これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および

これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および
「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋です。無断
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多摩美術大学大学院
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はじめに 大学、大学院と通して商業空間(特に販売空間)の研究をしてきました。
物を買う、購買という行為は人々の生活においてどのような位置づけをされて
いるのか。生きる為に食べ物を買う。綺麗になりたいから服を買う。念願だっ
た車を買う。ついついいらない物まで買ってしまう。単純に物を手に入れる手
段の一つなのかもしれませんが、これらは全てが同じ欲求から派生していると
は考えづらいです。生活の為の重要度、さらに別な欲求の手段、夢の実現、衝
動的行動。これらはみんな異なる理由、異なる価値観から生まれた似ているけ
れどもそれぞれ違う欲求を満たす為の行為だと考えます。ならばそれぞれケー
スバイケースの環境整備が必要とされるのではないでしょうか。
そういった中で、物を買うという行為が行われる空間は、単純に店内内装演
出という単体だけでは成り立たず、環境、時代背景、経済状態などたくさんの
要因から大きな影響を受けていると実感しました。また近年の、物流業界をと
りまく環境の大きな変化により、顧客ニーズは多様化、かつ具体化され、情報
環境の普及等はもとより、バブル崩壊以降の景気不安定等による価値観の変化。
多様化する環境の中で、物を売る−つまりは人々の生活を豊かにする手助けを
する為には、いま一体何が求められているのか、物を買うという行為に対する
満足感は、物を実際手にしたときにはじめて満たされ、その物の価値のみを感
じるものなのだろうか。購買欲だけではなくその行為自体の価値にいかにすれ
ば幸せを感じてもらえるのだろうか。時代背景や環境、現状のマーケティング
の具体例などを分析し、いまの環境で感じている満足感と、本当に求められて
いる物を研究することによって、これまでにない充実感を提供することのでき
る提案を模索しています。それこそお金を使って初めて見返りの幸せを感じる
のではなく、その場にいる事によってその行為自体に価値を感じてもらいたい
と考えています。
p1
第一節 小売業の現状
1、時代ごとのマーケティングの流れ
高度成長期時代のマーケティングはメーカーが主導して行い、流通業者、小
売業者はそれについていけばよかった。もともとマーケティングはメーカーと
小売業者では異り、これに戦後の物資不足からくる「生産第一主義」と「流通
の変革」の影響によってメーカーが流通の指導権を握る結果となった。そして
物不足から作れば売れる時代が続き、物はあふれ出し消費者はメーカーの作っ
た物に少々不満があっても購入していった。これがメーカーの設備投資を促し
大量生産、大量消費へと繋がっていった要因である。
大まかな時間軸として次のような移り変わりが上げられる。
-マスマーケティングの時代- 1979年∼1980年代前半
すべての人を対象に同一の商品を生産し、あらゆる場所で販売、幅広く宣伝
し共通フォーマットで売り出した。テレビと新聞、雑誌が隆盛を極めマスメデ
ィアは増殖した。同時期の技術革新も後押しし、生産効率は上昇、消費は拡大
し続けた。
-セグメンテーションマーケティングの時代- 1980年代後半∼1990年代前半
マスマーケティングの時代も長続きせず、企業はより狭い範囲の顧客をター
ゲットにし、多様なセグメントごとに満足を得られるような広範でバラエティ
にとんだ製品を提供し始めた。消費者は個性化、多様化しマスコミの宣伝効果
は効率低下し始めた。
-ワントゥワンマーケティングの時代- 1990年代後半∼現在
これまでのマーケティングが新規顧客の獲得に重点をおき、既存顧客をない
がしろにしてきた傾向が強かった。そのため顧客と一対一に向き合い個別の
カスタマイズなどを顧客重視のマーケティングへのシフトが求められている。
p.2
2、小売業の形態
小売業には様々なスタイルが存在する。
