【第2回】 比較政治学の概要(1)―比較の目的 - Jimdo

学習院大学法学部「比較政治Ⅰ」
2012 年4月 17 日(火)
担当:古賀光生([email protected])
【第2回】
比較政治学の概要(1)―比較の目的
※ 来週までの課題
下記の URL から,
野田昌吾 「歴史学と政治学」日本政治学会年報政治学 (1999), 113-133 頁,
を入手して,戦後の政治学の概要について掴んできてください.
http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=nenpouseij
igaku1953&cdvol=50&noissue=0&startpage=113
この内容については,佐々木(1999),「はじめに」および「序論」も参照してください.
…その他,理解に役立つであろう文献や論文については,適宜 HP にアップします.
ホームページの URL は,
http://www.mituokoga.com
です.
→ 意欲のある方は,それぞれ勉強してみてください.
その上で,
1. 戦後の政治学は,なぜ,どのように歴史研究と枝分かれしてきたのでしょうか.
2. 政治学と歴史研究は,現在,どのような関係にあるのでしょうか.
を考えて来てください.
以上の内容が,小テストの範囲です.
<目次> 今日の内容
1.比較政治とは?
2.比較の目的とは?
3.比較の意義とは?
1.比較政治学とは?
(1) 学問領域としての比較政治
・比較政治:政治学の1分野
例) 政治過程論,外交史,行政学,政治理論
etc.
⇔ ただし,
他の領域が研究対象を明示しているのに対して,方法を示している点で独特.
それでは,比較政治以外の諸領域では「比較」は行われないのか?
No: 行政学や政治経済学などにおいて,比較は頻繁に用いられる方法.
―そのため,広義の比較政治学にこうした領域を含むこともある.
→ 敢えて「比較政治学」という領域が存在する必要はあるのか?
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学習院大学法学部「比較政治Ⅰ」
2012 年4月 17 日(火)
担当:古賀光生([email protected])
・「比較政治」の発生経緯
―しばしば,アリストテレスまでさかのぼるのかが一般的だが,
実質的には,主に,20 世紀以降,とりわけ戦間期から戦後に大きく発達した学問.
※ なぜ,アリストテレスか?-彼自身の研究とともにアプローチが模範に.
出発点は,各国の政治体制の違いを比較すること
― 比較政府論(Comparative Government)が,
例) 議院内閣制と大統領制の違いとは? ファシズムとはいかなる体制か?
社会主義と自由主義体制の相違とは?
⇒ こうした経緯から,「(国民)国家」単位の比較が中心的な手法となり,
後に,「外国研究=比較政治」の図式に結びつくこととなる.
比較政治の位置づけは,以下の政治学の4分類との関係から理解されることが多い.
政治学
比較政治
政治過程論
国際政治
政治理論
(2) 比較政治の分析対象―他の領域との関係から
(ⅰ) 当為の分析―政治理論との関係
―比較政治は当為を論じる点で,規範を扱う政治理論とは異なる.
※ ただし,比較政治学が規範と切り離されて議論されてきたわけではない.
― むしろ,規範的な議論の影響を受けつつも,ある種の「暗黙の了解」に対して,
それを相対化するための素材を提供する役割を担う.
例) レイプハルトの「多極共存」論,リンスの「権威主義体制」論
→ いずれも,事例の観察から出発し,政治理論へ一定の影響を及ぼす.
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(ⅱ) 国内政治の分析―国際政治学との関係
―多くの場合,比較政治は国内政治を論じる点で,国際政治学と異なる.
比較政治学は,「政治体制」や「統治機構」の比較に起源があるため,
「方法論的ナショナリズム1」を採用する傾向がある.
⇔ しかし,比較政治が「国民国家」を比較の単位とするのは自明とは言えない.
― 対象として, ① 超国家機関など,国家の領域を超える組織
② 州や領邦など,国民国家よりも狭い領域の政府
などは,いずれも,比較政治の対象から排除する必然性はない.
(特に②は重要な分析対象
→ 例えば,パットナム(2000)参照).
さらに,① 「国民国家」の存在は,人類の歴史において普遍的なものではなく
②
グローバル化の進展の中で,国家間の差異が縮小している,
との認識からは,国家を単位とすることは必然性に乏しいと考えられる2.
