土木学会論文集B2(海岸工学) Vol. 66,No.1,2010,1161-1165 レイノルズ平均乱流モデルに基づく風況・海塩粒子輸送解析 − 期間累積飛来塩分量の空間分布の推定 − Numerical Simulation of Wind and Sea Salt Particle Transport using Reynolds-averaged Turbulence Model - Estimation of Spatial Distribution of Cumulative Airborne Sea Salt 1 1 2 3 須藤 仁 ・服部康男 ・平口博丸 ・木原直人 Hitoshi SUTO, Yasuo HATTORI, Hiromaru HIRAKUCHI and Naoto KIHARA Numerical simulation of wind and sea-salt particle transport was performed using a Reynolds-averaged turbulence model. Spatial distributions of time-averaged airborne sea salt locally varied under the influence of complex terrains and ground surface roughness with decaying tendency according to the distance from shoreline. In comparison between observational value of deposited sea-salt and numerical value of airborne sea-salt, they showed significant correlation with each other except for points very close to shoreline, suggesting that this simulation technique has a capability to appropriately estimate the spatial distribution of deposited sea-salt and airborne sea-salt, though there is still room for improvement in inlet boundary conditions on the sea for better estimation of sea salt near shoreline. 1. はじめに 海塩粒子は,電力設備や構造物等の主要な腐食・劣化 要因の一つである.そのため,耐腐食設計の観点から, 2. 解析手法 (1)基礎式・離散化法・境界条件 本解析では,風況や物質輸送の解析に対して検証実績 飛来塩分量の期間累積値の算定が必要となる.通常,そ のある数値流体解析コード NuWiCC(須藤ら 2004,Suto の量は海岸からの距離に対して指数的に減衰すると考え ら 2008,服部ら 2009)を用いる.同解析コードにおい られているが,地形の起伏や地表状態の影響により,実 て,基礎方程式は,一般曲線座標系で表示した大気の連 態は必ずしもそれと整合しない(例えば,仲座ら 1991, 続式,運動量保存式,および海塩粒子濃度の輸送方程式 村上ら 1995,加藤・赤井 2001).このような問題に対し である.デカルト座標系では次のとおり表示される. て,数値解析による飛来塩分量の推定は有力な手段の一 …………………………………………(1) つである.既往の数値解析事例では,海塩輸送に及ぼす ……………(2) 海岸周辺の防風林や構造物の影響等が検討されている (例えば,仲座ら 1993,野中・石本 1999,山田ら 2007). …………………(3) しかしながら,これらを電力設備に適用するには対象と する空間スケール(数百 m)が小さく,長期間累積値の ここで,at :海塩粒子濃度の渦拡散係数 [m2/s],C :海塩 評価を効率良く行うための手法に関する議論は十分でな 粒子濃度 [1/m 3],g i :重力加速度ベクトル g i =(0, 0, g) い.そこで,本研究では,地形起伏等,地表面条件の非 [m/s2],P:圧力 [Pa],Ui :気流の速度Ui =(U, V, W) [m/s], 一様性の再現性に優れたレイノルズ平均乱流モデルに基 xi :座標 xi =(x, y, z) [m],vt :渦動粘性係数 [m2/s],ρ :空 づき,数十 km 四方を対象とした風況と海塩粒子輸送の 気の密度 [kg/m3],τp :速度の緩和時間 [s]である.乱流 数値解析を行う.更に,長期間累積値の評価を効率良く モデルには高 Re 数型 k- ε モデルを用いる.