置の測定原理の模式図.
味する.200nm - 820nm の範囲で青と紫で示したものが,そ
図中の”palm”は手のひらの断面図を意味する.光源からのフォ
れぞれ eumelanin と pheomelanin の吸光係数である.これら
トンのなかには,体に完全に吸収され表面に戻らないものもあ
は [22],[23] のデータより構成した.
る.その他に,体の物質で散乱されるであろうが,表面に帰って
くるフォトンもあり,それをセンサーが捉える.この現象は通
545.17-590.74 nm
常,光源の波長に依存する.また実際のフォトンの軌跡は,図に
記載されているものほどなめらかではない.
842.77-888.34 nm
sensor
light
light
palm
図 7 認証に用いたハイパースペクトル datacube の部分集合.これら
部分集合は三つの基準 (i) 装置の感度,(ii) 可視光および近赤外
両方の帯域を含む,(iii) 計算負荷 により選択され,545.17 nm
- 590.74 nm と 842.77 nm - 888.34 nm の帯域で構成される.
750nm までの可視光スペクトルは [19] から作成した.
図 5 フォトンの帰路に比較的高い吸光係数を持つ生体物質の多くが
存在する場合,フォトンは表面に戻らずセンサーに到達しない
手法は静脈認証でも,掌紋認証でもない.静脈ではない部分の
ため,センサーは”暗いパターン”を返す.この現象は通常,光源
構造も見ているし,表面以外の構造も観測しているからである.
の波長に依存する.また実際のフォトンの軌跡は,図に記載され
図 8 は 545.17nm-590.74nm における典型的データであり,
ているものほどなめらかではない.
一方,図 9 は 842.77nm-888.34nm における典型的データであ
る.
ことがわかった.また,600 nm を過ぎたあたりからおそらく
図 10 は 560.05nm(左)と 799.99nm(右)における典型的
静脈と思われるパターンが観測され,冗長性が散見された.こ
データである.右側ではよく知られた静脈パターンが見られ,
れらのことから次の二つの部分集合を用いることにした:
左側ではより浅い部分の微妙な構造がとらえられていると思わ
•
•
545.17nm-590.74nm 帯域
れる.
842.77nm-888.34nm 帯域
図 7 はこれら二つの帯域を模式的に示したものである. 提案
33
第1回バイオメトリクス研究会 (2012.08.27~28@早稲田大学)
図 8 545.17nm-590.74nm における典型的データ.後述の前処理を施
図 9 842.77nm-888.34nm における典型的データ.後述の前処理を施
したもの.手の平表面およびその直下の微細構造が見えている
したもの.静脈の構造も含め,相対的にではあるが図8よりも深
と思われる.
い部分の構造が見えていると思われる.
5. アルゴリズム
取得した datacube の対象となる部分集合に対して,アルゴ
リズムは次の項目からなる:
( 1 ) 前処理
( 2 ) 特徴量抽出
( 3 ) 各波長でのスコア計算
( 4 ) 全波長のスコア統合
( 5 ) 統合スコアにもとづく decision
( 6 ) Receiver Operating Characteristic (ROC) curve
図 11 は,全体のアルゴリズムの概略を示している.
図 10
560.05nm(左)と 799.99nm(右)における典型的データ.こ
5. 1 Pre-processing
れらは 5. 1 で述べる前処理を施した画像である.右側ではよく
本論文で使用された装置は melanoma 検出用に設計されてい
知られた静脈パターンが見られ,左側ではより浅い部分の微妙
な構造がとらえられていると思われる.
る.そのため spectrum signature が重視されており,各波長に
おける二次元配列が高画質の画像になるとはかぎらない.現在
の目的に即した最良の画像を作るために,我々は後述するよう
とおく.ここで X は一枚の 2 次元画像領域,そして x はその
な多くの前処理を画像に施した.この装置で取得可能な全帯域
1 点 (ピクセル) を意味する.
