情報理論とその応用学会ニューズレター - ieice

No.64
2007 年 10 月 19 日発行
情報理論とその応用学会ニューズレター
私が出会った本 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 平田康夫 (株式会社国際電気通信技術研究所; ATR)
SITA2007 への誘い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 若杉耕一郎 (京都工芸繊維大学)
2007 Hawaii and SITA Joint Conference on Information Theory (HISC2007) 開催報告
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 岡育生 (大阪市立大学), 藤原融 (大阪大学)
アメリカ滞在記 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 山崎浩一 (玉川大学)
ISIT2007 参加報告 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 栃窪孝也 (日本大学)
ITW2007 参加報告 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 浜田充 (玉川大学)
2007 年度第 2 回理事会報告
ニューズレター原稿募集
私が出会った本
平田康夫 (株式会社国際電気通信技術研究所; ATR)
改革などの多様な社会経済現象の解明に取り組んで
います.すなわち,中国・温州人の欧州での活躍を呼
び水とした人的ネットワークによる経済繁栄,トヨ
タの階層クラスター型サプライチェーンによる危機
回避などの具体的な事例について詳細な独自調査お
よび分析を行い,社会ネットワークトポロジーに関
して,例えば以下のような結論を導き出しています.
1.「直近」のネットワークと「遠い」ネットワー
平田康夫 (株式会社国際電気通信技術研究所; ATR)
クのバランスが大切である
私の人生や考え方に少なからず影響を及ぼした昔
2. 濃密な近所づきあいに埋もれて遠距離交際に
の話,かって出会った本の話はさておき,最近出会
手が回らない,あるいはその逆,どちらかに
い,興味を持ち,電子情報工学関連の研究者や技術
偏るのはネットワークのトポロジーが良くな
者にとっても大いに参考になると思われる本の紹介
い.失敗例も多い.トポロジーの良し悪しが
をしてみたい.それは,2007 年 1 月に NTT 出版か
鍵を握る
ら発行された「遠距離交際と近所づきあい」と題す
3. ネットワークのトポロジーは,規則的過ぎて
る社会システムを扱った大変中身の濃い本です.著
もランダムでも上手くいかない
者の西口敏宏氏は,一橋大学イノベーション研究セ
4. 情報伝達経路のつなぎ直し,いわゆるリワイ
ンターの教授で,社会学がご専門の方です.
ヤリングによって新鮮な情報を適度に取り入
本書において著者は,最新のネットワーク理論を
れることが,新陳代謝を促す原動力の一つと
用いて,企業活動,地域経済ネットワーク,政府調達
1
なる.
えるのではないでしょうか.
5. リワイヤリングに関しては,パレートの法則,
様々な分野の人々と親しくお付き合いをする,進
80対20の法則が適用できそうである.す
んで色々な経験をする,趣味を拡げるなどの行為は,
なわち,適宜2割程度のリワイヤリングが効
いわゆる遠距離交際のためのノードを広げるために
果的である
有効です.もっとも,遠距離交際に精を出しすぎ,近
所づきあいを疎かにするのは何をかいわんやですが.
本書は,社会システムを扱ったものですが,当然,
本書「遠距離交際と近所づきあい」では,最後に
理工学の分野にも,また私たちの日常生活の思考メ
社会ネットワークを上手く駆動するためのベースと
カニズムにも相通じるところが多いようです.例え
して,特に「信頼」と「リワイヤリングのしやすさ」
ば,「遠距離交際」は「専門外の人との交流」や「専
の重要性が強調されていますが,我々の人的ネット
門外の分野への関心」と,また「近所づきあい」は
ワークについても全く同じことが言えるのではない
「専門家との交流」や「専門分野へのこだわり」とも
かと思います.相手も人を選ぶ権利があります.信
読み替えることができます.さらに,個人の思考過
頼関係なくして遠距離交際も近所づきあいも成り立
程についても,
「遠距離交際」は「日常ほとんど働か
ちません.また,リワイヤリングのしづらい人,敬遠
せていない脳の活性化」とも言えます.専門外の分
される人は,素晴らしい人的ネットワークの構築も
野の方々との交流や研究以外のことを考えていた時
できません.向上心を忘れず自己を磨き,人的ネッ
に,「突如問題解決の糸口が見つかった!」
,
「ひらめ
トワークの要のノードとなるような存在を目指され
いた!」などを経験された方も多いと思います.バ
ることを強く期待して,SITA 会員の皆さんへの私
ランス感覚の良い人とは,脳内の「遠距離交際」と
のメッセージとさせていただきます.