○ 店舗型小売業と無店舗型小売業(通信販売やネットショップ、露天商等)
○ 専門店や百貨店のような人員サービスの有無(セルフサービス)
○ 単店舗小売業とチェーン店型小売業
○ 単一部門のみの小売業と、百貨店のような多数部門をもつ小売業
商店街等も単店舗というよりは、商店街というひとつのスタイルとして確立
している。また郊外の幹線道路周辺などでは、大型ホームセンターやアウトレ
ットモールといった大規模店舗の展開が盛んである。
全体の流れとしては、小売業の店舗数は減少傾向にある。一部例外として、
コンビニエンスストアや総合スーパーは、著しい伸びを見せているが、百貨
店は横ばい状態、その他単店舗商店などは大幅に減少している。しかしなが
ら年間売り上げは確実に増加傾向にあり、やはりコンビニエンスストア等の
影響が如実に出ている。
次に規模や形態だけではなく、特
徴や役割ごとの分類わけと、各特色
を比較する。(図:a-1)
ステージ1は生活とは直接的菅家の
業態
ス
テ
ー
ジ
1
デパート
デザイナーズ
ショップ
スタイル専門店
プレステージ
薄い「楽しむ買い物」をする場所と
定義します。このステージの特徴は
高額品なども数多くあることなどか
ら、集まった顧客が必ず買い物をす
ス
テ
ー
ジ
2
ドラックストア
スーパー
ファーストフード
場の役割
特性
気分に応じて楽
しむ頻度の低い
最先端のファッシ
買い物
ョンや生活スタイ
ルを享受する、
アップグレードな
非日常的な場
高額品、装飾品
など
高い頻度で繰り
返し購買する買
い物
生存、生活維持
の為のワンスト
ップショッピング 誰もが必要とす
る低額の消耗品
的必需品
るとは限らないこと。眺めて楽しむ、
流行に触れ好奇心を満たす、といっ
た情報充足的な意味合いもあり、非
日常の「買い物」という行為を楽し
む場である。ブランドショップや、
ス
テ
ー
ジ
3
アウトレット
プロジェクトに応
じた目的的な中
頻度の顔物
生活改善や向上
を促進する特定
分野のワンストッ 需要が不確定で
ホームセンター
プショッピング
選択購買される
アップスタンダー
カテゴリーキラー
ドをディスカウント
パワーセンター
デザイナーショップでトレンドを
(図:a-1)
p.3
チェックし自分のファッションにとりいれたり、生活の中に部分的に新しい要
素を取り入れ変化を楽しむ。それに触れるだけでイメージやセンスが刺激され
る、生活をかたちづくる感覚が耕されるというのがステージ1の特性である。
ステージ2はある種リアリティーのないステージ1の対極に位置する、生活
や生命維持に必要不可欠な買い物と分類される。故にステージ2に一番求めら
れるのは、「近くて早くて安い」という利便性である。住まいの近くで必要な
ものが、短時間でワンストップショッピングできることが重要となる。
ステージ3は、上記より分類しにくい買い物である。夢を見て楽しむ充足の
買い物でもなく、現実的に必要不可欠な生活維持のものでもない。ちょうど二
極化している1と2の中間に位置すし、現実的な夢の具現化をかなえる場であ
る。夢に現実を少し近づけ、それによって生活の標準レベルを底上げするのが
ステージ3の買い物の特徴である。
p.4
第二節 小売業を取り巻く環境
1、変化する環境
近年、流通業界は産業革命以来といっても過言ではないほどの、大きな変革
を向えている。大きな3つの変動を向えているといってもいいであろう。
−社会変動−
産業革命の土台は当時画期的であった「分業」へのシステム変革によって発展
を遂げたといえる。しかし大量生産の実現、および製造工程、コストの簡略化
にたけている売り手送り手主導の経済構造は、供給過剰時代へと突入していく
こととなる。買い手上位への変化の中で市場の多様化、個別化に対応できず再
び構造改革を迫られることとなる。
社会的変化は二つ大きな節目を迎える。第一次は70年代オイルショック時に
現れ、それまで受身的立場であった「消費者」は考え主張する「生活者」へと
変貌を遂げる。第二次は90年代のバブル崩壊と共に現れた。生活者の価格破
壊の支持、内外価格差是正への関心の高まり、品質や価値への選択眼はいっそ
う厳しいものとなった。これらにより集団主義であった経済構造は、より個を
重視した個人主義へのパラダイム転換を迫られた。
−顧客(個客)変動−
生活者の個志向、買い手受け手主導主義が高まる中でモノに対する価値観にも、
