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JAEA-Review 2008-066
JAEA-Review 2008-066
平成 19 年度黎明研究成果報告集
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
(編)池添 博
(2008 年 11 月 25 日受理)
原子力科学の分野で革新的な原理や現象の発見をめざす先端基礎研究を対象
として、研究テーマを原子力機構外から公募する黎明研究制度が平成 18 年度か
ら新たに発足した。研究期間を最長 2 年間とし、年度ごとに評価を実施して課題
を採択することとした。平成 19 年度は応募総数 26 件の中から 9 件を選定し、先
端基礎研究センターとの共同研究として実施した。本報告書はこれらの黎明研究
の成果をまとめたものである。
本報告書は、黎明研究から多くの基礎・基盤研究が進展する一助にするため、
黎明研究の実施者より提出された成果報告書をまとめ、公表するものである。
原子力科学研究所(駐在)
:〒319-1195
茨城県那珂郡東海村白方白根 2-4
i
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JAEA-Review 2008-066
Report on JAEA’s Reimei Research Program
April 1, 2007 – March 31, 2008
(Ed.) Hiroshi IKEZOE
Advanced Science Research Center
Japan Atomic Energy Agency
Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken
(Received November 25, 2008)
The Reimei (Dawn) Research Program is a research project based on public application
to be conducted within the framework of the Reimei Research Promotion project of the
Japan Atomic Energy Agency. The objective of the program is to encourage original
and/or unique ideas in the field of the new frontier research of atomic energy science.
The number of the research subjects accepted in the fiscal year 2007 was 9. These
research subjects were carried out in collaboration with Advanced Science Research
Center. The summaries of these research subjects were compiled in this report. We hope
that new researches will be grown and developed by the help of Reimei Research
Promotion project.
Keywords: Reimei Research Program, Nuclear Science, Nuclear Energy
ii
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目
次
1. ポジトロニウム負イオンの生成 ······················································································ 1
長嶋
泰之(東京理科大学)
2. 多価イオン-固体表面衝突におけるスパッタ中性原子の動的諸過程の解明 ············· 9
本橋
健次(東京農工大学)他
3. 中性子微小ビーム生成用多層膜フレネルレンズ(ゾーンプレート)の開発 ··········· 15
田村
繁治(産業技術総合研究所)
4. 凝縮物質中での同位体遠心分離を実現するためのロータの開発 ······························ 21
末吉
正典(丸和電機株式会社)他
5. 非平衡型複数 α 線放出 in vivo ジェネレーター:227Th-EDTMP を用いた転移性骨腫瘍
治療法の開発 ··················································································································· 31
鷲山
幸信(金沢大学)他
6. AC バイアス型高圧電源により駆動する新しい電子雪崩増幅原理の研究 ················ 37
藤田
薫(東京大学)
7. 放射線適応応答へのプロテインキナーゼ C の関与の分子的解析 ····························· 41
立花
章(茨城大学)
8. 高速イオンビームによる鉄ロジウム合金のマイクロ・ナノレベル磁性制御 ··········· 45
岩瀬
彰宏(大阪府立大学)他
9. 放射線による高分子の帯電機構の解明 ········································································ 51
小泉
均(北海道大学)
iii
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Contents
1.
Production of Positronium Negative Ions ················································································· 1
Yasuyuki Nagashima (Tokyo University of Science)
2.
An Investigation on the Dynamic Processes of Sputtered Neutral Atoms from Solid Surfaces
under Irradiation of Multicharge Ions ··················································································· 9
Kenji Motohashi (Tokyo University of Agriculture and Technology) et al.
3.
Development of Multilayer Fresnel Lens (Zone Plate) for Formation of Focused Neutron
Beam ·································································································································· 15
Shigeharu Tamura (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology)
4.
Development of the Rotor for Centrifugal Separation of Isotopes in Condensed Matter ····· 21
Masanori Sueyoshi (Maruwa Electronic Inc.) et al.
5.
Development of the Method for Treatment for Bone Metastasis by Using Disequilibrium-type
Alpha Particle Emitting in Vivo Generator: 227Th-EDTMP ················································· 31
Kohshin Washiyama (Kanazawa University) et al.
6.
Study for a New Avalanche Counter in an AC Bias Mode ·················································· 37
Kaoru Fujita (University of Tokyo)
7.
Molecular Analysis of the Involvement of Protein Kinase C in Radioadaptive Response ···· 41
Akira Tachibana (Ibaraki University)
8.
Micro- and Nano-Modification of Magnetic Properties of FeRh Alloys by Means of Swift Heavy
Ion Irradiation ···················································································································· 45
Akihiro Iwase (Osaka Prefecture University) et al.
9.
Mechanism of Electrification of Polymers by Ionizing Radiation ······································· 51
Hitoshi Koizumi (Hokkaido University)
iv
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1.ポジトロニウム負イオンの生成
Production of Positronium Negative Ions
長嶋泰之
Yasuyuki Nagashima
東京理科大学理学部第二部
Department of Physics, Tokyo University of Science
概要
最近著者は、多結晶タングステンに低速陽電子を入射すれば、表面からポジトロニウム負イオ
ンが自発的に放出されることを発見した。本研究では真空度を向上させてこの現象について調べ、
ポジトロニウム負イオンが長期間安定して放出されることを見出した。また、タングステン(100)
表面から放出されたポジトロニウム負イオンの検出にも成功した。さらに、金属表面からのポジ
トロニウム正イオンの放出現象についても検討を行った。
Recently, I have observed the spontaneous emission of positronium negative ions from polycrystalline
tungsten surfaces. In the present work, the emission in ultra-high vacuum has been studied and the long
term stability of the emission efficiency has been obtained. The emission from tungsten (100) surface has
also been observed successfully. The feasibility of positronium positive ion emission is discussed with
reference to the formation potential at metal surfaces.
1.
研究目的
陽電子が電子と束縛して水素原子様束縛状態であるポジトロニウムを形成することは、よく知
られている〔1〕。ポジトロニウムは、陽電子が気体分子と衝突する際、あるいは固体に入射され
た陽電子が表面から放出される際に形成される。一部の絶縁体においてはバルク中でも生成され、
ポジトロニウム状態のまま真空中に放出されることもある〔2〕。
陽電子は、さらにもうひとつの電子と束縛してポジトロニウム負イオンを形成することがある。
ポジトロニウム負イオンの存在は、1946 年に Wheeler〔3〕によって予測された。Mills〔4〕は 1981
年に、低速陽電子ビームを炭素薄膜に入射することによって、その生成に成功している。その後、
ポジトロニウム負イオンに関する理論的研究が数多く行われているが、実際に生成することが容
易でないため、実験的研究はほとんど行われていない。
電子や陽電子の仕事関数は多くの金属に対して測定されている。それらの値を用いると、タン
グステン表面に入射された陽電子が、表面においてポジトロニウム負イオンを形成して真空中に
放出される可能性があることがわかる〔5〕
。2006 年に著者は、実際に検証実験を行い、多結晶タ
ングステン表面からポジトロニウム負イオンが放出される現象を発見した〔6〕。このようにして
- 1 -
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生成されたポジトロニウム負イオンは単色性が高いと考えられる。
タングステンターゲット表面を清浄にしたり表面にアルカリ金属を蒸着したりすれば、ポジト
ロニウム負イオンの生成の様子に変化が起こるものと予想される。本研究は、単色性の高いポジ
トロニウム負イオンを大量に生成し、ポジトロニウム負イオンの本格的な研究を開始することを
目指して行われたものである。
2. 研究内容
低エネルギーの陽電子を金属表面に入射すると、金属中に格子欠陥など陽電子を捕獲するサイ
トがない場合には、陽電子はバルク中で熱化して拡散し、一部は表面に戻ってくる。陽電子は電
子と異なり、多くの金属に対して仕事関数 φ + が負で、その場合には表面から自発的に放出される。
また、金属表面にはポテンシャル井戸が形成されており、陽電子の一部はそこにトラップされて
から電子と対消滅する。電子の仕事関数を φ − とすれば、表面におけるポジトロニウム生成ポテン
シャル φ Ps 、すなわちポジトロニウムを生成するために必要なエネルギーは
φ Ps = φ − + φ + − 6.8 eV
(1)
と書くことができるが、これはほとんどの金属に対して負となるため、表面からポジトロニウム
として自発的に放出されることもある。
同様にしてポジトロニウム負イオンの生成ポテンシャル φ Ps − は
φ Ps = 2φ − + φ + − E B
(2)
−
と書くことができる。ここで E B はポジトロニウム負イオンの束縛エネルギー、すなわち、陽電子
と 2 個の電子に分離するために必要なエネルギー(7.13eV)である。測定されている電子と陽電
。すなわち、タングステンの多
子の仕事関数を用いて φ Ps − を計算すると、表 1 のようになる〔7〕
結晶表面、(100)面、(111)面においては φ Ps − は負となり、ポジトロニウム負イオンが自発的に放出
されることを意味する。
この考察に基づいて 2006 年に、1500℃で焼鈍した多結晶タングステンに低速陽電子ビームを入
射すると、表面からポジトロニウム負イオンが放出される現象を発見した。ただし、生成量が焼
鈍後の時間と共に減少してしまうため、長時間をかけて統計精度の高い実験ができないという問
題があった〔6〕。生成量の減少は、ターゲット表面の汚れが原因であると考えられる。このこと
は、次のように考察することが可能である。電子および陽電子の化学ポテンシャルを μ − 、 μ + と
し表面電気 2 重層の効果を D で表わすと、電子および陽電子の仕事関数 φ − 、 φ + は
φ− = D − μ − 、 φ+ = −D − μ +
(3)
と書くことができる。これを(2)式に代入すれば
φ Ps = −2μ − − μ + − E B + D
(4)
−
となり、 D に依存することがわかる。上に述べたポジトロニウム負イオンの減少は、時間ととも
に試料チェンバー内の残留ガス分子がタングステン表面に吸着することによるものであると考え
られる。実際に、タングステン表面に酸素分子が吸着すれば、 D が大きくなることが報告されて
- 2 -
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いる〔5〕
。
本研究では、試料チェンバー内の真空度を向上させて残留気体を減らすことにより、ポジトロ
ニウム負イオンを長時間安定に放出させることに成功した。また、タングステン単結晶(100)面を
用いた測定も行った。さらに、同様の方法で 2 個の陽電子と 1 個の電子が束縛したポジトロニウ
ム正イオンの生成の可能性についても検討を行った。
Element
φ − (eV)
φ + (eV)
φ Ps (eV)
φ Ps (eV)
Al (polycrystalline)
4.25〔8〕
-0.2 〔8〕
1.2
-3.3
Al (1 0 0)
4.20〔9〕
-0.16〔10〕
1.11
-3.25
Al (1 1 1)
4.26〔9〕
0.065〔10〕
1.46
-2.74
Cr (1 0 0)
4.46〔10〕
-1.76〔10〕
0.03
-6.19
Fe (polycrystalline)
4.4〔8〕
-1.2〔11〕
0.5
-5.1
Co (polycrystalline)
5.0〔9〕
-0.8〔12〕
2.1
-3.7
Ni (polycrystalline)
5.15〔8〕
-1.2〔11〕
2.0
-4.4
Ni (1 0 0)
5.22〔9〕
-1.0〔10〕
2.3
-3.9
Ni (1 1 0)
5.04〔9〕
-1.4〔10〕
1.6
-4.9
Cu (1 0 0)
5.10〔9〕
-0.3〔13〕
2.8
-2.6
Cu (1 1 0)
4.48〔9〕
-0.2〔13〕
1.6
-3.1
Cu (1 1 1)
4.94〔9〕
-0.4〔13〕
2.4
-3.0
Mo (polycrystalline)
4.6〔8〕
-2.2〔11〕
-0.1
-6.9
Mo (1 0 0)
4.53〔9〕
-1.7〔10〕
0.2
-6.0
Ag (1 0 0)
4.64〔9〕
0.6〔14〕
2.8
-1.3
W (polycrystalline)
4.55〔9〕
-2.75〔12〕
-0.78
-8.08
W (1 0 0)
4.63〔9〕
-3.0〔10〕
-0.9
-8.5
W (1 1 0)
5.22〔9〕
-3.0〔10〕
0.3
-7.9
W(1 1 1)
4.45〔9〕
-2.59〔12〕
-0.82
-7.86
Pt (polycrystalline)
5.64〔9〕
-1.8〔11〕
2.4
-5.1
Au (polycrystalline)
5.2〔10〕
0.9〔15〕
4.2
-0.1
Pb (polycrystalline)
4.25〔9〕
0.9〔15〕
2.3
-1.1
表 1
−
+
電子および陽電子の仕事関数の測定値と、それらの値から見積もったポジトロニウム負イ
オンおよびポジトロニウム正イオンの生成ポテンシャル〔7〕
。
- 3 -
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3. 研究結果
①試料チェンバーの真空度向上の効果 〔7, 16〕
50c m
Ma g netic Transp ort C oil
G ett er p um p
B
Positro n Sourc e (20m Ci)
γ- ra y shield
Positron Gun
G ate Va lve
E×B Filte r
Ac c e lera to r
Turb om o le c ula r Pum p
Be lows
Insula tor
Turb om lec ula r
Pum p
(a)
(b)
図 1 東京理科大学に設置された低速陽電子ビーム発生装置。
(a)全体図、(b)ターゲットチェンバー周辺部〔6〕。
図 1 に東京理科大学に設置された低速陽電子ビーム発生装置を示す。(a)は全体図、(b)はターゲ
−8
ット周辺部の様子である。当初、この装置の試料チェンバーの真空度は 7 × 10 Pa であった。試
料チェンバーにゲッターポンプを追加しさらに数日かけてベーキングを行った結果、真空度が
2.4 × 10 −8 Pa まで向上した。この状態で、ポジトロニウム負イオンの生成率の時間変化を 2 週間
以上にわたって測定した。
ターゲットは厚さ 25μm のタングステン多結晶箔である。ターゲット前面には接地されたグリ
ッドが設置されており、ターゲットに電位 − W をかけることによって電場が生成されポジトロニ
ウム負イオンが加速されるようになっている。ターゲットをターゲットホルダーに取り付け真空
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を引いた後、1500℃で 30 分間通電加熱により焼鈍を行った。測定はターゲットを常温にし、− 3 kV
を印加して行った。
この測定によって得られた γ 線エネルギースペクトルを図 2 に示す。ポジトロニウム負イオン
がターゲット表面付近の電場によって加速された後自己消滅すれば、その際の γ 線のエネルギー
は
E=
1
mc 2
(5)
1 + λ − 2λ + λ cos θ
と書くことができる。ただし、 λ = eW 3mc 2 であり、 e は素電荷、 m は電子の質量、 c は光速
2
度である。(5)式に従って計算した γ 線のエネルギーを図 2 に矢印で示す。図 2 から分かるように、
矢印のエネルギーにピークが見られる。すなわち、このピークがポジトロニウム負イオンの自己
消滅による成分である。また、ポジトロニウム負イオンの強度の時間変化は、図 3 のようになっ
た。ポジトロニウム負イオンの生成効率は 2 週間以上の期間にわたってほぼ一定になっている。
これは、真空度の向上により、測定期間中、ターゲット表面が清浄に保たれるようになり、ポジ
トロニウム負イオンの生成率が安定したためであると考えられる。この実験により、試料チェン
バーの真空度を向上させれば、ポジトロニウム負イオンを長期間継続して生成することが可能で
あり、その結果、ポジトロニウム負イオンを大量に生成させて統計制度の高い計測が可能となっ
た〔15,16〕
。
多結晶タングステンをターゲットにし
図 3 多結晶タングステンターゲットか
て得られた γ 線エネルギースペクトル〔16〕
。
ら放出されるポジトロニウム負イオン
図 2
②タングステン(100)面から放出されたポジトロニウム負イオンの検出
オーフス大からタングステン単結晶箔を購入し、これを用いてポジトロニウム負イオンの生成
実験を行った。面方位は(100)、厚さは 2μm である。これを厚さ 25μm の多結晶タングステンに巻
きつけてターゲットホルダーに取り付け、真空引きした後に通電過熱によって 1500℃で 30 分間
焼鈍した後に、①と同様の測定を行った。得られた γ 線エネルギースペクトルを図 4 に示す。多
結晶タングステンの場合と同様に(5)式に従って計算したエネルギーにピークが認められる。ポジ
トロニウム負イオンの生成率は、6.6×10-5 であった。
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表 1 からわかるように、タングステン(110)面の場合はポジトロニウム負イオン生成ポテンシャ
ルは正となり、自発的に放出される現象は起こらないものと予測される。このことが実験によっ
て確かめられれば、電子や陽電子の準位、あるいはポジトロニウム負イオンの束縛エネルギーに
関する情報が得られる可能性がある。この実験は平成 20 年度に予定している。
図 4 タングステン(100)面をターゲットにして得られた γ 線エネルギースペクトル。
③金属表面からのポジトロニウム正イオンの放出に関する検討 〔7〕
ポジトロニウム正イオンの生成ポテンシャルは
φ Ps = φ − + 2φ + − E B
(6)
+
と書くことができる。この値を、電子および陽電子の仕事関数から求めると、表 1 のようになる。
表 1 からわかるように、 φ Ps + の値は表に掲げたすべての金属に対して負の数となり、ポジトロニ
ウム正イオンは自発的に放出されることが示唆される。ただし、実際にポジトロニウム正イオン
を生成するためには多数の陽電子をフォーカスしてターゲット表面の狭い領域に同時に入射する
必要がある。さらに、同時に多くの陽電子が対消滅を起こすため、①や②と同様の手法を用いる
と多くの γ 線が同時に検出器に入射して重なり合い、その結果ポジトロニウム正イオンの信号を
抽出することが不可能となる。陽電子のパルス化とフォーカスに関しては技術が開発されている
〔17, 18〕が、検出方法については更なる検討が必要である。
4. まとめ
本研究課題で次のような研究を行った。
①真空度の向上によって、多結晶タングステン表面から放出されたポジトロニウム負イオンの生
成率を長期間安定させることに成功した。その結果、時間をかけることによってポジトロニウム
負イオンを大量に生成し、実験精度を向上させることが可能となった〔7,16〕。
②タングステン(100)面から放出されるポジトロニウム負イオンの検出に成功した。ポジトロニウ
ム負イオンの生成率は 6.7×10-5 であった。
③ポジトロニウム正イオンが多くの金属表面から自発的に放出される可能性があることがわかっ
た。その実現のためには、ポジトロニウム正イオン検出のための技術の開発が必要である〔7〕
。
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5. 参考文献
〔1〕P.J. Schultz and K.G. Lynn, Rev. Mod. Phys. 60 (1988) 701.
