政治経済学通信 - 東京大学大学院経済学研究科 柴田ゼミナール

政治経済学通信
Vo
l
.0
4
東京大学大学院経済学研究科
柴田ゼミナール ディスカッションペーパー集
2008年3月
『政治経済学通信』第 4 号
目次
ウォルマートの強さについての考察とその影響
照屋健作
1頁
制度の構造について―人間本性からの考察―
新井田智幸
17 頁
アメリカにおける家計の消費支出と消費主導型成長
―金融不安定性の要因としての消費は存在するのか―
横川太郎
40 頁
R パッケージ HiddenMarkov による景気循環の初歩的な分析
岩田佳久
72 頁
高度成長日本におけるレギュラシオン・アプローチの諸展開―論点の整理―
青山堯
88 頁
ウォルマートの強さについての考察とその影響
照屋
<目次>
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.ウォルマートの強さ
Ⅱ-1.ウォルマート小史
Ⅱ-2.模倣困難性
Ⅲ.ウォルマートによる雇用への影響
Ⅲ-1.Emek Basker-全小売産業の雇用は微増-
Ⅲ-2.Vedder and Cox-ウォルマートは Job Killer ではない-
Ⅲ-3.ウォルマートの影響力による雇用の増減
Ⅳ.ウォルマートとサプライヤーとの関係
Ⅳ-1.Bloom and Perry-サプライヤーへの影響は分からない-
Ⅴ. おわりに
参考文献
1
東京大学大学院経済学研究科博士課程経済理論専攻
1
1
健作 1
Ⅰ.はじめに
ウォルマートは 1962 年に第一号店をアーカンザス州のベントビルに開店してから、約半
世紀がたった。21 世紀に入り、ウォルマートは売上高で世界一位を 5 回も達成している
(2002~05 年と 2007 年) 2 。かつてこのポジションにはGeneral MotorsやExxon Mobiles
などが常連であり、小売業種が入ってくることはなかった。
ここでの問題意識は、なぜウォルマートがここまで成長することができて他の小売業が
このことができないのか。そして、ここまで大きくなったウォルマートによって、雇用や
サプライヤーに対してどのような影響があるのかを考察することである。Ⅱでは、「模倣困
難性」という概念を使って、ウォルマートが圧倒的に他社を圧倒するほどまでの企業にな
ったかを考察する。Ⅲでは、様々な分野の雇用への影響、そしてⅣでは、サプライヤーと
の関係をみていく。
これまで、ⅢやⅣについての分析した論者はいるが、これまでのところこれらの論点に
ついてはっきりと解明できていない。それはデータ不足のためであったり、分析対象が莫
大になるためすべてをチェックできなかったりしたことが、その原因となっている。本稿
においては、それらの分析結果で、ウォルマートと経済構造変化を考察するためには、ど
のような課題がでてくるかを出すことを目的としている。
Ⅱ.ウォルマートの強さ
Ⅱ-1.ウォルマート小史
ウォルマートがここまで巨大になった理由については諸説ある。よくあげられることに
ついては、①アメリカ特有の起業家精神が尊重される社会風土であり自由主義的な経済で
あったこと、②開業当初に強力な競合相手がいなかった地方への出店戦略、③情報技術を
他の企業より先駆けて導入したことである。この三つの点が重なりあい次のようにウォル
マートは発展してきた。
ウォルマートの創始者であるサム・ウォルトンは大学卒業後、大手小売業のJC Pennyに
就職し、そこで管理職見習いとなった。その後、独立という形をとるため、小売業の中堅
ベン・フランクリンのフランチャイズに加入した。5 年間経営した後に契約解除され、自前
の店舗を持つことを目標とし、ウォルマートを創業した。開業資金は妻ヘレンの父親から
借りられるという運もあったが 3 、企業家精神のある文化が彼を推し進めたのであろう。開
業当初から 70 年代までは、バイヤーが商品を大量に低価格で買い付け、陳列方法を工夫し
消費者に対して消費意欲をかき立てる手段であった。当時の小売業業態の発展したものは
ディスカウントストアであったが 4 、主に都市部に集中しており、地方にはウォルマートに
とって太刀打ちできない小売業がなかった。その中で、徐々に店舗数を拡大していき売上
Fortune500 を参照。
Walton[1992], 訳, 第二章。
4 鐘井[2001],p.12。
2
3
2
2
高を伸ばしていた。そして、1980 年代に入ってから経営の効率化の手段として、情報技術
(IT)に着目し、それを他の小売業に先駆けて導入した。それをきっかけとして、データ・
ウェアハウジングの構築、小売業に一般的なHi-Lo販売方式からEDLP販売方式転換、サプ
ライチェーンの確立を行い小売業の頂点に立つこととなった。データ・ウェアハウス 5 、
EDLP 6 、サプライチェーン 7 は一本の線で繋がっている。
図1
図2
米総合小売業の在庫回転率(%)
2006年と2007年
Wal-Martの在庫回転率(%)
12.00
12.00
10.00
10.00
8.00
8.00
6.00
6.00
4.00
4.00
2.00
2.00
(出所)Wal-mart Annual Report 2007,
Target Annual Report 2006, Sears
Annual Report 2006, JC Penny Annual
Report 2006 より筆者作成。
(注 1)在庫回転率=売上高÷棚卸資産額
(注 2)財務締め日がそれぞれ異なる。最
終年をウォルマートにあわせて 2007 年
としている。
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
JC Penny
2000
sears
1999
Target
1998
Wal-Mart
1997
0.00
0.00
(出所)Wal-Mart Annual Report2007 より筆者作成。
(注)在庫回転率は図 1 と同様。
情報技術を導入し、さらにそこから新たなビジネスモデルを構築したことで、ウォルマ
ートが他の小売業を追いつき追い越すこととなった。図1は、ウォルマートと他の小売業
の在庫回転率を比較したものである。最新の二年間ともウォルマートが上回っている。ま
た、ウォルマートの在庫回転率はずっと上昇しつづけているのである(図 2)。
Ⅱ-2.模倣困難性
ここでポイントとなってくる点は、なぜウォルマートにできて他社にはできないのかと
いう点である。一つの考え方として、経営資源と収益性(競争優位性)という議論がある。
この議論については、藤田誠[2004]の解釈を参考にしていく。藤田は、主にWernerfeltの議
論を中心にして解説する。この考察の出発点として、「ある資源が独占的企業によって供給
されている場合は、他の条件が一定なら、その資源利用者の収益は低下する(藤田[2004]、
p.71)」が、
「先発者優位性(first mover advantage)」による「資源ポジション障壁」がそ
5
データ・ウェアハウスについては、Westerman[2001]、ルディー[2001]を参照。
EDLPについては、鈴木[2001]、中村[2001]を参照。
7 サプライチェーンについては、Friedman[2006]を参照。
6
3
3
の企業の収益性に影響を与えるのである(ibid, p.71)。この「資源ポジション障壁 8 」とは、
「ある者が、すでに経営資源を有しているという事実が、後発的に経営資源を保有した者
の費用あるいは収益性に不利にする状態」と定義される。さらに「他社が、模倣困難な経
営資源を蓄積することで、企業の資源ポジション障壁は高ま(ibid, p.71)」り、経営資源あ
るいは組織能力の保有が、競争優位性に結びつくという論理を展開する。
ウォルマートが独占企業であるかどうかは議論の余地はある。ただ、他社を寄せ付ける
ことのない現在のウォルマートの売上高からすると、小売業における独占的な企業と見な
しても良いだろう。この論理展開をウォルマートに当てはまるとどうなるかは次の通りで
ある。ウォルマートはいわゆる老舗ではない。ウォルトンは、J.C. Penny やベン・フラン
クリンなどで小売業経営の基礎的な部分を学んだ。当時の小売業には、ウォルトンからす
ると改善の余地が多々あり、模倣困難性はほとんど存在していなかったのだろう。そのこ
とが、ウォルマートが新たに小売業に参入したことにおいて、後発的な利益を享受するこ
とができた。そして、1980 年代にウォルマートが情報技術にいち早く着目したことによっ
て、他社に先駆けてウォルマートが経営革新を行うことが可能となった。それは単なる経
営の効率化やスリム化といったことではない。それにより、様々なデータを蓄積していく
(データハウジング)。そして、その情報を公開すること(リテールリンク)によって、様々
なサプライヤーを取り込んでいき、サプライチェーンという新たな小売業販売ネットワー
クを完成させ、様々な商品を毎日低価格に抑えた EDLP 販売方式が可能となったのである。
そして、この販売方法が慣例となったことで、急速な新規店舗建設が可能となり売上高を
持続的にのばしていくことが可能になり、現在に至っていると考えることができる。
そして、ウォルマートが作り出したサプライチェーンは模倣困難性を有する。まず、他
社がウォルマートのEDLP販売方式を模倣しようにも、その企業にとっての最大の競争相手
はウォルマートになってしまう。ウォルマートに対抗するためには、ウォルマートより価
格を下げる必要がある。しかし、仕入値を下げるためには大量仕入れを行う必要があるが、
ウォルマートのように 4000 店舗近くある小売業者は他にいない。すでにウォルマートがス
ケールメリットを持っているのである。そのため、価格を引き下げることは非常に困難な
のである。EDLP販売方式に転換しようとして失敗した実例は、Kmartである 9 。Kmartは、
EDLPを導入してからわずか 1 年でSearsに吸収されてしまった。
また、他の小売業が独自のサプライチェーンを構築しようにも、ウォルマート以上のサ
プライチェーンを構築するのには時間がかかる。低仕入値を行う交渉や物流システムの再
開発などの様々部分で改善を行っていかなければならない。ウォルマートの場合は、それ
8
資源ポジション障壁と参入障壁と似ているが厳密には異なるという。前者は、特定産業に
参入した企業間の競争優位性あるいは収益性の差異を説明する概念ということに対して、
後者は潜在的参入企業が特定産業への参入を阻害する要因として想定されている(藤田
[2004]、p.71)。
9 Kmartの失敗については、鈴木[2005]を参照。
4
4
を行っている企業がなかったが、他の小売業がそれを行う場合、ウォルマートが資源ポジ
ション障壁となっているために、非常に困難が伴うのである。
以上のように、ウォルマートにできて他の小売業にできないかを抽象的に考察してみた
結果、ウォルマートが他社に先駆けて情報技術を導入したことで、先発者優位性より資源
ポジション障壁を作る結果となり、他の小売業との売上高の差が 90 年代以降広がってきた
と考えることができる。
Ⅲ.ウォルマートによる雇用への影響
Ⅱでウォルマートが他の小売店より先駆けてサプライチェーンを構築し、模倣困難性に
よってウォルマートにできて他の小売業にできなかったことを見てきた。この章では、ウ
ォルマートによる雇用への影響をみていく。ここでは、Basker[2005]と Vedder and
Cox[2006]がそれぞれどのような分析を行っているかを見ながら、問題点を出していく。
Ⅲ-1.Emek Basker-全小売産業の雇用は微増-
ウォルマートが新規出店すると、その地域のる物価や雇用情勢にどのような影響を与え
るかついてBaskerは考察を試みた。まず、これを考察するためにはデータが必要なのだが、
十分なデータがなかった。Baskerにとって、物価と雇用に与える影響を調査・分析するた
めのウォルマート全店の一覧と各店舗の出店年月日が必要だった。なぜなら、出店前後で
どのように変化したかがわかるからである。このことは、簡単に分かりそうなことである
が、彼女はウォルマートからその情報の提供を拒否される。そこで、ウォルマートの店舗
のリスト作りから始める。それは、ウォルマートのAnnual Report、チェーンストアガイド
のDirectories of Discount Store、ウォルマート編のRand McNally road atlasの三つを利用
する 10 。それぞれは統一された形式でウォルマートの出店が記載されていないのでそれぞれ
を補完しながら利用している。ここで作り上げた一覧をもとに、数学的解析を行い何年の
何月に出店するかという公式を作りあげた。もちろん、これには誤差があるがあり、彼女
自身もウォルマート出店の時間的変数と建設変数の二つには測定誤差があることを認めて
い る 。 し か し 、「 二 つ の 変 数 間 の 測 定 誤 差 が 無 相 関 で あ る こ と は 妥 当 と 考 え ら れ る
(Basker[2005], p.177,筆者訳)」と述べている。
このデータをもとに彼女は、地域の雇用に与える影響を考察している。ここで考察され
ている業種は、小売業、卸売業、外食産業、自動車の販売とサービス、製造業における雇
用についてである。小売業では、地域レベルを三つ(urban、suburban、rural)に分けて
平均した式(OLS式)と地域レベルを単に地域固定効果(county fixed effects)を利用した
式(IV式)の二つの方程式を使用している。OLS式では、ウォルマートがない地域にウォ
10
Basker[2005], p176。
5
5
ルマートが一店舗進出すると、その年に約 40 職の雇用が創出されるが、5 年以内にその半
分が除去される。つまり 5 年間で 20 職分が純増であるということになる。一方、IV式では
一店舗建設されると、約 100 職増加するが、その後の 5 年間で 40~60 職減少する。いずれ
の場合も、ウォルマートが進出することでわずかではあるが正の効果をもたらすことが分
かった。しかし、ウォルマートのannual reportによると典型的な一店舗当たりの従業員数
は 150~350 人であるので、20~60 職しか増えないということは、他の小売業が閉鎖に追い
込まれ、そこで職を失った人がウォルマートや他の小売業に吸収されたと考えるべきであ
り、またウォルマートに吸収された人達がフルタイマーからパートタイマーにされた可能
性もあると述べている 11 。そのため、ウォルマートが一店舗建設すると雇用には正の相関が
あるけれども小さいものであると結論付けている。
卸売業での雇用は、負の相関(約 20 職減)であった。そして、他の産業の雇用への影響
をみるために外食産業と自動車の販売とサービスでどのような変化があったかを計算して
いるが 12 、ここでは特に変化は見られなかった。また彼女は、製造業についてもみている。
ウォルマートが参入した地域の製造業は、10 年間で年平均 2%の雇用の減少が確認されて
いる。更に、ウォルマートが参入した近隣地域の雇用についても分析を試みているが、そ
れに関するデータが得られないことから断念している。
Basker の分析で、ウォルマートの新規店舗の一覧リストや開店時期を特定したことは大
きな業績であろう。それまでの先行研究では精密なデータがなかったため、推測や新聞・
雑誌を引用して議論されてきたが、彼女のおかげで更なるウォルマートの研究が進むと考
えられる。そして、小売業や卸売業に対する影響はしっかりと計算されており、それまで
「Job Creator か Job Killer か」という議論を前進させたことには意義がある。しかし、他
の産業における雇用の影響に関してはいくつか疑問が残る。例えば、なぜ外食産業と自動
車の販売・サービス業と製造業だけしか分析しなかったのだろうか。地域経済の雇用への
影響を考察したいのならば、構造物や道路などの建設業や運輸業などの産業についても計
算するべきであっただろう。また、ウォルマートの参入によって製造業の雇用が平均して
2%と減少していると結論づけているが、直接的に関係があるのだろうか。確かに、ウォル
マート参入により今まで取引していた小売業がなくなり、取引相手がウォルマートに変わ
ったことによって、大量注文と大幅な仕入値の値下げにより倒産のリスクが上昇するため
に、製造業の雇用主が雇用を減少させるということも考えられるし、そういった事例もあ
る。しかし、取引相手はウォルマートだけではないし、その地域以外にも取引相手はいる
はずである。更に、製造業全体で雇用は年々減少しているので、「ウォルマートが参入した
Basker[2005a],p.179。
外食産業と自動車の販売とサービスが挙げられている理由は、
「ウォルマートの参入に続
いてこれらの産業が拡大すれば、ウォルマートが参入した同地域内の他の小売業者に対し
て正の外部性を作っているという解釈ができるであろう(Basker[2005a], p.180、筆者訳)」
ということだが、なぜその二つになっているのかの根拠は不明である。
11
12
6
6
こと」自体が直接的な原因になるとは言えないだろう。こうした筆者の想定に対して、地
方の経済における製造業は地域に密着しているという反論もでてくるだろうが、更なる分
析が必要である。
それゆえ、Baskerの議論においては、小売業における雇用は正の相関、小売業における
雇用は負の相関があるといったことが大きな発見である。しかし、彼女の議論で気をつけ
なければならない点がある。それは、小売業における雇用に正の相関があったとはいえ、
彼女の主張したい点は、他の小規模小売業を削減しているので雇用に対する影響は、
“small
positive effect 13 ”であるということである。しかし、ウォルマートのウェブサイトでは、
彼女の研究結果により、雇用が増えるであろうという記事を掲載しているが 14 、これは明ら
かな誤解釈である。
Ⅲ-2.Vedder and Cox-ウォルマートは Job Killer ではない-
VedderとCoxはウォルマートによる経済への影響を研究している。彼らの結論は、ウォル
マートの存在はアメリカ経済や世界経済に対して、メリット・デメリットがあるが、総じ
てメリットが大きいということが彼らの主張である。ウォルマートがJob Killerかどうかの
議論についても章立てして議論している(Vedder and Cox[2007]の第 6 章)。ここでは、そ
れによると、「ウォルマートや他のビックストアの批判派は、これらがJob Killerであると
いう議論を行っている(ibid, p.85, ll,5~6) 15 」ということに反論している。その理由とし
て雇用数が増加しているということと失業率が上がっていないということをあげている。
まず雇用数の増加している根拠として、1998 年から 2004 年までの雇用が減るどころか、
経済全体で 4%、そして小売業で 9%伸びていること論じている(出所を記載していないが、
筆者がみた BEA のデータと同じ値であった)。そして、2000 年から 2004 年までの jobless
recovery の時でさえ、小売業では 3%の雇用増があったと述べている。更に、2001 年から
2004 年までの GDP に対する平均寄与率(図1)では、小売業が 5.5%であるのに対し、す
べての民間産業のそれの平均は 2.5%であるので、小売業の経済に対する貢献は大きいと主
張する(ibid, p.85, ll,34~35)。更に 1998 年から 2001 年までのウォルマートの雇用は 16
万職増えているのに対し、他の小売業でも 3 万職増えているため、Job Killer とは言えない
と主張する(ibid, p.87,ll,7~11)。
更にウォルマートによる雇用へのインパクトを見るために、1998 年から 2004 年までの
Basker[2005],p.181。
http://www.walmartfacts.com/articles/2306.aspxから以下を抜粋。
“Wal-Mart actually creates jobs on the whole. In another study, the University of
Missouri’s Basker found that, on average, a Wal-Mart will create a net gain of 50 jobs in
a county after five years.”と書かれているが、本論でも見てきたように Basker の研究は、
過去のデータに基づいて雇用分析を行ったのであり、未来予測をしたわけではない。
15 この批判派が誰であるのか出所は分からない。おそらく、一般的に雑誌や新聞で言われ
ていることを指しているのだと思われる。
13
14
7
7
各州の 100 万人に対するウォルマートの店舗数を計算し、各州の雇用の増加を 16 の説明変
数をいれた多角的相関分析を行っている。もし、批判派のいうことが正しければ、負の相
関になるはずだが、この統計テストの結果は、16 種類中の 5 種類だけが負の相関になり、
11 種類が正の相関となったという結果を出している 16 。つまり、批判派の主張するような
結果は出ず、むしろウォルマートがJob Creatorという結果になっていることを主張してい
る。
次に失業率に関してだが、批判派はウォルマートが拡大していくと失業率が上昇すると
いうことに関しても反論している。1974 年から 2004 年までの期間をアメリカ経済におけ
るウォルマートの影響の大きさでみて小(国内産出高の 1000 ドルに占めるウォルマートの
産出高が 2 ドル未満:1974~83 年)、中(同 2 ドル以上 10 ドル未満:1984~94 年)、大(同
10 ドル以上:1995~2004 年)の 3 つに分け、それぞれの中央値でみた失業率を計算して
いる(図2)
。その結果は、ウォルマートがアメリカ経済において比重が増えれば増えるほ
ど、中央値でみた失業率が下がるという結果をだしている。その解説理由として、ウォル
マートのような巨大な値引き店が増加すると、劇的にインフレ率を下がりそして個人イン
フレ期待を押し下げるため給与・賃金が低下する。給与と賃金が下がれば、労働市場の需
要と供給に影響を与え、その結果、失業率が下がると述べている。
図1
図2
中央値でみたアメリカの失業率と
ウォルマートの影響力
平均年産出高成長率
6.0%
5.5%
9.0%
5.0%
8.0%
7.8%
6.8%
7.0%
4.0%
5.4%
6.0%
3.0%
2.5%
5.0%
2.6%
4.0%
3.0%
2.0%
1.2%
2.0%
1.0%
1.0%
0.0%
0.0%
小売業
民間産業全体
全産業
小
政府
出所)Vedder and Cox[2007]、 p.86。
中
大
出所)ibid, p.89。
注)横軸はアメリカ経済におけるウォルマートの影
響力の大きさを三つに分けた時期。失業率は、その
時期の中央値でみた失業率を年平均にしたもの。
また、ウォルマートの存在と失業率低下との相関関係をみるために、1974 年から 2004
Vedder and Cox[2007], pp.87-8。このような相関分析を行ったとしているが、16 計測テ
ストの具体的な内容とその分析結果は記載されていない。また、どの雇用か(例:小売業
のそれか、その他の産業のそれか、ウォルマートに関係する産業か)を記載していないた
め、この主張には根拠がないように思われる。
16
8
8
年までの雇用機会、労働コスト、そして景気循環などの 17 種類 17 を説明変数とした分析結
果をだしている。それによると、17 種類全部でウォルマートが存在することによることで、
雇用機会が生まれるという結果になっている。それゆえ、ウォルマートが雇用機会を減少
させているという議論を行っている批判派は間違っているということを主張している。
更に、ウォルマートが海外特に中国から輸入を増やしていることから、海外製品を輸入
することは国内の雇用を犠牲にするのではないかという議論に対しても反論している。そ
の理由として、スティグリッツのマクロ経済学 18 やマンキューの国際貿易に関する見解を引
用して説明する。また、輸入増加と平均失業率との関係についてもデータをだしている。
それによると、1980 年代、すなわちウォルマートがそれほど大きくなく中国からの輸入も
多くなかった時代と 1994 年から 2004 年の時代、すなわちウォルマートが巨大になり中国
からの輸入が多くなった時代との平均失業率の違いを分析し、その結果として、平均失業
率は後者が低いので、ウォルマートが牽引する輸入増大による失業率低下はないと主張す
る。
図3
輸入と失業率:
1970-1980年vs1994-2004年
16.0%
13.4%
14.0%
12.0%
10.0%
8.0%
7.8%
6.3%
5.2%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
1970-1980年
輸入(GDP比)
1994-2004年
失業率
(出所)ibid, p.154。
ここまで、Vedder と Cox の議論をみてきた。新聞・雑誌などで言われている「ウォルマ
ートは Job Killer か Job Creator か」という問い立てに対し、「Job Killer ではなく、むし
ろ Job Creator である」という主張を出し、批判派(おそらく UFCW 等の労働組合)に対
して真っ向から対決しようとしている。しかし、雇用増加や失業率低下はマクロデータを
使っており、それらの増減がウォルマートの影響だけによるものかどうかという疑問が残
Vedder and Cox[2007], pp.89-91。雇用の増加の時とは違い、いくつかの分析結果を記述
しているが、すべての分析結果をだしているわけではない。
18 スティグリッツはマクロ経済学では確かにそのような見解をだしている。しかし、ウォ
ルマートに対しては批判的な立場をとっている。なぜなら、これまでの経済学(アダム・
スミス)は、ウォルマートのような巨大な企業を想定していないからとしている。
Stiglitz[2006]を参照。
17
9
9
る。また、相関分析を行った結果だけを出してウォルマートによる正の成果を主張してい
るが、その分析過程を詳細にだしていないため、やや信憑性にかけるものがある。
分析結果の他にも、ウォルマートの影響力と雇用や失業率との関係も直接結びつけすぎ
である。図3や図4では、アメリカの失業率全体のある期間を区切って、平均をだしたも
のではあるが、失業率の低下していることは分かるが、本当にウォルマートだけの影響で
このような結果がでたかどうかわからない。
Ⅲ-3.ウォルマートの影響力による雇用の増減
ここまで、VedderとCoxやBaskerの議論をみてきた。小売業の雇用については、主張の
仕方は異なるが、増加してきたという点に関しては一致している。しかし、他の産業の雇
用はどうなっているのだろうか。まず、アメリカの製造業に関してだが、東南アジアや南
アメリカからの工業製品の輸入は増加傾向である。特に中国から輸入が増えていることは
周知のことであろう。Fishman[2006]によると、2004 年にはウォルマートとウォルマート
に関連するサプライヤーが中国から輸入している製品は卸売価格の合計で、180 億ドルであ
り、アメリカ全体で輸入する額の約 10%に達しているという 19 。この状況で、アメリカの
製造業による失業率上昇圧力がかからないわけではない。アメリカ労働省(BLS)のデー
タをみると、1980 年代初頭から製造業の労働者数は徐々に減少している 20 。特に 2000 年
以降、すなわちウォルマートが中国からの輸入を増大させてきた頃から耐久財、非耐久消
費財の両方が減少している 21(図4)。しかし、Vedder and Coxの議論では、中国から輸入
が増えた時期においても失業率が低下しているというデータをだしている。では、どこで
雇用は増加しているのか。Vedder and Coxはウォルマートが雇用を増大させていると主張
するが、Baskerの議論では、小売業の雇用は微増でありまた卸売業では雇用は減少してい
た。
再び BLS のデータをみると、製造業とは対照的にサービス産業において雇用が伸びてき
ている(図 5)。失業率が上昇していないこと(図 2、図 3)と図 4、図 5 から推測できるこ
とは、製造業で雇用減少した分をサービス産業が吸収したということである。そして、
Vedder と Cox が主張するような雇用増加があるとすれば、それは小売業に関連するものが
増加してくるであろう。図 6 は、1980 年代以降の労働者が増えてきている四つの産業を表
Fishman[2007]、訳、p.153。これによると、ウォルマートとその関連業者が中国から輸
入している卸売価格の額は、1997 年には 60 億ドル、2002 年に 120 億ドルそして 04 年が
本文中にある通りである。
20 製造業のレイオフされた労働者数の増減に関しては、BLSのデータによるとほぼ経済成
長率の変動と同様の動きをしている。
21 製造業の労働者数が減少している時期とウォルマートとによる中国からの輸入が増大し
ている時期が一致しているが、もちろんこれはウォルマートだけの要因ではないであろう。
ウォルマートだけでなく他の小売業や卸売業も当然輸入しているであろうし、中国と競合
していない製造業も様々な要因で労働者を減少させる要因があるはずだ。ウォルマートに
よる製造業への影響への分析が必要となってくる。
19
10
10
している。
図4
製造業の労働者数(千人)
20000
18000
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
製造業全体
耐久消費財産業
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
0
非耐久消費財産業
出所)Bureau of Labor Statistics。
注)BLS では月毎のデータをだしているが、ここでは年平均にしている。
小売業に関連する産業といえば、輸送・倉庫業である。1980 年に約 300 万人であったが、
85 年から伸び出し 2006 年には 80 年の約 50%増の 450 万人となっている。ウォルマート
は 80 年代後半以降、自社ネットワークの構築やPOSシステムを導入するなどして、店舗や
その売上高を伸ばしていた。店舗が増えた分だけ、輸送・倉庫業に直接的にも間接的にも
関係してくるであろう。ただ、ここでもウォルマートだけの影響力だけでは説明できない。
情報技術の発展が伴い、アマゾンドットコムやeBayなどのインターネット新興産業が現れ
たことや、運輸業のUPSなどの新たな輸送経営戦略 22 によってその雇用が増加したことが考
えられる。そのため、ウォルマートがこの輸送・倉庫業に雇用増加にどれだけ貢献したか
は未知数である。
輸送・運輸業の雇用が伸びているとはいえ、規模で他の産業と比較すると小さなものであ
る(図 6)。教育・ヘルスサービスでは、1980 年の約 700 万人であったが、2006 年には約
1700 万人と労働者数の伸び率は約 140%増である。また、娯楽関係は同約 95%増、金融業
では同約 66%と輸送・倉庫業よりも伸び率が高い。これらの産業は、おそらくウォルマー
トの影響力によって雇用を拡大しているとは考えにくい。ウォルマートとは直接的に関係
のないところで、雇用増加があるということになる。つまり、Vedder と Cox が主張するよ
うに、ウォルマートが市場における影響力が大きくなっても失業率が下がっているという
議論については考え直さなければならないであろう。
22
UPSの新たな経営戦略についてはFriedman[2005]の第二章を参照。
11
11
図5
サービス産業全体の労働者数の変動(千人)
120000
100000
80000
60000
40000
20000
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
0
出所)図4と同じ(脚注も同様)。
ここまでの考察から次のようなことが考えられる。ウォルマートが拡大するにつれて、
中国をはじめとする海外からの製品を多く輸入することになり、アメリカ国内の製造業は、
規模を縮小するか廃業するようになる。この時点では、ウォルマートは「Job Killer」であ
る可能性が高い。しかし、Vedder と Cox が算出した平均失業率があがらなかったのは、ウ
ォルマートの影響力よりもむしろウォルマートから直接的に影響を受けない産業での雇用
の増加があったために、失業率には反映されなかったのではないだろうか。もし、このよ
うな推測通りであるならば、アメリカ経済においては生産性の高い産業で雇用が減少し、
生産性の低いサービス産業で雇用が増大している。このため、ウォルマートの影響力が増
大するにつれて、アメリカ経済が弱体化していく方向へ進んでいる可能性がある。ただし、
グローバルな視点では、製造業の輸出を行うことで海外の発展途上国の経済成長を促進し
ている可能性もあるのである。
Ⅳ.ウォルマートとサプライヤーとの関係
ウォルトンの自伝によると、ウォルマートとサプライヤーとは win-win 関係であること
を強調している。この章では、本当にウォルトンのいうようにサプライヤーも経営の効率
化を行ったり、新たな市場を開いたりすることが可能となったかどうかを分析している論
者の研究について概観していく。
Ⅳ-1.Bloom and Perry-サプライヤーへの影響は分からない-
Bloom と Perry は、ウォルマートによるサプライヤーの財務への影響を考察している。
問題意識は、ウォルマートを取引相手とすることはサプライヤーにとって yes か no かとい
うことである。過去の先行研究では、食品専門のサプライヤーに焦点を当てているが、彼
12
12
らは非食品専門店も含めたものを研究対象としている。
図6
労働者数が伸びてきている産業(千人)
45000
40000
35000
30000
25000
20000
15000
10000
5000
教育・健康サービス
娯楽関係
金融業
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
0
輸送・倉庫業
出所)図4と同じ(脚注も同様)。
まず、彼らの仮説は、「ウォルマートの巨大な影響力を持っているので、それほど強くな
い製造業(サプライヤー)の譲歩を引き出すであろう。しかし、ウォルマートを取引相手
と組むことで、勢いが出てきたりマーケティング戦略を改善したりすることで、多くの製
造業の財務を改善するかもしれない」というものである。彼らは多くのサプライヤーの財
務のデータ(1988~94 年)を使って、ウォルマートと取引のあるサプライヤーと取引のない
それとを比較したり、それらの財務状況がどのように変化したかを計算したりしている。
結論は、あるサプライヤーが市場におけるシェア率が低い場合、そのサプライヤーの財
務は改善しないが、市場におけるシェア率の高いサプライヤーであれば、その財務がよく
なるということである。また、ウォルマートと取引のあるサプライヤーの財務は、ウォル
マートと取引をする前と比較すると悪くなるという。しかし、だからといってウォルマー
トと取引をすることは必ずしも悪いとは限らないとしている。ウォルマートに対して譲歩
をするかわりに、そのサプライヤーは市場を広げる可能性があるということである。つま
り、ウォルマートと取引することは、いいか悪いかということは単純には言えないとして
いる。
この議論で考えられることは、市場のシェア率の高いサプライヤーの方がウォルマート
と組むことは有利ということである。これは、ウォルマートが仕入れを行う時、大量の製
品を仕入れ、仕入値を抑えているということが影響しているのだろう。シェア率の高いサ
プライヤーであれば、一概にはいえないが、おそらく莫大な設備投資を行う必要がないの
であろう。ウォルマートと取引するサプライヤーの手元にある設備の稼働率を上昇させる
ことによって、大量の製品を生産することがある程度可能であろう。ところが、小さいサ
プライヤーであれば、ウォルマートと取引を始めるにあたって、大量の製品を生産するた
13
13
めには、稼働率をあげるだけでは追いつくことが困難である。そのため、大規模な設備投
資を行う必要がある。しかし、ウォルマートの販売状況が公開され、需要予測が可能で生
産計画が立てやすいとはいえ、仕入値は低く抑えられるため利潤率は小さいのである。設
備投資の分を取り返すだけでも、相当の時間がかかることが予想される。おそらくこうい
ったことから、Bloom らの結論がでてくるのではないだろうか。財務だけではなく、ウォ
ルマートと取引を行っているサプライヤーの設備投資や設備稼働率の状況も検討しなけれ
ばならない課題になる
また、Bloom の論文の付録に、1994 年の売上高で見たウォルマート取引のあるサプライ
ヤーの上位 25 社と取引のないそれの上位 25 社がでている(ibid, pp.393-94)。これを比較
すると、取引のないサプライヤーは取引のあるサプライヤーよりも売上高は高くなってい
る。これだけで、Bloom らが主張するようにこれだけで、ウォルマートと取引をするとい
うのは危険と判断するのはできないが、Fishman[2005]は、ウォルマートと大きな取引を
行っていたサプライヤーのその後を調べている。それによると、「その上位 10 社のうち 4
社はその後倒産し、もう一社は大きく業績が悪化して株式を非上場にしている
(Fishman[2005]、訳、pp.236-37)」という。つまり、94 年にウォルマートとの取引の多
かったトップテンサプライヤーのうちの 50%が、経営悪化となっていることになる。この
ことは、強まる国際競争圧力や他の要因もあるので、単純にウォルマートと取引をしてい
るからというだけではないだろう。しかし、ウォルマートでの販売状況を公開しているこ
とで、需要予測が行いやすく生産計画が立てやすくなったというウォルトンの主張が本当
ならば、半分のトップテンサプライヤーの経営業績が悪化しないであろう。
Bloom らの研究調査対象の企業のデータは、1988 年から 94 年までのものであった。こ
の当時は、急激に売上高を伸ばしていたが、その規模は現在と比べてかなり低いものであ
る。94 年以降のウォルマートの影響を分析した研究はまだなされていないので、現在の売
上高が世界最高のウォルマートによるサプライヤーへの影響はわからない。この点につい
ては、更なる調査が必要となってくる。
Ⅴ.おわりに
ウォルマートは他の小売業に先駆けて情報技術を導入し、サプライチェーンを構築した。
そのサプライチェーンは、価格競争を行う上では、他の小売業が追随できないほどのもの
で模倣困難性がある。そして、そのためにウォルマートは他の小売業に追いつかれるどこ
ろか、突き放すように売上高を伸ばしている。しかし、こまで巨大になったウォルマート
の影響力を分析する先行研究はあるものの、それは明らかになっていない。本稿でも見て
きたように、雇用の面でも、小売業全体の雇用は若干増加しているのは確認できるが、他
の産業への影響ということは、まだ分かっていない。Basker と Vedder らは、主張は異な
るが、小売業の雇用が増加しているという点では同じ分析結果がでている。しかし、Basker
は、他の産業への影響という点については、本当にウォルマートによる影響かどうかはわ
14
14
からない。また、Vedder らのウォルマートの存在が他の産業の雇用を減少させないという
議論には、疑問符を付けなければならい。彼らの分析では、ウォルマートの影響によるも
のかどうかが分からないからである。Bloom らは、ウォルマートを取引相手とするサプラ
イヤーへの影響を分析したが、まだはっきりと分かっているわけではない。市場でのシェ
ア率が高い企業がウォルマートのサプライヤーとなることで、更に財務状況を良くする可
能性もあるが、そうでない企業もあり、真相はまだ明らかになっていない。また、1988 年
から 94 年のデータを使っており、94 年以降の、特に 2000 年以降のウォルマートの影響は
未だに解明されていない。ただ、これには膨大な調査と分析作業を必要とされるものであ
るので、徐々に解明していかれることが望まれる。
今後の課題は、本稿ででてきた問題である。第一に、今回はウォルマートの強さについ
て模倣困難性という論理を使って考察してみたが、実証的に他の小売業と比較してどのよ
うな優位性があるのかをみていきたい。第二に、ウォルマートへの雇用への影響、特に小
売業と関連する産業の雇用がどうなっているのかを考察していく。そして、ウォルマート
によるサプライヤーの影響については、財務だけではなく、その企業あるいは産業の設備
投資の動向やその稼働率がどのように変化しているかを分析していきたい。
15
15
参考文献
鐘井輝[2002]『流通業業態化への運動法則』評言社。
鈴木敏仁[2003]『ウォルマートの流通革命』商業界。
中村博[2004]「小売業の Hi-Lo 政策と EDLP 政策の比較」
『流通情報』第 327 号、13-20 頁。
藤田誠[2004]「経営資源と競争優位性-Resource Based View 小史」『早稲田商学』第 400
号、61-89 頁。
ルディー和子[2001]『IT 顧客戦略まるわかり』あさ出版。
Basker, Emek[2005] “Job Creation or Destruction? Labor Market Effect of Wal-Mart
Expansion” Review of Economics and Statistics: vol.87, iss1, pp.174-83.
