児童手当と人口問題

児童手当と人口問題
安 井 信 夫
(中央大学教授)
I
「共済と保険」 4月号の交叉点欄に、わたくLは概略次のような一
文を載せた。
天敵のほとんどを克服した人類は、増加をつづけて行く。天敵
の克服はすばらしい人智の成果であるo Lかこし、かって緑の島に
住みついた山羊が緑を食べつくし、絶滅してしまったという話も
ある。しかも人間は地球上の緑(食糧)を単に喰べて行くだけで
なく、公害によってこれを減らしてさえいる。今ここで強力な人
口抑制策をとらなければ、やがて人類は危機に瀕する。人口抑制
策からみて、第3子以降を対象とする現在のわが国の児童手当制
度を考え直す必要がある。
今年、 1974年を「世界人口年」 (World Population Year )とす
ることが、 1972年の回連総会において決定され、 8月にはルーマニア
の首都ブカレストで第3回世界人口会議が開かれる。また今年4月15
日に、人口問題審議会の答申が出され、 「静止人口」を提言している。
人口問題の将来に強い関心が寄せられてきた現在、これと児童手当制
度について考えてみたいと思う。
-109-
児童手当と人口問題
1926年のニュージーランドにおける児童手当制度の創設を初めとし
て、 1930年代には、ヨーロッパ諸国に、これが公けの制度として確立
された。すなわち、ベルギー1930年、フランス1932年、イタリア1936
年等々である。
1 LOは1944年の「所得保障に関する勧告」 (第67号)のなかで、
次のように述べている。
「社会は、被扶養児童の福祉の確保を目的とした一般的扶助措置を
とおし、常に両親と協力せねばならない(1)
また1952年の「社会保障の最低規準に関する条約」 (第102号)は、
その第7部において、児童手当(家族給付)に関する最低規準を定め
MSE*
わが国では、昭和22年10月における社会保障制度調査会の「社会保
障制度要綱」 、翌23年7月のアメリカ社会保障制度調査団による「社
会保障制度への勧告」 、 24年11月社会保障制度審議会の「社会保障制
度確立のための覚書」において、児童手当の必要性が説かれ、昭和35
年ごろからは、社会保障制度審議会、中央児童福祉審議会、経済審議
会等々において、これの創設が真剣に論じられるようになった。
昭和39年3月には、故池田総理が参議院本会議において、 「児童手
当制度は、できるだけ早い機会にやって行きたい」と述べている。昭
和41年5月の衆議員社会労働委員会においては、 「児童手当に関する
(2j
法律を早急に制定すること」の決議がなされている。
注(1) ILO Conventions and Recommendations (1919-1966) n 475
(2)近藤功稿「児童手当制度への道」厚生の指標 第13巻第12号p.21
-110-
児童手当と人口問題
こうした動きと前後して、地方公共団体もそれぞれ独自に、児童手
当制度の創設にふみ切った。すなわち昭和42年度以降、岩手県久慈市、
東京都武蔵野市等々で実施されるようになったのである。
国による児童手当制度が発足したのは、昭和47年1月1日である0
わが国社会保障制度における欠陥と早くから指摘されながら、これが
遅れた理由の1つとして、この制度により人口増加が刺激されるので
はないかという懸念があったからだと言われている(3)
戦後しばらくの食糧不足、労働力の過剰時代に実現をみなかった児
童手当制度は、労働力、とりわけ若年労働者の不足した時点において
創設の機運が生まれ、発足をみたのである。
III
わが国の児童手当制度の目的は、 「家庭における生活の安定に寄与
すること」と、 「次代の社会をになう児童の健全育成と資質の向上に
資すること」であり、人口増大を直接の目的として掲げてはいない。
しかし、昭和44年7月28日、第1回児童審議会の開催に際しての厚
生大臣の次のような挨拶にみられるように、人口増大策の1つとして
この制度をとらえていることが分る。
「児童手当制度の創設は、福祉国家の基本的な課題であります。さ
らに最近の出生率の著しい低下は、将来の人口構造の変化からみて、
また、将来の労働力の確保からみて、放置できないところとなってお
り、早急にその対策を樹立することこそ、 21世紀の繁栄を期するため
注(3)前掲近藤功稿p.23
木村政光稿「児童手当制度について」厚生の指標 第11巻第16号
p.5
-Ill-
児童手当と人口間題
にも、真剣に取り組むべき大きな問題であります(4)
(5)
児童手当制度は人口政策と密接な関連を持つ。そして人口政策は兵
力や労働力と密接な関連を持つ。 20世紀初頭以来出生率が低下したフ
ランスが、人口政策的意図に基づいて、家族手当および家族扶助制度
に特別の重点を置いてきたことは、周知のところである。