〔2〕Y. Nagashima, Y. Morinaka, T. Kurihara, Y. Nagai, T. Hyodo, T. Shidara and K. Nakahara, Phys. Rev.
B 58 (1998) 12676.
〔3〕J.A. Wheeler, Ann. N. Y. Acad. Sci. 48 (1946) 219.
〔4〕A.P. Mills, Jr., Phys. Rev. Lett. 46 (1981) 717.
〔5〕R.J. Wilson and A.P. Mills, Jr., Phys. Rev. B 27 (1983) 3949.
〔6〕Y. Nagashima and T. Sakai, New J. Phys. 8 (2006) 319.
〔7〕Y. Nagashima, Nucl. Intr. and Meth. in Phys. Res. B 266 (2008) 511.
〔8〕G. Fletcher, J.L. Fry and P.C. Pattnaik, Phys. Rev. B 27 (1983) 3987.
〔9〕CRC Handbook of Chemistry and Physics, ed. D.R. Lide (CRC Press, Boca Raton, 2004).
〔10〕A.H. Weiss and P.G. Coleman, in: Positron Beams and Their Applications, ed. P.G. Coleman (World
Scientific, Singapore, 2000) p.129.
〔11〕M. Jibary, A. Weiss, A.R. Koymen, D. Mehl, L. Stiborek and C. Lei, Phys. Rev. B 44 (1991) 12166.
〔12〕J.G. Ociepa, P.J. Schultz, K. Griffiths and P.R. Norton, Surf. Sci. 225 (1990) 281.
〔13〕N.G. Fazreev, J.L. Fry and A.H. Weiss, Phys. Rev. B 57 (1998) 12506.
〔14〕M.R. Poulsen, M. Charlton and G. Laricchia, J. Phys.: Condens. Matter 5 (1993) 5209.
〔15〕A.P. Knights and P.G. Coleman, Surf. Sci. 367 (1996) 238.
〔16〕Y. Nagashima T. Hakodate and T. Sakai, Appl. Surf. Sci., to be published.
〔17〕C.M. Surko and R.G. Greaves, Phys. Plasma 11 (2004) 2333.
〔18〕R.G. Greaves and C.M. Surko, Phys. Rev. Lett. 85 (2000) 1883.
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2.多価イオン-固体表面衝突におけるスパッタ中性原子の
動的諸過程の解明
An Investigation on the Dynamic Processes of Sputtered Neutral Atoms from
Solid Surfaces under Irradiation of Multicharge Ions
本橋健次 1、斎藤勇一 2、北澤真一 3
Kenji Motohashi1, Yuichi Saitoh2, Sin-iti Kitazawa3
1
東京農工大学大学院共生科学技術研究院先端物理工学部門
Department of Applied Physics, Tokyo University of Agriculture and Technology
2
日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所放射線高度利用技術部
Department of Advanced Radiation Technology, Takasaki Advanced Radiation Research Institute,
Japan Atomic Energy Agency (JAEA)
3
日本原子力研究開発機構那珂核融合研究所核融合研究開発部門
Fusion Research Development, Japan Atomic Energy Agency (JAEA)
概要
低速多価イオン衝突による固体表面のスパッタリング過程を調べるため、スパッタ励起原子か
らの発光に対する分光学的測定を行った。Ar3+ (30 keV)を酸素雰囲気中の Ti 表面に入射したとこ
ろ、250nm から 750nm の波長域において、Ti I(中性 Ti スペクトル)と Ti II(Ti+スペクトル)が
観測された。Ti I(520 nm)の発光強度は、酸素分圧の増加に対して減少傾向を示したが、Ti
I,II(670nm: 335 nm 線の二次光)の強度は緩やかな増加傾向を示した。670 nm のスペクトルの発光
強度を表面からの距離の関数として測定し、その片対数プロットから、Ti*(3d24s4p x3G)の速度の
表面垂直方向成分(平均値)<v⊥>を求めた。その結果、<v⊥> = (7.2±2.9)×104 (m/s)という大きな値
が得られた。このことは、運動量スパッタリングが支配的であることを示唆している。
Spectroscopic studies on optical emission from sputtered excited atoms were carried out in order to
investigate the sputtering processes of solid surfaces under irradiation of slow multicharged ions. Many
atomic lines of Ti I (neutral) and Ti II(singly charged ion) were observed in wavelength range from 250 to
750 (nm) in normal incidence of Ar3+ (30 keV) with Ti surface which was set in low pressure O2
atmosphere. Emission intensity of Ti I (520 nm) decreased monotonically with increase of O2 partial
pressure, whereas that of Ti II (670 nm: 2nd order of 335 nm) slightly increased. From semi-logarithmic plot
of emission intensity for the 670 nm spectrum as a function of distance from the surface, mean velocity of
the sputtered Ti*(3d24s4p x3G) in direction parallel to surface normal, e.g. <v⊥>, could be determined. As a
result, rather large value, <v⊥> = (7.2±2.9)×104 (m/s), was obtained. This fact suggests kinetic sputtering is
dominant.
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1. 研究目的
低速多価イオンと固体表面との衝突では、表面から多価イオンへの多数の電子の乗り移り(多
電子移行)が起こる。この多電子移行により、二次粒子放出や表面原子構造変形が誘起されるこ
とが、最近の研究から次第に明らかになってきている〔1〕。特に、高電離多価イオンが半導体や
絶縁体表面に入射すると、入射多価イオンの価数に依存した大きさ 1~数十 nm 程度のナノ構造が
形成されること、そして、それが表面からの二次粒子放出が引き金となって起こることが分かっ
てきた〔2〕。したがって、原子構造変形のメカニズムを明らかにするためには、まず多価イオン
衝突における二次粒子放出(スパッタリング)現象について調べる必要がある。
中でも、二次粒子の大部分を占める中性粒子のスパッタリング過程に関する研究は、極めて重
要であると考えられる。しかしながら、中性粒子の検出が困難であることから、研究はほとんど
進んでいない。また、スパッタリングの全収量に関する測定はあるが、放出粒子の速度分布に関
する測定は皆無に等しい。 ナノドットに代表される表面構造変形は、放出粒子の初期運動量の反
跳が原因であるとの見解が有望視されているため〔3〕、速度分布の測定は最重要課題と言っても
過言ではない。このように、中性粒子の速度分布を測定することは、多価イオン衝突における二
次粒子放出過程や表面構造変形の過程を明らかにしていく上で、最も重要な研究課題であると考
えられる。本研究では、スパッタされた励起中性原子からの発光分光を行なうことにより、中性
励起原子の速度分布を求め、その放出過程について調べることを目的としている。
2.
研究内容
本研究では、多価イオン照射により放出された二次励起原子からの発光強度 I を、固体表面か
らの距離 z の関数として測定することにより、スパッタ中性励起原子の平均法線速度<v⊥>を、次
式を用いて測定する。
⎛
z
I = ∑ I 0 k exp⎜⎜ −
k
⎝ τ k ⋅ v⊥
⎞
⎟
⎟
⎠
(1)
ここで、τk はスパッタ原子の k 準位の寿命、I0k は k 準位からカスケード遷移した後に観測された
発光強度の z = 0(表面)における値である。(1)式の片対数プロットから、平均法線速度<v⊥>を求
めることができる〔4〕
。
これを、入射多価イオンの運動エネルギーを一定にしたまま、異なる価数に対して測定すれば、
その価数依存性から、多価イオンの内部エネルギーが中性粒子放出に与える影響を調べることが
できる。逆に、入射多価イオンの価数を一定にして、運動エネルギーを変化させれば、その運動
エネルギー依存性から、多価イオンの運動エネルギーが中性粒子放出に与える影響を抽出できる。
このように、多価イオンの価数(すなわち、ポテンシャルエネルギー)と運動エネルギーが、ス
パッタ原子の速度に与える影響を、それぞれ区別して測定することが可能である。
一方、金属や半導体表面から放出された励起原子は、表面の酸素被覆率に強く影響を受ける。
これは、表面に解離吸着した酸素原子が基板原子との間に形成する電気二重層により、固体表面
の実効的な仕事関数が変化するためで、言い換えれば、スパッタ原子の励起準位に存在する電子
が固体側に乗り移る際の、トンネル遷移の障壁が変化することに起因する〔5〕。
- 10 -
JAEA-Review 2008-066
このため、スパッタ励起原子からの発
DE
光強度を正確に測定するためには、固体
F
C
表面の酸素被覆率を把握した実験が必
J
要である。しかしながら、イオンビーム
照射中の定常的な酸素被覆率を測定す
J
ることが難しいため、従来はイオンビー
G
B
ム照射前の被覆率(あるいは暴露量)し
H
かモニターしていなかった。これでは、
A
イオンビーム照射中の吸着酸素原子の
脱離を無視することになり、定量性に問
題があった。これに対し、Tsurubuchi ら
は、発光分光法を用いることにより、イ
オンビーム照射中の定常的な表面酸素
I
図 1 実験装置の概略図
A, ECR イオン源; B, 静電レンズ; C, 価数分析磁石;
D, オリフィス; E, 標的表面; F, 直線導入器; G, 集光
レンズ; H, 分光器; I, 光電子増倍管; J, ターボ分子ポ
ンプ
被覆率を求めることに成功した〔5〕。
この方法では、特定の酸素分圧における、発光強度の入射イオンビーム電流密度依存性から、定
常的な表面酸素被覆率を求めることができる。そこで、本研究では、Tsurubuchi らの方法を用い、
イオンビーム誘起脱離を考慮した実効的表面酸素被覆率を、入射ビーム電流値と酸素ガス圧力に
よりモニターしながら実験を行った。
実験は、高崎量子応用研究所 TIARA 内の試験用ビームラインで行った。図 1 に実験装置の概略
図を示す。永久磁石を用いた 10GHz 電子サイクロトロン共鳴イオン源 〔6〕から、加速電圧 10kV
で引き出された Ar3+イオンを静電レンズで収束した後、90°磁場偏向型価数分析磁石で価数選別し、
内径 10mm のオリフィスを通してから、多結晶 Ti 表面に垂直に入射した。オリフィスに-100V の
電圧を引加することにより、Ti 表面で発生した二次電子を表面に追い返した。Ti 標的は直線導入
器と接続され、光軸から表面までの距離 z を-15~+25mm の範囲で移動できる。入射イオンビーム
電流は、電流電圧変換アンプ(ゲイン 1V/μA)で計測した。Ar3+イオン電流は約 1~2μA、電流密
度は約(1.3~2.6)×10-2 (A/m2)である。
Ti 表面から放出された発光を、直径 50 mm の平凸レンズで集光し、表面に対して平行な方向に
設置した凹面回折格子分光器(焦点距離 500 mm)の入射スリット上に倍率 1 で結像した。波長分
散された光は出射スリット上に設置した光電子増倍管により単一光子計数した。固体内の発光を
観測しないよう、光軸と基板との平行度を注意深く調整した。また、表面の自然酸化膜と吸着不
純物を除去するため、測定前に Ar+(10keV, 2μA)のビームを約 1 時間照射し、Ti I(520 nm)の発光強
度がほぼ一定になったことを確認した。
ターボ分子ポンプにより、衝突真空槽は 8×10-8 Torr まで排気される。ニードルバルブを介して
分圧 1×10-7~1×10-6 Torr の酸素ガスを導入した。真空度は冷陰極電離真空計で測定した。
3.