Bloom, Paul N and Vanessa G. Perry[2001] “Retailer power and supplier welfare: The
case of Wal-Mart” Journal of Retailing, pp.379-396
Charles Fishman[2006] The Wal-Mart Effect: How the World's Most Powerful Company
Really Works-and How It's Transforming the American Economy, Penguin USA.(中野
雅司監修、三木本亮訳[2007]『ウォルマートに呑みこまれる世界』ダイヤモンド社。)
Friedman, Thomas L [2007] The World Is Flat [Updated and Expanded]: A Brief History
of the Twenty-first Century, Farrar Straus & Giroux. ( 伏見威蕃訳[2006]『フラット化
する世界(上)(下)』日本経済新聞社。
Stiglitz, Joseph E [2006] Making Globalization Work, W W Norton & Co Inc. (楡井浩一
訳[2006]『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』徳間書店。)
Vedder, Richard and Wendell Cox [2007] The Wal-Mart Revolution: How Big Box Stores
Benefit Consumers, Workers, And the Economy, Aei Pr.
Westerman, Paul [2001] Data Warehousing: Using the Wal-Mart Model, San Francisco,
Morgan Kaufman Publishers. (日本 NCR 株式会社監修、須藤晶子・平田真理訳[2003]
『ウォルマートに学ぶデータ・ウェアハウジング』翔泳社。)
Walton, Sam [1992] Made in America My Story, New York, Broadway Books. (渥美俊
一・桜井多恵子監訳[2002]『私のウォルマート商法』講談社。)
参考ウェブサイト
Fortune 500:http://money.cnn.com/magazines/fortune/fortune500/
JC Penny:http://www.jcpenney.com/jcp/default.aspx
Sears:http://www.sears.com/shc/s/home_10153_12605
Target:http://www.target.com/
Wal-mart:http://www.walmart.com, http://www.walmartfacts.com
16
16
制度の構造について―人間本性からの考察―
新井田智幸 1
<目次>
序
Ⅰ
制度をめぐる多様な議論
1
ヴェブレン
2
コモンズ
3
ハイエク
4
サイモン
5
ホジソン
Ⅱ
制度の構造
1
組織とルール
2
ルールの三側面
① 情報の認識の枠組み
② 規範の枠組み
③ 基準の枠組み
Ⅲ
制度を生み出す人間本性
1
認識能力の限界
2
自由意志
3
感情
Ⅳ
人間本性と制度の構造
1
情報の認識の枠組み
2
規範の枠組み
3
基準の枠組み
まとめと今後の課題
<参考文献>
1
東京大学大学院経済学研究科博士課程経済理論専攻
17
序
新古典派経済学は、その欠陥を指摘され続けながら、現在もなおゆるぎない主流派の地
位にあるといってよい。もちろん様々な批判に対抗するための修正はなされ続けているが、
それは根本にある経済社会の見方は変えるものではない。現実の社会は確かに複雑だが、
それを取り払った後の経済に働く原理は単純なものであり、いくつかの公理によって語り
つくせるというのがその見方である。この単純な原理は人間の単純な捉え方から生まれて
いることは言うまでもない。人間は合理的であり、利己的であるとされる。そしてそのよ
うな個人の集積が全体としての経済社会であるとされるのである。この原理的な仮定は新
古典派の最大の弱点だと思われるが、この点の批判は数多くありながら、異なった理論体
系が新古典派に取って代わることは未だ起こりそうにない。
制度派経済学は新古典派の前提とする根本的な原理に批判を加え続けてきた一群の理論
である。この歴史はすでに十分長いものがあり、数ある批判の多くは影響力を持つものだ
った。しかし、そのような批判は未だに新古典派を揺るがすほどの効果を示していない。
この理由は個別の理論の説得力によるものではなく、制度派経済学全体としての理論的な
まとまりのなさにあると言わなければならない。そもそも制度派経済学は互いに連携のと
れた理論体系ができているわけではなく、それぞれが新古典派の見落としている制度に着
目して、特定の視角から理論を作り上げていたにすぎない。共通の土台がない以上、新古
典派批判も体系的なものにならず、理論体系としての代替案を提示するにも至らないので
ある。
このような制度派の弱点に対してなすべきことは数ある制度論を整理して一貫した体系
を構築することである。個別の理論が体系の中に位置づけられればその批判は単独の理論
として以上の力を持つことができる。これができて初めて制度派経済学は経済理論の一角
として重要な位置を占められるだろう。
本稿はこのような試みを図るものである。ただ、単に多数の制度論を集めて中和するだ
けでは体系と呼べる理論は生まれない。そこで、漠然と使われていた制度という言葉のさ
す内容を整理し、それが多側面を持つことをまず示したい。そうすることで、さまざまな
制度論が全体構造の一部として位置づけられることとなるだろう。また、そのような制度
の多側面が生まれる原因となる人間本性についても考察する。こうして、制度の構造が人
間本性を土台として、整理され体系化できると考える。それでは、制度の構造を見る前に、
体系の部分を構築する制度派のこれまでの理論について見ることから始めたい。
Ⅰ
制度をめぐる議論の多様性
制度派経済学は、起源をたどれば、19世紀末のヴェブレンに、もしくは、ドイツ歴史
学派にさかのぼることができ 2 、そこから勢力としては小規模ながら、脈々とその立場を継
2
「制度派経済学」という名称は、ドーフマンによれば、ハミルトンによって初めて用いら
れた。ハミルトンは当初はホクシーを指してそう呼んだが、後にヴェブレンをその代表者
18
がれて現代に至っていると言えよう。もっとも、そこで受け継がれてきたものは狭い意味
での理論ではなく、経済学に取り組むにあたっての精神的態度とでもいうものに止まって
いることは述べられなくてはならない。現在、制度派経済学と位置づけられる理論は数あ
るが、それは著しい多様性を持っており、共通部分は見えにくいのが実際のところであろ
う。
制度派経済学の理論家がすべて賛同するであろうその共通点は、経済社会の内にある「制
度」の存在を重視し、それを内生的に理論に取り入れていることである。また、制度の生
成や変化、進化といった動態的な面に注目しようとする点も共通しているといえるだろう。
これは主流派の新古典派経済学が制度を外生的なものとしてしか取り扱わなかったこと、
また、均衡を結論とする理論によって、基本的に静態的な記述しか行えていないことに対
する批判となっており、そのような精神的一致点によって制度派経済学は一つのまとまり
を得られているというのが実情だろう。
このような広く抽象的な一致点に対して、それぞれの経済理論の具体的な内容はそれぞ
れ大きく異なっている。社会の何に特に注目するか、制度の定義、性質とはどのようなも
のか、理論の前提や方法論はどのようなものか、理論のインプリケーションは何かといっ
たものを対照すると、それぞれの理論は一つとして重ならないばかりか、場合によっては
真っ向から対立することもある。このような多様に過ぎる分かれ方をしている点は制度派
経済学の弱点と言わざるを得ないだろう。
特に、制度派と名のつく流派のうち、新制度派経済学と旧制度派の流れには決定的な対
立があると言える。新制度派の中にも多様性はあるとはいえ、概ねこちらでは制度を考察
するにあたって方法論的個人主義の立場をとり、合理的な個人を前提としている。確かに
組織や情報、取引の費用など、新古典派にはなかったものを扱っているとはいえ、方法論
的に大きな違いはない。このため、新制度派経済学に関しては、制度派の流れに位置づく
というよりは、新古典派の亜流として制度を取り込もうとする流れと捉えるべきと考える。
したがって、本稿では、制度派経済学として、これらの理論を含まず、新古典派、新制度
派の立場とは異なる方法論と前提をもっているという点で共通しているものをそう呼ぶこ
とにしたい。
このように限定を図った上で、具体的に制度派経済学の理論がどのようなものかを見て
いこう。以下では、制度派の初期の理論家であるヴェブレン、コモンズ、制度派とは通常
は呼ばれないが、オーストリア学派のハイエクと、経営学から制度的な理論を作ったサイ
モン、そしてヴェブレンらを受け継ぎ現代制度派を称しているホジソンの理論について順
に見ていきたい。
とみなした。一般的にはこのようにヴェブレンが制度派の始祖とされるが、シャバンスの
ようにシュモラーなどドイツ歴史学派もその元祖として加える解釈もある。(Chavance
[2007])
19
1
ヴェブレン
ヴェブレン(Thorstein B. Veblen 1857-1929)は制度派の始祖として知られており、同
時代に勢力を増していた新古典派に対して方法論的批判を行い、文化人類学や心理学を踏
まえた制度の理論を提唱した。ヴェブレンの業績は多岐にわたるものの、制度の理論とし
ての主だった主張は『有閑階級論』、『製作本能論』及びいくつかの論文に集約されている
と思われる。
ヴェブレンはこれらの著作で制度を論じる際に、人間本性としての本能や知性に言及し
て展開する。人間は何種類かの本能を持っており、それによって目的を与えられる。例え
ば、「親性性向」によって子孫や同胞への利他的な配慮が目的となり、「製作本能」によっ
て有用な活動や効率性の追求が目的となるなどである。しかし、本能はそれだけでは目的
を示すのみであって、それを達成する手段や方法を示さない。そこで、手段や方法を考案
するのが知性である。ただし、知性が常に手段や方法を完全に構築するわけではない。目
的達成の行動が繰り返されるにつれて、同じ目的に対しては同じ手段や方法が固定化して
いくようになる。このような習慣がヴェブレンのいう制度である。制度は知性による作業
を節約し、不確実性を減少させ、それによって本能の示す目的は円滑に達成可能となる。
ヴェブレンはこのように制度が生まれる原因として、個人に備わる本能に特に注目する。
しかし、このことは制度が個人的なものだという意味ではない。知的作業の節約は社会的
にもなされる。こうしてできる社会的な習慣は、他人もその習慣に従うことが期待される
ことによって、社会的な不確実性をも減少させる。制度が有効なのは当然ながらこのよう
な社会的な場面が主であって、その点に強調点があることは明らかである。要約すれば、
ヴェブレンの制度概念は本能の示す目的を達成するための手段、方法が繰り返されること
によって固定的になった社会的な思考習慣ということになる。 3
制度のこの定義には、特定の制度が必然的で普遍的なのではないとの含意があることは
重要である。制度は偶然が重なって一定の形に固着することで機能するが、それは最適な
ものであるとは限らないし、うまく機能し続けるわけでもない。制度は環境の変化によっ
ていつかは不適合になり、やがて変化を余儀なくされる。そしてどのように変化するのか
も、合理的に、または目的論的に決まるものではない。この無目的論的な進化という概念
は、合理主義の経済学に対する批判の大きな一面をなしていると言えるだろう 4 。
3
ヴェブレンは『有閑階級論』では次のように制度について言及している。「制度とは、実
質的に言えば、個人や社会の特定の関係や特定の機能に関する広く行きわたった思考習慣
なのである。
」
(Veblen[1899]p.190,訳 214 頁)また、
『製作本能論』では次のように述べる。
「ある所与の文化状況の下で生活の本能的な目的が達成される様式、方法は、かなり緊密
にこれらの思考習慣の諸要素によって規制されてい」(Veblen[1914]p.7,訳 7 頁)る。ここ
では制度という直接の表現はないものの、本能との関係で論じられた思考習慣とは制度の
ことに他ならない。
4 このことはヴェブレンがダーウィン主義に基づく自らの経済学を進化論的経済学と呼ん
で正しい科学の方法論だと主張し、物理学のメタファーによって構築されていたそれまで
20
この理論によってヴェブレンが特に示そうとしたのは、有閑階級の行動様式や、文明史
的な流れにおいての生産者、技術者の地位などについてである。これは制度のインフォー
マルな部分に対する分析であって、法や統治機構などのフォーマルな部分にはほとんど言
及しないのが特徴となっている。
2
コモンズ
次にヴェブレンと並んで初期の制度派経済学の代表的人物であるコモンズ(John R.
Commons 1862-1945)の制度論に移る。コモンズはヴェブレンからの影響も受けながらも、
ヴェブレンとは違った視点で理論を展開した。
コモンズは制度をゴーイングコンサーン、すなわち組織であり、組織内でのルールであ
るとした 5 。ここで行われることは集合活動による個人行動の制御、解放、拡張である。資
源や財に希少性がある以上、野放しの個人行動は他人との紛争を引き起こさずにはおかな
い。この摩擦を組織による集合活動によって緩和することで、個人の自由も拡大すること
ができる。制度は、そのような希少性の前提の上で、それを乗り越える手段として存在す
るとされる。このような組織としてコモンズは株式会社、労働組合、政党、さらに国家を
資本主義体制での代表的なものとしてあげている。
これらの組織はそれぞれ内外で「売買取引」「管理取引」「割当取引」という取引を介し
てつながっている。「売買取引」とは法的に対等な組織の間で、所有権の移転についてなさ
れる交渉であり、株式会社同士や株式会社と労働組合との間でなされる。「管理取引」とは
法的な支配従属関係の下、指揮命令に従って生産活動がなされる取引であり、株式会社内
での雇用主と労働者の関係のことである。「割当取引」とは法的な支配従属関係の下、予算
や利益などが割り当てられる取引であり、いわゆる統治にあたる。株式会社内での取締役
会と各部署の関係や、国家とあらゆる組織との関係はこの取引でつながっている。このよ
うに、大小さまざまな組織は、内外の組織と多重の取引によってつながっており、そこに
は法的な上下関係や経済的な力関係など、様々な関係がある。
取引に際しては何らかの交渉が行われるわけであるが、その決着がどのようにつくかは、
単純に法的な地位や経済力だけが問題となるのではない。コモンズはここでの行動の選択
において、実行、回避、自制というものがあると述べる。実行と回避は、数ある選択肢の
中から一つを選択して実行し、その他は選択されずに回避されるということであるが、選
ばれた一つの選択肢を実行する際には、自制というもう一段階の判断が加わる。これは、
どの程度の力を使って実行するかという判断である。この判断に関わるのが「道理」
の経済学の批判を行ったことに端的に表れている。(Veblen[1898])
コモンズは制度が組織であるのか組織内のルールであるのかといった点については厳密
な区別を行っていない。制度について直接言及した箇所には次のようなものがある。「制度
は個人活動の制御、解放、拡張における集合活動である。」
(Commons[1951] p.21)
「『制度』
とは、実のところ、『ゴーイングコンサーン』である。」(Commons[1951] p.34)
5
21
(reasonableness)である。道理は時代によって変わるものではあるが、その時代の道理
に適っていればその行動は正当だとされるのであり、これが自制の基準となる。
コモンズの制度論はこのように組織の取引が中心になっており、その調整を最終的に図
るのが道理となっている。そして、コモンズが実証的に特に注視したのは道理が顕在化し
た法、特に憲法であり、最高裁判所の判例であった。このことから、コモンズは制度のフ
ォーマルな部分に重点をおいた理論を作っており、この点でヴェブレンとはまったく異な
っていると言える。また、理論の前提として人間の本能にはふれず、希少性などを扱って
いる点でも違いは明白である。制度の進化という点でもコモンズは自らヴェブレンと対比
して自説は人為的選択による進化であると述べている 6 。ただ、この点については違いがそ
れほど鋭くないように思われる。というのも、コモンズがここで人為的としている制度変
化は、コモンズが見てきた判例や立法行為を指しているのであり、確かにその現場におい
ては人為的な行為には違いないが、その変化を促した環境の変化を原因と見た場合にはヴ
ェブレンの意味する構図と変わらない現象に思えるからである。コモンズが扱っている法
体系はコモンローの体系であり、絶対的な法から演繹されたものとは違って、現実に即し
て適合を図り続けるものである。したがって、制度の進化論においては、ヴェブレンとの
共通点がむしろ見られるといってよいだろう。
3
ハイエク
通常は制度派経済学の流派とは呼ばれないものの、オーストリア学派と制度派との間に
は、一面で理論的態度に共通点が見られる。それは歴史学派と論争を繰り広げていたメン
ガー(Carl Menger 1840-1921)の中に既にあった。メンガーは貨幣や国家などの社会的な
装置がいかにできるかについて、有機的起源という説明をする。これは合意による意志的
な起源ではなく、それぞれの個人による活動が自生的に秩序だったものだということであ
る。このような誰の意図でもないことの結果が有用な社会装置となりうることをメンガー
は示した。
この考え方を受け継ぎ、より発展させたのはハイエク(Friedrich A. Hayek 1899-1992)
である。ハイエクは秩序とルールについて多くの著作を残したが、ここで使われているの
が設計された秩序(タクシス)と自生的秩序(コスモス)の対比である。前者は設計者に
よって作られたルール(テシス)を持ち、後者は自生的なルール(ノモス)を持つ。これ
らの秩序は社会の中に交雑しているが、複雑で大規模な秩序は自生的秩序でなければうま
くいかないとされる。この論拠は、大規模な秩序やルールの設計のために必要とされる膨
大な知識や合理性が人間に備わっていないということにある。知識は分散しており、それ
6
コモンズは制度の存続に関わる人間の意志をもって、人為的選択が制度の進化をもたらす
と解釈する。
「ダーウィンには多様性の間の二つの「選択」があった。自然選択と人為選択
である。私たちのものは人為選択の理論である。ヴェブレンのものは自然選択である。」
(Commons[1934] p.657)
22
をいちばん効果的に使えるのは、知識の所有者が自身で最善と思う決定をすることである。
それが可能な社会こそが最も繁栄できるのである。
ハイエクの制度概念にあたるものは以上の二種類の秩序とルールであるが、明らかに重
点は自生的秩序におかれている。これは言語や成文化以前のコモンローを含み、制度のイ
ンフォーマルな部分に注目していると見てよいだろう。設計者を持たず、どのように変化
していくかも分からない制度という点ではヴェブレンやコモンズと共通点はあると言える。
しかし、一方で方法論的個人主義を突き詰め、制度を個人からのみ論じる方法は、正反対
である。さらに、理論のインプリケーションとして、徹底的な自由主義を訴えるハイエク
の議論は、資本主義の廃棄を訴えるヴェブレンはおろか、集合活動の制御によって資本主
義の改良を図ろうとするコモンズともまったく相容れない。この点からオーストリア学派
が制度派と呼ばれることがなかったのはうなずけるが、個人の合理性や知識の限界といっ
た点への言及は、新古典派に対する前提の批判として有効であり、制度派にとっても有用
な議論であることは間違いない。
4
サイモン
またも通常は制度派経済学者と呼ばれない人物であるが、サイモン(Herbert A. Simon
1916-2001)は経営学を通じて人間本性や組織を扱った制度論に通じる理論を展開した。サ
イモンは実際の組織の研究において、新古典派の選択の合理性に関する理論では説明でき
ない現象を観察し、新古典派とは違う組織論の必要性を感じたのである 7 。
サイモンがその後作り上げた理論は認知科学によって示された人間本性を出発点として
いる。人間は記憶と情報処理の能力に特徴的な制約を持っている。人間の記憶構造は長期
記憶と短期記憶に分かれており、情報処理を行う際には外部または長期記憶から情報を取
り入れ、短期記憶に乗せた上で処理が行われる。長期記憶の容量は無限に大きいが、それ
を定着させるのには時間がかかるため、通常行われる外部刺激の短時間での情報処理には
使われない。これに対し、通常の情報処理でより重要な役割を果たす短期記憶は5~9チ
ャンク 8 という限界があるという。また、情報処理は並列して行えず、別の作業に係りなが
らだとその限界は2チャンクにまで落ちるという 9 。このように情報処理には短期記憶の容
量と直列的な処理しか行えないという大きな制約がある。これより、新古典派的な合理的
7
サイモンの問題意識のきっかけとなったのはミルウォーキーの公共リクリエーション施
設に関わる行政組織の研究だった。この研究では、新古典派的な経済理論では最も効率的
であるはずの分業と官僚制が、部署ごとの目的の相違や連携の不足などで、まったく効率
的に機能しないことが示された。
8 1チャンクとは一つの意味のまとまりのことで、記号1文字のこともあれば、一まとまり
の意味を持つ複数の記号のこともある。例えばQUVという無意味な綴りは3チャンクで
あるが、CATという一まとまりの単語は1チャンクとなる。チャンクを固定するのにか
かる時間は1チャンクあたり約8秒と言われている。(Simon[1996] p.66,訳 78 頁)
9 これらの論拠はGeorge Millerの実験心理学の論文からとられている。
(Simon[1996]p.67,
訳 79 頁)
23
な選択は不可能であることが示される。最適なものを選択しようにも、同時に比較できる
対象は数個でしかなく、包括的な知識をフル活用して選択を行えるような合理性は備わっ
ていないのである。
この事実を背景にして、サイモンがモデルとする人間は、完全な合理性を持つ人間に代
わって、限定合理性を持つものとなる。新古典派の想定するように客観的な合理性を追求
するのは不可能であり、部分的な知識によって主観的に合理的な判断をすることで人間は
行動しているのである。情報処理自体は合理的な過程ではあるが、そこに投入できる要素
が限られる以上、そこには不確実性が伴い、最適水準の追求とはならない。現実に行われ
ているのは、経験や感情による判断にも頼りながら、満足水準を達成しようとする行動で
ある。限定合理性が備わっているに過ぎない人間はこの満足化原理に従わざるを得ないの
である。
サイモンの理論は情報処理の観点からすべて描かれており、制度に当たるものもそれに
ならう。短期記憶の制約は短時間での判断のために、扱う情報量を減らすことを必要とす
る。これを個人的に可能にするものが習慣である。それは過去のよく似た状況の記憶を引
き出すことで、検討する代替案を大きく絞るものである。また、集団的に可能にするため
に生まれるのが組織である。それは他人への安定した期待をもたらすことによって情報量
を削減する。このようにサイモンは人間の情報処理の特徴から制度にあたる概念を説明し
た。制度の果たす役割としては他の理論に比べて限定的なものを示しているに過ぎないが、
その成立の説明に人間の情報処理能力を用いて厳密に説明しているところは大いに制度の
理解を深めるものとなっている。
5
ホジソン
最 後に ヴェブ レン らの議 論を 受け継 ぎ、 現代制 度派 経済学 を称 してい るホ ジ ソ ン
(Geoffrey M. Hodgson 1946-)の議論について触れておきたい。ホジソンは旧制度派のみ
ならず、オーストリア学派、新制度派、社会主義の経済学など幅広く研究を行ったうえで、
旧制度派に近い形で多様な議論を取り込んでいる。
ホジソンが述べる制度の定義は「社会の相互活動を構築する確立され埋め込まれた社会
のルールの体系」
(Hodgson[2006]p.2)というものであり、ここにいうルールとは規範的な
内容を含み、かつ、社会的に伝達されるものだとされる。また、組織も制度の特殊なパタ
ーンだとされる。この定義からは、ヴェブレン、コモンズ、ハイエクの定義はほぼカバー
されていると言えるかもしれない。それぞれの議論はこの表現で解釈可能であるし、ここ
には制度のフォーマルな部分もインフォーマルな部分もともに含むことができるからであ
る。しかし、幅広い定義になっていることによって、薄まった表現になっている印象は否
めない。また同時に、制度がどのような原因で成立し、どのように変化していくのかとい
う点について説得的な説明が難しいものになっているようにも感じられる。数ある制度論
の長所をまとめるのは難しい作業ではあるが、表面的な定義を押さえる以上に、その背後
24
の制度のダイナミズムを捉えられる定義が必要であろう。その点でホジソンの制度の定義
にはまだ改善の余地があると思われる。
Ⅱ
制度の構造
以上でいくつか見てきたように、制度をめぐる議論は学者の数だけ別の定義があるとい
うほどに多様なものとなっているのが実情である。このような分散した議論からは主流派
への対抗軸となる理論の形成には至るはずもなく、共通した批判精神が実を結ぶことは期
待できない。広範な合意が得られる制度の概念は、そのような状況を打開するためにも必
要とされていることは確かである。しかし、かといって単純に様々な理論を合成すればそ
の作業が終わるわけではない。実際、そのような仕事はホジソンによってなされていると
いえようが、それが制度派の共通理解となるにはまだ不十分なものであった。様々な定義
の寄せ集めではなく、核心となる概念を軸に体系だった制度の解釈こそが、本当に必要な
ものではないだろうか。以下にそのような体系を提案していきたい。
1
組織とルール
制度というのは目に見えないものであって、しかも漠然とした広い内容を含むものであ
るため、それを一言で的確に定義することは不可能である。論者によって、思考習慣や集
合活動、あるいは自生的秩序といった特徴的なキーワードが提示されるものの、それはも
ちろん彼らが示した制度の一面に過ぎないのであって、その言葉をもって語り尽くせたと
は誰も考えていないだろう。
制度の概念に当てはまるものは実に多様である。これを具体的に掘り下げると、次のよ
うなものが含まれるだろう。言語、コモンロー、実定法、貨幣、交通ルール、度量衡の単
位、商習慣、ファッション、正義、道徳、宗教、イデオロギー、政治体制などである。こ
こには、成立の手続きがはっきりと分かるようなフォーマルな制度もあれば、そうではな
いインフォーマルな制度もあり、いずれか判別しがたいものもあるだろう。コモンズはフ
ォーマルなものを突破口として制度を考察し、ヴェブレンやハイエクはインフォーマルな
ものから研究した。しかし、出発点は異なるにしても、これらの例がすべて制度という概
念に当てはまるということは制度派経済学における共通認識となっている。では、このよ
うな広範な現象に共通する核心はいったい何であろうか。
まず、基本的な条件として、制度は社会的な現象であるということは押さえておかなく
てはならない。制度とみなされるあらゆる現象は集団があって初めて意味を持つものであ
る。言語のように国家や民族単位の大きな集団におけるものから、ごく小域に通じる商習
慣まで規模は様々であるが、集団や組織がなくては、それらは成立しえない。この点から
制度は単なる習慣ではないと言わなくてはならない。個人的にのみ定着している習慣は社
会的に影響を及ぼすことはなく、制度とはみなされない。制度は社会的に普及した習慣で
なければならず、それを共有する集団、すなわち組織と切り離せない存在である。
25
では、制度は組織内でどのような役割を果たすだろうか。個人が制度を共有することに
よって組織は成立するわけだが、そのためには個人にとっての制度の有用性がなくてはな
らない。有用性はそれぞれの制度によって様々である。それは例えば、言語によるコミュ
ニケーションであり、法による秩序の享受であり、貨幣によるスムーズな交換である。こ
れらは具体的な役割としては異なるものの、それによって組織内の個人が安定した行動を
取ることが可能になっているという共通点を見出すことができるだろう。
制度は様々に定義されてきたが、言語にも法にも貨幣にも共通するような要素はここで
あげたこと、すなわち、個人の行動を安定化させることができる組織内でのルール、行動
様式というものに止まるといえるだろう。ここにはフォーマルかインフォーマルかといっ
た成立に際する条件は問われず、その役割においてのみ、共通点が発見できるに過ぎない。
制度は大きくはまずこのように定義できると考えられる。 10
2
ルールの三側面
しかし、制度の定義がここで止まってしまうことは、もともとあった漠然さをほとんど
解消することなく残してしまうことにならないだろうか。また、様々に制度の成立の仕方
が論じられてきたことに対し、何の反応もできないことになってしまわないだろうか。広
い意味での制度の共通点の他に、制度が持ついくつかの側面について分解して考えること
も制度の厳密な定義のためには必要だと思われる。
大きな共通点を除けば、言語と法と貨幣は性格を大いに異にする制度である。言語は情
報を伝達するためのルールであり、このルールを解さない個人はコミュニケーションが著
しく困難になる。法は組織の成員が守らなければならない規範であって、ここからの逸脱
は罪に問われることになる。貨幣は交換の基準となる価格を形成し、これを用いない交換
は不便なものになる。この三者は組織内でのルールという意味では共通しているものの、
それぞれが果たす役割やルールから外れた場合の効果は全く異なる。制度にはこの三つの
側面があり、それぞれ独特の性格をもっていると言えるだろう。制度に備わるこの三側面
を、情報の認識の枠組み、規範の枠組み、基準の枠組みとここでは呼ぶことにする。
① 情報の認識の枠組み
人間は行動をとる前に必ず外的な状況を認識する必要がある。これは感覚器を介した直
接の刺激からの認識である場合もあれば、他人からの情報の伝達である場合もあるだろう 11 。
後者の場合、共通の言語によって概念をやりとりすることでそれが可能となることは言う
10
ここでの定義は組織から制度を研究したコモンズの理論に最も近いと言えるだろう。個
人は常に何らかの組織の一員として行動するのであり、個人を束ねて組織化している紐帯
がその組織のルール、すなわち制度なのである。
11 ここでいう「認識」とは感覚器が知覚した刺激を概念付け意味ある情報として理解する
ことを指す。
26
までもない。しかし、個人的になされている感覚器からの認識さえも、制度的装置なしに
は不可能である。人間の感覚器には常に大量の刺激が加わっているのであって、そこから
必要なものだけを選択するには、認識の枠組みが備わっていなくてはならない 12 。この枠組
みは完全に一致はしないまでも、大部分は言語によって作られている概念であろう。そう
である以上、この概念は個人的なものということはできず、制度の範疇に含まれるものと
なる。このように、情報を認識し伝達することを可能にするルールである言語、文字、記
号などは特殊な役割をもつ制度の一側面である。 13
② 規範の枠組み
法は成文化されていようといまいと守るべき規範を指示するルールである。法によって
組織のメンバーは、どのような行動をとらねばならないか、またより多くの場合、どのよ
うな行動をとってはならないかを知らされる。個人の行動はこれによって制約される一方、
他人の行動が制約されていることによる自由の拡大をももたらす。つまり、組織内の個人
の行動が限定される分、他人の行動に対する期待が安定し、制約の中での自由は増すこと
になる。このように法の存在は組織の秩序を維持することによって、個人に有用性を与え
るものである。こうした秩序を保つための規範を与えるものは、法だけではない。道徳や
正義、倫理といったものも同様である。法よりも曖昧なものではあるが、行動の指針を与
え、禁令を示す役割は同じである。
法が中でも特別なのは、それがフォーマルな形で違反者への制裁を科すことができる点
である。刑事犯に対しては、経済的制裁だけでなく、身体的な制裁をも下すことができる
し、民事の係争においても、法を犯した側には経済的な補償を強制することができる。こ
のように規範の枠組みであるルールは制裁があることによって機能するのが特徴である。
法以外の規範についても、インフォーマルな形で制裁は存在する。それは道徳的制裁とい
うべきもので、悪徳や不正義との非難を受けることである。これは経済的、身体的な制裁
に比べれば強い効果はないかもしれないが、この非難は組織の一員としての立場を大きく
損なうものであることは確かであり、大部分の規範はこの制裁によって守られているので
ある。
以上のように逸脱することが罪となり、制裁が科せられるような規範の枠組みが制度の
12
ホジソンにとってこの論点は、新古典派、オーストリア学派に対する制度派の立場を明
確にする重要なテーマである。ホジソンは次のように述べる。「センスデータの解釈は個人
的なものであるが、同時にそれが社会生活の規範と実践によって枠づけられ依存している
という意味で、深く社会的でもある。」(Hodgson[1988]p.8,訳 7 頁)
13 制度のこの側面は制度派経済学のテーマというよりは、認知科学や哲学によって主に扱
われるものになっていると言えるだろう。サイモンは認知心理学を応用して、この部分か
ら制度を捉えている。哲学による研究では、カントやパースの認識のカテゴリーの理論は
この部分を純粋に扱ったものと言える。ヴェブレンやコモンズは直接この側面の制度を扱
