HBT による超高速電子素子の開発 - 横河電機

HBT による超高速電子素子の開発
HBT による超高速電子素子の開発
Development of Ultra-highspeed Electron Devices Using HBTs
岡 貞 治 *1
小 林 信 治 *1
八木原 剛 *1
OKA Sadaharu
KOBAYASHI Shinji
YAKIHARA Tsuyoshi 松 浦 裕 之 *1
三 浦 明 *1
MATSUURA Hiroyuki
MIURA Akira
超高速電子素子として,我々はⅢ−Ⅴ族化合物半導体 HBT(Heterojunction Bipolar Transistor)
を開発して
きた。基本構造の確立,高速性能の向上及び実用化に向けた信頼性の確立という開発の流れの中で,各種MMIC
(Microwave Monolithic IC)
への応用を推進し,HBT素子の完成度を上げてきた。我々は現在,そのHBT素子
を用いて次世代 40 Gbps DWDM
(Dense Wavelength Division Multiplexing:高密度波長多重)
光通信用送受信
モジュールを開発している。超高速動作を可能とするHBTのこれまでの開発経緯を報告すると共に,次々世代
80 Gbps 以降の超高速領域を視野に入れた高速化検討についても触れる。
We have developed a 3-5-compound semiconductor HBT (Heterojunction Bipolar Transistor) for
ultra-highspeed electron devices. Through the development of high-speed performance and reliability
for practical production on the basis of establishment of HBT basic structures, we have proceeded
HBT application for various MMICs, and advanced its performance. Using the HBT devices, we have
developed transmitter-and-receiver modules for next-generation 40-Gbps DWDM (Dense Wavelength
Division Multiplexing) optical communication systems. We describe the details of our HBT development and outline our future technology of high-speed performace on ultra-highspeed electron devices
in the era of over 80-Gbps DWDM optical communication systems.
1.
は じ め に
我々は,電子素子「MESFET(Metal Semiconductor
イスである超高速 H B T(H e t e r o j u n c t i o n B i p o l a r
Transistor)の素子開発に至るまでの経緯について各種
MMIC 等への応用回路実施例を紹介しながら報告する。
FET),HEMT(High Electron Mobility Transistor),
(D W D M 光通信用 H B T - I C に関しては,本誌別掲載
GaAs-HBT(Heterojunction Bipolar Transistor),InP-
「50 Gbps 光通信用 HBT-IC モジュールの開発」を参照さ
HBT,RTD(Resonant Tunneling Diode),SBD
(Schottky Barrier Diode)
等の素子レベルから各種MMIC
(Microwave Monolithic IC)
,標準 LogicIC 等の応用 IC
まで」および光素子「LN
(Lithium Niobate:ニオブ酸リ
(1)
れたい)
。
2.
Ⅲ−Ⅴ族系化合物半導体 HBT の開発
超高速素子としては,MESFET, HEMT, HBT といっ
チウム)変調器 ,通信用および位置決め用 LD(Laser
た各種デバイスが挙げられるが,それぞれ素子特有の特
Diode),通信用超高速 PD(Photo Diode),分光用 PD,
長を有する。HBT素子は,ベースの入力インピーダンス
WDM(Wavelength Division Multiplexing:高密度波長
が低く,化合物半導体で特に顕著な基板や表面の不完全
多重)光通信用高密度 640 素子 PD アレイ等」の開発を,
性を原因とする雑音成分
(リーク電流・電荷蓄積)
の影響
1983年から各種国家プロジェクト支援を受けながら行っ
が,電界効果トランジスタ
(HEMT, MESFET等)