研究結果・考察
図 2 に、スパッタ励起原子からの発光の波長掃引結果を示す。図 2 の縦軸は、入射イオンビー
ム電流値で規格化した発光強度で、光学系の波長感度による較正をしていない生のデータである。
- 11 -
合した状態で観測された。ただ
し、648 nm と 670 nm のスペク
トルは、それぞれ 324 nm と 335
nm のスペクトルの二次光であ
る。
図 2 の(a)と(b)を比較すると分
かるように、Ti I の発光強度と
648 (324: 2nd order)
612
589
507
501
466
453
520
518
400
387
429
376
393 396
335
324
20
546
以下の領域では Ti II と Ti I が混
40
365
上の波長領域では Ti I が、
380nm
60
308
を表 1 に示した。主に 380nm 以
80
(a)
0
100
Normalized photon intensity
(Counts/μA)
同定されたスペクトルの遷移表
Normalized photon intensity
(Counts/μA)
100
670 (335 2nd order)
JAEA-Review 2008-066
(b)
80
60
40
20
0
300
400
500
600
700
Wavelength (nm)
Ti II の発光強度は、酸素分圧の
図 2 Ar3+(30 keV)照射 Ti 表面からのスパッタ粒子の発光スペ
-8
-6
た。Ti I は(a)より(b)の方が弱く、 クトル (a)酸素分圧<1×10 Torr, (b)酸素分圧 1×10 Torr, 数字
はスペクトルピーク位置の波長を表し、対応する遷移は表 1
酸素分圧を増加させることによ
に示した。
違いに対して異なる変化を示し
って発光強度が減少した。Ti II はその
表 1 発光スペクトルの波長と遷移
λexp (nm)
λvac (nm)†
逆で、酸素分圧の上昇により、発光強
Transition
2
2
度がわずかに増加した。
図 3 は、Ti I(520
308
324
308.8
323.45-324.19
Ti II
Ti II
3d 4p→3d 4s
3d24p→3d24s
335
334.19-337.76
Ti I
3d24s4p→3d24s2
334.03-336.12
Ti II
3d24p→3d3or 3d24s
2
2
2
365
364.27-365.35
Ti I
3d 4s4p→3d 4s
376
375.29
Ti I
3d24s4p→3d24s2
375.93-376.13
Ti II
3d24p→3d3
387
393
392.45
Ti I
分圧依存性をプロットした図である。
Ti I(520 nm)は酸素分圧の上昇に対し指
2
2
強度はわずかな上昇傾向を示している。
2
2
2
この結果に対する物理的なメカニズム
3d 4s4p→3d 4s
Ti I
3d 4s4p→3d 4s
400
399.86
Ti I
3d24s4p→3d24s2
429
428.74-431.48
Ti I
3d34p→3d34s
453
453.32
Ti I
3d34p→3d34s
Ti I
のスペクトルに対し、発光強度の酸素
2
395.63-395.82
461.73-468.19
nm)と Ti I, II(670 nm: 335 nm の二次光)
数関数的に減少するが、Ti I, II の発光
unknown
396
466
†
Species
電子と固体表面との相互作用が、表面
2
2
2
2
2
2
3d 4s4p→3d 4s
は考察中であるが、発光電子である 4p
501
501.41
Ti I
3d 4s4p→3d 4s
507
506.47
Ti I
3d24s4p→3d24s2
518
517.37
Ti I
3d24s4p→3d24s2
520
519.3
Ti I
3d24s4p→3d24s2
吸着酸素原子の被覆率により変化した
ことが原因の一つと考えられる。中性
原子と 1 価イオンでは、4p 電子の束縛
エネルギーに大きな差があるため、固
546
unknown
体との相互作用に差が生じたのではな
589
unknown
いかと考えている。
612
unknown
648
2nd order of 324 nm
670
2nd order of 355 nm
NIST database 〔7〕
- 12 -
JAEA-Review 2008-066
100
酸素被覆率(もしくは酸素暴露量)により変化
80
する現象は、Si や Al でも観測されており、いず
れも酸化の過程において、表面が SiO2 や Al2O3
に近い構造へ変化することにより、スパッタ励
起原子(Si*, Al*)の発光電子が固体側に遷移する
Normalized intensity
(Counts/μA)
スパッタ励起原子からの発光強度が、表面の
確率が変化することが原因であると報告されて
スパッタ励起原子の生存確率)が中性励起原子
とイオンの励起原子では、酸素吸着に対して逆
の依存性を示すことを意味し、大変興味深い。
40
20
0
0
いる〔5, 8〕。もし、今回のケースもそうである
とすれば、固体への電子遷移確率(逆に言えば、
60
0.2
0.4
0.6
O2 Partial Pressure (Pa)
0.8
1
[×10-4]
図 3 発光強度の酸素分圧依存性
▲, Ti I (520 nm); ●, Ti I, II (670 nm: 335 nm の
二次光), 破線と一点鎖線は指数関数による
フィッティング曲線
これを検証するためには、他のスペクトルにつ
1.2
いての発光強度の酸素分圧依存性を測定するだ
(a)
1.0
けでなく、より定量的な酸素被覆率の測定が必
0.8
酸素分圧が 1×10-8 Torr 以下のときの 670 nm ス
I / I0
要であり、これらは今後の課題である。
ペクトルの発光強度を、
表面からの距離 z の関数
0.6
0.4
0.2
としてプロットした図と、
これを z ≥ 0 の領域
(表
0
面よりビーム上流方向の真空領域)で片対数プ
-0.2
ロットした図である。z ≤ 0 の領域におけるプロ
-2
0
2
4
6
Z (mm)
ットの分布は、分光器のスリット関数(装置関
10
1
数)を表している。図 4 の(b)から、z ≥ 0 の領域
(b)
には二本の指数関数が含まれており、したがっ
られる。主成分は図 4(b)の二点鎖線で示された
100
I / I0
て、二つの異なる上準位が関与していると考え
10-1
曲線であり、寿命(10.6 ns〔9〕)の Ti*(3d24s4p x3G)
準位からの発光であると考えられる。この傾き
10-2
0
から(1)式により<v ⊥ >を求めた結果、<v ⊥ > =
(7.2±2.9)×104 (m/s)を得た。この値は低速イオン
衝突としては大きい値であり、運動量スパッタ
リングが支配的であることを示している。
1
2
3
4
Z (mm)
5
6
図 4 Ti I, II(670nm: 335nm の二次光)スペクト
ルに対する発光強度の表面からの距離依存性;
今後、標的表面に減速電圧を印加することに
より、入射イオンのエネルギーを変化させた実
験を行い、ポテンシャルスパッタリングの影響
を調べるとともに、酸素分圧を変えた測定によ
り表面被覆率との関係について調べる予定であ
(a), z = 0 の発光強度 I0 で規格化したグラフ; (b),
z ≥ 0 の領域の片対数プロット; 破線, スリッ
ト関数; 一点鎖線と二点鎖線, 指数関数; 実
線, 二つの指数関数の和(フィッティング曲
線)
る。
- 13 -
JAEA-Review 2008-066
4. まとめ
低速多価イオン衝突による固体表面のスパッタリング過程を調べるため、スパッタ粒子からの
発光分光を行った。入射ビーム電流と酸素分圧をモニターすることにより、ビーム照射中の酸素
被覆率を一定にした測定を行った。Ti 標的での可視域スペクトルには、Ti I と Ti II の線スペクト
ルが多数観測された。Ti I と Ti II の発光強度の酸素分圧依存性を測定したところ、Ti I は酸素分圧
の増加に伴い指数関数的な減少傾向を、Ti II はゆるやかな増加傾向を示した。さらに、発光強度
の固体表面からの距離依存性を測定し、スパッタ粒子の表面垂直方向の平均速度を求めたところ、
<v⊥> = (7.2±2.9)×104 (m/s)という大きな値が得られ、運動量スパッタリングが支配的であることが
分かった。今後、衝突エネルギーや価数を変え、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーがス
パッタリング過程に及ぼす影響を調べるとともに、酸素被覆率を変えることにより、スパッタ励
起原子と固体表面との相互作用に関して調べる予定である。
5.
参考文献
〔1〕 N. Nakamura, M. Terada, Y. Nakai, Y. Kanai, S. Ohtani, K. Komaki, and Y. Yamazaki, Nucl. Instrum.
Phys. B 232 (2005) 261.
〔2〕 J. Stöckl, T. Suta, F. Ditroi, HP. Winter, and F. Aumayr, Phys. Rev. Lett. 93 (2004) 263201.
〔3〕 T. Schenkel, A.V. Hamza, A.V. Barnes, and D.H. Schneider, Prog. Surf. Sci. Rep. 61 (1999) 23.
〔4〕 R. Walkup and Ph. Avouris, Surf. Sci. 157 (1985) 193.
〔5〕 S. Tsurubuchi and T. Nimura, Surf. Sci. 513 (2002) 539.
〔6〕 Y. Saitoh and W. Yokota, Rev. Sci. Instrum. 67 (1996) 1174.
〔7〕 Yu. Ralchenko, A.E. Kramida, J. Reader and NIST ASD Team (2008). NIST Atomic Spectra
Database (version 3.1.5), [Online]. Available: http://physics.nist.gov/asd3 [2008, April 23]. National
Institute of Standards and Technology, Gaithersburg, MD.
〔8〕 C.W. White, D.L. Simms, N.H. Tolk, and D.V. McCauhgan, Surf. Sci. 49 (1975) 657.
〔9〕 S. Salih and J.E. Lawler, Astron. Astrophys. 239 (1990) 407.
- 14 -
JAEA-Review 2008-066
3.中性子微小ビーム生成用多層膜フレネルレンズ
(ゾーンプレート)の開発
Development of Multilayer Fresnel Lens (Zone Plate) for Formation of Focused
Neutron Beam
田村 繁治
Shigeharu Tamura
(独)産業技術総合研究所 光技術研究部門
Photonics Research Institute,
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
概要
多層薄膜成膜技術を利用して、これまで光学系で集光に寄与しなかった部分の中性子の進行方
向を変化させ、中性子ビームの利用効率の向上を図るためのフレネルゾーンプレート(FZP)の
基礎技術について検討した。また、集光レンズとして利用する場合について作製が可能な材料と
設計パラメータについて検討した。
A fabrication technique of a multilayer optics for the neutron beamline has been shown. The optics is a
Fresnel zone plate (FZP) which is used to guide neutron beams to a pinhole in order to use the beam
effectively. The design parameter of the FZP as a focusing optics has also been designed.
1. 研究目的
中性子ビームは物質科学、材料科学、生命科学、原子核・素粒子科学などの幅広い科学技術の
領域で、物質の様々な物性を観察する手段として非常に有望なツールである。このような優れた
機能を有する中性子を集光してマイクロビーム化すれば、物質の微小領域の詳細な種々の情報が
得られ、これらの分野に大きく貢献することが期待される。また、放射光との併用も期待されて
いる。中でも熱中性子(波長:0.4 - 0.1 nm)は様々な用途に利用可能であるにもかかわらず、集
光素子はほとんど開発されていない。
産総研ではこれまで、高エネルギー放射光X線用集光素子の 1 つである多層膜フレネルゾーン
プレート(FZP)の開発を行ってきた。数種類実在する集光素子の中で多層膜 FZP の大きな利点
は、(1) 光軸調整が非常に容易、(2) 広範囲なエネルギー(波長)領域で使用可能なことである。
今回は、これまで光学系で集光に寄与しなかった部分の中性子の進行方向を FZP で変化させるこ
とで中性子ビームの利用効率の向上を図るための基礎技術について検討した。また、顕微鏡のレ
ンズとして実際に作製が可能な FZP 用の材料についても検討した。
- 15 -
JAEA-Review 2008-066
2. 研究内容
従来の光学系で集光に寄与しなかった部分の中性子の進行方向を変化させ、中性子ビームの利
用効率の向上を図るための FZP について設計と基礎技術の検討を行った。また、中性子用の集光
レンズとしての FZP について材料の探索と設計例を示した。
前者については、中性子集光光学系におけるコリメータのスリット〔1〕が直径 2 mm のピン
ホールの場合に、スリットの近傍に配置する FZP を想定し、設計と試作を行った。
後者については、通常の FZP(リソグラフィ法を応用して作製)に適した実用的に利用可能な
材料を調べ、パラメータの設計を行った。
3. 研究結果
3-1. 中性子ビームの利用効率の向上を図るための多層膜 FZP の試作
中性子ビームの利用効率の向上を目的として、これまで光学系で集光に寄与しなかった部分の
中性子の進行方向を FZP で変化させるのには、図 1-(a)に示すようにピンホールの前方に配置する
方式、あるいは図 1-(b)に示すようにピンホールの後方に配置する方式が考えられる。
(a)
(b)
図 1 中性子光学系:(a)、(b) 中性子を有効利用するための FZP の配置
今回は図 1-(b)の方式について検討した。中性子の進行方向は一様では無く複雑であるが、ここ
では光軸上に仮想光源を想定し、仮想光源とスリットおよびゾーンを結ぶ線上を進行する中性子
を扱う。すなわち図 2 に示すようにスリットから上流側に仮想中性子源を想定し、そこからスリ
ットを通過するものの屈折レンズ〔1〕には到達しない中性子の方向性を FZP によって変化させ、
屈折レンズに入射することで中性子ビームの利用効率の向上を図る。
図 2 で L 1(仮想光源とスリット間)を 700 mm、L 2(スリットと FZP 間)を 500 mm とした場
合に FZP を通過した中性子が屈折レンズに平行に進むように設計した。
図 2 中性子光学系
- 16 -
JAEA-Review 2008-066
中性子の波長を 0.7 nm とし、円柱状基板に直径 3 mm の石英、あるいはアルミを使用し、スパ
ッタリング蒸着法によって銅とアルミの交互多層膜を 30 層成膜した。基板から第 1 層目(Al)の
膜厚は 0.2800 µm、最外層(Cu)の膜厚は 0.2784 μm である。基板の直径が波長と比較して大き
いため、層幅の減少は少ない。今回は試作のため膜の総数は 30(総膜厚 8 µm)としたが、スパ
ッタリング蒸着法で総膜厚 100 µm 程度まで積層することが可能である。この設計パラメータに
よる光学系では、L 1 が 700 mm の場合には FZP を通過した中性子が屈折レンズに平行に進み、L 1
が 700 mm~ 1000 mm の範囲の中性子を屈折レンズに導くことが可能である。すなわち、L 1 が
873 mm の時に屈折レンズ上に集光する。また、L 1 が 1000 mm の時には FZP を通過した中性子は
屈折レンズの 3500mm 手前で集光し、そこから発散して屈折レンズに到達する。屈折レンズの中
心軸からの距離は 8.3 mm で、屈折レンズの半径(10 mm)の範囲内である。
円柱状基板上に金属薄膜を交互に成膜後、この同心円多層膜を低融点合金に埋め込んで切断し、
機械研磨により薄片化加工した。低融点合金は保持具の役割を有する。最大回折効率が得られる
厚さは 10 µm と計算され、厚さが 30 µm、50 µm、70 µm 近傍でも高回折効率のピーク値が得られ
る。研磨にはダイヤモンドラッピングフィルムと研磨液を使用し、研磨液の粒径を 30 µm→ 15µm
→ 9 µm → 3 µm → 1 µm と徐々に小さくし、最後は 0.5 µm の研磨液で仕上げた。50 ~ 100 µm の
厚さを目標とした。図 3 に薄片化加工前の FZP の研磨面の写真を示す。
5 µm
5 µm
図 3 多層膜 FZP の顕微鏡像。(a) ガラス基板上の多層膜の光学顕微鏡像、
(b) ガラス基板上の多層膜 FZP の走査型電子顕微鏡像、
(c)アルミ基板上
の多層膜 FZP の走査型電子顕微鏡。
ガラス基板上の多層膜 FZP については、200 µm の厚さで周囲の低融点合金が剥離した。さらに、
120 µm の厚さで基板が破損し、実用的には問題があることが判明した。
アルミ基板上の多層膜 FZP については、500 µm の厚さで周囲の低融点合金が剥離した。そこで、
保持具が無い状態で薄片化を行った。その結果、図 4 に示すように 90 µm の厚さまではゾーン部
分を損なうことなく研磨が可能であった。しかしながら、これより薄くなると、ゾーン部分の剥
離が観察された。基板の部分に関しては少なくとも 27 µm まで薄片化が可能であったので、多層
- 17 -
JAEA-Review 2008-066
膜の剥離を防ぐ構造にすれば、一層の薄片化が可能になり、実用的な厚さの FZP が得られる。な
お、研磨に従来採用していた SiC 研磨紙を用いた研磨も行ったが、厚さが 500 µm の時点でゾーン
の剥離が観察された。
µm t
µm t
µm t
図 4 アルミ基板上の多層膜の光学顕微鏡像
以上が本節の課題に対して得られた結果である。今後解決すべき項目は、(1) FZP の一層の薄片
化、(2) ゾーンの大面積化である。(1) については保持具として電気メッキ法による厚膜(~3 mm)
の被覆が有効であると考える。図 5 に、以前、直径が 100 µm の金属細線の周囲に電気メッキ法に
よって作製したニッケル保護厚膜(半径 3 mm)の写真を示す。メッキ
であるにも関わらず、金属としての硬さと光沢があり、細線基板の形状
を保っている。(2) については電気メッキ法による多層膜作製が可能であ
ること〔2〕、およびで述べたように厚膜の作製が可能であることから、
図 5 ニッケルメッキで
総膜厚が数ミリの多層膜の作製が可能と考えられる。
図 5 被覆した細線の断面
3-2.
中性子用 FZP 材料、仕様の検討
中性子ビームライン用の FZP は直径が大きい(放射光短波長 X 線用の FZP の 10~50 倍程度)
ため、多層膜方式での作成は困難であり、Altissimo らによって微細加工技術(リソグラフィ法の
応用)を利用して作製されたものがある〔3, 4〕
。今回は、これまでに微細加工技術の利用によっ
て X 線用に開発された実績のある材料を検索し、設計パラメータ、具体的には「厚さ」にについ
て計測を行った。
- 18 -
JAEA-Review 2008-066
実績がある材料として Ni、Au、Ge、Ta がある。これらについて、波長が 0.7 nm の中性子、お
よび波長が 0.18 nm の熱中性子の集光素子として使用する場合、位相変調型として最大回折効率
を実現するための FZP の厚さは下記の通りである。
Ni
4.8 µm ( λ= 0.7 nm ),
19.0 µm ( λ= 0.18 nm )
Au
9.6 µm ( λ= 0.7 nm ),
37.4 µm ( λ= 0.18 nm )
Ge
12.4 µm ( λ= 0.7 nm ),
48.4 µm ( λ= 0.18 nm )
Ta
10.3 µm ( λ= 0.7 nm ),
40.1 µm ( λ= 0.18 nm )
中性子用の多層膜 FZP はサイズが大きいので、X 線用 FZP の作製で使用される真空蒸着法の利
用は非常に困難であるが、3-1 で述べたように、電気メッキ法により直径が数ミリの FZP の作製
が有望である。中性子透過ゾーンの材料として Al を利用すれば多層膜構造が得られる。そこで、
直径が 100 µm の細線基板を利用する FZP の具体的な設計を行った。中性子の波長を 0.7 nm、焦
点距離を 10 m とした。表 1 に結果を示す。空間分解能は最外線幅の 1.22 倍である。サブ µm の
空間分解能を達成するためには、層数をさらに増やす必要がある。
表 1 中性子用 FZP の設計値
層 数
直 径
最外層幅
(µm)
(µm)
30
922
7.6
100
1676
4.3
200
2368
3.1
500
3741
1.9
1000
5292
1.3
4. まとめ
これまで光学系で集光に寄与しなかった部分の中性子の進行方向を FZP で変化させることで中
性子ビームの利用効率の向上を図るための基礎技術について検討した。また、通常の FZP(リソ
グラフィ法を応用して作製)に適した材料を調べ、パラメータの設計を行った。前者については、
実用レベルに近い厚さに加工する技術を確立した。残された課題は総幅の広いゾーン(多層膜)
を成膜することである。これについては、従来のスパッタリング蒸着法に代わる新規な方法、例
えば電気メッキ法を採用すれば、総膜厚が数ミリの多層膜の作製が可能と考えられる。後者につ
いては材料として Ni、Au、Ge、Ta が実績があることを見いだし、具体的な設計値を示した。ま
た、直径が数ミリと大きいが、電気メッキ法を採用し、かつ、中性子透過ゾーンの材料として Al
を利用すれば多層膜 FZP の作製も可能と考えられる。
- 19 -
JAEA-Review 2008-066
5. 参考文献
〔1〕S.Koizumi et al., J.Appl.Cryst 40 (2007) s474-S479.