「近所づきあい」をバランスよく使っている人とも言
SITA2007 への誘い
若杉耕一郎 (京都工芸繊維大学)
第 30 回 情 報 理 論 と そ の 応 用 シ ン ポ ジ ウ ム
をお迎えしました.皆さんご存知のように,笠原先
(SITA2007) は,平成 19 年 11 月 27 日(火)から
生は SITA 発足以来学会の発展にご尽力され,SITA
30 日(金)まで三重県賢島において開催されます.
を語っていただく適任者のお一人です.講演タイト
志摩半島英虞湾に浮かぶ風光明媚なリゾート島で,
ルは「1978 年に何が望まれたか,そして 2007 年の今
海の幸にも誠に恵まれた土地です.賢島へは真珠で
何が望まれているか」で SITA の原点から現在,そし
有名な鳥羽や志摩スペイン村を車窓に見ながら,近
てコミュニケーション技術の将来に関する講演をい
鉄特急で名古屋から 2 時間,大阪からは 2 時間 20
ただきます.30回目の節目として過去を学び,こ
分と比較的便利な場所です.参加申込みなど締切も
れから将来への道を考える大いなる糧となることと
迫って参ります.実行委員長として会員多数にご参
期待をしております.もう一つ,第30回シンポジ
加いただけますことを願っております.今回は 1978
ウムの新しい試みは,予稿集の電子化です.各種シ
年の第1回シンポジウム(神戸)より数えて通算 30
ンポジウムで予稿集の電子化が進んでいます.SITA
回となる記念すべきシンポジウムであります.この
シンポジウムでは,過去29回の予稿集は製本版と
ため通例の一般講演・ワークショップに加え,プロ
して参加者に配布されてきましたが,いつのタイミン
グラムに第30回記念講演を企画いたしました.講
グかで電子化が望まれる時期にありました.そのよ
師としては名誉会員の笠原正雄先生(大阪学院大学)
うな状況で昨年来,坂庭好一会長のご奮闘により,過
2
去の予稿集を電子化し DVD-ROM 化することと,さ
実行委員会へフィードバックしていきたいと考えて
らにこの会員配布への手続きが進められてきました.
おります.11月はアッという間に迫ってきます.
本年度中には会員各位の手元で利用できることと思
最後に重ねまして,第 30 回情報理論とその応用シン
います.この状況で,第30回シンポジウムにおい
ポジウム (SITA2007) に会員皆様の多数のご参加を
て,これまで通り製本された予稿集の配布は流れに
いただけますよう,ここにお願い申し上げます.
逆行することになります. SITA2007 実行委員会と
してば,予稿集を CD-ROM 化して配布する決断を
SITA2007 実行委員会事務局
しました.CD-ROM 化の不都合を少しでも解消す
〒606-8585
るため,シンポジウム1週間前の 11 月 20 日より参
京都市左京区松ヶ崎御所海道町
加登録者に対して PDF 原稿の公開を予定していま
京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科
す.これにより,シンポジウム当日までに講演内容
情報工学部門 気付
の確認やプリントアウトが可能になります.だたし,
Tel: 075-724-7499
会場での紙の予稿集の便利さは CD-ROM と比べも
Fax: 075-724-7400
のになりません.今回の CD-ROM 化は SITA2007
URL: http://www.sita.gr.jp/SITA2007/
での試行であり,参加者のご意見を次の SITA2008
E-mail: [email protected]
2007 Hawaii and SITA Joint Conference on Information Theory
(HISC2007) 開催報告
岡育生 (大阪市立大学), 藤原融 (大阪大学)
ある East-West Center にて開催されました.2005
年に今回と同じ会場でスタートした第1回 HISC,
2006 年に奈良で開催した第2回 HISC に続き第3回
の HISC です.第1回と第2回は国際会議であると
同時に,電子情報通信学会情報理論研究会として開
催しましたが,今回は研究会ではなく SITA 主催の
国際会議となり,ハワイ大学電気工学科,電子情報
岡育生 (大阪市立大学)
通信学会情報理論研究専門委員会,IEEE IT Society
が Technical Sponsor となりました.