また、イギリスにおいてべヴァリッジは、児童手当の必要を説き、
その1つの根拠として次のように述べている。
「現在の人口の再生産率では、イギリス民族の存続は不可能である0
最近の出生率の傾向を逆転させる手段を、見出さなくてはならない。
児童手当あるいはその他奨励金だけで、かかる逆転手段を講じうると
は思えないし、子供を欲しがらない両親に、利益のために子供を育て
ようとさせることもできないだろう。しかし児童手当は、もっと子供
を欲しがる両親に、すでに生まれた子供をそこなわずに次の子供を生
ませ、また児童問題に対する国民の関心を示すよう世論の調子を,高め
ることによって、出生率の回復を助けることができるのだ」(6)
児童手当とは異なるが、昭和41年に神奈川県奏野市や、埼玉県大盟
郡妻沼町に設けられた第3子以降を対象とする出産祝金制度は、出生
注(4)平山卓稿「児童手当と人口政策との接点」週刊社会保障 第24巻
第575号p.12
(5)人口政策とは、直接人口現象を左右させるために、国が行なう
政策をいう。人口政策とともに、経済政策、社会政策などの諸政
策を総称して人口対策という。 (上田正夫稿「人口問題(I)」厚生
の指標 第17巻第1号p.16)
(6) Social Insurance and Aillied Services Report by Sir
William Beveridge part VI 413
-112-
児童手当と人口問題
.(7)
率の回復がその目的の1つであったといっ。
厚生・労働両省の監修になる「社会保障大百科」のなかで、児童手
当と人口問題に関し、次のような見解が表明されている。
「人口の減少が経済の発展や国民生活の向上にいかにマイナスとな
るかは、ヨーロッパの先進諸国で深刻な・経験をしたところであり、わ
が国でも、いまのままの出生率では老人国となり、次代の栄光が不安
であるというきびしい反省が生まれてきた。(中略)児童手当の創設
は、先進国の例にもみられるように、出生率回復の一助となり、人口
の維持、人口構成の適正化に寄与するものと思われる。このことは、
労働力不足経済の下においてはとくに重要な意味をもつこととなろう(8)
J。
先に引用した厚生大臣の発言においても、この事典においても、人
口構成、労働力確保の観点から、わが国の児童手当をその一助とみて
いることが分る。しかし、出生率の増加が直ちに労働力増加に結びつ
くととれるこの考え方は、その前にある児童扶養負担を忘れた論であ
り、人口構成のみを考慮した人口増大策は、将来過剰人口という禍根
を残す恐れがある。
上記の政府の考え方に対し、安藤氏は次のように言われている。
「・--自民党政府の姿勢から推測すると、中高年労働力よりは低い
賃金で雇用できる若年労働力を確保しようとする産業界の希望に応え
ようとしているのではないかという疑問は、あながち否定できないと
思われる。もしそうだとすれば、それはきわめて近視眼的発想であり、
人口膨脹による将来危機を促進し早めることにしかならない。
注(7)厚生省・労働省監修 日本社会保障大百科(社会保険法規研究会)
第2巻p.118
(8)前掲大百科 第2巻p.120, p.121
-113-
児童手当と人口問題
これと関連して、公的年金の財政方式に関して賦課方式-の即時な
いし早期移行を主張する一部の論者堕、一方で経済成長率の抑制をと
きながら、他方で出生率の上昇による若年労働人口の将来増加に望み
を託し、ひたすら楽観的希望にたち、人口老齢化指標の将来推計が当
らないことを念願しているように見える。しかし、これはまったく矛
盾した非現実的な考え方である。出生率の増加はただちに労働力人口
の増加を意味するものでなく、まず児童の扶養負担という問膚にぶつ
かる。これが乗りきれたとしても、増大した労働力人口が完全に雇用
されるためには、これと結合さるべき他の生産要素、つまり原材料と
なる自然資源や資本設備が十分に存在しなければ、将来に向って生活
水準の維持ないし向上をはかることはできない(9)
また青木氏は次のように指摘される。
「---出生率低下にはマイナスの影響が考えられる。年少人口の減
少の結果、すでに若年労働力の不足が現われているし、ついで今後は
老齢人口割合の上昇が予測され、とくにわが国では、それが欧米諸国
より急速に進むところに問題の難かしきがある。
しかし、だからといって出生力を上昇させるのは本末顛例であろうO
わが国の人口は、グローバル(世界的)な視野から考える時期に来て
いるのである」(1(8
I。
ここで眼を転じ、世界およびアジア人口の趨勢についてみてみよう0
注(9)安藤哲書稿「人口政策と児童手当」週刊社会保障第27巻第723
号p.39.
(10)青木尚雄稿「わが斑の出生力」原生の指標 第21巻第4号
p.53.