〔2〕http://www.kansai.meti.go.jp/2giki/kansai-seeds/seedsfils/nano/nn029_ocu_kanek
〔3〕M.Altissimo et al., Microelectronic Eng. 644 (2004) 73–74.
〔4〕M.Altissimo et al., Nucl. Instr. and Meth. A 586 (2008) 68.
- 20 -
JAEA-Review 2008-066
4.凝縮物質中での同位体遠心分離を実現するためのロータの開発
Development of the Rotor for Centrifugal Separation of Isotopes
in Condensed Matter
末吉正典 1、小野正雄 2、ハオティン 2、岡安悟 2
Masanori Sueyoshi1, Masao Ono2, Ting Hao2, Satoru Okayasu2
1
丸和電機株式会社
Maruwa Electronic Inc.
2
日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター
Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Agency
概要
平成 18 年度、平成 19 年度の 2 年間の研究期間にて、同位体遠心分離を気相ではなく液相や固
相状態で実現するための技術開発の要となる専用ロータの開発を目的とした研究を行った。この
方法は、固体や融体金属等の凝縮物質中での構成原子の沈降現象を基本原理としており、同方法
で同位体濃縮をめざした研究例はなく、達成すれば日本を起源とする新規同位体濃縮技術となる。
平成 18 年度は、多段沈降槽付きロータ形状検討を行い、基本設計を固め、1 段の試料捕獲槽、2
段の沈降槽を有した性能試験用ロータを製作した。同じく、試料供給方法の検討を行い、溶融金
属試料をロータに射出供給する方向性で試料射出ユニットの基本設計を固めた。平成 19 年度は性
能試験用ロータを用いた回転性能評価試験、試料射出供給装置の製作と射出性能評価試験、高速
回転中ロータへの試料射出供給時のロータ回転安定性評価試験、遠心処理後の試料の同位体比測
定等を行った。以上の試験から、高速回転中のロータへの試料供給が可能であること、固相の場
合でも塑性変形流動によりロータ内の試料運搬が可能であること、回収された試料では設計で意
図した通りの同位体比の変動が起こっていることが確認された。以上により、開発したロータを
液相状態や固相状態での同位体遠心分離に利用できることを確認した。
The purpose of this study is to develop the first step prototype rotor for realizing the new isotope
separation technology using centrifugal force in condensed state materials. This method is based on the
theory of sedimentation of atoms in condensed matter. A rotor having 2 grooves for isotope separation and
an automatic melting sample injection unit were developed for testing. It was confirmed that it was able
to keep sample injecting into the rotating rotor in high rotational speed and samples can move in/between 2
grooves by plastic deformation under strong gravitational field even in solid state.
And, isotope ratio
measurements of centrifuged samples were also performed using SIMS and it was confirmed that the
aiming isotope fractionation due to centrifugation occurred.
- 21 -
JAEA-Review 2008-066
1. 研究目的
これまでに提案されている遠心分離技術に、凝縮相(液相や固相)での同位体遠心分離を可能
にした技術はない。しかしながら、強い遠心力場下で起こる 2 つの現象、すなわち、凝縮相中の
構成同位体の沈降現象、および、流動現象(特に固体で行う場合は塑性流動現象)を利用すれば
これを実現できる見通しがある〔1-4〕
。この方法を達成すれば、日本を起源とする同位体濃縮技
術となる。凝縮相では同体積に気相の 3-4 桁も多くの原子が存在している。単純に考えて同位体
遠心分離が凝縮相で可能になれば、これまで気相で行われてきた遠心分離の施設より数桁小さい
規模の施設で同等の濃縮が可能になると考えられる。したがって、設備投資の大幅削減により濃
縮のローコスト化も期待できると考えられる。丸和電機(株)では、近年、日本原子力研究開発
機構との共同研究において超重力場下での物質科学研究を行うための大容量型高温超重力場発生
装置を開発した〔5〕。この装置は、提案する濃縮方法を実現するために必要な基本性能を有した
世界で唯一の超遠心機であり、この装置をベースとした同位体濃縮装置の開発を行うことで、提
案する濃縮方法の将来の実用化が見込まれる。これには、まず最初の取り組みとして、凝縮状態
での同位体遠心分離専用ロータの検討が必要である。
開発すべきロータは、内壁に複数の沈降槽を有した多段沈降槽付ロータである。濃縮したい凝
縮物質(以後、試料)は、ロータ外部から一つ目の沈降槽に供給する。各沈降槽への試料の移動
には、流動現象(特に固相で行う場合は強い遠心力によって引き起こされる塑性流動現象)を利
用する。最終的に、試料は供給した量だけロータ外に排出される。流動により試料が少しずつロ
ータ内の沈降槽を移動している間に、重い同位体は沈降槽に沈降し、軽い同位体はロータ外に排
出される傾向が高くなる。このプロセスを続ける事で、重い同位体をより前の沈降槽に、最も軽
い同位体成分が多くなった試料をロータ外に排出することが可能である。将来的に実用化を目指
す段階となれば複数の遠心機を用いた多段化やカスケード化による濃縮率の向上が必要である。
本研究では、上述のような凝縮相での同位体遠心分離を実現するための技術開発の要となる専
用ロータの開発を行う。開発の成功には主に 2 点の問題の解決が不可欠である。まず、第一に高
速回転中のロータへの試料供給を可能にする必要がある。第二に、固相で濃縮を行う場合にのみ
必要となる要素であるが、各沈降槽への試料の移動には前例のない方法として遠心加速度場下で
生じる塑性流動現象を用いるため、これが問題なく起こる仕様としなくてはならない点である。
以上の 2 点の問題点を解決したロータを開発することが本研究の目的である。
2.
研究内容
本研究では、固体や液体等の凝縮相での同位体遠心分離を実現するための技術開発の要となる
同位体濃縮専用ロータの開発研究を行った。また、高速回転中のロータに試料を供給するための
試料射出供給ユニットの設計・製作も合わせて行なった。
平成 18 年度は、多段沈降槽付きロータの設計および強度計算を行い、1 段の試料捕獲槽、2 段
の沈降槽を有したロータを開発する方針で研究を進めた。これをもとにアルミニウム合金製ロー
タモックアップを作製し、ロータモックアップ及び熊本大学所有の生化学用汎用遠心機
(7,000-10,000 rev.min-1)を用いて墨汁やグリス、粘土を試料に見立てた(塑性)流動試験を行い
試料移動用の切欠の形状や試料の供給方法を検討した。これらの結果をもとにロータの設計変更
- 22 -
JAEA-Review 2008-066
と強度計算を行い基本設計を固め、回転試験や試料供給試験を行なうための 64-Ti 合金製性能試験
用ロータを製作した。試料供給は、溶融状態の金属試料を一定時間ごとに少量ずつ射出供給する
方法に決定し、これを行える試料供給ユニットの設計を行なった〔6〕
。
本年度は、まず、平成 18 年度の黎明研究にて製作した 64-Ti 合金製性能試験用ロータを用いて、
実験対象とするインジウムの融点(156℃)前後の温度条件(実施温度 148℃、170℃)、回転速度
97,000 rev.min-1 の実験を安全に行えるかどうか判断するため、室温での回転性能確認試験および
強度計算を行い、これを評価した。次に、平成 18 年度に検討した設計思想をもとに、高速回転中
のロータに設けられている試料捕獲槽内に溶融状態の試料をほぼ正確に射出供給できる装置を製
作した。上記のロータ及び試料供給装置を用いて、真空チャンバ内にて高速回転中のロータへの
インジウム試料供給試験を行い、射出供給時のロータの異常振動の発生の有無や射出供給を続け
ることによって変化するロータ重量に起因するロータ回転の不安定の発生等の有無を調べた。ま
た、ロータ内の沈降槽内や沈降槽間のインジウム試料流動等について評価した。最後に、遠心処
理後のインジウム試料について SIMS による同位体比の測定を行い、設計で意図した同位体比の
変動誘起の有無を評価した。
3. 研究結果
3.1.
64-Ti 合金製性能試験用ロータ回転性能確認試験
平成 18 年度の黎明研究にて、Al 製モックアップロータを用いて妥当性を評価した設計に基づ
き製作した 64-Ti 合金製性能試験用ロータについて、実験対象とするインジウムの融点(156℃)
前後の温度条件(実施温度 148℃、170℃)、回転速度 97,000 rev.min-1 の実験を安全に行えるかど
うか判断するため、室温での回転性能確認試験および強度計算を行い評価した。
図 1 は 64-Ti 合金製性能試験用ロータの回転試験結果である。64-Ti 合金製性能試験用ロータの
強度解析では、室温の場合、回転速度 147,600 rev.min-1 にてロータが破壊することが予想された。
これを基準として室温での回転性能確認試験を行い、予想破壊回転数の 95.7%となる回転速度
141,000rev.min-1 を達成した。回転後のロータに変形等が無いことを寸法測定と目視により確認し
た。また、高速回転中にター
ビン破壊を誘発するような
140000
回転速度
120000
100000
80000
60000
40000
軸振動
20000
0
0
100
200
300
400
時間[s]
500
600
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
700
図 1 64-Ti 合金製性能試験用ロータの回転試験結果
異常振動等は確認されず、安
定回転が得られることが分
軸振動[μm]
160000
かった。この結果は、強度解
析にて安全率 1.04 以上が得
られる設計であれば、高速回
転によるロータ破壊の可能
性が小さく、安定なロータ回
転が得られることを表して
いるため、安全率に若干の余
裕を持たせ、強度解析にて安
全率 1.2 を確保できる条件で
- 23 -
JAEA-Review 2008-066
あれば安全な実験が行えると判断することとした。室温の場合、安全率 1.2 を満たす回転速度は
。
123,000 rev.min-1 である(表 1)
実験温度 200℃、回転速度 100,000 rev.min-1(40 万 G)、試料はインジウムよりも比重の大きな
鉛の実験条件を想定した強度解析を行ったところ、必要とされる安全率よりも高い安全率 1.4 が
得られることが分かった(表 1)。以上から、実験対象とするインジウムの融点(156℃)前後の
温度条件(実施温度 148℃、170℃)
、回転数 97,000 rev.min-1 の実験をほぼ安全に行えると判断で
きた。
表 1 強度解析結果
試料
使用温度
使用回転速度
最大主応力の安全率
最大遠心
(℃)
(rev.min-1)
(引張り降伏応力(MPa)/主応力(MPa))
加速度
(G)
—
25
123,000
1.225
(1069/873)
610,000
鉛
200
100,000
1.436
(824/573.6)
400,000
3.2. 試料供給装置の製作および溶融状態インジウム試料射出供給試験
平成 18 年度に検討した設計思想をもとに、溶融状態の試料を射出供給する装置を製作した。装
置はメカ部と制御部より構成されている。図 2 は製作した試料供給装置のメカ部の写真である。
ロータと試料供給装置の位置関係は写真のような位置関係にあり、SUS304 製の試料容器内でジュ
ール加熱により融解された試料は、ピストンの上下動により射出口からロータに向けて射出され
る。ピストンの上下動はエアシリンダ駆動(駆動圧力 0.3-0.6MPa)であり、射出間隔や射出回数
は外部の制御装置にて制御される。
ピストン(ノズル)
ピストン(ノズル)
ロータ
背面
射出口
試料容器
背面
エアシリンダ駆動
エアシリンダ
図 2 試料供給装置のメカ部の写真
- 24 -
ヒータ
JAEA-Review 2008-066
まず、実験試料であるインジウムを真空環境(30Pa 程度)にてロータの試料捕獲槽内にほぼ全
量正確に射出供給できるように、射出口径やピストン形状、ピストンストローク等の改良を施し
たのち、射出の安定性、一回の射出量、第 2 沈降槽への移動を起こすために必要な射出回数等を
調べるために、80 発の溶融インジウムの射出試験を行った。図 3 は射出ごとの射出量をプロット
したグラフである。ほぼ毎回正常に射出されることが確認できた。また、1 回の射出量は 0.1-0.2g
程度であり、60-70 発で第 1 沈降槽が飽和状態となる約 6-7g に達することが分かった。射出後し
ばらく射出量が安定しないものの、徐々に安定し、濃縮開始となる第 1 沈降槽が飽和状態となる
60-70 発付近では供給量が 0.08g 程度に安定してくることが分かった。以上により、射出装置が完
成し、真空チャンバ内にて高速回転中のロータへ溶融金属試料の射出供給実験が可能となった。
0.25
40発合計:約4.6g,
0.2
60発合計6.4g,
0.15
80発合計7.9g
第1沈降槽飽和(60-70発)
0.1
徐々に安定
0.05
以降、0.08g/回に安定
0
0
20
40
射出回数(回)
60
80
図 3 溶融インジウム 80 発射出試験
3.3. 高速回転中のロータへの溶融インジウム試料射出供給およびロータ内流動試験
3.3.1. 高速回転中のロータへの溶融インジウム試料射出供給時の高速回転の安定性評価試験
高速回転中のロータに試料の射出供給が可能かどうかを判断するため、真空チャンバ内にて高
速回転中のロータへ溶融インジウム試料を射出供給する試験を行い、試料射出供給時に発生する
ロータの軸振動や回転速度の変化を調べた。
-1
10
9
回転速度
97000
8
軸振動
96500
96000
3:28
7
6
射出信号
3:29
5
3:29
3:30
時刻(h:m)
3:31
3:31
4
3:32
図 4 試料射出供給時のロータ軸振動、回転速度変化
- 25 -
軸振動(μm)
回転速度(rev.min )
97500
JAEA-Review 2008-066
3.3.2. 液相状態でのインジウム試料連続供給および試料流動試験
ロータ内へ溶融インジウム試料を供給し続けることで生じるアンバランスの発生やロータ重量
の増加による異常振動の発生の有無、および、設計で意図した試料流動が起こることを確認する
ための試験を行った。まず、液相状態での同位体遠心分離へのロータ利用を評価するため、実験
条件は回転速度 97,000 rev.min-1、インジウムの融点以上となるロータ温度 170℃とした。
図 5 は、60 発射出時までの高速回転中ロータの軸振動の変化を表したグラフである。試料の供
給に伴いロータ重量は 430g から約 0.1g/発で合計 6g 増加したが、試料供給に伴うアンバランスの
-1
20
100000
98000
15
回転速度
96000
10
軸振動
94000
供給開始
射出信号
92000
90000
0:00
1:07
2:13
3:20
4:27
時刻(h:m)
5
供給終了(60 発)
5:33
6:40
軸振動(μm)
回転速度(rev.min )
発生は無視できること、安定回転を妨げるような異常振動の発生が無いことが確認できた。
0
7:47
図 5 溶融インジウム試料 60 発射出供給中の高速回転中ロータの軸振動の変化
溶融インジウム試料 60 発供給後、一旦温度を下げてロータ内の試料を固化した後回転停止し、
試料捕獲槽から第 1 沈降槽への試料の移動を目視にて確認したところ、実験後には写真のように
第 1 沈降槽が試料で満たされており、液相状態の遠心処理にて、設計で意図した遠心力によるロ
ータ内の試料捕獲槽-第 1 沈降槽間の試料の移動が確認できた。再度上記実験条件の回転速度と
ロータ温度にて、溶融インジウムを平均約 0.1g/2min にて 80 発追加射出供給したが、合計 140 発
の試料供給による約 14g のロータ総重量増加によるアンバランスの発生は無視でき、異常振動等
の発生は無いことが確認できた。また、設計で意図した通り、第 1 沈降槽-第 2 沈降槽間の切欠
から第 2 沈降槽への試料移動が起きたことを目視にて確認した。
3.3.3. 固相状態でのインジウム試料連続供給試験および試料流動試験
続いて、固相状態での同位体遠心分離へのロータ利用を評価するため、ロータ内へ供給したイ
