インターネット GIS 矢野桂司・藤春兼久 Ⅰ.はじめに インターネット GIS は、広く普及したインターネットの配信・閲覧技術を用いて、地理 情報の共同利用を可能にする技術である。それは、インターネットを介して接続された、 地理情報サービスを配信するサーバ コンピュータシステムと、不特定多数のクライアント コンピュータから構成される(第 1 図)。地理情報サービスの利用者は、インターネット に接続したクライアント コンピュータから、地理情報サービスを提供するサーバ コンピ ュータシステム(インターネット GIS サーバ)にアクセスし、地理情報の閲覧・検索・登 録といった処理を行うことができる。インターネット GIS サーバは、地理情報サービスを Web コンテンツとして配信する機能を持つため、インターネット利用者が一般的な情報閲 覧に使用する Web ブラウザにより地理情報サービスを利用できる。 第1図 インターネット GIS の概念 インターネット GIS は、利用者が高価な GIS ソフトウェアやデータを購入する必要が なく、さらにソフトウェアやデータを導入・準備する煩雑さがないことから、地理情報を 多くの利用者が共有し利用する目的に適している。 本プロジェクトでは、草津市商業環境の各種情報を、インターネット GIS によって配信 するシステムを構築した。これによって、当該環境を広く市民ならびに商業施設経営者に 共有してもらうことができると考えている。地理情報システムの持つ各種機能により、消 費者にとってはより快適な消費生活が、商業施設経営者にとってはより適切な経営判断が 可能になると期待される。 Ⅱ.システム環境 1.運用ソフトウェア概要 本プロジェクトでは、インターネット GIS サーバとして、単独の PC サーバを用意し、 57 ここにシステムを構築した。このサーバ上で本システムを稼動させるため、主として次表 に示すソフトウェア製品が動作している(第1表)。 第1表 動作ソフトウェア一覧 項目 内容 OS Windows 2000 Server SP4 Web アプリケーショ ンサー Apache 2.0.47 バ Tomcat 4.1.29 RDBMS Oracle 9.2.1 GIS サーバ ArcIMS 4.0.1 ArcSDE 8.3 コアとなるGISサーバ ソフトウェア製品 1 ) としては、平成 11, 12 年度のプロジェクトで 使用していたESRI社製のArcView IMS製品に変わり、ArcIMS製品を利用している。また、 地理情報データの一括管理を目的としてOracle製品を採用し、これをGISソフトウェアで 活用するためのArcSDE製品を利用している。 2.インターネット GIS ソフトウェア概要 本システムでは、インターネットに GIS サービスを配信するためのコア ソフトウェア として ArcIMS を使用している。ArcIMS は Java2 環境で動作するインターネット アプ リケーションサーバ ソフトウェアである。ArcIMS は単独で動作するソフトウェアではな く、Web サーバ、Java Servlet エンジン(コンテナ)と連携して動作する。これらのサー バソフトウェアが組み合わされ、インターネット GIS サーバは構成される。ArcIMS と連 携して動作し、インターネット GIS サーバを構成するそれぞれの構成要素について概要を 下記する。 ・J a v a V M: Java VM は Java ソフトウェアが動作するための基盤となる API (Application Programming Interface)を提供する。ArcIMS、Java Servlet エンジンは Java 2 を使用して構成されているため、その動 作に Java VM を必要とする。本システムでは、Sun Microsystems 社の提供する J2SE(Java 2 Standard Edition)を使用する。 ・W e b サ ー バ: Web サーバは、HTTP(HyperText Transfer Protocol)を利用する クライアントからのリクエストを処理するサーバ ソフトウェアであ る。Web サーバはリクエストを適切なアプリケーションに送り、要 求 し た ク ラ イ ア ン ト に レ ス ポ ン ス を 返 す 。 本 シ ス テ ム で は Apache Software Foundation の提供する、Apache HTTP Server を使用する。 ・Servlet エンジン: Servlet エンジンはサーバ側で Java プログラムを動作させるための API セット、もしくはその動作環境のことである。Servlet を使用す ることで通常の HTML では実現できない動的な Web サイトを作成で 58 きる。ArcIMS はサーバ側処理が Java で実装されており、Servlet エ ン ジ ン 上 で 動 作 す る 。 本 シ ス テ ム で は Apache Software Foundation の提供する、Tomcat を使用する。 クライアント ビューアから GIS サーバに対して送信された GIS リクエストは、Web サ ーバ、Servlet エンジンを経由して ArcIMS で処理される。ArcIMS で処理された結果はレ スポンスとして逆の経路でクライアントに返される。 ArcIMS は地理情報サービスの生成、 サービスを利用した Web ページの開 発、Web サイトの運営管理が容易に行 えるように設計されている。