と比較
てきた。
して非常に少ない。HEMT, MESFET等は,原理的
(電界
本文では,化合物半導体デバイスの電子素子に焦点を
効果トランジスタの動作原理による)
には入力インピーダ
当て,中でも次世代以降の超高速動作の可能性を秘めた
ンスが無限大で電荷蓄積効果・表面や基板のリーク電流
超高速デバイス並びに次世代 40 Gbps DWDM(Dense
等の影響を受け易く,ゲートラグ或いはバックゲート効
WDM:高密度波長多重)
光通信用モジュールのキーデバ
果・サイドゲート効果等と呼ばれる不規則な信号遅延特
性や高いレベルの位相雑音があり,我々の目指す高精度
*1 R&Dセンター フォトニクスデバイスPJTセンター
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計測・超高速通信用素子
(DC 領域からの使用を前提とし
横河技報 Vol.46 No.2 (2002)
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HBT による超高速電子素子の開発
エミッタメタル
エミッタ/ ベース
界 面とレッジ部
の境界点
単結晶内
InGaPエミッタ
兼パッシベーション(レッジ)
レッジ部
真性エミッタ部
30 nm
0.4 μm
図 1 InP-RTD 静特性
(縦: 5 mA/div,横: 0.5 V/div)
InGaP 30 nm
図 3 InGaP レッジ構造の B-E 界面の断面 TEM 像
(サイズ 5 μ m × 5 μ m)
た応用)
としては利用が難しい。そこで,我々は,安定性
Vppまで上げた素子である。我々は,本RTD素子を用い
および雑音特性の観点から最も優れる素子として,HBT
て超高速サンプリング IC を実現し,高出力化と数 ps の
素子を選択し研究開発に集中した。
スイッチング速度を得ている。(2)一方,RTD素子の信頼
具体的には,1988年から基板の不完全性と表面欠陥の
影響を受け難い縦構造素子の研究開発に取り組んだ。
性に関しては,高温耐久バイアス加速試験で計測応用レ
ベルの信頼性を既に確認している。
我々は,超高速計測用素子を開発する上で,将来の超高
さらに我々は,並行に開発していたInP-HBTと本RTD
速デジタル応用を視野に入れ,共鳴トンネリング素子
素子とを融合させたInP-RBT
(Resonant Tunneling Bipo-
(Resonant Tunneling Diode)RTD と HBT 素子の縦構造
lar Transistor)
を開発し(3),回路応用上で有益な3端子素
デバイスの研究開発に着手した。
子化を実現した。図 2 に,本 RBT の静特性を示す。
RTDは,化合物半導体のエネルギーバンド設計により
以上の技術を利用することにより,将来の超々高速通
量子井戸構造を形成し,その量子井戸を使って電子の共
信応用
(∼100 Gbps)
において,RTDとHBTを融合させ
鳴トンネリング現象を起こさせた負性抵抗スイッチ素子
た超高速量子効果デジタル IC が実現可能と考えている。
である。電子の量子力学的共鳴効果を利用しているため
我々は,次々世代の 80 Gbps 光通信システムの領域から
スイッチング速度は極めて速く,共鳴準位のエネルギー
本技術の適用について検討を進めている。
半値幅の設計によるが,100 Gbps程度のデジタル集積回
路が実現可能となる。図 1 に,RTD の静特性を示す。
本 RTD は,InP 基板上に InGaAs / AlAs
(∼ 1.5 nm)
Ⅲ−Ⅴ族化合物半導体HBTには,GaAs系HBTとInP
系 HBT の 2 つに大きく分けられる。それぞれ特長を有
し,端的に言うと,耐圧特性に優れるGaAs系HBTと高
/ InGaAs(∼ 3 nm)/ AlAs(∼ 1.5 nm)/ InGaAs の量
速性能に優れるInP系HBTとなり,それぞれの得失を生
子井戸構造を形成し,さらにアノード側 InGaAs のドー
かす開発を進めた。そして我々は,1992年の段階でGaAs
ピング濃度下げることにより,スイッチング電圧を 1.5
系 HBT と InP 系 HBT の基本構造を確立した。(4)
45
40
エミッタ 1 μm × 5 μm
35
h21, Gu (dB)
30
Gu
25
20
h21
15
ft = 190 GHz
10
fmax = 300 GHz
5
0
1
10
100
1000
Frequency (GHz)
図 2 InP-RBT 静特性
(ベースステップ 100 μA)
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横河技報 Vol.46 No.2 (2002)
図 4 開発した超高速 GaAs 系 HBT の高周波特性
8
第 1 発振器
第 2 発振器
HBT 出力 PAD
電源 PAD
第 3 発振器
第 4 発振器
チップサイズ:2.3 mm × 0.8 mm
図 5 4 合成 MMIC 化 100 GHzVCO
3.