5. 1. 1 Intensity Normalization
から,装置の感度,計算負荷などを考慮し,次の帯域を用いる
まず x = (m, n) は離散値なので行 m,列 n と記す.セン
ことにした:
ˆ
<
Λ:={545.17nm
=λ<
=590.74nm}
{842.77nm<
=λ<
=888.34nm}
サーは 1 次元スリットであることを思い起こし,レンズを遮蔽
(3)
したときの輝度値を b(n,λ ),準備した白色対象物の輝度値を
このような帯域において一回のスキャンで得られる,波長でパ
w(n,λ ) とする.ある測定と別の測定における反射率のばらつ
ラメタライズされた源分光画像群を
ˆ x ∈ X}
y := {yraw,λ (x)|λ ∈ Λ,
きを減らすために次の規格化を行う:
(4)
34
第1回バイオメトリクス研究会 (2012.08.27~28@早稲田大学)
decision:
genuine/imposter
score computation
545.17-590.74 nm
feature extraction
pre-processing
図 12 560.05nm(左)と 799.99nm(右)における特徴抽出後の典型
842.77-888.34 nm
的データ.右側ではよく知られた静脈パターンが見られ,左側
ではそれとは異なる構造がとらえられている.
図 11 全体のアルゴリズムの概略図.
(i)前処理,
(ii)特徴量抽出,
(iii)
(v)統合
各波長でのスコア計算,
(iv)全波長のスコアの統合,
(vi)ROC Curve で構成されてい
スコアにもとづく decision,
y˜λ (x) =
る.750nm までの可視光スペクトルは [19] から作成した.
yraw,λ (x) − b(n,λ )
yλ (x) :=
w(n,λ ) − b(n,λ )
(5)
0
, otherwise
れた静脈パターンが見られ,λ=560.05nm ではそれとは異なる
構造がとらえられている.
5. 3 スコア計算
画質を高めるために,λ に関して以下の平滑化を行う.ある
ˆ に対して,その近傍 N (λ) で分光画像群を平均化
波長 λ ∈ Λ
本稿の目的は,生体認証のための新しい機器で取得した情報
豊富なスペクトルデータの有用性を検討することであるので,
する.
1
|N (λ)|
, if y¯λ (x) > yˆλ (x)
図 12 は 560.05nm(左)と 799.99nm(右)における特徴抽出
後の典型的なデータを示している.λ=799.99nm ではよく知ら
5. 1. 2 λ Averaging
y¯λ (x) :=
1
認証アルゴリズムは,性能が落ちない範囲で,極力単純なもの
yλ (x)
(6)
にする.
λ ∈N (λ)
前処理により得られた二値画像から,いくつかのテンプレー
ここでの N (λ) とは波長空間 λ に関する近傍のことで,|N (λ)|
トを選ぶ.テンプレートの元のデータ空間 X の部分集合とし
は N (λ) の波長の数を意味する.
て,次の二つの条件を考慮して ROI(Region of interests) を設
5. 2 特徴抽出(Adaptive Threshold Binarization)
定する.
本研究を含む,生体認証アルゴリズムの多くでは,テンプ
(i) 個人の情報が最大限含まれるようにする.
レートが利用可能なデータから選択されており,スコアはテス
(ii) 後述するテンプレートマッチングの際に ROI が X 内部
トデータに対して計算される.特に可視光域で図 10 に示され
にとどまるようにする.
るように複雑な構造がデータには含まれるので,本研究ではグ
認証のテストデータ
レースケールデータに対してテンプレートとテストデータ間
ˆ
y˜λ (x), λ ∈ Λ
でスコア計算をすることは容易ではない.この問題を解決する
が与えられ,次のようなスコア計算に基づき decision を行う:
ために,Adaptive Threshold Binarization が有効である.画
predict that y originates f rom genuine person if
像データのピクセル x における近傍 M(x) での,平均輝度値
Score(˜
y ; ref ID) > threshold
yˆλ (x) を定義する.
yˆλ (x) :=
1
|M(x)|
(8)
predict that y originates f rom imposter if
y¯λ (x)
(7)
Score(˜
y ; ref ID) <
= threshold
x ∈M(x)
where
ここでの |M(x)| は M(x) のピクセル数を意味する.