変化が現れている。それまでの自分をモノに同一視(アイデンティファイ)す
る時代から、ブランドに同一視する時代を経ていまや自分自身の生き方や価値
観を行動の最優先とし、ブランドやモノの価値は付随的なものとなった。
自分の価値観によって欲しいと判断されたモノやサービス、欲しいものを欲し
い時に手に入れたいという即時性、顧客の要望に応じるオンデマンド性が強く
求められるようになってきた。
一例としてアメリカの大手百貨店であるシアーズは、それまで持っていた万
人向けの総合カタログを廃止しカードによって顧客一人一人の情報を識別する
p.5
「カストマーアイデンティフィケーションプログラム」という新顧客システム
を導入し成果をあげている。
市場の中で「個」パーソナル化が進み、顧客個々の価値観やライフスタイル
を基準に、個の要望に対応したモノやサービスがよりいっそう入手しやすい形
態への変革が進んでいる。
−情報変動−
携帯電話、インターネット、双方向TV等の情報端末はデジタル化によって
パーソナル(個単位)でのコミュニケーションシステムを発展させた。情報の
デジタル化については、また後ほど触れたいがそれらがもたらす変革は大きな
影響を与えデジタル化がパーソナル化を、パーソナル化がデジタル化を促進し
あう結果となっている。
以上の3つの変動の行き着く先は、個単位化、パーソナル化であり、産業革命
以来追求してきた生産性、効率性重視の売り手送り手主導主義(プロダクト・
アウト)は方向転換を迫られ、受け手買い手主導主義への方向転換を余儀なく
されている。
ではなぜこういったパラダイムシフトが起きているのか。それは上記の3つ
の変動の影響はもちろんのこと、産業革命以来追求されてきたのは「量の充足」
であり、貧しさからの開放であった。大量生産大量消費で豊かさを達成した経
済は、更なる高効率と利益の追求を行おうとした。しかしながら、量の充足に
満たされ慢性的な過剰供給の時代にはいった結果、消費者は「個」を持った生
活者となり、よりパーソナルなモノを求めるようになっっている。
p.6
(図:a-2)
(図:a-2)
p.7
ここまでの話では、一見売り手側にとって損失が多いような印象を与えるか
もしれない。しかしながら情報技術の発展、ネットワークのデジタルは売り手
側にも十分メリットがあるのだ。最近百貨店などで使われている単品管理は単
に在庫や売り上げ把握の為に存在するわけではなく、単品スタイルとPOSシス
テム等による顧客データを組み合わせることで各個人単位での購買履歴や好み
が割り出せる。これはオンデマンドなマーケティングに非常に有効で、個対個
の繋がりを保つのに非常に重要な情報となる。
また個が確立されるということは、逆に言えばその個の抱いている期待、満
足感に100%答えることもできるということでもある。従来ならば顧客設定
を絞りすぎるのは大変危険である。絶対的な客数が限られてしまう店舗展開な
どでは、顧客設定をピンポイントに絞りすぎると、実質客数中の割合によって
は大きな損失を受けてしまう可能性が高い。そのため幅広い設定を設け、顧客
満足度を少し下げても、割合を高くする必要が出てくる。(図:a-3)
しかしネットワークが広ければより多くの人の目に触れる為、ピンポイント
に対象を絞ることができる。それにより最低限のコストでリピート率の高い顧
客を獲得することができる。
マスマーケティング的展開
パーソナルマーケティング的展開
顧客満足度(リピート率)
高い
低い
(図:a-3)
p.8
第三節 求められる姿
1、顧客の為のマーケティング
前記されているように、集団、群というマーケティングから、個への変革が
求められている。ではどのようにすれば顧客重視の展開が可能なのだろうか。
ここで「顧客満足度」「リレーションシップマーケティング」「ワントゥワ
ンマーケティング」という3つの要素が重要となってくる。
-顧客満足度 顧客満足度は企業や組織の利益追求主義の大量生産、大量消費の終焉と共に
登場した。社会のパーソナル化、顧客の個の確立を最重要視している。
最終顧客の最大満足を優先する考え方は、パーソナルマーケティングのコンセ
プト的発想である。
しかし元々日本は顧客満足を重要視する国であった。17世紀はじめ三越の
創始者三井高利の母は「売りて悦び、買いて悦ぶようにすべし」と顧客満足の
重要性をすでに訴えていた。
18世紀、石門心学を築いた石田梅岩は「まことの商人は、先も立ち我も立つ