ったわけではないが、このような哲学の影響が理論の背後には存在する。
27
第二の側面を形作っている。 14
③ 基準の枠組み
貨幣とは何かという問いについては多くの議論があり、ここでそれに深く立ち入るつも
りはないが、貨幣の機能として商品の価値尺度があげられることは認められるだろう。貨
幣が流通する組織の内部においては、すべての成員がその貨幣を富の基準として認識して
いる。貨幣は流通を円滑にすることに貢献していることは確かだが、それは貨幣が一般的
購買力であり、貨幣の獲得が経済的な目的であると組織の成員すべてが考えているからこ
そ得られる成果である。普及したこの信念によって、貨幣は組織内部での商業取引のルー
ル、すなわち制度となっている。
商品経済社会においては、交換を繰り返すための価値の基準は組織の成員の利便性を大
きく向上させるだろう。そのためこの基準が組織内で統一されて交換のルールとなること
の蓋然性は高いと言える。しかし、何がこの基準となるかはまったくの偶然である。基準
は必要だが、どんな基準が必要かまでは事前に決まっていない。しかし、一旦決まればそ
れがどんなものであれ、十分便利に機能する。確定した基準は何らかの本源的な必然性に
よって基準であり続けるわけではなく、それが機能するゆえに基準であるとの信念が維持
され続けるに過ぎない。貨幣に限らず、あらゆる尺度は当初は恣意的に決められたもので
ある。メートル法にしても、現在世界で広く採用されているのは、それが今後も世界標準
であるだろうという信念があってこそである。このように何らかの尺度となるものは共同
の信念によって支えられ、互いにその尺度に従うことで便宜を得られるものだと言える。
同様の共通の信念という意味では、宗教やイデオロギーもここに当てはまると思われる。
こちらは果たす役割や信念の内容としては度量衡や貨幣の単位とは大きく異なるものの、
考え方や物事の価値観の基準を与えるという意味で同じ性格をもつ。ある信念を持つこと
が個人にとって快適であるというだけではここで指す内容には当たらない。それは社会的
な信念でなれればならず、信念を他人と共有し、その信念に沿っていれば共同体の中でう
まく立ち振る舞えるというものを指している。このとき、個人にとってその信念を持つこ
とがメリットになるのであって、それゆえに維持され続ける点は先述のタイプと変わらな
い。
このような価値や基準の信念は定まったものの恣意性が一つの特徴であり、その信念の
放棄が不便であるという理由で支えられ続けられるという点がもう一つの特徴である。こ
うして、これらは規範の枠組みとは別の性格をもった制度の第三の側面ということができ
る。 15
14
コモンズや後期のハイエクの制度論はこの側面が中心となっていると考えられるだろう。
もっとも、両者のアプローチは、紛争の調停としてのコモンローと、自生的秩序によって
生まれた偉大な社会のコモンローというふうに大きく異なるものである。
15 ヴェブレンが研究の中心とした有閑階級の行動様式や女性の服装などは、この側面にあ
28
図1
制度の三側面
実定法
文字
道徳
正義
制度
=
規範の枠組み
道理
組織のルールの体系
倫理
宗教
マナー
ファッション
Ⅲ
言語
記号
ジェスチャー
基準の枠組み
イデオロギー
情報の認識の枠組み
コモンロー
貨幣
度量衡の単位
商習慣
制度を生み出す人間本性の考察
ここまでの制度の定義を確認しておくと、それはまず、組織におけるルールや行動様式
であった。そして、ルールや行動様式には三つの側面があり、一つは情報の認識の枠組み、
もう一つは規範の枠組み、最後は基準の枠組みであった。こうした制度は組織内での秩序
をつくり、個人間のコミュニケーションの円滑化や、行動の指針を与えることに寄与する
のである。組織が異なれば制度の具体的な形は異なるものの、同様の三側面はどの世界に
も見られる機能である。
ではこのような制度はどうして生まれるのだろうか。制度の生成論について様々な議論
があるものの、それらは大きな意味での制度の説明に止まるか、部分的な側面についての
みの説明になっていることが多い。例えばコモンズは希少性をキーワードとして、集合活
動によって紛争を調停するものとして説明しているが、これは第二、第三の側面を中心と
した説明に止まっていると言えるだろう。メンガーやハイエクの議論は全体にかかりなが
らも生成に関しては特に第三の側面によく適合する自生的秩序によってのみの説明となっ
ている。ヴェブレンについてはもっと大きな説明であり、本能とその目的を達成する手段、
方法の定着としているため、どの側面についての説明かという解釈は難しい。このように
これまでの制度論はその生成に関しても一致点が少ないまま展開されてきたと言えるだろ
う。この点についても体系的な整理が必要であると思われる。
てはまる内容である。
29
数ある制度の生成論の中でもヴェブレンが究極的な制度の説明に本能をもってきた点は
他にはない視点として見るべきものがあると思われる。というのは、制度が機能として三
つの側面を持つことが普遍的であるならば、それは環境的要因には帰することのできない、
人間本性によって説明することが妥当であると考えられるからである。ヴェブレンの示し
た本能論は実証も反証も難しい性質のものであり、ここで検討することはないが、別の視
点から制度と人間本性の関係を考えていきたい。
制度には三側面があるといったが、このことは三側面が別の原因をもって作られている
という説明を可能にする 16 。組織内のルールであるという共通点によってこれらは制度と統
一して呼ばれているだけであって、各側面が別の原因から発生したという説明は十分にあ
りうることである。むしろこのような異なる性格をもつ制度の原因をまとめて説明しよう
としてきたことが、これまでの理論的な弱点だったのではないだろうか。ここでは、三つ
の側面をそれぞれ別の原因によって説明する。説明に用いるのは三つの人間本性であるが、
これらは制度の三つの側面と1対1で対応しているわけではない。制度のそれぞれの側面
はすべて複合的な原因によって説明されると考えている。
制度を生み出すことを必要とする人間本性とは、認識能力の限界、自由意志、感情の三
つであると考える。
1
認識能力の限界
人間の知的能力が非常に高いものであることは産業や文化のあらゆる事実から認められ
ることである。このため、人間は理性や合理性を持った動物とみなされている。その言葉
が意味するような高度な論理的思考能力があってこそ、文明は発展したのであり、これは
人間本性の一つとして存在することは間違いないだろう。
しかし、このことは人間が無限の理性や合理性を持つということではない。このような
解釈は合理性の内容を抽象的に考え過ぎている。人間が論理的思考によって合理的な問題
解決を行うことができるというのは観察できる事実であるが、この観察からは他の事実も
発見されなければならない。まず、この問題解決には時間がかかるという点である。単純
な計算問題をとってみても、人間の思考能力では比較的長い時間が必要とされ、どんなに
熟練した人でもコンピューターの計算能力には遠く及ばない。また、問題が複雑になるに
つれて、そこで必要となる時間は累増的に長くなる。この場合には問題が何なのかを認識
することにも時間が必要となるからである。もう一つは、このような問題はごく簡単なも
のを除けば、紙やペンといった記録の道具がなくては解決されないか、少なくとも格段に
16
本稿では制度の生成ではなく、制度の原因という表現で議論を展開する。生成という表
現は制度が誕生するときの動きを説明するような印象を与えるが、ここでの議論は存在し
ている制度が何を原因としているかという点に絞った静態的なものだからである。ごく一
部の制度を除いては、誕生の時点を理論化するのは不可能であり、制度の変化についての
み動態的な理論の展開が可能だと考える。
30
長い時間が必要となるということである。人間が高度な論理的思考能力を持っているとは
いっても、それは無制限の時間と外部に記録するための道具の力を借りることが前提にな
っていることは見落としてはならない。 17
ここから言えることは、人間は確かに問題を論理的に解く能力は持っているものの、問
題を認識し、それを論理的に加工する際には、時間的な制約と、論理展開の際の途中経過
の記録を外部に記さなければならないという記憶容量の制約があるということである。こ
れらを認識能力の限界と呼ぶ。そして、この限界はめったに突き当たることのないような
大きなものではない。
現実に人間が行動する際、それに先立つ判断は短時間での決断によっていることがほと
んどであろう。認識能力の限界の存在によって、ここでの人間の行動を完全に合理的とみ
なすことは誤っている。ではこのような場面で人間はどのように判断を導くのだろうか。
認識能力の限界を超えているからといって、判断がなされなかったり、まったくランダム
に判断がなされたりするのではない。ここで制度が機能する。制度によって人間は短時間
でも判断できるほどに問題を単純化し、限界の範囲内に収めることができるのである。制
度の一部は、このように認識能力の限界を克服するために情報を削減することを役割とし
ており、人間にこのような限界があるために意義をもつ。認識能力の限界は制度の一つの
原因となっていると言えるだろう。
2
自由意志
人間の行動を予測するような理論は人間を機械のように捉えることによって単純化する
傾向が見られる。人間もインプットとアウトプットとの関係が確定できる関数として扱う
のである。これは集計的なレベルではある程度安定した実証結果をもたらすかもしれない
が、日常的な感覚からは矛盾を感じる説明でもある。というのは、人間は主観的には自由
意志を持って行動しており、行動は直接的には自分の意志によって行っていると意識する
からである。自由意志を人間行動の理論は取り扱わなくてよいのだろうか。この疑問に対
しては人間を機械のように捉えることを可能にするいくつかの説明が考えられる。一つは
人間の行動は自由意志によって分散するものの、ある傾向にそって分散するために、集計
的にはそれらが相殺されて機械的に結果が推測できるというものである。もう一つは、人
間は主観的には行動を自由に決定しているが、実質的には選択の余地なく決まった行動を
取るだけであって、あえて自由意志に言及する必要はないというものである。前者に比べ
て後者はより強く自由意志の果たす役割を小さく評価しているが、どちらも自由意志によ
る行動が離散するのではなく、ある傾向を持つことを示している。この指摘は正しい面を
持つことは間違いないだろう。完全な自由から人間は行動を始めるのではなく、何らかの
制約や指針に基づいて行動するからである。この制約や指針はまさに制度のことである。
17
ここで示した制約は言うまでもなくサイモンのいう短期記憶の性質によるものである。
31
しかし、かといって後者の説明のように人間を制度によって行動を決定付けられた機械
として扱うことは、自由意志について誤った評価を持つことにつながるだろう。制度は自
由意志に一定方向の制約を与えるが、これは自由意志による行動の分散を制度によってま
とめる必要があるからだと考えるのが自然である。結果的に制度によって自由意志は覆わ
れているように見えるが、自由意志がなければ制度が果たす役割もなくなってしまうので
あって、制度の成立に際しては自由意志が一つの原因となっているということができるだ
ろう。
なお、ここでいう自由意志とは自由に目的を設定しそれに向けて行動する一連の流れを
意味する。目的の設定が主に自由なのであって、そのための行動は合理的に目的を追求す
るものであり、ランダムなものではないと考える。理性が関わる概念であるという点は、
次の感情と対比して重要である。
3
感情
人間は理性をもった動物であると言われる。これを否定する必要はまったくないが、決
して理性だけで人間が引き起こす現象を説明し尽すことはできない。近代科学は人間の理
性に特に光をあて、それに過大な比重をおいて進められた面があるが、そのような方法の
弱点は修正されなければならない。特に経済学の分野では、様々な経済現象が人間の合理
性のみを前提にして説明され、純粋な経済理論として確立した。しかし、現実は当然にも
純粋な理論通りにはいかない。これは抽象することによる宿命なのではなく、前提となる
人間がまったく現実と異なっていることによるものである。人間は理性を持つ反面、感情
をも持ち、これによって行動がなされている部分も大きい。この感情という人間の一面を
経済学や社会科学はしっかり扱う必要がある。
感情は理性と対比されるが、その違いは理性が論理的思考による冷静な判断なのに対し、
感情は衝動的な快、不快の判断であるという点にある。あらゆる物事に対して人間はいく
らかの程度の快、不快を感じるものである。ただし、どのような感情が引き起こされるか
は客観的には確定できない。同じ事物に対する快、不快の程度は個人によって異なるばか
りか同じ個人でも時によって異なるくらいそれは不確定なものである。このように感情は
論理的には分析できないような曖昧な性格をもつが、これが人間の行動に及ぼす影響はか
なり大きい。人間は快いものに向かい、不快なものを避ける。これは合理的な損得とは時
に矛盾するが、その際に人間は合理性よりも感情を優先することが稀ではない。理性だけ
でなく感情をも持つことによって人間の行動は大幅に複雑になっている。そして、その複
雑さは制度によって減少させられなければならない。感情もまた、制度のある側面を作る
原因の一つである。
Ⅳ
人間本性と制度の構造
上記にあげた三つの人間本性がいずれも人間に備わっていることは、感覚的にも認めら
32
れるだろう。これらの人間本性について共通して言えることは、いずれもそれを放置すれ
ば何らかの手に負えない複雑さを招くということである。認識能力の限界を克服しなけれ
ば、人間は膨大な感覚刺激と情報に流されて何の判断もできなくなる。自由意志や感情に
制約を加えなければ、社会は無秩序になり、誰の目的もうまく達成されないだろう。この
ような複雑さの減少のために制度は必要となり、生まれてくる。制度の具体的な姿によっ
てどの複雑さにどのように対応するかは異なるが、成立している制度は何らかの役割を果
たしているといえる。
制度は先に述べたように三つの側面を持つが、これらはそれぞれ別の人間本性を原因と
している。概略を述べると、情報の認識の枠組みの側面は、主に認識能力の限界を原因と
しているほか、自由意志も原因としていると考えられる。次に規範の枠組みについては、
自由意志及び感情がその原因であろう。最後に基準の枠組みの原因は認識能力の限界と感
情だと考えられる。
図2
制度と人間本性の関係
自由意志
認識能力の限界
感情
1
基準
情報の認識
規範
制度
情報の認識の枠組み
情報の認識の枠組みを構成している制度には、言語、文字、記号などがあげられるが、
これらの果たす第一の役割は、概念の構成にあると言える。情報の認識というのは概念の
形を通してしかなしえない。なぜなら、外界から感覚器を通じて入ってくる刺激は無限の
バラエティを持ち、絶えることはないため、それをありのまま処理する能力は人間にはな
いからである。人間は一度に5~9チャンクの情報しか扱えず、しかも同時並列で処理す
ることはできない。このため多様な刺激をそのまま大量の情報として扱おうとすると、そ
のごく一部ずつを順に処理していかなくてはならなくなるため、膨大な時間を費やすこと
33
になってしまう。これでは連続的に受ける刺激に対してとても応じきれない。また、一度
に処理される情報の内容は幅の狭いものにならざるをえず、大局的な観点での把握は難し
くなる。
このような認識能力の限界を超えるために概念が必要となる。概念とは、無限の刺激を
抽象化し情報を縮小したものといってよい。多数の刺激を一つの概念でくくることで情報
量は人間が扱えるほどに低下させることができる。一つの概念は1チャンクとして情報処
理過程に乗せられるので、格段に多くの刺激を一度に扱えるようになる。これにより必然
的に一度に扱う内容の幅も拡張するので、大局的な観点からの処理も可能になる。こうし
て概念によって人間は短時間のうちに必要な情報処理を行うことができるのである。
概念は理屈としては言語などの形をとらずに個人の内面に存在することも可能である。
しかし、現実には概念のほとんどは言語の形で構築されていることは間違いないだろう。
これは人間がどのように概念を獲得するのかを考えれば当然のことと言える。人間は生ま
れもって様々な概念を持っているわけではなく、成長しながら概念を獲得してゆく 18 。この
とき、概念は彼が属する共同体の言語を使って習得されるのであって、必然的に言語を伴
うことになる。また、言語を伴わずに持ちえた概念が淘汰され言語化できる概念だけが残
るという表現も可能かもしれない。言語を伴わない概念は表現による印象の強化が行えず、
言語化されるものに対して持続性が弱くならざるをえないからである。したがって概念と
は例外はありつつも一般的には言語と一体的なものであると言えるだろう。人間は認識能
力の限界を持つために概念によって情報処理を行わなければならず、同時に言語という制
度を持つことになるのである。
文字や記号は言語と切り離せないものであるが、それが必要とされるにはさらに別の理
由もある。人間は認識能力の限界のゆえに情報量を減らす装置を用いるわけだが、別の方
法として、短期記憶に付け加えて外部に記録を残すことで一度に処理できる量を増やすこ
とも有効である。小さな記憶容量を補うためのこの外部記憶装置こそ文字や記号である。
これによって言語のみでよりもはるかに効率よく情報処理が可能となる。
このように認識能力の限界は情報の縮減をする言語と記憶容量の補完をする文字との二
重の装置によって限界を拡大されていると言える。逆に言えば言語や文字が必要とされる
のはこのような人間の能力の限界があってこそだとも言えるだろう。
言語や文字が必要となるのには、それが果たす伝達という役割も見なければならないだ
ろう。言語や文字が情報の伝達に使われるのは紛れもない事実であるが、伝達の手段であ
ることと認識能力の限界を克服する手段であることとは本質的には同じではない。人間が
概念を他人から継承するために必要な以上に言語は広範囲に共通化しているのが現実であ
る。この理由は言語が概念の獲得のみならず、まさに伝達のために使われているというこ
とによるだろう。人間は情報を広い範囲で伝達しあうために、言語や文字はこのように広
18
プラトンなどによって先天的に概念を持つという説も唱えられているが、ここではその
立場には立たない。
34
域で共有されている。さらに、なぜそうやって情報を伝達しあうかという理由を説明する
とすれば、人間が自由意志を持って行動するからということに突き当たるだろう。人間は
他の動物ほど本能による規則的な行動をとらず、自由意志による行動の幅が残っている。
このため、他人と行動を共にするためには、意思疎通を図り情報を共有することが不可欠
となる。こうして共同体は共通の言語をもつ組織とならざるを得ない。
以上より言語を始めとする情報の認識の枠組みが必要とされるのは、人間の二つの本性、
すなわち、認知の限界と自由意志という原因によるものであると考えられる。
2
規範の枠組み
規範の枠組みにあたる制度は、コモンローや実定法などの法に加えて、正義や道理とい
ったものも含んだ、守らなければならないルールの体系である。またこの制度はルールを
違反することが罪悪となり様々な形の制裁を伴うことを特徴としている。この存在によっ
て人間の自由な行動は大幅に制限されるわけだが、他人がここで禁じられていることをす
る可能性が低まるために、個人が他人について前提しなければならない複雑性を大きく減
少させることができる。逆説的だが、結果として、規範がない場合よりも人間の行動の自
由は拡大されるのである。
規範の存在がまず人間の自由の拡大に関わるものであるという点で、これが存在する原
因に自由意志があげられなければならないだろう。自由意志を持たない動物であれば法は
必要なく、どの個体も本能のままに動いているだけで、群れとしての秩序が崩されること
はない。しかし、人間は自由意志を持つ以上、そうはいかず、互いの自由意志の衝突に対
処しなければ秩序は生み出せない。各人が自由意志のままに行動をとるならば、他人との
衝突が絶えることはなく、期待通りの行動をとることは不可能になるだろう。このため、
そのような紛争を予防し、紛争が起きても解決できる装置が必要になる。これが法に他な
らない。
法は最も原始的には実際に起こった紛争を調停することから生まれ、その後は同じ紛争
が起こらないよう、予防する役割を果たすことで秩序を生み出していったと考えられる。
法が様々に増えていくことは、自由意志を制約し、より秩序が洗練されていくことである
が、それが自由意志を無意味なものにする程のところに行き着くことはない。自由意志の
広がりは大きく、現秩序では覆いきれない部分で何らかの衝突が起きては、新たな法が生
まれるということを繰り返すのである。 19
規範の原因の一つが自由意志にあることはイメージしやすいが、それだけでは捉えきる
ことはできない。自由意志とは自由に目的を設定し、それに向けて合理的に行動するとい
う理性的な本性を含んでいる。確かに紛争の調停や予防といった内容には、互いに利害を
19
ここでの法の説明はコモンズなどが使うコモンローの説明に他ならない。狭い意味での
コモンローのみならず、実定法についても同様に、制定の背景的要因として潜在的な新た
な紛争があると言えるだろう。
35
分け合うという計算や、法を侵すことのデメリットの予測など、理性的な側面がある。し
かし、規範とはこのような計算に関わるものばかりではない。人は直接自分の利害とは関
係のないことに対しても、賞賛や非難の声をあげる。このとき基準になるのは倫理や正義
といった規範であるが、ここには理性的な本性という以上に感情が多く含まれていると言
わなくてはならないだろう。
感情とは快不快を感じる人間本性である。そして人間は快を近づけ、不快を遠ざけよう
とする。快を与えるものは愛され、不快を与えるものは嫌悪される。快不快は他人の行動
についても感じられるので、快を与える行動は美徳となり、不快を与える行動は悪徳とな
る。人間は感情によって美徳と悪徳を判断し、それぞれに賞賛と非難を行うのである 20 。し
かし、ここで難しいのは快不快についてははっきりした基準がないことである。人間は個
人によってその境界が異なり、したがって絶対的な美徳と悪徳の境界は作れない。規範が
常に曖昧なものになるのはこの事実から避け得ないことである。しかし、境界周辺が曖昧
だとはいっても、ほとんどの人が快または不快を感じる行動は存在するのであって、その
ようなものが美徳や悪徳という制度として確立するのである 21 。
以上より、規範は自由意志および感情をその原因として持つことが言えるだろう。そし
て、規範の持つ曖昧さはそれが感情を土台としていることに主によっているということも
言えるだろう。
3
基準の枠組み
価値、基準の枠組みとしてあげられるものは貨幣や度量衡の単位など物に関わる標準か
ら、宗教やイデオロギーといった人間行動に関わる基準まで幅広い。これらの間に性格の
違いは大きいものの、物事の大きさや価値を判断するときの基準としての役割を果たす点
では共通しており、制度の同じ側面として扱われる。
これらの原因となる人間本性としてまずあげられるのは認識能力の限界である。長さや
量などを比較する際、単位を用いないとしても、それが少数であれば直接比較することは
容易である。しかし、無数のものを比較するとき、または、その場にないものと比較する
ときなどは、人間は非常に困難を覚えるだろう。人間は多面的な比較をしようとするとす
ぐに短期記憶の限界に突き当たってしまうし、過去の記憶は現在あるもののようにはっき
りとは意識できないからである。
しかし、ある基準を設定し、それとのみ比較して長さや量の情報を記憶することができ
れば、その他の比較の情報はまったく不要になる 22 。単位の設定によって大幅な情報削減が
20ヒュームは『人性論』
(Hume[1739-1740])において道徳の起源を快不快の感情を中心に
用いて説明しており、ここでの議論もそれに沿ったものである。
21 結果的に美徳、悪徳と呼ばれる行動は両極端な一部のものだけに止まる。君子か罪人に
なるための条件が示されるに過ぎず、通常どう振舞えばいいかという指針にはならない 。
22 AはBより長く、BはCより短い、といった比較の情報が不要になり、A、B、Cがそ
36
でき、情報処理を助けることになる。この基準の必然性がまったくないことは先に述べた
通りであり、この恣意性がこの制度の特徴となっている。同様のことは度量衡の単位すべ
てにあてはまるほか、交換比率の情報を削減するための貨幣もこの役割によって存在して
いると言えるだろう。
宗教やイデオロギーにしても、膨大なバリエーションのあるものの考え方の中で、一つ
の系統だった思想を持つことによって、他の情報を排除できるという面があり、上記のも
のと同じ原因を持つということができる。ただ、これらについては、別の原因により多く
よっていると言わなくてはならない。単なる便宜を超えたものが宗教やイデオロギーには
あるからである。
これを説明できるのは感情という原因だろう。感情によって人間は快を近づけようとす
るが、そうするための確実な方法があるわけではない。確かに規範はほとんどの人によっ
て不快と感じられる行動を禁止するために、その意味では確実に不快を遠ざけることがで
きる。しかし、そこで禁じられない行動が誰にとっても不快を与えないわけではない。単
に大多数の一致が見られないというに過ぎず、それを不快に思う人はいるだろう。何が快
不快をもたらすかは、人によって違いがあるのであって、あらゆる行動は誰かにとっては
快であり、誰かにとっては不快なものにならざるをえない。集団の中で生活することは、
自分の様々な行動に快不快を覚え、様々な他人の行動にも快不快を覚えながら過ごすこと
である。そんななか、快を比較的持続的に得られるような行動や思考の様式を提供するの
が宗教やイデオロギーである。ある指針に沿って行動することで、そうでなければ出会う
かもしれなかった不快を避けることができるし、同じ行動思考様式を共有する集団にいれ
ば、不快な行動を見ることも少なくなる 23 。単なる情報の削減以上の役割とはこのことだが、
これは同時に基準となれば何でもいいといったものではないことも意味する。規範ほどの
普遍性はなくても規範にも通じるような快をもたらす性格がなくてはならない 24 。また、単
なる基準のように、便宜性の向上のために少数に収斂していくものでもない。感情が多様
である以上宗教やイデオロギーも多様にならざるをえないし、感情に原因があることによ
って一旦定着したものの変更は非常に困難になるからである。
以上より、基準の枠組みとなる制度の側面は認識能力の限界及び感情を原因としている
と言えるだろう。もっとも、度量衡の単位から宗教まで、原因となる割合には大きなバラ
つきが見られることは述べられた通りである。
れぞれ何cmかの情報だけでいいということである。
基準の枠組みである制度は、規範とは異なり通常何をすれば間違いないかという指針を
与える。
24 宗教やイデオロギーについては、それ自身大きなものを含んでおり、その中に規範的な
内容もあることは認めなくてはならない。したがって、規範の枠組みと基準の枠組みにま
たがった制度と呼んでもいいが、ここでは、単なる規範に止まらず、日常的な行動に関わ
る指針を与えている面を強く汲み取って基準の枠組みに分類している。
23
37
まとめと今後の課題
制度という言葉は様々なものを含んでおり、様々なニュアンスを込めて使われてきた。
人間社会には単に個体の人間の性質を調べるだけでは理解できない社会的な現象がたくさ
んある。これらを総称するような形で制度という言葉が使われ、この言葉があったからこ
そ多くの理論が同じ看板を掲げて方法論的個人主義や合理主義の批判をそれぞれに行えた
のだろう。ここに一つの利点があったことは間違いない。しかし、一方で制度を扱う理論
間でのより緊密な統合はなされることなく多様な理論が分散した状態となっている。この
状態を収拾し、整理された制度の理論を作ることは、制度派全体の発展のために必要不可
欠である。本稿はこの課題に挑んだものであった。
本稿での最初の議論は制度の一般的な性格を示した上で、具体的な制度とその間に中間
的なまとまりを設定するものであった。制度とは組織あってのものであり、その内部のル
ールの体系である。そしてその多様なルールは性質によって三つに分解できる。すなわち、
情報の認識の枠組み、規範の枠組み、基準の枠組みである。これらの境界は必ずしも明確
でなく連続的な差であることは確かだが、全体を見渡した場合にはまったく役割の違うも
のを制度という言葉は含んでいたことが分かるだろう。これらを混同せずに異なる側面は
別の扱いをしなければ理論は整合的にならない。
本稿で次に述べたのは、制度のそれぞれの側面がどのような原因で成立しているのかと
いう点である。制度は人間社会に普遍的な現象であるため、その説明には人間本性である
認識能力の限界、自由意志、感情を用いた。そして、制度の三側面はそれぞれ異なる人間
本性の組み合わせを原因としていることを示した。ここでの議論は図式的に単純化し過ぎ
ているきらいもあるが、多側面をもつ制度の原因を整理して理解する上での一つのステッ
プとはなるのではないかと考える。
本稿では以上の内容に止まっているが、制度の理論には制度変化を扱う大きな問題が残
されている。この分野で本稿の分析がどのように扱えるかは今後の重要な課題と位置づけ
たい。また、本稿は制度の理念的な議論に終始してしまったが、これが経済学の分野でど
のように応用可能かという点も考えていく必要があるだろう。これらの点を中心として今
後も制度理論の発展に向けた研究を進めていきたい。
<参考文献>
Chavance,B.[2007] L’Economie Institutionelle, La Decouverte (宇仁宏幸他訳[2007]『入
門制度経済学』ナカニシヤ出版)
Commons,J.R.[1934] Institutional Economics, New York, Macmillan
Commons,J.R.[1951] The Economics of Collective Action, New York, Macmillan(春日井
薫、春日井敬訳[1958]『集団行動の経済学』文雅堂書店)
Hayek,F.A.[1945] “Knowledge in Society, The Use of.”, American Economic Review,
Vol35, No.4, pp.519-530(田中真晴、田中秀夫訳[1986]『市場・知識・自由―自由主義
38
の経済思想』ミネルヴァ書房
第2章「社会における知識の利用」)
Hayek,F.A.[1973] Droit, legislation et liberte, vol.1, Regles et orders, Paris, PFU(矢島均
次、水吉俊彦訳[1987]『法と立法と自由1:ルールと秩序』春秋社)
Hodgson,G.M.[1988] Economics and Institutions―A Manifesto for Modern Institutional
Economics, Cambridge, Polity Press (八木紀一郎他訳[1997]『現代制度派経済学宣
言』名古屋大学出版会)
Hodgson,G.M.[1999] Economics and Utopia : Why the Learning Economy Is not the End
of History, London, Routeledge(若森章考他訳[2004]『経済学とユートピア―社会経
済システムの制度主義分析―』ミネルヴァ書房)
Hodgson,G.M.[2006] “What Are Institutions?”, Journal of Economic Issues, Vol.55, No.1,
pp.1-25
Hume,D.[1739-1740] A treatise of human nature, Book3, Of the morals, with appendix,
(大槻春彦訳[1952]『人性論(四)第三篇
道徳について』岩波書店)
Simon,H.A.[1996] The Sciences of the Artificial 3rd edition, MIT Press(稲葉元吉、吉原
英樹訳[1999]『システムの科学
第3版』パーソナルメディア)
Veblen,T.B.[1898] “Why is Economics not an Evolutionary Science?” in Veblen,T.[1919]
The Place of Science in Modern Civilisation and Other Essays, New York,
B.W.Huebsch, pp.56-81
Veblen,T.B.[1899] The Theory of the Leisure Class : An Economic Study in the Evolution
of Institutions, New York, Macmillan(高哲男訳[1998]『有閑階級の理論』ちくま学芸
文庫)
Veblen,T.B.[1914] The Instinct of Workmanship and the State of the Industrial Arts,
New York, Macmillan(松尾博訳[1997]『ヴェブレン
経済的文明論
―職人技本能と
産業技術の発展―』ミネルヴァ書房)
高巌[1995]『H.A.サイモン研究』文眞堂
新井田智幸[2006] 「ヴェブレンの制度論の構造―人間本性と制度、制度進化―」経済学研
究49号
新井田智幸[2007]「ホジソンの制度の定義とそれを通じた制度概念の考察」政治経済学通信
第2号
39
アメリカにおける家計の消費支出と消費主導型成長
―金融不安定性の要因としての消費は存在するのか―
横川太郎 1
目次
1. はじめに
2. アメリカ経済に占める個人消費の比重
3. 可処分所得と消費支出
4. 消費者信用の発達とその要因
5. 家計部門の消費行動と金融不安定性(補足)
6. 最後に
1.