上式は,(a) 行うための手法を新たに考案し,期間累積処理した飛来 大気は非圧縮性の中立大気と見なしうること,(b)気流 塩分量の解析値と屋外機器に付着した塩分量の観測値と に及ぼす粒子の影響は小さいこと,(c)速度の緩和時間 の対比から,その適用性を評価する. τp は気流の時間スケールに対して小さいこと,(d)粒子 の結合や分裂の頻度および粒径の変化は小さいこと(野 中・石本 1999,加藤・赤井 2001),の条件を仮定したもの である. 1 2 正会員 3 正会員 博(工) (財)電力中央研究所 地球工学研究所 博(工) (財)電力中央研究所 地球工学研究所 博(理) (財)電力中央研究所 地球工学研究所 離散化法として,時間発展にはクランクニコルソン法 を用いる.空間離散化には,移流項に対して 3 次精度風 1162 土木学会論文集 B2(海岸工学),Vol. 66,No.1,2010 上差分法,その他の項に対して 2 次精度中心差分法を採 足し合わせることによって,飛来塩分量の累積値あるい 用する. は期間平均値を算出する. 流入側境界は海上に設定するものとし,対数則に基づ く風速分布と,次式で表される個数濃度鉛直分布を与え 上記②において,任意の地上位置の風向出現頻度 RWD, 風速階級出現頻度RCV は,次式により算出する. る(Toba 1965,鳥羽・田中 1967) . …………………… (6) ………(4) ……………(5) ……………… (7) ここで,m :粒子塩分質量 [kg],W2 :下降気流の代表速 ここで,PWD は,地上評価地点 P (x, y) の風向 WD にお 度 [m/s] ,添字 0 :海面直上,添字 10 :海抜 10m での値 ける風上側の海上データ地点である.図-1 に示す本手法 を表す. χ は本来,高さ,相対湿度および海面摩擦係数 のイメージのとおり,任意の地上地点の RWD,RCV は,風 の関数であるが,高さ z [m]のみの関数に簡略化する(加 向に応じて,その風向の風上側の海上にあるデータを利 藤・赤井 2001).なお,海岸の極近傍の飛来海塩量には海 用することとし,異なる風向については異なる地点のデ 岸地形等の条件が影響することが指摘されているが(宇 ータを利用する.例えば,風向 1 のときは,海上地点 P1 多ら 1992),この指数関数型の濃度分布にはその影響が における風向 1 の風向・風速の出現頻度を地上地点 P に 考慮されておらず,留意が必要である.地表境界では, 適用するものとする.多くの場合,海上での風観測は行 地表面粗度を考慮した対数則から定まる風速と粒子の沈 われないため,ここでは気象モデル解析による統計デー 着モデル式(Lewellen and Sheng 1980,野中・石本 1999) タ(NEDO 局所風況マップ)を RWD,RCV に用いることを を用いる. 想定する.なお,上式のように,海上の RWD,RCV から地 (2)累積的な飛来塩分量の推定手法 上の RWD,RCV を推定するのではなく,気象モデルによる 累積的な飛来塩分量を効率良く推定するため,新たに 地上地点の RWD,RCV をそのまま利用することも考えられ 考案した次の手続きを採用する.①複数の階級に分類し る.しかし,一般に,気象モデルと本コードのような数 た風向,風速,粒子径ごとに,風と海塩粒子輸送の数値 解析を実施する.②海上の複数地点の風データ(気象モ デル解析データ等)から,任意の地上位置の風向・風速 の出現頻度を推定する.③風向,風速,粒子径別の解析 結果に,風向・風速の出現頻度の重み付けをし,これを 表-1 粒子・風速条件 粒子階級 風速階級 (風速U10 [m/s]) 階級 -log m0[kg] P1 14.5∼13.0 CaseP1U1 CaseP1U2 CaseP1U3 P2 13.0∼12.0 CaseP2U1 CaseP2U2 CaseP2U3 P3 12.0∼11.0 CaseP3U1 CaseP3U2 CaseP3U3 図-1 UL (2∼6m/s) UM (6∼10m/s) UH (10∼m/s) 地上の風向・風速出現頻度推定のイメージ 図-2 利用する NEDO データの位置と解析領域 (NEDOデータ:●印位置,解析領域:矩形枠) レイノルズ平均乱流モデルに基づく風況・海塩粒子輸送解析 − 期間累積飛来塩分量の空間分布の推定 − 1163 値流体解析モデルでは地形影響の取り込み方が異なるた なお,階級 UH は,NEDO データにおいて,風速 12m/s 以 め,推定地上風には乖離が生じる.その結果として,海 上が一つの風速階級として扱われていることを考慮した 塩粒子の起源(海岸位置)や海塩粒子の量を適切に評価で ものである.また,各解析風向に対する解析領域におい きない可能性があるため,上式を用いることとしている. て,水平方向の格子間隔は 200m(等間隔),鉛直方向の (3)利用データ・解析ケース 解析対象地は,観測データが取得された愛媛県新居浜 市周辺(以下,新居浜),愛媛県大洲市周辺(以下,大 洲)とする.海上風データとしては,NEDO 局所風況マ ップの高度 30m データ(以下,NEDO データ)を用いる. 格子間隔は最小で 20 m(地表),最大で 1615m(地上高 さ 10km)と不等間隔に配する. 3. 観測データの概要 解析結果の精度評価のため,四国電力(株)によるパ 図-2 に利用する NEDO データの位置と計算領域を表す矩 イロットがいしの塩分付着量データを用いる.