ことを思うなり」と顧客満足を重視した商人道をといている。江戸時代は士農
工商の時代であった為、商人は「分に応じ、客に満足を与えて初めて正当な利
益を得ることが正しい」という商人道にもとづいき、各商家は家訓に掲げるな
どして身を慎しんだという。しかしこうした顧客優先主義は明治時代の身分制
度崩壊、そして殖産振興政策によって、生産性経済効率優先の流れの中で忘れ
去られていった。しかしこの理念こそが、パーソナル化へとパラダイムシフト
していく中での最も重要なものとなる。
-リレーションマーケティングリレーションマーケティング(関係性マーケティング)は80年代アメリカで
誕生し、顧客の満足度を売買や取引の瞬間だけでなく、ビフォアー&アフター
サービスという形で継続することが重要になると説いている。
p.9
大量生産大量消費時代のような、作りっぱなし、売りっぱなしの体質では通
用しなくなっているのである。この手法は一対不特定多数の大量消費時代全盛
のころから、特定少数の顧客をうまく管理し、個の満足感を高めリピート購入
を呼ぶというパーソナルの手法を説いていた。パーソナル消費時代において関
係性マーケティングを実現するには、デジタル化された顧客の情報や、パーソ
ナルな特性をデータベースとして管理、活用していくことが重要となる。
-ワントゥワンマーケティングこのコンセプトは60年代にピークを向かえたマスマーケティングの不特定多
数の対象に対し、同一商品を同じ手法で販売するという考え方の対極として生
まれた。重要なのは情報テクノロジーを駆使し、顧客一人一人を把握、一対一
で個別の要望に応じカスタマイズした製品、サービスの提供にある。
ポイントは、市場シェアよりも顧客シェアの増大に専念すること。ひとつの
商品に集中しそれを売るのではなく、一人の顧客に集中し、可能な限りの商品、
サービスを提供することにある。
ではどのようにして市場重視から顧客重視へシフトして行けばよいのか。
1、顧客をよく知る。顧客のデータベース化を図る。
2、顧客のランク付けをする。データベースをもとにランク化することにより
違いを明確に表し、分析を行う。
3、最良顧客の見極め。そしてその顧客に対しロングスパンでの関係性を持つ。
実績を一定期間の取引高ではなく、顧客の生涯価値によって評価する。
4、データベースからビフォアーサービスの発展。顧客ごとのニーズを分析し
将来の取引を予測。行き届いたサービスを提供する。
従来のマーケティングは新規開拓、浮動客の獲得に時間を費やした。しかしこ
れからは固定客に対するマーケティングを見直そうというのである。リピート
で取引をするには、前回の取引に満足していなければ続かない。顧客にとって
価値を感じてもらうことで、市場から顧客へのシェアのシフトが成り立つ。
p.10
2、ブランド構築
前に述べたようなピンポイントのターゲット展開をした場合、いかにそれを
見る人に伝えるか。パーソナルマーケティングを行うにあたり多くの情報の中
からいかにファーストコンタクトをしてもらうか。そこでブランドの影響力に
着目してみる。ブランドといっても90年代バブル経済時に溢れ返ったステー
タスとしてのブランドではなく。売り手からこちらの伝えたいことをアピール
するCIやコンセプトからフィードバックされた、意思(意図)伝達手段として
のブランド構築に着目した。
-ブランドのとは元来ブランド(brand)という言葉は、「焼印を押す」という意味の英語である
「burned」から派生した言葉である。もともとは自分の所有物や作品を他者の
ものと区別する為のものをさす。
また「ある売り手の財やサービスを他の売り手のものとは異なるものとして
識別する為の名前、用語、デザイン、シンボル、およびその他の特徴」とされ
ている。ブランドとは識別手段であったが、ブランディングという行為はその
デザイン、シンボル、またそのサービスを一貫して提供し続けるという製造側
の意思表示であり、それは消費者との約束の意味も持っている。しかしブラン
ドのはたす機能はそれだけにとどまらず、製造側の意図、ポリシー、パーソナ
リティーを消費者に伝達する手段でもある。
ブランド及びブランディングには「識別機能」「品質保障機能」「意味付け
象徴機能」の3つが存在する。識別手段としてのブランドはあくまでも特定製
品をさす為の呼称に過ぎず、選択要因や指名購買の一要素となっても、それ自
体が決定要素となるものではない。その製品が受け入れられる為には、属性や