⇔ それでも,比較政治において,「国家」を単位とするメリットは少なくない.
②については,「収斂」の予測に反する差異の発見に比較政治の役割がある.
例) ゴールドソープ編(1987),ホール&ソスキス(2007).
― たしかに,国際的な要因が各国政治を大きく左右するのは事実だが,
同一のインパクトへの対応は,各国で大きく異なる場合も少なくない.
→ それらの際は何によって導かれたのか,は比較政治の重要な関心.
また,国際政治と比較政治では「統治機構」への関心が異なる.
国際政治― 集権国家の上位に統治機構は存在しない(anarchy)
⇔ 比較政治― 出発の経緯からも,政府や制度への関心は大きい.
(比較政治学の発展過程における「国家」の位置づけは次回確認).
∴ 研究領域3によっては融合的な分析もありうるが,固有の役割はなお残る.
― それぞれの成果を視野に入れつつ,独自の研究領域について役割分担
は可能であるし,望ましい.
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ベック(2008)の用語を借用した.
こうした記述と,それでもなお国民国家を単位とする意義については,馬場(2010).
例えば,ここでは民主化論や体制変動論を想定している.
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(3) 比較政治のディレンマ―普遍性と特殊性の関係
(ⅰ)政治過程論との関係
多くの国で,自国の政治過程は「比較政治学」の対象ではなく独自の領域として扱う.
― 裏返せば,「比較政治」は「外国研究」(あるいは地域研究)という位置づけに.
⇔ しかし,自国も比較の中に位置づけるならば,両者を区別する理由は乏しい.
…さらに,学問のグローバル化が進み,「自国研究」の比重が減ればなおさら.
→ 自国の政治過程をも「比較事例」に含めて,「政治科学(political science」」
の1つアプローチとして「比較政治」を定義する立場も.参照) Caramani(2011)
もっとも,このような見方は,下記の(ⅱ)と緊張関係にある.
(ⅱ)外国研究(あるいは地域研究)との関係
大学の講座という制度的な拘束要因もあって,
比較政治は,事実上,「外国研究」として発展してきた.
―
主に欧米諸国を比較する研究から,20c.後半以降,他の地域にも対象が拡大.
→ 現在でも,比較政治学と地域研究の境界線はあいまい.
(もちろん,無理に区別する必要がない場合も少なくない).
… 一国研究でも,「比較」を意識した研究は数多い.
(ⅰ)(ⅱ)は,事象の「一般化」と事例の「特殊性」との緊張関係を含む.
そもそも,「比較」のためには,一定程度,抽象化は避けがたい.
→さらに,比較の目的に照らせば,一般化を試みることは不可欠となる.
⇔ しかし,このような試みには,「現実に存在する複雑さを過度に捨象して,
非現実的な想定で政治をとらえる」との批判が付きまとう.
※ 自国研究は特殊性について注意が払われたため,「比較政治」に含まれにくい.
⇔とはいえ,当然,すべての国が一定程度「特殊」である.
― そもそも「比較」や「一般化」が可能であるのか,との問題が提起される.
これらの議論の前提として,「何のために」比較するのか,が問題となる.
― 多くの学問が追求する「因果的推論」に資するのは多数事例の比較 参照)KKV(1994)
⇔ 比較政治において個別性の追究を重視する場合,比較事例は多くはできない.
― 一国から出発した研究が理論の蓄積に貢献する事例は少なくない.
… 例) ミヘルス,サルトーリ,メア,
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2.比較の目的
(1) 「実験の代替物」としての比較
その発展の経緯から,「比較」はしばしば「実験の代替物」と目されてきた.
― 社会科学では現実的には実験は不可能であったため,「変数を制御」するために,
比較という手法が有効である,との考え方が比較政治の主流に位置する.
ただし,
(ⅰ) 「実験が不可能」という前提について,この後,一定の修正が必要
― 地方自治体を中心とした「社会実験」など新たな試み.
参照) 河野・西條編(2007),白鳥(2007).
(ⅱ) 変数を制御するには,Large-N の研究の方が有効
― この場合,比較政治学と political science の区別は不要.
という事実は念頭に置く必要がある.
