「東京さすらい人」の伝言(1) 京さん - 伊豆歩倶楽部

【第37回
2009年4月4日
土曜日 掲載】
「東京さすらい人」の伝言(1)
京さん
初回は、東京駅南口から皇居をさすらいます。
南口には、
「はとバス」の窓口乗場があります。利用客も多いです。今話題となっている東京の郵便局も
目の前にあります。鳩山・西川両氏の顔が浮かびます。南へ約10分皇居です。内堀通り1周5Kmで
「京さん」も今までに20周程ウォークしました。桔梗門の辰巳櫓をスタート地点として、左回りで大手門、
平川門、乾門少しコースを外せば、国立近代美術館、北の丸公園、日本武道館、千鳥ヶ渕です。この辺は
桜が見事です。さらに靖国神社、インド大使館、イギリス大使館も目に入ります。半蔵門から桜田門にかけての
桜田濠の土手に咲く菜の花は目を楽しませてくれます。二重橋の上にかかる二つの雲をなんと呼んでいるか
ご存知ですか?「おそれおお雲」
「かしこ雲」
・・・余談はさておき、もうスタート地点に戻って来ました。
万歩計は7Kmを表しています。小休止の後、もう少し足をいじめてあげよう。
初回と言うことで「京さん」のペンの歩きが悪かった。反省
一句
【第38回
『春暖 石垣に
江戸の句碑あり』
2009年5月5日
「東京さすらい人」の伝言(2)
〔次回は「新橋」界隈〕
火曜日 掲載】
京さん
前回は皇居での小休止。万歩計はまだ7Km。足は物足りないと寂しがっている。もう少し刺激を
与えてあげよう。自分の足だ! 遠慮することはない。さあ出発だ!日本最大の官庁街である。国会議事堂、
各省庁が建ち並ぶ、桜田、祝田通りを歩き。新川次郎の「雨の外苑夜霧の日比谷」
(歳がバレルぞ)の
日比谷公園、帝国ホテルと有名な建物が並ぶ日比谷通り、前方には51歳の東京タワーが笑っている。
目の錯覚か・・・いやそんなことはない。笑っている「京さん久しぶり」と。
左折して少し進むとゴールの新橋駅「SL広場」です。万歩計は11Km。丁度良い距離を示しています。
里山ウォークと違って都会のウォークは周囲に車両、人並、高層建築物、ウインドウと変化が多く、肉体的
より、精神的疲労があるので無理は禁物です。次の行動に移ることが重要です。目的はウォークの後の
楽しみが40%を占めているのです。
新橋は官庁街に近いことから特に飲食店が多い所です。せっかく新橋に来たのだからガード下での
飲食にしょう。ガード下と言っても侮るなかれ、隠れた美味しい店を発見することもある。電車が頭上を
通過するので最初は気になるが慣れてくれば子守歌、全く気にならない。今日は頑張ってくれたおみ足に
アルコールの匂いを少し与えたところで本日のウォークは終了しました。千鳥足にならぬ間にお勘定。
一句 『春風や
【第39回
盃交わすガード下』
2009年6月1日 月曜日
「東京さすらい人」の伝言(3)
〔次回は「浅草」界隈〕
掲載】
京さん
浅草は「京さん」が最も好きな所です。下町情緒溢れる何とも言えぬ庶民的匂い。毎月足を運びたいが、
そううまくは行きません。嘆きはこの程度にしてさすらいましょう。
浅草と言えば、浅草寺です。雷門から仲見世を左右に見ながら浅草寺へと。雷門の大提灯は重量750Kg
と大変な重さです。浅草にはいくつもの通りがあります。国際・言問・雷門など10数の通りがあります。
その中でも浅草六区を外すわけにはいかない。浅草六区が浅草の町を代表する「場」であると言っても過言
ではないでしょう。通りを見物して歩くだけでも十分6Kmはあります。
浅草からは喜劇とお笑いの役者が多く輩出されています。
「京さん」はウォークの他に落語が好きで浅草に
行けば立ち寄る「浅草演芸ホール」桂歌丸師匠の色紙のサインは『笑いの人生』です。笑いが一番!
浅草の町は飽きることがありません。浅草公会堂入口横には、有名人の手形があります。日本最初のジェット
コースターがある花屋敷遊園地などがあります。昼食はあっさりと藪そば御三家(
「神田やぶ」
「池の端やぶ」
「並木藪そば」
)の雷門近くの「並木藪そば」で腹ごしらえをして、午後は隅田川十三橋へとさすらいます。
一句:
【第40回
おみくじに
笑い声あり
2009年7月6日
「東京さすらい人」の伝言(4)
立夏かな
〔次回も浅草界隈〕
月曜日 掲載】
京さん
雷門から5分。神谷バーの前を今日立ち寄ることもなく直進。デンキブランも飲めません。水上バス乗場
(吾妻橋)に着きます。対岸には、アサヒビールのユニークなモニュメントが目に入ります。
何を表わしているのか知っていますか?
答えはウォーク終了後にしましょう。
水上バスに乗ってはウォーキングになりません。乗船すれば、日の出桟橋、お台場へと行きます。
隅田川の最終13橋の勝関橋までは大変ですので、約中間点の両国橋で対岸に渡り、吉良邸跡、回向院、
両国国技館、旧安田庭園を目に焼き付けて雷門に戻ります。
余力があれば、更に桜橋まで足をのばして「言問だんご」を食べて糖分を補給すれば良いのです。
浅草は1∼2回の訪れで納得する所ではありません。何度足を運んでも飽きない所です。帰りには仲見世にある
「舟和」に立寄り芋羊かんと「京さん」が旨いと思っている「あんころだんご」をお土産に。渋いお茶にあいます。
駒形橋近くの「駒形どぜう」創業200年以上前、歴史ある店舗です。江戸の香、庶民の味、店内の雰囲気がまた
良いです。下足番が下足札を渡してくれます。その木札番号がチェックまで代用してくれます。
「どぜう」を
食べて夏を乗り切りましょう。
アサヒビールのモニュメントの答えですが「ビールの泡」を表わしています。まだ見たことのない方は一度
見てはいかがですか。
今回はウォークより「駒形どぜう」
「舟和」と食の方にペンが歩き過ぎました。
一句
゛喉もと 流れていきます
ビールかな
″
「次回
【第41回
2009年9月1日
「東京さすらい人」の伝言(5)
上野界隈」
火曜日 掲載】
京さん
上野と言えば「恩腸上野公園」
、上野駅と言えば井沢八郎の「ああ上野駅」が思い浮かびます。今日は
恩腸上野公園と合羽橋をさすらいます。上野動物園、西郷隆盛像、国立博物館、日本最初の西洋料理店
上野精養軒、4月には桜見物の席取り合戦などと有名なところです。不忍池。ロダン作「考える人」の
彫刻もあり芸術に親しめるところです。
どこの御人か知らぬが通行人の有無にかかわらずお構いなしに歌う人、マジックなどのパフォーマンスが
見られる面白いところです。西郷隆盛像の人気スポットで見物客が多いです。公園を一周したところで合羽橋に
行きましょう。
浅草方面に約20分歩くと合羽橋道具街に着きます。両側にびっしり並び、道具ならなんでもあります。
「京さん」はお椀を6個買いました。ゆっくり歩いて片側30分。両側で1時間、3Kmあります。こんなに
多くの食器、調理用品等があるものだと感心しました。客足も多く、土・日曜日は稼ぎ時です。ここからは
浅草も近いので、浅草に立寄り、下町の匂いを体内に入れるのも良いです。
「京さん」はここまで来た時は、
浅草に立寄りポッピー横町で一杯。もう一杯寄るならば「天ぷら屋」です。テレビで旨い行列のできる店として
放映されている店には行きません。放映の依頼があっても断る店に行きます。店主曰く「放映すれば一時は
入るが常連客がいやがり来なくなる。
」とのことです。これでお分かりでしょう。
「京さん」はこの様に、
客を大事にしてくれる店に行くのです。合羽橋で買い物もしたことだし、浅草は次の機会にして、今日は
上野に戻り軽く一杯やります。
一句
『夏羽織
西郷どんと
『夏のれん
ツーショット』
お椀えらびや 合羽橋』
「次回
2009年10月 1 日
【第42回
「東京さすらい人」の伝言(6)
木曜日
多摩川」
掲載】
京さん
今日は、東京都から神奈川県へ浮気です。浮気と言っても男女間の浮気ではありません。東京都から川崎市へ
浮気をするのです。多摩川沿いを下流に向ってさすらいましょう。
スタート地点は小田急線。南武線の登戸駅から徒歩10分の多摩川です。川崎市側で対岸は東京都です。
小田急線で新宿から小田原へ向かった時、登戸駅近くの川が多摩川で、土手がウォーキングやサイクリングコース
として、18Kmに渡り整備されています。登戸が15Km 地点で上流3Km、下流15Kmの18Kmで