はじめに
近年、経済の金融面が実体面に対して及ぼす影響が増大し、多くの人々に認識されるよ
うになっている。技術進歩、金融自由化、規制緩和によって生じた金融革新はバブルを引
き起こし、その崩壊が金融危機を引き起こすという事態が 1980 年代以降のアメリカで頻度
と規模を増大させてきている。この経済の金融面と実体面の関係に注目するとき、避けて
通ることができないのが、ハイマン・ミンスキー Hyman.P.Minsky の提唱した金融不安定
性仮説(Financial Instability Hypothesis, 以下 FIH)の存在である。ポスト・ケインズ学派
であり、経済の運動における金融の果たす重要性を理解していた彼は、経済の実体面の需
要と金融面との運動が金融不安定性を作り出すという理論を構築したのである。そして、
同時にアメリカ制度学派の影響を受けていた彼は、金融不安定性の発生とその結果が生み
出される上で制度が極めて重要な位置を占めることを理解していた。そのため、1933 年の
ニュー・ディール改革の開始以来、みられることの無かった金融不安定性が 1960 年代以降
のアメリカで再度現れたのに対し、その分析枠組みとして FIH を構築したのである。戦後
のアメリカ経済の景気循環は、主に企業の設備投資によって起こっており、その資金需要
とそれに応える商業銀行という関係という 2 者の貸借関係に注目すれば金融不安定性の発
生を説明できるというものであった。
しかし、1980 年代以降、状況が変化してくる。企業と銀行の貸借関係に注目する場合、
3 つの要素を外生的、もしくはネグリジブルなものであると扱うこととなる。第 1 に消費が
景気に与える影響、第 2 に政府が景気に与える影響、そして、第 3 に金融面を銀行という
一機関に集中させることである。1980 年代以降、特に問題となったのがこの第 1 と第 3 で
ある。つまり、第 1 の点は景気循環における消費支出の果たす役割が増大し、景気循環に
強い影響を与える可能性が生まれているということである。第 3 の点については、近年の
1
東京大学大学院経済学研究科修士課程経済理論専攻
40
金融自由化、規制緩和と技術革新の結果として金融革新が進み従来の銀行業務に見られる
ような短期の資金を集めて長期の貸出を行い、その債権を保有し続けて利子収入を得ると
いう形態が企業金融の中で一般的で無くなってきているばかりか、金融面自体が肥大化し、
景気循環に対し強い影響力を持つようになってきているということである。
本稿では、このような近年における景気循環の変化の中で、家計の消費支出が景気循環
に与える影響が増大したのかを検討する。そして、「消費主導型」の景気循環と言われるよ
うな循環が生まれており、家計部門の消費支出が金融不安定性を生み出す原因となり得る
のかどうか明らかにしたい 2 。
景気循環と家計部門の消費の関係は、一般的認識においては消費が景気循環に与える影
響が大きいことが言われている。しかし、近代経済学における家計の行動は、与えられた
給与水準に対する反応として余暇(消費)と労働を選択しているのであり、その決定因として
扱われていない。新古典派総合においても、F.Modigliani のラチェット効果 ratchet effect
の議論に見られるように景気後退期において、消費性向が上昇して所得の減少に対し、消
費の減少が小さくなることから、消費は景気循環に対して安定的、もしくは反循環的(カウ
ンターサイクリカル)に動くものであると考えられていた。そして、ミンスキーの FIH にお
いても、理論的な基礎に消費財と投資財の生産を行う 2 部門を仮定し、労働者の賃金は全
て 消 費 財 の 購 入 に 当 て ら れ る と い う 形 で 消 費 を 外 生 的 に 扱 っ て い る (Minsky[1986],
chap.8; 邦訳 第 8 章)。このことは議論を単純化する上で一般的に行われることであり、特
段珍しいものではない。ただ、金融契約が経済に及ぼす影響を見るために、ミンスキーが
採用したキャッシュ・フロー・アプローチにおいて、企業・家計・政府の各部門すべてにお
いて金融不安定性が生じえることを示しておきながら、企業部門と銀行部門間での金融契
約に注視したことは、ミンスキーもまた消費は景気循環における主要な要因とはならない
と考えていたとみられる(Minsky[1986], chap.9; 邦訳 第 9 章)。
この景気循環における主要な変動要因ではない、という事実が家計の消費行動が景気循
環に与える影響を捨象することを可能にしていたのである。しかし、実際のところは、ア
メリカでは家計の消費が景気循環に対して影響を与えることは戦前により観測されていた
ものであった。Hall[1986]は、1919 年から 1982 年までのアメリカにおけるGNP成長と個
人消費の関係について分析を行い、消費の変動は景気変動の主要な要因ではないものの、
重要な変動の要因であると結論付けている。また、家計の消費行動に一時的な収入の増減
が与える影響を調べたHall & Mishkin[1982]の研究がある。この研究では、ミシガン大学
の行った収入変化のパネルスタディを元に、家計の支出が恒常所得に大きく依存し安定的
であるのか、それとも一時的な収入に依存して変動するものなのかを分析している 3 。これ
は所謂、恒常所得/ライフサイクル仮説がどの程度妥当するものであるのかを検証してい
るのである。分析の結果は、家計の支出はその 80%が恒常所得仮説に従って支出されてお
2
「消費主導型」成長についてはGlyn[2006], 邦訳 66 頁を参照。
調査の正式名称は、Panel Study of Income Dynamicsで、この調査はミシガン大学によ
って 2309 世帯を対象に、1969 年から 1975 年にかけての収入と支出を調べた(Hall &
Mishkin[1982], pp.467-468)。
3
41
り、残りの 20%が単純に所得の増加に合わせて支出が増加するということであった。ただ、
恒常所得の影響が一時的な所得変動に対して強いにも関わらず、一時的な所得変動に対す
る反応は高利子率などの特定条件下では主導的であるとしている。いずれにしてもアメリ
カにおける家計の消費行動は比較的安定的ではあるものの所得の一時的な変化によって変
動するものであり、特に景気循環との関係では、その変動の主要な要因ではないものの重
要な要因であると言うことは既に言われてきたことであった。問題は、この家計の消費行
動が景気に与える影響が 1980 年代以降、その重要性を増し、企業の投資行動のみに注目す
ればよいという議論を覆すほどの規模になったのか、と言うことにある。
1980 年代、1990 年代のアメリカ経済の拡張要因として、家計部門の消費支出を重視する
研究は数多く存在している。1980 年代、とりわけ 1982 年からの景気回復において牽引役
を消費支出が担っていたとする指摘は、立川[1984]や高月[1987]においてなされている。
1990 年代に関しても、鈴木[1999]、東海銀行[2000]、伊藤[2001]において指摘されている。
特に 1990 年代に関しては、後述する資産効果の果たした役割に関して議論が多数なされて
おり、この時期のニューエコノミーに関する議論と関係して賛否両論の議論がなされてい
る。典型的には資産効果があったとするグリーンスパンの議会証言(Greenspan[2000a],
Greenspan[2000b]) と 資 産 効 果 は 無 か っ た と す る ア ト ラ ン タ 連 銀 の 論 説 (FRB
Atlanta[2000])、消費支出と資産効果、給与の関係は不確定的で限定的にその存在を認めた
もの(Ludvigson & Steindel[1999])と FRB の内部における議論ですら様々な状態である。
では、実際に景気循環における家計部門の消費行動が、変動に及ぼす影響が大きくなる
のはどのような要因によってであるのだろうか。景気循環における消費の安定性に関する
研究を行った森[1996]は、Gernot Nerb の研究を元に、消費の安定性が崩壊する主な要因と
して(1)可処分所得の増大による自由裁量所得の拡大と(2)消費者信用の発達を挙げている
(同 21-22 頁)。可処分所得が増大することは、消費財のみの消費を前提とした議論の成立を
困難とし、耐久消費財の購入や投資の問題を検討する必要が生まれる。特に投資において
は、保有する資産の価格が上昇することによる含み益の発生が、資産効果を発生させるた
め、それが消費に影響を与える。また、消費者信用の発達は、家計部門に手許現金以上の
支出を可能にする。さらに消費者信用の利用が活発化し拡大すれば、家計部門は恒常的に
負債金融によって消費を行うことが可能になり、負債金融による消費が一般的になる。そ
のため、可処分所得の増大と消費者信用の発達が 1980 年代以降のアメリカにおいて 1960
年代、1970 年代と比較して進んだのかを検討していく。
2.
アメリカ経済に占める個人消費の比重
まず、マクロの指標として個人消費支出がアメリカ経済において、どのような地位を占
めるものであるかを確認しておく必要があるだろう。アメリカにおける実質個人消費支出
は 1960 年以降、増大傾向にあり、その対 GDP 比を見てみると 1981 年までとそれ以降で、
それまで増減を繰り返していたものが、1981 年以降、増大傾向が勝るようになった。その
結果、1960 年代に平均が 61.8%、70 年代に 62.4%であった個人可処分所得の対 GDP は、
42
80 年代に 64.3%、90 年代に 67.0%、2000 年から 2007 年の平均が 69.9%と明らかな増大
を見せている(図 1)。このことは、アメリカ経済の成長において個人消費が占める割合が増
大していることを示している。一見、1960 年代と 2000 年代での差は 8.1%ポイントに過ぎ
ないことから、この変化が大した規模ではないように見えるが、これを 2007 年の GDP に
換算すると 11.2 兆ドルに相当しているのである。このような家計部門の支出の増大に対し、
収入がどのように推移したのか。アメリカの家計部門の可処分所得の名目値と 1982-84 年
を 100 とする消費者物価指数(CPI)でデフレートを行った実質可処分所得を見ると、1960
年代以降、名目値では大きく上昇しているが、物価上昇を考慮すると 1960 年から 2007 年
までの間に 4 倍弱増大したに過ぎない(図 2)。このことを前出の実質個人消費支出の増大と
で比較すると同期間に実質個人消費支出は約 4.2 倍の伸びを記録している。このようなこと
から 1960 年以降、アメリカの家計部門では可処分所得の伸び以上に消費が増大していたこ
と分かる。このことをより詳しくみる。
家計部門の可処分所得以上に消費が伸びるということは、収入と支出の差である貯蓄が
減少していくことを示している。ただ、ここではより直接的に可処分所得に占める消費支
出の割合がどのように変化したかを見ることにしたい(図 3) 4 。アメリカの家計部門の可処分
所得に対する消費の割合は、1960 年代から 1982 年まではトレンドとして低下傾向にあり、
それ以後は上昇傾向にあることがわかる。最も比率の低いのは 1981 年第 4 四半期の 85.0%
であり、最も比率の高いのが 2005 年第 4 四半期の 96.8%であり、11.8%ポイントもの上昇
を記録している。特に 1990 年代中庸以降に関しては、消費支出の対可処分所得比が歴史的
な高水準に達しており、これに利子支払や移転収支を加えた総支出の対可処分所得比は限
りなく 100%に近づき、ついには支出が収入を超えて著といくがマイナスになるような事態
へと発展することとなった(図 4)。
このようにマクロの経済指標においては、1980 年代、とりわけ 1981 年から 1982 年にか
けてトレンドの変化が見られ、その変化が以前の変動とは違っていることが 1990 年代中葉
以降に明らかになってくることが分かる。これらのことを元に次節では可処分所得の増大
が、家計部門の自由裁量所得を増大させたかどうかについて検討する。
4
以下の図中にある景気の下降期は、全米経済研究所(National Bureau of Economic Research,
NBER)が定めたアメリカの景気循環の転換点、つまり、景気の頂点(ピーク)と底の間、つま
り、景気の下降期を示すものである。
43
図1
実質個人消費支出の推移と対GDP比(1960-2007)
(10億ドル)
5000
72.0%
4500
70.0%
4000
68.0%
3500
3000
66.0%
2500
64.0%
2000
62.0%
1500
60.0%
1000
500
58.0%
0
56.0%
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
実質個人消費支出
対GDP比率
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
図2
家計部門の可処分所得の推移(1960-2007)
(10億ドル)
(指数)
12000
300
10000
250
8000
200
6000
150
4000
100
2000
50
0
0
2006
2004
2002
2000
実質可処分所得
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
44
1998
1996
1994
名目可処分所得
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
CPI(1982-84=100)
図3
消費支出÷可処分所得(家計部門,1953Q1-2007Q4)
98.0%
96.0%
94.0%
92.0%
90.0%
88.0%
86.0%
84.0%
消費支出÷可処分所得(中心化移動平均)
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
図4
総支出÷可処分所得(家計部門,1960Q1-2007Q4)
101.0%
99.0%
97.0%
95.0%
93.0%
91.0%
89.0%
87.0%
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
総支出÷可処分所得(中心化移動平均)
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
45
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
1988Q1
総支出÷可処分所得
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
1966Q1
1964Q1
1962Q1
1960Q1
景気の後退期
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
消費支出÷可処分所得
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
1966Q1
1964Q1
1962Q1
1960Q1
景気の下降期
3.
可処分所得と消費支出
本節は 2 つのことについて検討を行う。まず、前節で見た可処分所得の増大が家計部門
の自由裁量所得を増大させたかどうかを検討する。次に前述の資産効果が家計の消費行動
に与える影響について検討する。資産効果の問題は、1990 年代中葉以降の家計の消費支出
増大を説明する上で重要な要因となっていることが考えられ、この存在を前提とすると可
処分所得という可視の所得以外に、含み益と言う不可視の所得を元に家計が消費を行って
いることとなる。
まず、可処分所得の増大が自由裁量所得を増大させたかという点であるが、可処分所得
そのものの増大は図 2 においても明らかである。自由裁量所得が増大したのかという点に
ついては、その支出の内訳を見ることで凡そのことが分かると考えられる。消費支出のう
ち、裁量性の無い支出、つまり、人々が生活していくうえで必須の支出はエンゲル係数に
代表される食料品や電気、ガス、ガソリンなどのエネルギーに対する支出であると考えら
れる。そこで、それの可処分所得と GDP に対する支出割合の変化を見たのが図 5 である。
統計上、食料品は服飾やガソリンなどの燃料と合わせて非耐久消費財に分類されており、
エネルギーのうち、電気やガソリンはサービスに分類されている。そのため、ここでは服
飾などを含めた非耐久消費財と食料品とエネルギー全般を全支出から差し引いた消費支出
の 2 つの推移を見てみることとしたい。ここで対可処分所得比と対 GDP 比の 2 つを使うの
には、後述の図 8 において典型的にみられるのであるが、必須の消費支出を除いた消費支
出は景気循環に対して正の反応を示し、景気上昇期に支出が増大し下降期に減少するとい
う循環をする。そのため、景気循環の影響を除いて趨勢的な変化をみるためには景気循環
の影響を受ける可処分所得ではなく、GDP との比をみる必要があるからである。
図からも分かるとおり、アメリカにおける可処分所得と GDP に対する非耐久消費財の支
出はオイルショックの影響によって停滞した期間はあるものの 1960 年以降減少傾向にある。
趨勢的には可処分所得と GDP で大きな違いがないので、可処分所得比で見てみる。1960
年には可処分所得の 41.8%を占めていた非耐久消費財は、71 年に 35.6%まで下落し、その
後、1973 年から 80 年ごろまでオイルショックによる燃料価格の高騰によって横ばいとな
り、80 年以降再び減少傾向を見せるようになる。非耐久消費財支出の対可処分所得比は 80
年には 34.6%、90 年には 29.2%、2000 年には 27.1%と着実に減少してきている。ただ、
2000 年以降に関しては 2002 年に最低値の 26.6%を記録してからは横ばいの状態にある。
一方、食料とエネルギーを除いた消費支出の推移については、1960 年から 81 年までは
ほぼ横ばいの状態が続いていたものが、1981 年にこの期間における最低の比率である
61.4%、つまり、食料とエネルギーに対する支出の占める割合が最大を示して以降、上昇傾
向を示すようになった。1960 年に 61.6%であった食料とエネルギーを除く消費支出は、80
年に 61.6%、90 年に 69.5%、2000 年に 76.2%と 1960 年から 80 年までがほぼ横ばいだっ
たのに対し、80 年から 2000 年までは 15.4%ポイントの上昇を記録している。こちらに関
しては 2005 年にこの期間における最大値である 77.2%を記録し、その後は横ばいの状態に
ある。また、対 GDP 比で見た場合に関して、少し言及すると食料とエネルギーを除く消費
46
支出は 2002 年に 57.5%を記録しており、実に GDP の半分以上が裁量的な消費支出によっ
て生み出されているのである。
これらのことから家計部門の可処分所得に対する自由裁量度は上昇しているように思わ
れる。ただ、問題となるのは図 5 でも明らかなように、項目別の家計支出の対可処分所得
で 1960 年代以降、大きく上昇しているのがサービスの項目であることにある。このサービ
スの項目は、大別して住宅、住宅運営(Housing Operation)、交通、メディカルケア、レク
リエーションなどによって構成されている。このうち、住宅運営に前出の電気・ガスが属
している。これらの項目のうち、1960 年以降最も大きく伸びたのがメディカルケアである
(図 6)。もし、食料品やエネルギーに対する支出の割合が減少した代わりに、メディカルケ
アへの支出が増大したのであれば、それは景気循環に対する消費の影響力の増大があった
と言うことは極めて難しいこととなる。なぜならば、メディカルケアには高度医療などの
自由裁量による部分を含んではいるものの、医療そのものは自由裁量度の低い必須の支出
であると考えられるからである。つまり、1980 年以降、顕著に見られる家計支出の増大が、
高齢化の進展による家計の医療費の増大によるものであるのならば、景気循環に与える影
響力が増大したとは言えないのである(図 7)。
そこで、メディカルケアを非裁量的支出と仮定し、前出の食料とエネルギーを除く消費
支出からメディカルケアを更に差し引いた消費支出の推移を見てみる(図 8)。すると、非裁
量的な支出を除く消費支出の推移からは可処分所得に対する比率と GDP に対する比率から
大きく分けて 2 つのことが明らかになる。まず、第 1 に対 GDP 比で見たとき、非裁量的な
支出を除く消費支出は 1960 年代から 1973 年頃にかけて約 40%の水準であったのが、73
年以降、減少傾向となり 1982 年を境に上昇に転じるということである。1981 年第 4 四半
期に対 GDP 比 36.9%となった非裁量的な消費支出を除く消費支出は、86 年第 4 四半期に
42.5%にまで上昇した後、97 年第 2 半期頃まで停滞的に推移し、その後、再び急激に上昇
して 2001 年第 4 四半期には 46.4%を記録する。1981 年第 4 四半期から 86 年第 4 四半期
までの 5 年間に実に 5.6%ポイントという急激な上昇であり、86 年第 4 四半期から 2001 年
第 4 四半期の間の 15 年間の間にも 3.9%ポイントの上昇を記録している。これらのことか
ら 1980 年代における家計部門の消費支出の拡大が特に急激であったことが分かる。
第 2 に非裁量的な支出を除く消費支出を対可処分所得比で見た場合、すでに指摘してい
るように 1960 年代までに関しては明確ではないものの、1970 年代以降においては景気循
環の上昇期に家計部門の消費支出が増大し、景気後退期に縮小すると言う運動が目に見え
る形で存在している。ただ、ここで重要なのは 1983 年以降においては、景気上昇期におけ
る増大と景気後退時における減少での振幅の規模が大きくなっている点である。この振幅
を前の景気後退時における最低値と次の景気上昇期における最大値の差で見てみると、
1969 年第 4 四半期の景気後退から次の景気上昇の転換点である 1973 年第 4 四半期までの
最大値との差は 2.13%ポイントであり、同様に 73 年の景気後退からの場合で 2.93%ポイン
トであった。それに対し、81 年の景気後退の場合で 7.40%ポイント、1990 年の景気後退の
場合で 6.75%ポイントと振幅が極めて大きくなっている。
以上のことから、1980 年代、とりわけ、1982 年頃の時期を境に家計部門の可処分所得に
占める自由裁量所得の増大が急激に起こっていることが認められると同時に、景気循環に
沿って変動する非裁量的な消費支出の振幅が増大していることが明らかになった。これら
47
のことは、景気循環における家計部門の消費行動が変動に及ぼす影響を増大させているこ
とを示していると考えられる。
図5
項目別の家計支出(対可処分所得比,1960-2007)
60.0%
90.0%
80.0%
50.0%
70.0%
40.0%
60.0%
50.0%
30.0%
40.0%
20.0%
30.0%
20.0%
10.0%
10.0%
0.0%
0.0%
耐久消費財
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
消費支出(食料とエネルギーを除く,右軸)
非耐久消費財
サービス
項目別の家計支出(対GDP比,1960-2007)
45.0%
70.0%
40.0%
60.0%
35.0%
50.0%
30.0%
25.0%
40.0%
20.0%
30.0%
15.0%
20.0%
10.0%
5.0%
10.0%
0.0%
0.0%
耐久消費財
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
消費支出(食料とエネルギーを除く,右軸)
非耐久消費財
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
48
サービス
図6
家計支出のサービス項目の内訳(対可処分所得比,1960-2007)
18.0%
16.0%
14.0%
12.0%
10.0%
8.0%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
2006
2004
2002
2000
メディカルケア
1998
1996
1994
1992
1990
1988
交通
1986
1984
1982
1980
住宅運営
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
住宅
レクリエーション
家計支出のサービス項目の内訳(対GDP比,1960-2007)
14.0%
12.0%
10.0%
8.0%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
レクリエーション
2006
2004
49
2002
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
2000
メディカルケア
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
交通
1984
1982
1980
1978
住宅運営
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
住宅
図7
高齢化率(65歳以上人口,1960-2006)
13.0%
12.5%
12.0%
11.5%
11.0%
10.5%
10.0%
9.5%
9.0%
8.5%
8.0%
2005
2002
1999
1996
1993
1990
1987
1984
1981
1978
1975
1972
1969
1966
1963
1960
出所:Economic Report of the President, 2007, B-34.