意味、価値といったものがシンボルとしてのブランドを通し伝達されなければ
ならない。ブランドというのはあくまで呼称であり、その裏側にある信用、個
性メッセージ性などが伝わって初めて呼称が価値を持ち、ダイレクトにイメー
ジすることができるのだ。
p.11
-起点としてのブランド 以前からブランドの資産的価値の重要性は強調されてきたが、ブランドの概
念も多少変化している。(図:b-1)
ここで登場するアイデ
ンティティとは一体いか
時代区分
∼1985年
主たるブランド概念
なる概念なのだろうか。
当該ブランドような、
ブランド認識
ブランドロイヤリティ
ブランドイメージ
1996年∼
1985∼95年
ブランドエクイティ
ブランド
アイデンティティ
統合的認識
統合的認識
断片的認識
マーケティングの起点
マーケティングの手段 マーケティングの結果
どのように知覚されてい
(図:b-1)
るかといった結果論としてのイメージとは異なり、むしろ、戦略立案者が「ど
のように知覚されたい(されるべき)」と考えるか、という目標ないしは理想
像としてとらえられており、それを明確化することの重要性が繰り返し強調さ
れている。このような「ブランドはどうあるべきか」という信念や哲学が、
常にブランド構築のベースにあるべきであり、アイデンティティの明確化こそ
が強いブランドを構築する上での必須条件だということが言える。
ブランドと伝えるべきアイデンティティを明確にすることにより、多数メデ
ィアによるメッセージ伝達が容易に行えるようになると共に、基本ベースとな
る骨組みが出来上がり売り手側の思想や姿勢が伝えやすくなる。
昨今増え始めているSPA型ブランド展開もこれら意思伝達を有効に活用して
いるといえるだろう。ブランドという概念は本来目で見ることはできない部分
をより感じやすくさせると共に、確固たる個性の確立に有効な手段と言えるだ
ろう。
3、新しいスタイルの実現化
ここでパーソナルマーケティングとブランディングの具体例をあげてみる。
-ワントゥワンマーケティング(トヨタ自動車−RAV4の例)−
トヨタが94年5月に発表した「RAV4」はバブル崩壊後のライフスタイル変化
の中でいくつかのパーソナルマーケティングの秘策が隠されている。
第一に、ボディーカラーとインテリアカラーをユーザーが自由に選択し組み
p.12
合わせられる「トヨタパーソナルセレクション」の採用。第二にターゲットを
絞込みそれに合わせて、価格を同クラスの車種より二割ほど安く設定している。
第三に安く設定した価格を実現する為に、製造ラインに改革が見られる。
このトヨタパーソナルセレクションは同社の多目的ショールームアムラック
スにて注文を受け付けた。当初18通りだった選択肢はニーズにこたえて、131
通りのコーディネートを可能にした。特筆すべきはワントゥワンのコミュニケ
ーションである。顧客はアムラックスの特設コーナーで、パソコンの画面を使
用しコーディネーターとやり取りをし全体のカラーやイメージを決定する。
実際の塗装は鋼板見本で確認し、すべてのカラーが決定した後はコーナー内の
実物大モックアップでインテリアなどの色を確認できるようになっている。
顧客が決定したカラーバリエーションはプリントアウトされ、顧客保存用、販
売店用、工場ライン使用用とアムラックスのデータ保存用に使用される。紙の
上だけでは表現しきれないものについてはパソコンを駆使したマルチメディア
で対応される。顧客は雑誌の記事タイアップ広告や、アムラックスの広報誌等
を情報源として足を運んできている。
顧客と話し合いながらカラーを決めるというプロセスは、メーカー側も生の
声を聞ける絶好の機会であり、顧客側も安心して相談ができる。またユーザー
とメーカーのビジュアルコミュニケーションのチャンネルにもなっている。ま
た購入したユーザーに車の写真と共に雑誌に登場してもらう等、自分だけのオ
リジナルの物が欲しいというニーズに答えると共に、顧客の満足感をより引き
出そうという配慮が見られる。
−ブランディング(ファイブフォックスの例)−
コムサシリーズでブランド展開するファイブフォックスは、原宿や新宿など
若者が集まるターミナルステーション等にファイブフォックスストアを構え、
服飾及び服飾小物だけでなく、ステーショナリーや食器など雑貨まですべてコ
ムサシリーズを取り扱う大型SPAショップを展開する。商品ラインナップから
