インドシナ諸国の 教育カリキュラムの調査 - 千葉大学大学院人文社会

インドシナ諸国の
教育カリキュラムの調査
吉田 雅巳 編
人文社会科学研究科
研究プロジェクト報告書
第 225 集
2012年
千葉大学大学院
人文社会科学研究科
本研究プロジェクト報告書の一部から著者本人以外が引用を行う場合や、本報告書の内容
を参照・利用した場合は、通常の引用・参照方式に則り、必ず出典を明記してください。
インドシナ諸国の教育カリキュラムの調査
Investigation of Education Curriculum in Indo-China Countries
目次
第一章
タイの教育の概要と、国際課題の取り扱いについて
-地球的諸課題を取り扱う科目の導入可能性
2
坂口千恵
第二章
ベトナムの教育カリキュラムの調査
―環境教育の現状と課題 家庭ごみによる環境教育教材化をめざして
9
松本みどり
第三章
外部性の拡大による国際学術協力の振興
Promoting International Academic Cooperation by the Impact to Externalities
29
吉田雅巳
YOSHIDA, Masami
1
タイの教育の概要と、国際課題の取り扱いについて
-地球的諸課題を取り扱う科目の導入可能性
坂口
千恵
1. タイ国の概要
東南アジア地域の中心部に位置するタイは、人口 66,720,153 人(CIA、2011)、面積 51.3
万平方キロメートルの国であり、現在発展途上国から先進国へとテイクオフを目指してい
る。タイの一人当たり国内総生産(2010)は 4597 ドルであり(IMF、2011)、この数値は世
界銀行によると「上位中所得国」に分類される。特に首都であるバンコクやその周辺の工
業地帯は、世界中から企業が集まる、多国籍経済地帯として発展を続けている地域である。
また、日本人観光客が訪れた外国の第 5 位がタイであるという、2010 年の統計もある。文
化や歴史、多様な地域性を生かした観光立国としても、国際的な存在感を示しているとい
えよう。しかし一方で、国内における政治的対立、カンボジアとの国境線の問題など周辺
諸国との不安定な関係、2011 年に起きた未曾有の大洪水など、順調な発展を妨げる要素は
絶えない。
発展のただ中にいる国にとって、自国及び世界の開発や地球的な諸問題を考えることは、
非常に重要なことであり、国際化する世界の中で必要とされる能力である。インドシナの
中央部に位置するという性質から、周囲の国々と政治経済、市民レベルの交流などの面で
良好な関係を維持することが、タイが存続する上で必要不可欠であるといえる。また、タ
イは仏教の国であるという印象が強いが、実際はイスラム教やキリスト教などの異なる宗
教、複数の人種を擁する多民族国家であり、国内においても相互理解や共存は欠かせない。
そこで本章では、発展著しい東南アジアの一国であるタイの中では、国際的な諸問題に
対してどのような位置づけをしているのか、教育の中で関連する項目が取り入れられてい
るのかどうか、そして将来的にどのような教育を導入することが出来るかという点につい
て考える。
2.タイの教育の概要
2.1 教育制度
ここでは、タイの教育制度について概観する。
タイの学校教育制度は、日本とほぼ同様であり、就学前教育、初等教育(6 年)、前期中
等教育(3 年)、後期中等教育および後期職業教育(3 年)、高等教育(3 年~)となってい
る。日本の小学校に該当する初等教育・日本の中学校に該当する前期中等教育の 9 年間が
義務教育となっている。実際には、日本の高校に該当する後期中等教育まで進学する生徒
が多く、さらに後期中等教育終了後、70%近くが高等教育へ進学する。なお、初等教育か
ら後期中等教育における授業料は無償である。中等教育における教科科目は、タイ語、数
学、科学技術、社会、宗教、保健体育、美術、音楽、職業、そして外国語となっている。
2
2.2 教育に関連する法案
タイの教育政策における長期的枠組みは、1961 年に制定された国家教育計画、同じく
1961 年より 5 年ごとに制定されている国家経済社会開発計画、そしてタイ国初の教育法と
して制定された、1999 年の国家教育法において示されている。教育政策の重点項目は、国
家経済・社会開発計画と整合している。また、2004 年に制定された「Strategic Action Plan」
では、教育機会、教育の質と管理の開発、国際競争力の強化を目指すことが明記されてい
る。以下は、年代ごとにみられる教育目標の推移および、各計画の中で国際化に関連した
事項での、時刻の目指す方向性について、特に強調されている項目である。
【1970 年代】
・ラックタイ(タイのアイデンティティ)、民主主義憲法、文化と芸術を重視すること
・自己と他人の権利、義務、風紀、法律、宗教、モラルを尊重すること
・民族、社会、宗教そして自己に対しての責任をもつこと
・天然資源や環境保護に対しての重要性を認識すること
【1980 年代】
・科学技術に対する能力の不足への対策
・若い世代のモラル、規律、責任に対する、家族と社会組織の役割を強調すること
【1990 年代】
・環境保護
・世界経済への貢献
・モラル、精神、文化、社会的価値に対する教育の重視
・伝統的な歴史、文化の尊重
・外国文化の流入に対して、自国の伝統への理解を深める
・国際理解や国際交流のために、伝統芸術や文化を活用すること
・地方の知恵、地域カリキュラムの強調
【2000 年以降】
・社会の急速な変化に対応すること
・環境保護と資源の効果的な利用
・国際社会において、国の役割に貢献すること
・国際化、科学技術や文化交流に対応するために、外国語を推進すること
・団結力のある社会
・社会格差の構造的問題の解決
・国際社会における競争力を高めるための、科学技術能力の発展
・地方の知恵や地域の文化を尊重する
【タイ文化キャンペーン年(1994 年)】
1992 年、チュワン首相の文化政策に関する発言を受け、タイ文化の価値の認識、国家文化
の継承・発展を図るために定められた
・各学校では地方の文化、産業を学ぶ活動が活発化し、全国の寺院が文化発展センターの
中心となった
3
【国家教育法(1999 年)
】
・物質面と精神面の調和的発展
・環境教育の重視
・グローバルな時代に対処するため、多文化・外国文化の理解と尊重
【基礎教育カリキュラム(2001 年)
】
・タイ的な内容(タイ人アイデンティティ、道徳倫理、宗教の強調など)に国際的な内容
(世界共通の知識として、科学・技術を重視)を加味
以上から、教育の中で地球的な課題の取り扱いを推進しようとする一方で、国家イデオ
ロギーやタイのアイデンティティの重視、地域学習を積極的に取り入れているという、二
つの流れがあることが分かる。そこでタイが国際社会の一員として発展していくべき方向
性を定めるため、また、教育のなかで国際化と地域重視の両方を目指すという、タイの特
質を念頭に置いた形での教育を推進するために、どのような教育が有用であるか、次項で
検討する。
3. 地球的な課題を取り扱う教育について
地球的な課題を取り扱う教育科目は数多く、その中でも内容が重複しているもの、国や
地域によって意味合いの違うものなどがある。今回は、特に大きな特徴を持つ三科目;国
際理解教育、開発教育、グローバル教育について概観する。
3.1 国際理解教育
国際理解教育は第二次世界大戦終戦後まもなく始まった歴史の古い教育であるが、その
名前や性質は変遷をたどってきた(田中、1994)。1974 年にユネスコが採択した、
「国際理
解、国際協力および国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関
する勧告」が、その方向性を定めたと言える。
国際理解教育の中で取り扱うべき課題としては、民族、平和、軍縮、人権、開発、人口、
環境などの問題が示されている。この勧告はそれまでのユネスコおよび国際理解教育等の
議論を集約し、国際教育の基本的な考え方を提示するとともに、その内容やあり方にも触
れている。「国際理解教育」の名前から想起できる内容である他国・異文化理解や人権の尊
重に加え、地球的視野と相互依存関係への認識、国際的な連帯・協力の必要への理解、人
類共通の問題を解決することなどの特徴を有している。類似した名称を持つ教育に、異文
化理解教育、多文化理解教育などがあるが、それらは特に「異なる」文化や、アメリカな
どの多文化社会における「共生」に重点を置いている(中西、1993)
。
「国際理解教育」は、その名にあらわされている通り、異なる文化を教育の文脈で理解
することが最大の特徴である。この前提に基づくと、多文化や多民族の学習は国際理解教
育の中に当然含まれている。平和教育や人権尊重、貧困撲滅や開発などの課題も重要な要
素である。一方で、これらの諸問題の「理解」のみにとどまっているのではないかという
批判もある。また、ユネスコによるこの国際理解の枠組みは、あくまで「国と国の間の」
理解と尊敬を目指すものであり(佐々木、2000)、たとえばグローバル市民として国境を
4
越えて役立つ能力開発を目指す教育というわけではない。
3.2 開発教育
第二次世界大戦の終戦時には、世界の中の少数の国が、その他大多数の国を占領してい
た。1945年以降に被占領国は次々に独立したが、先進国と発展途上国の非常に大きな格差
は存在したままであり、世界経済は二極化した。北側と南側の国々の格差を、南北問題と
呼ぶ。その中で開発教育は、イギリスや欧州諸国を起源とし、南北問題の理解およびその
解決に向けての学習を発端とする、1960年代に始まった(Osler、1994)(矢田、2005)。
つまり、開発教育は南北問題への対応と深く結びついているのである。また、開発教育は
開発に関連する事柄を広く取り扱うため、国際理解教育、環境教育、平和教育や人権教育
とも強い関連があるとされる(田中、1994)。先進国で行なわれてきた教育である一方、
「開発イコール経済発展」という開発観の見直しが、開発教育の考え方を導いた(田中、
2008)。
開発教育の主眼は、開発をめぐる様々な問題の理解と解決にある。従って、取り扱われ
ている内容は、開発そのものに加え、開発によっておこる貧困、環境問題、経済格差、国
際協力の必要性などである。同時に、現在その重要性が叫ばれている「持続可能な開発」
も、主要な項目の一つであると言える。また、開発教育の特徴の一つは、参加型学習
(Participatory Learning and Acton Study)という点である。開発に付随して起こる問題を学
び、解決法を考えて行動する、という箇所が、上記の国際理解教育と異なる。
開発教育は開発に関連する様々な事象を取り扱うだけに、学ぶべき範囲が広く、年齢の