図8
食料・エネルギー・メディカルケアを除く消費支出(対可処分所得比,1960Q1-2007Q4)
64.00%
62.00%
60.00%
58.00%
56.00%
54.00%
52.00%
50.00%
2006Q1
2004Q1
50
2002Q1
2000Q1
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
1966Q1
1964Q1
1962Q1
1960Q1
景気の後退期
消費支出(食料・エネルギー・メディカルケアを除く)
消費支出(食料・エネルギー・メディカルケアを除く,中心化移動平均)
食料・エネルギー・メディカルケアを除く消費支出(対GDP比,1960Q1-2007Q4)
48.0%
46.0%
44.0%
42.0%
40.0%
38.0%
36.0%
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
1966Q1
1964Q1
1962Q1
1960Q1
景気の後退期
消費支出(食料・エネルギー・メディカルケアを除く)
消費支出(食料・エネルギー・メディカルケアを除く,中心化移動平均)
出所:National Income and Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
次に本節でのもう 1 つの検討事項である資産効果について検討していく。この資産効果
の議論が注目されたのは 1990 年代のニューエコノミーの時期においてである。ニューエコ
ノミーに関する賛否両論は別として、1991 年 3 月から 2001 年 3 月までの長期にわたる景
気回復を一般にニューエコノミーと呼んでいる。この長期の景気上昇は一般にはIT革命に
よる労働生産性上昇や在庫管理技術の革新などに求められているが、その一つの要因とし
て株価の急騰に伴う資産効果の存在が指摘されている。伊藤[2001]は「資産効果は個人可処
分所得を上回る個人消費の増加を可能にし、国内需要が大きく盛り上がる主因となった」(同
35 頁)と指摘している。こういった議論は、ニューエコノミー期の景気上昇に消費が重要な
役割を果たしていることを主張する場合に多く見られるもので、前節でも見たように 1990
年以降、家計部門の消費支出が増大し、データの取り方によっては可処分所得を支出が上
回るような状態となっていることを説明する上でも、1 つの有力な方法であると言える。た
だ、この資産効果に関しては賛否が分かれており、例えば、2000 年当時、FRB議長を務め
ていたグリーンスパンは議会証言において、「現在、総需要の増大は生産能力を超えており
…この不一致の鍵となる要素は家計部門の資産の著しい上昇が支出に影響し消費が急激に
増大した」(Greenspan[2000b])ことによるもので、
「経験事実において、株式資産の 1 ドル
の増加は 3 から 4 セントの消費支出の増大を生み出しており」(Greenspan[2000a])、
「資産
効果が消費支出へ重要な影響を与えることで 1997 年末以来、年率で 1.5~2%ポイントの超
過国内需要が生み出され、生産性を主因とする供給能力を成長させている」
(Greenspan[2000b])としていた 5 。このような株価の資産効果を肯定する議論がある一方、
5
推計方法によって、家計部門の保有株式の価格上昇に対する消費支出の増大の割合は違っ
ており、Martha Starr-McCluer [1998]においては 1 ドルの価格上昇につき 3~7 セント消費
支出が増大するとしている。
51
同じFRBでもアトランタ連銀などでは、1995 年以降の個人支出が年率で約 4.1%の割合で
増大し、個人所得の増大が 3.3%に過ぎないことを認めつつもMartha Starr-McCluer
[1998]の研究を元に株式の資産効果による消費支出への影響に否定的であり、株価の上昇は
現 在 の 消 費 支 出 に さ さ や か な 影 響 し か 与 え て な い と い う 議 論 も 存 在 し て い る (FRB
Atlanta[2000])。
そのMartha Starr-McCluerの研究であるが、この研究はミシガン大学が実施したアメリ
カの家計調査で得られたパネルデータを下に家計の支出行動の分析を行ったもので、極め
て興味深い結果が出ている 6 。調査において明らかになったことは、株価のトレンドの推移
の結果、家計が支出と貯蓄を変更したかという質問に対し、
「株式保有者の太宗―85%―が、
最近の株価によって支出や収入を変化させるような影響は無かった」(Ibid., p.8)と答え、た
った 3.4%のみが影響があったと答えたということである(表 1)。さらに、株式を保有する
69.5%の家計が今後 12 ヶ月間の間に資産の現金化や貯蓄の引下げを行う予定がないと答え
ている。その理由として、45.0%が老後の蓄えとしているからと答え、33.9%が今すぐ現金
の必要ないからという回答を行っている(表 2)。このようにパネルデータからは、保有株式
の価値の増加によって生まれた含み益が、消費の増大に結びついていないという現状を明
らかにしている。そして、消費者による直接・間接の株式の保有の増大は、老後を見越し
た貯蓄を含む家計部門の資産選択の多様化の結果であり、そもそも株価は単なる経済活動
の先行指標であって、市場における予測が生産と雇用を引上げ、その結果として高い消費
支出が実現しているに過ぎないというのである 7 。
表 1 過去数年間の株価のトレンドによ
る貯蓄と支出への影響
影響の有無
比率(%)
影響なし
85.0
支出増大/貯蓄減少
3.4
特定せず
2.6
自動車の購入
0.4
住宅の購入
0.1
寄付の増加
0.1
休暇を増加
0.1
支出減少/貯蓄増大
11.6
7.2
特定せず
the Michigan SRC Survey of Consumersは、1997 年 7 月から 9 月までの毎月 500 世帯に
対し電話インタビューを行い、その計 1500 世帯のうち直接・間接に株式を保有すると答え
た 592 世帯に対して、さらに貯蓄と支出に関する質問を行う形で行った(Martha
Starr-McCluer [1998], pp.6-7)。
7 FRB Atlantaの推計によれば 1990 年代後半に見られる低貯蓄率は 401k年金プランなどを
含む金融資産の含み益を含めれば、貯蓄率は実質的には約 12%に達するという(FRB
Atlanta[2000])。
6
52
株式への投資
3.3
401(k)へ出資増加
0.7
住宅ローンの支払増加
0.4
出典:Martha Starr-McCluer [1998]を元に
作成。
ただ、この研究において注意が必要なのは、保有株式の総額別に分けて株価の上昇に対
する支出と貯蓄への影響を調べたクロスセッションのデータに現れている現象で、250,000
ドル以上の株式保有者の場合、支出の拡大と貯蓄の引下げを行った比率が 12.6%に及んだ
ことである。これでもまだ十分に高い数値であると言うことはできないが、株式保有残高
が大きい家計の場合は資産効果によって消費が増大する傾向があることとなる。1998 年の
Survey of Consumer Finance によれば、上位 10%の所得を得ている家計の保有株式の中央
値は 50,000 ドルであり、推計された平均値が 428,100 ドルであることから、25 万ドル以
上の株式を保有する家計は上位 10%の中で更に所得の多い家計ということとなり、かなり
限られている事となる(SCF 2004, Table 5 98, Table 5 98 means)。
表 2 今後 12 ヶ月間、資産の流動化もしくは貯蓄を引下げない理由
理由
比率(%)
退職後に備えて
45.0
すぐに現金を必要としないため
33.9
予備的動機
17.6
含み益の非流動性のため
9.7
大きな買い物のための貯蓄
7.9
教育のための貯蓄
7.6
住宅購入のための貯蓄
3.5
※「含み益の非流動性のために」には、「退職まで引出せないため」、「税金を支
払わないといけないため」、
「早い段階での引出しに対しペナルティを支払わない
といけないため」、「早期に引出すと利子を失うため」などが含まれている。
出典:Martha Starr-McCluer [1998]を元に作成。
このような資産効果に関する問題は、他にも存在している。伊藤[2001]はFRBの発行す
る”Flow of Funds Accounts(FFA)”を用いて家計部門の保有する金融資産のキャピタルゲイ
ンの総額を推計している。その中で、1995 年から 99 年にかけてキャピタルゲインが大き
く増大し、99 年に最大となっており、家計のキャピタルゲインと個人消費の間には半年か
ら 1 年のタイムラグのあることから、2000 年に個人消費がピークになったのだと論じてい
る(同 40-41 頁)。しかし、この議論を伊藤が推計を行った 1983 年から 2000 年までの期間
を 1960 年まで遡ってみるとこの議論がいかに不十分であるか明らかになる(図 9) 8 。図中の
キャピタルゲインの推計法は、伊藤[2001]に準拠し、At=Lt-Lt-1-Ftとしている。Aはキャ
ピタルゲイン、Lは純金融資産残高、Fは純金融資産投資を意味する。FFAには取得原価を
8
53
キャピタルゲインと含み益の実額は、名目値であるのでここでは対可処分所得比が重要に
なってくるのであるが、1960 年から 80 年にかけて家計部門の金融資産のキャピタルゲイ
ンと含み益は、変動が激しいが 30%近い時期がかなりの期間存在しているのである。伊藤
の議論では、高いキャピタルゲインと含み益は資産効果を発生させて、消費支出を高める
と言うことになるが、1960 年代から 1970 年代に 1980 年代以上の資産効果が働いて消費支
出が増大したとするのには極めて懐疑的であるといわざるを得ない。
図9
家計部門のキャピタルゲインと含み益と対可処分所得比率
(10億ドル)
5000
80.0%
4000
60.0%
40.0%
2000
20.0%
1000
0.0%
0
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
-1000
-20.0%
-2000
-40.0%
-3000
-60.0%
キャピタルゲインと含み益
対可処分所得比率
キャピタル・ゲイン
3000
対可処分所得比
出所:Flow of Funds Accounts, Board of Governors of the Federal Reserve System.
以上のように、マクロの指標において、1980 年代以降、特に 90 年代半ば以降に消費支
出が増大し、景気循環に与える影響が大きくなったことは多くの論者の認めるところであ
り、統計的な事実や経験的事実がそれを裏付けているが、それが殊に資産効果によるもの
であるのか、となると懐疑的であると言わざるを得ない状況にある。家計部門の金融資産
への投資は、その過半近くが退職後の生活のための貯蓄として行われているのであり、投
資による利益が消費に結びつくのは一部の高所得者層を中心とした家計において見られる
だけということになる。ただ、注意が必要なのは、図 10 においても見られるように家計部
記録するFlows表と時価評価で統計されるLevels(ストック)表が存在していることから、そ
の年と前年の金融資産残高を引いたものから、その年の純投資額を引くことで実現したキ
ャピタルゲインと期末での未実現のキャピタルゲイン(含み益)の合計を推計することがで
きるのである(伊藤[2001], 40 頁)。
54
門の純金融資産投資の対可処分所得比率は、1982 年をピークに減少傾向にあり、アメリカ
全体では金融資産への投資の増大を負債金融の増大が上回っている状態にあるということ
である。そのため、退職後を見越した貯蓄の増大に関しても、それ以上に負債金融による
消費支出の増大が上回っていると言うことになる。
図 10
純金融資産投資(対可処分所得比,1960-2007)
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
-5.0%
-10.0%
出所:Flow of Funds Accounts, Board of Governors of the Federal Reserve System.
4.
消費者信用の発達とその要因
景気循環における変動に家計の消費支出が影響力を大きくするもう 1 つの要因として、
消費者信用の発達の存在があげられる。アメリカにおける代表的な消費者信用は、クレジ
ットカード、自動車ローン、ホームエクイティローンの 3 種類で、統計の関係上、ここで
は前 2 者と後者を分けて論じたい。FRBの行っている消費者信用統計は、不動産担保信用
を除外しており、不動産担保信用のホームエクイティローンは消費者信用統計上に現れな
いことがその主な理由である。そして、前 2 者に関してもクレジットカードを中心とする
リボルビングと自動車ローンや教育ローンを中心とする非リボルビングという形で統計が
為されている 9 。本節では、これらの消費者信用のうちクレジットカードのリボルビングに
9
日本でのクレジットカードは割賦から発展した関係で、一括もしくは分割払いが一般的で
あるが、アメリカでは「定期的に一定額(ミニマムペイメント)さえ返済すれば、一定の与信
限度内で、継続的に与信が受けられる」(坂野[2001], 2 頁)リボルビング方式が一般的に利用
されている。
55
よる無担保ローンが 1980 年代中葉以降、ホームエクイティローンが 1990 年代半ば以降大
きく増大し、個人消費の拡大を促したことを明らかにし、また、それを可能にした要因に
ついて言及する。
消費者信用の拡大を見るために、まず、FRB の消費者信用残高の統計を見てみる(図 11)。
図からも分かる通り、アメリカにおける消費者信用残高は 1980 年の景気後退期以降、増加
傾向を高め、90 年の景気後退期に一旦、減少したものの 1993 年から急激に著しい増加を
示すようになった。1970 年 1 月の段階でリボルビング、非リボルビング合わせて約 1278
億ドルだった信用残高は、80 年 1 月には約 3517 億ドル、90 年 1 月には約 8024 億ドル、
2000 年 1 月には 1 兆 5519 億ドル、そして、2007 年 12 月には 2 兆 5525 億ドルに達して
いる。なかでも、クレジットカードを中心とするリボルビングの残高の伸びは著しいもの
となっている。1970 年1月の段階では、信用残高に占めるリボルビングの比率は約 3.0%
に過ぎなかったが、80 年 1 月には約 16.0%、90 年 1 月には約 27.1%、2000 年 1 月には約
40.0%、そして 2007 年 12 月には若干低下して 38.1%と極めて高い比率を占めるようにな
った。
図 11
消費者信用残高(1968.01-2007.12)
3,000
10億ドル
2,500
2,000
1,500
1,000
500
リボルビング以外(自動車ローン、教育ローン等)
2006年1月
2004年1月
2002年1月
2000年1月
1998年1月
1996年1月
1994年1月
1992年1月
1990年1月
1988年1月
1986年1月
1984年1月
1982年1月
1980年1月
1978年1月
1976年1月
1974年1月
1972年1月
1970年1月
1968年1月
0
リボルビング(クレジットカード等)
出所:Consumer Credit, Board of Governors of the Federal Reserve System.
このことをより詳細に見るために、消費者信用の前年同月比での伸び率をみたものが図
12 で、四半期別の対可処分所得比を見たものが図 13 ある。これらの図からクレジットカー
ドを中心とするリボルビングの利用拡大が 1980 年代、90 年代における消費者信用の利用
拡大に以下に重要な役割を果たしたかが明らかになると同時に、1990 年代における消費者
信用の拡大がそれまでにない規模のものであることが分かる。まず、リボルビングの利用
に関しては、消費者信用残高の対前年同月比のデータにおいて明らかなように 1980 年代半
ばと 90 年代半ばにおいて極めて大きな増加を示していると同時に、景気後退期においても
増加率がマイナスにならず利用が増大し続けているため、対可処分所得比で見た場合には
56
トレンドとして比率が上昇し続けることとなる。それに対し非リボルビングの信用利用は、
景気後退期に増加率がマイナス、もしくはマイナスに近くなるため、景気循環に沿った運
動を行うこととなる。そして、それまで景気循環に沿って消費者信用の利用がなされてい
たため、消費者信用残高の対可処分所得比は 20%を超えることは無かったが、リボルビン
グの利用拡大の結果、90 年代には対可処分所得比 20%を超え、2002 年 4 四半期から 2003
年第 2 四半期にかけて 25.0%という規模にまで消費者信用の利用は拡大することとなった。
2001 年の景気後退において、消費者信用残高が明確な減少傾向を示さないのは、景気後退
に入った段階で FRB が素早く金利の引下げを行い、景気後退が短期で終わっただけでなく、
住宅バブルへとつなげた結果、消費が拡大していったためである。また、90 年代末にはリ
ボルビングの利用残高の上昇がそれまでより穏やかになり、2000 年に入ると対可処分所得
比では減少傾向すら見せるようになった背景には、後述するクレジットカードの利用拡大
とその結果としてこの時期、破産が急激に増大したことやホームエクイティローンへの債
務の乗せ換えが進んだ結果であると考えられる。
リボルビングの利用拡大が 1980 年代中葉以降、消費者信用の利用の拡大において重要な
役割を果たしたと考えられることから、以下ではリボルビングの中心的な位置を占めるク
レジットカードの利用拡大に関してみていくこととする。
図 12
消費者信用残高の推移(前年同月比,1980.1-2007.12)
35.0%
30.0%
前年比,%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
景気の下降期
全体
非リボルビング
出所:Consumer Credit, Board of Governors of the Federal Reserve System.
57
リボルビング
2006年1月
2004年1月
2002年1月
2000年1月
1998年1月
1996年1月
1994年1月
1992年1月
1990年1月
1988年1月
1986年1月
1984年1月
-10.0%
1982年1月
-5.0%
1980年1月
0.0%
図 13
消費者信用残高(対可処分所得比, 1968Q1-2007Q4)
30.0%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
1998Q1
非リボルビング
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
全体
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
景気の下降期
リボルビング
出所:Consumer Credit, Board of Governors of the Federal Reserve System, National Income and
Product Accounts, Bureau of Economic Analysis.
クレジットカードのリボルビングは、アメリカにおける最も一般的な無担保ローンであ
り、
「1985 年から 1991 年にかけて、一連の新規参入者が銀行カード市場に参入し、金利と
年会費を一段と下げる」(坂野[2001], 4 頁)競争を繰り広げた。その結果、1980 年代半ば以
降、クレジットカードによる信用利用が拡大し、消費者信用の中で重要な役割を果たすよ
うになるのである。1986 年の Survey of Consumer Finances によれば、クレジットカード
による債務を持つ家計の比率は 1983 年には 37.9%だったものが、86 年には 43.6%まで 5.7%
ポイント増加し、推計された負債の支払に占めるクレジットカードの割合は 16.9%から
25.3%に 8.4%ポイントの増加が見られた(Avery, Elliehausen, and Kennickell[1987],
pp.766-767)。さらに 1989 年にはクレジットカードを 1 枚以上保有する家計は 69.5%に達
し、2001 年には 76.3%になる(表 3)。その中でも注目すべきは、低所得層の世帯におけるク
レジットカードの保有が増加していることにある。表中からも明らかなように、1989 年か
ら 2001 年までの間にクレジットカードの保有世帯は、全体では 8.9%の増加だったのに対
し、準低所得層では 18.1%、低所得層に至っては 46.5%も増加しているのである。
Johnson[2005]によれば、前述の表 3 における 5 分位での最下位ではなく、更に所得の少な
い下位 10%の所得層でのクレジットカードの保有増加率を見てみると 1989 年の 18%から
2001 年の 35%へと、約 2 倍の増加率を示しているという(ibid. p.475)。
しかし、低所得層に対する信用供与の拡大はハイリスクな行為であり、1989 年から 2001
年までの間にこのような変化が現れたのはなぜであろうか。それには 2 つの理由が考えら
れる。1 つはハイリスクな信用供与が可能になるような技術革新があってクレジットカード
会社が発行基準を緩和したこと、もう 1 つは 1989 年と 2001 年でのその下位層に属する家
計の性質もしくは特性、つまり、雇用状況や債務の履行状況の改善などの可能性があるこ
58
とである。そこで、Johnson[2005]は家計がクレジットカードを保有する可能性が 1989 年
と 2001 年でどの程度変化し、その原因が貸し手や借り手による要因か、属する家計の性質
が変化した結果であるのかについて推計を行った 10 。その結果、全階層では保有確率の増大
が 7%ポイントと推計され、うち 2%ポイントが貸し手や借り手による要因であると推計さ
れた。それに対し、低所得層では保有確率は 16%ポイント増大し、うち 9%ポイントが貸し
手や借り手による要因であると推計された。更に 1989 年から 2001 年の間に新たにクレジ
ットカードを保有することとなった家計の性質を調べてみると、よりリスクの高い家計で
あり、1989 年の段階での保有者と比較して過去 6 ヶ月間における不履行率は高く、年齢も
若く、子供の数も多い信用度の低い家計であることが明らかとなった(ibid., pp.475-477)。
このようなことから、1980 年代末から 90 年代にかけての低所得層に見られるクレジッ
トカードの保有増大は、その階層に属する家計の状況が改善された結果として増大したよ
りも、クレジットカード会社と家計の発行と保有に対するスタンスの変化によって増大し
た部分が大きいということになる。ここで特に重要となるのは、発行したクレジットカー
ドによって信用供与を行うクレジットカードの発行主体のスタンスの変化である。なぜな
ら、たとえ家計がクレジットカードの発行を希望したとしても、発行主体がそれを許さな
ければ発行を受けることができない訳であり、とりわけ、信用力の低い家計と金融機関で
は主導権は金融機関側にあると考えられるためである。そこで前述のようにハイリスクな
信用供与を可能にするよう技術革新があったのかということになる。
それがクレジット・スコアリングとリスク別の利率設定である。技術革新の結果として、
貸し手が信用供与を希望する消費者の債務不履行の可能性を見積もることが可能になった
ことと、そのリスクに合わせた細かな条件の適応が可能になったことによって、それまで
信用を供与するにはリスクの高すぎる消費者に対しても、相応の利率を設定することで信
用供与が可能となったのである。消費者信用におけるクレジット・スコアリングの発想自
体は、そこまで新しいものではなく、1930 年代には存在していたが、実際に幅広く活用が
可能になるのはコンピュータの性能が向上し、大量のデータ処理が可能になる 1990 年代に
入ってからであった(ibid., pp.475)。特にアメリカでは、クレジットビューローという信用
情報とそれに付随するクレジット・スコアリングなどのサービスを専門に提供する信用情
報機関が発達しており、膨大なデータが金融機関に対して提供されている 11 。そして、クレ
ジット・スコアリングとリスク別の利率設定が用いられるようになったことで、従来のカ
ード利用者の中から優良顧客に対して優遇金利を設定するといったAmerican Expressや
Citiのような従来型の発行体に加え、低所得層を専門としたMetrisやProvidian、所得上位
30%に入るような裕福な家計に特化するMBNAなどの発行体が生まれ、低所得層を中心と
するクレジットカードの急激な普及と信用供与の大幅な拡大が発生したのである(坂野
10
推計モデルの関係でクレジットカードの保有確率の増大原因を、クレジットカードを発
行する供給側とクレジットカードの申し込みを行う需要側のどちらに起因しているか区別
することができない状態になっている(Johnson[2005], pp.475-476)。
11 Experian, Equifax, Trans Unionの 3 大クレジットビューローが存在しており、提供され
る個人信用情報は消費者ローン、住宅ローン、クレジットカード、携帯電話、公共料金、
家賃、物品レンタル等に対する利用や支払に関する履歴(クレジットヒストリー)で、極めて
多岐に渡っている(全国信用情報センター連合会[2006], 4-6 頁)。
59
[2001], 4-6 頁)。
表 3 所得階層別クレジットカード保有家計の割合(%)
1989
1992
1995
1998
2001
1989-2001 の増加率
全体
69.5
71.9
74.4
72.7
76.3
9.8
低所得層
29.3
33
38.2
34.7
42.9
46.5
準低所得層
57.1
66.9
63.9
64.4
67.4
18.1
中間層
75.9
74.2
78.3
77.7
82.1
8.3
準高所得層
87.1
88.8
91.5
88.5
88.5
1.7
高所得層
95.5
94.6
98
96.6
97.1
1.7
注:少なくとも 1 枚以上のカードを保有する家計を対象
出所:Johnson[2005], p.475.
次にホームエクイティローンについて見ていく。ホームエクイティローンとは、住宅の
評価価格から住宅ローンの残高を差し引いた含み益を担保として融資を行う消費者信用で
ある 12 。このような不動産を利用した資金調達の方法には、ホームエクイティローンだけで
なく、住宅の売却や住宅ローンの借り換えによる現金調達(キャッシュアウト・リファイナ
ンス)などの手法が存在している。ここでは、その中で最も重要なホームエクイティローン
を中心に議論を進める。
ホームエクイティローンは、消費者にとっては利払いに対する所得税控除の特典が利用
可能であり、貸し手にとっては不動産担保があることから無担保ローンと比較してリスク
が低くなるという利点があり、貸し手と借り手の双方にとってメリットのあるローンであ
るといえる(坂野[2001], 7 頁)。ホームエクイティローンが消費者信用として重要視され始め
た の は 、 1980 年 代 末 ご ろ か ら で あ る と 考 え ら れ る 。 Avery, Elliehausen, and
Kennickell[1987]によれば、1986 年の Survey of Consumer Finances において、1983 年
から 1986 年の間で消費者負債と不動産抵当債務の関係に大きな変化がみられたという。そ
れは、不動産抵当債務がその他の消費者負債の代わりになるということであり、その原因
として 1986 年の税法が従来からの消費者債務に対する利払い控除を徐々に廃止されるのに
対し、不動産抵当債務に対する利払い控除は存続したことがあげられている。しかし、こ
の段階では新たに取得されて消費者債務を代替したと考えられるホームエクイティローン
の規模は非常に小さく、まだ重要性を持っていなかった(ibid., pp.767-768)。しかし、その
後、ホームエクイティローンは急激に規模を拡大し、Pozdena [1989]によれば、1987 年か
ら 1988 年の間に銀行のホームエクイティローンの残高は 30%以上増加して 289 億ドルか
厳密には、固定金利で一括して借入るクローズド・エンド型のHome Equity Loan(HEL)
と、変動金利でクレジットライン内であれば自由に借入を行えるオープン・エンド型の
Home Equity Line of Credit(HELOC)の 2 種類が存在しているが、ここではホームエクイ
ティローンと総称する。ちなみにPozdena[1989]によれば、1980 年代に規模が大きく拡大
したのは後者のHELOCの方で、1980 年の段階でHELOCを提供していた金融機関は 1%に
も満たなかったが、1989 年には 80%の銀行と 65%のS&Lが提供するまでに拡大したという。
12
60
ら 375 億ドルに増加し、家計の消費者信用として、銀行のポートフォリオの構成物として
重要性を高めていると指摘されていると同時に早くもそのリスクが懸念されている。
そして、1990 年代に入り、1991 年からは FRB の Flow of Funds Account でも、ホーム
エクイティローンの統計が取られようになり、
その推移を見ると図 14 のようになっている。
この図からも明らかなようにホームエクイティローンは 1990 年代中葉以降から次第に増加
率が高まり始めるが、その増加が最も顕著になるのは 2000 年代入ってからである。2000
年に前年比 21.8%の増加を記録し、2004 年には前年比 31.2%を記録している。残高に関し
ても 1990 年の段階で 2150 億ドルであったものが、2006 年には 1 兆 340 億円と約 4.8 倍
に拡大している。また、対可処分所得比でも 1990 年に 5.01%だったものが 2006 年には
10.86%と約 2 倍と確実にその比重を増大させている。
図 14
ホームエクイティローンの推移(残高,1991-2006)
1,200
35%
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
-5%
10億ドル
1,000
800
600
400
200
0
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
ホームエクイティローン
増加率
出所:Flow of Funds Accounts, Board of Governors of the Federal Reserve System.