往復36Kmです。コースは平坦で登り下りの苦しさはありません。距離は1Km毎に表示されていて安心です。
サイクリングの人も通行しますので注意することです。土手は河川敷で野球場、サッカー場があり、土・日曜日に
は大会が催されています。
対岸に目を移せば、東京の景色、土手を下れば多摩川のせせらぎと友達になれ、魚影も多く見られます。
数年前に「タマちゃん」が立ち寄ったこともあり、きれいになった多摩川を見るのも良いものです。
距離は自分の足に相談して挑戦して下さい。里山をウォークするのとは違った感覚でウォークできるのでは
ないかと思います。
一句
『
多摩川や 白きテントの
芋煮会
』
「次回 鎌倉」
【第 43 回
2009年11月1日
「東京さすらい人」の伝言(7)
日曜日 掲載】
京さん
古都鎌倉をさすらいましょう。鎌倉はあまりにも歩きたいところが多く、1 日では歩けません。有名な寺院も
数多くあり、約 150 寺院と言われて、様々な山門が迎えてくれます。
今日は、西側を重点にウォークします。鎌倉駅から小町通りを抜け、鶴岡八幡宮、源頼朝が頭に浮かびます。
街道を少し行くと右に建長寺、ケンチン汁の話もありました。あじさい寺で有名な明月院、足はどんどん進みます。
円覚寺、浄智寺を歩き、源為朝像のある源氏公園で小休止。
金銭にご利益満点の神社として有名な、銭洗弁財天(宇賀福神社)に立ち寄り、霊水でお金と心身を清めました。
洗ったお金は良いことに使うと良いそうです。「京さん」は、その日のうちにアルコールに替えました。
これは悪いことだったのでしょうか。おあしは、飛んでいきました。
出世稲荷の佐助稲荷神社の赤いのぼりのある、100 本の鳥居をくぐりました。少しは出世するかな∼。
もう、それはないでしょう。
普通は、ここで鎌倉駅へと戻るのですが、歩き足りないのでさらに、大仏ハイキングコースから鎌倉大仏(高徳院)
へと足を進めました。
高さ約 11.3m、奈良の大仏と日本二大大仏に数えられ国宝とのこと。30 分かけゴールに到着。
今日は、鎌倉五山のうち建長寺、円覚寺、浄智寺の三山を再認識することができました。温故知新。脳細胞が
ぐーと増え、頭が重くなりました。
一句
『
山門や 秋の七草
ちりはじめ
』
「次回
鎌倉パートⅡ」
【第44回
2009年12月1日
「東京さすらい人」の伝言(8)
火曜日
掲載】
京さん
今回も鎌倉です。前回、鎌倉五山のうち三山に立寄れました。石畳の参道を抜け、五山の一つ寿福寺。
ここには、源実朝、北条政子の墓があります。合掌。東へ鶴岡八幡宮を左手に見て、金沢街道を4㎞、
竹の寺として知られている善寺・報国寺に到着。坐禅の修行が舞っていました。 坐禅は初体験ですが、
覚りは・・・。
腕時計を外し、靴下を脱ぎゆったりとした衣服が良いと言われ特別に袴を提供して頂き、正しい姿勢、
呼吸法のアドバイスを受け、無念無想の境地をと思いましたが、40分では無理でした。それに「京さ
ん」だけ平手で背中を「バン」と有難い愛の手を頂きました。 仲間は無念無想のふりをして知らんふり、後から
「自分がやられるのかと思った」などと。住職は「姿勢が悪かったので」と「京さん」に申し訳なさそうに・・・。
それからは「姿勢」ということに気を付ける様になり、今は感謝しています。
終了後、庭園に向い住職を含め横一列に安座し法話を頂きました。普通ならば住職と相対するところ
を
相対せず、「お話をする時は皆さんと一緒です」と言って、我々と同じ位置に座られたのです。「京
さん」また勉強させて頂きました。竹寺として知られているだけに立派な竹林で、これぞ竹林と感激し
ました。
5分で五山の残り浄妙寺です。これで鎌倉五山に立寄りました。鎌倉は、1日・2日で歩き終わりま
せん。その時々の四季の変化を見せます。江ノ電のぶらり旅など。鎌倉には奥深くベールに包まれたもの
があります。何度でも鎌倉を散策したいものです。「京さん」は、約 800 年前の鎌倉幕府未の源頼朝の
栄枯盛衰を垣間見た感じを受けました。
一句
『
竹林に 坐禅覚りの
息白し
』
「次回 箱根」
【第45回
2009年12月26日
「東京さすらい人」の伝言(9)
土曜日
掲載】
京さん
今回は、天下の嶮と謳われた箱根の山登りに挑戦します。正月の風物詩となっている箱根駅伝の五区
山登りも良いのですが、交通量が多く非常に危険ですので、新駅舎にリニューアルした箱根湯本駅から
スタートして、旧街道、石畳コースをウオークしてゴールを目指します。
また、六区の下りは、登りよりも時間がかからず体力的に楽ですが、膝に負担がかかり痛める場合が
ありますので、注意が必要です。体力的には厳しいものがあるかもしれませんが、達成感はやはり登りの
方が、強く感じられます。登りはゆっくり時間をかけてウオークすれば良いのです。
箱根湯本駅から早雲寺、旧街道、畑宿、寄木会館(駅伝の往路優勝杯は「寄木作り」です)を、横目に一里
塚へと。一里塚を過ぎるあたりから、コースで一番きつい登り坂。我慢のしどころ、残り約6km。石畳
が続きます。捻挫に注意し、ゆっくり行きましょう。改築された甘酒茶屋で小休止。約1kmの石畳がまだ
続きます。江戸時代の 1680 年に整備された歴史ある石畳を、今現実に「京さん」がウオークしているので
す。周りは、杉林昼間も薄暗くひんやり、自然と汗が引いてゆきます。旧街道の杉並木が見えてきました。
ゴールが目に入った。一気にゴールテープを切りました。万歩計は9km。時間は3時間30分。
箱根駅伝ミュージアム、記念碑を見て、湖畔のレストランでわかさぎフライで乾杯。帰りは、箱根湯本
駅から徒歩3分の立ち寄り湯「かっぱ天国」で汗を流して気分爽快。
一句
『初春や 登り下りの
色だすき』
「次回
【第46回
2010年1月28日
木曜日
「東京さすらい人」の伝言(10)
京さん
大山」
掲載】
今回も浮気です。
「大山詣・大山講」と江戸時代から有名な大山・阿夫利神社をさすらいます。
小田急線伊勢原駅から、バス約20 分で終点大山着します。降りると同時に緩い登り約15 分でケーブル追分駅。駅から神社
下社まで6分。
「京さん」は、ケーブルには乗りません。神社下社まで、男坂・女坂があり、男はきつく、女はやさしいです。
勿論、男坂をウオーク。下社で参拝後、大山・阿夫利神社を目指してウオーク開始。大山(1,253m)まで苦しいものがあります
が、そのお返しが、頂上からの眺望ですはらしいものがあります。ゆっくり登れば良いのです。下山の方法は、登ったコースを
下りる。下社からケーブル利用。下社から大山寺に立寄り下ります。
日向山の中腹にある日本三代薬師の一つ日向薬師に立寄る時は、大山から別の下山コース(見晴台、石地蔵、九十九曲)を利用
すると良いです。寺名は霊山寺、
「京さん」も足を踏み入れたことがありますが、山門から鬱蒼とし、ひんやり汗が引き、足は急
ぎ足になった感じがしました。
神社下社からの初日の出は、非常に良いものがあります。初日の出が昇った時、周りから歓声が上り、
「京さん」も思わず
「万歳三唱」
。感激の時は率直に態度に出しましょう。初詣参拝客は、1,500 人位で、ゆっくりと初日の出が拝めました。初日の出
は、午前6時51∼52 分ころなので、それからゆっくりと初ウオークで大山に登りました。また、大山と言えば、大山豆腐を忘れ
てはいけません。 次回は、東京に戻ります。
一句
『大山に 転げ登るや 初日の出』
「次回 銀座界隈」
【第47回
2010年2月28日
木曜日
「東京さすらい人」の伝言(11)
京さん
掲載】
久し振りに東京に戻って来ました。東京の空気が懐かしい。この人波はやはり東京です。
東京駅八重洲口から有楽町へと向かい、銀座の町中を昔の記憶を呼び起しつつさすらって行きます。日曜日の歩行者天国、
老若男女の元気な声、華やかなファッションと目を楽しませてくれます。東京都庁は、今は新宿に聳え立っています。
この界隈には15県がアンテナショップを構えており「京さん」は沖縄ショップで購入しました。沖縄までの旅費が浮き、
得した感があります。余談ですが、新宿に宮崎県、広島県のアンテナショップが有りますが、客足の多さから東国原知事に
軍配です。
今は、阪急・マリオンとなっていますが、かつては日劇ミュージックホールがあり、ここからもスターが数多く生まれ
ました。晴海通りには、