またネッ トワークを介したデータの配布や追加 なども行えるように設計されている。 ArcIMS はプレゼンテーション層、ビ ジネスロジック層、データ層からなる 多層構造を持っている。多層構造によ り、柔軟なシステム設計が可能となる。 第 2 図は ArcIMS のアーキテクチャ の 概 観 を 示 し た も の で あ る 。 ArcIMS を構成する各々の要素に関する説明を 下記する。 第2図 ArcIMS のアーキテクチャ ・ プレゼンテーション層: プレゼンテーション層は地理データへの接続、閲覧、分析を 行うための ArcIMS クライアント ビューアになる。 ・ ビ ジ ネ ス ロ ジ ッ ク 層: ビジネスロジック層はリクエストの処理や ArcIMS サイトの管 理を行うためのコンポーネントから構成される。ArcIMS は ビ ジ ネ ス ロ ジ ッ ク 層 の 中 で マ ッ プ サ ー ビ ス の 生 成 、 ArcIMS サービスや空間サーバの管理、Web サイトを設計できるよう な構成になっている。 ・ デ ー タ 層: データ層には ArcIMS で利用できるすべてのデータが格納され る。 プレゼンテーション層であるクライアントから送信されたリクエストは、ビジネスロジ ック層の ArcIMS アプリケーションサーバによって適切な ArcIMS 空間サーバへ割り振ら れる。ArcIMS 空間サーバは GIS 機能に応じて Image, Feature, ArcMap, Query, Extract, Geocode の 6 種類に分けられており、受け取ったリクエスト内容に応じて適切な空間サー バ機能が GIS 処理を行い、処理結果をクライアントへ返す。 59 ArcIMS に送信されるリクエストは ArcXML と呼ばれる XML テキストで記述され、 ArcIMS の内部で処理された GIS 結果もまた、ArcXML により記述されクライアントに返 さ れ る 。 ArcIMS は フ ァ イ ル ベ ー ス の GIS デ ー タ で あ る シ ェ ー プ フ ァ イ ル も し く は RDBMS により管理される ArcSDE レイヤを処理対象とする。本システムで使用するデー タは全て、Oracle と連携動作する ArcSDE で管理されている。 3.設定と管理 ArcIMS の GIS 処理は全て、ビジネスロジック層の ArcIMS 空間サーバ上で仮想的に動 作するマップサービスで処理される。マップサービスとは、Web に配信する GIS プロジェ クトの単位であり、目的別に複数のプロジェクトを単一のサーバ上で動作させることがで きる。 一般的に、一つのプロジェクトに対して一つのマップサービスを割り当てる。マップサ ービスは複数の GIS データ(レイヤ)によって構成される。本プロジェクトでは第 2 表で 示すデータを使用する。 第2表 使用するデータ データ 説明 国土地理院 数値地図 基盤図(背景図) ゼンリン社 Z マップ ダイケイ社 テレポイント 総務省 国勢調査統計データ アンケート結果 検索用 主題図 本プロジェクトで使用する GIS データ、インターネット GIS サイトは以下のような手 順で整備され、設定と管理が行なわれる。 1) GIS データの整備 配信したい GIS データを各メディアから取り込み、ArcGIS Desktop 8.3 を使用して 一旦シェープファイルに作成する。その後、ArcSDE へデータ登録処理を行なう。一 度 ArcSDE に登録されたデータは ArcGIS Desktop により、任意の更新や差し替えな どの処理ができる(第 3 図)。 ArcGIS Desktop ArcSDE サーバ (ArcCatalog) 第3図 データの登録・管理 60 2) マップ設定ファイルの作成 インターネットに配信するマップサービスの元となるマップ設定ファイルを作成す る。まず ArcIMS Author ツール(第 4 図)上に、ArcSDE に登録された GIS データ を呼び出し、最終的に配信したい表示設定を施す。Author ツールで設定された内容は、 XML 言語で記述された ArcXML テキストであるマップ設定ファイルとして保存され る。 第4図 ArcIMS Author ツール 次にテキストエディタを使用して、Author ツールでは設定できない詳細な設定変更 を行なう。本プロジェクトでは次のような変更を行なった。 a) 投影法の設定 b) 基盤図ポリゴンデータの透過表現 c) 主題図クラス分けの調整 3) マップサービスの作成 ArcIMS サーバ管理ツールである、ArcIMS Administrator ツール(第 5 図)を使用 して、作業 2 で作成したマップ設定ファイルから新規マップサービスを作成する。 第5図 ArcIMS Administrator ツール 61 以上が ArcIMS サーバにおける GIS サービス配信の流れとなる。マップサービスを作成 した時点で、インターネットへは GIS サービスが配信されているが、この状態では Web ブラウザを使用したサービス閲覧はできない。 ArcIMS の用意する ArcIMS Designer ツールを使用し、標準ビューアを簡便に作成する ことができるが、本プロジェクトではクライアント機能の機能要件を実装する容易性など から、標準ビューアではなく、Flash を使用したクライアント ビューアを実装した。