保存的治療で治癒した両側化膿性閉鎖筋・内転筋筋炎 - 日本小児感染症

小児感染免疫 Vol. 25 No. 2 169
2013
保存的治療で治癒した両側化膿性閉鎖筋・内転筋筋炎,
恥坐骨骨髄炎の 1 例
1,2)
1)
上 島 洋 二 松 林 里 絵 松 林 正1)
要旨 生来健康な 8 歳男児.受診時の MRI で両側化膿性閉鎖筋・内転筋筋炎,恥坐
骨骨髄炎と診断した.血液培養で methicillin−susceptible Staphylococcus aureus が検出
され,同菌が起炎菌と判断した.経過中に内転筋に膿瘍形成を認めたが,MRI で経時
的に評価しながら保存的治療を継続し,計 52 日間の抗菌薬投与を行い,後遺症なく
治癒した.MRI は早期診断や経時的評価に非常に有効であった.
は じ め に
6 病日に当院を紹介受診した.精査・加療目的で
入院となった.
化膿性筋炎はアジア,アフリカなどの熱帯地方
入院時現症:体温 39.4℃,血圧 108/50 mmHg,
で好発する.最近は温帯地方でも症例の報告が増
脈拍 120/回.全身状態は比較的良好であった.両
加しているが,わが国での報告はまれである.今
側恥骨部から大腿内側部に沿って発赤,熱感,圧
回われわれは,恥坐骨骨髄炎を合併した両側化膿
痛を認めた.
性閉鎖筋・内転筋筋炎の 1 例を経験したので報
入院時検査所見(表)
:白血球数 15,150/μl(好
告する.
中球 83.9%),CRP 18.3 mg/dl,ESR 90 mm/1 hr
Ⅰ.症 例
症例:8 歳男児.
と強い炎症反応を認めたが,他の血液生化学検査
に異常を認めなかった(表)
.MRI では T2 強調画
像,T2 脂肪抑制画像で両側内転筋・閉鎖筋,恥坐
主訴:両大腿部痛,発熱.
骨に高信号域を認めた(図 1 a,b).
既往歴:アトピー性皮膚炎.
臨床経過(図 2)
:両側化膿性閉鎖筋・内転筋筋
家族歴:特記事項なし.
炎,恥坐骨骨髄炎と診断し,セファゾリン(CEZ,
現病歴:某日サッカーをした.その際にスライ
75 mg/kg/日)の静脈内投与を開始した.しかし,
ディングにより股関節を強く伸展することがあっ
解熱せず,大腿部痛,恥骨部痛の改善に乏しく,
た.2 日後(第 1 病日)に右大腿部の疼痛と 39℃
血液検査所見の改善もみられなかったため,第 8
の発熱が出現,持続した.第 5 病日に左膝から大
病日にバンコマイシン(VCM,40 mg/kg/日)に
腿部,恥骨部にかけての疼痛も出現したため,第
変更した.児が週末に入院したため,入院時に採
Key words:化膿性筋炎,MRI,小児
1)聖隷浜松病院小児科
〔〒 430−8558 浜松市中区住吉 2−12−12〕
2)埼玉小児医療センター感染免疫科
2013
170
表 入院時検査所見
WBC
Ba
Eo
Neu
Mo
Lym
RBC
Hb
Ht
PLT
15,150/μl
0.3%
0.9%
83.9%
6.3%
8.6%
480×104/μl
14.1 g/dl
39.5%
20.5×104/μl
AST
ALT
LDH
CPK
CRP
IgG
IgA
IgM
C3
C4
CH50
ESR
17 IU
22 IU
295 IU
88 IU/l
18.3 mg/dl
1,472 mg/dl
233 mg/dl
112 mg/dl
159 mg/dl
39 mg/dl
52 U/ml
90 mm/1 h
血液培養
Staphylococcus aureus
抗菌薬 MIC(μg/ml)
PCG
8
ABPC
2
CEZ
≦8
CTM
≦8
IPM
≦1
GM
≦1
CLDM ≦0.5
a
c
f
b
d
g
e
図 1 MRI 所見の経時的推移
a(T2WI),b(STIR):入院時(第 6 病日).両側内転筋・閉鎖筋(矢印),右恥坐骨(矢頭)に高信号域を認める.
c(T2WI)
,d(STIR)
:第 19 病日.両側内転筋内に右側 10×10 mm,左側 20×13 mm の境界明瞭な高信号域を示す.
e(造影脂肪抑制 T1WI):第 19 病日.両側内転筋内に内部低信号で辺縁に造影効果を認め,膿瘍と考えられた(矢
印).
f(T2WI),g(STIR):第 30 病日.両側内転筋に高信号域がわずかに残存しているが(矢印),膿瘍と考えられた高
信号域は消失した.