「みゆき族」が出没いましたがすぐ消えました。数寄屋橋の柳、三愛、和光,鳩居堂、歌舞伎座などが
有名スポットでした。歌舞伎座と言えば、老朽のため建直すとのこと。左脇にうまい立喰いそば「歌舞伎」と「茶寮」があり、
館内での提供品と同じ材料で打ったものが、舌代も安く、そばのみですが歌舞伎座の味がしました。かき揚げがグッドです。
残念ながら従業員の言によれば、
「新築時には、この店はないでしょう。4月一杯で閉店です」
。皆さんに愛されて来た味が
消えています。本当に残念。
東京の「食の台所」築地中央御売市場を一周し、
「月島もんじゃ街」に立ち寄って新橋駅を目指す。築地本願寺近くの
アルバイト先で汗を流した日々もありました。
今日は、
「京さん」の楽しい青春懐古となりました。
一句
『わがままに からむ銀座の 柳かな』
「次回 御徒町・隅田川」
【第38回
2010年4月1日
「東京さすらい人」の伝言(12)
木曜日
掲載】
京さん
御徒町下車と言えば、アメ横です。
日ごろも人出は有りますが、年末に更に多く買物客が御節を買いに訪れます。
貴金属なども驚くほど安い、大丈夫なのでしょうか。
「京さん」は、アメ横で買物という意識はなく、両サイドにある商品
をただ見るだけで楽しんで歩かせてもらうという意識の方が強いです。上野まで目を楽しませて貰ってありがとう。
東上野に「キムチ横丁」というキムチの匂いが強烈な通りがあつたのですが、その一画が工事中となっており確認さ
残念でした。大阪鶴橋の焼肉キムチ街とは比較にはなりませんけど。鶴橋は歩いているだけで洋服に匂いがしみつき
ます。
隅田川に向かいます。その途中の大通りには仏壇、仏具の店舗が連なっています。雷門は、相変わらず人出です。
いつの間にやら神谷バーを通過し、水上バス乗車の吾妻橋です。
「春のうららの隅田川」今日は、この歌にぴったりです。両岸の桜を見ながら下る。ウオークとは違ったものが発見
できるかもしれません。冷たい風、肩には桜舞い散る隅田川。十三橋下を約300 人乗せ、風を切って下りて行きます。
「京さん」は、このパノラマの中の主人公になっています。人気のスポットお台場にあっという間に着きました。
ここから「さすらい人京さん」が最初スタートした皇居まで最後の力を振り絞りウオークします。
「京さん」がスタート地点へ戻って来たということは・・・ 12回、1 年間続いた「京さん」も今回で終わりとさせてい
ただきます。拙い文ではございましたが、読んで頂き、ありがとうございました。
「京さん」は例会で皆様の20m前方、
いや10m後方をウオークしているかも知れません。その時は「京さん」と気軽に声を掛けて下さい。
『いや、声を掛けようにも「京さん」を知らないって』そうですね、知らなければ無理ですね。しかし、皆様の鋭敏な
洞察力により、すぐ「京さん」の正体が判ることでしょう。その時には、今まで通り宜しくお願いします。
一句
【夏合併号
『さすらいの 正体見せぬ 春の星』
2010年7月1日
木曜日 掲載】
※「京さん」の正体がわかって新シリーズ開始です!!
さすらい人京さん(13)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
お久し振りでございます。再び登場、また、さすらわせて頂きます。再登場の理由は、もう少しさすらいたいなーと思った
からです。今日は、新橋駅から新宿の東京都庁にさすらいましょう。日比谷公園を一周して霞ヶ関の官公庁街、右手に国会
議事堂がそびえ、左手には皇居桜田門、桜田濠。
「京さん」同様ウオークされている方とすれ違います。皆さん楽しそうです。
どこまでウオークされるのでしょう。国会議事堂を横に見て、少し早いですが今日の目的地の一つであった憲政記念館に
立ち寄りリッチな気分にひたります。東京のど真ん中にこんな緑に囲まれた素晴しい所があるのです。信じられません。
コーヒーの味もまた格別です。すばらしい景色、時間は静かに流れていきます。時間が早いらしくお客さんもまばらです。
今の、新緑も良いのですが、桜の季節の時が良いようです。
ここで終わりたい気持を押さえて緩い上り坂を、約15分半蔵門交差点を左折、新宿御苑の匂いがしてきました。あと
約15分、丹下健三建築士の設計の東京都庁が見えています。東京都庁が「京さん」を待っています。あと10メートル無事
元気にゴールしました。また「京さん」のゴール地点は、2月開催の東京マラソンのスタート地点でもあったのです。
無事ゴールを祝ってこれから「京さん」は青春時代の思い出の場所「思い出横丁」に足を向けます。
数年前火災に遭いましたが、再建され営業を再開しています。当時、天丼50円、味噌汁10円。青春時代の思い出の
詰まった細い路地を目指して自然と足早になります。
一句
彼岸寒 久しぶりだよ 都会かな
「次回 鎌倉・江ノ島
【第52回
2010年9月1日
水曜日 掲載】
さすらい人京さん(14)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、鎌倉駅から江ノ電に乗車し江ノ島に下車、江ノ島から鎌倉までをさすらいます。鎌倉駅からカラフルな車両で相模湾
沿線を10キロ約30分で、ゆっくりと民家の間を擦り抜けるようにして江ノ島駅に着きました。江ノ島神社まで、約15分、
ポイントを見てから鎌倉を目指してウオークの開始です。3分で「寂光山龍口寺」です。石標に「日蓮上人法難刑場旧跡」と
記され、ここで起きたことを一般に日蓮上人の「龍ノ口の法難」と言っています。腰越駅を過ぎるとすぐ「満福寺」です。
「義経腰越状」で有名な寺です。
家来弁慶の手まり石と腰掛石があり、
「京さん」も手まりをと思いましたが無理と思い触るだけにしました。少し歩くときれい
な海岸線に出ました。トンビ、カモメが飛んでいます。波はなく砂浜では、流れ着いたワカメを観光客らしき二人が拾っており、
味噌汁の具にでもするのでしょうか。
鎌倉海浜公園を通過、あと4 キロで鶴岡八幡宮です。湯日ケ浜、滑川を左折134 号線ともお別れ、若宮大路に入り一の鳥居、
二の鳥居、三の鳥居を通過、本宮が見えてきました。しかし、悲しいことが起きたのです。本宮左脇階段にあった樹齢1000 年
以上といわれた大銀杏が強風で倒れ7∼8メートル離れたところに植えかえられていました。
「芽がでますように」と記帳所が
設置され多くの方が記帳されていました。
「京さん」も芽がでますようにと参拝、芽を出し今後も、元気な姿を参拝者に見せて
下さい。
「京さん」が参拝したのは、倒木の9日後の3月19日でありました。
今日は江ノ電海岸沿いのウオークと大銀杏の芽吹きの祈願と充実した1日でありました。電車は、桜まんじゅうをつまみに
して飲んでいる「京さん」を乗せて東京駅へと向かっているのであります。
砂浜の わかめ拾いし 親子かな
一句
「次回 東京」
【第53回
2010年10月 3 日
日曜日
掲載】
さすらい人京さん(15)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、東京駅から大手門・皇居東御苑・北の丸・靖国神社とさすらいます。外周はよくウオークしますが、皇居東御苑・
北の丸は久し振りです。江戸城の正門であった大手門から入苑します。天気も良く多くの方が入苑しています。
20人程のグループ一団が入苑して行きました。
「京さん」も入苑札を受け取り東御苑に足を踏み入れました。まさに新緑、
綺麗に手入れされています。三の丸尚蔵館、少し行くと同心番所、百人番所、大番所と続きます。大名はここで駕籠から
降ろされ同心の検問を受けたのです。汐見坂を登りきると、本丸と天守台から東京のビル街を一望し、周辺をゆっくりと
ウオーク。
天守台の大きな石垣、その石の大きいこと、伊豆半島から切り出された石も、江戸城の築城に一役買ったのです。汐見坂を
下り人気の二の丸庭園で日本の美に触れました。この庭園は自然のままの状態でいろいろの山野草が見られます。
「京さん」の知っている山野草もあります。四季を感じられる庭園と言っていいでしょう。池には珍しく鯉が泳いでいました。
庭園を見ていると東京のど真ん中に居ると言うことを忘れさせてくれます。本丸と二の丸は二つの坂で結ばれており、汐見坂と
梅林坂です。梅林坂は最初に江戸城を築いた、太田道灌が数百株の梅の木を植えたという伝説に由来する坂です。梅林坂の