会議の初日には一般講演修了後,Welcome Recep-
tion が開催され,ハワイ大学のスタッフ,学生を含
め会議参加者のほとんどが,窓から見える日本庭園
がきれいな East-West Center 内のパーティー会場
に集いました.日本側,米国側ともに2年前の HISC
藤原融 (大阪大学)
と同じ顔ぶれも多く,あちこちで話がはずんでいま
した.なお,今年は「Longboard」だったか,地ビー
2007 Hawaii and SITA Joint Conference on In-
ルの人気が高かったようです.2日目の午前中は招
formation Theory (HISC 2007) は 2007 年 5 月 29
待講演で,ハワイ大学の W. Wesley Peterson 先生
日から 5 月 31 日までハワイ大学マノアキャンパスに
に「Reflection Group Codes and their Decoding」
3
のタイトルで,多摩大学名誉教授の岩垂好裕先生に
間を通じて,一般講演としては 35 件の発表があり,
は「A Sentimental Journey Back to the Old Days
参加者数は 59 名となりました.
of Information Theory」のタイトルでご講演頂きま
した.岩垂先生のご講演では,ハワイ大学でのわく
わくする日々が,当時と同じように Peterson 先生,
Shu Lin 先生(現 UC Davis)のご出席のもとで紹
介されました.2日目の午後は,本年,3月18日
にご逝去されました嵩忠雄先生に捧げるメモリアル
セッションがあり,嵩先生にゆかりの方5名にご講
演を頂きました.嵩先生には第1回 HISC で招待講
演を頂くと共に,引き続き会議運営のアドバイスを
頂いており,今回の HISC も楽しみにしておられま
した.誠に残念で,会議期間中,嵩先生の話題が絶え
これまでの HISC 参加者統計を参考資料として掲
ませんでした.ご冥福をお祈りいたします.最終日
載いたしました.この統計より,多くの研究機関から
のセッション終了後には会場から徒歩で 10 分程度の
HISC に参加して頂いていることがわかります.特
University Square にある焼鳥屋「幸の鳥」を貸し切
に今回は海外からの発表が多くなっています.なお,
りにして Farewell Party が開催されました.次々と
第2回には海外からの寄稿が少なくなっていますが,
やってくるビールと焼き鳥で時間が過ぎ,予定の2
これは,海外学生の日本のビザ取得が関係しており,
時間を超えて11時頃まで賑やかにパーティーが続
HISC の日本開催ではなんらかの対策が必要かもし
きました.焼き鳥というと日本人にはともかく,外
れません.次回の HISC ですが,開催の要望が多く
国の人はどうかと,若干の不安がありましたが,取
届いていることから,関係者と検討の上 HISC2009
り越し苦労だったようでたいへん好評でした.
ハワイ開催を目指したいと考えております.
最後になりますが,HISC2007 を無事終了するこ
とができ,参加者の皆さん,UH ならびに国内の関
係者の方々に感謝の意を表します.Secretaries の毛
利公美先生(岐阜大学)と得重仁先生(徳島大学)に
は,会議準備,運営に関しまして特にご尽力頂きま
した.ここにあらためてお礼申し上げます.
HISC 2007 実行委員会
Chairs:
Marc Fossorier (University of Hawaii), Toru Fujiwara (Osaka University), Ikuo Oka (Osaka City
また,嵩先生と同じく第1回 HISC で招待講演を
University)
頂いた Lin 先生,第2回 HISC で招待講演を頂いた
Secretaries:
プリンストン大学の小林久志先生にも一般セッショ
Masami
ンでご講演頂きました.小林先生は,
「近年,大きな
Mohri
(Gifu
University),
Hitoshi
Tokushige ( University of Tokushima)
会議が多い中,HISC はディスカッションにもちょ
Organizers:
うど良い規模で新鮮で楽しい」と,コメントされ,
Anders Host-Madsen (University of Hawaii),
HISC を楽しんで頂いたようです.会議開催の3日
Yuichi Kaji (Nara Institute of Tech.), Aleksan4
dar Kavcic (University of Hawaii), Anthony Kuh
Advisors: Hideki Imai (University of Tokyo),
(University of Hawaii), Toshiyasu Matsushima
Tadao Kasami (Nara Institute of Tech.), Hisashi
(Waseda University), Galen Sasaki (University
Kobayashi (Princeton University), Shu Lin (Uni-
of Hawaii), Tomoharu Shibuya (NIME), Tadashi
versity of California, Davis)
Wadayama (Nagoya Institute of Tech.)