ンジウム試料が強い遠心力による塑性変形にてロータ内を移動するかどうか、塑性変形流動時の
アンバランスの発生が無いかの 2 点を確認するための試験を行った。実験条件は 148℃、37 万 G、
約 2 日、試料射出間隔は前半 70 発は第 1 沈降槽を満たす目的で、0.1g/5min、後半の 50 発は濃縮
目的で約 0.1g/45min、総射出数は 120 発とした。図 6 の写真は、実験後のロータ内の試料の様子
である。第 2 沈降槽に試料が到達しており、遠心力による顕著な塑性変形によって、第 1 沈降槽
から第 2 沈降槽への試料の移動が問題なく生じたことが確認できた。また、図 7 は試料の射出供
給に伴うロータの軸振動の変化を表しているが、ロータに試料供給を続けた場合の軸振動の上昇
- 26 -
JAEA-Review 2008-066
は 2-3μm 程度であり、ロータへの試料供給やロータ内での試料の塑性流動によって生じるアンバ
ランスは小さく安定回転への影響を無視できることが分かった。
第2沈降槽
第1沈降槽
切欠
図 6 第 1 沈降槽と第 2 沈降槽内に溜まっているインジウム試料の様子(切欠付近)
20
98000
回転速度
96000
供給開始
供給終了(120 発)
軸振動
94000
(/5min)
92000
15
5
(/45min)
射出信号
90000
0
10
21
10
軸振動(μm)
-1
回転速度(rev. min )
100000
0
31
時間(h)
42
52
62
図 7 溶融インジウム試料 120 発射出供給中の高速回転中ロータの軸振動の変化
3.4. 遠心処理後のインジウム試料の同位体比の変動の確認(SIMS による同位体比測定)
液相状態および固相状態それぞれについて、高速回転中ロータ内にて設計で意図した通りのイ
ンジウム試料の流動が確認されたことにより、原理的には同位体濃縮に利用できると考えられる
と判断できたが、実際に同位体比の変動が起こることを確認するために、遠心処理後のインジウ
ム試料について、SIMS による同位体比の測定を行い評価した。
測定試料はロータ内で軽い核種が最も多くなると考えられる第 2 沈降槽上側、最も少なくなる
と考えられる第 1 沈降槽切欠周辺の底より回収した。図 8 は、出発状態および液相、固相それぞ
れの場合での遠心処理後の 113In と 115In の同位体比を測定点に対してプロットしたものである。図
8-a)の液相での遠心処理後のインジウム試料の場合、第 2 沈降槽上澄みでは、同位体比が出発状態
より約 0.5%増加し、第 1 沈降槽切欠周辺の底では、出発状態より約 0.3%減少していることが分か
った。図 8-b)の固相での遠心処理後のインジウム試料の場合でも同じく第 2 沈降槽上澄みでは軽
い同位体成分が 0.5%程度増加し、
第 1 沈降槽切欠周辺の底では 0.3%減少していることが分かった。
- 27 -
JAEA-Review 2008-066
以上、回収試料についての SIMS による同位体比測定から、液相での遠心処理後の試料および固
相での遠心処理後の試料の両者で、設計で意図した通りの同位体比の変動が起きていることがわ
かり、開発したロータを液相状態や固相状態での同位体遠心分離に利用できることが確認できた。
a)
0.0457
0.0455
第2沈降槽上澄み約0.5%増加
0.0453
0.0451
出発状態
0.0449
0.0447
第1沈降槽切欠底約0.3%減少
0.0445
0
b)
5
10
15
20
測定点
測定点
25
30
0.0457
第2沈降槽上澄み約0.5%増加
0.0455
0.0453
出発状態
0.0451
0.0449
0.0447
第1沈降槽切欠底約0.3%減少
0.0445
0
5
10
15
20
25
30
測定点
測定点
図 8 遠心処理後の 113In と 115In の同位体比分布、a)液相、b)固相(SIMS 測定)
4. まとめ
本年度は、まず、平成 18 年度の黎明研究にて製作した 64-Ti 合金製性能試験用ロータについて
回転性能確認試験および強度解析を行い、実験対象とするインジウムの融点(156℃)前後の温度
条件(実施温度 148℃、170℃)
、回転数 97,000 rev.min-1 の実験を安全に行えると判断した。次に、
平成 18 年度に検討した設計思想をもとに、高速回転中のロータ内に溶融状態の試料を確実に射出
供給できる装置を製作した。上記のロータ及び試料供給装置を用いて、真空チャンバ内にて高速
回転中のロータへのインジウム試料供給試験を行い、射出供給時のロータの異常振動の発生が無
いことと、射出供給を続けることによって変化するロータ重量に起因するロータ回転の不安定の
発生等が無いことを確認した。また、ロータへの試料供給を続けることで、設計で意図したとお
りに、試料捕獲槽から第 1 沈降槽内への試料移動、第 1 沈降槽から第 2 沈降槽への試料の移動が
- 28 -
JAEA-Review 2008-066
起こることが液相の場合でも固相の場合でも確認できた。最後に、回収試料についての SIMS に
よる同位体比測定から、液相での遠心処理後の試料および固相での遠心処理後の試料の両者で設
計で意図した同位体比の変動が起きていることが確認できた。以上により、液相状態や固相状態
での同位体遠心分離を実現するためのロータの開発に成功した。
謝辞
同位体の沈降に関する実験試料の選定や実験条件等に関する助言を頂いた真下茂 准教授(熊本
大学)に感謝を述べたい。SIMS による質量分析に関して、ご助力いただいた江坂文孝氏(原子力
機構 原子力基礎工学研究部門 環境・原子力微量分析研究グループ)に感謝を述べたい。
5. 参考文献
〔1〕T. Mashimo, “Self-consistent approach to the diffusion induced by a centrifugal field in condensed
matter: Sedimentation”; Phys. Rev. A 38 (8) (1988) 4149-4154.
〔2〕T. Mashimo, “Sedimentation of atoms in condensed matter: theory”, Phil.Mag.A,70 (5) (1994)
739-760.
〔3〕T. Mashimo, M. Ono, X. Huang, Y. Iguchi, S. Okayasu, K. Kobayashi, E. Nakamura; “Sedimentation
of isotope atoms in monoatomic liquid Se”, Appl. Phys. Lett. 91 (2007) 231917.
〔4〕T. Mashimo, M. Ono, X. Huang, Y. Iguchi, S. Okayasu, K. Kobayashi and E. Nakamura; “Gravityinduced diffusion of isotope atoms in monoatomic solid Se”, Europhysics Letters, 81 (2008) 56002.
〔5〕T. Mashimo, X. S. Huang, T. Osakabe, M, Ono, M. Nishihara, H. Ihara, M. Sueyoshi, K. Shibasaki, S.
Shibasaki and N. Mori; “Advanced high-temperature ultracentrifuge apparatus for mega-gravity
materials science”, Rev. Sci. Ins., Vol. 74, No. 1 (2003) 160-163.
〔6〕JAEA-Review 2007-049, H18 年度黎明研究報告集, p7-12 (2007)
- 29 -
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JAEA-Review 2008-066
5.非平衡型複数 α 線放出 in vivo ジェネレーター:
227
Th-EDTMP を用いた転移性骨腫瘍治療法の開発
Development of the Method for Treatment for Bone Metastasis by Using
Disequilibrium-type Alpha Particle Emitting in Vivo Generator: 227Th-EDTMP
鷲山幸信 1、小川数馬 2、天野良平 1、絹谷清剛 1
Kohshin Washiyama1, Kazuma Ogawa2, Ryohei Amano1, Seigo Kinuya1
1
金沢大学大学院医学系研究科
Graduate school of Medical Science, Kanazawa University
2
金沢大学学際科学実験センター
Advanced Science Research Center, Kanazawa University
概要
α 線放出薬剤
227
Th-EDTMP による転移性骨腫瘍の治療効果を評価するために、1) 骨転移モデル
ラットを作製し、擬似的に作成した骨転移がどのようにして形成されるかを経時的に観察し、2) α
線による疼痛緩和および抗腫瘍効果について検討した。雌性 Sprague-Dawley(SD)ラットの左足膝
関節から足方 1cm 遠方の部位に同系乳癌細胞 MRMT-1(3×103 個/3μl)を移植した骨転移モデルラ
ット作製し、骨転移形成の形態画像及び機能画像による経時的評価の検討をした。作製 2 週間後
には全てのラットにおいて骨転移形成していることが分かった。次にモデルラット作製 2 週間後
に 227Th-EDTMP を尾静脈投与し von Frey filament test 及び腫瘍体積測定による治療効果、体重測定
及び血球数測定による骨髄毒性を検討した。また比較対象として RI 非投与群を作製した。その結
果投与 227Th-EDTMP の放射能強度では、骨髄毒性は表れなかった。しかし治療効果があったと判
定するのは困難であった。
To evaluate the efficacy of an alpha emitting radiopharmaceutical, 227Th-EDTMP for treatment of bone
metastasis, 1) the process of bone metastasis on rats were monitored by radiography and gamma
scintigraphy, and 2)
227
Th-EDTMP were administered to bone metastasis model rats and assessed its
palliation effect by von Frey filament test and measured tumor size. Two weeks after tumor cell inoculation,
rats showed osteolytic change on cell inoculated site and bone lesion was detected by scintigraphy. In the
therapy study, the rats showed no toxic effect by
227
Th-EDTMP. However, the tumor volume size was
increased with time and the bone pain palliation was comparable to control groups. Further experiment was
necessary.
- 31 -
JAEA-Review 2008-066
1. 研究目的
死亡率の高い癌には肺がん、乳がん、前立腺がん、甲状腺癌などがあ
227
げられる。このような癌は骨転移のリスクが高く、腫瘍の成長につれて
骨転移し疼痛が発生して死に至るものが多い。骨転移に対する治療には、
疼痛の軽減を目的として行うことが多い放射線治療や、骨転移に伴う骨
関連事象の発現を抑制できるものとしてのビスホスホネート製剤、さら
α
223
Ra
瘍縮退を目指した線量の投与は骨髄毒性を発生するために制限されて
いる。そこで飛程の短い α 線を用いた治療が考えられている。α 線放出
核種の中でも 223Ra は連続的に壊変し、その過程で複数の α 線を放出す
るため、転移性骨腫瘍の治療に有用と考えられ、欧州における第Ⅱ相臨
核種
半減期
11.435 d
放射線の
種類
α
219
Rn
3.96 s
89
に最近保険適用となった β 線放出放射性医薬品 89Sr などがある。
Sr は、
高線量の β 線による疼痛緩和治療であるが、β 線の飛程が長いため、腫
Th
18.72 d
α
215
211
Po
1.781 ms
α
211
β
211
β
-
Bi
-
Po
0.516 s
0.28%
α
2.14 m
99.72%
Pb
α
36.1 m
207
β
-
207
Pb
安定
Tl
4.77 m
図 1 アクチニウム系列核種
床試験でも良好な治療効果を得ている。我々は 223Ra の親核種であり α 線放出核種として 227Th に
着目した(図 1)。昨年度までの研究では 227Th 標識骨集積性キレーである 227Th -EDTMP を用いた
治療効果に関する基礎データを習得してきた。本研究ではさらに、α 線放出薬剤 227Th-EDTMP に
よる転移性骨腫瘍の治療効果を評価するために、1) 骨転移モデルラットを作製し、擬似的に作成
した骨転移がどのようにして形成されるかを経時的に観察し、2) α 線による疼痛緩和および抗腫
瘍効果を検討した。
2.
研究内容
2.1. 骨転移形成の形態画像および機能画像による経時的評価
2.1.1. 骨転移モデルラット作製
8.5 週齢の Sprague-Dawley(SD)ラット(雌)(日本 SLC)5 匹を用いた。腹腔麻酔した後、脛骨
が見えるよう切り口を入れ、左足膝関節から足方 1cm 遠方の部位に針で骨髄腔にまで達する穴を
あけ同系乳癌細胞 MRMT-1(3×103 個/3µl)を移植した。蜜蝋を用い骨の穴を埋め、傷を縫合した。
一方、右足脛骨にも対応する部位に穴をあけ、擬似的処置として PBS(-)3µl を注入した。
2.1.2. 骨転移部位における経時的変化の観察
99m
Tc-HMDP(18.5MBq/0.5ml)
骨転移モデルラット作製後 2,5,7,9,12,14,16,19,21,23,26 日の時点で、
を尾静脈投与し、投与 3 時間後に軟 X 線発生装置(SOFTEX M-60)および CdTe ガンマカメラ
(ACRORAD MGC1500 301-J)を用いて形態画像および機能画像を撮影した。なお X 線での撮影
条件は 26kV、20mAs、高さ 50cm とした。
2.2.
227
Th-EDTMP を用いた転移性骨腫瘍治療の検証
2.2.1 骨転移モデルラット作製
7 週齢の SD ラット(雌)15 匹を用い前述の方法で骨転移モデルラットを作製した。同系乳癌
細胞移植後 2 週間後に 99mTc-HMDP を用いた骨シンチグラフィ X 線撮影により骨転移の状態を評
価した。
- 32 -
JAEA-Review 2008-066
2.2.2. 治療効果と骨髄毒性
モデルラット 15 匹のうち 10 匹に対し 227Th-EDTMP(50kBq/0.5ml)を尾静脈投与した。残り 5
匹は生理食塩水を投与(RI 非投与)群とした。
疼痛緩和を評価するために、 227Th-EDTMP 投与後 2,5,7,9,12,14,16,19,21,23,26 日の時点で、
Dynamic Plantar Aesthesiometer 37450(Ugo basile, Italy)を用いた von Frey filament test、腫瘍体積測
定、体重測定、動物用多項目自動血球計数装置 KX-21NV (Sysmex, Japan)を用いた血球数測定を行
った。von Frey filament test とは、通常では痛みを引き起こさない刺激によって生じる痛み(アロ
ディニア)を機械的に測定する方法である。左右 3 回ずつ足裏を刺激し、測定値として出た値の
左右足比(右足/左足)を算出した。この値により疼痛評価の指標とした。腫瘍の大きさはノギス
を用いて計測し、体積(Volume)は V=(長軸×(短軸)2)/2 として算出した。血球数は血液を尾
静脈から 30µl 採取し自動血球計測装置により赤血球、白血球、血小板の数を測定した。体重測定
及び血球数計測は、放射性薬剤の副作用の指標として評価した。
3. 研究結果
3.1. 骨転移形成の形態画像および機能画像による経時的評価
図 2 のガンマカメラの写真では、乳癌細胞を投与した 7 日後には一部のラットにおいて共に左脛
骨上部分(腫瘍部分)の集積が高くなっていた。癌細胞は増殖する過程で様々な細胞増殖因子や
活性因子を放出する。これらが骨代謝を活性させるため 99mTc-HMDP が腫瘍の増殖する付近の骨
に集積すると考えられる。したがってモデルラット作製 2 週間後には全てのラットにおいて確実
に左脛骨上部分の集積が高く骨転移形成していることがわかった。
R
L
図 2 左から 7 日、14 日、21 日のガンマカメラ写真
図 3 の軟 X 線写真をみると、時間経過と共に左脛骨上部の骨の密度が薄くなっていた。この結
果から全てのラットにおいて作製後 2 週間で骨転移形成していることが分かった。
R
L
図 3 左から 7 日、14 日、21 日の軟 X 線写真
3.2.