梅の木には、まだ小粒の青梅の実が鈴なりです。落ちてくるのもあります。梅を見ながら北の丸へ続く北桔橋門で入苑札を
返納し皇居東御苑を後にしました。午後からは、北の丸・靖国神社とさすらいます。
一句
梅の実の ころげゆきし 梅林坂
「次回 北の丸・靖国神社」
【第54回
2010年11月1日
月曜日
掲載】
さすらい人京さん(16)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
北桔橋門から北の丸公園に来ました。中には科学技術館、東京国立美術館、日本武道館などがあります。ここも緑が一杯です。
ベンチで、食事中の人、中の池の淵で休んでいる人、
「京さん」は公園の樹木を念入りに見て、日本武道館前から田安門へと向か
いました。
日本武道館では今夜行われる、平井堅のコンサートの準備中でした。田安門を抜けると千鳥ガ淵。田安門から、千鳥ガ淵の
桜を眺めるのがこれまた良いのです。宣伝に掲載されている、千鳥ガ淵の桜、ボードの写真はここからのものなのです。
景色を眺めていると、見知らぬ人が「ここからの桜は最高、桜の季節は3回も来ます。上野よりは良いのでは・・・」とのこと
でした。
千鳥ガ淵沿いに緑道があるのですが満杯となる有名スポットとなっています。九段会館、千鳥ガ淵戦没者墓苑が見えます。
約10分で、靖国神社です。一の鳥居、二の鳥居、磨かれた菊の御紋章、神社内は静寂を保っています。参拝し、内堀通りから
イギリス大使館、半蔵門、ここからは下り坂となります。桜田門外に来ました。1860年3月3日雪の降りしきる朝、大老・
井伊直弼が、水戸浪士らに暗殺された場所です。二重橋が見えてきました。皇居前に敷かれた玉砂利がスムーズな足の運びを
邪魔しております。桜田門と坂下門の中間の皇居前あたりに目印はありませんが、西の丸があったようです。
皇居前は、はとバスツアーの団体で一杯です。桔梗門、辰巳櫓が見えて来ました。もうすぐゴールです。
五分後、無事スタート地点の大手門に着きました。今日は、緑、緑の一日で目には十分な栄養を与えることができました。
まだ時間がありますので、約5分の所にある「平将門の首塚」に寄り、東京駅に消えます。
一句
都会の 雑木の中に 実桜かな
「次回 横浜」
【第55回
2010年12月1日
水曜日
掲載】
さすらい人京さん(17)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、日差しが高く暑い夏の日です。
「京さん」は横浜駅東口崎陽軒前を「みなと未来・山下公園」に向けてさすらいます。
昨年ここで開港150周年イベント「開国博Y150」が開催されましたが人気は芳しくなかつたようです。この地区の6割り
程度が、横浜国際女子マラソンコースとなっています。今日は横浜駅をスタートしますがマラソンはマリンタワー、山下公園を
スタート、ゴールとしています。約5分、みなと未来エリアのすずかけ通り、約100メートル左方にはマリノスタウンが見え
ます。正面には世界最大級のコンベンションセンターパシフィコ横浜、真っ白なヨットの帆がモチーフのコンチネンタルホテル
が、大きく見えてきました。国際橋を渡れば万葉倶楽部、前方にはコスモワールドの大観覧車がゆっくりと回転しています。
人気のスポット港の面影を残す、レトロな建物赤レンガ倉庫1号・2号館。その空間では子どもがはしゃいぎまわり、大人達
はビール、コーヒーで談笑暑さの中の、のどかな風景。
「京さん」も赤レンガ倉庫で小休止とします。今日のさすらいは、見る
ところが多くなかなか足が前に進みません。新港橋を渡り大桟橋埠頭。ここからの横浜港内のクルーズはなかなか良いものが
あります。海から街を眺めるといつもと違った新鮮さが加わります。昔、ディナークルズを利用したことがありますが、感動、
感激したことを覚えています。山下公園で見られる定番スポットとして、日本郵船氷川丸、野口雨情作詞「赤い靴」の少女像、
マリンタワー、横浜人形の家など多くあります。もうお昼でしょうか。お腹の虫が泣き始めましたので、すぐ近くにある有名な
横浜中華街でお腹を静かにしてきます。
一句
炎昼に はしゃぎまわりの 親子かな
「次回 横浜パート2」
【第56回
2011年1月1日
土曜日
掲載】
さすらい人京さん(18)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
山下公園から5分、横浜中華街に着きました。人、人です。この方々のお腹も虫が泣いているのでしょうか。日本で中華街と
言えば、横浜中華街、神戸南京町、長崎中華街が知られていますが、料理店の数ではなんと横浜中華街が世界一とのこと。
今から151年前の横浜開港後、中国の上海、広東から多くの中国人が、来日し居留地に関帝廟を建て周辺に街を築いていった
とされています。
店舗数は中華、その他を入れて約600 店舗、この中から旨い店をさがすのも大変ですので知っている日本で、最古の中華料理店
「聘珍楼」で軽く麺類を食しました。中国料理の代表と言えば、上海、広東、北京、四川ですが、
「京さん」は、広東好みです。
腹ごしらえしたところで、午後のスタートです。元気良くさすらいましょう。
「赤い靴の像・マリンタワー・人形の家」を
ゆっくりみて回ります。100円バス「あかいくつ」が走っています。横浜ベィブリッジ、大型貨物船も目に入ります。
まだまだ、さすらいのウオークは続きます。日本大通り、館内、馬車道、ここからは、西洋文化を取り入れた神奈川県庁・横浜
税関・開港会館・歴史博物館などが「京さん」の小さな目を楽しませてくれます。横浜ベィスターズのホームグランド横浜も
見えます。北仲橋を渡ると、帆船日本丸が係留されており年10回程度すべての帆を広げる総帆展帆が行われます。
前には日本一の高層ビル横浜ランドマークタワー(296メートル 70階)が聳えています。69階からの眺望は素晴らしい
事でしょう。みなと未来通りを横浜駅東口を目指して元気良くウオーク。余力を残して無事到着、歩数計は15キロメートル。
ある日の、暑い夏の楽しかった横浜ウオーク物語はここで終りです。横浜駅地下のコンコースで崎陽軒の焼売、そして喉を
潤す缶ビールを買い、東海道線上りホームから東京に向かいました。
一句
冷麺の チャーシュー厚くて 面食らう
「次回 東京」
【第57回
2011年2月1日
火曜日
掲載】
さすらい人京さん(19)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、人気のある高尾山をさすらいましょう。新宿からの電車が着きました。どっと高尾山目指して降りてきます。
「京さん」もその中に吸収されつつ、ケーブルカーを利用せず1号コースを頂上まで約1時間30 分の予定で登ります。
標高599メートルとは言え30度の暑さ、体には厳しいものがあります。体が慣れるまでゆっくりと登ります。反対側コース
から登った多くの人とすれ違います。顔を見るだけで今日の暑さに十分堪えているのが分かります。しかし、緑が深く気持ち
良い。下にはエコーリフトの山上駅が見えます。通過し少し行くとケーブルカーの高尾山駅、日本で最も急勾配のケーブルカー
とのこと。
霞台を通過したところに珍しい杉、
「タコ杉」が左側に、サッカーワールドカップでは「タコ」が有名になりましたね。
この杉も「タコ」と名前がついてはいますが、無理の様です。浄心門です。
「霊気満山」と書いてあります。薬王院の山域に
入ったと言うことでしょうか。少し行くと男坂、女坂と分かれています。
「京さん」は男坂108段を行きます。
108の煩悩が1段ごとに1つずつ消え去るといわれていることからです。結果は秘密です。薬王院に着きました。山門には、
四天王像が両脇で睨みをきかせています。境内には多くのお堂が点在しています。薬王院はお寺なのに鳥居が多くあります。
それは、明治維新の神仏分離令で神社とお寺が分けられるまで、日本では神仏混合は自然なことでした。つまり、お寺に鳥居が
あるのは江戸時代までの名残り。参拝時は合掌が正式です。奥の院を通って山頂を目指します。奥の院から約20分で山頂です。
暑さに負けず山頂に到着。山頂は人、人で山頂から溢れそうです。昼食後、ゆっくり景色を見ることにします。