【参考資料】 HISC 参加者統計(第1回 2005 年∼第3回 2007 年)
アメリカ滞在記
山崎浩一 (玉川大学)
滞在した工学部に相当する Robert R. McCormick
School of Engineering and Applied Science は,エ
ヴァンストンキャンパスにあります.ミシガン湖
畔にあるこのキャンパスは,二つのプライベート
ビーチを所有しており,私が到着した8月は,燦燦
山崎浩一 (玉川大学)
たる陽光のもとで真っ青に輝く広大なミシガン湖
はじめに
が,それまでのあわただしさを忘れさせ,私の気分
2005 年 8 月1日から 1 年間,学内の長期海外研修
を落ち着かせてくれたことを今でも思い出します.
制度を利用してアメリカ,イリノイ州にあるノース
工学部の名称の”Robert R. McCormick School”は,
ウェスタン大学の Horace P. Yuen 教授の研究室へ
1989 年に同学部に多額の寄付をした財団および大
滞在してきました.小文では,この滞在について報
手地方紙のシカゴトリビューンの創設者 Robert R.
告させていただきます.
McCormick に因んでつけられたものです.アメリ
ノースウェスタン大学
カでは,教育機関への財団や企業による多額の寄付
ノースウェスタン大学は 11 の学部で構成される,
はしばしば行われるようですが,ちょうど私の滞在
総学生数約 13,500,うち学部生約 7,700 の私立大学
中にも “Tech” の愛称を持つ工学部校舎の南隣に,
です.キャンパスは,シカゴダウンタウンとそこか
Ford Motor Company からの寄付によって建てられ
らほぼ真北へ約 20km のところに位置するエヴァン
た Engineering Design Center がオープンしました.
ストン (Evanston) との二箇所にわかれており,私が
McCormick School は,8 学科で構成されており,私
5
はその中の Electrical Engineering and Computer
所属していました.私は,二名の学生とは別の部屋
Science(EECS) で一年間過ごしました.
で,Kumar 教授のスタッフとともに一年を過ごしま
Yuen 教授
した.
Yuen 教授は,1970 年代から量子信号検出理論,量
実験を行うわけではないので,セミナー以外は時
子状態制御(スクイズド状態を用いた通信や測定),
間的な拘束はありませんでした.出国前に十分な準
量子通信路容量など,一貫して量子情報理論に関する
備ができなかったこともあり,現地へ到着した当初
研究を進めています.最近は,量子暗号や量子ビッ
は,Yuen 教授のグループの研究成果のサーベイを
トコミットメント等の量子情報セキュリティの研究
したり,投稿前の Yuen 教授の論文を読ませてもら
に取り組んでおり,私の滞在中は,レーザ光の量子雑
い,気づいた点について議論したりしました. Yuen
音とストリーム暗号のコンビネーションによる暗号
教授のグループのセミナーに参加するようになった
システム*1 についての研究にも,学生
のはその後しばらくしてからのことです.研究室の
とともに精力的に取り組んでいました.この αη シ
セミナーは,ほとんどが午後に行われました.特に
ステムは,同じ EECS に所属する Prem Kumar 教
決まった形式はありませんでしたが,たいていは前
授のグループとの共同研究でデモンストレーション
回の最後に Yuen 教授から提案されたテーマについ
にも成功しています.