Score(˜
y ; ref ID) :=
前処理を施した後の輝度値 y¯λ (x) が近傍での平均輝度値 yˆλ (x)
を超えていた場合,二値化後の値は 1 となる.輝度値 y¯λ (x) が


max
g 

ˆ
k=1 λ∈Λ
K
近傍での平均輝度値を超えなかった場合は二値化後の値は 0 と
なる.
35

temp IDk
y˜λ (x + g)˜
yλ
ˆ
x∈X
temp
(˜
yλ (x + g))2
ˆ
x∈X
(˜
yλ
ˆ
x∈X
(x)





IDk
2
(x)) 
(9)
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としたので,テストデータ数は 29 × 47 = 1363 データである.
6. 3 予 備 実 験
ˆ を選ぶために予備実験を行った.λ の部分集合を選
(3) の Λ
択するための2つの基準については,以前で言及したように,
可視光と近赤外光の両方が含まれることと,手の比較的深い部
分の静脈構造だけでなく,手の浅い部分での構造も用いること
である.これらの基準に基づいて,我々は目標範囲として,(3)
式で示される帯域を解像度 0.93nm で,合計 100 波長を選択し
た.もちろん,部分集合の範囲を広げるのに比例して,計算時
間も増加する.λ-averaging で用いた,(6) における近傍 N (λ)
では,対象波長を含む周辺の 21 波長を近傍として選択した.
6. 4 結
果
図 14 に ROC を示す.細部を示すために図 15 に図 14 の部
分を抜き出し,縦軸を対数軸として示した.関連する認証性能
評価を表 1 に示す.評価基準は [24] に倣った. 前で述べたと
図 13
(9) 括弧内の値を g 空間上にプロットした.輝度が高い領域は
表1
白系になっている.全探索で容易に最大値を見つけることがで
きる.
認証性能評価
Equal Error Rate (EER)
0.736%
FMR100 (FAR=1%のときの FRR)
0.736%
FMR1000 (FAR=0.1%のときの FRR) 0.883%
ここに ref ID, ID ∈ {1, 2, ..., L} は被験者を指し示す変数,
temp IDk , k ∈ {1, 2, ..., K} は被験者 ID の k 番目のテンプ
ZeroFMR (FAR=0%のときの FRR)
1.03%
ZeroFNMR (FRR=0%のときの FAR)
21.7%
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レートであることを意味する.L および K は被験者数および
テンプレート個数である.g はテストデータのシフトベクトル
ˆ は X の部分集合で,テンプレートの ROI がこの範
を表し,X
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囲を移動しする.括弧内の量は,テンプレートと g だけシフト
+!"
されたテストデータとの間の空間相関係数である.シフト g を
らである.この研究で用いている装置では,手をステージに置
くので手と対物レンズ間の距離がほぼ一定であり,少なくとも
本研究ではスケール変動は考慮していない.回転に対する変動
はこれからの課題の一つである.
図 13 は (9) の括弧中の値を g 空間にプロットした典型的な
パターンを表したもので,値が高いところほどが白系の領域に
対応している.全探索により比較的容易に最大値を計算するこ
とができ,λ と k に関してその和をとることでスコアを得る.
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考慮する理由はもちろん,毎回手を置くごとに位置が変わるか
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6. 実
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験
図 14
6. 1 被 験 者
本研究プロジェクトは早稲田大学倫理委員会の承認のもと,
29 人の被験者で実験を行った.また全ての被験者には詳細な説
明のあと,書面による了承を得た.
6. 2 手
順
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(!"
#!!"
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ROC curve
おり,可視光域でこれらの画像は手のひらの浅い部分の構造を
含んでいる.例えば,図 10 の λ=560.05nm での画像には,い
くつかの複雑な構造が示されている.このようなデータに個人
を識別する情報が含まれているか調べる価値があるであろう.
被験者に,ステージ上部に自然な状態で右手を置いてもらう.