展開、ショーウインドウまで統一ブランドイメージでそろえている。また低価
格主体のスリーミニッツハピネスにおいてもファイブフォックスらしさが演出
されている。
p.13
4、VMDの存在
近年店舗における実展開において、従来のMD(マーチャンダイジング)だけ
ではなく、VMD(ヴィジュアルマーチャンダイジング)が注目を浴びている。
−VMDとは−
アメリカにおいて百貨店やチェーンストアを中心にストアオペレーションと
して生まれた企業戦略の一つである。一説には1970年代後半低迷を続けたアメ
リカストア業界の救世主的な役割を果たしたとも言われている。
−VMDの誕生−
メーカーの技術革新などによる製品の高品質化が、商品の同質・均一化現象
を生む結果となった。結果的に品質もそれなりによく、価格もリーズナブル、
代わり映えのしない商品が、どこの店先にも同じように並んでいるという事態
におちいった。結果店舗は同一商品、類似商品の価格競争のみでしか差別化が
図れず、店舗間が競争せざるおえない状況になる。
もともと高くない価格設定なので、価格競争をすればするほど収益が下がる
一方だった。このとき打開策としてVMDが導入される。VMDは店舗のポジショニ
ングを明確にすることによって、他店との差別化をはかり、商品主導権をメー
カーから店舗へと移した。メーカーが作った製品を店舗が商品にするという、
それまでのメーカー主体のプロセスを変革することからはじめた。代表例とし
てGAPがあげられる。リーバイスの販売代理店であったGAPはVMDによる変革によ
りSPA(製造小売形態)を開発し今や海外進出と共に独自の地位をてにいれて
いる。
−日本におけるVMDの導入−
日本においてもVMDは大手百貨店やチェーンストアが注目し導入を図ったが、
一部小売店舗で実践されただけで、本来のVMDの概念については周知されないま
まになっていた。原因はビジュアルという狭い意味でのVMDが先走ってしまい、
本来の戦略としてのVMDが普及しなかったことにあるだろう。
「装飾・展示・演出」というディスプレーという言葉や、販促POPなどに
特化され、表面的な見栄えだけに重点おいた間違った解釈がされてしまった。
p.14
ディスプレーもVMDの重要な技術の一つではあるのだが、販促的なディスプ
レーが先行すると、本来の店舗の経営理念や方針、イメージや存在価値を見失
ってしまう結果を招き、それによって既存の店舗イメージや顧客を失いかねな
い。演出デザインや表現方法にこだわることで、店舗自体の個性やアイデンテ
ィティー見失いかねない事態に陥るのだ。
表面的な見栄えを優先させる事は、店舗のイメージチェンジにも大きく影響
したが、中身は変わっていないので実際とのギャップが開いただけの企業や店
舗も増えていった。
イメージだけを変えても店舗の仕組みや、商品がついてこなければオペレー
ションとしてはうまくは回らない。
日本でも成功と失敗の店舗の差は中身の良し悪しで決まっていた。
しかしながら、本来のVMDの概念を取り戻し日本向けのアレンジを加えれば
商品と空間との一体感、店舗のオリジナリティ、アイデンティティの具現化さ
れた空間を、効果的に作ることができる。
p.15
第三節 ショッピングキャラバンの提案
1、コンセプト
新しいスタイルの販売空間として、移動式(トレーラーショップ形式)の店
舗を提案します。従来の固定式店舗と違い移動することによるアピール性、非
日常性を全面に押し出し、単一店舗空間では出すことのできないブランドアイ
デンティティーのうったえかけを実現します。
2、移動式という発想
情報技術の発達によって、物を買うという行為が大きく変化してる。ネット
上ショッピングモール等は普及し、パソコンや携帯電話で物を買えるように
なり、物を買う為には店に行かなければならないというスタイルが崩れてきて
います。また顧客ニーズは多様化、細分化、具体化し通常の店舗展開では満足
感が得られにくくなっています。
☆通常店舗のメリット・デメリット
○ 商品を直に見て触れる。
○ 物を買わなくても店の雰囲気や空気感を直に肌で感じることができる。 ○ 人にふれる事で得られる感覚がある。
○ 商品をすぐに手に入れられる
× 立地条件的制限がある。(足を運ぶのに距離的な制限がある)
× ランニングコストの問題や幅広い客層に合わせる為、展開の制限が多い。
(コンセプトが伝わりづらくなる。)
p.16