て,各自が調べてきたことを報告したり,抱えてい
方式である αη
Yuen 教授は,歯に衣着せぬもの言いで,物事を
る問題を説明して,皆からの意見を求めるというも
はっきり言います.今回の留学の受け入れをお願い
のでした.このセミナーでは,相手の意見を受け入
したときの返事も “Yes you’ll be welcome.” の一行
れられない場合には,納得がいくまで “Why?” また
だけでした.慣れてしまうと,言っていることを言
は”No!”が連発されます.これは,学生であっても,
葉のとおりに受け止めればいいので非常に楽なので
教授の意見に納得しない場合には同様です.最初は,
すが,慣れるまでは,持ち前の大きな声であまりに
そこまで徹底的にやりあわなくてもいいのではない
もストレートに言われると,何か悪いことをしてし
かと思いましたが,回数を重ねるうちに,このやり取
かられているような気分になったこともあります.
りを通して,問題を中途半端な理解に留めず,お互い
Yuen 教授の趣味は,何と言っても社交ダンスで
の理解を深めて共通の認識を持つことで,建設的な
す.週に2,3度レッスンに通い,私が滞在してい
議論ができることに気づきました.このセミナーに
た間にも何度かコンペティションに出場していまし
参加することで,議論の最中は教授も学生も全く立
た.研究室のメンバーと一緒に夕食に誘っていただ
場は対等であることを実感しました.日本では,な
いたときにも,しばしばこのダンスの話になり,研
かなかこのように対等な立場で議論することは難し
究の話をするときに負けないくらいの真剣なまなざ
いと思いますが,少しずつでもそういう環境を作り
しで,体の重心のスムーズな移動の難しさなどを熱
たいと思っています.
心に語っていました.Yuen 教授の理想的な体形は
アメリカでの生活
もとより,研究への飽くなき情熱にも,このダンス
今回は,幼稚園から小学生までの娘三人と妻を連
による精神及び肉体的な鍛錬が少なからず影響を与
れての滞在でした.子供の学校生活で問題を抱える
えているものと思います.
と大変になるということを聞いていたので,家を決
大学での生活
めるにあたっては,子供の学校の環境を最優先に考
私が滞在した当時,Yuen 教授の研究室には,博
え,エヴァンストンの北隣に位置するウィルメット
士課程の Ranjith Nair 氏(既に,学位を取得)とキ
(Wilmette)に家を借りることにしました.この選
ヤノンから留学していた江口貴巳氏の二名の学生が
択は正しかったようで,子供の学校の問題では大き
*1
日本では,しばしば,“Y00” と呼ばれています.
6
なトラブルは生じませんでした.日本にいるととか
出先でトイレへ行くと,ほぼ 100% の確率でペーパー
く悪い情報ばかり伝えられる治安の問題は,家族を
タオルかドライヤー,あるいは両方がセットされて
連れて行くアメリカへの留学の決断を鈍らせる一因
います.ペーパータオルを使う場合にも,手につい
でしたが,生活を始めて間もなく,このあたりが日本
た水をふき取るのに 1 枚で十分なのですが,ほとん
の都市部に比べてはるかに安全であることを確信し,
どの人は 3,4 枚使います.それ以外にも,紙皿や
この心配は杞憂に終わりました.近くの住民もみな
紙やプラスティックのコップなども多用され,使い
親切で,散歩中に初めて会った人でも気軽に挨拶を
捨ての習慣が蔓延していることを改めて認識しまし
してくれるおおらかさも,我々の不安を大いに解き
た.また,エネルギー利用も無駄が多いと感じまし
ほぐしてくれました.人々のこのおおらかさは,空
た.集中コントロールによる家の冷暖房は,全ての
間的な余裕が,精神的余裕につながり,その結果と
部屋がいつでも適温に保たれており,確かに快適で
して生まれているように感じました.例えば,一車
す.しかし,例えば,10 日間留守にするような場合
線の道路で,自転車が車の前を走るという,日本で
でも,温度の設定はしますが完全に切ることはしま
は,まず,間違い無しにクラクションを鳴らされる
せん.アメリカにおけるこれらの実情を目の当たり
であろう光景をしばしば目にしましたが,このよう
にして,エネルギーや環境に対する日本の取り組み
な状況でも,誰一人としてクラクションを鳴らすこ
が,地球全体としてどれだけの効果があるのか甚だ
とはありませんでした.日本では,ハンドルを握っ
疑問に感じました.