-114-
児童手当と人口問題
Ⅳ
世界人口は1650年ごろ5億、年間成長率は約0.3%とみられる。こ
の率は250年の倍増期間に対応する。 1970年の人口は36億、増加率は
2.1%であり、これは33年の倍増期間に対応する。世界人口は人口だ
けでなく、増加率そのものも著増したのである(1】)
世界人口の倍増時をとらえ、それぞれの期間をみると次のようにな
る。西替初頭の世界人口は約2.5億と推計され、これが2倍の5億に
達したのは1650年である。したがってこの場合の倍増期間は1650年で
ある。ついで2倍の10億に達したのは1830年であり、倍増期間は180
年である。 20億に達したのは1930年であり、倍増期間はさらに短縮し
て100年となっている。 40億に達するのは1975年とみられるから、倍
増期間はさらに短縮してわずか45年となるtlか
世界人口増加率の加速化は、最近のごく短期間においても顕著であ
るo 国連の最初の世界人口会議は、 1954年ローマにおいて開かれ、つ
いで第2回が、 1965年ベオグラードで開催された。第1回においては、
1980年の推計値は36億、増加率1.2%とみられていたが、第2回には
これが43億、 70-80年の成長率を2%とみるようになった。わずか10
年の間に、人口増加率は予想を大幅に上廻ったのである禦)
人口増は出生と死亡の差である。最近の死亡率の減少が人口の異常
注(ll) Donella H.Meadows and Others "The Limits to Growth
大釆佐武郎訳「成長の限界」 p. 21.
(12)黒m安夫稿「世界人口年を迎えて」厚生の指標 第21巻第4号
p.4.
(13)館稔稿「国連世界人口会議の概観」厚生の指標 第13巻第1号
p.8.
-115-
児童手当と人口間窟
な増加を招いた。死亡率の減少は人類の願いであり、人智の成果であ
る。したがってもちろんのこと、人口抑制のために、死亡率を高める
ことは許されない。人口の抑制は出生率の減少、出産の抑制に求めら
蝣m*
しかし、 1940年当時、出産抑制のひびきを持つbirth control に
反発して、子供を産むことに重点を置いたfamilyplanning という
語が作られたほどであった(!Dしかし現在は、先進国でさえも、人口の
増加が人類にとっての危機と受けとられるようになってきたのである0
権済成長率と人口増加率
国
名
人
口
( 19 6 8 )
百万
中
国
イ
ン
ソ
ア
リ
(1 96 1 - 6 8
1 人 当 りG N P
(1 9 6 8 )
1 人当 りG N P
年 平 均増 加 率
%
ドル
形
7 30
1 .5
90
0 .3
5 24
2 .5
10 0
1 .0
連
2 38
1 .3
1 , 10 0
5 .8
カ
a )1
1 .4
3 ,9 8 0
3 .4
パ キ ス タ ン
12 3
2 .6
10 0
3 .1
イ ン ドネ シ ア
11 3
2 .4
10 0
0 .8
日
10 1
1 .0
1 , 1 90
9 .9
-r
メ
ド
人 口年 平 均 増 加 率
本
88
3 .0
250
1 .6
ナ イ ジ ェ リア
=r
63
弓.4
70
- 0 .3
西
60
1 .0
1 ,9 7 0
3 .4
ド イ
ツ
前掲「成長の限界」 p.29
注(14)村松稔稿「人口増加と家族計画」厚生の指標 第19巻第4号p. 4.
