3.新規インスリン –WNK4–NCCリン酸化カスケード と血圧調節

□ II.Basic nephrology A.生理
3.新規インスリン –WNK4–NCC リン酸化カスケード
と血圧調節
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎臓内科学 key words
蘇原映誠
WNK kinase,hypertension,NCC,insulin
動 向
化カスケードに注目が集まっている.本稿では腎
腎臓の Na 輸送のメカニズムとして近年注目さ
臓における Na 輸送における WNK キナーゼの働
れているものに WNK キナーゼによる Na-Cl 共輸
きなど,腎臓遠位尿細管での塩分再吸収を制御す
送体(NCC)の制御があげられる.この新しい
る新しいメカニズムについて,最近の知見を中心
腎臓の Na 輸送制御に注目が集まったのは 2001
に解説する.また,インスリンがこの系を制御す
年に偽性低アルドステロン症 II 型(以下 PHA II)
ることを我々は発見し,これは高インスリン状態
の原因遺伝子として WNK1, WNK4 が同定され
となる肥満やメタボリックシンドロームにおける
たことにはじまる .PHA II は Gordon 症候群と
塩分感受性高血圧のメカニズムの 1 つとなる可能
もよばれ,常染色体優性遺伝形式を呈する遺伝性
性もあるなど非常に興味深く,同時に解説させて
腎疾患であり,塩分感受性高血圧,高カリウム血
頂く.
1)
症,代謝性アシドーシスを呈する病気である .
2)
さらにサイアザイド利尿薬により高血圧を含めた
他の諸症状も改善されることから,サイアザイド
の標的分子である NCC と WNK キナーゼとの関
A.偽性低アルドステロン症 II 型(PHA
II)と WNK キナーゼ
連に注目が集まった.従来,腎臓領域における遺
PHA II は familial hyperkalemic hyperten-
伝性高血圧疾患は腎臓尿細管の Na チャネルやト
sion; FHHt(家族性高カリウム性高血圧症)と
ランスポーター蛋白自身の変異により Na の再吸
して 1970 年に Gordon らが報告した 2).常染色
収が異常に増加するというメカニズムで報告され
体優性遺伝形式を取る遺伝性疾患であり,臨床症
てきていたが,キナーゼが責任蛋白であったとい
状としては塩分感受性高血圧,高カリウム血症,
う事実は,トランスポーター蛋白単独の異常では
代謝性アシドーシスなどがあげられ,Gordon ら
なく,WNK キナーゼを介して血圧をコントロー
は腎での Na 再吸収増加による病態である.サイ
ルするネットワークが腎臓に存在することを示唆
アザイド利尿薬投与で病態が是正されることから,
していたこともこの系の重要な点であると考えら
その標的分子である NCC の gain of function が
れた.近年,PHA II 病態モデルノックインマウ
その病態に深く関わっていると考えられていたが,
スの報告から ,WNK-OSR1/SPAK-NCC リン酸
NCC 自身の変異は発見されていなかった.しか
3)
16 Annual Review 腎臓 2011
autoinhibitory domain
Long form WNK1
(L-WNK1)
coiled-coil domain
1
2382
kinase domain
Kidney specific WNK1
(KS-WNK1)
1895
1
WNK1 PHAII
L-WNK1
KS-WNK1
exon2
exon1
exon3
exon4a
exon4
exon5
Intron1
WNK4 PHAII
Acidic Motif
EPEEPEADQHQ
LK AE
H
P561L E562K
D564A D564H
SSRQRRLSKGS
RQRRLSKGS
1190S
190S
Q565E
1
WNK4
Akt-SGK1
phosphorylation Motif
kinase domain
R1185C
1243
図 1 WNK キナーゼと PHAII 変異
し 2001 年に Lifton らが,ポジショナルクローニ
ングによって WNK1 と WNK4 の 2 つの遺伝子で
B.WNK1 変異と PHA II 発症メカニズム
の変異が報告された 1).従来,このような遺伝性
PHA II における WNK1 変異は,イントロン 1
高血圧疾患は膜輸送体自身が原因遺伝子であった
の広大な欠損である 1)(図 1).患者白血球からの
が,キナーゼの変異が見つかったことは塩分再吸
RT-PCR では WNK1 の発現が PHA II 患者で増加
収を制御する何らかのシグナル伝達が腎臓に存在
し て い た.L-WNK1 と KS-WNK1 は 競 合 的 に 機
することを示唆しており,非常に興味深い報告で
能するとも考えられていたが,KS-WNK1 ノック
あった.