さらにホームエクイティローンが家計の消費支出に与えた影響の実相に迫るものとして、
Greenspan & Kennedy[2007]の研究は注目に値する。この研究は、不動産担保貸付によっ
て生み出された住宅取得を目的としない自由な資金(フリーキャッシュ)が、どのような使途
に利用されたのかを推計したもので、ホームエクイティローンだけでなく、住宅の売却や
キャッシュアウト・リファイナンスについてもその消費に与えた影響について検討を行っ
ている。その結果、1991 年から 2005 年の間に家計の得た資金は、年平均で約 5322 億ドル
であり、そのうち約 2/3 が住宅の売却、約 20%がホームエクイティローン、13%がキャッ
シュアウト・リファイナンスによって生み出されたものであった(図 15)。ただ、注意が必
要なのは住宅売却で得られた資金のうち、87%は新たな住宅の取得へと使われており、7%
が個人消費支出へ、6%が投資などの他の目的に利用されているということである(ibid.,
pp.6-7)。それに対し、ホームエクイティローンの場合は、生み出された資金のうち約 1/3
が住宅ローン以外の債務への支払に、更に約 1/3 がリフォームに、そして約 1/4 が個人消費
61
支出へと向けられている(ibid., p.8)。キャッシュアウト・リファイナンスの場合は約 1/3 が
リフォームに、約 27%が住宅ローン以外の負債、ここでは特にクレジットカードの負債と
住宅ローン以外のローンに、さらに約 17%が個人消費支出へと向けられている(ibid., p.9)。
そのため、ホームエクイティローンの占める割合は全体では 2 番目の規模でしかないが、
最大規模の住宅の売却で得られた資金の多くは、次の住宅の購入に当てられており、その
使途のうち直接・間接で約 60%が個人消費支出に当てられるホームエクイティローンは重
要であるといえる。
そして、生み出されたフリーキャッシュのうち、直接的に消費支出へ充てられた資金は、
1990 年代半ば以降急激に増大し、1991 年から 2005 年に年平均で約 661 億ドルを記録して
おり、これは個人消費支出の約 1%に当たる(図 16)。さらに住宅ローン以外の債務返済に充
てられることで、間接的に個人消費支出を下支えするのに年平均で約 500 億ドルの費用が
充てられており、これは年初段階での同債務残高の約 3%に当たる。これらのことから、ホ
ームエクイティローンなどを中心とする、不動産資産を用いた資金調達によって得られた
フリーキャッシュを元に支出された資金は、直接・間接に個人消費支出のうちの約 1.7%を
1991 年から 2005 年までの間の期間において下支えしていたと指摘されているのである
(ibid., p.10)。フリーキャッシュからの直接・間接の個人消費支出への下支えは 1990 年代半
ば以降、急速に拡大しており、1991 年の段階で約 1%であったのが、2000 年には 1.8%、
2005 年には 3.7%と名目的な額だけでなく、個人消費支出に占める割合も大きく増大してい
るのである。
図 15
家計の手に入れたフリーキャッシュ(1991-2005)
1,600.0
1,400.0
197.9
1,200.0
146.2
316.6
10億ドル
1,000.0
173.4
800.0
140.2
600.0
45.6
74.4
400.0
200.0
17.8
21.3
223.1
25.3
11.4
175.4
26.4
11.2
155.5
17.4
32.2
173.8
12.8
30.7
141.1
21.8
49.2
206.0
25.9
59.4
190.8
32.6
131.8
105.9
129.4
109.4
914.5
647.2
46.9
50.1
249.9
347.3
389.0
322.5
182.6
411.6
701.5
488.2
0.0
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
住宅の売却
ホームエクイティローン(Net)
出所:Greenspan & Kennedy[2007]を元に作成。
62
キャッシュアウト・リファイナンス
図 16
フリーキャッシュからの直接・間接の消費下支え効果(1991-2005)
350.0
7.00%
300.0
6.00%
10億ドル
250.0
143.9
124.4
200.0
0.0
3.00%
71.1
61.5
100.0
50.0
4.00%
93.6
150.0
55.1
170.4
39.6
12.1
26.3
11.3
21.3
12.5
19.3
18.6
22.8
16.1
19.6
24.8
28.9
32.5
30.2
32.4
37.5
51.1
182.7
133.7
64.3
79.2
5.00%
101.2
2.00%
1.00%
0.00%
1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
住宅ローン以外の借入返済
個人消費支出
個人消費支出(対個人消費支出比)
住宅ローン以外の借入返済(対消費者信用残高比,年初段階)
出所:Greenspan & Kennedy[2007]を元に作成。
不動産を利用した資金調達が 1990 年代に急速に拡大したことは、ここまで見てきた通り
であるが、それを可能にする要因はなんであったのだろうか。1 つは既にみたように不動産
担保貸付への利払いに対し所得控除が適応されることがあげられる。ただ、これは不動産
担保貸付を利用する利用者側のメリットであって、貸付を行う側の金融機関に対しても貸
付を推進する動機が必要である。それが修士論文において主張された、銀行業務の転換と
セキュリタイゼーション(証券化)の進展にあると考えられる。アメリカでは 1991 年の連邦
預金保険公社改善法(FDICIA)によって自己資本比率規制が導入された結果、銀行は自己資
本に対して貸出の比率を高める高レヴァレッジによる収益の増大を狙うことができなくな
った。そのため、銀行はその中心的な業務を手数料収入などの非金利型収入の獲得へとシ
フトさせることとなった。その非金利型収入の中でもとりわけ重要なのが、セキュリタイ
ゼーションによる収入である。
アメリカにおいてホームエクイティローンを担保とする資産担保証券(Asset Backed
Securities, 以下 ABS)の発行は正確な統計が存在しないため、正確な数字が分からないが、
Nomura[2004]によればホームエクイティローン ABS の発行は、1996 年ごろから急激に増
加し始め、1996 年の段階でその年の発行量の約 25%に過ぎなかった割合が、2003 年には
約 55%にまで拡大したと指摘している。また東覚[2005]によれば、2005 年 11 月 25 日の段
階でのその年のホームエクイティローン ABS の発行高は、ABS 市場全体の約 61%に及ん
でおり、金額ベースでは 3600 億ドルに達するという(同 8 頁)。
このようなセキュリタイゼーションの進展は、先に見た消費者信用においてもみられる
現象である(図 17)。消費者信用残高全体に占める証券化された債権の比率は、1990 年 1 月
の段階で 5.8%に過ぎなかったが、徐々に比率が上昇し、1995 年 1 月には 14.3%、さらに
2000 年 1 月には 29.2%になるまで拡大している。中でもリボルビング債権の証券化が非常
63
に進んでおり、1990 年 1 月に 10.5%であったものが、1995 年 1 月に 25.8%、2000 年 1 月
に 51.8%と債権の約半分が流動化されていた。
銀行にとっての貸出債権を証券化することのメリットは、貸付資金の回収が可能なこと
であり、デメリットは債権を証券保有者に移転するため、利子収入を得られなくなるとい
うことにある。ただ、証券化のメリットはそれだけではなく、貸出に対するリスクを投資
家に転嫁することが可能であるという点もあげられる。そのため、信用度の低い低所得層
に対し、消費者信用の拡大した 1990 年代に消費者信用の流動化率が高まったのは無関係で
はないと考えられ、クレジット・スコアリングとリスク別の利率と合わせて、低所得層に
対する消費者信用拡大の一因となっていると考えられる。また、ホームエクイティローン
に関しても、不動産を抵当とすることで無担保ローンと比べて、安全性が高いとは言うも
のの、住宅価格が下落すると債権回収が不可能になるというリスクを抱えている。そのた
め、リスクの転嫁に対する誘引はホームエクイティローンにおいても存在しており、1990
年代に入ってそれが大幅に拡大した背景にはセキュリタイゼーションによって、リスクを
投資家に移転しつつ、手数料収入を稼ぐことができるという環境が生まれたことがあると
考えられる。
図 17
消費者信用の流動化率(1988.1-2007.12)
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
2007年1月
2006年1月
2005年1月
2004年1月
2003年1月
2002年1月
非リボルビング
2001年1月
2000年1月
1999年1月
1998年1月
1997年1月
1996年1月
1995年1月
1994年1月
1993年1月
1992年1月
1991年1月
1990年1月
1989年1月
全体
リボルビング
出所:Consumer Credit, Board of Governors of the Federal Reserve System.
本節ではアメリカにおける消費者信用の発達が 1980 年代以降に進展し、消費者が従来よ
りも多くの資金を負債によって調達することが可能になったかどうかを見てきた。そこで
明らかになったことは、クレジットカードを中心とするリボルビング方式の消費者信用の
利用が 1980 年代半ば以降、新規参入による競争によって拡大し、90 年代に入ってからは
技術革新によってクレジット・スコアリングとリスク別の利率設定が可能になった結果、
64
低所得層を中心に爆発的に拡大したことが明らかになった。また、エクイティローンを中
心とする不動産を利用した資金調達が 1980 年代半ばに登場し、80 年代の終わりには重要
性が指摘されるまでとなり、90 年代に入って急速に拡大したことが明らかになった。ホー
ムエクイティローンの利用が推進された原因の 1 つには不動産担保貸付に対する利払いの
所得控除の存在があげられるが、1990 年代以降の急速な拡大にはセキュリタイゼーション
の進展が関わっていると考えられる。
5.
家計部門の消費行動と金融不安定性(補足)
横川[2008]では、家計部門の借入の増大による消費支出の拡大が、債務不履行の可能性を
高め、金融不安定性を高める要因となる可能性について論じているが、その可能性につい
ていくつか補足を試みたい。
家計部門が負債金融によって消費支出を拡大させることが、家計の財務状況にどのよう
な影響を与えるのかということに関して本論では可処分所得に対する債務や住宅ローン・
消費者信用の比率を個別的に見ている。しかし、それらのデータのみでは家計部門の負債
金融に対する金融負担の全体像が見えてこないこととなる。そこで、ここでは債務返済負
担比率(Debt Service Ratio, 以下 DSR)と金融債務比率(Financial Obligations Ratio, 以下
FOR)を見てみることにする(図 18)。DSR は住宅ローンと消費者信用に対する債務返済(元
本返済と金利支払)の対可処分所得比をみたものである。これに自動車リース料、借家の賃
貸料、持ち家に付随する保険、財産税を加えたものの対可処分所得比率をみたのが FOR で
ある。そのため、FOR はより広義の家計部門の債務負担を示しているといえる(篠原[2003],
2-3 頁)。FOR をみることで明らかになることは、賃貸居住者の FOR の比率が極めて高い
ということである。1980 年第 1 四半期における FOR は全体が 15.9%であるのに対し、賃
貸居住者は 24.6%にも達する。また、2001 年第 3 四半期には賃貸居住者の FOR は 31.3%
にも達し、その後低下したものの 2007 年第 4 四半期で 26.0%という高水準にある。また、
伸び率という点においても、住宅保有者の FOR は 1990 年第 1 四半期に 13.8%、2001 年
第 3 四半期に 15.5%で 1.7%ポイントしか上昇していないのに対し、賃貸居住者の場合は
6.7%ポイントと大幅な上昇を記録している。逆に 2007 年第 4 四半期には、住宅保有者の
FOR は 18.0%となっており 2.5%ポイントの上昇であり、賃貸居住者が 5.5%ポイントの減
少であったのとは反対の動きとなっている。
これらの現象を説明する要因は、賃貸居住者と住宅保有者の所得階層にあると考えられ
る。2004 年のThe Survey of Consumer Financesによれば、2004 年のドルを基準とした
2001 年段階での所得の中央値は、住宅保有者得が 55500 ドルで、賃貸居住者は 26300 ド
ルと約 2 倍の差が存在していることとなる。全家計の所得の中央値が 42500 ドルであり、
所得 5 分位で準低所得層の所得の中央値が 26000 ドルであることから、住宅居住者の多く
は所得階層的には低所得層側に属していることとなる。つまり、低所得層の債務負担比率
が高いということであり、これは本稿で明らかとなった低所得層に対する消費者信用の拡
65
大とも符合することとなる 13 。そして、低所得層に対する債務負担による金融不安定性の増
大の可能性についてであるが、これは本稿でみた消費者信用の拡大の結果から明らかにな
る。
図 18
金融債務比率と債務返済負担比率
35.0%
30.0%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
2007Q1
2006Q1
2005Q1
2004Q1
2003Q1
2002Q1
2001Q1
2000Q1
1999Q1
1998Q1
1997Q1
1996Q1
1995Q1
1994Q1
1993Q1
1992Q1
1991Q1
1990Q1
1989Q1
1988Q1
1987Q1
1986Q1
1985Q1
1984Q1
1983Q1
1982Q1
1981Q1
1980Q1
金融債務比率(FOR)
FOR(賃貸居住者)
債務返済負担比率(DSR)
FOR(住宅保有者)
出所:Household Debt Service and Financial Obligations Ratios (FOR), Board of Governors of the
Federal Reserve System.
低所得層に対する信用供与の拡大は、クレジット・スコアリングとリスク別に利率設定
によって拡大したことは既に述べたが、これが実際に成功裏に進んだかといえば、そうで
はない。現実には 2001 年の景気後退によって、雇用・所得環境が悪化し、2002 年の決算
で低所得層向けに特化してきた Metris や Probidian の収益が他のフルラインのクレジット
カード発行体と比較して大きく悪化することとなった。Metris は赤字に転落し、Probidian
も赤字ではないものの株主資本利益率(ROE)で 10.66%とアメリカ国内のクレジットカード
専門銀行の平均 ROE である 24.81%を大きく下回っていた。その背景には、リスク管理が
不十分だったことからクレジットカード・ローンに債務不履行が増加し始めたことがあげ
られ、30 日以上の支払遅延の比率である延滞率は、全体の平均が 5.10%であるのに対し、
Metris は 15.7%、Probidian でも 11.11%と極めて高い比率となっていた(岩崎[2003])。そ
して、Metris は 2005 年 12 月 1 日に HSBC へ吸収されることとなる。また、債務不履行
2007 年における住宅保有者のFORの上昇は、持ち家比率の上昇によって住宅保有者の性
質が変化した可能性があるが、The Survey of Consumer Financesは 3 年ごとの実施で現在
のところ 2007 年次の公開はされておらず、住宅保有者の所得状況は分からない状態である。
2004 年の調査時のデータでは、住宅保有者と賃貸居住者の所得の中央値はそれぞれ 55200
ドルと 24600 ドルであり、大きな変化は認められない。
13
66
の増大は、1990 年代後半から 2000 年にかけての個人破産件数の急増の一員となっている
と考えられる(図 19)。
このように低所得層に対する債務負担が増大したことで、債務不履行率や個人破産が
1990 年代後半から 2000 年前半に上昇しており、金融機関の経営状態に悪化などの影響も
見られることから、家計部門の財務状態が金融不安定性を増大させることは十分存在して
いるのである。
図 19
非企業破産件数,1980-2006
1,800,000
(件)
1,600,000
1,400,000
1,200,000
1,000,000
800,000
600,000
400,000
200,000
0
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
出所:Bankruptcy Statistics, U.S. Bankruptcy Courts.
注 1:データの各年は 6 月 30 日終わりとする 12 ヶ月間となっている。
注 2:1979 年に法改正があり、統計方法が大きく変わったため、1980 年に関しては 1979 年 10 月 1 日からの 9 ヶ
月間となっている。
6.
最後に
本稿では、1980 年代以降のアメリカにおいて、家計部門の消費支出が景気循環に影響を
与えるようになり、「消費主導型」成長とも言うべき現象がみられるようになり、家計部門
の消費行動が金融不安定性に影響を生み出す要因となり得るようになったのかについて検
討を行ってきた。
そこでは、アメリカにおいて消費支出が景気に対して循環的反応を示すことは、1980 年
代以前からすでに指摘されているものであることから、80 年代以降においてその比重が拡
大し、景気循環に影響を与えるほどとなったのかを検討することとなった。マクロのデー
タにおいては、1981 年から 1982 年にかけてトレンドの変化が見られることが明らかとな
った。そして、1990 年代半ば頃からその違いが鮮明になってくる。ただ、マクロのデータ
からではその要因が分からないため、家計の消費支出の景気循環に与える影響が拡大する
67
要素として指摘された、可処分所得に占める自由裁量所得の拡大と消費者信用の発達が
1980 年代以降、アメリカにおいて顕著にみられたかを検討した。
まず、可処分所得に占める自由裁量所得の増大に関しては、自由裁量所得の変化に対す
る検討に加えて、可処分所得に含まれない不可視の自由裁量所得である資産効果が家計の
消費行動に与える影響について検討を行った。まず、自由裁量所得については、非裁量的
支出を差し引いた消費支出が GDP に対する比率で 1982 年ごろを境に急激に増大するよう
になっており、その可処分所得に対する比率は景気上昇期と下降期で以前よりも振幅が拡
大していることが明らかとなった。また、家計の消費支出が所得の増大以上に増加した結
果、需要を増大させて GDP を 1.5~2%ポイント引上げているということが指摘されており、
その要因として資産効果が指摘されていた。株価価値の上昇が、消費支出を 3~4%引上げる
効果があることは経験的事実として見られることであるが、それが果たして資産効果によ
るものであるのか、良好な経済パフォーマンスの結果として消費が伸びたのかという点に
おいては議論の余地があり、パネルデータは資産効果の存在に否定的であった。ただ、い
ずれにしても可処分所得に占める自由裁量所得は 1982 年ごろを境に増大し、その振幅が大
きくなり、90 年代半ば以降に家計の消費支出が増大し、経済に与える影響が重要視される
ようになったことが明らかとなった。
次に消費者信用の発達については、クレジットカードを中心とするリボルビングによる
消費者信用と不動産を利用した資金調達法の中で特に重要なホームエクイティローンの発
達について検討を行った。1980 年代半ば以降、クレジットカードによる消費者信用事業に
参入が増加し、信用利用が拡大することとなった。特に 80 年代末には信用力の高い家計に
対するカード契約が一巡し、90 年代には信用力の低い低所得層に対するカード発行が急増
した。そのようなことが可能になった背景には、技術進歩の結果としてクレジット・スコ
アリングやリスク別の利率設定、さらにセキュリタイゼーションによるリスクの投資家へ
の転嫁が可能になったことがあげられる。いずれにしても 1980 年代半ば以降、消費者信用
の利用残高は増大し、90 年代半ば以降、急速に拡大することとなった。ホームエクイティ
ローンに関しても 1980 年代半ばごろから、消費者信用を代替する債務として注目され始め、
80 年代末には重要性が指摘されるようになるが、本格的に利用が増大するのは 90 年代半ば
以降である。ホームエクイティローンに加え、住宅の売却やキャッシュアウト・リファイ
ナンスによって生み出された不動産を利用した資金調達のうち、1991 年から 2005 年にか
けて毎年 661 億ドルが消費支出に当たられており、これに加えてクレジットカードなどの
債権の返済に充てられた 500 億ドルを合わせると消費支出全体の 1.7%が直接・間接に下支
えされていることが明らかとなった。このような不動産を利用した資金調達法の発達の背
景には、セキュリタイゼーションの進展による環境の整備と業務の主軸を手数料収入に移
した銀行が収益を上げるために積極的に貸出を行ったことに加え、証券化によってリスク
を投資家に転嫁できることが考えられる。
いずれにしても 1980 年代半ばにクレジットカード中心とする消費者信用が、90 年代半
ば以降にホームエクイティローンなどの不動産を用いた資金調達が拡大したことによって、
家計の信用利用は拡大し、消費支出は増大することとなった。そのため、1980 年代半ば以
降、消費者信用の拡大はあったと考えられる。ただ、家計部門の消費行動が景気循環に絶
対的な影響を与えるというわけではないと考えるべきである。1980 年代半ば以降、家計の
68
消費支出は増大し、景気循環に与える影響力は増大したと考えられるが、依然として企業
による投資が景気循環においては重要な役割を果たしていることには変わりないと考えら
れる。しかし、1980 年代に典型的に見られたように企業の投資行動のみでは景気循環の全
てを説明することが困難になりつつあるのであり、そのために家計部門の消費行動を検討
する必要があるといえる。景気循環の議論にいて家計の影響を捨象できたのは、家計の行
動の与える影響がネグリジブルなくらい小さいと考えられていたからであり、その限りに
おいては家計部門の影響力は増大していると考えられる。
参考文献
Ana M. Aizcorbe, Arthur B. Kennickell, and Kevin B. Moore [2003] "Recent changes in
U.S. family finances: evidence from the 1998 and 2001 Survey of Consumer
Finances," Federal Reserve Bulletin, Board of Governors of the Federal Reserve
System (U.S.), issue Jan, pages 1-32.
Robert B. Avery, Gregory E. Elliehausen, and Arthur B. Kennickell[1987] "Changes in
consumer installment debt: evidence from the 1983 and 1986 surveys of consumer
finances," Federal Reserve Bulletin, Board of Governors of the Federal Reserve
System (U.S.), issue Oct, pages 761-778.
Federal Reserve Bank of Atlanta [2000] “A Wealth Effect”, EconSouth, Volume 2,
Number 2, Second Quarter 2000,
http://www.frbatlanta.org/invoke.cfm?objectid=87B68226-6666-11D5-93390020352A7
A95&method=display
Glyn, Andrew[2006] Capitalism unleashed : finance globalization and welfare, Oxford University
Press, Oxford.(横川信治・伊藤誠訳『狂奔する資本主義 格差社会から新たな福祉社会へ』
ダイヤモンド社,2007 年。)
Alan Greenspan [2000a] “Testimony of Chairman Alan Greenspan The Federal
Reserve's semiannual report on the economy and monetary policy,” The Federal
Reserve Board, February 17, 2000.
Alan Greenspan [2000b] “Testimony of Chairman Alan Greenspan The Federal
Reserve's report on monetary policy,” The Federal Reserve Board, July 20, 2000.
Alan Greenspan and James Kennedy [2007] "Sources and uses of equity extracted from
homes," Finance and Economics Discussion Series 2007-20, Board of Governors of the
Federal Reserve System (U.S.), revised.
Randall Johnston Pozdena [1989] "Home equity lending: boon or bane?," FRBSF
Economic Letter, Federal Reserve Bank of San Francisco, issue Jun 2.
Nomura [2004] “Home Equity ABS Basics,” Nomura Fixed Income Research, 1
November 2004.
Hall, Robert E and Mishkin, Frederic S [1982] "The Sensitivity of Consumption to
Transitory Income: Estimates from Panel Data on Households," Econometrica,
69
Econometric Society, vol. 50(2), pages 461-81, March.
Robert E. Hall [1986] "The Role of Consumption in Economic Fluctuations," Rovert J.
Gordon, The American Business Cycle Continuity and Change, pp.237-266.
Kathleen W. Johnson [2005] "Recent developments in the credit card market and the
financial obligations ratio," Federal Reserve Bulletin, Board of Governors of the
Federal Reserve System (U.S.), issue Aut, pages 473-486.
Sydney Ludvigson and Charles Steindel [1999] "How important is the stock market
effect on consumption?," Economic Policy Review, Federal Reserve Bank of New York,
issue Jul, pages 29-51.
Martha Starr-McCluer [1998] "Stock market wealth and consumer spending," Finance
and Economics Discussion Series 1998-20, Board of Governors of the Federal Reserve
System (U.S.), revised.
Hyman P. Minsky[1986]Stabilizing an unstable economy, New Haven: Yale University
Press(吉野
紀, 浅田統一郎, 内田和男訳『金融不安定性の経済学:歴史・理論・政策』,
多賀出版,1989 年。)
The Federal Reserve System, Flow of Funds Account.
The Federal Reserve System, The Survey of Consumer Finances.
http://www.federalreserve.gov/pubs/oss/oss2/2004/scf2004home.html
伊藤明彦[2000]「アメリカのニューエコノミーと特殊要因:アメリカのニューエコノミーと
特殊要因」『地域経済政策研究』,鹿児島国際大学,第 2 号,35-46 頁。
岩崎薫里[2003]「米銀のクレジット・カード戦略—近年の動向と成果—」
『Japan Research
Review』,日本総研,2003 年 5 月,50-68 頁。
坂野友昭[2001]「米国の消費者金融サービス市場」,消費者金融サービス研究所,2001 年 3
月,Working Paper。
篠原令子[2003]「米国家計の債務負担は消費拡大のリスクとなり得るか~現在効果剥落後の
消費の持続性」『東京三菱レビュー』
,東京三菱銀行,No.20,2003 年 12 月 18 日。
鈴木幸介[1999]「米国の最近の貯蓄率低下と個人消費」『ESP: economy, society, policy,
economy, society, policy』,経済企画協会,通号 402,26-29 頁。
仁部祐二[2006]「米国の住宅バブルと過剰流動性の行方」,建設経済研究所,2006 年 3 月。
全国信用情報センター連合会[2006]「アメリカのクレジットビューローとは」,全国信用情
報センター連合会,No.64,2006 年 9 月,3-9 頁。
高月昭年[1987]「最近のアメリカ家計所得の動向—個人消費の持続的拡大は可能か」『経済
情報』,三井銀行調査部,通号 5,1987 年 2 月,1-5 頁。
立川正三郎[1984]「最近のアメリカの個人消費と設備投資の拡大について」
『調査月報』,大
蔵大臣官房,Vol.73,No.7,1984 年 7 月,1-32 頁。
東海銀行[2000]「調査報告 アメリカの個人所得の構造変化と個人消費の動向」
『東海銀行調
査月報』,東海銀行企画部,Vol.54,No.4,2000 年 4 月,1-33 頁。
東覚健二[2005]「証券化商品/クレジット商品 マンスリー・コメント(12 月号)」,Credit
Suisse First Boston。
森一夫[1996]「景気循環における消費の安定性」
『経済学論叢』,同志社大学経済学会,Vol.47,
70
No.4,423-438 頁。
横川太郎[2008]「金融不安定性仮説とアメリカ金融システムの制度進化 ―中間理論として
の展開の可能性―」修士論文。
71
R パッケージ HiddenMarkov による景気循環の初歩的な分析
岩田佳久 1
0. はじめに
A. 景気循環論におけるマルコフスイッチング過程の意義
B. 簡単な分析
[1] パッケージ
[2] 方法
[3] 分析結果
C. 問題点
D. おわりに
E. 参考文献
F. データの出所とパッケージ・ソフトの設定
G. 図表
0. はじめに
本稿では R パッケージ HiddenMarkov を用いて簡単な景気循環の分析を行う。その前に、
景気循環論におけるマルコフスイッチング過程の意義を確認する。これはマルコフ・スイ
ッチング・モデルそれ自体を説明するためのものではなく、景気循環論という観点からど
ういう意味があるかを確認するものである。その後、アメリカと日本のデータを用いて若
干の分析を行う。その際、筆者の修士論文との整合性についても言及する。
A.景気循環論におけるマルコフスイッチング過程の意義
たとえば分布 1 を平均-1.5、分散 16 の正規分布(以下 N(-1.5, 16)のように表す)とし、
分布 2 を N(5.5, 9)の正規分布として、分布 1 から 100 個の乱数、分布 2 から 400 個の乱数
を発生させ、さらにその二つを混合させてそれぞれのヒストグラムを作ると以下のように
なる。(※黒い棒グラフはその中心)
東京大学大学院経済学研究科修士課程経済理論専攻
72
14
12
8
10
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
14
12
8
10
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
0
-12
0
14
10
0
12
10
8
20
2
10
30
20
6
30
4
4
6
2
40
0
40
-2
50
8
-4
50
-6
60
10
-8
70
60
-10
70
12
-10
混合分布
14
-12
1
分布2
-12
分布1
混合分布は正規分布より裾が左右に広く(厚く)、また左よりの裾が厚くなっているように
見える。実際に正規分布かどうかの検定をしてみると、分布 1 と分布 2 では正規性が棄却
されないのに、混合分布では主要なテストでいずれも 99%以上の高い水準で正規性を棄却
され、D'Agostino テストで歪度、尖度を別々に検定してもいずれも 99%以上の高い水準で
正規性を棄却する。
以上の数値例は系列相関のない iid(independent and identically distributed:独立同一
分布)系列である。
GDP 成長率などの経済変数のデータは尖度の点で裾の厚い(外れ値を取りやすい)分布が
見られることがあり、また歪度の点でも裾の厚さが左右で異なることもある。時系列デー
タの場合は系列相関があるので iid 系列の場合とは異なり簡単に評価はできないが、観測さ
れる状態が上記の混合分布になっているとすると、分布 1 と分布 2 という異なる局面で、
それぞれ異なる確率変数として生じているとみなすのは一つの有効な方法であろう。
その際、単純に考えれば低い成長率は平均の低い分布から、高い成長率は平均の高い分
布から生じるともみなせるが、景気循環の特徴は局面の一定の持続性にあるので、低い成
長率の時期の次に高い成長率になったからといって単純に好況期とみなすわけにはいかな
い。局面の持続性を考慮しないで、二つの分布の混合分布と考えるのは iid 混合分布を仮定
する方法だが、景気循環の分析の場合は局面が持続すると考えるのでマルコフ過程による
状態変化を伴う混合分布の方が適していると言える。つまり同じ局面が続く確率をたとえ
ば 0.9、変化する確率を 0.1 とするならば、低い成長率が続いた後で高い成長率を示したと
しても、状態変化の確率が小さく見られているため、その高い成長率は、平均の低い分布
の中で比較的まれに起きる現象とみなされることにもなる。この高い成長率がどちらの分
布から生じるとみなされるかはその高さの程度とその後の持続性に応じて判断されること
になる。
GDP 成長率などでは不況期においても、前期の成長が低かったゆえに反動で次期の成長
率が大きくなったり、また好況期にもその逆の現象が起きたりするなど、不安定な変動を
見せる。しかし局面が持続するように状態変化の確率が適切に設定されれば、安定した好
況・不況局面を検出することが可能となる。
こうした状態変化を伴うマルコフスイッチング過程の中で最も簡単なものは以下のよう
な 2 状態の隠れマルコフ過程である。
状態 1(St=1)の時にはYt~N(μ1,σ21)
状態 2(St=2)の時にはYt~N(μ2,σ22)
P(St=j|St-1=i)=Pij ,
i,j=1,2
(※PijとはSt-1=iからSt=jに変化する確率。したがって当
然ながらP11+P12=1、P21+P22=1 となる)
「マルコフ・スイッチング・モデル」と「隠れマルコフモデル」とは事実上、同じ意味
73
に用いられることもあるが、前者は観測変数(被説明変数)のラグが(観測方程式の)説明変数
に加わるが、後者はそうではないという違いを言う場合もあるらしい (※中川[2007]での紹
介による) 。
時系列データとしての経済諸変数の多くは系列相関を持つので本来的には、以上のよう
な隠れマルコフ過程よりも、自己回帰モデルとしてのマルコフ・スイッチング・モデルの
方が適しているかもしれない。ただし隠れマルコフ過程としてもマルコフ遷移確率(上では
Pij)に実質的に系列相関の意味を含んでいるので、この隠れマルコフ過程も系列相関を持つ
経済変数の分析に意義があると思われる。
このようにマルコフ過程を用いた状態変化を伴う過程としての分析が景気循環に適して
いる理由は、まとめると以下の 2 点である。
①好況と不況のような異なる局面を区別して分析することが可能となる。
②同じ局面が一定程度持続するものとして扱うことができる。
B.簡単な分析
[1] パッケージ
本来なら自分でプログラムを作成して分析すべきであり、筆者も Hamilton [1994]の 22
章に基づいて iid 系列の場合(22.3)と状態変化を伴う場合(22.4)の式で作成してみたがうま
くいかないのでフリーの統計ソフト「R」のパッケージ” HiddenMarkov”を用いた。このパ
ッケージの詳細なプログラム・コードは不明だが、解説文書 Harte [2005], [2006]を見る限
り、EM アルゴリズムを用いた Hamilton[1990],[1994]とほぼ同じものと思われる。EM ア
ルゴリズムの収束基準には対数尤度を用いている。
[2] 方法
状態は 3 以上にもできるが、景気循環の初歩的特徴としての好況・不況を表す2つの状
態を設定した。遷移確率など初期状態は NBER や ECRI [2006]の判定から計算したが、初
期状態の違いは収束値にほとんど影響を与えなかった。残差の診断は Bhar and Hamori
[2004]にならって系列相関の検定として Ljung-Box テスト(lag=12)、正規性の検定として
Bhar and Hamori [2004]では Jarque – Bera テストが用いられているが、本稿では歪度と
尖度を区別して判断できる D'Agostino テストを基準にした。同時に Jarque – Bera テスト
と Shapiro – Wilk テストも用いたが、3つのテストの間にはあまり差はなかった。
(検定は
いずれも「R」による。正規性の検定はパッケージ”fBasics”にまとめて入っている)
データとしては GDP 成長率とそれに対する構成要素の寄与度を用いた。パッケージ
HiddenMarkov を用いた推計では主に以下のような問題が生じた。
①長期的な構造変化があった場合、中期的な景気循環がそれに埋没して、好況・不況の交代
が検出されない。つまりたとえば、推定期間の前半が高成長の時期、後半が低成長の時期、
というように区分されてしまう。その場合は推定区間を短くして長期的構造変化の影響を
受けないようにした。逆に短期の変動が大きく中期的な景気循環を隠す場合もあった(→こ
74
れについては以下の③でも述べる)