さらに,実験という手法は「仮説の検証」において最も威力を発揮する.
― 実験には,先行する「仮説」が必要となるが,いかにして構築するかが課題.
参照:政治科学(political science)におけるモデルと仮説検証の関係
※ 戦後,合衆国の研究者が主導した比較政治の運動は,演繹的に導出された「理論」を
検証するための「データの集積」としての側面を強く持った. (詳細は次回)
⇔ 事例の蓄積は,往々にして先行する理論に修正を迫る結果に
― 実験が仮説を棄却した,と考えるならば,実験の成果は小さくない.
(2) 仮説構築のための比較
検証に先立つ仮説の構築は,往々にして事例を観察した結果から出発する.
例) 「小選挙区制度は二大政党制を導きやすい」という「法則」
― 英米などの事例観察から導出
→ 複数事例で検証を試みる,という過程
例 2) 戦間期オランダにおける民主体制の維持
→ 大陸中小国における民主制安定の根拠
→ 競争型民主主義と合意型民主主義の類型と背景
→ むしろ,こうした仮説の構築にこそ,比較の意義があるとの指摘も
参照) Collier,
― これら仮説のうち,一定の範囲4で通用性を持つものを比較政治では
「理論」と呼ぶことも少なくない
※比較政治学には,仮説に修正を迫ることで存在感を発揮してきた経緯がある
→ 先行する諸「理論」で説明できない事例を検証するのも比較政治の役割
参照) 「コペルニクス革命」-「パラダイム転換」の契機は理論の枠内から
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この範囲をどのように設定するかが大きな問題となる.詳しくは次回.
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3.比較政治の位置づけ
(1) political science との関係において―普遍性と個別性
「比較政治は political science の一分野か?」という論争
― 「科学化」を目指す際に事例をベースとした比較の意義を否定する立場と,
「科学化」への強く反発する立場とが,両極に位置する.
※ 「科学」をどのように理解するか?
→ さらに,政治学が,他の領域の「科学」とどのような相違点を持つか?
これらの両極に対して,この講義は,いずれにも与さない立場を採用する.
― ある方針に沿った,政治に関する知見の体系的な蓄積を重視しつつも,
体系化のためのガイドラインは,先見的には決定されない,と考える.
⇔ 他方,ある方針に沿った体系化の努力を全面的に否定する立場はとらない.
(2) 事例研究との関係において
地域研究・事例研究と比較政治の関係
― それぞれ重複する領域を持ちながら,個別の研究分野とこの講義では考える.
※ 一方には,理論に導かれない事例研究の意義を否定する観点があり,
他方には,地域の特殊性を鑑みれば比較・一般化は不可能,との考えがある.
― その場合,「比較政治」とは地域研究の集合,程度の意味となるか.
⇔ 比較政治は,両者の中間にあって存在意義を有する.
つまり,仮説の検証や先行諸理論との関係性を意識した事例の検証を行うが,
それらは先行する地域研究の成果に依拠する ― もちろん,仮説の棄却も.
→ 既存の理論とは一線を画するような事例研究も,学問上の蓄積には不可欠.
【参考文献一覧】
ロバート・パットナム『哲学する民主主義』NTT 出版,2001 年[原著 1993 年-以下同じ].
馬場康雄・平島健司編『ヨーロッパ政治ハンドブック』東京大学出版会,2010 年.
J.H.ゴールドソープ編,稲上毅[他]訳『収斂の終焉-現代西欧社会のコーポラティズム
とデュアリズム』有信堂,1987 年[原著 1984 年].
P.A.ホール,D.ソスキス編,遠山弘徳 [他] 訳『資本主義の多様性』ナカニシヤ書店,2007 年[2001 年].
U.ベック著,島村賢一訳『ナショナリズムの超克』NHK 出版,2008 年[2002 年].
A.レイプハルト著,内山秀夫訳『多元社会のデモクラシー』三一書房,1979 年[1977 年].
J.リンス著,睦月規子[他]訳『全体主義体制と権威主義体制』 法律文化社,1995 年[1985 年].
G・キング, R・O・コヘイン, S・ヴァーバ著(KKV),真渕勝監訳『社会科学のリサーチデザ
イン』勁草書房,2004 年[1994 年].
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