特別研究経費『統合的バイオイメージング研究者育成事業』 第 4 回 ミニシンポジウム ―化学で解き明かす⽣命現象― 講演要旨集 【⽇ 時】平成 23 年 12 ⽉ 2 ⽇(⾦)13:30〜17:15 【場 所】⾼知⼤学朝倉キャンパス・メディアの森6階メディアホール 主催:国⽴⼤学法⼈ ⾼知⼤学 総合研究センター 『統合的バイオイメージング研究者育成事業』 第 4 回 ミニシンポジウム -化学で解き明かす⽣命現象- プログラム 13:30-13:40 開会の辞 (⾼知⼤学研究担当理事)⼩槻 ⽇吉三 座⻑:⽚岡 正典(⾼知⼤学総合研究センター) 13:40-14:25 『⽣体分⼦解析を実現するケミカルプローブ』 九州⼤学 稲盛フロンティア研究センター P-1 教授 ⼭東 信介 座⻑:津⽥ 雅之(⾼知⼤学総合研究センター) 14:25-15:10 『オーバーハウザー効果 MRI による酸化ストレス疾患機序の解明』 九州⼤学 先端融合医療レドックスナビ研究拠点 15:10-15-30 教授 P-3 市川 和洋 <休憩> 座⻑:津⽥ 正史(⾼知⼤学海洋コア総合研究センター) 15:30-16:15 『植物の巧みな知恵-その謎解きと⼈への応⽤-』 筑波⼤学⼤学院 ⽣命環境科学研究科 P-5 教授 繁森 英幸 座⻑:市川 善康(⾼知⼤学理学部) 16:15-17-15 『⽣体膜ではたらく脂質』 P-7 ⼤阪⼤学⼤学院 理学研究科 17:15 閉会の辞 教授 村⽥ 道雄 津⽥ 正史 生体分子解析を実現するケミカルプローブ 山東信介 九州大学 稲盛フロンティア研究センター 細胞、生体、生命が金属イオン、小分子、脂質、タンパク質、核酸など化学物質(分子) の集まりであるという事実は、至極当然のことでありながら見落とされがちである。これは、 現在の生命科学では、複雑な分子間相互作用、物質変換から高次生体機能が発現されている 仕組みを「理解できていない」ことに起因する。CT や PET、近赤外蛍光イメージングなど 最先端機器の開発に伴い、ラベル化分子の生体内局在を解析することは可能になった。しか し、認識・反応・構造変化など分子レベルでの動的生体機能解析は未だ実現できていない。 分子化学に基づく理解は、生体機能や疾病発症機構解明に向けた重要な挑戦であり、非侵襲 生体分子解析技術の確立がライフサイエンスに飛躍的な進歩をもたらすことは間違いない。 2008 年度ノーベル化学賞を受賞した緑色蛍光タンパク質プローブ、及び、Fura-2 に代 表される蛍光分子センサーの開発は、細胞を中心とするライフサイエンスにイノベーション をもたらした。これは、見たくても見ることのできなかった生体分子/金属イオンなどの細 胞内動的分子挙動を初めて解析できるようになったからである。一方、光の生体透過性から 「細胞」で使われていた分子解析技術を直接「生体」に応用することは困難を伴う。そこで 生体透過性、また、構造解析への可能性から核磁気共鳴法(NMR/MRI)が期待されている。た だし、水に代表される生体成分も検出できてしまうため、バックグラウンドノイズから分子 プローブのシグナルを解析することは難しい。複雑なシグナル群から分子プローブのシグナ ルを特定するには多次元 NMR 測定に基づく煩雑な同定が必須であり、現状では狙った化合 物の分子挙動を個体内で追跡することは困難であるといえる。 我々は、上記の点の克服と個体での生体分子化学の実現に向け、様々なアプローチを行 っている。今回の講演では、従来の蛍光法を用いたアプローチから動的核偏極技術を利用し た核磁気共鳴計測まで、生体分子をその場検出する分子プローブの開発を中心に、今後の展 望も踏まえて発表する。 1 オーバーハウザー効果 MRI による酸化ストレス疾患機序の解明 市川 九州大学 和洋 先端融合医療レドックスナビ研究拠点〒812-8582 福岡市東区馬出 3-1-1 E-mail: [email protected] 計測に用いる場合プロトン測定感度が低い.従って, 1. は じ め に 生体レドックス反応は,レドックス反応を介した生 一般的に疾患モデル動物の臓器形態画像(通常のMR 理機能発現,及びそれに伴う活性酸素種産生と生体分 I画像)が得られない.そこで,プロトン検出磁場を 子 と の 代 謝 ・反 応 を 表 す 概 念 で あ る .細 胞 小 器 官 は レ ド ス イ ッ チ ン グ す る フ ィ ー ル ド サ イ ク ル 法 (FC)が 試 み ら ックス活性化を必要とし,タンパクは最適な三次元構 れ て い る [2].我 々 は ,MRI 検 出 磁 場 強 度 を 高 め た 1.5 T 造をとる際に,レドックス環境の影響を受けている. OMRI 装 置 を 試 作 し た . 本 装 置 は , こ れ ま で に 報 告 さ 従って生体レドックス可視化は,低侵襲的な疾患機序 れ た FC 型 OMRI 装 置 で 最 も 高 い 磁 場 強 度 を 有 す る 装 解析,あるいは医薬品薬効解析に必要不可欠である. 