取した血液培養の自動分析装置への装 [が遅延し
し,第 15 病日にはベッド上安静から免荷歩行と
たが,装 [ 24 時間後の第 9 病日に,methicillin−
した.第 19 病日の血液検査で白血球数 5,920/μl,
susceptible Staphylococcus aureus(MSSA)が検出
CRP 0.7 mg/dl,ESR 86 mm/1 hr へ改善した.MRI
された.この頃には臨床症状も改善傾向であった
で両側内転筋に膿瘍の所見を認めたが(図 1 c∼
ため,抗菌薬を VCM から CEZ 75 mg/kg/日に復
e),臨床症状,血液検査所見は改善しており,CEZ
した.その後も徐々に大腿部痛,恥骨部痛は軽快
の効果が得られていると判断し,
膿瘍部位の穿刺,
小児感染免疫 Vol. 25 No. 2 171
2013
血液培養:Staphylococcus aureus
(MSSA)
CEZ 75 mg/kg/day
VCM 40 mg/kg/day
大
部痛
恥骨部痛
入院 免荷歩行
1
白血球
(μl)
7
15,150
退院
14 28 35 42 49 56 63 70 77 84 91 98 105 病日
5,920
6,350
6,220
CRP
(mg/dl) 18.3
0.7
0.2
0.1
ESR
(mm/h) 90
86
24
13
図 2 臨床経過
排膿は行わず抗菌薬治療を継続した.第 30 病日
め 血 流 感 染 は ま れ と さ れ て い る. S. aureus の
の MRI では両側内転筋の高信号は軽度残存して
ファージ型や菌の産生する毒素など病原菌側因子
いたが,膿瘍と考えられる病変は消失した(図 1
と,免疫不全や栄養不良などの宿主側因子,さら
f,g).ESR の改善を確認し,計 52 日間で抗菌薬
に何らかの筋への機械的刺激の関与などが重要な
投与を終了し退院とした.退院後症状の再燃や後
病因としてあげられている6).筋膿瘍の形成に関
遺症は認めず,第 100 病日の MRI では内転筋の
するウサギでの検討では,S. aureus を静脈注射し
高信号域も消失していた.
ただけでは筋膿瘍は形成されなかったが,外的に
筋組織に損傷を与えた後に S. aureus を静脈注射
Ⅱ.考 察
すると損傷を受けた筋に膿瘍を形成した7).この
化膿性筋炎は tropical pyomyositis とも呼ばれ
ことから骨格筋は筋,筋膜の損傷により細菌感染
るように,ほとんどの症例が熱帯地域で発生し,
に対する抵抗性が減弱し,筋炎発症の素地となり
温帯地域であるわが国での報告は少ない.清水ら
得ると考えられる.本例の感染の理由としては,
は,わが国の小児化膿性筋炎 18 例について解析
アトピー性皮膚炎が基礎にあり,S. aureus が検出
し,発症年齢は 1∼14 歳(平均 8.3 歳)
,男女比
されたことから,発症 2 日前のサッカー中に擦過
は 11:7,罹患筋は比較的大きな下肢筋や体幹の
傷や筋挫傷をきたし,皮膚の常在菌である S.
1)
諸筋に多かったと報告している .また,Bickels
aureus が血行性に筋に感染し,骨髄にも炎症が波
らによる成人を中心とした 676 例に関するレ
及したと推測した.
ビューでは,最も侵されやすい筋は大腿四頭筋で,
化膿性筋炎の臨床経過は 3 期に分けられる3).
2)
ついで殿筋,腸腰筋の順となっている .通常一
1 期(浸潤期)は局所の引きつった疼痛から腫脹,
つの筋のみが侵されるが,諸家により 15∼43%の
微熱がみられる.発症して 10∼20 日後に第 2 期
症例で多発性に生じると報告されている3).起炎
(化膿期)に入り,筋に膿瘍を形成する.体温は上
菌は S. aureus が最も多く,約 70%を占める4).次
昇し局所の炎症所見はより顕著となり,腫脹,圧
いで group A streptococci,Escherichia coli の順に
痛,局所の軟部組織腫瘤を触知することがある.
多く,Haemophilus influenzae,Staphylococcus epider-
この時期には穿刺や切開により膿が得られる.多
midis なども報告されている
4,5)
.血液培養の陽性
くの例ではこの段階で受診し治療が開始される
率は約 20∼30%にすぎない.