ているとついつい急いでしまう私自身,アメリカで
最後に,Ravinia Festival を紹介しましょう.こ
は,とてもゆったりした気持ちで運転することがで
れは,6 月から 9 月上旬にかけてエヴァンストンか
きました.
らさらに 15 kmほど北上したところにある Ravinia
Park で行われる野外コンサートです.ここでは,
この滞在で人々のおおらかさ以外で気づいた点を
お伝えします.一つは,アメリカでの生活を始める
様々なジャンルの一流の音楽家による演奏を,手ごろ
際に必要な,家を借りる,銀行口座を開く,車を購
な料金で楽しむことができます.会場には,“Pavil-
入するなどの諸手続きが非常に簡便であることです.
ion” と呼ばれる予約座席と芝生席がありますが,芝
ほとんどの場合は,身分証明であるパスポートさえ
生席に人気があるようです.私達も,帰国直前にシ
あれば,外国人であることなど全く関係なく,手続き
カゴ交響楽団による演奏を聴いてきました.開演一
*2
を済ませることができます .以前,別の国への留
時間前くらいに会場に到着すると,既に,芝生席は
学経験者から銀行口座を開くのに相当時間がかかっ
かなりの場所が埋まっていました.観客は,折りた
た話を聞いたことがありますが,移民の多いアメリ
たみのテーブルの上に綺麗なテーブルクロスを敷き,
カで同じような対応をしていては,社会の機能が滞
キャンドルを燈して素敵なダイニングテーブルとし,
るのだろうと思いました.私が車を購入したときも,
コンサートが始まる前にワイングラスを片手に会話
ディーラーのドアを叩いてから 2 時間後には買った
と持参した食事を楽しみます.そして,8 時頃から
車が家のガレージにありました.車社会のアメリカ
演奏が始まると,今度は,10 時過ぎまで音楽を楽し
で日本のように納車までに時間をかけていては生活
みます.これだけ充実した時間を一人 10 ドルで過
そのものが成り立ちません.これらの処理一つとっ
ごすことができます.冬の寒さが厳しいこの地域の
ても,アメリカの社会がとても効率的であることを
人たちは,春から秋にかけての屋外でのレクリエー
感じました.
ションをとても大切にしています.
おわりに
もう一つ,こちらはネガティブな印象なのですが,
今回の滞在中,研究室のセミナーでは,Yuen 教授
資源の無駄がとても多いことにも驚きました.まず,
*2
固定電話の契約やガスの契約など,ソーシャルセキュリティーナンバーが必要であるものも幾つかあります.
7
の要望もあり,私は主に量子暗号のための誤り訂正
について担当しました.今までとは違った観点から
改めて問題を見直すことができ,このセミナーは大
変有意義でした.また,セミナー以外にも Yuen 教
授による大学院生向けの量子情報に関する授業の聴
講や,学科や学部が企画するセミナーに参加したこ
とも,かけがえのない経験になりました.この一年
で学んだことをこれからの研究に活かしていきたい
と思っています
最後に,今回の留学の機会を頂き,滞在期間中も
大変お世話になりました Yuen 教授と同研究室の
写真の説明:研究室にて.左側から順に,筆者,Yuen
Nair 博士,江口氏,イタリアのパルマで開催された
教授,江口氏,Nair 博士.
ISITA2004 の開催期間に留学の体験談をお聞かせい
ただくとともにご助言いただいた大阪市立大学の岡
育生先生にこの場をお借りして御礼申し上げます.
ISIT2007 参加報告
栃窪孝也 (日本大学)
2007 年の ISIT(International Symposium on In-
会場のアクロポリス国際会議場
formation Theory) は 6 月 24 日 (日)∼29 日 (金) に
ISIT2007 のホームページにある参加者リストをみ
フランスのニースで開催されました.ニースはフラ
ると,今回の ISIT では 42 ヶ国から 792 人の参加が
ンスの南東部に位置する都市で地中海に面しており,
ありました.ちなみに,参加者数の多い国を調べて
世界的なリゾート地として有名ですが,古代から小
みると,上位は
アジアのニカイア人の交易地として発展した都市で
あり,このニカイア人がニースという地名の語源と
国名
参加人数
なったそうです.
米国
278
日本
59
フランス
55
韓国
53
スイス
50
となっていました.開催国のフランスよりも多くの
研究者が日本から参加しており,日本がこの分野で
貢献していることが分りました.