低い学習者には難しくなりすぎると指摘がある。また、環境や人権などは開発と深くかか
わるテーマであり、実際に開発教育の題材となるが、「環境教育」など、その名を冠した
教育科目の方がより適しているということもある。また、小瑤(2003)は、開発教育が先
進国の視点から作られたものであるという起源から、先進国の目線を強調していることを
指摘する。
3.3 グローバル教育
グローバル教育は、1970年代にアメリカで始まった。アメリカは当時、泥沼化するベト
ナム戦争の最中であり、人々は長引く戦争に嫌気がさしていた。この教育は、そういった
アメリカ至上主義への抵抗から始まった活動であり、同時に多文化社会であるアメリカの
中での共生を目指すものでもあった(田中、1994)。この教育は、イギリスにも受け継が
れる。しかし現在、グローバル教育は研究者や教育の形態によって、2種類の異なる内容と
して認識されている(佐藤、1999)。一つは、上記の「アメリカで始まった、グローバル
市民を育成する教育」の意であり、今一つは、国際理解教育や開発教育、環境教育などを
含んだ「地球的な課題を取り扱う教育の総称」である。混同を避けるため、本章でのグロ
ーバル教育は、一つ目の意味を指すこととする。
グローバル教育で取り扱われる項目は、多様性の理解や国際的な諸問題の理解、地球市
民の育成、国際社会への積極的な参加などである。その中でも、主要な目的の一つは、グ
ローバル時代における共生、そして、国と国の垣根を越えた視点で考え、行動することの
5
できる「グローバル市民」の育成である。魚住(1993)は、国際理解教育とグローバル教
育はしばしば混同されがちであるが、「グローバル市民の育成」という視点がより強いと
いう面が、グローバル教育の特徴の一つであると指摘している。
3.4 それぞれの教育の特徴と適合性
以上の教育を導入するとしたら、それぞれの教育にはどのような適合性があるだろうか。
まず、「理解すること」は、全ての学習の基本である。したがって、国際理解教育は地球
的な諸課題を取り扱う学習の大きな導入部となりうる。つまり、先進国であれ発展途上国
であれ、導入可能であると考えることが出来よう。たとえば特別な科目設定を行うことが
難しくても、既存の科目の中で幅広い視点や項目を通じて、グローバル化やそれに伴う問
題を学ぶ、学際的なアプローチが可能である。これらの教育の基礎となる部分として活用
することが出来るだろう。
開発教育は、特に新興国にとって有益であることが考えられる。なぜなら、開発に関わ
る学習をし、その長所と短所を考えることにより、この先自国に求められる開発とは何か、
国として進むべき方向について、デザインすることが出来るからだ。現在の開発教育は、
先進国によってはじめられたものである。つまり、この開発教育の中では「先進国にとっ
て」望ましい開発の形を反映している可能性がある。従って、新興国や発展途上国の視点
から、開発教育は国際的な問題認識、開発に対する意識を高め、国際社会の中の自国のあ
り方を考える契機となる学習として、有意義なものとなるであろう。
グローバル教育は、特に先進国に有益だと考えられる。この科目の主要な目的は、国際
社会をリードする立場として、持続可能な社会を維持していくために必要な、グローバル
市民としてのあり方を考えることであるからだ。多くの先進国は、現在伸び悩みはあるも
のの、他の新興国や発展途上国と良好な関係を築くなど、グローバル社会をより良い形で
持続させるため、その中心的な役割を担うべきである。グローバル教育は、グローバル社
会の一員としての自覚を育成するための学習として適用できると考えられる。
4. タイにおける開発教育の導入可能性と課題
では、どのような教育をタイに導入すればよいだろうか。発展途上国からテイクオフを
しつつある、新興国という位置づけにあるタイでは、開発教育が適しているのではないか
と考えられる。先に述べたように、良好な国際関係を維持することはタイ自身の発展に不
可欠であり、地球的な諸課題を取り扱う教育の導入は、その認識を深めることに貢献する。
その中でも特に開発について学ぶことで、国際社会において発展を目指す上で自国の立つ
べき位置、貢献の方法を考えることが出来るという、有効かつ新しい視点を提供できる。
また、都市と農村、民族間、社会階層の違いによって受けられる教育機会や質に格差が存
在し、国家の経済社会開発が、格差の拡大につながっているという自国内での葛藤や(村
田、2008)、国際化の進展につれ、経済的側面の発展のみが重視されてきたこと(末廣、2009)
を省み、タイ文化、地方の知恵の学習が強調されている点なども、開発に伴って表出して
きた事項である。これらについて学ぶための視点を提供するという点でも、開発教育は一
6
定の効果をもたらすのではないかと期待される。
タイでは現在のところ、開発教育や国際理解教育など、地球的諸問題を学習するための
独立した科目が存在しない。開発教育は学際的な内容になることが考えられるため、まず
は高等教育で導入するのが望ましい。国際化がさらに進むであろう将来において、教員に
必要な資質の一つなるよう教員養成課程で初めに導入すれば、その後も教育課程の中で広
がりやすいのではないかと考える。そしてまた、タイの将来を担う若い世代にとって、有
益な教育のひとつになると期待される。
5. 参考文献
・石井由理子『グローバル化とユネスコの国際理解教育:グローバル・スタンダードと多
様性』山口大学教育学部紀要第 52 号 pp.193-202(2002)
・魚住忠久「国際教育」pp.178-193 石坂和夫編『国際理解教育辞典』創友社(1993)
・開発教育協会(編)『開発教育
キーワード 51』開発教育協会(2002)
・開発教育推進セミナー(編)『新しい開発教育:グローバル市民教育の現場から』古今書
院(1995)
・小瑤史朗「アジアにおけるグローバリゼーションの進行と開発教育の再構築―被抑圧者
の主体性回復運動を手掛かりとして― 」 国際理解 34 号 pp.175-188(2003)
・佐々木文「日本人の対外国観と国際理解─国際理解教育の理念の歴史的検討を中心に─」
『国際協力研究誌』第 6 号、pp.286-306 (2000)
・末廣昭『タイ
中進国の模索』岩波書店(2009)
・田中治彦『南北問題と開発教育』亜紀書房(1994)
・田中治彦『国際協力と開発教育:「援助」の近未来を探る』明石書店(2008)
・中西晃『国際教育論』創友社(1993)
・西岡尚也『子供たちへの開発教育-世界のリアルをどう教えるか』ナカニシヤ出版(2007)
・村田翼夫『タイにおける教育発展
国民統合・文化・教育協力』東信堂(2007)
・矢田貞行『英国の開発教育:わが国の開発教育の動向を踏まえて』鈴鹿国際大学紀要
Campana 第 12 号、pp.83-98、( 2006)
・山内乾史(編)『国際協力の社会学』ミネルヴァ書房(2010)
・吉田剛、伊藤明香、石森広美 『ESD・国際理解教育関連の研究動向-2009 年度-』 宮
城教育大学国際理解教育センター年報、第 5 号、pp.37-51 (2010)
・Osler, A. (ed). (1994). Development Education: Global Perspectives in the Curriculum. Cassell.
・Office of the National Education Commission Office of the Prime Minister Kingdom of Thailand
“National Education Act B.E. 2542 (1999) and Amendments (Second National Education Act B.E.
2542 (2002))”
・UNESCO “Recommendation concerning education for international understanding, co-operation
and peace and education relating to human rights and fundamental freedoms” 1974
7
8
第二章
ベトナムの教育カリキュラムの調査
―環境教育の現状と課題
家庭ごみによる環境教育教材化をめざして
松本
みどり
日本の開発途上国への支援は、その高い技術力を致したインフラ整備の占める割合が多
い。平成22年度以降は「ハードからソフトへ」と支援の傾向も変容しつつあるが、教育
分野の支援については、期間が限定的なものであったりするなど継続性や定着度の問題を
抱えている。最近、開発途上国においても経済発展の著しい国や地域は、経済発展に伴う
工業化や都市人口の急増、大量消費経済による環境問題が生じている。環境教育では、地
域に応じた課題を題材としながら地球規模の環境課題について学ぶことが求められている
にもかかわらず、国別の課題に呼応した環境教育はまだ一般的ではない。そこで、アジア
の経済発展の著しく、環境問題を抱え環境教育に着手し始めているベトナムの都市を対象
とした環境教育教材の提案を行いたい。ここでは、ベトナムの教育の現状と、環境教育に
ついて調査研究をおこない、今後の提案に生かしていきたい。
キーワード:
1.
環境教育
都市環境問題
生活廃棄物
はじめに
2011 年 10 月ベトナム社会主義国(以下ベトナム)のグエン・タン・ズン首相が首相就任
後初の二国間訪問先として来日した。これは日本が 1992 年 11 月の経済協力再開以降ベト
ナムを最大の援助国としていることによる、ベトナム側の日本との関係重視の姿勢とみる
ことができるだろう。
ベトナムはアジア諸国が近年急激な経済発展を遂げつつある中で 1993 年以降年率 7~8%
におよぶ際立った経済成長を遂げてきた。その結果、GDP に占める工業建設部門シェアは
現在 45%を超え、かつては 50%を上回っていた農業生産シェアは 20%以下にまで低下して
いる。2020 年までの国家の「工業国入り」の目標は達成しつつあるようだ。しかし、その
反面経済発展に伴う環境門題が大きな社会問題になってきている。問題の軽減のためには
法整備や社会基盤の整備とともに、市民の環境意識の向上や環境配慮行動の実践が求めら
れている。
環境教育は、トビリシ宣言では「将来の世代に対する環境の保護」について「環境問題
の認識や理解」を身につけ「環境保護の技能や態度の育成」をはかるものと示されている。
そこでベトナム都市部で特に環境問題が顕著となり、対策が急がれているハノイ市を対象
とした、市民の環境問題への認識や理解を促し、環境保護意識の向上、態度の育成を目標
とする中学校で展開する環境教育の教材化を提案するために現地の現状を把握したい。
2.