アウトマウスでは NCC の機能亢進がある一方 8),
WNK キナーゼは,セリン・スレオニンキナー
PHA II 変異同様に WNK1 のイントロン 1 を欠失
ゼの 1 つであり,キナーゼの catalytic ドメイン中
させたトランスジェニックでは KS-WNK1 の転写
の保存されているリジン(K)残基がシステイン
が L-WNK1 の 10 倍亢進していたという報告もあ
に置き換わっているため,With No Lysine(K)
り 9),WNK1 の機能と PHA II 発症機序に関して
kinase と名付けられており 4),現在哺乳類では
はまだ不明な点が多い.
WNK1 ~ 4 の 4 種類が同定されている .WNK1
5)
に は long form WNK1(L-WNK1) と, キ ナ ー
ゼドメインを欠如した腎臓特異的 kidney specifi c WNK1(KS-WNK1)が存在するとされている 6,7)
(図 1)
.
C.WNK4 変異と PHA II 発症メカニズム
一方 WNK4 には 6 つのミスセンス変異が報告
されており,そのうち 5 つの変異が前半の coiled coil ドメイン近傍の acid motif に集中している
II.Basic nephrology - A.生理- 3.新規インスリン –WNK4–NCC リン酸化カスケードと血圧調節 17
(P561L, E562K, D564A, D564H, Q565E)1,10,11)
(図 1)
.当初,Xenopus oocyte を用いた報告が
相次いだが,我々は実際の病態生理を明らかにす
るためにヒトの変異と同じ変異を持つ
WNK4D561A ノックインマウス(WNK4
D546A/ +
)
D.WNK-OSR1/SPAK-NCC リン酸化
カスケードの生理的な制御機構
PHA II で の WNK-OSR1/SPAK-NCC リ ン 酸 化
カスケードの異常は明らかになったが,このカス
マウスは
ケードの腎尿細管での生理的な Na 出納調節機構
通常食下で高 K 血症,代謝性アシドーシス,高血
についてのさらなる検討が報告されるようになっ
圧症を示し,PHA II 病態のモデルマウスである
た. 高 塩 食, 低 塩 食 で 飼 育 し た と き の OSR1/
ことが確認された.また,これらの症状はサイア
SPAK-NCC リン酸化カスケードを野生型マウス
ザイド投与によって改善することからも NCC が
で確認したところ,高塩食で抑制され,反対に低
病態の本質を担っていると考えられた.事実,
塩食で亢進したことから,塩分摂取状況に応じて
NCC リン酸化は WNK4
マウスで増加して
生理的に調節されていることが明らかになっ
いた.さらに WNK の基質として OSR1/SPAK キ
た 16).高塩食でこのカスケードが抑制されてい
ナ ー ゼ が 同 時 期 に 報 告 さ れ て お り 12), 我 々 は
るときにアルドステロンを投与すると活性化され,
WNK4
低塩での亢進した状態はスピロノラクトンで抑制
を作成し解析を行った .WNK4
3)
D546A/ +
D546A/ +
D546A/ +
マ ウ ス で 検 討 し た と こ ろ OSR1/
SPAK リン酸化が亢進していることを発見した.
されることから,アルドステロンが上流にあるこ
こ の WNK-OSR1/SPAK-NCC リ ン 酸 化 カ ス ケ ー
と が 明 ら か と な っ た. ま た,serum- and
ドの存在は,後の OSR1/SPAK のキナーゼ不活化
glucocorticoid-regulated kinase 1(SGK1) ノ
ノックインマウス
や SPAK ノックアウトマウ
ックアウトマウスでは高塩食と低塩食にした場合
において NCC リン酸化が落ちていたことか
でも野生型のような生理的な NCC リン酸化の制
らさらに確定的になった.さらに我々は OSR1/
御ができないことがわかっており,SGK1 がその
SPAK キ ナ ー ゼ 不 活 化 ノ ッ ク イ ン マ ウ ス に
制御機構に関与していると考えられる 17).
しかし,
WNK4 D546A/ +マウスを交配させて作成したトリプ
WNK1 が SGK1 をリン酸化するという報告もあ
ルノックインマウスを作製し,PHA II の病態の
り 18),さらなる検討を要する.高塩食で OSR1/
本 質 で あ る NCC リ ン 酸 化 過 剰 亢 進 は OSR1/
SPAK-NCC リ ン 酸 化 が 抑 制 さ れ る 現 象 は PHA
SPAK の活性に依存していることも確認している
IIWNK4 D546A/+ マウスにおいては認められず,こ
(投稿準備中)
.Xenopus oocyte を用いた研究や
のことが PHA II で持続的に Na 再吸収が増加し
WNK4 を強制発現したトランスジェニックマウ
ている原因となっていると考えられた 16).また,
スでは WNK4 は NCC リン酸化について抑制的で
angiotensin II も mpkDCT 細 胞 に お い て 下 流 の
あ る と 報 告 さ れ て き た が, 我 々 の 作 成 し た
OSR1-NCC リン酸化亢進をもたらすことも明ら
WNK4 hypomorphic マウスは OSR1/SPAK-NCC
かになっている 19).