本データ 形枠を示す.地形と粗度区分の設定にはそれぞれ,国土 は,1965 年∼ 1998 年の内,5 年程度の期間に取得された 地理院が発行する数値地図 50m メッシュ(標高)データ ものであり(地点によりデータ取得時期と期間は異な と国土数値情報 1/10 細分区画土地利用データを利用す る),地点ごとに 1 ヶ月の間隔で付着量を測定している. る.土地利用-粗度区分-粗度長の関係は,日本建築学会 測定法として,汚損がいし表面を一定量の蒸留水で洗浄 建築物荷重指針・同解説(1993)を基に定める.また, し,洗浄液の抵抗率から等価塩分付着量を求める筆洗い 解析風向は,計算負荷を考慮して,累積飛来塩分量の評 抵抗法を用いている.対比する値としては,得られた複 価領域(図-2 の矩形枠が重複する領域)近傍の海上にお 数の観測データ(1 ヶ月値)が対数正規確率分布に従う いて,出現頻度・平均風速が共に高い主要な 3 ∼ 4 風向 として算出された累積確率 50 %値を対象とする.なお, (大洲では NW,NNW,N,新居浜ではNE,ENE,WSW, 本塩分付着量データの観測期間と解析の基となる NEDO W)とする.風速・粒子径条件を表-1 に示す.海塩粒子 データの対象期間(2000 年)は異なるが,前者は複数年 の輸送過程は粒子の質量と風速に依存するため,文献 にわたるデータを基にした確率値が対象であり,後者も (鳥羽・田中 1967,加藤・赤井 2001)を参考に,海塩粒 風況が特異でなかったことが確認されている年を対象と 子は海面直上の粒子の塩分質量 m0 に応じて 3 階級に,風 したものであることから,年ごとの偏差は大きくないも 速も海抜 10m の風速 U10 に応じて 3 階級に分類し,それぞ のとして比較する. れの階級に対して計算を行う(1 風向あたり 9 ケース). 図-3 風速の年平均分布(地上高さ 40m) 図-4 飛来海塩量の年平均分布(地上高さ 40m) 1164 土木学会論文集 B2(海岸工学),Vol. 66,No.1,2010 4. 結果および考察 図-3,図-4 にそれぞれ,本解析による飛来海塩量の年 平均分布(地上高さ 40m)を示す.新居浜と大洲のどち らの地域においても,地上では地形の起伏等の影響を強 く反映した局所的な変化の大きな分布となっており,こ れは精度検証がなされている他の地域での傾向(須藤ら 2004)と似たものである.また,海上でも風速は非一様 となっているが,これは,複数の海上風データを利用し ていることと,陸地の影響を一部受けていることによる ものである.一方,飛来海塩量は,海岸からの距離に応 じて減衰する傾向が見られる.ただし,それは一様では なく,風速場と対応するように,地形起伏等に応じて値 が増減していることが分かる. 図-5 に,塩分付着量の観測地点と番号,図-6 に観測値 と解析値との地点ごとの対比結果(新居浜市周辺)を示 す.ただし,観測値はがいしに付着した塩分量(がいし の単位表面積・単位時間あたりの塩分付着質量 [mg/cm2/month])であるのに対して,解析値はその地点 に飛来した海塩粒子中の塩分量(風向直角断面の単位面 積・単位時間あたりの飛来塩分量 [mg/cm2/month])であ り,相対的な比較である点について留意されたい.解析 図-6 地点ごとの観測値との対比 結果は,塩分付着量の地点ごとの増減傾向を概ね再現し 図-7 観測値との相関関係 (△: L≦ 100mの地点,▲:L > 100mの地点) 図-5 塩分付着量の観測地点と番号(コンター:標高) レイノルズ平均乱流モデルに基づく風況・海塩粒子輸送解析 − 期間累積飛来塩分量の空間分布の推定 − ており,地形等の影響を反映したものであることが示唆 1165 界条件の設定方法等に改善の余地がある. される.ただし,大洲では,海岸からの距離 L が 100m 以 なお,上記のとおり,本解析により飛来海塩量の空間分 下の地点で,他の地点と比べた時の値のレベルが過小と 布を推定可能であることが示唆されたが,その絶対値が なる傾向が見られる. 適切に評価されているかどうかは明らかでない.期中塩 図-7 には,観測値と解析値との相関関係を示す.図中 の直線は,L>100m の地点を対象とした場合の原点を通 分量の観測データとの対比等を通じた更なる検証も,今 後の課題である. る 1 次の回帰線である.新居浜において,両者は良い正 の相間を示していることが確認できる(相関係数: 0.82) . 謝辞:本研究の実施にあたり,四国電力(株)電力輸送 大洲においては,図-6 と対応するように,観測による塩 本部 送変電部 送電グループの宮d浩一氏,高松支店 電 分付着量が多い L ≦ 100m の地点で,解析による飛来海塩 力部 送電課の東野克俊氏には,塩分付着量の観測データ 量がある値以上に大きくならない傾向が見られる.これ 提供に関する協力を頂いた.また,電力計算センター は,沿岸で消波ブロック等に波が打ち当たる際に局所的 (株)の神崎潔氏には,本解析の実施において協力を頂 に発生する粒子の影響,海岸地形条件の影響(宇多ら いた.