ベトナムの概況
9
ベトナムはインドシナ半島の東に位置し、南北に 1,650km以上東西に 600kmと地形は細
長く国土総面積
331,689k㎡(日本の 0.88 倍)。北を中華人民共和国、西をラオス、カン
ボジアと国境を接し東は南シナ海に面している。南西モンスーンの影響を強く受け、7 月か
ら 11 月まで台風の影響を受ける。("CIA World Factbook,")
首都はハノイ、人口
8,693 万人うちハノイ人口は 656 万人、人口密度 1962/k㎡、ホー
チミンは人口 740 万人、人口密度 2530/k㎡、近年農村部から都市への移住比率が 6.1%と
伸び、2 大都市への急激な人口の集中がみられる。(2010 年、ベトナム統計総局(GSO))
労働人口比率では農業が 53.9%、工業が 20.6%、サービスが 38.3%(2010 年)と農業に
従事する比率が高いが、GDP比では、農業 20.6%、工業 41.1%、サービス 38.3%と工業
生産額の比率が高い。輸出は、原油、繊維製品、農水産物が中心である。コメはタイに次
ぐ世界 2 位の輸出量である。工業は食品加工、繊維製品、履物といった軽工業中心ではあ
るが海外資本があいついで導入され工業国へと歩みつつある。
第 2 次世界大戦中には日本軍の進駐もあったが 1945 年独立、1946 年からフランスに対す
る独立戦争(第一次インドシナ戦争 1946~1954)を戦うが、1954 年には北緯 17 度線を境
に国土を南北に分割する。1962 年に米国の介入によりベトナム戦争(第二次インドシナ戦
争 1962~1975)を戦い、1976 年に南北の統一を果たし社会主義国である現在のベトナムが
建国された。
1977 年に国際連合加盟をはたすが、カンボジア侵攻(1978 年)、中越戦争(1979 年)と
あいつぐ戦乱のため、アメリカをはじめとする先進資本主義諸国、国際機関からの経済制
裁を経験し、これらにより経済発展がおくれる要因となった。その後、1976 年、
「第 2 次 5
カ年計画(1976~1980)」を発表、天災による農業生産不振、中越戦争、華人の大量難民流
失など、国際的孤立状態が続き 1970 年末にはベトナム経済危機を経験する。
その後経済危機からの脱却をめざし、1986 年 11 月
「ドイモイ(刷新)」路線を発表す
る。これは、政治・経済・社会など各方面での転換をめざし「民主化・公開化・対外開放・
市場経済体制の導入」の3つを柱とした政策である。
ドイモイによる経済発展は新たな環境問題を生みだした。特に、ベトナム戦争時、アメ
リカ軍によって散布された枯葉剤によって森林は大きな影響を受けていたが、その後の経
済回復や人口の増加による自然資源の不適切な利用や森林伐採による急速な森林面積の喪
失は、土壌の流失や荒廃、水資源の枯渇を生みだし、さらに各地で頻発する洪水や干害、
生物多様性の崩壊の原因となっている。また、法整備やインフラの未整備な状態での経済
政策は、社会環境への配慮に至らず、都市環境の悪化を招いている。
3.
ベトナムの環境門題と環境政策
国連人間環境会議が開かれるなど、日本や欧米諸国に環境問題が顕在化してきた 1970 年代
は、ベトナムはベトナム戦争中から戦後にかけての時期であり、ベトナムに環境問題が生
じるのはその後のことである。
3.1.
1960 年代~80 年代のベトナム
10
第一次インドシナ戦争後、ホー・チ・ミン主席は、戦争で荒廃した国土の自然資源の回
復と保全を図ろうと、1959 年には植林活動を提唱する。69 年に亡くなるまでの 10 年間、
木材、果実、花の供給、防風、土壌浸食の予防を植林の目的と挙げ奨励した。また、主席
の提唱と指導により学校での植林活動が行われる。(Than, 2002)
その後も、ベトナム戦争時にはアメリカ軍による大規模な爆撃や枯葉剤の散布による森
林の破壊があり、ベトナムの国土にとっては自然資源の回復が課題であった。4 分の 3 が山
地であるベトナムの国土は、1943 年には 1,430 万 ha、43%が森林であったが、1985 年には
780 万 ha、24%に減少していた。(社団法人海外環境協力センター, 2000 年) そのため戦後、
72 年「森林保護令」、82 年「国家自然保護戦略」採択、89 年スアン・トゥイ国立公園が東
南アジア最初の「ラムサール条約」の登録湿地となるなど、環境対策として自然資源回復、
保護活動への取り組みはみられるが、実質的な環境保護活動が展開されたかについては調
べることができていない。
3.2.
1990 年代のベトナム
1986 年 12 月共産党祭第 6 回大会において「ドイモイ(刷新)」路線が導入されると環境
政策にも大きな変化が見られるようになった。以前はベトナムの環境問題については、ベ
トナム自体でも把握せず情報もなかった(社団法人海外環境協力センター, 2000 年)。しかし、
対外開放政策による世界各国との協力体制の構築のために、西側諸国において意識されて
いる環境問題全般に対する対応を求められるようになり、1991 年 UNDP (国連開発計画)
の調整のもと、SDIDA(スウェーデン国際開発庁) UNEP(国連環境計画) INCN(国際
自然保護連合)等の協力により、「環境と持続可能な開発のための国家計画 1991-2000 年:
行 動 の 枠 組 み 」( National Plan for Environment and Sustainable Development1991-2000:
「NPESD1991-2000」)が策定された。その目的は(1)天然資源の適切な管理によって国民の
基本的な物質的・精神的・文化的な需要を満たすこと、(2)社会経済発展のために持続可能
な天然資源利用の政策・行動計画・組織を確立すること、とされ、主な内容は(1)生態学的
過程を生命支持システムの維持、(2)動植物の遺伝的多様性の維持、(3)持続可能な天然資源
の確保、(4)人間の生存に必要な環境の維持、(5)生活水準の向上と天然資源の持続を両立さ
せた人口水準・人口配分の達成、である。(「アジア環境白書 2000/01」, 2000)「行動計画に
おける各セクターの活動」として、環境教育に関しては「環境と持続可能な開発に関する
総合的なカリキュラムの策定。環境科学分野の学位過程と教師の養成コースの設置。環境
管理分野の専門家の養成。環境教育のための国際協力の養成と活用」(社団法人海外環境協
力センター, 2000 年)が盛り込まれている。
1991 年 6 月の共産党第 7 回大会で「2000 年までの我が国の経済・社会の安定と発展の戦
略」では、開発戦略の中に環境保護を明確に位置づけ、さらに実現の方法として、(1)自然
保護の法律の公布(2)中央から地方に至るまで、資源・環境保護にかかわる組織を作ること、
(3)幼少年時代から資源・環境保護教育を実施すること、(4)国際的活動にできるだけ早く加
入・参加すること、なども盛り込まれた。
「NPESD1991-2000」を受け、1992 年には国の環境行政を管理・統括する「科学技術環境
省(Ministry of Science, Technology and Environment : MOSTE)が翌 93 年には MOSTE のもと
11
に「国家環境庁」(NEA)、また地方の各省・中央直轄市に「科学技術環境局(DOSTE)」
が設立された。
92 年改正の「ベトナム社会主義共和国憲法」第 29 条において「環境」に関する規定が設
けられ、翌 93 年には「環境保護法」が制定、94 年に施行された。これは、ベトナムにおけ
る最初の環境問題を包括的にとらえた法律であるが、その内容は、ベトナムが抱える個別
の課題への対応について基本的な規定を行うことを主眼としており、持続可能性や環境教
育などの規定は含まれていない。また、95 年には環境基準が作成されたが、その基礎とな
る環境の測定が十分に行われておらず、世界銀行の報告書でも政策実施手段や環境基準・
規制規則を含む政策と環境管理プログラムの整備が必要と指摘されている。(WorldBank,
1995) また、同じ 1991 年共産党第 7 回大会でドイモイ路線の継続が確認されると、92~97
年にかけて経済成長率 8~9%台を挙げるなどドイモイ政策の成果が顕著になってきた。
1992 年 6 月の「リオ・サミット」に参加。ベトナムの環境課題への認識を世界に表明す
る機会となった。
また、政府は「1996 年から 2000 年の5ヶ年計画における方向と任務」の主要目標で、
(1)一人当たりGDPを 90 年の 2 倍に引き上げる。
(2)年平均GDP成長率を 9~10%とする。
(3)年平均成長率を農業生産 4.5~5.0%、工業 14~15%、サービス部門 12~13%とする、
など工業化による経済成長の方向性を掲げている。
3.3.
2000 年以降のベトナム
環境保護政策については「 NPESD1991-2000」の対象期間が終了するが、2020 年に向け
た新たな戦略の策定、環境行政組織の強化、環境保護法の改正など新たな施策が打ち出さ
れている。また、1986 年からの「ドイモイ」政策も継続され、対外的には 2006 年の APEC
首脳会議開催、2007 年 WTO(世界貿易機関)加盟など積極的な経済政策とそれに伴う対外
進出とが展開されている。
2003 年、「 NPESD1991-2000」に代わる新たな国家計画として「2010 年までの国家環境
保護戦略及び 20202 年に向けたビジョン」(National Strategy for Environment Protection to
2010-2020:「NSEP2010・2020」)を策定した。国家社会主義経済開発戦略として環境保護戦
略は、切り離せない一部であり、環境保護への投資は持続可能な開発への投資を意味する
こと、社会のすべての構成員により多様なレベルにおいて取り組まれるべきであること、
などを原則として示している。2020 年に向けた基本的な方向性としては「すべての国民が、
国家の基準を満たす良質の空気、国土、水などの環境、景観、その他の環境の構成要素を
享受できるように、公害の加速に歯止めをかけ、劣化した地域を回復させ、環境の質を改
善し、持続可能な開発を確実なものとすること」(財団法人
地球・人間環境フォーラム,
2007)としている。
2004年8月、経済、社会、環境の調和を図り、持続可能な発展をめざし、「ベトナムの持
続可能な発展のための戦略(ベトナム・アジェンダ21)」が策定された。この中で、経済、
社会、環境を統合し、バランスのとれた持続可能な発展を行っていくために、経済、社会、
環境のそれぞれの分野で優先分野を定めた。
12
2005 年、1993 年に策定された環境保護法が全面的に改正され翌 2006 年より施行された。
全 55 条であった保護法は、各規定が明確化、強化され 15 章 136 条と条文が増えた。主た
る改定内容は以下の通りである。
(1)戦略的環境評価(SEA)、環境保護公約の導入。
(2)事業ごとの環境影響評価が明確化。
(3)「廃棄物管理」
(固形廃棄物・排水・排ガス)
「自然資源の保全と合理的利用」
「海、河川、
その他の水源の環境保護」「環境保護のための人材・資金」に関する独立した章を設けた。
(4)産業立地・業種ごとの環境保護を規定した。
とくに、環境保護の人材育成については、93 年保護法では「環境科学・訓練の人材を訓練
する。環境保護の知識・法令について教育し、広報し、普及する。環境保護の分野におい
て、研究・開発及び科学技術の進展をはかる。
(第 4 章
境保護の国家管理のスコープ
環境保護の国家管理
第 37 条
環
(7)/(8))(社団法人海外環境協力センター, 2000 年)であった
ものが
第 11 章 環境保護のための人材・資金 第 107 条環境教育及び環境保護
のための人材の育成
1.ベトナム国民は、環境保護に関する理解と意識を高めるため、環境に
関する全面的な教育を受けなければならない。