一句
玉の汗 靴に落ちたる 高尾かな
「次回 高尾山」
【第58回
2011年3月1日
火曜日
掲載】
さすらい人京さん(20)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
昼食後、
「京さん」の好きな霊峰富士山・丹沢山を見ようと思ったが霞がかかり全く見ることができませんでした。都心のビル群の眺めも
同様見ることができませんでした。冬、再チャレンジして霊峰富士山・丹沢山を目に焼き付ける意思を固めました。
下りは、人気の尾根歩き稲荷山コース。高根山は植物の宝庫といわれるくらい、日本全国に自生する植物は5300種その30%の
159種が高尾山にあるのです。
登りの人は少なく、雑木林を抜けると、どこかの大学のゼミの学生15名が、教授から植物の説明を受けていましたので、便乗して後ろで
5分ほど聞いておりました。途中から「京さん」が聞いている事を確認したらしくて、声を大きくして更に熱弁となり学生に説明していました。
ご苦労さんです。396メートルの稲荷山まで下山して来ました。残りは少々となり東屋で小休止。
景色は霞んでいます。残り少々と言えここからの下りは、ほどよく足をかわいがってくれるコースです。40分かけてゴールに着きました。
表参道は人の波、人気の山麓グルメは30分から40分待ち、観光協会でしょうか、期間限定の500メートルにある「高尾山ビアマウントは
「満席のため入れません」というアナウンスがあり、今日の暑さ30度では、仕方ないところでしょう。
年間高尾山には約260万人が訪れると言われています。
「京さん」もこの暑さの中、登ったことにより約260万人の一の中に数えて
もらえそうです。
一句
笑顔に たびたびさせる ビールかな
「次回 東京スカイツリー」
【第59回
2011年4月1日
金曜日
掲載】
さすらい人京さん(21)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、今話題の東京スカイツリー周辺を、さすらいましょう。スタートは浅草です。浅草から東武線業平駅に向かいます。
東京スカイツリーが空に突き出して見えています。アサヒビールのモニュメントも目に入ります。どこから歩いても東京スカイツリーを
見失うことはありません。東京タワーを抜いたのは、平成22年3月、360メートル。
浅草から1,5キロメートル、もう着きました。回りには「京さん」同様、見物客が、二重、三重になっています。今日の高さは、408
メートルすごく高いと言うしかありません。見上げているだけで首が痛くなります。少し離れて見れば良いかも知れません。
作業員が米粒のように見えます。高所で工事にあたる恐怖心を和らげるため、安全対策として足場を蚊帳のように青いネツトで覆い、
その内側に風よけのシートを張り2本の命綱を着けているそうです。
平成23年春には、完成時の高さ634メートル( 武蔵の国 )に到達する見通しで、平成24年春には世界一の自立式の電波塔
として開業の予定です。開業したら、また来ることを約束しこの高∼い東京スカイツリーに別れを告げ、見物客にもまれながら、隅田川に
出ました。今日は、隅田川の花火大会のため多くの関係者が、準備をしています。このため浅草全体がそわそわしている感じを受けながら、
現在までの高さの東京スカイツリーに敬意の乾杯をすべきと思い、神谷バーに足を向けました。
花火の見物客か、東京スカイツリーの見物客か、満席状態といっても去るわけにはいきません。相席で座りデンキブラン片手に、東京
スカイツリーに向かって乾杯しました。少し盛り上げて千鳥足にならぬ前に仲見世で人形焼きを買い浅草から下り線に乗車、横浜駅に下車、
手には忘れる事なく人形焼きを持っていました。
一句
『 夏はじめ スカイツリーは 人の波 』
「次回 雑学」
【第60回
2011年5月1日
日曜日
掲載】
さすらい人京さん(22)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日の天気は、雨模様。足を休めるため今日は、さすらいません。長い人生休むことも時には必要です。
そこで「あまり役に立たない雑学を一つ」お話しましょう。麻雀で「1」から「9」までの数え方を知っていますか?
麻雀を知っている方なら「冗談じゃないよ!知っているよ。
」と、答えるでしょう。では、元気良く声を出して言いましょう。
「イ」
「リヤン」
「サン」
「スウ」
「ウ」
「リュ」
「チィ」
「パァ」
「キュ」あまり発音が良くありませんが言えました。
次は、多くの方が大好きな寿司屋の符帳でやってみましょう。寿司屋によっては異なる符帳を使用している場合もあります。
「京さん」の昔の記憶でやりますので、危ないところもあるかもしれませんがお許しを1−「ピン」
、2−「リヤン」
、3−「ゲタ」
、
4−「ダリ」
、5−「メイジ」
、6−「ロンジ」
、7−「セイナン」
、8−「バンド」
、9−「キワ」と言います。
解かりやすく「3」と「5」で説明しますと、
「ゲタ」は穴が3つで「3」
、
「メイジ」は目が五画で「5」となります。
これを活用してみましょう。ゲタとメイジ、3と5で35です。板前が小さくと言えば350円、大きくと言えば3,500円。
ピンとキワ、1と9で1,900円となります。板前は符帳でレジに伝え、レジはこの額にアルコール代等をプラスして客に請求
するのです。板前は客に直接言いません。カウンターの場合はお好みの注文でいくので高くなります。値段も時価ですので仕方が
ないところです。皆さんの行く店はどうですか。この事を知っていれば、お好みの、にぎり、つまみがいくらなのか分かり次回の
参考となります。役にたちましたか、自分だけが知っている楽しみは胸にしまっておきましょう。
「京寿司」の暖簾が外されました。今日はこれで閉店です。
一句
臭覚に きつい一発 わさびかな
「次回 大阪」
【第61回
2011年6月1日
水曜日
掲載】
さすらい人京さん(23)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、新幹線で新大阪に向かっております。今京都駅を通過しましたのでまもなく新大阪駅です。のぞみ号は、スピードを緩め
新大阪駅に着きました。
「京さん」には、新大阪駅に着いた時の儀式があります。まず、串揚げを食することです。関西には串揚げ店が多くソースは、1度だけ
付けるのが決まりで、キャベツは食べ放題、これにビールを付ければ言うことなし。新鮮素材の揚げたてが最高。
串揚げを、食することで関東人から関西人に変身する事ができるのです。今から関西弁となり、大阪さすらい人となるのです。
環状線で大阪城公園に行きウオーキングの開始です。大阪城の外濠を一周し内濠から大阪城に入りました。観光客が天守閣からの眺望を
楽しんでいます。関西弁が飛んでいます。
「京さん」の出番はまだ有りません。大阪城は高さ55メートルです。
大阪では、豊臣秀吉は、今も太閤さんと言われ親しまれています。約410年前の大阪夏の陣の戦いが思い出されます。
大阪城に別れを告げて5キロ先の、難波・道頓堀に向かいます。関西に来たときにはいろいろ立ち寄るところが、ぎょうさんあるのです。
道頓堀に着きました。かに道楽・たこ焼き・てっちり・金龍ラーメンの看板が目に付きます。昼食時間となりましたので、
てっさ・てっちりといきます。関西は関東と違い、夏でも常時「ふぐ」が食べられます。水槽には元気よく、ふぐが泳いでいます。
あのふぐが数分後には、
「京さん」の腹の中に収まる。地元のおとん、おかんがてっちりをつついています。それに誘われ、さっそく
「てっさ・てつちり」を注文。これで午後も元気良く「ミナミ新地」をウオークできそうです。
一句
夏空に ぱくりなにわの フライかな
「次回 ミナミ界隈」
【第62回
夏合併号
2011年7月1日
金曜日
掲載】
さすらい人京さん(24)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
「てっさ・てっちり」で満腹、少し腹こなしをしましょう。道頓堀に沿ってウオークしましょう。関西の某テレビ局がよく威勢の良い、
あるいは乗りの良い「おかん達」にコメント・アンケートを行っている戎橋、後方にはグリコキャラメルの一粒で300メートルのネオンが