227
Th-EDTMP を用いた転移性骨腫瘍治療の検証
体重は 227Th-EDTMP 投与群、非投与群に関係なく全てのラットにおいて時間経過と共に増加し
- 33 -
JAEA-Review 2008-066
260
227
ていった
(図 4)
。
血球数の計測結果を図 5 に示す。
Th-EDTMP
240
投与群において赤血球数は徐々に減少し、白血球と血小板数
[g]
220
は、治療後 2 週間は減少する傾向があった。赤血球、白血球、
200
血小板数ともに 227Th 投与後一時的に減少したが、この減少は
180
160
0
重篤なものではなく、その後時間と共に回復した。以上のこ
とから今回投与した
227Th-EDTMP
の放射能強度では、骨髄
(― 投与群
250
RBC
400
150
100
200
50
0
0
7
14
Th投与後 [日]
21
28
21
28
非投与群)
PLT
150
[×1000/lμ]
600
180
WBC
200
[100/μl]
120
90
60
30
0
0
7
14
Th投与後 [日]
21
図 5 血球測定結果(― 投与群
28
0
7
14
Th投与後 [日]
21
28
非投与群)
von Frey filament test の結果を図 6 に示す。疼痛の指標としてい
6
5
る反応値の比は癌による痛みが大きいほど大きな値をとる。非投
与群では時間経過と共に値は大きく、 Th-EDTMP 投与群では時
4
3
[N]
227
2
間経過と共に痛みがなくなり左右比に差がないグラフになること
1
227
が理想だが、 Th-EDTMP 投与群では値が 1 より大きく、また時
間経過と共に一定となった。これは、少なからず左足に痛みがあ
ることを示している。また非投与群では値の変動が大きく理想と
は異なる結果となった。行動を観察したところ 227Th-EDTMP 投与
群と非投与群に関係なく時間経過と共に座る時は足をしっぽの上
0
0
7
図6
とが認められた。
15000
ても腫瘍体積が増加した。増加の仕方には 2 種類の傾向がみられ
非投与群)
10000
5000
0
0
7
14
Th投与後 [日]
た。1 つは非投与群と同様に腫瘍体積が増え、もう 1 つは体積の
図 7 腫瘍体積の結果
増加が遅いパターンになった。
(― 投与群
この原因を検討するために
227
した。骨転移形成確認の為の
99m
28
25000
20000
的に増加したが、227Th-EDTMP 投与群のほぼ全てのラットにおい
21
von Frey filament test
(― 投与群
におき、また歩く時は足を引きずって歩いているラットもいるこ
腫瘍体積の経時的変化を図 7 に示す。非投与群での腫瘍は経時
14
Th投与後 [日]
[mm3]
[×1000/l]
800
0
14
Th投与後 [日]
図 4 体重測定
毒性は表れなかった。
1000
7
21
非投与群)
Th-EDTMP 投与する直前の 15 匹における腫瘍の形成状態に着目
Tc-HMDP 投与後のガンマカメラ写真および軟 X 線写真では、15
匹全てのラットにおいて脛骨部分に腫瘍がみられた(図 8)。しかし非投与群と比較した時、非投
与群と同様に脛骨部分の骨密度が薄いラット群(投与群-A)と骨密度がそれらに比べて濃いラ
ット群(投与群-B)にわかれた。
- 34 -
28
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非投与群
図8
投与群-A
投与群-B
227
Th-EDTMP 投与時の写真(左:ガンマカメラ 右:軟 X 線写真)
本実験で得られた結果は投与群-A と非投与群では、時間経過に対する腫瘍体積の増加に差は
みられなかった。しかしそれらに比べて投与群-B では、時間経過に対して腫瘍体積は変化しな
かった。よって 227Th-EDTMP 投与時の腫瘍状態が異なったことが、腫瘍体積の増加で 2 つに分か
れた原因と考えられる。我々はラットが感ずる痛みの情報を行動及び実験機器から得ることが出
来る。しかし行動で判断するのは非常に困難であり、また von Frey filament test から痛みを読み取
ることは出来たが、その時のラット状態により痛みも異なるため今回実験した際の機器の使用方
法をさらに詳しく検討する必要がある。
4.
まとめ
本実験では 227Th-EDTMP による治療効果が得られたと判定するのは困難であった。その問題と
して第一に骨転移腫瘍の状態が異なったため、初期条件が同じではなかったこと、第二には行動
試験の方法に問題があったのではないかと考えられる。今後治療効果を得るためには、行動試験
の方法をもう一度検討し直すこと、RI 投与時の骨転移の状態についてさらに詳しく検討する必要
がある。
5.
参考文献
〔1〕G. R. Mundy, Metastasis to bone: causes, consequences and therapeutic opportunities. Nat. Rev.
Cancer 2 (2002) 584-593.
〔2〕S. L. Nilsson, et al., Bone-targeted radium-223 in symptomatic, hormone-refractory prostate
cancer: a randomised, multicentre, placebo-controlled phase II study. Lancet Oncol. 8(7)
(2007) 587-94.
〔3〕K. Washiyama, R. Amano, J. Sasaki, S. Kinuya, N. Tonami, S. Shiokawa, T. Mitsugashira,
227
Th-EDTMP: a potential therapeutic agent for bone metastasis. Nucl. Med. Biol. 31 (2004)
901-8.
〔4〕K. Ogawa, T. Mukai, D. Asano, H. Kawashima, S. Kinuya, K. Shiba, K. Hashimoto, H. Mori, H. Saji,
Therapeutic effects of a
186
Re-complex-conjugated bisphosphonate for the palliation of
metastatic bone pain in an animal model. J. Nucl. Med. 48 (2007) 122-7.
〔5〕S. J. Medhurst, K. Walker, M. Bowes, B. L. Kidd, M. Glatt, M. Muller, M. Hattenberger, J. Vaxelaire,
T. O'Reilly, G. Wotherspoon, J. Winter, J. Green, L. Urban. A rat model of bone cancer pain. Pain 96
(2002) 129-40.
- 35 -
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6.AC バイアス型高圧電源により駆動する
新しい電子雪崩増幅原理の研究
Study for a New Avalanche Counter in an AC Bias Mode
藤田薫
Kaoru Fujita
東京大学大学院工学系研究科
Graduate School of Engineering, University of Tokyo
概要
本研究では通常定電圧にて駆動されるマイクロストリップガスチェンバー(MSGC)を交流電
圧で駆動することで電子雪崩を制御し、発生する電荷量を増大させ、より大きな信号を得るため
の基礎研究を行った。まず、交流バイアス下でも MSGC の電極付近での電子雪崩を確認できるよ
うに、透明な電極材料を用いてガラス基板上にパターニングした MSGC を製作し、裏面からガス
シンチレーション光の捕捉を行えるシステムを構築した。また、一方で交流電圧の駆動系を製作
したが想定した性能がでず、電子雪崩の制御には至らなかった。
A preliminary study on a gas chamber in an AC bias mode was made. Gas scintillation was employed
to observe avalanche phenomena and a new transparent microstrip gas chamber (MSGC) was developed. A
MSGC with ITO(Indium Tin Oxide) electrodes and non-alkali glass substrate was fabricated and tested
successfully.
1. 研究目的
本研究では、AC バイアス電源により駆動することで従来の比例計数管の原理とは全く異なる動
電場を用いた比例計数管を実現し、電子を増幅領域に長くとどめることにより、これまで検出器
構造などから制約の課せられていたガス増幅度を飛躍的に高め、比例計数管の新しい可能性を開
くことを目的とするものである。
比例計数管は入射放射線により気体を電離させ、生じた電子が高い電場中で陽極に向かって収
集される過程で二次的に気体分子を電離して、なだれ的に増幅を起こす、電子雪崩増幅(アバラ
ンシェ)の原理に基づき、一次電荷を数十倍から数万倍程度まで増幅させることのできる検出器
である。イメージングにおける位置分解能を高くするには、電子雪崩による増幅度は大きいほう
が好ましい。原理的には電圧を上げて増幅度を上昇させていけば、ガイガーモードにまで到達す
るはずであるが、通常は、検出器システムのサイズや検出器構造の耐電圧制約などにより増幅度
は制限を受けており、103 程度に制約されている。本研究では、この点に原理的なアプローチから
一歩踏み込んで、新しい比例計数管の動作原理を持ち込むことで、解決を図ろうとするものであ
る。
- 37 -
JAEA-Review 2008-066
具体的には、外部印加電圧を最新の電子回路技術を用いて高速スイッチングし、動電場を形成
することで電子の流れの方向を逆転制御してやることで、電子雪崩を生じることのできるガス中
に長時間維持し任意の増幅度の実現を目指すことを目的とし、本研究ではその基盤となる技術の
確立を目指した。
2. 研究内容
マイクロストリップガス比例計数管(MicroStrip Gas
Chamber, MSGC)〔1〕は絶縁体の基板上に導電性電極
のパターニングを施したものである(図 1)。カソード
線と 10μm 程度の幅のアノード線とを交互に配置し、
その間に高電圧を印加することで比例計数管として動
作させる。
当初はマルチグリッド型マイクロストリップ比例計
数管(M-MSGC)にて収集される電荷量の増大を観察す
ることで原理の検証を行うことを想定していたが、検
討の結果、AC バイアス下で電荷量を定量的に評価す
るのが困難であると予測された。そのため、電子雪崩
が起きたときに一部のエネルギーが光となるガスシン
図 1 MSGC パターンの例
チレーションを利用し、光量の多寡を観察することで電子雪崩の増大を定量的に評価するという
方針に変更した。また、通常の放射線検出に利用する高性能な高電圧源にてベースラインを、そ
の上に AC バイアスを重畳させるとしていたが、高電圧源の安定化回路と競合し損傷を与えるこ
とを懸念して新たに電源装置の製作を行うこととした。
3. 研究結果
上記のことを踏まえ、2 通りのアプローチを行った。まず、M-MSGC を用いて光量を観察する
という方法を試みることとした。その場合、通常の M-MSGC ではガスシンチレーション光が基
板表面で発生するが、グリッド電極などに遮蔽されて基板の裏から読み出すことが困難である。
また、基板の上方に光検出器を置いてしまうと放射線の入射を妨害してしまい、横におくと奥行
き方向の深度によって光量が変化して
しまう。そのため、M-MSGC の電極を
透明な材料にすることで、裏側から光
を読み出せるような手法を試みた。つ
まり、透明な導電性材料である ITO(酸
化インジウム錫)を用いて電極を構成
した M-MSGC の製作を行った。無アル
カリガラス上に ITO 薄膜を形成し、フ
ォトリソグラフィー技術を用いて電極
図2
パターンを描画した M-MSGC を製作
び Cr 電極による同様のパターンの MSGC(右)
試作した透明電極 MSGC(左の枠内)およ
- 38 -
JAEA-Review 2008-066
した。製作した M-MSGC の写真および電極パターンの転写元である通常の M-MSGC の写真を図
2 に示す。
次に製作した M-MSGC 基板の動作試験を行った。
実験体系を図 3 に示す。M-MSGC 基板からの信号電
荷は電荷有感型前置増幅器(プリアンプ)で電圧信号
に変換した。その信号を直接オシロスコープで観察し
ながら、一方で波形整形増幅器、A/D 変換器を通して
マルチパラメータアナライザーにてパルスハイトス
ペクトルを取得した。また、M-MSGC の電極面の裏
図 3 測定系概要
側に光電子増倍管(PMT)を設置し、ガスシンチレーシ
ョン光の計測を行えるようにした。その際、M-MSGC
封入容器は可視光に対して透明なアクリルで製作し、
容器外に設置した PMT で計測を行った。
パルスハイト測定時には Ar(70%) + CH4(30%) の混
合ガスを、シンチレーション光測定時には発光量の多
い CF4 を計数ガスとして用い、大気圧、常温環境下で
実験を行った。5.9keV の Fe-55 線源を用いて試験を行
い、電子増幅率 2000 での動作を確認した。取得され
たパルスハイトスペクトルを図 4 に示す。5.9keV のピ
図 4
ークとアルゴンのエスケープピークが確認できてお
Fe-55 線源のパルスハイトスペクトル
ITO-MSGC を用いて取得した
り、比例計数管として正常に動作させることができた。
次に PMT と電荷信号の同時計測を試みた。PMT お
よびプリアンプを通した信号をオシロスコープで取
得した結果を図 5 に示す。これらの信号は確かに同時
に発生しており、電子雪崩によって十分に測定可能な
量のシンチレーション光が発生していることが確認
できた。さらにシンチレーション光を測定時の信号の
立ち上がり時間は 100ns 程度と高速であることが確
認できた。即ち、光信号を読み出すことで従来の
MSGC に比べ高計数率で放射線をカウントできる可
図 5
能性が示された。
(白線)およびプリアンプ出力(灰色)
放射線入射時の光電子増倍管
第 2 のアプローチとして、平行平板型の比例計数管
を作成し、電子のドリフト速度を制御しながら増幅を
行うという手法の検討を行った。本研究では片方の板
に替えてメッシュを用い、光を検出できるようにした。
概要および写真を図 6 に、電圧供給用の回路図を図 7
に示す。使用する計数ガスを変えることで電子のドリ
フト速度を 2 桁程度かえることができるため〔2〕、
- 39 -
図 6 平行平板型比例計数管の概要図
(左)およびその写真(右)
JAEA-Review 2008-066
1MHz の周期で交流電圧を印可しながら、数種類の気
体にて試してみたが電子雪崩の増幅の観察には至らな
かった。この原因として印加電圧の不足が考えられる。
電圧供給は自作の回路によって行い、ファンクション
ジェネレータからのサイン波を高速オペアンプを通し、
パワートランジスタにて電流を増幅した後、JPC 社に
特注して製作したパルストランスを用いて数百ボルト
の交流電圧源とした。しかしながら、使用したパルス
トランスが要求仕様を満たしていなかった模様であり、
AC 電圧源としてうまく動作させられなかった。電子雪
図 7 製作した高電圧 AC バイアス供
給回路図
崩の増幅に関しては目的を達することができなかったが、さらに高い電圧で試みる、使用するガ
スの割合等を調整することで電子のドリフト速度をさらに最適なものにするなどという改善に
よって達成できる可能性はあると思われる。
4. まとめ
交流バイアス下での電子雪崩の信号を取得するための MSGC の開発を行う課程で、透明電極に
よる MSGC 基板の製作を行った。その結果、比例計数管としての動作を確認できた。このような
MSGC の製作、動作確認は他に報告が無く、世界でも初めてである。光信号を読み出すことで、
100nsec 程度の高速な信号が得られることが確認でき、より高計数率の MSGC の実現可能性が示
された。本研究で開発された技術は、より高輝度な線源の開発が進められている J-PARC などの
中性子散乱実験用検出器などへの応用等の発展性があると考えられる。
5. 参考文献
〔1〕A. Oed, Nucl. Instr. and Meth. A 263 (1988) 351.
〔2〕J. L. Pack, R. E. Voshall and A. V. Phelps, Physical Review 127 (2006) 2084 他
- 40 -
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7.放射線適応応答へのプロテインキナーゼ C の関与の分子的解析
Molecular Analysis of the Involvement of Protein Kinase C
in Radioadaptive Response
立花 章
Akira Tachibana
茨城大学理学部
Faculty of Science, Ibaraki University
概要
低線量放射線を予め照射した細胞に見られる放射線適応応答には、プロテインキナーゼ C
(PKC)が関与することが示唆されてきた。また、我々はこれまでに、低線量放射線照射時に PKCα
が活性化されることを示す結果を得ているが、PKCα が放射線適応応答の誘導に関与することを
直接示す結果はこれまでに得られていない。今回、我々はマウス線維芽細胞株 m5S に対して PKCα
の RNAi を行って、PKCα の発現を低下させた。この細胞を低濃度の過酸化水素で前処理した後、
高線量 X 線を照射して、微小核の形成を指標にして放射線適応応答の検討を行った。その結果、
RNAi を行った細胞では、低濃度過酸化水素による前処理を行っても、微小核形成頻度が変化せず、
放射線適応応答が見られなかった。このことは、PKCα が放射線適応応答の誘導に関与している
ことを示すものである。
Radioadaptive response is a biological defense mechanism that is induced by low-dose ionizing
irradiation for cellular resistance to the genotoxic effects of subsequent irradiation. We have suggested that
the radioadaptive response is mediated through the pathways involving protein kinase C (PKC) alpha and
p38 mitogen-activated protein kinase. However, the molecular role of PKC is still largely elusive. Here, we
examined the involvement of PKCα in radioadaptive response by the use of RNAi. We introduced three
kinds of siRNA into m5S cells, each of which targets different site of the mouse PKC α gene, Prkca. Two of
three siRNAs greatly reduced the amount of Prkca mRNA, indicating that RNAi is effective for
suppressing the expression of the Prkca gene. We examined the radioadaptive response in the m5S cells in
which the Prkca mRNA was suppressed. Cells were pre-treated with low concentration of hydrogen
peroxide followed by irradiation with 5 Gy X-rays, and analyzed the induction of MN. The radioadaptive
response was suppressed in the cells with low amount of the Prkca mRNA. These results indicate that PKC
alpha is one of the critical factors of the signal transduction pathway in the radioadaptive response.