2.環境教育は各レベルの普通教育の正課科目の一つでなければならない。
3.国は、環境保護のための人材の育成を優先して行い、環境保護のため
の人材の育成に加わるあらゆる組織、個人を奨励する。
4.教育訓練省は、自然資源環境省と協力し、環境教育及び環境保護のた
めの人材の育成事業を主管しなければならない。
(財団法人
地球・人間環境フォーラム, 2007)
と詳細な記述になっている。
2000 年以降、ベトナムの経済は工業化の進展、また対外的な開放政策による外資の導入、
貿易の拡大により更なる成長をとげている。戦争により立ち遅れた経済体制の立て直しと
進展を図るため、国際水準をめざし、法整備も国際支援を受けつつ進められていった。環
境課題についても、工業化に伴う課題の顕在化に対応すべく法整備、行政機関の整備が行
われていった。しかし、一方共産党の一党支配のもと、かつ官僚主義の旧泰然とした社会
体制には種々の法改正も「輸入概念であるとの感が否めない」(財団法人
地球・人間環境
フォーラム, 2007)と、評され、また、環境管理にかかわる人材及びその能力が不足している
こと、各セクター及び地域間の環境管理に関する連携・協力が不十分で非効率(WordBank,
2005)であることも指摘されており、法の実効性や行政機関の指導力についても課題を認め
ざるを得ない。
13
表 1 ベトナムにおける社会経済と環境課題・政策
背景
国際関係
60~75 ベトナム戦争
1960
年代
から
1980
年代
79 「新経済政策」
80 GDP 300US$
86 「ドイモイ政策」
72「森林保護令」
80 憲法
82「国家自然保護戦略」採択
89 スアン・トゥイ国立公園が東
南アジア最初の「ラムサール条
約」の登録湿地
90
GDP 650US$
1991 ドイモイ路線の継続
92~97、経済成長率 8~9%
台、ドイモイ政策の
成果
96 8 回共産党大会 「工業
化・近代化」2020 年までの工
業国入りの目標
1990
年代
環境政策
1959 年 植林キャンペーン
ホー主席「老人が木を植え、児童
が世話をする」活動。
92・6 月「リオ・サミット」
参加 11 月日本が 79 以来凍
結していた経済協力の再開
94 アメリカの経済制裁解
除
95 アメリカとの国交正常
化
「有害廃棄物の国境を越え
る移動及びその処分の規制
に関するバーゼル条約」批准
東 南 ア ジ ア 諸 国 連 合
(ASEAN)加盟
98 ア ジ ア 太 平 洋 経 済 協 力
(APEC)加盟
91「環境と持続可能な開発のため
の国家計画 1991-2000」
91「森林保護・開発法」
環境課題
森林・自然環境の
著しい荒廃 ベ
トナム戦争・農民
の移住のため
森林比率
1943 年
国土の 43%
1990 年 28%
戦 争 の 影 響に よ
り 荒 廃 し た森 林
等の自然資源、人
口 の 急 増 に伴 う
環境悪化
92 改正「ベトナム社会主義共和
国憲法」
92「科学技術環境省 MOSTE」 対 外 関 係 の視 点
設立。国に環境保全行政を管理・ か ら 環 境 汚染 課
統括
題の顕在化
工 業 化 に 伴う 環
93 MOSTE の下に「国家環境庁 境課題の発生
(NEA)、地方の各省・中央直轄
市「科学技術環境局(DOSTE)」 人口
93 環境保護法制定(94 施行)
91 年 6700 万人
02 年 8000 万人
95「ベトナム国家基準(TCVN)」
環境基準・排出基準等の環境関連 都市人口比率
92 年
20%
規準類
98「水資源法」
00 年
24%
99「有害廃棄物管理規則」
対外関係の改善・強化
2000
年以
降
ドイモイ路線の継続
02 GDP 1600US$
06 APEC 首脳会議開催
07 世界貿易機関 WTO 加盟
07
GDP 2600US$
02 天然資源環境省 MONRE
ベトナム環境保護庁・天然資源環
境局
03 「2010 年までの国家環境保
全戦略および 2020 年に向けたビ
ジョン」
04 ベトナム・アジェンダ 21
05「環境保護法」改正
14
工業化、都市人口
の増加による
大気汚染、都市河
川の水質の悪化、
廃棄物の増加
人口
07 年 8500 万人
都市人口比率
02 年 25%
05 年 26.5%
4.
ベトナムの環境問題 廃棄物の現状と課題
4.1.
ベトナムの環境課題
ベトナムの環境問題としては、自然環境保護として森林の保全、耕地の土壌、河川・湖
沼・海の水質保持、生物多様性の保全があげられる。南北に細長い国土は温帯から熱帯へ
広がり、地形も山岳地帯や豊かな河川、長い海岸線と変化に富み、豊かな自然環境に恵ま
れている。豊かな自然環境によってはぐくまれた多様な生態系は世界的にも貴重な宝庫と
なっている。また、ドイモイ後の経済成長による産業構造の変化と人口の増加、特に都市
人口の増加は、新たな社会の環境問題を生み出す要因となっている。都市部における急激
な人口の増加は上下水道の未整備、交通事情の悪化といったインフラ課題や廃棄物の増加
によって市民生活環境をさらに悪化させている。
環境専門家や企業の担当者によると、ベトナムの環境課題として深刻なものとして、「水
質汚濁」と「廃棄物」の問題をあげている。(財団法人
地球・人間環境フォーラム, 2007)
また、World Bank も 2002 年と 2006 年の環境報告で「水」「水質」、2004 年には「廃棄物」
を扱い、同様に水質と廃棄物を環境課題の対象としている。(表 2)
ベトナムではコメが主食であり、また世界第 2 位の輸出を誇るなど高い生産量をあげ、
コメの生産は農業の中心となっている。コメの生産のため水田にひく灌漑用の水の確保は
きわめて重要であり、工場排水や生活排水、河川や湖沼に投棄される廃棄物による水質の
汚濁は大きな問題となっている。また、工業においても工業用水の水質は確保される必要
ある。
水質の改善が図られない最大の理由は排水処理施設の欠如や不足といった水質汚濁対策イ
ンフラの未整備にあるといえる。産業排水については、工業セクターの主流を占める国有
企業の工場にほとんど排水処理設備が設置されていない。(財団法人
地球・人間環境フォ
ーラム, 2002) また、回収されない生活廃棄物が河川に投棄されるなど、生活廃棄物も水質
汚濁の原因ともなっている。(WorldBank, 2006)
ベトナムにおける環境課題として、
「水質」は自然保護の観点のみならず市民生活環境の
観点からも重要である。しかし、本研究では、トビリシ宣言を遂行する環境教育の題材と
して、学習者の身近にある環境問題をあつかうこと、身近な環境問題が地球規模に影響を
及ぼすことを学ぶこと、自らが主体的に課題に関わることができる題材であること、など
の点を満たすものであることが教材とふさわしいとして、自らが排出者である廃棄物を題
材として学習する環境教育を提案したい。また、この廃棄物は、河川、湖沼への投棄とい
った問題や処分場の処理能力不足による地下水の汚染につながり、水質の課題にも大きく
関わっている。
15
表 2 ベトナムの環境保護対策・環境問題
年
環境関連法
報告書
1993
1995
2000
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2007
1993
-2011
環境保護法
World Bank
海外環境調査
World Bank
WB Water
WB Solid Waste
WB Water Quality
WB Biodiversity
企業の環境対策
環境保護法
日本
環境に関する法
森林
*
*
耕作地
*
*
*
*
*
*
*
自然生態系自然生態系
土壌
水(海・湖沼・川)
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
生物多様性
*
*
*
*
*
*
*
*
*
都市・工業 環境課題
大気
水
廃棄物
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
地球環境
*
Hai, H. T. (2010). INDUSTRIAL STANDARDS AND ROLES OF STAKEHOLDERS IN 3R IMPLRMENTATION IN VIETNAM. from ERIA:
http://www.eria.org/pdf/research/y2009/no10/Ch06_3R.pdf
Huynh, H. T. (2009). Cleaner Production and the neccessity of Promoting Recycling Industry in Vietnam. from ERIA: http://www.eria.org/pdf/research/y2008/no6-1/Chapter7.pdf
World Bank, M., CIDA. (2004). Vietnam Environment Monitor 2004 Solid Waste. from World Bank:
http://siteresources.worldbank.org/INTVIETNAM/Data%20and%20Reference/20533187/VEMeng.pdf
WorldBank. (1995). Viet Nam EnvironmentaPl rograma and Policy Priorities for a SocialistE conomyin Transition (In Two Volumes) Volume l: Executive Summary and Main Report February
27, . from World Bank: http://www-wds.worldbank.org/external/default/WDSContentServer/WDSP/IB/1995/02/27/000009265_3961214160418/Rendered/PDF/multi_page.pdf
WorldBank. (2003). Vietnam Environment Monitor 2003. from World Bank: http://siteresources.worldbank.org/INTEASTASIAPACIFIC/Resources/Vietnam-Environment-Monitor-03.pdf
WorldBank. (2005). Vietnam Environment Moniter 2005. from World Bank: http://siteresources.worldbank.org/INTEAPREGTOPENVIRONMENT/Resources/VN_Env_Monitor_05.pdf
WorldBank. (2006). Vietnam Environment Monitor 2006.
http://www-wds.worldbank.org/external/default/WDSContentServer/WDSP/IB/2007/07/26/000310607_20070726124200/Rendered/PDF/404180VN0Env0M19190001PUBLIC1opt
mzd.pdf
地球・人間環境フォーラム, 財. (2007). ベトナムにおける企業の環境対策と社会的責任. 社団法人海外環境協力センター. (2000 年). 海外環境情報ニーズ調査業務報告書
Report on the Needs in Developing Countries for the Information on Environmental Protection Measures. 環境事業団. Retrieved 12 月 24 日, 2011 年,
http://www.isc.niigata-u.ac.jp/~miyatah/pubs/gec_needs/env_needs_c02_vietnam.pdf
16
4.2.