HBT 素子の高速化と信頼性強化
GaAs 系 HBT と InP 系 HBT の基本構造を確立した以
Phase noise [dBc/Hz at 1 MHz offset]
HBT による超高速電子素子の開発
図6
-50
FET Yokogawa's HBT
-60
-70
-80
This work
-90
-100
20 dB
-110
Yokogawa's HBT
HBT
FET
-120
-130
0
50
100
150
Frequency [GHz]
200
SSB 雑音特性
(100 ∼ 146.7 GHzMMIC 化発振器)
(出典: IEEE MTT-S Digest, GaAs IC Symposium Tech. Digest,
J. Solid-State Cir. より抜粋)
降は,素子の高速化と共に,実用化という観点から素子
の信頼性強化に取り組んだ。
GaAs 系 HBT に関しては,当時研究の主流であった
AlGaAs/GaAs 系 HBT で,当時の GaAs 系 HBT として
と構造等の最適化により,1999年に134 GHz∼146.7 GHz
のバイポーラトランジスタとしては世界最高周波数の
(5)
MMIC 化基本波発振器の試作に成功している。
は最高水準の高速性
(最大増幅可能周波数 fT = 130 GHz,
さらに将来の100 GHz程度での応用を考慮し,VCOの
最大発振可能周波数 fmax=230 GHz)
を得た。ところが,
高出力化について検討した。トランジスタ 1 個を用いた
AlGaAs系HBTでは,大電流領域での素子寿命が短いこ
VCO では,発振出力は− 3 dBm が 100 GHz では限界で
とが高速化開発中に顕在化した。原因を探るため,素子
あった。そこでMMICとして複数個のVCOを集積化し,
の高温耐久試験を実施し,劣化素子の断面 TEM 像分析
同期をとることで電力合成を行い,実用的な出力を得る
を行った。その結果,ベース−エミッタ界面に結晶格子
ことに成功した。4 個の発振器を集積し,+3 dBm の出
の破壊領域が存在することが判明した。以上の現象の要
力を得た。図5にチップ写真を示す。+3 dBmの出力は,
因を分析し,信頼性強化に取り組んだ結果,エミッタ材
50Ω負荷に対して約0.9 Vppの出力電圧に相当する。100
料をInGaPとし,接合面を結晶表面に露出しないレッジ
GHz 帯 VCO は,従来特殊ダイオードを利用して立体回
構造の採用
(図3)
等の改良を施した。この素子に対して,
路で作製していたが,本技術はプレーナIC技術で達成し
コレクタ電流密度Jc:50 kA/cm2,ジャンクション温度:
たことになり,技術的および実用的な意義は非常に大き
200℃,周囲温度:125℃,コレクタ電圧 Vce:3.5 V の条
い。つまり,次々世代 80 Gbps 光通信機器用のクロック
件の高温耐久バイアス加速試験を行っているが,10000
発生等を IC 化することなどが技術的に可能となる。ま
時間経過後も寿命破壊の兆候は見られていない。実用化
た,後述する空芯コイルとの組み合わせにより,さらな
に十分な信頼性を有する InGaP 系 HBT を基本として高
る小型化および高性能化が可能となる。
速化を試み,我々は fT:190 GHz,fmax:300 GHz の超
図 6 に,我々が試作した 100 ∼ 146.7 GHzHBT 発振器
高速性能を得た
(図 4)
。
一方,我々はさらなる高速化を目指し,InP 系 HBT の
開発に取り組んでいる。信頼性に関しては,既に 7000時
間以上の高温耐久バイアス試験
(Jc:100 kA/cm2,Vce=
2 V)
を実施しており,GaAs 系 HBT 同様寿命破壊の兆候
は見られていない。尚,加速係数にもよるが,通常の使用
環境で 20 年以上の耐久寿命が得られていることになる。
4.
計測用 MMIC および AD 変換器等への応用回路
5μm
我々は,優れた高速性能を有する HBT 素子を用いて,
計測用MMICや高速AD変換器への応用開発を行ってき
た。
計測用MMICの開発関連で,我々は,HBT素子の材料
9
図 7 空芯コイル(センタータップトランス)
の SEM 写真
横河技報 Vol.46 No.2 (2002)
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HBT による超高速電子素子の開発
5μm
図 8 ボックス型空芯コイルの SEM 写真
図 9 コイルアレーによるフィルターの SEM 写真
のSSB雑音特性を示す。GaAs-HBTの雑音特性は,20 dB
程HEMT等の電界効果トランジスタより優れていること
が判る。これは,当初我々がHBT素子に期待した低雑音
特性であり,通信用・計測用素子として,時間軸特性
(ジッタ特性)
がFET系と比較して圧倒的に優れることを
表している。
5.