1. 研究目的
細胞に低線量の放射線を照射すると、その後の高線量照射に対して抵抗性となる現象がヒトリ
- 41 -
JAEA-Review 2008-066
ンパ球で発見され、放射線適応応答と呼ばれている〔1〕
。研究代表者は、マウス胎児由来 2 倍体
細胞株 m5S を用いて、放射線適応応答誘導の初期過程について検討を行ない、低線量照射によっ
てプロテインカイネース C(PKC)および p38 MAP カイネース(MAPK)が活性化されることを
明らかにし、しかもこれらの間の相互作用によって、長時間にわたる適応応答誘導が生じること
を示唆してきた〔2〕。従って、放射線適応応答では、これらカイネースが関与する細胞内情報伝
達系が相互作用をしつつ、低線量放射線刺激の受容とその後の情報伝達に重要な役割を果たして
いるものと考えられている。
低線量放射線照射時に PKC や p38 MAPK が活性化することは、放射線適応応答誘導にこれらの
細胞内情報伝達系が何らかの関与をしていることを示唆してはいるが、直接的に証明するもので
はない。また、PKC と p38 MAPK のいずれにも多数のサブタイプが存在するが、その中のどの分
子種が放射線適応応答の 誘導に関与しているのかも明らかでない。
この点を明らかにするためには、特定の遺伝子の発現を抑制することができる RNA 干渉
(RNAi)法を用いて、問題とするカイネースの遺伝子発現を低下させた細胞を作り、その細胞で
の放射線適応応答を解析することが有効な方法である。本研究では、まず PKC のサブタイプの一
つである α サブタイプ(PKCα)に着目し、RNAi を用いてこの酵素の発現を低下させた細胞での
放射線適応応答を解析して、PKCα が適応応答誘導に関与しているかを明らかにすることを目指
す。
放射線適応応答の研究は、適応応答の結果としての染色体異常や DNA 修復能に関する研究が殆
どであり、細胞内情報伝達に関する研究は国内外を通じて殆ど行われていない。その点で本研究
はきわめてユニークである。本研究によって、細胞がどのようにして極微量の放射線を感知し、
その情報を処理するかという極めて重要な問題を解明する手がかりが得られることが期待される。
2. 研究内容
本研究では、我々がこれまでに放射線適応応答の解析に用いてきたマウス胎児由来線維芽細胞
株 m5S を用いて実験を行う。
m5S 細胞では PKCα が効率に発現していることを既に確認している。
この細胞に LipofectAmine RNAiMAX(インビトロジェン社)を用いて二本鎖 RNA を導入した。
目的遺伝子に対する siRNA は、インビトロジェン社の stealth RNA を用い、既に RNAi 効果が確認
されている siRNA の 3 種類が組み合わされたセットを用い、3 種類の中で RNAi 効果の高いもの
を検討した。RNAi 効果を確認するために、siRNA を導入した細胞から全 RNA を抽出し、目的遺
伝子に対する primer を用いた RT-PCR を行なって、遺伝子発現の程度を検討した。
siRNA を導入後、細胞を培養して、接触阻止がかかるまで増殖させ、さらに少なくとも 3 日間
そのまま培養することによって、殆ど全ての細胞が細胞周期の G1 期にある状態にする。
この細胞に 1μM H2O2 を加え、5 時間培養することによって、適応応答の誘導を行なう。ここに、
5 Gy X 線を照射後、細胞をスライドグラスに播種し、3 時間培養した。小核試験のため、サイト
カラシン B を加え、68 時間培養後、細胞を固定し、細胞核を染色する。顕微鏡で細胞を観察し、
2 核を持つ細胞のうち,小核を有する細胞の割合を調べた。
- 42 -
JAEA-Review 2008-066
3. 研究結果
(i) PKCα RNAi 細胞での遺伝子発現解析
PKCα 遺伝子である Prkca に対する二本鎖 RNA(siRNA)3 種類を導入した。
導入した siRNA は、
インビトロジェン社から購入したもので、Prkca-MSS207659, Prkca-MSS207660, Prkca-MSS207661
である。導入 した細胞の 全 RNA を用い た RT-PCR を行ったところ、図 1 に示すよう に
Prkca-MSS207660 と Prkca-MSS207661 の 2 種類の siRNA で処理した細胞では無処理に比べて、そ
れぞれ 4 %, 22 %に Prkca mRNA 量が減少しており、
PKCα の発現が低下していることを確認した。
一方、Prkca-MSS207659 を導入した細胞では、mRNA 量は殆ど減少しておらず、用いる siRNA に
よって遺伝子発現抑制に差があることが確認された。このため、以降の実験には、Prkca-MSS207660
と Prkca-MSS207661 を用いることとした。
(ii) PKCα RNAi 細胞での放射線適応応答の解析
これらの細胞を 1μM H2O2 で前処理し、5 Gy X 線照射により誘発される微小核形成頻度を指標
として放射線適応応答を解析した。図 2 に示すように、無処理の細胞では、5 Gy 照射時に比べて、
1μM H2O2 前処理によって、小核形成頻度が減少し、放射線適応応答が起こっていることを示し
ている。RNAi を起こさない negative control siRNA 導入細胞や、LipofectAmine RNAiMAX のみで
処理した細胞でも同様の結果が得られ、これらの処理は放射線適応応答には何ら影響を及ぼさな
いことを確認した。
一方、Prkca-MSS207660 または Prkca-MSS207661 の siRNA を導入して、PKCα の発現が低下し
た細胞では、5Gy 照射単独の場合の小核形成頻度は、無処理細胞などと同程度であり、1μM H2O2
前処理後 5 Gy 照射した場合にも、5Gy 照射単独の場合と小核形成頻度には殆ど差は見られなかっ
た。
これらの結果は、PKCα の発現が低下した細胞では放射線適応応答が抑制されていることを示
しており、PKCα が放射線適応応答の誘導に重要な役割を果たしていることを明らかにしたもの
である。
(A)
1
図1
(B)
2
3
4
5
6
1
2
3
4
5
6
siRNA 導入細胞の遺伝子発現解析
RNAi 処理を行った細胞の RNA を用いて、Prkca 遺伝子の RT-PCR を行い(A)
、RNA 量の確認の
ため、対照実験として Gapdh 遺伝子の RT-PCR を行った(B)
。
lane 1: 分子量マーカー、lane 2: 無処理細胞、lane 3: RNAi を起こさない negative control siRNA を導入
した細胞、lane 4: Prkca-MSS207660 導入細胞、lane 5: Prkca-MSS207661 導入細胞、lane 6: RNA 無添加。
- 43 -
JAEA-Review 2008-066
4. まとめ
これまでの研究結果から、PKCα に対する siRNA を導入したところ、放射線適応応答が抑制さ
れたことから、PKCα は放射線適応応答の誘導に関与することが明らかとなった。放射線適応応
答の誘導に関与する分子種が具体的に明らかになったのは、今回が初めてである。
今後、他の PKC 分子種や p38 MAPK 分子種の関与についても検討を行なって、放射線適応応答
の誘導機構を明らかにする必要がある。我々は予備的実験であるが、p38 MAPKα が放射線適応応
答に関与しているが、PKCβ1 は関与していないことを示唆する結果を既に得ている。今後これら
の点について確認を行うことにしている。また、これらの細胞内情報伝達機構から適応応答現象
が生じる過程に関しても解析を進めることが必要であると考えられる。今回の結果は、今後のこ
れら放射線適応応答の分子機構解明のための端緒となるものである。
放射線適応応答は、生物学的に非常に重要かつ興味深い現象であると同時に、がん治療などへ
の応用も期待されており、放射線適応応答誘導機構を明らかにすることは、学術的側面のみなら
ず、応用面でも極めて重要である。
図 2 Prkca 遺伝子 RNAi 細胞での放射線適応応答
2 核細胞 100 個あたりの微小核細胞の数を示す。Control: RNAi 無処理細胞;LipofectAmine:
LipofectAmine RNAiMAX 処理細胞;RNAi(Neg): negative control siRNA 処理細胞;RNAi(60):
Prkca-MSS207660 導入細胞;RNAi(61): Prkca-MSS207661 導入細胞;Mock: 非照射;H2O2: 1μM H2O2
5 時間処理;5 Gy: 5Gy X 線照射;H2O2+5 Gy: 1μM H2O25 時間処理後、5Gy X 線照射。
5. 参考文献
〔1〕M. S. Sasaki, On the reaction kinetics of the radioadaptive response in cultured mouse cells. Int. J.
Radiat. Biol. 68 (1995) 281-291.
〔2〕T. Shimizu, T. Kato, Jr., A. Tachibana, and M. S. Sasaki, Coordinated regulation of radioadaptive
response by protein kinase C and p38 mitogen-activated protein kinase. Exp. Cell Res. 251 (1999)
424-432.
- 44 -
JAEA-Review 2008-066
8.高速イオンビームによる鉄ロジウム合金の
マイクロ・ナノレベル磁性制御
Micro- and Nano- Modification of Magnetic Properties of FeRh Alloys
by Means of Swift Heavy Ion Irradiation
岩瀬彰宏 1、藤田直樹 1、圖子善大 1、斉藤勇一 2、石川法人 2、河裾厚男 2、
松井利之1、堀 史説1
Akihiro Iwase1, Naoki Fujita1, Yoshihiro Zushi1, Yuichi Saito2, Norito Ishikawa2, Atsuo Kawasuso2,
Toshiyuki Matsui1, Fuminobu Hori1
1
大阪府立大学大学院工学研究科
Department of Materials Science, Osaka Prefecture University
2
日本原子力研究開発機構
Japan Atomic Energy Agency (JAEA)
概要
鉄ロジウム合金薄膜をイオンスパッタ法により作製した。作製された薄膜は部分的に室温以下
で反強磁性-強磁性転移を示した。10 MeV のヨウ素イオンを薄膜に照射し、結晶構造と磁性を評
価した。ヨウ素イオン照射の照射量を変化させることにより、薄膜の磁性を反強磁性、強磁性、
常磁性と自由に制御できることがわかった。薄膜を用いた測定と併せて、鉄ロジウムバルク体に
おける実験も遂行し、イオン照射による磁性変化のメカニズムを論じた。
FeRh thin films were synthesized by using an ion-sputtering method. Some part of the flms showed the
fetromagnetic-anti ferromagnetic transition below room temperature. The FeRh thin films were irradiated
with 10 MeV iodine ions and the changes in lattice structure and magnetic properties were studied. The
experimental result shows that we can systematically change the magnetic properties of FeRh thin films by
controlling the fluence of irradiating ions. The result on bulk FeRh specimens are also reported.
1. 研究目的
組成比が 1:1 の鉄ロジウム合金(FeRh)は、CsCl 型の結晶構造(B2 構造)を有し、室温付近
で高温相である強磁性相から低温相である反強磁性相への磁性転移を示す興味ある物質である。
我々は、最近、この磁性体を高速重イオン照射することにより、磁性転移が低温にシフトし、極
低温においても強磁性相が安定に存在することを見出した〔1,2〕。この結果は、高速重イオン照
射により FeRh 合金の磁性を制御できることを示すものであり、学術的にも応用面でも興味深い結
果である。このイオン照射による磁性変化の機構を解明するには、各種照射パラメータ(イオン
種、エネルギー、阻止能、イオン速度など)と磁性変化との相関を明らかにすることが必要であ
- 45 -
JAEA-Review 2008-066
る。しかし、これまでの研究では厚さが照射イオンの飛程の 10 倍以上であるバルク体を用いてい
たため、磁性変化を受ける領域が試料表面付近に局在し、イオンは試料中で止まってしまうため、
磁性変化と照射パラメータの相関を定量的に議論するのは困難であった。そこで、本実験では、
照射イオンの飛程よりも十分薄い薄膜をイオンスパッタ法により作製しイオン照射による結晶構
造と磁性変化を測定することにした。
2. 研究内容
FeRh 薄膜作製には高真空イオンスパッタ装置を使用した。ターゲットは Fe-50at.%Rh 板を、基
板には SiO2 アモルファスを用いた。試料の均一性を保障するため、イオンスパッタ中基板を回転
した。スパッタ後、高真空中 600 度 C で 4 時間アニールした後炉冷した。作製した薄膜の構造評
価には EPMA, XRD を、磁性評価には SQUID 磁束計を用いた。次に薄膜を原子力機構高崎研究所
のタンデム加速器により 10 MeV のヨウ素イオンを照射した。照射温度は室温、照射量は、1×
1012/cm2~1×1014/cm2 の範囲であった。照射後の試料に関して、結晶構造・磁性変化を XRD,SQUID
により評価した。薄膜による測定に加えて、FeRh バルク体においてもイオン照射効果の測定を、
XRD,SQUID に加え、陽電子ビームや放射光による XMCD、磁気力顕微鏡(MFM)などにより行
った〔3-5〕
。
3. 研究結果
図 1 に、作製した厚さ 200nm の FeRh 薄膜の XRD スペクトルを示す。各ピークは B2 構造に対
応するものであり、この薄膜が B2 規則構造を持っていることを示しているが、A1 構造(Fe と
Rh 原子がランダムに配置する FCC 構造)の 1 1 1 ピークも大きく現れている。したがって、作製
した薄膜では、B2 構造と A1 構造が共存していることになる。図 2 には、この薄膜の磁化の温度
依存性を示す。室温以下で磁化が大きく減少するが、これは、室温付近での強磁性相の一部が低
温で反強磁性に磁性転移したことを表している。バルク材料では磁化が 0 であった低温領域でも
有限の磁化が見え、また転移巾がバルク材料に比べ広いが、これは組成比が一様でないこと、内
部応力が残存していることなどが原因と思われる。このように、バルク材料に比べ、薄膜は磁性
的に最適化は達成されていないが、再現性がよいこと、試料の一部とはいえ強磁性-反強磁性転
移を明確に示すことなどから、今回は、この薄膜を照射試料として用いることにした。なお、照
射実験と平行して、薄膜の作製技術にも取り組んでおり、低温での磁化が十分小さく、転移巾も
シャープな薄膜ができつつあるので、次回の照射実験に向けて、さらなる薄膜の質向上を図る予
定である。
380
1000
200
←310 B2
←200 B2
400
Magn.[emu/cc]
340
←
←211 B2
600
←100 B2
intensity(arb.u)
→
110 B2
111 γFCC
360
800
320
300
280
260
240
0
20
40
60
80
100
0
120
50
100
150
200
250
300
Temp.[K]
2θ(degree)
図 1 FeRh 薄膜試料の XRD スペクトル
- 46 -
図2
FeRh 薄膜試料の磁化の温度依存性
JAEA-Review 2008-066
図 3、図 4 には、磁化-温度曲線が、10 MeV ヨウ素イオン照射によってどう変化していくかを示
している。ここでは、判りやすくするため、温度上昇時に測定した磁化-温度曲線のみを示して
いる。図 3 は低照射量域(1×1012/cm2~5×1012/cm2)に対する結果、図 4 は、高照射量域(5×1012/cm2
~1×1014/cm2)における結果である。まず低照射量域での結果を見ると、照射量の増加に伴い、
強磁性-反強磁性転移温度は低温側にシフトし、低温域での磁化は照射量と共に増加している。5
×1012/cm2 の照射量では、照射前に反強磁性だった領域がすべて強磁性に変化した。
400
Magnetization[emu/cc]
350
300
250
200
未照射
1x10 12 [/cm 2]
2x10 12 [/cm 2]
5x10 12 [/cm 2]
150
100
50
0
0
50
100
150
200
250
300
Temperature[K]
図3
FeRh 薄膜の磁化-温度曲線における 10 MeV ヨウ素イオン照射量依存性
(低照射量域における結果)
400
Magnetization[emu/cc]
350
300
250
5x10 12 [/cm 2 ]
1x10 13 [/cm 2 ]
2x10 13 [/cm 2 ]
5x10 13 [/cm 2 ]
1x10 14 [/cm 2 ]
200
150
100
50
0
0
図4
50
100
150
200
250
300
Temperature[K]
FeRh 薄膜の磁化-温度曲線における 10 MeV ヨウ素イオン照射量依存性
(高照射量域における結果)
一方、高照射量領域では、5×1012/cm2 の照射量で強磁性に変化した部分の磁化が、照射量の増
加とともに減少していく。以上の結果が照射による結晶構造変化とどう関連するかを見ていくこ
- 47 -
JAEA-Review 2008-066
とにする。図 5 には、未照射試料と、磁化の値が最高値を示した照射量 5×1012/cm2 の試料に対す
る XRD スペクトルを示す。照射前後において、B2 構造を示すピークと A1 構造を示すピークは
ほとんど変化していない。この実験結果から、5×1012/cm2 までの照射量では、FeRh 薄膜の結晶構
造はほとんど変化しなかったことが判る。
2x10 12
未照射 γ 111
γ 111
B2 110
39
40
41
42
B2 110
39
43
40
41
2θ
42
43
2θ
図 5 左図:未照射 FeRh 薄膜試料の XRD スペクトル。
右図:10 MeV ヨウ素イオンを 5×1012/cm2 照射した試料の XRD スペクトル。
つぎに高照射量域における XRD スペクトル変化を図 6 に示す。
2x10 13/cm 2
5x10 12 /cm 2
5x10 13 /cm 2
γ 111
γ 111
γ 111
B2 110
B2 110
39
40
41
42
43
44
39
40
41
2θ
42
2θ
43
39
40
41
42
43
2θ
図 6 高照射量量域における FeRh 薄膜試料の XRD スペクトル変化
高照射量領域では、
照射量の増加とともに B2 構造のピークが減少し、ついには消滅してしまう。
すなわち、試料全体が A1 構造に変化する。
以上に示した、照射による磁化の温度変化と結晶構造変化の結果をまとめたものが図 7、図 8
である。なお、帯グラフの各面積(長さ)は定量的なものを表していないことを注意しておく。
- 48 -
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B2-AF
B2-FM
A1―PM
未照射
1×1012/cm2
2×1012/cm2
5×1012/cm2
図 7 低照射量域における FeRh 薄膜の構造と磁性変化。照射量の増加と共に B2 構造の反強磁性
相(B2-AF)は徐々に強磁性相(B2-FM)に変化していくが B2、A1(PM; 常磁性)共
存の結晶構造は照射により不変である。
B2-FM
5×1012/cm2
A1-PM
1×1013/cm2
2×1013/cm2
5×1013/cm2
1×1014/cm2
図 8 高照射量域における FeRh 薄膜の構造と磁性変化。照射量の増加と共に強磁性の B2 構造は
A1 構造に変化していく。A1 構造は常磁性(PM)のため、B2 領域の減少に伴い、磁化も減
少する。
- 49 -
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以上の実験結果から、ヨウ素イオンの照射量や照射を領域を適当に選ぶことによって、反強磁性、
強磁性、あるいは常磁性領域を FeRh 薄膜中に自由に作ることができることがわかった。今回の実
験では、イオンビームを試料全体に当てたが、イオンビームをマイクロメートルオーダーまで絞
る技術は確立しているので、そのようなマイクロビームを用いれば、FeRh 薄膜の磁性のマイクロ
レベルでの制御も可能であることを本実験結果は示している。
つぎに明らかにしなければならないのは、なぜイオンビーム照射で FeRh の反強磁性が強磁性に
変化するかということ、そして、イオンの固体内でのエネルギー散逸のうち、弾性的相互作用、
電子励起のどちらのプロセスが磁性変化に効いているのか、という 2 点である。残念ながら、FeRh
薄膜に関する今までの実験データだけでは、これらの問いに答えることは困難である。ただし、
薄膜による実験と平行して行った FeRh バルク試料を用いて行った陽電子ビーム実験〔3〕や放射
光 XMCD の実験結果〔4〕
は Fe 原子が Rh 原子サイトに置き換わったいわゆる反構造欠陥
(Anti-site
defects; ASD)が強磁性発現に大きな役割を果たしていることを示唆している。そして、もし電子
励起プロセスが強磁性発現に寄与しているならば、イオンビームの飛跡に沿ったナノメートルオ
ーダーの 1 次元領域の磁性改質が期待され大変興味深いが、この点についてはまだ確証を得られ
ていない。今後、いろいろな種類やエネルギーのイオンビームを用いた系統的な照射実験を行い、
核的阻止能(Sn)
、電子的阻止能(Sn)依存性を議論することにより、電子励起の磁性変化への寄
与が明らかになると考えられる。さらに、MFM を用いた FeRh バルク試料の表面磁区が、イオン
照射によって 100nm-1µm のオーダーで複雑に変調する現象も見出した〔5〕
。磁区の自己組織化や
フラクタル構造という観点からの研究として発展させたい。
4. まとめ
高真空イオンスパッタ法を用いて作製した FeRh 薄膜を 10MeV ヨウ素イオン照射し、
結晶構造、
磁性の変化を評価した。その結果、イオンビームの照射量を制御することにより、FeRh 薄膜中に
反強磁性、強磁性、常磁性の領域を自由に作ることが可能であることがわかった。FeRh バルク試
料に対するイオン照射実験と陽電子ビーム測定、XMCD 測定などにより、反構造欠陥が照射によ
る磁性発現に大きな寄与をすることが示唆された。
5.