廃棄物の現状と課題
ベトナムの廃棄物についての現状と課題について、World Bank 2004 Solid Waste
は以下のよう
に記している。
表3
ベトナム廃棄物(WB2004)
Solid Waste Management in Vietnam at a Glance
Municipal solid waste generation(tons/ye)
・National
・Urban areas
・Rural areas
Hazardous waste generation by industries(tons/ye)
Nonhazardous waste generation by industries(tons/ye)
Hazardous healthcare waste generation(tons/ye)
Hazardous waste from agriculture(tons/ye)
Amount of stockpiled agricultural chemicals(tons)
Municipal waste generation(Kg/pars/day)
・National
・Urban areas
・Rural areas
Collection of waste(%of waste generated) *2
・Urban areas
・Rural areas
・Among urban poor
No.of solid waste disposal facilities
・Dumps and poorly operated landfills
・Sanitary landfills
Capacity for hazardous healthcare waste treatment(% of total)
*1 0.9-1.2(Kg/pars/day)in 2008 (Huynh, 2009)
*2
Nationwide 50-60%
Large cities 80-82%
12,800,000
6,400,000
6,400,000
128,400
2,510,000
21,000
8,600
37,000
0.4
0.7
0.3
*1
71%
<20%
10-20%
74
17
50%
Rural areas 40-55% (Hai, 2010)
(1)廃棄物は都市部に集中している。ベトナムの都市人口は全体の 24%でありながら、一般廃棄
物の約 50%を排出している。都市生活は多くの消費を生み出し、廃棄物の量が増大している。産
業廃棄物からは有害廃棄物や有機分解できないごみの割合も高い。
(2)生活廃棄物の処理は健康や衛生上の問題がある。廃棄物処分場は衛生的な処理がされていない
オープンダンピング方式が主流であり、これは土壌汚染・地下水への有害物質の浸出、メタンガ
スの発生等問題が多い。周辺住民には呼吸器系・皮膚疾患の出現率が高い。また、都市から離れ
て設置されているため搬送のための経費増や交通渋滞などの影響もある。さらに、今後の廃棄物
の増加に処分場は処理能力が伴わない。
(3)有害廃棄物の増加、医療系廃棄物の処理が不十分である。
(4)インフォーマルセクターによる、リユースやリサイクルが一般的に行われ、拡大の可能性があ
る。
また、優先すべき改善点としては
(1)生活廃棄物収集管理の実施について、廃棄物の回収が行われていない貧困家庭への回収、衛生
的な廃棄物処分場の建設、運営コストの改善を行う。
(2)有害廃棄物の規制、管理の改善と、制度上の有効性の改善。
17
(3)市民への廃棄物減量とリサイクル意識の創出。自らの廃棄物処理について、市民による主体的
な管理。広報活動の有効活用によるごみ処理への意識の向上。学校教育での実践。
(4)ウェストピッカーの多くが地方出身の女性や子どもであり保護の対象。
などをあげている。これらは立法行政機関が担うべき法整備と、実効ある運用、および廃棄物の
運搬や処分場などインフラの整備を求めているのと同時に、生活廃棄物の排出者である市民の意
識改革の必要性を指摘している。
4.3.
ベトナムにおける循環資源・廃棄物管理政策
3.3の 2000 年以降のベトナムでふれた環境保護法ではWorld Bank 2004 Solid Waste
の指摘が生か
され、廃棄物を循環資源として扱うことや、環境教育についても定められ法としては整えられた
ものになっている。
環境保護法第 8 章で廃棄物管理を設けている。同法では廃棄物を「生産・経営・サービス、日
常生活、その他の活動から排出された個体、気体、液体物質である」
(第 3 条 10)と定義し、廃
棄物管理は「廃棄物の分類、収集、運搬、減量、再利用、再生利用、処理、廃棄、処分活動であ
る」(第 3 条 12)と定義している。
第 8 章の廃棄物管理では組織及び個人の廃棄物の削減、リ
サイクル、リユース、廃棄の責任、また廃棄物のリサイクルや適切な処理のための分別、廃棄物
管理における人民員会の責任を定めている。
2004 年制定の Vietnam Agenda21 では、第 7 章で廃棄物について、最終処分場の整備、分別によ
る循環的利用水準の向上、病院廃棄物の焼却の推進、コンポスト化の促進、環境教育の推進が定
められている。(VIETNAM, 2004)
また 2009 年には、建設省と天然資源環境省が共同で提案していた、廃棄物の減量化・適正処理・
リサイクルを進めることを目標とした中長期ビジョン(VIETNAM, 2009)が、首相承認された。
このように、資源のリサイクル、廃棄物管理については 2005 年の環境保護法以来、国の「工
業化」と同時に推進されている「国際化」の方針に基づき、国際基準を配慮した政策、方針が打
ち出されていることに準じた成果とみることができよう。
4.4.
生活廃棄物
ベトナムの廃棄物の発生量、処理量については全国的な発生量の推計として、World Bank2004
の報告書に記載されているが、継続的には発表されていない。同報告書によるとベトナムでは 1
年間で 15 億トン超の廃棄物が排出されているが、その 8 割が家庭や飲食店、事業所などから排出
されている生活廃棄物で、工場などからの産業廃棄物の割合は低い。しかし、まだ量的にはわず
かであるが医療機関や工場からの有害廃棄物に対する配慮は必要である。また、都市部から排出
される生活廃棄物の割合が高い。地方の家庭や市場、事業所から排出される生活廃棄物は 60-75%
が有機系廃棄物であるが、都市部では約 50%に過ぎない。また、経済発展に伴いその割合は低下
し、プラスチックや金属、ガラスといった分解不能な物質が増加している。さらに、2004 年に 12
億トンの生活廃棄物の 50%が都市からの排出であるが、2010 年には排出量は 20 億トン、そのう
ち都市からは 63%と大幅な増量が予想される。(World Bank, 2004)
生活廃棄物の回収は都市の規模によってことなり、最大のハノイ市中心地域で約 98%、大規模
都市で 80-82%、地方で 40-55%、平均 50-60%の生活廃棄物の回収が行われている。(Huynh, 2010)
18
40%の回収率に過ぎない地方部(表 3)では、家庭で出された廃棄物は庭や畑に埋めるか、焼
却するか、家畜の餌にされるか、河川に投棄されて処分されている。(World Bank, 2004; WorldBank,
2006)家庭廃棄物が食材の残滓など有機系であるなら、地中や水中での生物分解が期待でき、かつ
ては、このような自然のリサイクルが成立していた。しかし、近年地方の商品経済にもプラスチ
ックやビニル袋などが持ち込まれ、分解されない廃棄物が、土壌や水質の汚染を引き起こしてい
る。また、ハノイ市では家庭廃棄物は URENCO(Public Urban Environment Company)によって有料
(5000VND/人/月)で回収されているが、貧困地域の廃棄物は回収されないため河川に投棄され
ている。周辺農村地域からの流入による都市人口の増加は、このような貧困層の増加でもあり、
投棄される廃棄物の量は増加していくと予想される。
4.5.
生活廃棄物の回収と最終処分場
都市における生活廃棄物の増加が課題の一つであり、首都ハノイ市における生活廃棄物(以下
家庭ごみ)の回収方法と最終処分場の現状については以下のとおりである。ハノイ市での家庭ご
みは、2 種類の方法によって回収される。1 つは各家庭から毎日夕刻それぞれビニル袋に入れられ
路上に出されたものを、 URENCO の収集職員が、ハンドカート(約 450ℓ)を押しながら回収を
行い、中継地で大型の収集車にごみを詰め替えている。(Thuy, 2005)ハノイ市内は狭い路地が多く、
車両も一方通行など規制も多いため、大型の収集車両が直接各家庭から回収することは困難な状
況によるものと思われる。ごみの詰め替えの作業は非効率であり、またごみの散乱など非衛生的
な問題も生じている。もう一つは、さらに狭い路地や集合住宅で行われる方法で、各自が道路の
一角に設置されている廃棄物回収用コンテナ(3~8 ㎥)へ運搬したのち、収集職員が大型の収集
車へ回収する。(藤田正憲, 池道彦, 石垣智基, & 浅野昌弘, 2003)
回収された廃棄物は最終処分場へ運び込まれるが、最終処分場はベトナム 61 の市と直轄市のう
ち 12 都市に設置されているにすぎない。91 の最終処分場のうち 17 の処分場は衛生的な処理がさ
れているが、その他は覆いもされずに放置されている。(World Bank, 2004)また、人口の増加、特
に経済発展による都市増加と廃棄物の増加により、処分場の処理能力も超えることも時間の問題
となっている。ハノイ市では現在、Lam Du 処分場と Nam Son 処分場で廃棄物を埋め立て処分し
ている。 Nam Son 処分場は約 86ha の面積で表面遮水加工の施工と浸出水収集管、地下水排出管
が施された処分場で、2002 年以降生活廃棄物と産業廃棄物をあわせ 1228t/日の埋め立て処分を
予定している。しかし、ハノイ市中心部から 50kmの距離にあり慢性的な交通渋滞の中での搬入
は長時間を要し問題となっている。(藤田正憲, et al., 2003)しかしこれも、2011 年 4 月 1 日付ダッ
トベト紙電子版によると、
「1 日当たりのごみ排出量は約 5000t、うち産業廃棄物は約 750tであ
るが、ごみ排出量は年間 15%のペースで増加しており、このままでは年内に処分場は満杯になる
可能性がある」と報じている。
( http://www.viet-jo.com/newsallow/social/110402114445.html)
4.6.
ベトナムのリサイクル
ベトナムでは循環資源の価格は所得水準と比較し、高めに取引されている。そのため、市民の
廃棄物発生抑制の概念は希薄であるが、排出される資源は高い率で循環利用されている。空き瓶
は、リターナブルが一般的で、販売店への返却で 2000VND が支払われる。また、古紙、プラスチ
19
ック類、金属、ペットボトル類はハノイ市内には 6000 人いるウェストピッカー、(World Bank, 2004)
によって、回収されている。ウェストピッカーは市街地で、排出者から直接買い付けたり、路上
や回収箱に排出された廃棄物の中から拾い出したり、最終処分場で回収したりしている。回収は、
日本でもされているようなペットボトルやプラスチック容器ばかりでなく、日本では廃棄処分さ
れるような、洗剤のプラスチック製空き容器やヨーグルトの容器、発泡スチロールなども回収さ
れている。
回収された循環資源は、専門の運搬業者が買い取り、郊外にあるリサイクル村や大規模な工業
団地にある再生工場へ運ばれる。ベトナムではリサイクルが産業として成立している。投入され
る循環資源の利用効率はプラスチック 90.9%、紙 80.0%、金属 95.2%となっている。(World Bank,
2004)都市周辺の農村部に古くからあった工芸村では、1990 年代の経済成長期ごろから大量に発生
するようになった使用済み、あるいは廃棄された金属・紙・プラスチック材の再生化を家内制手
工業的な小規模経営として自宅で行うようになった。農家にとっては資本を必要としないため起
業が容易で、都市の廃棄物の収集、分別から始め、やがて専業化し、村全体の経済がリサイクル
によって支えられるという「リサイクル村」
(「再生工芸村」)が各地に出現した。鉄リサイクル・
紙リサイクルは大規模な資本が投入され、工業団地内に移転した村もある。海外から大量の古紙
や鉄スクラップ、廃プラスチックを輸入し、再生品を作り出している。
ベトナムでのリサイクル産業の発展は、法的な支援に基づく発展というより、都市郊外農村部
で従来から行われていた農閑期の手工業が母体となり、資源の高価格な取引による経済的な利益
の享受によるものといえよう。また、再生産品はインフラの整った工業団地内で生産されるもの
ばかりでないため、個人宅などで排気や排水の汚染への配慮がされずに生産されていることは問
題となっている。約 3000 のリサイクル村のうち、1450 村で水源の汚染があると報告されている。
(小島道一 & 吉田綾, 2006)環境保護法に基づき、今後は汚染対策についても取り組まれていくと
考えられる。
環境教育の視点としては、このようにすでに資源循環のシステムが慣習として成立しているこ
とは、資源の再生化のために環境への配慮を行うという条件付きながら、資源の有効活用という
観点で活用すべきこととして学習に組み込んでいきたい。
4.7.