置 で あ り , ESR 励 起 を 行 わ な い 条 件 に お い て も , 良 好 我々は,個体における生体レドックス可視化を目的 な MRI 画 像 が 得 ら れ た .ま た ,ESR 励 起 時 に は ,ラ ジ と し て ,こ れ ま で に 電 子 ス ピ ン 共 鳴 画 像 化 装 置( ESRI), カ ル を 含 む 領 域 で の み OMRI 信 号 が 増 加 し ,そ の 程 度 オ ー バ ー ハ ウ ザ ー 効 果 MRI( OMRI) な ど 種 々 の 生 体 はラジカル濃度に依存していた.画像から判断した物 計測磁気共鳴画像装置を開発してきた.同時に,生体 理 解 像 度 は 0.3mm 以 下 で あ り ,高 解 像 度 の レ ド ッ ク ス レドックス高感受性のニトロキシルラジカルをプロー 画像取得を実現した.また本シンポジウムでは,幾つ ブ 剤 と し て 用 い る 方 法( ス ピ ン プ ロ ー ブ 法 )を 提 唱 し , かの疾患モデルにおける生体レドックス画像化と疾患 糖尿病,脳虚血-再灌流,胃潰瘍等の生体レドックス 機序解析の結果についても報告する予定である. 疾患モデルにおいて,生体レドックス動態とこれら疾 a) 14 N- MC- PROXYL (膜透過性 ) 患成因・進展の関連を明らかにしてきた. 15 N- carboxy- PROXYL (非膜透過性) b) c) d) e) 図 2 ニ ト ロ キ シ ル ラ ジ カ ル 同 時 画 像 . 14 N 標 識 膜 透 過 性 プ ロ ー ブ ( 青 )、 1 5 N 標 識 膜 非 透 過 性 プ ロ ー ブ( 赤 )を 用 い た 。リ ポ ソ ー ム 内 に ア ス コ ル ビ ン 酸 を 封 入 後 、 経 時 的 OMRI 撮 像 を 行 っ た 。 a) フ ァ ン ト ム 配 置 図 , b), c) 膜 非 透 過 性 、 膜 透 過 性 プ ロ ー ブ の 初 期 分 布 画 像 , d),e) 膜非透過性、透過性プローブの代謝速度画像 図 1in vivo ESR で 解 析 を 行 っ た 胃 潰 瘍 モ デ ル の 疾 患 メ カニズム 2. レ ド ッ ク ス 分 子 イ メ ー ジ ン グ 法 の 開 発 ニ ト ロ キ シ ル ラ ジ カ ル の 窒 素 核 を 14N あ る い は 15 Nで標識することで,両ニトロキシルラジカル情報の 同時・分離画像解析法を開発した.図 2 に,アスコル 文献 [1] Utsumi H, Yamada K, Ichikawa K, Sakai K, Kinoshita Y, Matsumoto S, Nagai M. Simultaneous molecular imaging of redox reactions monitored by Overhauser-enhanced MRI with 14Nand 15N-labeled nitroxyl radicals. Proc Natl Acad Sci USA. vol.103, pp.1463-8, 2006. [2] Lurie DJ, Davies GR, Foster MA, Hutchison JM. Field-cycled PEDRI imaging of free radicals with detection at 450 mT. Magn. Reson. Imaging vol. 23, pp.175-81, 2005. ビン酸含有リポソームと膜透過性・非透過性ニトロキ シルラジカルを同位体標識することで,リポソーム膜 内 ・ 外 で の 反 応 を 区 別 し て 画 像 解 析 し た 例 を 示 す [1]. 本手法により,レドックス反応や反応場の分子イメー ジングに初めて成功した. OMRI で は , 電 子 ス ピ ン 励 起 に 適 し た 磁 場 範 囲 ( 5 ~ 20mT) で 励 起 を 行 う た め , 同 一 の 磁 場 強 度 を MRI 3 植物の巧みな知恵―その謎解きと人への応用― 筑波大学大学院生命環境科学研究科 繁森英幸 高等植物は動物と異なりその生活の場を移動することができないため、環境の変化に対して巧みな知 恵を持って生命の維持を図っている。例えば、一方向の光に対して効率よく光合成を行うために茎をそ の方向に屈曲する「光屈性」は、植物固有の生命現象である。このメカニズムは、植物ホルモンのオー キシンが光側から影側に移動して偏差分布することにより、影側組織の成長が促進されて屈曲が起きる という Cholodny-Went 説で説明され教科書にも記載されている。しかしながら近年、長谷川らによって この仮説の基となった実験を検証した結果、誤りのあることを明らかにし、オ-キシンの横移動は起こ らず、光側組織で成長抑制物質が生成されて光側組織の成長が抑制されることで光の方向に屈曲すると いう Bruinsma-Hasegawa 説が新たに提唱された。