参考文献
〔1〕 M. Fukuzumi, Y. Chimi, N. Ishikawa, M. Suzuki, M. Takagaki, J. Mizuki, F. Ono, R.Neumann, A.
Iwase, Nucl. Instr. Meth. B 245 (2006) 161-165.
〔2〕 Y. Zushi, M. Fukuzumi, Y. Chimi, N. Ishikawa, F. Ono, A. Iwase, Nucl. Instr. Meth. B 256 (2007)
434-437.
〔3〕 F. Hori, M.Fukuzumi, A. Kawasuso, Y. Zushi, Y. Chimi, N. Ishikawa , A. wase, phys. Stat. sol.
(c) 4 (2007) 530-533.
〔4〕 A. Iwase, M. Fukuzumi, Y. Zushi, M. Suzuki, M. Takagaki, N. Kawamura, Y. Chimi, N.
Ishikawa, J. Mizuki, F. Ono, Nucl. Instr. Meth B 256 (2007) 429-433.
〔5〕 A. Iwase et al, to be published.
- 50 -
JAEA-Review 2008-066
9.放射線による高分子の帯電機構の解明
Mechanism of Electrification of Polymers by Ionizing Radiation
小泉 均
Hitoshi Koizumi
北海道大学大学院工学研究科
Graduate School of Engineering, Hokkaido University
概要
ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリエチ
レンテレフタレートおよびこれらのブレンドについて、5-30 keV の電子線照射による帯電および
その時間による減衰を測定した。加速電圧依存性、照射量依存性、ポリマーフィルムの厚さ依存
性、湿度の影響、正電荷捕捉剤の添加効果、負電荷捕捉剤の添加効果などを詳しく調べた。ポリ
マーは電子照射によって正に帯電した。電子線帯電は摩擦帯電に比べ、長寿命であり、エネルギ
ーの高い電子線を用いるほど長寿命となることがわかった。正電荷捕捉剤の添加により帯電寿命
をさらに延ばすことが可能であること、負電荷捕捉剤の添加により帯電の極性を負に変化させる
ことができることがわかった。また、ポリマーブレンドについては、コロナ帯電で報告されてい
るような特別な効果は無いことがわかった。
Amount
of
remained
charge
and
its
stability
of
polystyrene,
polymethylmethacrylate,
polyvinlidenefluoride, polyethylene, polyethyleneterephthalate and their polymer blends after irradiation
with 5-30 keV electrons were measured. Dependences on acceleration voltage, dose, and thickness of the
polymer films, influence of humidity, and effects of addition of positive and negative charge scavengers
were examined. The polymers were negatively charged by the irradiation. Decay rate of the charge by
electron irradiation is slower than that of triboelectrically charged film. The stability increased with
increasing the energy of electrons. The addition of a positive charge scavenger stabilized the electrification.
The addition of negative charge scavengers changed the polarity of the electrification.
1. 研究目的
放射線照射により絶縁物が帯電することは、古くから知られていたが、帯電は不用なものとし
て、それを除去することに主眼がおかれ、その機構や帯電の安定化の方法については、ほとんど
明らかにされてこなかった。本研究の目的は、放射線の種類や照射条件による違い、高分子の性
質による違い、電荷捕捉剤の添加効果を系統的に調べることにより、放射線照射により高分子中
に注入された電荷の減衰機構を解明し、放射線による帯電を室温以上でも安定に保持する方法を
開発しようとするものである。
- 51 -
JAEA-Review 2008-066
2. 研究内容
試料は、粉末状の高分子を真空プレス(柴山科学製作所、VP-50)を用いて厚さ 0.5-2.0 mm の
フィルム状に成型し、直径 1.6 cm の大きさに切り出したものを用いた。軟エックス線除電装置(高
砂熱学工業、ISX-223)を用いて裏表を除電し、試料の電荷が 0.05 nC 以下となるようにして用い
た。試料は、4×10-4 Pa 程度の真空中で、5~30 keV の電子線(電子銃、オメガトロン、OME-0050LL,
SL)を照射した後、ファラデーケージ(春日電機、KQ-2100)を用いて帯電電荷量の測定を行っ
た。その後、帯電の安定性を調べるため、試料を恒温恒湿槽(ヤマト科学、IG 400)に入れ、そ
の中に設置した表面電位計(春日電機、KQ-1400)で表面電位の時間変化を測定し、帯電量の減
衰を調べた。
3. 研究結果と考察
3.1. 帯電の極性
表 1
-2
15 keV の電子線を 600 μC cm 照射した場合の帯
電量を表 1 に示す。いずれのポリマーも正に帯電し
電子線照射によるポリマーの帯電
量。電子線のエネルギー15 keV、照射量
600μC cm-2。
Charge / nC cm-2
ていることがわかる。帯電は、注入された電子線の
Polymer
持つ負電荷が残るため起こるのではなく、電子線に
polymethyl-
よるイオン化により生じた正・負電荷の内、負電荷
methacrylate
の方が多く外部に流れ出て正電荷が残るためである
polystyrene
+1.0
ことがわかる。
polyvinylidene-
+1.2
3.2. 帯電量と寿命の電子線加速電圧依存性
fluoride
ポリスチレンについて電子線照射直後の帯電量を
polyethylene
+1.4
+1.0
入射電子線の量に対してプロットしたものを図 1 に
示す。帯電量は、少ない照射量では照射量とともに増加するが、あるところでピークを示し、そ
の後減少する。同じ電子線注入量で
2.5
Remained Charge / nC cm
-2
比べると、エネルギーが高いほど帯
電量が多くなっていることがわか
2.0
る。用いた 5-30 keV の電子線の飛程
1.5
は、0.8-17.3 μm 程度であり、電子は
5keV
15keV
30keV
1.0
試料中ですべてのエネルギーを失
い停止する。電子線のエネルギーが
大きいほど、イオン化の量が多く、
0.5
残存する電荷も増えたためである。
0.0
0
-1000
-2000
-3000
-2
Injected Charge / μC cm
-4000
ある照射量以上で帯電量が減るの
は、照射量の増大とともに絶縁性が
低下したためと考えられる。また、
図 1 電子線照射したポリスチレンフィルムの帯電量
照射量を帯電量のピークの照射量
の入射電子線数依存性。電子線のエネルギー5keV
より増大させると帯電の減衰も速
(○)
、15 keV(●)、30 keV(◇)
。
くなる。
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JAEA-Review 2008-066
図 2 にエネルギーの異なる場合の表
1000
Surface Potential / V
面電位の時間変化を示す。表面電位の
時間変化は帯電量の変化に対応する。
30keV
15keV
5keV
Triboelectric
100
同じ電子数を注入した場合について
示したが、電子の加速電圧が高いほど、
減衰は遅いことがわかる。加速電圧が
高いほど、深いところまで捕捉された
10
電荷が分布する。すなわち、電荷の減
衰は表面を介して起こり、表面から遠
1
いところに捕捉された電荷が多くな
0
2
4
6
8
るほど帯電が安定になると考えられ
10
Time/h
る。表面付近にのみ帯電する摩擦帯電
図 2 5 keV(◇)
、15 keV(●)
、30 keV(○)の電
の結果も示した。こちらは電子線によ
子線照射および摩擦(◆)により帯電させたポリス
る帯電で一番減衰の速い 5 keV の場合
チレンの表面電位の時間依存性.電子線照射量は、
よりも速く減衰することがわかる。
1200 μC cm-2。
3.3. 正電荷捕捉剤の添加効果
正電荷捕捉剤である Bis[4-(dimethylamono)phenyl]methane の添加効果を調べた。ポリスチレンお
よびポリエチレンの場合、添加による帯電量の増加や減衰速度の低下は見られなかった。ポリメ
チルメタクリレートでも帯電量の増加は見られなかったが、帯電の減衰は、適度な量添加するこ
とにより抑えられることがわかっ
1000
Surface Potential / V
た。図 3 に電子線照射後の表面電
位の減衰を示す。0.25 wt%捕捉剤を
添加した試料では、減衰が無添加
のものに比べ抑えられていること
100
がわかる。しかし、捕捉剤を加え
過ぎると減衰は無添加のものより
0 wt%
0.25 wt%
10 wt%
速くなった。これは、捕捉剤濃度
が高くなると、電荷が捕捉剤間を
トンネリングによりホッピング移
10
図 3
0
5
10
Time / h
15
20
動して移動し、表面等は到達し減
衰するためである。
電子線照射により帯電させた正電荷捕捉剤
3.4. 負電荷捕捉剤の添加効果
(Bis[4-(dimethylamino)-phenyl]methane)を含むポリメ
いくつかの負電荷捕捉剤をポリ
チルメタクリレートの表面電位の時間依存性。電子線
ビニリデンフロライドに添加し、
は 15 keV で 3500 μC cm-2 照射.捕捉剤の添加量は、無
電子線を照射した後の帯電量を表
添加(●)
、0.25 wt%(○)、10 wt%(△)
。
2 に示す。最初に示したように、何
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JAEA-Review 2008-066
も加えていないポリマーは、電子線照射により正に帯電するが、負電荷捕捉剤であるクロラニル
および p-ニトロベンジルブロマイドを加えたポリビニリデンフロライドは負に帯電した。すなわ
ち、負電荷捕捉剤を用いることにより、帯電の極性を正から負に変えることができる。
表 2
添加剤を加えたポリビニリデンフロライドの電子線照射後の帯電量。
電子線のエネルギーは 15 keV、照射量は 1750 μC cm-2。
Additives
Concentration / wt%
Charge / μC cm-2
none
-
+1.2
MgO
0.25
+1.0
Chloranil
0.25
-0.9
p-Nitorobenzylbromide
0.25
-0.7
3.5. ポリマーブレンドの効果
ポリエチレンとポリスチレンのポリマーブレンドに対してコロナ帯電を行った場合、ポリマー
ブレンドの方が、それぞれのポリマーより帯電量や帯電の安定性が増すという報告がある[1, 2]。
ポリマー間の界面が電荷を捕捉するためた説明されている。ポリスチレン/ポリメチルメタクリ
レート、ポリスチレン/ポリビニリデンフロライド、ポリメチルメタクリレート/ポリビニリデ
ンフロライド、ポリスチレン/ポリエチレンのポリマーブレンドについて電子線による帯電を行
い、帯電量と帯電の減衰を調べた。ブレンドによる帯電量の顕著な変化はなく、減衰速度は、混
合する比率に応じて変化した。すなわち、帯電の減衰の速いポリマーの割合を増やすほど減衰は
速くなった。ポリマーブレンドによる電子線帯電に対する特別な効果はなく、ポリマー間の界面
は電荷捕捉に寄与していないことがわかった。
4. まとめ
ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリエチ
レンテレフタレートおよびこれらのブレンドについて、電子線照射による帯電とその減衰を調べ
た。電子線の照射により、用いたすべてのポリマーは正に帯電した。電子線照射による帯電は、
摩擦帯電に比べ、長寿命であった。それは、帯電の減衰が試料表面を介して起こるためであり、
摩擦帯電に比べ、電子線による帯電では、表面から深いところに電荷を捕捉させることができる
ため長寿命となる。また、正電荷捕捉剤の添加による帯電の安定化ができること、負電荷捕捉剤
の添加により帯電の極性を負に変えることできることもわかった。今後は、もっと高いエネルギ
ーの電子線を用いた帯電、エックス線による帯電、イオンビームを用いた帯電を試み、より長寿
命な帯電体を作製する方法の開発を目指すとともに、放射線の種類による違いから、不明な点の
多い帯電の捕捉サイトや減衰機構に関する新しい知見を得ていきたい。また、電荷捕捉剤の効果
をより高めるために、電荷捕捉剤を化学的に結合させたポリマーを合成し、それを添加すること
を行いたい。電荷を捕捉した捕捉剤は、それ自体がゆっくり拡散し、減衰する。捕捉剤を化学的
にポリマーに結合させれば、
拡散は抑えられ、
帯電をより長寿命にすることができると期待される。
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5. 参考文献
〔1〕M.F. Galikhanov and t. A. Luchikhina, Russ. J. Appl. Chem. 79 (7), 1153 (2006).
〔2〕D. Lovera, H. Ruckdäschel, A. Göldel, N. Behrendt, T. Frese, J. K. W. Sandler, V. Altstät, R. Giesa,
H.-W. Schmidt, Euro. Polym. J. 43, 1195 (2007).
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