ベトナムの環境教育要件
ベトナムの環境問題を概観してきたが、ここではベトナムの環境教育として取り入れる要件を
考えていきたい。
多くの課題があるが、環境教育課題として生活廃棄物(家庭ごみ)を題材としたい。環境教育
では「自らが関わる環境問題」
「身近な環境問題から地球的視点を学ぶことができる」課題を題材
として「主体的に行動する」態度の育成をめざしている。家庭ごみは、学習者自らが排出者であ
り、限りある地球の資源、有害物質の排出など環境問題の基本的な知識を学ぶ機会となり、さら
に排出の抑制という行動目標に向かって、主体的に参加することができる課題である。また、ハ
ノイでは処分場の限界が近づいており、喫緊に取り組まなくてはならない課題となっている。同
時に、ベトナムで自然環境保護として社会的にも大きな問題となっている河川の汚染についても、
投棄される廃棄物は関わっており、家庭ごみを学ぶことによって環境教育の基礎的な学習として
構成していきたい。
20
5.
ベトナムの環境教育
4ベトナムの環境課題では、ベトナムの都市での環境課題にとって、家庭ごみを扱う学習教材の開
発による環境教育を行うことが適切と考えた。ここでは、ベトナムの教育政策と現状からベトナ
ムの環境教育の現状を概観する。なお、教材の対象としては、環境教育のねらいの一つである「環
境への主体的な行動」育成をはかるとき、学習経験や体験を重ねた高学年であること、義務教育
の終了前であることを勘案し、中学校過程が相当と考えている。したがって、以下教育政策につ
いても、中学校を中心に記す。
5.1.
ベトナムの教育政策
教育の中央行政機関は教育訓練省(Ministry of Education and Training)であり、教育行政は国・
章・市町村の各レベルの担当である。国は教育政策の立案や各教育レベルでの課程基準を設定し、
省・市町村はその実施や監督の責任を負うものとなっている。初等・中等学校は市町村が設置・
管轄している。 1975 年の統一まで、南北の教育制度は異なっており、1981 年に旧南ベトナムの
制度を採用することが決まり、1991 年に初等教育の 5 年間が義務教育となった。
現在ベトナムでは 1992 年憲法、1998 年の教育法に基づき、小中学校では 2002 年より改定され
た新カリキュラムで学校教育が実践されている。こうした現状に合わせる形で 2005 年に教育法が
改正され、翌 2006 年より施行された。現在、新教育法に基づく教科書、指導書の作成が行われて
いる。
新教育法の特色として、近田は
1998 年教育法が市場経済化という大きな方向の中で教育普及をどのように
推進するかを重視するものであったのに対し、2005 年教育法はすでに一定程度
普及した教育の質や水準をどのように高めるかという性格が色濃くなっている。
つまり、共産党の一党体制における市場経済化という国是は不変ながら、教育
行政に関しては規制緩和・量的拡大から規制強化・質の改善へという方向転換
がなされつつあると言えるだろう。
(近田政博, 2009)
と述べ、ベトナムの社会経済政策とともに、国際社会における人材の育成を視野にいれ、また
ベトナムの国際的な地位の確保に向けて国際標準を強く意識した内容といえよう。ベトナムの初
等教育就学率は 2005 年にはすでに 98.8%(ベトナム統計局,2005)、中等教育においても 75.8%
(UNESCO, 2007)を示し、発展途上国の中では群を抜く高い就学率を示している。この教育法では
9 年間の義務教育が定められ、さらに教育の質の改善を強く意識したものといえる。
新教育法では普通教育の目標として、
第 27 条 普通教育の目標
1.普通教育の目標は、道徳や知恵、体質、審美眼、基本的な諸技能について生
徒の全面的な発達を促し、個人としての能力や積極性・創造性を育むことであ
21
る。また、社会主義ベトナムにおける個人としての人格を形成し、公民として
の資格と責任感を育て、進級あるいは労働生活のための準備を行い、祖国の建
設と防衛に参加するためである。
(2.略)
3.中学校教育は、小学校教育の成果をより強固にし、発展させることを目標と
する。中学校では基礎的水準の普通教育を行い、技術や職業志向についての基
礎認識を持ち、高校や中級職業学校、職業訓練校もしくは労働生活へと継承す
ることを目標とする。
(4.略)
第 28 条 普通教育に求められる内容と方法
1.普通教育の内容は、普遍的、基礎的、全面的、かつ職業的志向を有し、体系
的であることが求められる。かつ、生活上の実践に結びつき、当該年齢の生徒
の生理・心理に適応し、学級ごとの教育目標に対応しなければならない。(中
略)
中学校教育は、小学校の履修内容を強化し、発展させなければならない。ま
た、生徒がベトナム語や数学、ベトナム民族の歴史についての普通教育の基礎
認識を深め、社会科学や自然科学、法律、情報、外国語などの知識を備え、技
術や職業的志向に関する必要最小限の認識をすることを保障しなければなら
ない。(略)
2.普通教育の方法は、生徒の積極性・自主性・主体性・創造性を養い、学年お
よび学問ごとの特色に対応しなければならない。また、自ら学ぶ方法、チーム
ワークを習得し、知識を実践するための技能を鍛錬し、情操を養い、生徒を学
ぶ喜びと感動へと誘うものでなければならない。
(近田政博, 2009)
と教育の目標や内容が定められているが、環境教育についての具体的な記載はみることができな
い。しかし、教育方法で生徒の主体性を育む教育を示すなど、環境教育とその取り組みについて
合致する方向性が記されている。
5.2.
環境政策・教育政策にみる環境教育
ベトナムでは、法律と同時に「政治局決議」「党中央員会決議」「国家主席令」「政治決定」「首
相指示」など法規範文書として機能しており、されに決議・指示は頻繁に修正・変更されるなど、
法整備の遅れが指摘されている。(「アジア環境白書 2000/01」, 2000) ここでも、2005 年の教育
法との関連性を見出すのが困難なてんもあるが、環境保護法や教育訓練省の省令から環境教育に
ついて概観したい。
3.1の「1960 年代~80 年代のベトナム」で概観したように、1980 年代までのベトナムには、旧来
の自然保護活動はみられたが、学際的な視点を持つ環境教育の積極的な取り組みは見られなかっ
た。1993 年に制定された環境保護法にも環境教育についての具体的な記載はみられない。しかし、
2001 年、教育訓練省より首相決定としてOn approving the Project “Integrating environmental education
22
into the national education system”が発令された。このプロジェクトの目的としては、
To help students across educational levels in the national education system have a
thorough understanding of legislations and laws of the Party and of the Government
on environmental protection; and have environmental knowledge to develop
conscious behavior towards environmental protection.
(MOET, 2005)
とし、環境保護に対する知識は態度の育成を、政府をあげての展開を示している。
また、環境教育の内容とその方法については、中高等学校の教育に対し、
Lower and Upper Secondary Education: providing students with knowledge on
ecology and relationship between human beings and national environment; helping
students develop skills for environmental protection and conservation, and display
responsible behavior towards the surrounding environment.
(MOET, 2005)
と、生徒の主体的な環境保護に関するスキルや態度の学びを促している。
このプロジェクトを 2001 年より 2005 年までの期間とし、さらに MOSTE(the Ministry of Science,
Technology and Environment) MPI(the Ministry of Planning and Investment) MF(the Ministry of Finance)
をはじめとする関係諸機関との連携による展開を指示している。
学校現場での実践についての報告は確認できていないが、Dung Thi Bach Thuy(Thuy, 2005)による
と、国際機関による何例かの人材育成や環境教育のプロジェクトが展開されたが定着は見られず、
環境教育に関しては教科書やカリキュラムの改定など根本的な改定が必要と提言している。
2005 年 1 月には教育訓練省から大臣名で発令されている。そこでは、先の 2001 年の首相決定
指示のもと環境教育と教育訓練の達成のために、2010 年に向けての実践が示されている。小中学
校教育については
For Primary and Secondary Education: providing students with knowledge on the
environment and skills for environmental subjects in appropriate forms and through
extra-curricular activities.
(MOET, 2005)
と記され、環境保護に関する関連諸機関との連携の中で、カリキュラムを超えた活動による総合
的な環境保護教育の推進を勧めている。
2005 年 12 月改定の環境保護法では、環境教育について以下のように、人材育成と学校教育及
び社会教育での積極的な取り組みを定めている。
第 11 章 環境保護のための人材・資金
23
第 107 条 環境教育及び環境保護のための人材の育成
1.ベトナム国民は、環境保護に関する理解と意識を高めるため、環境に関する
全面的な教育を受けなければならない。
2.環境教育は、各レベルの普通教育の正課科目の一つでなければならない。
3.国は、環境保護のための人材の育成を優先して行い環境保護のための人材の
育成に加わるあらゆる組織、個人を奨励する。
4.教育訓練省は、自然保護環境省と協力し、環境教育及び環境保護のための人
材の育成事業を主管しなければならない。
(財団法人
地球・人間環境フォーラム, 2007)
このように、教育訓練省は環境保護法に互換性を保ちながら、環境教育の推進を図ろうとして
いる。
5.3.