見えます。
かに道楽・金龍ラーメン・たこ家・たこ八・だるま・とんぼり等数えきれません。
「京さん」が好きな難波千日前にある吉本新喜劇などで
有名な「なんばグランド花月」
、大阪に来た時には時間があれば寄るところです。約850席あり、夏などは長い行列をつくります。
関東では見られない関西お笑い芸人が見られます。
もちろん笑福亭仁鶴・桂三枝などの落語もあります。ここから500メートル位で新世界の通天閣が見られ、ここは活気ある町並みで
ビリケンさんが有名でご利益があるそうです。近くに天王寺動物園があります。さあ、心斎橋筋・御堂筋商店街を一気に通り抜け、商店街
としては長くて有名な天神橋筋商店街(2.6km)をウオークしなければなりません。
約600店舗が営業しており歩けど歩けど店がなくならない。まだあるの・・・?ーと言う感じです。今日のウオーク距離は15km、
目標は達成した様です。達成感をさらに味わうには、阪神梅田の地下街の串揚げで乾杯し英気を養い明日に備えることです。
(注 、てつさ・関東でふぐさし
一句
てつちり・関東でふぐちり)
炎天に キタとミナミを 歩きけり
「次回 大阪界隈」
【てつさ・てつちりの由来】
「ふぐ」には猛毒がありますが、大阪では洒落で「
(昔の鉄砲は)滅多に当たらないが、当たると死ぬ」ことから
「鉄砲」と呼び、それを省略して「鉄」と呼ばれました。そこから、
「鉄の刺身」=「てっさ」
。
「鉄のちり鍋」=「てっちり」と呼ばれて
います。
【第63回
2011年9月1日
木曜日 掲載】
さすらい人京さん(25)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、雲空。大阪天満宮近くのホテルから、曾根崎通り大阪梅田に向かいます。朝の北新地は、静まり夜の賑わいが嘘の
ようであります。犬が残飯をあさっております。途中、露天神社(お初天神)が有りました。商売繁盛の神社でしょうか。
梅田に着きましたが、ビルの工事が多くウオークの意欲が沸きません。昨日は15キロ、ウオークしたことから人気のある
難波に行くことに決定。地下鉄御堂筋線に乗車、難破駅まで8分。
大阪は交通アクセスが良く移動が便利です。昨日、寄らなかった法善寺横丁に行きましょう。駅から300メートル、
法善寺は古くから商人・芸人たちの信仰を集める浄土宗のお寺。水掛け不動さんで有名、苔むした不動さんが立っております。
「京さん」も水掛けをしました。石畳にしっとりとした情緒が漂います。法善寺横丁は商人・芸人に愛された所なのです。
前には、甘味処「夫婦善哉」
。
「夫婦善哉」は、織田作之助の代表作でもあります。近くにそば屋を見つけました。関西に来た
時は、2回は食する「きざみそば」
。油あげを刻んでのせたシンプルなものですが、関西の薄味がマッチして旨く感じられます。
大阪は、ミナミ道頓堀の周辺の方が人気があるようです。
「京さん」もその一人ですが。大阪は関東にはない不思議な力を
もらいました。大阪を離れるのは非常に辛いのですが、そろそろ新大阪に行かなければならない時間です。別れの締めは来た
時同様串揚げを食し、今度は関西人から関東人に変身するのです。のぞみ号は「京さん」を乗せて2時間30分後には東京の
人とさせてくれます。
もう関西弁ではありません。今度はいつ関西人になれるのでしょうか。再び関西人になれる日を楽しみにして、関西
ウオークは終わりです。
一句
かちわりや 頬ばりすぎて 苦労せし
「次回 横浜」
【第64回
2011年10月1日
土曜日
掲載】
さすらい人京さん(26)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、京さんが若い頃、御用聞きで走り回っていた横浜・伊勢佐木町で記憶に残っているお店を紹介します。最初は、牛鍋屋「太田
なわのれん」明治元年創業で山形牛のロースとヒレの角切り肉を、ぶつ切りし秘伝の味噌だれでグツグツ煮る牛鍋でお酒が進みます。
また、鉄鍋から味噌だれがあふれんばかり。次は、美空ひばりも訪れた老舗の「松葉寿し」入り口には、美空ひばりの幼き頃の銅像があります。
手に持っているステッキが何者かに折られてしまうことが数回ありました。ひばり御膳などもあり、ひばりファンには人気の様です。
馬肉料理専門店「浜幸」有名人も多く来店し、人気メニューは、馬肉と鹿肉が半々に分けられて出てくる馬鹿鍋です。他には、馬刺し、
さくらぶし、ヒレステーキなどいろいろあります。珍味を食べて馬通になれること間違いありません。
次は、常連客だけと言っても良いほど、それとクチコミで知っている人だけ。
「武蔵屋」暖簾が出ていることもなく、間口一間の格子戸平屋で、
一般住宅と間違えてしまうほど。座れば日本3三杯まで飲ましてもらえます。それ以上は、いくら請願しても受け付けてもらえません。
つまみは、3杯飲む間に、5品黙っていても出てきます。それがセツトなのです。もちろん、特別料理もあり、酒のみ3杯であってビール
などの飲み物は、ある程度まで注文に応じてくれます。宣伝もせず毎日常連客で満席となる不思議な店です。午後5時開店と同時に行かないと
入れないくらいです。この武蔵屋は「京さん」のお気に入りの1店でした。まだ、紹介したい店もありますが、このへんで終わりとします。
万歩計は5キロを示しています。余談になりますが、ある人は、あの店の何々が旨い、別の人は、いやあれが旨いと、言うのです。各人好み
があるからです。各人の持つ五感によって違ってくると思います。大半が味覚、臭覚で決めているのでは。京さんは、例会の時の昼食はパン類
特にアンパンを主としています。アンパンとは言えなかなかのものです。皆さんの笑顔、弾む声、小鳥の囀り、これらのスパイスが加えられ
数倍旨くなり、午後のエネルギーとなるのです。次回の例会は、マロン入りアンパンで頑張ります。
一句
栗食うて 思い出したり マロンパン
「次回 東京」
【第65回
2011年11月1日
火曜日
掲載】
さすらい人京さん(27)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、赤穂浪士の吉良邸討ち入り上屋敷跡から泉岳寺までの帰路をさすらいます。両国駅を下車、両国国技館が左に見えます。
約5分で吉良邸跡に着きました。吉良上野介の像の回りに、数名の方が見入っており、中に歴女2名を発見。横に吉良の首洗い井戸・
吉良家家臣供養碑が目に入ります。時は元禄15年(1702)12月15日未明(明け六つの鐘を1日の基点とした当時の不定時法では14日深夜
赤穂浪士が主君・浅野内匠頭長短の無念を晴らすべく、東側の表門からは大石内蔵助以下23人が、西の裏門からは大石主税に24人が攻め
入り本懐を遂げたのです。
それは元禄14年3月14日の殿中松の大廊下での刃傷事件から1年10ケ月後の事でした。浅野内匠頭長短は当日の午後6時過ぎ切腹。
泉岳寺へ葬送されたのです。屋敷跡から約5分で朱色の山門、回向院も中には鼠小僧の墓もあり、今人気の町歩き隊、10名ほどのグループが
3グループ、ボランティアから説明を受けています。人気があるようです。
早朝、吉良邸を後にした義士たちは、かねて集合場所と想定していた回向院の門を叩いたのですが、関わりあいになることを恐れて門を開け
なかったとのことです。この場にいた義士は46人。ただ1人、足軽身分だった寺坂吉衛門の姿はなく討ち入りの後、大石から密命を受けたとも、
討ち入り自体に参加しなかったともいわれるが定かでないようです。
回向院から約5分で両国橋東詰、ここには見世物小屋や屋台が並んで賑わっていたことから、ここで休息したとのこと。
今は車が走っているだけです。両国橋を渡らず5分ほどの一之橋を渡ったのは15日が大石・旗本の登場日に当たったため無用な接触を避けるた
めとされています。萬年橋を渡り清澄み庭園で小休止です。
一句
吉良像に 江戸の匂いよ 春の風
「次回 赤穂浪士引き揚げの道」
【第66回
2011年12月 1 日木曜日
掲載】
さすらい人京さん(28)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
清澄庭園は、春の訪れを告げるかのように樹々からは新芽が顔をのぞかせ始めています。隅田川沿いを20分ほど下ると永代橋。