ここに記して謝意を表す. 1992)等を式(4),式(5)では考慮しておらず,現地 の海岸線での海塩分布を十分再現できていないためと考 参 考 文 献 えられる.また,この乖離が生じる海岸からの最大距離 宇多高明・小俣 篤・小西正純(1992):海岸からの飛来塩分 量の計算モデル,海岸工学論文集,39,pp. 1051-1055. 加藤央之・赤井幸夫(2001):簡易型塩分飛散予測モデルの構 築と評価,農業気象,57(2),pp. 79-92. 須藤 仁・田中伸和・服部康男・大西浩史・神崎 潔 ( 2 0 0 4 ): 観 測 デ ー タ を 用 い た 三 次 元 風 況 解 析 コ ー ド (NuWiCC)の適用性評価, 第 26 回風力エネルギー利用シ ンポジウム, pp.267-270. (独法)新エネルギー・産業技術総合開発機構:局所風況マップ, http://app2.infoc.nedo.go.jp/nedo/index.html. 鳥羽良明, 田中正昭(1967):塩害に関する基礎的研究(第 1 報). 海塩粒子の生成と陸上への輸送モデル, 京大防災研 究所年報, 10B, pp.331-342. 仲座栄三・津嘉山正光・照屋雅彦(1991):大気環境アメニテ ィの一要素としての飛塩量特性,海岸工学論文集,38, pp. 896-900. 仲座栄三・津嘉山正光・山路功祐・日野幹雄(1993):飛塩 (海塩粒子)拡散の数値流体力学的解析,海岸工学論文集, 40,pp. 1036-1040. 野本善政・石本好孝 (1999):乱流モデルによる海岸林周辺 の風速・塩分濃度の数値解析について,ながれ,18,pp. 336-347. 服部康男・田中伸和・平口博丸・杉本聡一郎・橋本 篤・須 藤 仁・和田浩治(2009):電中研気流シミュレーション コード NuWiCC によるおろし風の強風再現,電力中央研 究所報告,N08047,22 p. 村上和男・加藤一正・清水勝義・尾崎 靖・西守男雄 (1995):植栽による飛沫(海塩粒子)の軽減に関する現 地観測,海岸工学論文集,42,pp. 1036-1040. 山田文則・細山田得三・下村 匠(2007):海岸に隣接した構 造物周辺の飛来塩分の発生・輸送過程とその長期的な予 測計算,海岸工学論文集,54,pp. 1216-1220. Lewellen, W. S. and Y. P. Sheng (1980) : Modeling of dry deposition of SO2 and sulfate aerosols, EPRI EA-1452, project 1306-1, 68 p. Suto, H., Y. Hattori, N. Tanaka and Y. Kohno (2008) : Effects of Strong wind and ozone on localized tree decline in the Tanzawa mountains of Japan, Asian Journal of Atmospheric Environment, 2 (2), pp. 81-89. Toba, Y. (1965) : On the giant sea-salt particles in the atmosphere Ⅱ. Theory of the vertical distribution in the 10m layer over the ocean, Tellus, 17, pp.365-382. は,風が強く塩分付着量が大きくなる地域ほど長くなる ものと推察される.なお,大洲において,L>100m の地 点を対象とした場合の相関係数は,0.74 であった.以上 のことから,海岸に極めて近い位置での推定のためには, 流入側境界条件の設定方法等に改善の余地があるもの の,それ以外の位置では,本解析により,広域に分布す る特定の機器等に対する塩分付着量を相対値として推定 できると共に,その前提となる飛来塩分量の空間分布に ついても概ね再現できていることが示唆された. 5. まとめ レイノルズ平均乱流モデルに基づく風況・海塩粒子輸 送解析と,新たに考案した累積飛来塩分量の推定手法に より,期間累積飛来海塩量の解析値を求め,これを海塩 付着量の観測値とを対比した.主な結果は次のとおりで ある. ・解析による飛来海塩量分布には,離岸距離に応じた減 衰傾向が現れると共に,風速場と対応して,地形起伏 等に起因する値の増減が特徴的に見られた. ・塩分付着量が相対的に小さい新居浜では,観測による 海塩付着量と解析による飛来海塩量に良い相間が見ら れた.塩分付着量が相対的に大きい大洲では,離岸距 離 L ≦ 100m の地点を除いた観測と解析との対比におい て,良い相関が見られた. 以上のことから,本解析の適用性について次のことが明 らかとなった. ・本解析により海塩輸送における地形影響等が表現さ れ,海岸の極近傍を除く位置では,海塩付着量および 飛来海塩量の空間分布(地点間の大小関係)を推定で きる. ・海岸に極めて近い位置での推定のためには,流入側境
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