ベトナム前期中等教育(中学校)カリキュラムにおける環境教育
ベトナムの教育制度は 1981 年以降、初等学校(小学校)5 年、前期中等学校(中学校)4 年、
後期中等学校(高等学校)3 年で、初等教育の 5 年間が義務教育であったものが、前述の 2005 年
教育法により、前期中等学校(以下中学校)までの 9 年間となった。2002 年カリキュラムによる、
中学校教科書から自然環境保護および都市・工業環境問題について言及している内容について触
れられている個所は以下のとおりである。
なお、ベトナムで使用される教科書は、教育訓練省が編纂し、教科書審査に基づいて認定され
ているが、各学年各教科一種類のみである。
24
表 4 ベトナムの中学校教科書にみる自然環境保護と都市・工業環境課題に関する学習
学年
教科
学習内容
自然生態系
森林
6年
公民
生物
7年
技術
公民
8年
地理
生物
9年
地理
生物
・自然を愛する
・自然とともに暮らす
・植物の役割
・気候
・水源
・土地
・動物と人
・農業編
木・林業・家畜・水産
生産規定と環境確保
・環境保護・自然資源
・ベトナムの海・河川
海洋資源の確保
・生物保護
・生物資源の確保
耕作地
土壌
水
*
*
*
*
*
都市・工業課題
生物多様性
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
大気
水
*
廃棄物
*
*
*
*
*
*
*
・ベトナム地理
資源・海洋資源
・排水
・有害廃棄物
*
*
25
*
地球環境
ベトナムの中学校の環境問題に関する学習内容、指導要領、教師用指導書の内容、および 7 年
生公民授業14課「環境保護・自然資源」単元の授業参加からえた特色を、トビリシ宣言の目標、
学習目的と照らし合わせた。
目
標
目
的
表5 トビリシ宣言と教育訓練省省令
トビリシ宣言
ベトナム 環境教育
・都市および農村地域における経済性、 経済性、社会性、政治性、生態的依存、につ
社会性、政治性、生態的依存、につい いて、学習内容および指導内容に含まれてい
ての明確な認識を育てること
るが、知識中心で認識の育成に至っていない
・あらゆる人々に、環境の保護と改善 環境の保護と改善に必要な知識、価値、につ
に必要な知識、価値、態度、誓約およ いてふれている。しかし、態度や技能の獲得
び技能を獲得する機会を与えること
にはいたらない
・個人、グループそして社会全体とし 新しい行動パターンについて説明されている
ての環境に対する行動の新しい行動パ が、授業では自ら創設する機会は設けられて
ターンをつくりだすこと
いない
認識(Awareness)
社会集団および個人が、環境全体とそ さまざまな学習領域で環境問題について触れ
れに関連する問題に対して関心をも ている。しかし、感受性の育成については、
ち、それに関する感受性を持つように 指導内容に含まれているが、評価の機会がな
する
く取り組まれているか不明
知識(Knowledge)
社会集団および個人が、環境とそれに 責任については、さまざまな学習を通して教
関連する問題において、多様な経験を えられている。基本的な知識についても教育
得て、それに対する責任をもち、基本 されている
的な理解を身につけるようにすること
態度(Attitudes)
社会集団および個人が、環境に関連す 価値観や感情および意欲的な態度について
る一連の価値観と感情を獲得し、環境 は、指導内容には含まれているが、これも授
の改善と保護への活発な関与をもたら 業では取り組まれている可能性は低い
す意欲を得るようにすること
技能(Skill)
社会集団および個人が、環境問題を識 技能も知識としては伝達されている。評価さ
別し、解決する技能を与えること
れる機会がない。
参加(Participation)
社会集団および個人に、環境問題の解 学校や教師個人の力量によるところが大き
決に向かう働きに、あらゆるレベルで い。全体の学校で取り組まれているとはいえ
活発に関わり合いをもつ機会をあたえ ない。
ること
トビリシ宣言と、教育訓練省からの省令とは表現の違いはあるが、内容的にはほぼ同様といえ
る。また、指導要領や教師用の指導書についても生徒の態度の育成についても触れられ、目標を
具現化しようとする姿勢は感じられる。しかし、ベトナムの学校では、中学校卒業時に統一試験
が行われ、試験の通過が卒業資格となる。そのため、試験の通過を目指すため、授業は教師の説
明が中心で生徒は暗記をする、というのが一般的な授業展開のようだ。したがって、指導要領や
大臣指令で主体的な学習を促すが、なかなか学校現場では実践されていない。また、教科書は全
国一律なものであるため、地域ごとの環境課題に対応する授業を行うなら、教師が独自に教材を
開発する必要がある。また、教師自身も主体的な授業や参加型の授業の経験がないため、一部の
26
訓練を受けた教師以外は実践が難しいのが現状である。
5.4. ハノイ市における家庭ごみを題材とする環境教育教材開発の要件
ベトナムの環境問題と、教育の現状について概観してきた。そこから今後の、ハノイ市におけ
る家庭ごみを題材とした環境教育教材に望まれる要件をあげる。
(1)環境教育の目標および目的については、トビリシ宣言に準じて設定する。
これは、今なおトビリシ宣言が環境教育においては引き合いに出され、原点ともされているこ
と、また、ベトナムの教育訓練省からの指示もトビリシ宣言を強く意識したものと考えられるこ
とによる。
(2)生徒の主体的な活動を促すことを意識した教材内容であること。
現在のベトナムの教育は知識重視の教育ではあるが、国の目標も「教育の質の向上」をあげ、
指導要領では生徒の態度の育成や主体的な学習を求めている。環境教育では、
「環境への責任ある
行動」を求めており、教材で扱うことにより生徒の意識や態度の育成を図っていきたい。
(3)学習内容や方法は、ベトナム、ハノイの現状や教育から離れたものでないこと。
今までもいくつかの海外支援による教材が展開されてきた。しかし、そのほとんどは海外での
教材をそのまま持ち込んだものであり(Thuy, 2005)、ベトナムやハノイの教育の現状と離れたもの
があった。アクティビティについても、ベトナムでは教室にかなりの数の生徒がいることや、紙
やペンなどの教具も貴重で絶対数も足りないという現状を踏まえて、勘案していきたい。
6.
参考文献
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28
第三章
外部性の拡大による国際学術協力の振興
Chapter 3: Promoting International Academic Cooperation by the Impact to
Externalities
YOSHIDA, Masami
吉田雅巳
The current dominant concerns of international cooperation in universities focus on valid affiliation or
syndication with foreign universities to develop international programs and to improve university in terms
of educational quality, student recruitment, expansion of educational services and innovative management.
However, realization is frequently inert because of difficulties in human communication, curriculum
development, budgeting and organizational reform under unclear view of pros & cons. Nevertheless, staff
members feel that it involves implicit benefits to be able to improve future education.
‘Theory of Externalities’; a microeconomics tool, explains effects of international cooperation in a leading
enterprise to others who did not have a choice and whose interests were not taken into account.
Then, this study aims to draw benefits of positive externalities of observed in a Ministrial ICT project based
on the ‘Theory of Externalities,’ and discusses how a leading international distance education project could
influence.
As for this preceding case of positive externalities, the author referred to Thailand Cyber University
project.
As results, we confirmed positive externalities in both production and consumption, and concluded that
results of active domestic online education project could contribute near future dissemination of
international distance education programs. In addition, the competition even under monopolistic
environment would increase penetration or decrease price of developed international programs.
Keywords: Internationalization, Student Mobility, Externalities, Distance Education, International
Programs
1.
Introduction
The number of university students in internalization is growing. It summed 0.8 million in 1975, has grown
to 3.34 million in 2008, and that showed a more than four-fold increase. Thus, the growth in the
internationalization of tertiary education has accelerated during the past ten years, reflecting the growing
globalization of economics and societies. In addition, the mobility of foreign student numbers in recent
years indicated that the growth in foreign enrolments has been larger in most emerging countries than in
U.S. In fact, U.S. occupied still the highest global intake, but it showed a significant drop as a preferred
destination of foreign students, from 26.1 percent (year 2000) to 18.7 percent (year 2008) (Organization for
Economic Co-operation and Development, 2010).
15.7% of all international students in tertiary education are from China, and this volume is largest in the
world. However, international students of tertiary education to China is declined about one-half of a
percentage point during 2000-2008, and occupy merely 2 percentage in the world.
This equilibrium gap leaded one-side forwardness in educational investment (see Figure 1). The growth in
the internationalization has developed international cooperation with foreign universities by valid affiliation
or syndication that establishes flexibility of programs with respect to counting time spent abroad towards
degree requirements. Then, many countries which have an internationalization policy make approaches to
cooperate with universities in China, even Chinese universities have little interest.
29
Figure 1: The Equilibrium Gap of International Education by On-side Forwardness
In addition to the trend of the educational globalization, local internationalization is expected to improve
domestic universities in terms of educational quality, expansion of academic services and innovative
management.
Unfortunately, realization of internationalization in emerging countries is frequently inert because of
difficulties in affirmative introduction of manpower, budgeting and organizational reform under unclear
view of pros & cons. Nevertheless, staff members feel that it involves implicit benefits to be able to
improve future education through internationalization, such as below.
To develop international course
To exchange resources
To develop communication
To adapt international standard
Expecting Effects on Internationalization
It needs to investigate an overt case of an emerging county in terms of necessary measures, methods of
curriculum development and effects on policy decisions for international enterprises.
Most methods of initial installation of international programs, distance education via Internet is expected.
E-learning and distance education have beneficial features to be able to develop international
communication and international programs with a minimum of effort (Yoshida, 2007).
As a case study of a concrete challenge, the study in this article focused on the Ministrial ICT project in
Thailand that bridged foreign universities and domestic universities in terms of academic data affiliations
and knowledge exchanges via online, and we investigated derivative effects.
Here, the target project was considered as not only a node of international academic resources, but also
cues to develop international educational services through Internet.
2.
Context of the National ICT Project
The project organizer, the Commission on Higher Education (CHE), was directed to set educational
standards while providing resources as well as carry out follow-up activities, inspection and evaluation of
university management on the basis of academic freedom and excellence. To promote educational
communication in terms of ICT in education among more than 200 institutes that include 151 national
universities in Thailand, and providing indispensable online academic opportunities, Thailand Cyber
University (TCU) project was initiated by CHE.
The TCU was stipulated as a knowledge and education center, using nationwide academic network
infrastructure (UniNet) (UniNet, 2010) and the latest technologies to provide various academic services to
all national universities. As underlining objectives, TCU wants to increase the number of people who can
access universities, acquire knowledge at their convenience, irrespective of time or location (Thailand
Cyber University, 2010d).
Offering academic services are
1) Provision of free of charge e-learning system (Thailand Cyber University, 2010c), software, and online
conference system (Thailand Cyber University, 2010b)
2) Provision of academic resource references by coordinating national and international agencies
3) To develop customized Human Resource Development by request
30
4) E-learning for teachers and students
5) Distance education courses with credits by coordinating leading national universities
6) Nationwide and international conferences and seminars to disseminate ICT related knowledge
(Thailand Cyber University, 2010a)
7) Enhancing communication among educators and students via online.
8) To conduct applied researches to promote ICT in education
Developed distance education courses meet the educational standards set by an internationally recognized
quality guarantee system. A credit exchange system is created, allowing the credit gained from an distance
education course, to be transferred from one university to another.
In addition, TCU is a coordinating body of national universities with relevant agencies of inside and outside
the country. As for international cooperation, TCU has contracted to the following seven international
organizations.
•
Gwangju-Jeonnam University e-Learning Research & Support Center, The Republic of Korea
•
Hanyang Cyber University, The Republic of Korea
•
MIT OCSW, United States
•
UNESCO, Bangkok
•
National Institute of Multimedia Education, Japan
•
The Institute of APEC Collaborative education, The Republic of Korea
•
Tokai University, Japan
In addition, the following international academic activities have been operated so far.