義士46人は永代橋を渡ってから汐留橋までの間、記録では足取りははっきりしていません。複数の経路があったようです。
当然、与力や同心の組屋敷から離れた場所を選んで、泉岳寺を目指したかと思われます。
「京さん」は記録に鉄砲州を通ったとあるので、
稲荷橋を渡り鉄砲州稲荷神社、浅野家上屋敷跡を通り、築地本願寺に向かいました。鉄砲州付近は今も交通量が少なく、義士たちは、
目立たない様、人に会わない様にコースを選んだことがうかがえます。
築地本願寺の前を右折銀座、新橋駅近くの汐留を通り約30分で金杉橋です。この界隈は繁華街であることから人、人です。
義士たちは増上寺を遠望し、歩き進め追手からの警戒を怠らなかったようです。当時は混雑などしていなかったことから集団で歩いていれば
すぐわかります。義士たちがここを通過したのは、午前7時前後と思います。泉岳寺に到着したのは、午前8時過ぎと記録にあることからです。
第一京浜を泉岳寺に向かいます。途中右手に御田八幡神社あと30分。第一京浜交通量が非常に多い。都営地下鉄浅草線・泉岳寺駅を通過
あと約200メートル、泉岳寺は目の前です。着きました。風格のある山門をくぐり抜け左を少し行くと義士の墓所があり、48の石搭が
並んでいます。間新六、寺坂吉右衛門、討ち入り前に自刃した萱野三平のものといわれる供養塔も含まれて入るからです。石塔はところどころ
朽ちかけて、約310年前の歴史を感じさせてくれます。合掌。万歩計は12キロメートル。反省会はすぐそばの品川プリンスホテルと
思いましたが、ここから約10分の品川駅付近に変更し盛大に行いました。
一句
木の芽や ゆるやかに 一つ二つなり
「次回 東京」
【第 67 回
2012年1月1日
日曜日
掲載】
さすらい人京さん(29)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
東京駅に着きました。12月23日今日は、天皇誕生日です。ここから約10分の皇居へ向います。天皇陛下の誕生日をお祝いの後、皇居東御苑・
北の丸公園・靖国神社とさすらいます。皇居前広場には一般参賀の長い列が続いております。京さんもチェックを受け並びました。皇居正門は、
新年や天皇誕生日の一般参賀、皇室特別行事などの日以外、固く閉じられています。天皇陛下は、3回長和殿ベランダにお出ましのこと。第2回
目の午前11時のお出ましには十分間に合いそうです。
皇居外苑から眺める石橋が二重橋と誤解されている方もおありだと思いますが、石橋の奥、伏見櫓と伏見多聞の手前に見える鉄橋が二重橋です。
門をくぐって曲線の坂道を大きく曲りながら上ると正門に鉄橋が見えます。この橋が二重橋です。かつてここに、木製の下乗橋が架かって深い濠
を渡すため橋桁の上にもう一つ橋桁を重ねた構造だったので二重橋と呼ばれていたとのこと。今日で2回渡ることになります。
午前11時、天皇陛下、皇后陛下のお出ましです。万歳、万歳の声、日の丸が大きく振られ、大きな拍手が鳴り止みません。シャッターを
切る人、何度も何度も万歳三唱する参賀者。天皇陛下のおことば、笑顔で参賀の方々に手を振られ約5分で、お出ましは終わりました。
参賀者は、感激の余韻をまだ残しつつ、退出門の坂下門、大手門、桔梗門、平川門、北桔橋門(きたはねもん)へと向かいます。
途中の宮内庁舎前には特設記帳所が設けられ記帳される方も見られます。東京駅に近い坂下門、大手門からの退出が多いようです。
京さんは、退出せず皇居東御苑・北の丸公園に向います。(一般参賀者約25,000人と報道)
一句
冬晴や 二重橋歩み お祝いす
「次回 皇居東御苑」
【第68回
2012年2月1日
水曜日
掲載】
さすらい人京さん(30)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
約5分で皇居東御苑に着きました。先程の人ごみとうって変わって50人程度が静かに散策しています。目に付いたのは、元禄14年3月
14日(1701 年)浅野内匠頭刃傷事件で有名な「松之大廊下跡」の石碑があります。松の廊下は約ゴ55メートル、浅野内匠頭は即日切腹を命じら
れ切腹しています。その時35歳、それから1年9か月後の元禄15年12月15日未明赤穂浪士が吉良上野介義央の土屋敷に討ち入り主君の
無念を晴らしたのです。その時吉良61歳。本丸の跡は大半が芝生で本丸大芝生と呼ばれています。当時、将軍は午前6時起床、食事後執務と
スケジュールがある程度決まっていたようです。就寝は午後11時。
大奥女中の給料は現在の貨幣価値で485万円以上、基本給切米5石(1石1両・貨幣価値20万円)他にも手当てが付き炭、薪などの生活補助も
あったようである。大奥女中になるには、旗本家出身でなければなれなかったのです。その先は目を引く白い花崗岩で組まれた巨大な天守台が
あります。そこからは東京のビルが一望できます。遠くには建設中の東京スカイツリーが見えます。400メートル位の高さになったのではない
でしょうか。
下ってくると最大の検問所の百人番所、前の石垣が凄い。同心番所、大番所、汐見坂、梅林坂、二の丸庭園、諏訪の茶屋など見るところは多く
あります。また、昭和天皇の発意で武蔵野の雑木林が造成されています。春の時とは違い緑が少なくなっています。見るところが多く12時を
回ったのが分かりませんでした。
休憩所で早速昼食です。天皇陛下の長和殿お出ましの時の話題でたっぷり1時間の休憩。午後からは北桔橋門から退出し、北の丸公園・靖国
神社へ向かいます。
一句
木の葉散る ひらひらひらと 手にすわる
「次回 北の丸公園・靖国神社」
【第69回
2012年3月1日
木曜日
掲載】
さすらい人京さん(31)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
北桔橋門(きたはねばしもん)から退出します。この橋は昔、渡櫓門、岩岐多聞囲まれた枡形門でしたが、今は再建された高麗門だけで
門前の橋は、戦時にはね上げ的の侵入を防ぐ構造でしたが、明治期以降、桔橋機能は失われています。5分で北の丸公園、まだ緑が少し残って
います。科学技術館、近代美術館があります。日本武道館前には、午後6時開場の「アルフィ」のコンサートに約30人のファンが並んで
います。ファンは有り難いものです。
田安門から靖国神社に向かいます。ここから千鳥ケ淵の桜は最高ですが今は冬、葉も落ちて幹のみです。桜の時期に来ましょう。
約10分で靖国神社です。磨かれた菊の御紋章、祝日で参拝される方も多く見られます。京さんも参拝。売店に立ち寄ると、皇室カレンダーが
売られており、3本も購入する方もおられました。知り合いへの贈り物でしょうか。
九段下から千鳥ケ淵戦没者墓苑、緑道を通り上って行くと右手にイギリス大使館などもあります。半蔵門に来ました。同門出入り口に
約30人が、どなたかのお出かけを待っているようです。京さんも待っていると午後2時、車両が出てきました。
車両には、皇太子殿下とお付の方がお乗りになり、約20人に窓をお開きになり笑顔で、手をお振りになり三宅坂方向に行かれました。
多くの方が手を振り、写真を撮ったりしていましたが、うまく撮れたでしょうか。
国立劇場前を通り桜田門で国会議事堂をバックに記念撮影。桜田門といえば、安静7年(1860年)雪の降りしきる3月3日朝、桜田門外で大老・
井伊直弼が、異を唱える水戸浪士らにより暗殺された場所として有名です。くぐり少し行くと遠く右手に楠木正成像が見えます。広場に
向かって玉石を踏み踏み行くと、午後からの宮殿において天皇誕生日恒例の祝賀行事に招待された各国の大使館の大使車両が自国の国旗を
付け正門から内堀通りまで列をなしていました。ここで本日のウオーキングは終了。
ここから東京駅に向かいます。
一句
おでん種 ばくだんつつく 5人連れ
「次回 博多」
【第70回
2012年4月1日
日曜日
掲載】
さすらい人京さん(32)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
京さんは、博多駅前にいます。今日は市内、中洲の屋台をさすらいます。まず、博多祇園山笠で有名な博多の総鎮守でもあります。