一つの datacube 取得に要する時間は約 10 秒間である.各被験
7. 議
者とも 50 回データ取得を繰り返してもらった.したがってデー
この手法の利点の一つは,潜在的な攻撃者が偽造オブジェク
タ数は 29 人 × 50 回 =1450 である.各被験者 50 データから
トを作成して,このシステムに攻撃をすることが困難であるこ
3 つをテンプレートに用い,残りの 47 データをテストデータ 36
論
とが挙げられる.その理由には意図した偽造は,対象とする個
第1回バイオメトリクス研究会 (2012.08.27~28@早稲田大学)
$"
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(c) 照明条件が認証機能へどのような影響を及ぼすかについて
も検討の価値があると思われる.
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謝辞
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けた.
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この研究は文部科学省科研費 (22560394) の助成を受
文
献
[1] Nagaoka, T., Nakamura, A., Okutani, H., Kiyohara,
Y., Sota T., ”A possible melanoma discrimination in!#'"
dex based on hyperspectral data: a pilot study”, Skin
!#&"
Research and Technology 18(3) pp.301-311 August 2012
!#%"
[2011,(doi:10.1111/j.1600-0846.2011.00571.x)].
[2] Esther Rani P., R. Shanmugalakshmi An Efficient Palm!#$"
print Recognition System Based on Extensive Feature Sets
!"
European Journal of Scientific Research ISSN 1450-216X
!#!("
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(!"
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!"#$%&1))%2-",)%&'"-%&./0&
Vol.71 No.4 (2012), pp. 520-537.
[3] G. S. Badrinath, ”Palmprint Verification using SIFT fea図 15 ROC curve.図 14 の縦軸を拡大し,横軸を対数軸とした ROC
tures”, First Workshops on Image Processing Theory, Tools
curve である.
and Applications, 2008.
[4] Naidu Swathi, Chemudu Satish, Vaddi Seshu Satyanarayana, Pillem Ramesh,Hanuma Kumar, Naresh Bhuma
人の個々の datacube 機構を模倣した datacube を生じさせる
and CH.Himabin du, New palm print authentication system
by using wavelet based method,” Signal and Image Pro必要があることが挙げられる.特に,人工的な物体で手を偽造
cessing : An International Journal(SIPIJ) Vol.2, No.1, Mar.
しようとした場合,近赤外域だけでなく可視光域に関しても λ
2011.
に依存する本物のデータと似ている必要がある.
[5] Y. Zhou and A. Kumar, ”Human Identification Using PalmVein Images”, IEEE Transactions on Information Forensics
その一方で欠点は,データ収集にかかる時間であり,現在の
and Security, Vol. 6, No. 4, December 2011.
設定で一つのデータセット取得には 10 秒間かかることである.
[6] S.-K. Im, H.-M. Park, Y.-W. Kim, S.-C. Han, S.-o. Kim,
C.-H. Kang,”A Biometric Identification System by Extract現在の装置は初期のプロトタイプであり,速度の向上は可能で
ing Hand Vein Patterns,” Journal of the Korean Physical
あろう.
Society 38(3) (2001) .
ハードウェアを構成する部品の一部は,装置がプロトタイプ
[7] M. Watanabe,T. Endoh,M. Shiohara,S. Sasaki, ” Palm vein
authentication technology and its applications”, In: Proであることから標準で搭載されたものとなっている.例えば,
ceedings of the Biometric Consortium Conference, Septem取得する datacube の品質は,高品質 CCD センサーを使用す
ber 19-21 (2005) .
ることで改善されるかもしれない.
[8] Z. Zhang,S. Ma, X. Han,” Multiscale Feature Extraction of
Finger-Vein Patterns Based on Curvelets and Local Inter8. 結論と今後の課題
connection Structure Neural Network”,18th International
Conference on Pattern Recognition, vol. 4, pp. 145-148
(September 2006) .
共同著者二人とそのグループらによって最近開発された装置
[9]
A.
M. Badawi, ”Hand Vein Biometric Verification Protoを使用して,本論文では 0.93nm の波長分解能で 396.37nm か
type: A Testing Performance and Patterns Similarity”, Inら 990.64nm の範囲での手の datacube の部分集合を使用した
ternational Conference on Image Processing, Computer Vision, and Pattern Recognition, pp. 3-9 (2006) .