次項 に詳細を記述する。 4.クライアント ビューア 本プロジェクトの主要なターゲットとして想定される Web ブラウザ上で動作するクラ イアント GIS アプリケーションには以下のような機能の実装が期待されている。 ・地図描画: 地図として表示されているデータの操作 地図表示領域に表示されている地図に対して、任意の範囲で拡大・縮小ができ る。また平行移動(パン)ができる。業種コード煮を指定し、任意の業種店舗だ けを切り替えて地図表示ができる。 ・個別属性表示: 表示されている地物(フィーチャ)の属性表示 地図上に表示されている商店やその商店が存在する区画の主題などを図上で指 定し、その属性内容を確認できる。 ・検索: 興味のある地物の検索 商店や地区を任意の文字列により検索できる。地図表示領域に表示される地図 を、検索結果として抽出された店舗などの周辺地図に切り替えることができる。 本プロジェクトでは、ArcIMS の用意する標準ビューアではなく、Flash を使用したク ライアント ビューアを新たに実装した。Flash は表現力の高いアプリケーションを Web ブラウザ上で実現するための新しい手法として近年注目を浴びている。ArcIMS はクライ アントとサーバ間の通信に XML で定義された ArcXML を使用しており、一方で Flash は XML 文書の構文解析機能を API セットに持っていることから親和性は高い。また Flash クライアントには、表現力の求められる Web アプリケーションの開発手法として多く使わ れている Java クライアントに比べて、開発環境の使いやすさや最終的にできあがるアプ リケーションサイズが小さいなどの利点がある。これらの理由により、本プロジェクトで は Flash をクライアント実装環境として選定した。 Ⅲ.草津市商業環境インターネット GIS 1.Web ブラウザによる利用 第 6 図は本プロジェクトで開発した Web ブラウザ上で動作するクライアント GIS アプ リケーションのサンプルである。画面中央右側が地図表示画面となっており、利用者が選 択した店舗種別や地図テーマに応じて地図表示ができる。また、地図画面上部のコントロ ール ボタンにより、表示された地図テーマに対して拡大・縮小、属性表示や検索機能を利 用できる。 62 第6図 Web ブラウザ上の GIS アプリケーションによる閲覧 ドロップダウン リストによる選択方式や、ボタン アイコンなどを採用することで、GIS に不慣れな利用者であっても直感的にこのアプリケーションを使用することができる。 2.GIS ソフトウェアによる利用 第 7 図は本プロジェクトで作成したマップサービス(Web 配信型の GIS サービス)を GIS ソフトウェアである ArcGIS Desktop を使用して閲覧したサンプルである。利用者は インターネットを介して成果地図データを背景として、また新たな解析/分析対象として利 用できる。配信されるデータを、機能の限定された Web ブラウザ上で動作するアプリケー ションで閲覧するだけでなく、手持ちのデータと重ねて表示させたり、分析することが可 能になる。 第7図 ArcGIS Desktop による閲覧 63 Ⅳ.おわりに インターネット GIS は、地理情報の共有を図る技術であり、近年では単純な閲覧・検索 機能を持つものから、独自のデータ登録機能を持つものまで、様々な機能を持った地図サ イトがインターネット上で公開されている。本プロジェクトでは ArcIMS、ArcSDE 製品 を利用したインターネット GIS を開発したことで、これまでのインターネット GIS に比 べ、次のような利点が確認できた。 ・開発の容易性・柔軟性 パッケージ製品を利用することで、必要な GIS 機能の全てを実装する必要が無かった。 また対応するクライアント開発環境(Java, Flash など)・IT 標準技術(XML など)の多 様性により、最適な手法を選択することができた。 ・運用・管理の容易性 ArcIMS は研究室で通常使用している GIS データをそのまま利用できるため、インター ネット配信の為に専用のデータを変換する手間がなくなる。また ArcSDE を利用すること で、逐次更新された最新の基盤データやアンケート結果の即時反映が期待される。 ・データ配信の多様性 本プロジェクトで配信する GIS サービスは、調査結果、研究成果を Web ブラウザで利 用するだけではなく、GIS 専門のクライアント ソフトウェアでも利用できる構造になっ ている。これにより、新たな研究分野などでのデータ二次利用の可能性が期待される。 インターネット GIS は地理的な情報を含む調査結果、研究成果を効果的に広く配信する 方法として近年特に注目されており、3 次元などのより高度な視覚化や双方向機能の実装 など高機能化が進んでいる。インターネットによる地理情報共有は、より望ましい地域を 形成する上でこれからは欠かせない要素となるが、一方で、情報漏洩に対する地域住民の プライバシー保護や、受益者のコスト負担など、克服すべき問題も存在する。 注 1) 本システムで使用している各サーバ ソフトウェア製品のバージョンは 2004 年 5 月現在のバージョ ンである。セキュリティ上の問題などから、バージョンアップする場合がある。 64
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