また,投稿件数は 994 件であり,その中から採録
となった 605 件の発表がありました.8 つのパラレ
ルセッションで計 143 のセッションとなっていま
したが,セッション名に数字が付いているセッショ
8
ンは 14 種類ありました.もっとも数字が大きかっ
Reflections on the Gaussian Broadcast Channel:
たセッションは Coding Theory の VIII であり,2
Progress and Challenges (Shlomo Shamai),Com-
番目は LDPC Codes の VI,3 番目は Space Time
petition and Collaboration in Wireless Networks
Coding と Quantum の IV でした.以下,III まで
(H. Vincent Poor),Signal Processing Algorithms
あったセッションは Algebraic Coding ,Sensor Net-
to Decipher Brain Function (Emery Brown) の 4
works ,Feedback Channels,Constrained Codes,
つでした.
Lossless Source Coding であり,II まであったセッ
さて,私の発表ですが,月曜日の午後の Secret
ションは Convolutional Codes,Cooperation in Re-
Sharing というセッションで,一般アクセス構造を
lay Channels,Multiple Access Channels,MIMO,
実現する秘密分散法に関する結果を話しました.こ
Cryptographic Primitives となっていました.この
のセッションの発表は広い意味での Secret Sharing
データで今回の発表の傾向がわるかと思います.
に関するものでしたが,私の専門の秘密分散がメ
木曜日の朝に “teaching it” というタイトル (it
インのセッションではありませんでした.しかし,
は IEEE IT Society のマーク) で Princeton の Ser-
学生時代に当時の指導教官に輪読 (そのとき参加し
gio Verdu 教授による Shannon Lecture がありま
た学生は私一人だったので正確には輪読ではない
した.アインシュタインの “Make things as simple
が) でみっちり鍛えて頂いたときに使った教科書 In-
as possible, but not simpler.” という言葉で始ま
formation Theory: Coding Theorems for Discrete
り,“No matter how simple it looks, chances are it
Memoryless Systems の著者である Imre Csisz´ar 教
is even simpler.” という言葉で終わる印象的なお話
授がセッションの座長あったこと,また,セッショ
でした.また,基調講演は,Network Source Cod-
ar 教授とお話できたことが忘れら
ン終了後に Csisz´
ing: Pipe Dream or Promise? (Michelle Effros),
れない思い出となりました.
ITW2007 参加報告
浜田充 (玉川大学)
例年 ISIT の前後に ITW が開催されるが,今回
示されていた.宿泊は夕食朝食付きで一泊 1075Kr
の ITW は IEEE Information Theory Workshop
(1Kr は 21 円強) と高めではあったがノルウェーの
on Information Theory for Wireless Networks と
物価はヨーロッパでも相当に高いらしく,現地の物
称し,2007 年 7 月 1 日から 6 日までの日程で,ノル
価からするとこの宿泊費は値切った方だと思われる.
ウェーの港湾都市ベルゲンの郊外オスで開催された.
参加費も ISIT2007 のそれを上回った.
オーガナイザによれば参加者は 80 名程度.日本人
ホテルは小さ目のフィヨルド沿いにあり,部屋や
の参加者は報告者のみのようである.表面上話題を
庭から美しい風景を望むことができた.またエクス
ワイヤレスに限定したためか参加者は最近の ITW
カーションではノルウェーの有名なヴァイオリニス
としては少なめであった.しかし,ISIT のように
トゆかりの地に向かいミニコンサートを楽しんだ.
大規模な会議よりも少人数な会議を好む,あるいは
その際,移動には船を使い移動中も風景を楽しむこ
懐かしむ声もよくきかれる.今回の ITW もまたそ
とができた.日本でいうとリアス式海岸の松島を彷
ういった向きの感じられる会議であった.また,オ
彿とさせるような風景であったが,こちらはフィヨ
スは非常に小さな町のようでホテルも少なく参加者
ルドの本場というだけあってスケールが違った.松
は皆会場となった老舗のホテルに宿泊するように指
も多く見られた.芭蕉がここを訪れたとしたら何と
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別の発表内容は必要なら IEEE Xplore などで入手
詠んだであろうか.