平安時代に創建された櫛田神社に向かいます。駅前は大きなビルが建ち並んで居ます。九州一の繁華街を感じさせます。5分程で櫛田神社に
着きました。博多祇園山笠が奉納されていますが、平日のためか人影はありません。
昭和通りを海の方にヤフードームに向かいます。大きなドーム、静かです。今日はナイターが行われるのでしょうか。
1周して昭和通りを平和台競技場に向かいます。回りは公園、緑、小鳥の囀り、散歩している方も多く、市民の憩いの場所となっているので
しょう。食事をしている方もいる。京さんも食事とします。今からの予定は博多といえば、風物詩となっている中州、天神、長浜の屋台に寄ら
ないわけにはいきません。まだ、午後5時の開店時間には早いようです。駅ビルで時間をつぶして行きました。
土産に「博多めんたいこ」を購入。さあ、中洲に着きました。自分たちの決められた所定の場所に屋台をセット、準備しています。
屋台数は、約250軒位とのこと。一番早く開店した店に入りました。椅子8席、店主は40代。メニューがすばらしい、品数が多く揃って
おり屋台とはいえないくらい。名物のラーメンは豚骨を煮込んだ白濁スープとさっぱり系、紅しょうが、高菜、すり胡麻、辛子と薬味が多い。
すぐに満席となり地元の人、京さんの隣は広島からの人たちで屋台の人気は強いようです。屋台選びのポイント、(1)メニューに料金が明記
されているかどうか。(2)滞在時間は席数が限られているので大人数は避け、長居も控え譲り合いの精神も心がけましょう。
(3)トイレは済ませておくのがベター、近くの公衆トイレがない場合があります。
月が那珂川を照らしております。川は海へ海へと流れて行きます。京さんは流れの逆、博多駅に向かっております。
一句
【第71回
星月夜 ラーメンすする 屋台かな
2012年5月1日
火曜日
「次回 東京」
掲載】
さすらい人京さん(33)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今回は、高尾山へのリベンジです。前回は、夏のため霧がかかり遠くの富士山、大室山を見ることが出来ませんでした。今回の高尾山は、
「京さん」の望みを叶えてくれるのでしょうか。
平日にもかかわらず、
「もみじまつり」のため、多くの登山者が見られます。1号路(表参道コース)3.8km約1時間30分の予定で頂まで
行きます。登山口において記念撮影、皆の顔は笑顔。この後、どの様に変わってゆくのでしょうか。
約20分行ったゆるやかな登りの右に目を向けると杉の木が9月の台風15号の被害に遭い、約50本位が倒れており自然の恐ろしさを
見せつけていました。ケーブルカーの利用者が、駅から登って来ます。
霞台では焼だんご(三福だんご)を頬張る人。霞台の先には、
「タコ杉」が登山客の目を楽しませています。暑くはなかったのですが、
皆さんソフトクリームを希望のため小休止。
浄心門「霊気満山」とあり、霊気が満ちて背に寒さを感じさせます。108段の男坂を行くと薬王院です。成田山新勝寺、川崎大師平間寺と
並ぶ関東三大本山の一つで真言宗智山派の大本山で、正式には「高尾山薬王院有喜寺」と言います。
奥の院から約20分で山頂です。今日は涼しく夏と違って楽で登山者も少なく感じられます。休憩後、景色を見ることにします。
一句
冬の蜂 飛べぬらしきや 歩きをり
「次回 高尾山」
【第72回
2012年6月1日
金曜日
掲載】
さすらい人京さん(34)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
休憩後、富士山、大室山方向を見ましたが、残念ながら空気の状態が悪く見えませんでした。再々リベンジしなければなりません。
下りは6号路「びわ滝コース」3.3km約1時間30分を予定していましたが、台風の影響なのでしょうか、通行止めとなっており
「稲荷山コース(尾根コース)」3.1km約1時間30分に変更。下りの方が登りより足に負担がかかることからゆっくり下山を開始。
尾根コースと言われるだけに勾配はきつくやや難儀する。紅葉を目に焼き付けながら2km 下った稲荷山への東尾に到着し、ここで小休止。
ここからの八王子市街地の眺望がまた良い。残り1.1km30分かけゆっくり高尾山駅に下る。時々、逆コースから登って来る人と挨拶を交す。
また「京さん」を抜いて行く、山ガールもいます。
予定の時間に高尾山駅に全員着き、安堵する。難儀はしましたが、全員が完歩できたことがなによりでした。今回も登山者260万分の
一の中に数えてもらえそうです。登山口での記念写真の笑顔を忘れず、今後もお互い楽しく笑顔でウオーキングしましょう。
※参考(健脚度) 稲荷コース星4つ、1号路・6号路コース星3つ。
一句
冬紅葉 膝も笑うや 高尾山
「次回 東京」
【第73回
合併号
2012年7月1日
日曜日
掲載】
さすらい人京さん(35)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
「京さん」が乗車の東海道線は、東京駅に向っております。車中には箱根駅伝のファンと出場校の学生が、自校の応援旗・ノボリを持ち
「今、何位だ、頑張ってくれ」と会話をし、もう気持はゴールで応援している様です。
1月3日「京さん」も他の応援の人達と一緒に学生達の後につき、ゴールに向かっています。まだ、1位のゴール予想時間が、1時間前
なのに3∼4重の人出で一杯です。各校の応援合戦、チアリーダーも頑張っています。グッズ売場には、人、人で満員の盛況ぶり。
「京さん」の青春時代は、ゴール付近で楽に応援できたものでした。
ゴール付近は無理なので、昨年、コースを間違えて3秒差でシード権を獲得したチームがあって、その場所からは、見えますのでそこにて
応援することにし、まだかまだかと待っていましたら、東洋大学が1位で目の前を通過し、少し遅れて、2位、3位と続いてゴール。
上位入賞大学は、来年もまた優勝争いを演じ、シード権を獲得できなかった大学は、来年も予選会を勝ち、出場して下さい。応援しています。
全校ゴール後は、東京初ウオークとします。新橋駅までガード沿いにウオークします。東京駅までは、応援の人々で道路は一杯。
多くの人が東京駅に吸い込まれて行きます。有楽町ガード下,はとバス待合所には数名。ガード下の店も、休みが多く入口の「ハッピータイム
200円」の看板も寂しく揺れています。新橋駅前は、まあまあの人出です。
今日が初ウオークでもあることから、ここらで終了とします。
一句
初春や 笑顔運びし 色たすき
「次回 東京」
【第74回
2012年9月1日
土曜日
掲載】
さすらい人京さん(36)
伊豆歩倶楽部会員 №402 大窪 正幸
今日は、久しぶりに浅草界隈をさすらいましょう。雷門からスタートします。同門は、1865年に焼失してから、昭和35年松下幸之助氏の
寄進で再建されるまで95年間幻の門だった様です。門くぐれば、いつも見慣れた仲見世、土産売店で一杯、観光客も多く人気のスポットです。
創建から約1400年の浅草寺で、お参り。
少し行くと伝法院ですが、公開されていませんので通過します。話によれば、名園とのこと。蛯ケ池(旧跡)、10 分ほどで風光明媚な侍乳山聖
天(まっちやましょうでん)、眺望の良さから文人、墨客の吟遊の地として知られ、近くで生まれた作家、池波正太郎の生誕の碑が建てられて
います。
20分ほどで見返り柳に大門跡近くに有名なてんぷら伊勢屋、桜鍋中江、さらに行くと遊女の投込み寺とされている浄閑寺、国際通りの
ビューホテル近くに航空安全を祈る珍しい飛び不動。西の市の時は大賑わいの鷲神社、吉原神社、浅草神社など神社が多くあります。
浅草に戻ると、5月の三社祭、7月のほおづき市が開催される浅草寺。六区ブロードウェイ周辺には、牛鍋の老舗「米久」
「花やしき」
ゆかりの芸人の看板、通称「煮込み通り」と一日中遊びとグルメで大満足。目を外に向ければ、神谷バー、東京スカイツリー、朝日ビールモニ
メント、駒形どぜうなど。皆さんも一度、浅草へ行って見ませんか。
「京さん」が大好きな浅草演芸場を忘れてはなりません。桂歌丸師匠のサイン色紙の「笑いの人生」
、これは「京さん」のお気に入りです。
これからも笑いを失なわぬ様、ウオーキングを続けたいと思っています。
一句
夏芝居 さすらい人の 幕を引く
※長い間、楽しいさすらい報告ありがとうございました。