お わ り に
超高速Ⅲ−Ⅴ族化合物半導体HBT素子のデバイス開発
の進展を,各種 MMIC への応用回路を示しながら述べて
将来の 100 GHz 帯および 100 Gbps 領域で回路動作さ
きた。長年培ってきたこれらデバイス技術を用い,成長拡
せるには,必要となる受動回路要素として,コンデンサ
大する通信市場をターゲットに,次世代40 Gbps DWDM
(容量),コイル,抵抗体等がある。コンデンサは MIM
(Metal Insulator Metal)
として,抵抗体は薄膜抵抗体と
光通信用に超高速 HBT-IC を我々は開発している。
さらに,我々は本文中で触れたように,次々世代80 Gbps
して IC 内に比較的容易に取り込むことが可能であるが,
光通信システムの来るべく市場ニーズに向け,トンネル効
コイルは通常,分布定数線路のインダクタンスを利用す
果を利用した量子エレクトロニクス技術と HBT 技術を融
る以外になく,電磁界の漏れ出しや誘電体の損失のため
合させた技術を基に,高性能化への改良を行っている。
に,使用条件が限られたものとなってしまう。我々は,IC
およびHICにおいて,理想コイルである空芯コイルの技
術開発を 1988 年から 1990 年にかけて行い,IC 内で利用
参 考 文 献
(1)Akira Miura,Katsuhiko Yamanaka,Akihisa Hashimoto,
“AN
可能な共振周波数が数百GHz以上の空芯コイルを実現し
ELECTROOPTICAL
た。これら空芯コイルを用い,数十GHz∼数百GHz帯で
WAVEGUIDE)IC IN AN OPTICAL LINK USED FOR VOLT-
集中定数回路による Q 値の高い各種フィルタ・パルスト
AGE SENSOR ISOLATION”
,PROCEEDINGS IECON 84, 1984,
ランス等の設計が可能となる。試作した一連の空芯コイ
pp. 795-801
ルのうち,センタータップトランスのSEM写真を図7に,
M O D U L A T O R(O P T I C A L
(2)A. Miura, S. kobayashi, S. Uchida, H. Kamada, S. Oka,
“Monolithic
ボックス型空芯コイルを図 8,コイルアレーによるフィ
Sampling Head IC with Resonant Tunneling Diode for Strobe
ルターを図 9 に示す。
Pulse Generator on InP Substrate”,1989,IEDM89,pp. 899-
先に述べたRTD,RBT,さらには空芯コイル技術は,
100 GHz帯での高性能計測機器および通信モジュールIC
で,極めて重要な技術となる。 一方,電子デバイス・プロセスの完成度評価とHBT-IC
の集積性能評価を目的として,フォールディングイン
ターポレイション型 6 bitADC を GaAs-HBT を用いて試
作した。本試作では,GaAs-HBT素子数で約1500素子を
901
(3)A. Miura, T. Yakihara, S. Kobayashi, S. Oka, A. Nonoyama, T.
Fujita,“Hybrid RBT with Resonant Tunneling Diode and
Hetero Bipolar Transistor on InP Substrate”
,1992,IEDM92,
pp. 483-486
(4)A. Miura, T. Yakihara, S. Kobayashi, S. Oka, A. Nonoyama, T. Fujita,
“InAlGaAs / InGaAs HBT”,IEDM92,1992,pp.79-82
集積しており,動作周波数で 1 GS/s 以上を実現してい
(5)S. Uchida, I. Aoki, H. Matsuura, T. Yakihara, S. Kobayashi, S.
る。その他一連の試作を通して,小規模 LSI で安定した
Oka, T. Fujita, A. Miura,
“104 AND 134 GHz InGaP/InGaAs
歩留まりを確保できるⅢ−Ⅴ族化合物半導体 HBT-IC プ
HBT OSCILLATORS”,IEEE GaAs IC Symposium 21th An-
ロセス技術の構築を確認している。
nual Technical Digest 1999, Monterey Oct., 1999,p. 237-240
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