セッションはホテルの一室で4日半行われた.話
して頂きたい.北欧のゆったりとした空気ともあい
題は会議名から直接想起されるような応用よりのも
まって非常に雰囲気の良い学会であった.なお写真
のも多かったのだが,招待講演などはむしろ基礎的
はホテルの庭を撮ったものである.
な話も多かった.例えば Network error correction
など.これは R. Yeung の招待講演と Z. Zhang の
それを含む.なお,各々が 40 分の招待講演は 19 件
あった.ISIT のようにパラレルセッションが組まれ
る会議では自分の興味に最も近いものを選ぶのが通
常であろうが,この会議では1つしかセッションが
ないので ISIT では聴かないようなものも聴くこと
が出来た.
会議の内容より開催地の魅力に関する記述が多く
なってしまったかもしれないが,SITA 会員の皆様は
開催地の選択の重要性はご存知のことかと思う.個
2007 年度第 2 回理事会報告
情報理論とその応用学会
6. SITA2006 監査報告
2007 年度第 2 回理事会
7. ISITA2006 決算報告および監査報告【次回理
2007 年 7 月 21 日 (土) 13:30∼17:00
事会へ延期】
8. SITA2007 開催計画及び準備状況報告
於 京都工芸繊維大学 3号館第1会議室
9. ISITA2008 開催計画及び準備状況報告
議事
10. 名誉会員の推薦について
1. 会長挨拶
11. SITA2006 奨励賞選考について
2. 2007 年度第 1 回理事会議事録確認
12. SITA シンポジウム予稿集 DVD-ROM につ
3. 2006(会計) 年度予算執行状況及び会費集金
いて
13. 入退会者の承認について
状況
4. 2007 年度事業中間報告及び計画
14. その他
5. 2007 年度ニューズレター発行状況及び計画
国際会議の案内方法について
ニューズレターに従来掲載していた「国際会議の
http://www.sita.gr.jp/jpn/conf/index.html
お知らせ」を,より敏速に読者の皆様にご案内する
に国際会議の情報を掲載し,随時更新することと致
ために
しました.
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ニューズレター原稿募集
ニューズレター編集担当では,会員の皆様からの
稿を受け付けており,原稿を頂いた時点での最近号
原稿をお待ちしております.研究会やワークショッ
プなどの call for papers や国際会議などの参加報
に掲載する予定です.原稿は,できるだけ LATEX の
ソースファイルが望ましいですが,その他の形式で
告,会員の声など,気軽に投稿して下さい.
も受け付けます.写真などの掲載も歓迎します.詳
今年は,あと 1 回のニューズレターの発行を予定
細は,巻末の編集理事・幹事にお尋ね下さい.
しております.原稿の締切は 11 月末ですが,随時投
編集後記
今回は編集担当者のハードディスクがまたもやク
げます.最後に,原稿の執筆を快くお引き受け下さ
ラッシュしたため発行が遅れてしまったことをお詫
いました皆様に心よりお礼を申し上げます. (植松,
び申し上げます.また,原稿の再送をお願いしてご
松本)
迷惑をお掛けした一部の寄稿者の方にお詫び申し上
編集担当者
植松友彦 (編集理事)
杉村立夫 (編集理事)
〒152-8552 東京都目黒区大岡山 2-12-1
〒380-8553 長野県長野市若里 4-17-1
東京工業大学大学院理工学研究科集積システム専攻
信州大学工学部電気電子工学科
Tel. 03-5734-3243
Fax. 03-5734-2905
E-mail: [email protected]
Tel. 026-269-5237
Fax. 026-269-5220
E-mail: [email protected]
松本隆太郎 (編集幹事)
西新 幹彦 (編集幹事)
〒152-8552 東京都目黒区大岡山 2-12-1
〒380-8553 長野市若里 4-17-1
東京工業大学大学院理工学研究科集積システム専攻
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Fax. 026-269-5220
E-mail: [email protected]
情報理論とその応用学会事務局
〒606-8585 京都市左京区松ヶ崎御所海道町
京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科情報工学部門 若杉耕一郎 気付
Tel. 075-724-7481
Fax. 075-724-7400
E-mail: [email protected]
URL: http://www.sita.gr.jp/
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