生体認証の手法を提案した.この datacube は近赤外(NIR)
[10] M. Shahin, A.Badawi and M. Kamel, ” Biometric Authen領域だけでなく可視光領域もカバーする.提案手法ではテスト
tication Using Fast Correlation of Near Infrared Hand Vein
データと保存されたテンプレートの相関を計算し,全 datacube
Patterns”. International journal of Biomedical sciences 2
(2007) .
の部分集合で相関を統合することでスコアを計算する.近赤外
[11] P. Ladoux, C. Rosenberger and B. Dorizzi, ”Palm Vein Ver域で,スペクトルデータは静脈構造を含むのに対して,可視光
ification System Based on SIFT Matching”, ICB ’09 Pro域のスペクトルでは静脈のような体の深くにある,よく知られ
ceedings of the Third International Conference on Advances
in Biometrics Pages 1290 - 1298 .
た構造は含まれず,体の浅部にある構造が含まれる.認証実験は
[12] Ying Hao, Zhenan Sun, and Tieniu Tan, ”Comparative
29 人の被験者から取得した 1450 データの基に EER=0.736%,
Studies on Multispectral Palm Image Fusion for Biometrics”, in Lecture Notes in Computer Science - ACCV 2007.
FMR1000 (FAR=0.1%のときの FRR)=0.883%であった.
[13] W. Song, T. Kima, H. C. Kim, J. H. Choi,H-J Kong,S-R
今後の研究プロジェクトについて以下のようなものが挙げら
Lee, ”A finger-vein verification system using mean curvaれる:
ture”, Pattern Recognition Letters Volume 32, Issue 11, 1
August 2011, Pages 1541-1547.
(a) 560nm-600nm の帯域で観察された微妙な構造が何かを調
[14] J. Yang, Y. Shi and R. Wu, ”Finger-Vein Recognition Based
べることは興味深い課題の一つである.
on Gabor Features”,
(b) この論文で報告した認証精度は悪いものではないが,よ
[15] A. Nadort, ”The Hand Vein Pattern Used as a Biometric
Feature”, Master Literature Thesis, University of Amsterり高い認証精度のための認証アルゴリズムの構築が挙げられる.
dam, May 2007.
例えば回転変動を吸収する仕組みを明示的にスコア計算に組み
[16] R. K. Rowe, U. Uludag, M. Demirkus, S. Parthasaradhi,
込むことがある.
and A. K. Jain,“ A Multispectral whole-hand biometric au37
thentication system, ”Proceedings of Biometric Symposium,
("
第1回バイオメトリクス研究会 (2012.08.27~28@早稲田大学)
Biometric Consortium Conference, pp. 1-6, 2007.
[17] Zhenhua Guo, David Zhang, Lei Zhang, and Wenhuang Liu
Feature Band Selection for Online Multispectral Palmprint
Recognition IEEE Transactions on Information Forensics
and Security, Vol. 7, No. 3, June 2012.
[18] Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Data cube
[19] Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/File:Linear visible
spectrum.svg
[20] R. Zoun, Z. Geradts, C. R. Arnout, and P. Sommer,” D6.1:
Forensic Implications of Identity Management Systems”. In
FIDIS Future of Identity in the Information Society (No.
507512), pp. 65-69 (2006).
[21] Z.Guo, L. Zhang and D. Zhang, ”Feature Band Selection for
Multispectral Palmprint Recognition”, International Conference on Pattern Recognition (ICPR),pp. 1136-1139.
[22] Scott Prahl, Optical Absorption of Hemoglobin, Oregon Medical Laser Center, http://omlc.ogi.edu/spectra/
hemoglobin/
[23] Steven Jacques, Optical Absorption of Melanin, Oregon Medical Laser Center, http://omlc.ogi.edu/spectra/
melanin/extcoeff.html
[24] Raffaele Cappelli, Dario Maio, Davide Maltoni, James L.
Wayman, Anil K. Jain, ”Performance Evaluation of Fingerprint Verification Systems”, IEEE Transactions on Pattern
Analysis and Machine Intellogence, Vol. 28, No. 1, January
2006.
38