②残差に系列相関があったり、正規性が棄却されたりした場合は推計区間を変化させて対
応した。本来は(特に系列相関の場合)、ラグ付きの式を作るべきであるが筆者の技術の問
題でそこまではできなかった。
③二つに分離された分布の違いが統計的に有意であるかどうかの問題があ
る。”HiddenMarkov”では基本的に平均と分散(標準偏差)の二つがセットで変化する状態(分
布)を判断するが、好況・不況という基準の性質上、平均の違いに意味があるがどうかを判
断基準にした。つまり推計によって2つに区分された状態(分布)で平均に差がなければその
二つの状態の区分は有意でないと判断した。平均の差が有意でないのに好況・不況を区分
すると不況の確率の動向がかなり変わってくる。この差の有意性の判断は基本的に以下の
ようにt検定を行った。
t検定を行うためには二つの分布の平均と分散のほかに観測数が必要である。前二者は
当然推計の結果にあるが、2つの分布の観測数はもともとの観測数に定常分布の各状態の
確率をかけたものを用いた。その後はまず F 検定で分散の差の有意性を調べ、分散が有意
であれば等分散を仮定するt検定、もし分散に差(有意水準 95%)があれば Welch の方法で
t検定を行った。
さらに「好況」「不況」の概念が NBER や ECRI のものとは異なることにも注意が必要
である。ここでの隠れマルコフ過程は、対象とする系列が平均と分散の異なる 2 つの正規
分布からなるとしたときに、高い平均の時期と低い平均の時期に分けるとしたらどう分け
るのが最も尤度が高いか、という分け方である。従って以下の表を見ても分かるように、
必ずしも「不況」時にマイナス成長になっているとは限らない。NBER や ECRI での「リ
セッション」は原則的にマイナス成長であるので、概念上の違いがある。
[3] 分析結果
景気循環の特徴は①繰返し性と②諸系列の同調性にある。本稿では個別の系列における
好況・不況の状態を調べ、諸系列間の関係とその歴史的変化を見ることで景気循環を構成
する諸要素の内的分析を試みる。
1. アメリカ
■GDP(図 US-1,2,3)
1960 年から 2005 年を対象とするが、すべての期間を取ると長期的構造変化のみが検出
され景気循環が埋没するので、1960-1985、1968―1987、1984-2005 の三つの区間に分
けてリセッション確率をグラフにすると以下のようになる。(※グラフは一括して 9 ページ
以降に掲載。グレーの部分は NBER 認定のリセッション期)
リセッション確率の動向は NBER のものとほぼ重なっている。しかし問題点は 1980Q1
から始まるリセッションに先行してリセッション確率が高くなる部分が期間の取り方によ
って異なることである。つまり 1960-1985 の区間では 1978 年頃からリセッション確率が
75
かなり高くなるのに対して 1968―1987 の区間ではその部分がほとんど見えないことであ
る。その原因の一つは 1960-1985 の区間の推計で不況期における分散が異常に大きいこと
であろう。もう一つの原因は GDP 伸び率の時系列グラフから見ても分かるが、1978-1979
年の過程はリセッションに先行して GDP 成長率が下がっている。この「先取り的なリセッ
ション」をどうみるのかという点で評価が分かれている。1960-1985 の区間は比較的に高
い成長率であったので不況期の平均が 1.521%、好況期が 5.441%に対して、1968―1987 は
それよりも低く不況期の平均が-0.384%、好況期が 5.159%であるため、1978-1979 年の
低成長過程は前者では不況期、後者では好況期と評価されることになる。一般的に言えば
リセッション確率が 0 か1に近い場合以外の中間的な時期は区間の設定によって不安定に
変動するようである。
■個人消費(CONS)(図 US-4,5)
ここで特徴的なことは①69 年末から 70 年にかけてのリセッション確率の低さ、②2001
年リセッションではリセッション確率がほとんど 0 という 2 点である。2001 年のリセッシ
ョンがマイルドなもので、個人消費の落ち込みが少なかったことが景気を下支えしたこと
は通説なので、ここでの分析結果は通説と整合的であるといえる。
他方で 1970 年頃のものについては他の系列の分析も含めて再論する。
■設備投資(BI)(図 US-6,7)
1960-1985 の区間は残差の正規性が否定されているので、特に標準偏差や差の有意性な
どには問題がある。ただし平均の差が有意だと仮定とすればリセッション確率の動向はほ
ぼ適切な傾向を示していると考えられる。残差の検定で適切とみなされる 1984-2005 年の
区間を合わせてみると、特徴的なことは
①NBER がリセッション認定していない 1966 年にリセッション確率が高まっている。
②NBER がリセッション認定していない 1985-86 年にもリセッション確率が高まってい
る。
③よく見ると 1985 年以前では NBER 認定のリセッション期に対して個人消費のリセッシ
ョン確率が先行し、設備投資のリセッション確率が遅行するという関係がほぼ一貫して
(1970 年リセッションを除いて)見られたのに対して 85 年以降の二回のリセッションでは設
備投資のリセッションが先行している。
この 3 点について評価する前に設備投資をさらに細分してみる。米商務省経済分析局の
NIPA のデータでは設備投資の下位項目として Structures(建物構築物)と Equipment and
software(機器およびソフトウエア)に分けられているのでこの二つについても同様に個別
系列のリセッション確率を調べる。
●Structures(図 US-8,9、「建築物」または「BI.st」と表記)
1960-1985 年の区間では残差の正規性が棄却されているという問題があるが、リセッシ
ョン確率の推移に妥当性があるものとして、残差の検定で適切とみなされる 1984-2005
年の区間を合わせてみると、特徴的なことは、
76
①NBER 認定のいくつかのリセッション期にまったく反応していないときがある(1960 年、
1970 年、1980 年)。
②NBER がリセッション認定していない 1985-86 年にリセッション確率が高まっている。
③NBER 認定のリセッション期に対して設備投資全体よりもさらに遅行している。特に 85
年以降も遅行は明確である。
●Equipment and software(図 US-10,11、「機械等」または「BI.eq」と表記)
1984-2005 年の区間で残差の正規性が棄却されているという問題があるが、リセッショ
ン確率の推移に妥当性があるものとして、残差の検定で適切とみなされる 1960-1985 年の
区間を合わせてみると、ほぼ設備投資全体の動向と一致しているとみなされる。
以上のことから設備投資について以下の点を仮説的な結論とする。
Ⓐ1985-1986 年にかけて(少なくとも)設備投資における明確な不況があった。
Ⓑ1985 年以前は個人消費が先に不況に入り、その後設備投資が遅れて不況に入るという関
係があったが、85 年以降は設備投資の方が先行するようになった。
ⒸStructures と Equipment and software の関係では、Equipment and software が景気動
向と密接に(敏感に)連関し、リセッションが本格的になったときに初めて Structures でも
リセッションに入る。逆に言えば全体的なリセッションが軽ければ Structures は単独とし
てはリセッションに入らない。したがって先にあげた 1970 年リセッションについて言えば、
Equipment and software レベルの比較的軽いリセッションということになるだろう。
■住宅建築(HAUS)(図 US-12,13)
1960-1985 年の区間では残差の正規性が棄却されているという問題があるが、リセッシ
ョン確率の推移に妥当性があるものとして、残差の検定で適切とみなされる 1984-2005
年の区間を合わせてみると、特徴的なことは
①NBER がリセッション認定していない 1966 年に住宅のリセッション確率が高まってい
る。
②90 年リセッションでは NBER 認定のリセッション期よりかなり早い段階で住宅単独のリ
セッションに入っている。
③1994-95 年頃にリセッション確率が高まっている。
④2001 年リセッションではほとんど反応が見られない。
通説との関係で見るとまず②が最も明瞭であろう。S&L危機が住宅建設を減少させたの
は間違いないが、他の系列と比べて住宅が最も早くリセッション入りしている点が 90 年リ
セッションの特徴である。順番にいえば住宅→Equipment and software→設備投資(NBER
の認定とほぼ同時)→個人消費→Structures の順番になる。
1966 年頃の住宅におけるリセッションは設備投資の場合と似ている。住宅建築が金融の
利用可能性と密接に結びついているとすると、これは 1966 年金融危機の影響といえるが、
1964-65 年にリセッション確率がいくらか高まっているのはこの確率の有意性も含めてこ
こでは判断できない。金融危機の関係では 1994-1995 年の FRB の超金融緩和政策の転換
77
による金融危機(少なくとも動揺)が上記③で挙げたリセッション確率の高まりをもたらし
たとも言える。
ところで筆者は修士論文 B 章で住宅投資について以下の特徴を挙げた。
●60 年代には GDP 成長率と無相関(若干逆相関)であること、
●70 年代の大きな経済変動期には個人消費と住宅との相関が高まり、その前後の 60 年代と
84 年以降は相関が希薄になる、
この 2 点は住宅とその他の系列のリセッション確率の推移を見ても整合的に理解できる。
つまり 70 年代は GDP、個人消費、住宅の各リセッション確率がほぼ同調していたのに対
して、その前後では大きくずれるからである。また修士論文では「70年代の経済変動増
大の原因として購入一単位当たりの金額の多い住宅と個人消費耐久財支出の変動が影響を
与えている」ともしていた。そこで耐久消費財支出のリセッション確率を見る。
■個人消費耐久財支出(CON.D)(図 US-14,15)
ここでの問題は、1984-2005 年の区間では好況と不況の平均の差が有意ではなくなるこ
とである。そのため 1981-2005 年へと区間を拡大するとかろうじて平均の差が 90%の有
意水準を満たした。平均の差が有意でないときには(先にも述べたが)、平均の差の割には分
散が大きく、実際には好況とあまり変わらない時期が不況と誤って判断される可能性が生
じる。
個人消費耐久財支出のリセッション確率の推移の特徴は以下の通りである。
①60 年代半ばにリセッション確率が高まっているという点で住宅に似ており、
②70 年代はほぼ GDP や個人消費、住宅と同じである。
③1986 年頃に設備投資と同様のリセッションがある。
④2001 年リセッションではほとんど反応がない。
個人消費全体の動向との違いという観点から①の 60 年代と③の 80 年代半ばが問題であ
る。
1980 年代半ばの準リセッション状態に関しては筆者の修士論文では、「1979 年から続い
た連続的な FRB の金融引き締めが 1984 年に最後の引き締めとして行われ、インフレ期待
も含む投機的なブームが最後的に終息した」と判断した。その観点からは設備投資と耐久
消費財支出がリセッション入りするのは整合的に理解できる。ただしここで住宅建設が逆
にブームとなり、設備投資のリセッションが終了する 1987-1988 年以降に住宅でリセッシ
ョン入りするという、諸系列間でリセッションが交代する過程は別個の問題として設定さ
れなければならない。この 80 年代の現象のみを説明するには、金融緩和の制度的な問題と
してプラティカルな説明が可能だろうが、80 年代半ば以降の【経済変動の安定化=経済諸
系列の同調性の崩れ】という歴史的な文脈の中で再考する必要がある。
2. 日本
日本についてはあまり有意な結果が出なかった。さらにデータ上の制約もあって有意な
78
結果の出た二つのみを挙げる。グラフのグレーの部分は ECRI[2006]による classical cycle
の不況期間である。これは原則的にマイナス成長期を不況と判断する。筆者は日本の景気
循環については通説・先行研究には詳しくなく、さらにデータの集め方についても不十分
なので、簡単にのみ分かることを述べる。
■GDP
図 JP-1 は GDP 成長率のもの[1971Q1-2001Q1 の区間]でありる。ここでは景気循環
というよりも長期的構造変化が現れているようである。70 年代前半の不況は景気循環とし
ての不況局面だったとしても 77 年から 91 年までは長期構造的な意味での好況期で、92 年
以降は同じく長期構造的な意味での長期不況期のように見える。また不況期には好況期と
異なり分散が大きい。これは、80 年代半ば以降の世界的なの経済変動安定化の議論に際し
て通常、“日本は逆に 90 年代以降、経済変動が増加した”と評価されているが、そうした
評価と整合的である。しかしながら、いずれにしてもさらに詳細な分析が必要と思われる。
■設備投資(BI)
図 JP-2 は設備投資寄与度のもの[1980Q2-2005Q2 の区間]である。設備投資のリセッ
ションは 91-92 年の大きな不況で GDP のリセッション(ECRI 認定のもの)に若干先行して
いるが、その後の 2 回の不況では設備投資のリセッションは GDP のリセッションに遅行し
ている。91 年からのリセッションが通常の景気循環における過剰投資を伴う好況末期から
不況へという宇野の景気循環論からは典型的に理解できるものであるのに対して、その後
の 2 回のリセッションは景気循環の局面ではなく、基本的に長期不況化での微弱な変動の
ように見える。
日本の個人消費の系列では有意な結果を示せなかった。これは筆者の技術的な問題がま
ずあるが、それだけとも言えない。ここでは示さないが同じような分析をイギリス・フラ
ンス・韓国で GDP 成長率と、設備投資と個人消費の寄与度を用いて行ったところ、GDP
と設備投資では有意な結果が示せても個人消費では有意な結果が示せない傾向があった。
これは中期的波長の景気循環は個人消費よりも設備投資で明確に起きていることを示唆し
ているのかもしれないが、いずれにしてもさらに分析が必要である。
C. 問題点
単純な自己回帰モデルが短期的に平均を中心に変動する定常過程を前提にしているよう
に、簡単な隠れマルコフモデルによる景気循環分析は中期的な景気循環の波長で 2 つの異
なる平均を中心に変動する過程を前提にする。そのため先に述べたように長期構造変化が
あるときには同じ構造の中でしか景気循環を分析できない。また平均から傾向的に離れて
いくトレンドを持つ過程も分析できない。アメリカの IT 投資や稼動率、さらに利潤率も長
期的なトレンド線を持ち、その回りを変動しているため本稿で用いた方法では有意な結果
が導き出せなかった。これに対処する簡単な方法は HP フィルターやバンドパス・フィル
ターを用いてトレンドを除去する方法がだろうが、長期的なトレンド線それ自体が景気循
79
環論的に意味を持つことと、平均や分散の意味がなくなる問題があるのでトレンド除去の
方法は用いなかった。説明変数(観測変数)のラグを含むマルコフ・スイッチング・モデルが
必要であろうが、それは今後の課題としたい。
D. おわりに
本稿では設備投資など単独の系列における好況・不況の状態を見ることによって、GDP
構成要素の各系列における好況・不況の推移(具体的にはリセッション確率の推移)の同調性
とそのずれの歴史的な変化に焦点を当てた。対照区間の変化によって平均や分散といった
モーメントが変化することでリセッション確率も変化しうるため断定的な結論を導くこと
はまだできない。しかしそれでもアメリカにおける景気循環の一般像として、諸系列がリ
セッション入りしていくときの順序、また 1985-86 年のような経済過程全体とは異なるい
くつかの系列での単独リセッションという同調性のずれをみることができる。
今後、マルコフ・スチッチング・モデルを本格的・全面的に行うことはできないだろう
が、景気循環の多面的な研究の一環として可能な限りこの方法も取り入れていきたい。
E. 参考文献
宇野弘蔵[1953]『恐慌論』岩波書店。
宇野弘蔵[1964]『経済原論』岩波書店。
加納悟, 浅子和美[1992] 『入門経済のための統計学』日本評論社。
石村貞夫[1989] 『統計解析のはなし』東京図書。
中川満[2007]「統計学の現状と今後『マルコフ・スイッチング・モデル』」
『日本統計学会会
報』No.130(2007.1.25)。
Bhar, Ramaprasad and Hamori, Shigeyuki[2004]; Hidden Markov models : applications
to financial economics, Dordrecht ; Boston, [Mass.] : Kluwer Academic Publishers
ECRI (Economic Cycle Research Institute) [2006]. "International Reference Cycle
Dates." August 2006.
Hamilton, James D. [1990]; Analysis of Time Series Subject to Changes in Regime,
Journal of Econometrics, Jul/Aug90, Vol. 45 Issue 1/2,
Hamilton, James D.[1994]; Time series analysis, Princeton, N.J. : Princeton University
Press (『時系列解析』沖本竜義, 井上智夫訳: シーエーピー出版)
Harte, D.S. [2005]. Package “HiddenMarkov”: Discrete Time Hidden Markov
Models.Statistics
Research
Associates,
Wellington.
URL:
www.statsresearch.co.nz/software.html.
Harte, D. [2006]. Mathematical Background Notes for Package “HiddenMarkov”.
Statistics
Research
Associates,
Wellington.
http://homepages.paradise.net.nz/david.harte/SSLib/Manuals/notes.pdf.
80
URL:
F. データの出所とパッケージ・ソフトの設定
[1] データの出所
アメリカ:すべて米商務省・経済分析局の NIPA tables から
日本:GDP 成長率は、旧 68SNA・1990 年基準計数(※1999 年 4-6 月期から 2000 年 1
-3 月期の計数は速報値、2000 年 4-6 月期以降の計数は簡便的に推計した参考系列)のデ
ータを使用した。設備投資寄与度は固定基準年方式(1995 暦年基準)のデータを使用した
[2] パッケージ・ソフトの設定
R の version は 2.6.1、パッケージ” HiddenMarkov”は Version 1.2-3。
詳細な説明は避けるが操作可能なコマンドには以下の設定を行った。
distn="norm"(正規分布)、discrete=TRUE(離散分布)、nonstat=TRUE(周辺分布(marginal
distribution)が時間に対して可変)、収束基準は対数尤度で 10 のマイナス 10 乗の差。
初期値の設定は前述の通り。
G. 図表
図 G-1 アメリカ
実質 GDP 成長率(前期比年率)
(HPfilter はホドリック・プレスコット・フィルター、BPfilter はバンドパス・フィルターの各周期成分。
HP フィルターのλはデフォールトの 1400、BP フィルターもデフォールトで 6Q~32Q に設定し、それぞ
れトレンドまわりのサイクル成分を抽出している)
アメリカ
recession
Hpfilter
Bpfilter
前期比年率
0.2
0.15
1
0 9.
0 8.
0 7.
0.1
0 6.
0.05
0 5.
0 4.
0
0 3.
0 2.
-0.05
0 1.
-0.1
81
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
1978Q1
1976Q1
1974Q1
1972Q1
1970Q1
1968Q1
1966Q1
1964Q1
1962Q1
1960Q1
0
図 G-2 アメリカ
実質 GDP 成長率に対する個人消費、設備投資、住宅の各寄与度
10
1 0
9
8
7
5
6
5
4
0
3
2
1
-5
個人消費
設備投資
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
0
住宅
以下は HiddenMakov による分析結果
表に対する注:グレーの部分はアメリカの場合は NBER 認定のリセッション期間、日本の
場合は ECRI[2006]認定のリセッション期間。折れ線グラフは各系列のリセッション確率。
表に対する注:「差」または「差の有意性」は、「95%」なら「差がない」という帰無仮説
を 95%水準で棄却すること、「○」ならばその帰無仮説を 90%水準でも棄却できないこと
を示す。
「LB(12)」は Ljung-Box テスト(lag=12)、「dagoTest」は D'Agostino テストの結果を示
す。その p 値が 0.05 以下なら 95%水準でそれぞれ「系列相関がある」、
「正規分布ではない」
という帰無仮説が棄却される。
82
図 US-1 アメリカ GDP 成長率 1960-1985
GDP1960-1985
1
残差検定
LB(12)
0.497
(p 値)
dagoTest
0.092
遷移確率
不況(t-1)
好況(t-1)
0.8
不況(t)
0.889
0.6
好況(t)
0.111
0.4
不況期
0.2
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
0
0.077
0.923
好況期
差
平均
1.521
5.441
(標準誤差)
0.443
0.114
22.367
8.425
(標準誤差)
4.881
1.538
定常確率
0.409
0.591
分散
99%
90%
図 US-2 アメリカ GDP 成長率 1968-1987
GDP1968-1987
1
0.8
0.6
0.4
残差検定
LB(12)
0.283
(p 値)
dagoTest
0.286
遷移確率
不況(t-1)
好況(t-1)
不況(t)
0.846
好況(t)
0.154
不況期
0.2
1986Q1
1983Q1
1980Q1
1977Q1
1974Q1
1971Q1
1968Q1
0
図 US-3 アメリカ GDP 成長率 1984-2005
GDP1984-2005
0.041
0.959
好況期
差
平均
0.875
3.779
(標準誤差)
0.407
0.101
分散
3.317
2.986
(標準誤差)
1.138
0.508
定常確率
0.21
0.79
残差検定
LB(12)
0.274
(p 値)
dagoTest
0.057
0.8
遷移確率
不況(t-1)
0.6
不況(t)
0.803
好況(t)
0.197
1
0.4
0.898
-0.384
(標準誤差)
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
0.102
好況期
平均
差
5.159
0.648
0.11
12.341
11.337
(標準誤差)
3.423
2.223
定常確率
0.341
0.659
分散
○
好況(t-1)
不況期
0.2
99%
95%
○
図 US-4 アメリカ個人消費 1960-1985
CONS1960-1985
1
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.556
遷移確率
不況(t-1)
0.8
不況(t)
0.857
0.6
好況(t)
0.144
0.4
不況期
0.2
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
1984Q1
83
0.048
0.952
好況期
差
0.641
3.099
(標準誤差)
0.305
0.097
分散
4.107
2.423
(標準誤差)
1.162
0.391
定常確率
0.25
0.75
平均
0
0.581
好況(t-1)
99%
○
図 US-5 アメリカ個人消費 1984-2005
CONS1984-2005
1
残差検定
LB(12)
0.147
(p 値)
dagoTest
0.467
遷移確率
不況(t-1)
好況(t-1)
0.8
不況(t)
0.821
0.6
好況(t)
0.179
不況期
0.4
0.2
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
0.018
0.982
好況期
差
平均
0.598
2.445
(標準誤差)
0.401
0.092
分散
2.389
1.288
(標準誤差)
1.277
0.205
定常確率
0.091
0.909
95%
○
US-6 アメリカ設備投資 1960-1985(※残差の正規性棄却)
BI1960-1985
1
0.8
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.152
遷移確率
不況(t-1)
0.6
不況(t)
0.75
0.4
好況(t)
0.25
不況期
0.2
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
0
図 US-7 アメリカ設備投資 1984-2005
BI1984-2005
1
0.001
好況(t-1)
0.114
0.886
好況期
差
平均
-0.524
1.086
(標準誤差)
0.135
0.089
分散
0.915
0.6
(標準誤差)
0.229
0.101
定常確率
0.314
0.686
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
遷移確率
不況(t-1)
0.916
好況(t-1)
不況(t)
0.872
0.057
0.6
好況(t)
0.128
0.943
不況期
0.2
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
図 US-8 アメリカ建築物 1960-1985
BI.st1960-1985
1
0.8
0.6
好況期
0.2
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
0
84
差
平均
-0.547
0.948
(標準誤差)
0.113
0.112
分散
0.419
0.343
(標準誤差)
0.116
0.063
定常確率
0.307
0.693
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
遷移確率
不況(t-1)
99%
○
0.78
0.074
好況(t-1)
不況(t)
0.775
0.023
好況(t)
0.225
0.977
不況期
0.4
○
0.848
0.8
0.4
99%
好況期
差
平均
-0.738
0.235
(標準誤差)
0.129
0.08
分散
0.072
0.165
(標準誤差)
0.034
0.024
定常確率
0.091
0.909
99%
○
図 US-9 アメリカ建築物 1984-2005(※残差の正規性棄却)
BI.st1984-2005
1
0.8
0.6
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.069
遷移確率
不況(t-1)
好況(t-1)
不況(t)
0.744
好況(t)
0.256
0.4
不況期
0.2
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
0
0.051
0.949
好況期
差
平均
-0.534
0.107
(標準誤差)
0.076
0.087
分散
0.209
0.087
(標準誤差)
0.079
0.015
定常確率
0.167
0.833
99%
○
図US-10 アメリカ1960-1985 機械等※残差の正規性棄却)
残差検定
BI.eq1960-1985
1
LB(12)
0.119
(p 値)
dagoTest
遷移確率
不況(t-1)
0.022
好況(t-1)
0.8
不況(t)
0.777
0.12
0.6
好況(t)
0.223
0.88
不況期
0.4
0.2
図 US-11 アメリカ機械等 1984-2005
BI.eq1984-2005
1
0.8
0.6
0.812
(標準誤差)
0.098
0.094
0.55
0.342
(標準誤差)
0.131
0.059
定常確率
0.349
0.651
残差検定
LB(12)
0.728
(p 値)
dagoTest
0.112
遷移確率
不況(t-1)
0.2
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
図US-12 アメリカ住宅1960-1985(※残差の正規性棄却)
HAUS1960-1985
1
0.8
0.886
好況(t)
0.114
0.93
好況期
差
-0.106
0.849
(標準誤差)
0.084
0.119
分散
0.327
0.234
(標準誤差)
0.082
0.045
定常確率
0.38
0.62
残差検定
LB(12)
0.144
(p 値)
dagoTest
0.004
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.828
好況(t)
0.172
不況期
0.902
好況期
差
-0.701
0.647
0.2
(標準誤差)
0.113
0.102
分散
0.734
0.488
(標準誤差)
0.171
0.086
定常確率
0.362
0.638
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
○
0.098
平均
85
99%
好況(t-1)
0.4
0
○
0.07
平均
0.6
99%
好況(t-1)
不況(t)
不況期
0.4
差
-0.266
分散
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
1960Q1
0
好況期
平均
99%
○
図 US-13 アメリカ住宅 1984-2005
HAUS1984-2005
1
0.8
0.6
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.108
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.826
好況(t)
0.174
不況期
0.4
0.2
2005Q1
2002Q1
1999Q1
1996Q1
1993Q1
1990Q1
1987Q1
1984Q1
0
0.18
好況(t-1)
0.042
0.958
好況期
差
平均
-0.325
0.285
(標準誤差)
0.072
0.098
分散
0.125
0.089
(標準誤差)
0.044
0.015
定常確率
0.196
0.804
99%
○
図 US-14 アメリカ耐久財消費 1960-1985
CON.D1960-1985
1
0.8
0.6
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.872
好況(t)
0.128
0.4
不況期
0.2
1984Q1
1981Q1
1978Q1
1975Q1
1972Q1
1969Q1
1966Q1
1963Q1
0
1960Q1
0.259
0.112
好況(t-1)
0.214
0.786
好況期
差
平均
0.183
0.941
(標準誤差)
0.062
0.14
分散
2.015
0.252
(標準誤差)
0.356
0.058
定常確率
0.625
0.375
99%
99%
図 US-15 アメリカ耐久財消費 1981-2005(※区間異
なる)
CON.D1981-2005
1
0.8
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.827
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.925
好況(t)
0.075
0.6
不況期
0.9242
好況(t-1)
0.038
0.962
好況期
差
0.4
平均
0.117
0.642
0.2
(標準誤差)
0.115
0.11
分散
1.776
0.488
(標準誤差)
0.419
0.082
定常確率
0.339
0.661
2003Q1
2000Q1
1997Q1
1994Q1
1991Q1
1988Q1
1985Q1
1982Q1
1979Q1
0
86
90%
95%
図 JP-1 日本 GDP1971-2001Q1
JPGDP71-01Q1
1
0.8
0.6
残差検定
LB(12)
(p 値)
dagoTest
0.1649
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.971
0.034
好況(t)
0.029
0.966
0.4
不況期
0.2
2001Q1
1998Q1
1995Q1
1992Q1
1989Q1
1986Q1
1983Q1
1980Q1
1977Q1
1974Q1
1971Q1
0
0.2224
好況(t-1)
好況期
差の有意性
平均
0.491
1.005
(標準誤差)
0.076
0.13
分散
1.768
0.373
(標準誤差)
0.313
0.071
定常確率
0.535
0.465
95%
99%
図 JP-2 日本設備投資 1980Q2-2005Q2
JP80Q2-05Q2BI
1
0.8
0.6
残差検定
LB(12)
0.3213
(p 値)
dagoTest
0.1888
遷移確率
不況(t-1)
不況(t)
0.828
好況(t)
0.172
不況期
0.4
0.2
2004Q1
2001Q1
1998Q1
1995Q1
1992Q1
1989Q1
1986Q1
1983Q1
1980Q1
0
87
好況(t-1)
0.053
0.947
好況期
差の有意性
平均
-0.3371
0.2891
(標準誤差)
0.0888
0.0094
分散
2.1063
1.8907
(標準誤差)
0.6211
0.3067
定常確率
0.235
0.765
95%
○
高度成長日本におけるレギュラシオン・アプローチの諸展開―論点の整理―
青山堯 1
Ⅰはじめに
Ⅱボワイエ・モデル
Ⅲ利潤主導型の議論
Ⅳ賃金主導型の議論
Ⅴおわりに
1
東京大学大学院経済学研究科修士課程経済理論専攻
88
Ⅰはじめに
高度成長期の日本経済は、「投資が投資を呼ぶ」という表現に象徴されるように、民間企
業の設備投資が主導したものであったとよくいわれている。事実、従来の研究においても
高度成長日本は利潤主導型・民間設備投資主導型であるとする研究は数多く存在している。
例えば橋本(1998)の研究では、当時の日本の投資比率(GNEに占める設備投資の比率)は、
大きな変動があったものの、平均すれば 20 パーセント前後という比較的高水準で推移した
ことを確認する。そして、経済成長要因を資本ストックの増加と全要素生産性の伸びに分
けたとき、利潤額が増加すれば設備投資の伸び率が増加し、利潤額が減少するとその伸び
率が低下するという関係が存在していたことから、当時の民間企業は収益性が上昇すると
いう期待の下で旺盛な設備投資を行い、これによる資本ストック増加効果が全要素生産性
の伸びを牽引するという形で高度成長が実現したとみている。また中村(1993)においても、
当時の日本企業に急激な投資活動をもたらした要因として、Ip=α+β1Kp+β2Yc(Ip:民間設
備投資,Kp:前期末の民間資本ストック,Yc:法人企業所得と在庫品評価調整額の和)という
2
重回帰式をたてることで、1956 年から 70 年までの間には、R
が 0.9 以上の極めて高い数
値をみてとり、資本ストックが増加すればかえって投資が刺激されるという「投資が投資
を呼ぶ」という事態の存在を確認する。また投資行動は企業所得に強い影響を受けており、
年々の投資は企業利潤の額に敏感に反応し、かつその額を上回って投資がきめられていた。
このような企業の強気の行動と相重なって経済成長の原動力となり、結果的に日本は設備
投資主導型の経済成長を歩んできたのだという。
これらの説に対して、高度成長日本を消費主導・賃金主導型の成長体制(フォーディズム)
であった、と主張するレギュラシオン学派は、極めて異端な潮流におかれるのかもしれな
い。ここで、レギュラシオン・アプローチのいう賃金主導型成長とはいかなるものなのか。
それは以下のボワイエの言葉に集約される。「需要の成長は賃金主導型である。すなわち、
生産性に関する改善は、必ず事前に実質賃金を上げ、したがって、消費・投資・有効需要
を拡大する」。ここにおいて、「事前に」と言われているのは生産性の上昇が団体交渉を通
じて、実質賃金上昇にインデックスされていることを指す。ここで投資は賃金上昇により
消費需要拡大の予測がつきやすいので、それに合わせて拡大する。すなわちここでは投資
があくまで需要感応的となっており、利潤率の増加に伴って投資が増加しそれに連れて賃
金が上昇して消費も活発化するという一般的な利潤主導型成長とは明確に区別される。
レギュラシオン学派は、このフォーディズム概念を欧米のみならず日本にもあてはめよ
うとするきらいがあるが、レギュラシオン・アプローチによる日本経済分析を行う際、こ
のフォーディズム概念をどこまで厳密に、あるいはどこまで緩やかに理解するかで高度成
長日本がフォーディズムであったか否か、レギュラシオン派内部でも意見が分かれるとこ
ろであって、90 年代以降は積極的に論争が展開されている 2
2最も早くに、高度成長日本をフォーディズムと捉えてもよいのではないかと主張したのは
伊藤(1988)である。伊藤は、高度成長日本に労働生産性の上昇と正比例する実質賃金の上昇
89
そこで本稿では、高度成長期日本においていかなるレギュラシオン・アプローチが繰り
広げられているか、論点を整理することを主な目的とし、まずⅡ章では、ボワイエが提起
するフォード的蓄積体制をボワイエ・モデルと呼び、いかなるモデル構成になっているか
を確認する。Ⅲ章ではこのモデルでアプローチを試みる遠山の分析(1990)を取り上げ、この
議論が日本に非フォーディズム説をとるものになっていることを確認する。これに対して、
Ⅳ章では、フォーディズム説を主張する平野(1990)の分析を取り上げている。Ⅴ章ではこれ
までの議論の総括、そして自身のこの分野における今後の研究方針を探っている。
Ⅱボワイエ・モデル
ボワイエは、フォーディズムを蓄積体制としてみたとき、図1のようなマクロ経済的ル
ープが成り立っていたと提起する。ここにおいては、とりわけ製造業を中心とした経済の
中長期的傾向の分析であって、単純化のため政府(財政)・貨幣(金融)・対外関係(輸出入)は
捨象される。
ここでは次のような安定的なループを形成している。生産性の上昇が資本労働間の妥協
の結果である生産性への賃金の強いインデクゼーション(生産性→実質賃金の回路)をつう
じて消費需要を高め(実質賃金→消費の回路)、同時に消費需要に感応的な投資行動(消費→
投資の回路)をつうじて投資需要をも増大させる。政府や対外関係を捨象しているから、こ
の消費と投資のみが総需要を構成し、生産が刺激される (消費・投資→生産の回路)。他方、
投資の成長はさらに生産性を上昇させ(投資→生産性の回路)、また生産の成長もマクロ的な
規模に関する収穫逓増をつうじて生産性を上昇させる(生産→生産性の回路)。
図 1.ボワイエの生産性―需要モデル.