3、トレーラー(トラック)の使用例
−空間としての利用−
常設空間に比べ初期コストや維持費が安く、
内部のレイアウトの自由度も高い為、季節限定
店舗や、事務所、常設で使われている例もある。
何よりも内装外装ともに自由度が大変たかく、
二台並列でつないだりウッドデッキを付けたり
と、ユーザーニーズに幅広く対応が可能。
もちろん従来のトレーラーハウスとして使う
人もいるが、デザインイベントの展示スペース
として使われたりと汎用性の高さから注目され
ている。(図:c-1) (図:c-1)
−広告媒体としての利用−
○イベント広告
元々アーティストのライブのと時等に
機材などを運んでいたツアートラック
をマーキングしたことが始まり。
写真やロゴなどバリエーションは豊富
で、ライブ会場等ではファンの人たち
が写真を撮ったりして、マスコット的
な人気が出ている。
ツアー限定のミニチュアモデルなども
販売され、イベント性を盛り上げるの
に一役買っている。(図:c-2) (図:c-2)
p18
ー日常広告使用例−
都バスなどの広告使用等でメジャーになったラッピングバスや広告トラック。
初期のものは単純に、側面にフィルムを貼っただけの物も多かったが、次第に
電飾などが付き始め、最近はバルーンの使用やステージ化することで、既存の
枠にとらわれない自由かつインパクトの強い形のものが増えている。
繁華街などルートを設定しており、信号待ち等で多くの人が振り返る効果的
な広告塔として成り立っている。
何よりもイベント型と違い、日常の風景の中に突然姿を現すのでインパクト
が大変強い。バルーンの登場によってメッセージ性の幅がひろがり、商品自体
の形をそのまま模しているものも多い。(図:c-3)
(図:c-3)
p19
4、ショッピングキャラバン
−構造説明−
店舗を展開する会場までは、フル
カバーした状態で移動させる。通常
5台一組とし、物販空間に2台使用
残りはそれぞれショーウインドウ、
インスタレーション、飲食用とする。
会場に到着したら、トレーラー部
分を取り外し別待機させる。カバー
をはずしデッキ下を隠すことでトレ
ーラーの面影を消しさる。(図:c-4)
設営の何時間かの間に突如として、
単独建築物に囲まれたキャラバンが
姿を現す。テントやプレハブと違い
チープさを無くし、また設営の簡略
化を図ると共に時間短縮によって、
設営が完成したときのインパクトも
大きくなる。
複数のトレーラーを使うことによ
り単独ショーケースではなく、囲ま
れた空間がショッピングモールのよ
うな小さい市の雰囲気を演出する。
p20
−目的−
ショッピングキャラバンは販売する事が
目的ではありません。いろいろな人に触れ
てもらい、ブランドのもつコンセプトを肌
で感じて貰う事が重要なのです。イベント
を行うことによって五感で感じる広告塔と
して機能します。パーソナルマーケティン
グによる顧客に最大限世界観や、非現実感
を感じてもらい満足してもらうことによっ
てリピート率の増加と長期顧客化を狙いま
す。例えばデッキ下をパネルで塞ぐ事など
ごく単純なことですが、それがあるなしに
よって受ける印象は大きく変化します。
「ただの改造コンテナが止まっている」か
ら「非日常的なものがそこに存在している」
(図:c-5)
へと変化します。(図:c-5) 制限や制約は限りなくゼロに近いからこそ、純度
の高いブランドイメージを具現化し、体験してもらい物の価値以上の満足感を、
味わってもらいます。時代や環境の変化によって、顧客自身は「与えられる姿
勢」から「自ら選び出す姿勢」へと変化しています。そういった中で、確固た
るアイデンティティを確立するのはもちろんのこと、選んでくれた顧客に対す
る積極的なアプローチが重要だと考えます。受動的や一方的な関係性ではなく
より純度の高い積極的な双方向の関係性がこれからは重要になってくると考え
ます。人と人のコミュニケーションだけではなく、企業やブランドと顧客のコ
ミュニケーションもより重視されてきています。いろいろなマーケティングや
顧客ニーズの変化は、より高いレベルを求められています。それは顧客側が、
今よりももっと密な関係性を望んでいることに他ならないと思います。
望んでもらえるということは、それに応えることによって更なる喜びや感動
を築き上げられるということではないでしょうか。物の価値に依存するのでは
なく関係性により大きな満足感を感じて貰えるのだと思います。
p21