これまで演者らは光側組織で生成される成長抑制物質 (光屈性制御物質) として、ダイコン芽生えから Raphanusanins や 4-MTBI、トウモロコシ芽生えから DIMBOA や MBOA、 ヒ マ ワ リ 芽 生 え か ら 8-Epixanthatin や Helian 、 シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ 芽 生 え か ら Indole-3-acetonitrile、を単離・構造決定し、これらの物質を用いて Bruinsma-Hasegawa 説に基づく光屈 性メカニズムを明らかにした。 また、植物を水平に傾けると根は下方に茎は上方に屈曲する「重力屈性」のメカニズムについても、 上側組織と下側組織のオーキシンの偏差分布に起因するという Cholodny-Went 説が支持されている。し かしながら演者らは、ダイコン芽生えから重力刺激によって増量する植物成長抑制物質として Raphanusol A を単離し、本物質が上側組織と下側組織で偏差分布することで屈曲を起こすことを見出し、 このメカニズムも Bruinsma-Hasegawa 説で説明できることを証明した。 頂芽の存在によって側芽の成長が抑制される現象を「頂芽優勢」といい、頂芽からのオーキシンと根 からのサイトカイニンのバランスによって制御されていることが知られている。最近、演者らはエンド ウの側芽の成長抑制はオーキシンではなく Indole-3-aldehyde が関与していることを見出した。また、こ の頂芽優勢は果樹栽培においても利用されており、ニホンナシにおいては頂芽優勢を制御することによ って「花成」を調整している。この花成に関わる物質としてニホンナシの芽から 3,5-di-O-Caffeoylquinic acid を見出した。一方で演者らは、本化合物にはアルツハイマー型認知症の原因であるアミロイドβの 凝集阻害作用があることを見出し、神経細胞保護効果を示すことを明らかにした。 植物もやがて「老化」して枯れて行くが、この過程においても植物ホルモンの作用が指摘されてきた が、演者らはシロイヌナズナからクロロフィル分解促進物質として新規糖脂質 Arabidopside 類を単離構 造決定し、植物ホルモンと同等の作用を示すことを見出した。 以上のように植物の生命現象のメカニズムにおいては、定説とされている植物ホルモンの関与だけで は説明できず、新たな生理活性物質が関わっていることを証明してきた。一方で、このような植物由来 の生理活性物質は人の健康にも大きく関わっており、植物の巧みな知恵は、我々にも恩恵をもたらして くれている。 5 生体膜ではたらく脂質 村田道雄 [email protected] 大阪大学大学院理学研究科 バイオイメージングの重要な研究対象のひとつとして、生体膜がある。脂質二重膜は細胞膜 の主体であり、リン脂質やコレステロールなどからなる分子会合体である。特に、脂質ラフト と呼ばれるマイクロドメインが細胞内外の情報伝達に重要な役割を担っていることが明らか になり、脂質膜を単なる絶縁層と考えるべきではなく、特有の機能と構造を有する分子複合体 として捉えるべきであるという認識が高まっている。生体膜のイメージングを行う時にも、脂 質二重膜の分子基盤を正確に知ることは重要であると考える。われわれは、リン脂質二重膜で の分子間相互作用を、主に固体 NMR を用いて調べてきたが、今回は、脂質ラフトにおける分 子間相互作用について最近の知見を中心に紹介したい。 脂質ラフトは、膜タンパク質とスフィンゴ脂質とコレステロールを中心とする脂質により構 成されている。また脂質ラフトには、シグナル伝達に関与する膜タンパク質が局在化すること から、シグナル伝達のプラットホームとしての役割があると考えられている。これまで脂質ラ フト全体の巨視的・物理的性質に関する研究が活発に行われてきたが、脂質分子の精密構造に 着目した研究例はほとんどない。特にラフト構成分子であるスフィンゴミエリン(SM)は、 通常のグリセロリン脂質とは構造が大きく異なるため、その構造的特徴がラフト形成に重要で あると考えられる。そこで本研究では、重水素固体 NMR(2H-NMR)および 13C 化学シフト 異方性(CSA)、原子間距離測定(REDOR)を利用し、ラフト相および非ラフト相における SM のスフィンゴシン骨格の分子配向および運動性を調べることを目的とした。2H-NMR およ び REDOR を測定するためには、位置特異的に 2H または 13C 標識化した SM が必要となる。 そこで 2H-NMR については 3 位、5 位および 6 位を重水素標識した SM を、13C-CSA につい ては 5 位を 13C 標識した SM を化学合成し(下図) 、固体 NMR 測定に用いた。講演では分子 配向および分子間相互作用についても併せて解説する。 2 H および 13C で標識したスフィンゴミエリン 7
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