生産性
実質賃金
消費
投資
生産
出所:R.ボワイエ『[新版]レギュラシオン理論』藤原書店
はみられないものの、輸出依存度がほぼ 10%程度で安定的に推移していた国際環境の下で、
春闘による実質賃金の上昇、農家所得の伸びから内需拡大を確認しつつ、フォード的蓄積
体制がかなりの程度であてはまるであろうとしている。もっとも、この時期に民間設備投
資が経済成長率の倍以上(実質年率 22%)の伸びを示していたことから、純粋のフォード的
蓄積体制とは異なって企業の成長を優先させる特質を持っており、さらにそれは独占的大
企業の安定成長を優先させる蓄積体制であったと考えている。
90
このループの中で、レギュラシオン派がとくに重視している回路が二つある。それは「生
産性→賃金」の回路と「生産→生産性」の回路である。まず生産性→賃金の回路が成立し
た背景には、戦後労働組合が公認され、労使間における団体交渉制度が確立し、それまで
の労使間の闘争がある社会的妥協へ帰結したという事情があった。それが「生産性インデ
ックス賃金」と呼ばれる賃金決定に関する新しい方式である。それ以前は概して賃金は労
働市場の競争的メカニズムで決定されていたのであって、ここに戦後の労使の交渉と妥協
をみることができる。また生産→生産性の回路について、生産規模が拡大すれば生産性が
増大するという「規模の経済」を表すものであるが、これは企業という単位のミクロレベ
ルから社会総体としてのマクロレベルへと生産性が上昇することを意味する。テーラー・
フォード的な労働編成原理の下では、作業分割を徹底し監督者をおき、そして常に工場規
模を拡大しようとする。この大規模化は生産性を上昇させ、社会的分業を深化させること
で、社会総体としての生産性を上昇させるのである。
さて、ボワイエは既述の循環図において、「雇用」という変数を追加することで、次のよ
うに公式化・モデル化する。
.
. .
(1.1) PR=a+bI+dQ
.
.
(1.2) I=f+vQ
.
.
(1.3) C=c(N・RW)+g
.
.
(1.4) RW=kPR+h
.
.
.
(1.5) Q=αC+(1-α)I
. . .
(1.6) N=Q-PR
[注]PR:生産性
RW:実質賃金
v:投資の加速度係数
b>0、d>0
v>0
c >0
k>0
0≦α≦1
Q:生産(=需要)
N:雇用水準
I:投資
C:消費
k:生産性上昇分の分配係数
dot:変化率
まず(1.1)で表される生産性関数は、労働生産性の中長期的推移が、シュンペーター的な
技術革新効果( a )、新古典派的な資本深化すなわち投資―産出比率(I/ Q)の代替値としての
.
投資成長率( I )の効果( b )、およびカルドア的な規模の収益性効果( d )、の三つの一般的諸
傾向に依存することを表している。(1.2)の投資関数は、本来消費関数を考慮したものでな
.
くてはならないが、単純化のため Q を用いた(1.2)の式で表している。(1.3)の消費関数
.
は、消費成長率が実質賃金所得成長率(N・RW)の関数であることを表し、c は限界消費性向
である。(1.4)の実質賃金関数は、賃金上昇率が生産性上昇率に係数 k(k>0)をもってイ
ンデックスされていることを表す。この係数 k は、戦後、資本と労働の妥協の結果に生ま
れたもので、フォーディズム的賃金形成の最大の特徴を示すものである。(1.5)の需要関数
は、総需要が消費と投資からなることを表し、αは前期における C / Q である。(1.6)の恒
等式は雇用決定式である。
ここから、需要が与えられているときの生産性のトレンドを示す生産性体制(Ⅰ)、ならび
91
に、生産性が与えられたときの需要の大きさを示す需要体制(Ⅱ)の二つの線形式を導出でき
3 また次のように図示することができる。
図2.(Ⅰ)生産性体制・(Ⅱ)需要体制
(Ⅱ)需要体制(生産性→成長)
生産性
.
(PR)
.
.
Q=C+D・PR
(Ⅰ)生産性体制(成長→生産性)
.
.
PR=A+BQ
.
PRE
E
成長
.
(Q)
.
QE
出所:『[新版]レギュラシオン理論』『レギュラシオン・アプローチ』
.
.
(Ⅰ)生産性体制:PR=A+BQ 4
.
.
.
(Ⅱ)需要体制:Q=C+D・PR
A=a +bf,
.
C=
B=bv+d ,
B>0
α( ch +g) + (1-α)f
, D = αc(k-1)
1-α c-(1-α)v
1-αc-(1-α)v
.
.
生産性体制(PR=A+BQ)では、技術・投資決定・所得分配のそれぞれに極端な仮定を設け
ることで、二つの生産性体制を導出する。それは、
「純粋古典的ケース(規模に関する収穫逓
増は存在せず、投資は利潤主導型、いかなる事前の生産性シェアリングも存在せず、賃金
は競争的メカニズムによって決定される)」と、「純粋フォード主義的ケース(規模に関する
収穫逓増が重要、投資は消費需要主導型、賃金は生産性シェアリングを通じて決定され、
賃金の競争的メカニズムは存在しない)」である。そして、この誘導形(生産性体制)に基づ
いて、蓄積体制に対する厳密な定義があたえられる。
成長が生産性の上昇に与える効果(係数 B の値)は、所得分配・投資決定・技術いかんによ
(Ⅰ)は,生産性の大きさが技術革新・資本深化・収穫逓増を通じてどのように決定されるか、
(Ⅱ)は,賃金と利潤への所得分配を通じて総需要(消費・投資)をいかに増加させるか、を表す。
4 (Ⅰ)式は既述の(1.1)
,(1.2)から、(Ⅱ)式は(1.2)~ (1.6)から誘導できる。
係数Bは成長から生産への流出効果、係数Dは生産性から需要への効果を意味する。
3
92
ってさまざまな値をとるため、それによって生産性体制も様々な形状をとる。ボワイエは
係数 B の値に応じて、これがかなり低い場合には、外延的蓄積体制が普及していると捉え、
高い場合には、内包的蓄積体制が普及していると捉えている。そのため、生産性体制が「純
粋古典的ケース」であるか「純粋フォード主義的ケース」であるかを問わず、成長が生産
性へ与える流出効果に応じて、外延的蓄積体制あるいは内包的蓄積体制に分類することが
できる。
.
.
一方の需要体制(Q=C+D・PR)は、投資決定と所得分配に関する二つの仮定を結びつける
ことによって、以下の四つの需要体制を分類している。「純粋古典的需要体制(利潤主導型
投資と主として競争的な賃金形成がむすびついた体制)」
,
「混成古典的需要体制(消費需要
主導型投資と競争的な賃金形成がむすびついた体制)」
,「純粋フォード主義的需要体制(需
要主導型投資が賃金への明示的な生産性シェアリングに関連付けられた体制)」
,
「混成フォ
ード主義的需要体制(賃金の生産性上昇に対するインデクゼーションと利潤に感応的とな
った投資がむすびついた体制)」である。
このようにして、生産性体制と需要体制との2つの誘導形を同一の座標に置くことによ
って様々な成長体制の構図を描くことができ(図2)、2 つの生産性体制と 4 つの需要体制
によって合計8つの構図が検出できることになる。ここに、フォーディズムとは、生産性
体制が内包的蓄積体制(厳密には「純粋フォード主義的ケース」の蓄積体制)であり、ま
た需要体制が「純粋フォード主義的需要体制」であるというこの 2 つの条件を満たして描
かれるモデルである、と定義される 5 。
高度成長日本がフォーディズムであったか否かを問う際には、まずはこのボワイエ・モ
デルで日本がいかなる生産性体制・需要体制であったのか、アプローチすることが必要不
可欠であろう。
Ⅲ利潤主導型の議論
高度成長日本におけるフォーディズム概念を否定するものに、遠山(1990)の研究があ
る。遠山の研究はⅡで述べたボワイエ・モデルを用いて高度成長期日本の生産性体制と需
要体制を明らかにすることで、結果的に日本はフォーディズムではなかったという議論を
展開している。
まず、生産性体制に関しては、年平均約 20%の高い成長を示した民間設備投資がその主
要な決定要因であるとし、中村(1995)の分析から、この積極的な投資活動を支えたのは
消費需要ではなく利潤であると指摘する。この利潤主導型の投資行動を支えていたのは、
当時の日本の利潤シェアが欧米先進資本主義国と比較してみてもおよそ 35%と高い水準に
あることから、資本に有利な生産性のシェアリングがなされていたことだと分かる。これ
は同時に、労働分配率が国際的に見て低い水準にあることをも意味する。事実、日本の生
5
遠山弘徳(1990)
「日本における高度成長と危機―レギュラシオン・アプローチにもとづ
いて―」pp.65-『経済評論』 日本評論社
93
産性上昇率と実質賃金変化率を見比べたとき、賃金上昇率は高度成長期のほぼ全体を通じ
て生産性上昇率を下まわっており(71 年に生産性上昇率が大きく落ち込んだ際に、はじめ
て賃金上昇率が生産性上昇率を上まわったのみ)、生産性上昇の成果が資本に有利に分配さ
れていたことが確認できている。
つまり、資本に有利な生産性シェアリング(生産性→利潤の回路)が利潤に感応的な投資行
動とリンクし(利潤→投資の回路)、民間設備投資の急成長をもたらしたと考えられる。この
設備投資の高成長は海外からの積極的な技術導入とともに、生産性の著しい上昇をも可能
にした(投資→生産性の回路)。さらに、この製造業における設備投資は経済内部の派生需要
を増加させ、産業全体の成長を牽引するものとなった(投資→生産の回路)。そしてこのよう
な市場の拡大・増大はマクロ的な規模の経済性を通じて著しく生産性を上昇したと考えら
れる(生産→生産性の回路)。したがって、高度成長日本の生産性体制は、成長から生産性へ
の流出効果が高かったことから内包的蓄積体制と推定される。蓄積体制には「純粋古典的
ケース」と「純粋フォード主義的ケース」の 2 つがあることを先に述べたが、この場合、
利潤主導型投資から推測するに「純粋古典的ケースの内包的蓄積体制」に近いとみられる。
一方、需要体制は、利潤主導型投資と競争的な賃金形成が結びついた「純粋古典的需要
体制」に近かったといえる。高度成長は資本に有利な所得分配による利潤主導型投資が主
導的な要因だったからである。たしかに日本の場合、日本的雇用慣行が普及していたこと
から賃金は競争的メカニズムによって決定されるものであったとは言えない。しかし、そ
れは労働者に有利な所得分配であったことを意味しない。このことは、賃金上昇率が高度
成長期全体を通じて、生産性上昇率を下まわっていた事実からも確認できる。したがって、
資本に有利に分配されていた生産性上昇の効果が(生産性→利潤の回路)、企業の利潤感応的
な投資行動とむすびついて(利潤→投資の回路)、投資需要の増大を促進し、それが総需要の
主役におしあげたとみるのが妥当である。
したがって高度成長日本においては、生産性体制は内包的蓄積体制(厳密に言えば、純粋
古典的ケースの内包的蓄積体制)、需要体制は「純粋古典的需要体制」であると一まずはみ
ることができる。
しかしボワイエ・モデルを用いて推定を行えば、生産性体制・需要体制ともに以下のよ
うな結果(1956-73 年)が検出され、生産性の趨勢が成長とともに上昇していくという関
係、また需要が生産性の上昇にともなって拡大していくという関係が見てとれ、これは生
産性体制・需要体制ともにボワイエのいう「純粋フォード主義的ケース(=フォーディズム)」
と合致することになる。
.
.
R 2 = 0.89463
DW = 1.764
Ⅰ生産性体制 PR = -0.0077117+0.94026・Q
.
.
Ⅱ需要体制
Q = 0.0159165+0.95807・PR
R 2 = 0.89463 DW = 1.796
[注]定義:Q=実質 GNP,PR=実質 GNP / 就業者数,dot=上昇率
出所:遠山弘徳 (1990)「日本における高度成長と危機」.
94
つまり、推定結果によると高度成長日本が示している「純粋古典的ケースの内包的蓄積
体制」または「純粋古典的需要体制」の構図は、ボワイエがいう「純粋フォード主義的ケ
ースの内包的蓄積体制」または「純粋フォード主義的需要体制」と同一になり、安定的で
高い成長率を示すことになる。
しかし、生産性分配に関してはフォード主義的蓄積体制(生産性→賃金)とは決定的に異な
るため、ここではどのような循環が成り立っていたのかが問われなければならない。図3(太
線)はこの循環を図示したものである。
高度成長期の好循環においては、生産性の上昇は資本に有利な生産性シェアリングをつ
うじて利潤の増加をもたらし(生産性→利潤の回路)、そしてさらに利潤に感応的な投資行動
によって投資需要をも増大させた(利潤→投資の回路)。これによる投資の増加は、近代化お
よび新技術の導入とともに、生産性を上昇させる(投資→生産性の回路)。また産出の増加も
規模に関する収穫逓増をつうじて生産性を上昇させる(生産→生産性の回路)。
フォード主義的蓄積体制においては、資本―労働間の合意をつうじた生産性シェアリン
グが生産性の上昇と同時に消費需要の増大をも可能にし、内包的蓄積体制の安定的な再生
産を保証していた。しかし、高度成長期日本にはこのような制度諸形態は見られない。し
たがって高度成長日本は、実現された成長パターンは類似しているものの、ボワイエの提
...
示している純粋のフォード主義体制(つまりはフォーディズム)と定義することはできな
いということになる。
図 3.高度成長期日本の循環図
近代化
新製品と新工程
生産性
実質賃金
消費
利潤
(技術導入)
生産(需要)
投資
出所:遠山弘徳 (1990)「日本における高度成長と危機」.
Ⅳ賃金主導型の議論
高度成長日本にフォーディズム説を展開するのは、平野(1993)の研究である。
平野はまず、「各ミクロ主体(各企業)が類似的分配調整パターンを持ち、かつそれがマクロ
レベル(国内企業)で標準化される道さえあれば、そのミクロ的分配調整パターンはマクロ的
分配調整にまで拡張できる」とする説を展開する。
95
かりに今、景気変動を貫く中期的トレンドが比較的見通しやすく、各企業が短期的な利
益よりも中期的な利益確保を目指し、中長期的雇用確保戦略を前提とした類似的な分配調
整パターンをとるとする。さらに、なんらかの賃金平準化の制度も大なり小なり存在して
いるとすれば、こうしたミクロレベル(企業単位)の分配調整パターンであっても、それ
はマクロレベル(国内企業)に拡張することが可能となる、という。そしてここから、賃
金・雇用の他に、分配率をも変数に入れたマクロ的分配調整を以下のようにモデル化する
ことができる。
(1)kG = Lw
(2)G = Lw / k
. . . .
(3)G = L+w-k
〔注〕定義:G=付加価値
L=雇用
w=賃金
k=労働分配率
式(1)(2)は、付加価値の労働者への分配の関係を表し、式(3)は付加価値の変化率と雇用・賃
金・労働分配率各々の変化率との関係を示している。すなわち景気変動に対する雇用・賃
金・分配率の対応関係を表している。分配率が景気変動に対する調整項目に入らない場合、
.
式(3)の k は理論的に、G に対して規則的に変化しない。したがって(3)から得られる関係に
よって、分配様式の特徴をみることができる。
.
そこで、表 1・2・3 は日本、アメリカ、旧西ドイツの三ヵ国の実質付加価値変化率(G)・
.
.
.
実質賃金変化率(w)・雇用変化率(L)・労働分配率の変化率(k)をとって比較したもの
である。この分析により、各国の景気変動に対するマクロレベルでの分配調整の特徴を明
らかにできる。
まず、雇用調整を見たとき、雇用の変化率が賃金の変化率よりも常に大きいのはアメリ
カのみである。これはアメリカが景気変動に対して、賃金調整よりも雇用調整で対応して
いることを意味している。いわゆる先任権に基づいたレイオフ制度の影響を強く受けてい
るものと考えられる。これに対して、日本の雇用変化は、景気変動に対する相関度(=R2 )
が低いことが見てとれることから、少なくとも、不況期には雇用調整で対応するといった
アメリカ的な労使関係をここから見ることはできない。
次に賃金調整を見たとき、日本の賃金変化率は三ヵ国のなかで景気変動に対する反応度
がもっとも大きいことがわかる。ドイツの賃金変化率の景気変動に対する反応度および相
関度は、日本とほぼ同程度である。ただし 77 年までの相関度はかなり高く、以後、反応度
も相関度も小さくなってゆく。アメリカの賃金変化率は 76 年までは景気変動に対してプロ
サイクリカルに動くが、80 年代に入ってからはカウンターサイクリカルな動きをすること
から、全体として(63-88 年)の相関度が低くなっている。
最後に労働分配率については、景気変動と分配率の相関度がもっとも高いのは、63-75
年の日本であるが、それ以後、76 年以降は両者の相関が弱くなっている。旧西ドイツでは
両者の相関度が高いとはとてもいえない。ここでは、日本に次いで両者の相関が高いのは
96
.
.
雇用変化(L)と景気変動(G)の関係(1963-1988)
表1
.
.
L = 1.12+0.14G
.
.
アメリカ :
L = 0.59+0.53G
.
.
旧西ドイツ : L = 1.08+0.36G
日本
:
R2 = 0.30
R2 = 0.66
R2 = 0.64
.
.
賃金変化(W)と景気変動(G)の関係(1963-1988)
表2
.
.
W= 1.35+0.53G
R2 = 0.52
.
.
アメリカ : W = 0.41+0.18G
R2 = 0.22
.
.
(1963-1976) : W = -0.09+0.37G
R2 = 0.71
.
.
旧西ドイツ : W = 1.42+0.48G
R2 = 0.59
.
.
(1963-1977) : W = 2.28+0.44G
R2 = 0.73
.
.
(1978-1986) : W = 1.20+0.05G
R2 = 0.01
日本
表3
:
.
.
分配率変化(k)と景気変動(G)の関係(1963-1988)
.
.
k = 2.29-0.28G
.
.
(1963-1975):
k = 7.44-0.65G
.
.
(1976-1988)
:
k = 1.79-0.48G
.
.
アメリカ :
k = 1.13-0.28G
.
.
(1976-1988):
k = 1.34-0.18G
.
.
旧西ドイツ :
k = 0.38-0.15G
日本
:
R2 = 0.20
R2 =0.73
R2 =0.38
R2 = 0.33
R2 =0.59
R2 = 0.11
.
〔注〕 G:「国民所得-個人企業所得」の実質変化率
.
L:雇用者数変化率
.
W:「雇用者所得/雇用者数」の実質変化率
.
.
k:労働分配率変化率=実質賃金変化率(W)-労働生産性変化率
労働生産性は(国民所得-個人企業所得)/雇用者数の実質値
平野泰朗(1993) 「戦後日本の経済成長と賃労働関係」『危機―資本主義』より作成.
97
76 年以後のアメリカとなっている。日本・アメリカの分配率変化の動きからは以下のよ
うな説明が可能である。
日本の場合、雇用の変化率が比較的安定しており、かつ 70 年代半ば頃までは賃金変化率
が雇用変化率を大きく上回っていたので、企業の中期的利潤最大化行動と労働者の生活安
定に関わる要求が一つの妥協を見出していたと考えられる。景気上昇局面で労働分配率が
低下するのは、この局面に企業間の設備投資競争が活発となり、企業業績により賃金・雇
用が大きく左右される制度内にいる労働者は、中期的な視点から投資優先に譲歩せざるを
えないためであるだろう。しかし 70 年代後半以降、景気変動と分配率に相関度が低くなっ
てきていることから、それまでの中期的な労使妥協が不安定なものになっていることがわ
かる。では、分配率が軽度ながらも、日本と同様に景気変動との負の相関が存在する 70 年
代後半のアメリカはどう解釈すればいいのか。アメリカでは、雇用変化率が賃金変化率を
上回っていることから、少なくとも日本企業のような中期的雇用確保戦略をみることはで
きない。したがって、日本の場合とは異なったなんらかの事情(社会保障制度の機能等)が存
在すると考えられる。
以上のことをまとめると、日本は、雇用変化が景気変動に対してきわめて小さくしか反
応しないので、企業は中期的雇用確保戦略をとっているものと推定できる。そのため、企
業は景気変動に対応していくために、賃金変化をそれにあわせて変動させ、総賃金をでき
るだけ景気変動に合わせて変化させることが必要である。しかし、このような日本型分配
調整様式の下では実質賃金は生産性上昇にインデックスされにくい性質を持つことが分か
る。これは、日本の分配率が景気変動に合わせてカウンターサイクリカルに(負の相関を持
って)変動する結果、景気上昇期には実質賃金は生産性上昇率よりも低い割合で上昇し、景
気後退期には生産性上昇率よりも高い割合で上昇するためである。事実、高度成長期の各
国の生産性上昇率と実質賃金上昇率の関係を見れば、日本はアメリカ・ドイツと比べて反
応度も相関度もともに弱いことがわかる(表 4)。このため、日本には典型的なフォーディズ
ム的労使妥協はなかったと結論付けられる。
表 4 実質賃金上昇と労働生産性上昇との関係(1963-1975)
日本
:
アメリカ
:
旧西ドイツ
:
.
.
w = 6.16+0.24PR
.
.
w = 0.73+0.45PR
.
.
w = 1.37+0.68PR
R2 =0.28
R2 =0.46
R2 =0.66
.
.
w:賃金(雇用者所得/雇用者数)の実質変化率
PR:生産性上昇率
.
.
.
※PR は G(付加価値変化率)-L(雇用者数変化率)によって与えられる.
〔注〕
平野泰朗(1993) 「戦後日本の経済成長と賃労働関係」『危機―資本主義』より作成.
98
しかし他方、雇用変動が小さく分配率がカウンターサイクリカルに変動するということ
は、賃金上昇率が相対的に安定しているということであり、中期的には消費需要が安定的
に形成されることを示唆している。表 5 でみても、日本の消費支出年率は高水準で推移し、
変動係数も二カ国と比べより安定していることがわかる。すなわち高度成長期日本では消
費需要の安定した推移をみることができる。
ここで、ボワイエ・モデルに立ち返れば、消費→生産→生産性の回路は中期的には日本
の蓄積体制にもっともよくあてはまることになる。また宇仁の研究(1991)を引用するこ
とによって、消費→投資→生産性の回路も戦後日本に存在していたことも判明する。した
がって、フォーディズム(ボワイエ・モデル)が中長期概念であると捉えるならば、日本
の高度成長はまさしくフォーディズムであったということがいえるのである。
表 5 日本・アメリカ・ドイツの消費支出変化年率の平均値と変動係数
平均値(1961-1973)
変動係数(1961-1973)
日本
8.8%
0.19
アメリカ
4.1%
0.29
旧西ドイツ
4.9%
0.40
平野泰朗(1993) 「戦後日本の経済成長と賃労働関係」『危機―資本主義』より作成.
Ⅴおわりに
これまで、高度成長日本に非フォーディズム説をとっている遠山の議論と、フォーディ
ズム説をとっている平野の議論を取り上げてみてきた。両者の見解は、高度成長日本には、
典型的なフォーディズム的労使妥協すなわち、
「生産性インデックス賃金―テーラー主義受
容」の関係は見られないということで一致していた。さらに、ボワイエ・モデルを扱うこ
とで戦後日本を賃金主導型成長か利潤主導型成長かを結論付けようとしていることでも一
致している(なかでも遠山はボワイエの提示した定式を当時の日本にあてはめて計量的に証
明しようとし、平野はこれまたボワイエが提示したフォーディズムに特徴的なループ,回路
を計量的に証明しようとしたところでの違いはあるが)。
高度成長日本がフォーディズムであるか否かを問う際、ボワイエが、自身が提示したモ
デルをフォーディズムと呼んでいる以上、ボワイエ・モデルをそのまま日本経済に適用し
ようとする両者のアプローチは決して間違っていないし、むしろもっと綿密な分析が必要
であるように思われる。
例えば、遠山の議論に関していえば、生産性の上昇が資本に有利な所得分配であったこ
とを証明し、実質賃金上昇率が生産性上昇率を下まわっていたという事実から、生産性→
99
利潤という回路を導き、そこからはあまり計量的な分析がなされないまま図 3 のような循
環図が描けるような説明を展開しているが、生産性が利潤よりも賃金に相対的に低く分配
されていたとしても、農村の過剰労働力が都市部に流入し、労働者となって賃金を得るこ
とで活性化した旺盛な消費が投資を牽引するという成長は十分に起こりうると考えられる。
またそこでは平野のように、雇用の変化率をも含めた分析によって、当時の労働者には賃
金よりも雇用が保証され、安定した高い消費水準が維持できたことを証明することで、賃
金主導型成長であるという反論も導きうる。
平野の議論に関しては、高度成長期の日本がレギュラシオン派内で 1955~73 年という時
代認識が根付きつつあるなかでまずはこの時期での分析が不可欠であることと、また宇仁
の研究を引用している箇所もあって、この分析には課題も少なくない。
また、ボワイエ・モデルを日本経済にうまく適用できればそれでフォーディズムだった、
というのも考え直す必要がある。フォーディズムとは賃金主導型成長のことでもあって、
高度成長日本が賃金主導型成長であったか否かを別の視点から疑う必要がある。
したがって高度成長日本へのレギュラシオン・アプローチを行う際、まずはボワイエ・
モデルのアプローチを行ったうえで、このモデルのみがフォーディズム概念であるという
認識を改め、利潤主導型成長と賃金主導型成長とを理論的に新しく検討した上での(フォー
ディズムとは何なのかを理論的に明らかにした上での)実証分析が望まれるところである。
参考文献
伊藤誠〔1988〕『世界経済の中の日本』社会評論社
伊藤誠,北原勇,山田鋭夫〔1997〕『現代資本主義をどう視るか』青木書店
Boyer.R,山田鋭夫,井上泰夫編訳〔1990〕『入門・レギュラシオン』藤原書店
Boyer.R,山田鋭夫翻訳〔1990〕
『新版 レギュラシオン理論―危機に挑む経済学』藤原書店
植村博恭〔1990〕「現代資本蓄積論と所得分配―利潤主導型成長と賃金主導型成長」『経済
評論』第 39 巻 3 号 3 月
宇仁宏幸〔1991〕「戦後日本資本主義とフォーディズム」『経済評論』第 40 巻 11 号 11 月
遠山弘徳〔1990〕
「日本における高度成長と危機―レギュラシオン・アプローチにもとづい
て」『経済評論』第 39 巻 4 号 4 月
平野泰朗〔1993〕「戦後日本の経済成長と賃労働関係」Boyer.R,山田鋭夫編『危機―資本
主義』藤原書店
所収
平野泰朗〔1996〕『日本的制度と経済成長』藤原書店
山田鋭夫〔1994〕『20 世紀資本主義』藤原書店
山田鋭夫〔1995〕『レギュラシオン・アプローチ―21 世紀の経済学』藤原書店
中村隆英〔1993〕『日本経済―その成長と構造〔第三版〕』東京大学出版会
橋本寿朗〔1995〕『戦後の日本経済』岩波書店
橋本寿朗,宮島英昭,長谷川信〔1998〕『現代日本経済』有斐閣
100