ス
14)
13)
リン酸化は低下しており 15),実際の生体内では
一方,カリウムと WNK の活性制御の関係につ
WNK4 は OSR1/SPAK-NCC リン酸化を活性化す
い て は,COS7 細 胞 に お い て, 細 胞 外 K に よ る
る働きをすると我々は考えている.腎臓特異的
WNK1 の活性化制御が示された.すなわち,低 K
WNK4 ノックアウトマウスの解析など,さらな
状態では WNK1 の活性が亢進し,高 K 状態では
る検討が期待される.
抑制された 20).これはカリウムが OSR1/SPKANCC リン酸化カスケードを通じて NCC の活性を
18 Annual Review 腎臓 2011
図 2 腎臓遠位尿細管における NCC 制御機構
制御している可能性を示している.事実,マウス
R1185C 変異における 1190S リン酸化状態を評
実験でも低カリウム食で NCC のリン酸化が亢進
価したところ,WNK4 R1185C 変異体において
し,高カリウム食では高アルドステロン状態であ
は 1190S リン酸化が過剰に亢進しており,同部
るにもかかわらず NCC のリン酸化を抑制するこ
位の phospho mimicking mutant WNK4,
とを示されている
phospho deficient mutantWNK4 の 解 析 も 踏 ま
.
17)
えて,これが PHA II の原因になっていると考え
E.PHA II 変異 WNK4R1185C とイン
スリン -WNK-NCC リン酸化カスケ
ード
られた.WNK4 1190S の過剰なリン酸化が PHA
II の発症につながっているということは,同時に
1190S リン酸化が生理的に機能していることを
意味しており,1190S リン酸化の制御機構につい
上述したように,多くの PHA II 変異は WNK4
て検討したところ,WNK4 1190S リン酸化はイ
の acid motif に存在するが,Lifton らが報告した
ンスリンによって制御されることを培養細胞で発
R1185C 変異のみ WNK4 の C 末側に存在する .
見した.さらに高インスリン状態のマウス腎臓に
さ ら に こ の 直 後 に あ る 1190 番 目 の Serine
おいて WNK4 S1190-OSR1/SPAK-NCC カスケー
(1190S)は Akt/SGK1 によってリン酸化される
ドのリン酸化が亢進することを確認し,インスリ
1)
ことが報告されており
,PHA II 変 異 の あ る
ンが WNK4-OSR1/SPAK-NCC リン酸化カスケー
1185R は Akt/SGK1 が 1190S を リ ン 酸 化 す る た
ドを制御していることを明らかにした(論文投稿
めの RxRxxS motif を形成している Arginine であ
中).この新規インスリン -WNK4-NCC カスケー
った(図 1)
.当然,1185R の変異は 1190S リン
ドは肥満等高インスリン状態における塩分感受性
酸化状態を変化されることが予想されたため,
高血圧症のメカニズムに関与していることが考え
我 々 は WNK4 1190S リ ン 酸 化 抗 体 を 作 成 し,
られ,有効な治療法に結びつく可能性もあり,非
21)
II.Basic nephrology - A.生理- 3.新規インスリン –WNK4–NCC リン酸化カスケードと血圧調節 19
常に興味深い.
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F.今後の WNK 研究
7)O’Reilly M, Marshall E, Speirs HJ, et al. WNK1, a
gene within a novel blood pressure control pathway, tissue-specifically generates radically differ-
上述のように,PHA II の病態生理は明らかに
なりつつあるものの,各々の WNK1/WNK4 変異
による PHA II 発症メカニズムや生理的な制御機
構については不明な点もまだ多い.また,SPAK
ノックアウトマウスでは血管のトーヌスが変化し
ていることも報告されており 14),腎臓以外の臓
器での WNK の機能にも注目が集まっている.そ
の他にも WNK3 が WNK4 の機能と拮抗するとい
う報告もあり
,WNK3 の機能にも興味が集ま
22)
るところである.一般高血圧集団における検討で
SPAK の SNPs が有意に多かったという報告もあ
り
,今後,WNK を中心とした系が本態性高血
23)
圧の原因の一つとしてさらに注目されると考える.
我々も各種マウス等を現在作成または解析中であ
り,さらなる解明を進めたい.
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