<Japan>
•
Jointly researching on e-Learning quality and standard with professors in Chiba University and
National Institute of Multimedia Education.
•
Conducting workshop and research on synchronizing distance education via network with professors
from King Mongkut's Institute of Technology Ladkrabang and Tokai University.
•
Sharing open courseware with Waseda University.
•
Cooperating with JICA to conduct training program for teachers from Papua New Guinea.
•
Cooperating with NTT IT to crate the project for managing education in the 4 provinces in the South.
<United States>
•
Being a member of MIT Open courseware.
•
Cooperating with SLOAN-C Consortium to develop e-Learning.
•
Cooperating with Missouri University to research on Instructional Experience Laboratory.
<Korea>
•
Cooperating with Chonnam University to research, develop, and share knowledge in e-Learning.
•
•
Cooperating with Korea Education and Research Information Service (KERIS).
Cooperating with Institutes of APEC Collaborative Education (IACE) to develop e-Learning
personnel.
<UNESCO>
•
Joining in Next Generation Teacher Training Project to develop educational personnel.
<ASEN Education and Research Hub for Lifelong Learning>
•
Being a member of the Research Network 1 Developing ICT Skill, e-Learning and the Cultural of
e-Learning in Lifelong Learning and working on the White Paper on e-Learning and Lifelong
Learning in Thailand
•
Jointly organizing the ASEN Conference 2009 - Lifelong Learning: e-Learning and Workplace
Learning
Thus, the way of TCU looks like Welch’s ‘selection and concentration (Welch & Byrne, 2003),’ however
their activities are most relevant to cultivating distance education in domestic universities.
31
2.1. Mission Strategies
To embody the ideal mission operations, TCU set the following three strategies.
Strategy 1: Creating cooperation in learning management among domestic and international universities
Strategy 2: Providing distance education via the UniNet.
Strategy 3: Conducting research and development of standards and quality assurance.
Thus, it is a crucial measure for TCU to involve international communication in developing services and
supervision, and this strength is seen in strategy 1.
So far, the TCU has operated nationwide online education services, and the e-Learning of the center service
involves hundred thousand students and four thousand teachers as active users (see Figure 2 below).
Figure 2: Users of TCU e-Learning (January, 2011)
3.
Effects Spilled from TCU
When the communication system at the dawn of the international distance education program developed by
the TCU project entails to change the environment for the following universities, an external economy of
microeconomics theory explains the effects. In economic terms, there is an externality when an activity
creates spillovers on people who are not directly involved in the activity (Harris & Codur, 2004). This
means that one individual activity affect to change the total social costs or benefits. Actually, TCU offers
ICT education service to domestic universities and project purpose is clearly to improve domestic
universities in the front, and simultaneously TCU has strong affiliation with foreign organizations to
operate their various services in the back. As long as an individual university is not bearable about costs to
produce new international program, a new service does not appear. However, all universities can receive
benefits impartially from the TCU services, “network externality or network effect” occur in the market.
When network effect is present, the quality of a service (e.g. international program) increases as more
universities use it. If network externality effects are created through the service for complementary goods
(e.g. TCU project) and there is an incentive to invite entry (e.g. national online community), these effects
are sufficiently strong (Economides, 1996).
However, universities still have distrust about benefits in internationalization and presence of network
effects. Therefore, the debate in this article is likely to have major consequences for these universities in
Thailand.
The following sub-sections provide a comprehensive analysis of externalities that addresses affinitive,
political and technological basis of this phenomenon.
3.1. Positive Externalities
Free distance education tools of TCU were disseminated and experiences of universities to develop distance
32
education courses had piled up. In addition, the latent international communication in TCU services is a
node of huge online academic resources and foreign universities.
Then, the emerged positive externalities in production of TCU developed by 1)-8) of section 2 are also
spilled over to national universities. And, expanding surplus is shown in a parallelogram SEFS’ in Figure 3.
Figure 3: Effect of Positive Externalities in Production
Then, marginal equilibrium is possible to move from E to E1. Additional potential surplus exists in a
triangle EE1F as ideal optimum situation.
Difference between S and S’ developed by TCU is the subsidy to all universities in other words because the
most TCU services are not charged. Also, services of TCU included no monopolist purpose that could
enhance willingness of universities to install international distance education as well.
Continuously, TCU service enables nationwide accessibility to all university students (see Figure 2)
through national academic Internet infrastructure. Then, ICT competencies of students have been cultivated
equally through experiences of distance education learning, such as 2), 4)-7) of section2, and expanded
surplus is shown in a parallelogram D’FED in Figure 4. Here, marginal social benefits are larger than
marginal private benefits, and feasibility of international programs is larger by targeting on students
involved in cyberspace.
Marginal equilibrium was possible to shift from E to E1. A triangle EFE1 is the dead-weight loss in which
new distance education can be introduced with both sustainable and affordable.
Initially, this positive externality in consumption was developed by leading 35 universities that can
coordinate effectively through e-Learning course developers & users and formal contracts to achieve
efficient learning of students. Distance education and action of students of these leading universities
influenced the following large numbers of universities, and the nationwide online academic social
community was formed and network effects based on mature competencies to learn in cyberspace were
generated. Spulber (2008) summarized the network effects by coordination size. The small numbers of
consumers are able to coordinate their decisions, where the large numbers of consumers are with the
opposing brief that some should give orders and others obey. However, when there are many consumers
that can be segmented into separate interest groups, network effects are also confirmed to these interest
groups. Both coordinations have been simulated in TCU already in common ICT environment and varied
academic majors.
33
Figure 4: Effect of Positive Externalities in Consumption
3.2.
Merits of Expand Education to Overseas
Figure 5: Change of Surplus by Expanding Distance Education to Overseas
This explains the drive of foreign university to export their education to emerging countries. Figure 5
shows demand curve and supply curve of distance education in a foreign developed country.
If the distance education is offered only inward, supply is prepared enough to cover all domestic demands,
and equilibrium is appeared at E as price P0 and student number Q0, where producer surplus is a triangle
SEP0 and consumer surplus is a triangle DEP0. Therefore, total surplus is a triangle DES.
However, the distance education is possible to export to overseas as well. When a university decides to
expand the distance education including overseas, it should be required an additional cost for foreign
management, distance education services and/or syndication. Then, distance education is priced higher as
P1, and universities increase supply to Q1. However, higher price of distance education can not answer
demand of domestic students. Then, it decreases student number from Q0 to Q2. Remaining gap Q1-Q2
would be export margin to overseas.
Here, the change of surplus is seen as follows.
Consumer surplus:
decrease from an area DEP0 to an area DFP1.
Producer surplus:
increase from an area SEP0 to an area SGP1.
This means expanding distance education would be benefits to increase income and students for
universities and disadvantage for domestic students. However, increased producer surplus is larger than
decreased consumer surplus, and then it brings benefits in total project level. This is why universities of
34
some developed countries eager to expand their higher education to overseas by using distance education,
especially universities in the declining birthrate country.
3.3. Effects of TCU Activities to Internationalization of Universities
Feasibility of distance education for international programs is strongly governed by those prices. As
material fact, the tuition of domestic university was designated as far lower price, and it allows limited
interests of universities to introduce international programs (Xiong, Sakaguchi, & Yoshida, 2010). Here,
consumer surplus is the triangle DFP1 and producer surplus is the limited area within a triangle SGP1
in Figure 6. However, distance education enables to access instructions without restrictions of time and
place differences, if ICT infrastructure prepared. In addition, current TCU services in online environments
brought many merits to develop programs, and virtually decreased the supply curve to S’.
Figure 6: Effect of the Positive Externality in Increasing Surplus
Then, producer surplus increases to a triangle S’JP1. A parallelogram SIJS’ means the corresponding
external effect of TCU online project, and a trapezoid SGJS’ is the transferred surplus to the producer.
This result mentioned that the externality increased possibilities to develop international distance education
program of the low tuition.
4.
Conclusion
In the early stages of the project, TCU cooperated with potential universities that were able to develop
distance education, and activities of these leading universities could increase positive externality to
nationwide universities in production.
In addition to dissemination of distance education courses, TCU conducts two times of conferences for
educational staff, technical staff and students in every year, and invites foreign dominant researchers and
accept foreign presenters. Conducted large conference venues and gathers a few thousand participants from
nationwide educational institutions could not be embodied by any individual university. During
presentations of foreign guests, TCU provided simultaneous voice translation service through wireless ear
sets. This community enhancement developed network externalities both universities and students, and
increased positive externality in consumption.
As legitimate evaluation of TCU activities, TCU received an honorable mention award of UNESCO King
Hamad Bin Isa Al-Khalifa prize for the use of ICT in Education on January 26, 2010 from the United
Nations Educational, Scientific and Cultural Organization, Paris. The award was for TCU’s contribution to
the theme “Teaching, Learning and e-Pedagogy: Teacher Professional Development for Knowledge
Societies” and for promoting the use of ICT in education by developing TCU-Learning Management
35
System (TCU-LMS).
(X 100000)
18
budget
16
14
12
10
8
2006
2007
2008
2009
fiscal year
2010
2011
Figure 7: Budget Allocation for the Project (U.S.$/year)
The budget allocation of TCU for online services is not so large, if we consider the scalability of the project.
Merely 8 hundred thousand U.S. dollars can cover nationwide ICT service (see Figure 7).
Figure 8: Change of Demand Curve under Monopolistic Competition
As the intended target product is the style of education, a forming market would not be free competitive
market. It would have some differences among universities in program area, curricula, offering degree, a
counterpart university in foreign country, and so on. Then, reality of near future international distance
education programs would be a market of monopolistic competition. In monopolistic competition, each
university would produce a unique program with a unique brand name, but students view each of the
brands as being substitutes to some degree (applied from Varian, 2010). Though a university may have a
legal affiliation with a foreign university on its international program and brand name, so that other
universities can not produce exactly the same program, it is usually possible for other universities to
produce similar programs.
Thus, even under the monopolistic competition, gradually the demand curve of international distance
education programs would be shift below and must tangent with average cost curve (see point E in Figure
8) (Shimamura & Yokoyama, 2010). Then, price of the international program also will decrease by effects
of TCU environment.
36
5.
Acknowledgments
The authors would like to express our special thanks to Ms. Chanoknan Chomchai of Thailand Cyber
University Project, Ministry of Education Thailand on receiving generous support to summarize project
records.
6.
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37
インドシナ諸国の教育カリキュラムの調査
(2009~2011 年度)
人文社会科学研究科
研究プロジェクト成果報告集
編者
発行
印刷
第 225 集
吉田 雅巳
平成 24(2012)年 2 月 28 日発行
千葉大学大学院
人文社会科学研究科
千葉大学生活協同組合
38