が,この段階で治療されなければ,3 期(後期)
化膿性筋炎の発症機序は不明である.本来,筋
に入る.3 期では高度の筋痛,局所および全身の
は血流に富み,細菌感染の培地にはなりにくいた
炎症症状,昏睡,敗血症が起こり得る.細菌の血
2013
172
行性播種により他筋の破壊,また肺炎や肺膿瘍,
MRI は早期診断や治療方針決定のための経時
脳膿瘍,急性腎不全を伴う横紋筋融解症などを合
的経過観察に非常に有用と考えられた.
併する.
筋炎の治療期間に関しては諸説あるが,7 日∼
8)
6 週間の抗菌薬の投与が行われており ,炎症反応
の陰性化を確認した時点で内服に切り替えるとさ
れている9).1 期では適切な抗菌薬が投与されれば
軽快することが多い.2 期,3 期で病巣が広範囲
に及んでいるときに,術野が確保できる場合には
開放創として外科的ドレナージが勧められる.病
巣が深部にあり術野が確保できない場合には,超
音波または CT ガイド下に穿刺吸引が選択される
場合もある10).本例では経過中に膿瘍形成を認め
たが,臨床症状・血液検査所見が改善傾向であっ
たこと,病巣が深部で開放創とするには侵襲が大
きいこと,膿瘍の大きさから穿刺吸引は困難と考
えられたことから保存的治療を継続する方針とし
た.MRI 所見,骨髄炎の合併を認めたこと,外科
的な治療を行わなかったことより,長期的な静注
療法が必要と判断した.
MRI は単純 X 線,CT,超音波検査よりも炎症
日本小児感染症学会の定める利益相反に関する
開示事項はありません.
文 献
1)清水正樹,他:化膿性股関節炎と思われた化膿性
筋炎の 1 例.小児臨 58:1589−1593,2005
2)Bickels J, et al:Primary pyomyositis. J Bone Joint
Surg Am 84−A:2277−2286, 2002
3)Gubbay AJ, et al:Pyomyositis in children. Pediatr
Infec Dis J 19:1009−1013, 2000
4)Christin L, et al:Pyomyositis in North America.
Clin Infec Dis 15:668−677, 1992
5)Crum NF, et al:Bacterial pyomyositis in the
United States. Am J Med 117:420−428, 2004
6)藤井達也,他:化膿性筋炎.日本臨 別冊感染症
症候群 1:589−592,1999
7)Miyake H:Beitrage zur Kenntnis der sogenannten Myositis infectiosa. MittGrenzgeb Med Chir
13:155−198, 1904
定診断における重要な検査となっている.Chris-
8)Spiegel, et al:Pyomyositis in children and adolescents:report of 12 cases and review of the
literature. J Pediatr Orthop 19:143−150, 1999
tin らは,100 件の化膿性筋炎のレビューを行い,
9)下薗裕之:骨髄炎.小児内科 39:2007−2011,
発症から診断までに要する期間が単純 X 線や
2007
10)Nancy F, et al:Bacterial, fungal, parasitic, and
viral myositis. Clin Microbiol 21:473−494, 2008
性病変を描写するのに優れているため,筋炎の確
CT,超音波検査を用いた場合平均 3 週間であった
と報告している4).しかし,本症例では MRI を用
いたことにより第 6 病日には診断が確定した.
A pediatric case of pyomyositis of bilateral adductor and obturator muscles
associated with osteomyelitis of bilateral pubes and ischia
treated by conservative management
Yoji UEJIMA1,2), Rie MATSUBAYASHI1), Tadashi MATSUBAYASHI1)
1)Department of Pediatrics, Seirei Hamamatsu General Hospital
2)Division of Infectious Disease, Immunology, and Allergy, Saitama Children’s Medical Center
A previously healthy eight−year−old boy was referred to our hospital presenting with pain
in both thighs. Pyomyositis of the bilateral adductor and obturator muscles, and osteomyelitis
of the bilateral pubes and ischia were diagnosed by magnetic resonance imaging(MRI)scan.
A blood culture grew methicillin−susceptible Staphylococcus aureus. A subsequent MRI scan
showed abscess formation in the bilateral adductor muscles, but the patient was cured by con
小児感染免疫 Vol. 25 No. 2 173
2013
servative treatment only. The MRI scan was useful for early diagnosis and sequential evaluation of the lesions.
(受付:2012 年 10 月 31 日,受理:2013 年 4 月 30 日)
*
*
*