-116-
l牡r「手,1-J._- ,、日間Wi
先進[釦こおいても、と述べたけれど、世界人口の増加率は臥こよっ
て、とりわけ先進諸国と発展途上諸国の間に大きな差がある。増加率
は後者のグループに著しい.前ページの表は世界のうちで貴も人口の
多い国10を選び、人口増加率と経済成長率を対比したものである。ち
しこのまま推移すれば、両グル-プ国間の貧富の差のますます激しく
なることが、予想される。
発展途上国においては、経済成長を図るために人口抑制策が緊急の
課題であることは論をまたないが(15)前述のように先進諸卸こおいても
これがゆるがせにできぬ問題となっている。すなわち先進諸国におけ
る水質汚濁、大気汚染等の公害が人間の生活をおびやかし、この根低
に人口増加と経済成長があることは否めない事実である(16)そして有限
な資源、食糧を確保する点も考慮しなくてはならない。資源消費量か
注(19 発展途上国における食糧不足が、いかに経済成長を阻害してい
るかは、 1966年8月、東京で開かれた第11回太平洋学術会議の人
口問題総会シンポジウムにおける発言をみても明らかである。こ
こに出席した舘氏は次のように述べておられる。
「FAO, P.V.スカトメ統計部長は、開発途上の国々では、少
なくともその人口の20%は栄養不足であり、 50%以上が栄養不良
である。これを正常な水準に引き上げ、予想される増加人口に食
糧を飯給するためには、開発途上の国々において、近い将来にわ
たって、年率3.5%の食糧増産を必要とすると指摘した。年率
3.5%は驚異的数字であって、先進国でもいまだかってこのよう
な高い増加率を比較的長期にわたって持続したためしはない」 。
(舘稔稿「人口問題総会シンポジウムの記録抄」厚生の指標 第
13巻第12号p.4 )
-117-
児童手当と人口間喝
また、黒田氏は同会議に出席して次のように記しておられる。
「低開発地域ではまだ農業が支配的な経済体制であるにもかかわ
らず、食糧生産は人口増加に追いつきえないで、食糧の輸入国に
てんらくしづつある。余剰農産物の輸出によって外貨を獲得し、
工業化に必要な工業生産物を輸入しなければならないのに、人口
増加・食糧需要増大のために食糧さえ輸入しなければならなくな
るO (中略)
-太平洋地域の低開発国では少なくとも20%が栄養不良であり、
3分の1は蛋白質不足の栄養失調にあり、半分余が栄養失調状態
にあるといわれている。このような栄養不足の現在の水準のまま
でも、人口増加のために、 1980年までに41%、 2000年までに110
%の食糧の増産が必要である。カロリーの不足を解消し、多少と
も食事の質的向上をはかるとすると、 1980年までに66%、 2000年
までに 230%の食糧供給量を増大しなければならないことになる。
この後者の増加率を年率にすると1980年までが3.4%、 1980-20
00年の間では3.6%の増加率となる。
日本が明治の始め以来40年間に食糧生産を倍加したが、年平均
増加率では1.7%であったことを考えるならば、現在の低開発地
城において日本の経験の2倍以上の増加率を達成することは難事
中の難事といわねばならない」 。 (黒田俊夫稿「 ``太平洋地域に
おける人口問題''の特徴と問題点」同誌pp 8-9)
(咽 「ある種の汚染因子は明らかに人口成長に直接(または人口成
長に関連している農業活軌に)関連している。他の汚染は、工業
の成長と技術進歩に密接に関連している。複雑な世界システムに
おけるほとんどの汚染因子は、なんらかの関連で、人口と工業化
との2つの正のフィードバック・ループ双方の影響を受けている」。
-118-
児蛮手当と人口間楢
らみれば、先進諸国での1人の増加は、発展途上国の数十人の増加に
匹敵するのであるtlの
地下資源の耐用年数については、すでに多く語られているところな
ので割愛するが、人類の生存にとって1日も欠かすことのできぬ食糧
も、憂慮すべき状況にある。食桜生産に必要な土地についてみると、
地球上の農業適地は32億-タタールであり、現在これの半分に当る肥
沃で手をつけやすい土地が利用されている。人口の増加は一方におい
て、ますます多くの農業用土地を必要とし、同時に住宅、道路、廃棄
物処理のため農業適地は削減されざるをえない。巨額の費用を投じ、
残余の土地を耕作したとしても、単使当りの生産量が飛躍的に増加し
ないかぎり、倍の人口を養うことはむずかしい。現在の人口増加率が
つづけば、西暦2,000年を待たずして、絶望的な土地不足を迎えるこ
とになる51ゆ
Ⅴ
現在世界人口の56%はアジアである。このうち発展途上国だけをと
り出してみると、アジアは世界の発展途上国人口25億の76%を占め、
その人口増加率は年2.3%、とくに南アジア人口は2.8%という高率
を示している99
(前掲「成長の限界」 p.57)
注(17)黒田俊夫稿「世界人口年を迎えて」厚生の指標 第21巻第4号
p.8.
(18)前掲「成長の限界」 pp.37-39.
(19)黒EEl俊夫稿「第2回アジア人口会議について」厚生の指標 第
20巻第3号p. 4.
-119-
児童手亀と人口問題
世界人口の過半を占めるアジアの人口問題を審議するため、 1963年
に第1回アジア人口会議がニューデリーで開かれ、 72年には第2回が
東京で開催された。
発展途上国にとって、人口増加がいかに重荷となっているかは、前
記の注の太平洋学術会議の報告をみても明らかである。この重荷をと
り除くため、アジアのほとんどの国では、家族計画を中心とする人口
抑制策を国の政策として決定し、実行しているだけでなく、広く人口
の分野における諸政策を、経済社会開発計画との関連において深刻に
考慮している望Q
たとえば韓国においては、人口抑制策を1963年から実施し、セイロ
ンは1965年これを声明、翌年家族計画諮問委員会を設置、シンガポル、マレーシアは1966年家族計画法を施行した。また中国においても
相当徹底した出生抑制政策がとられているというT)
しかしこうした政策も、所期の成果がえられないうらみがある。韓
国やシンガポールでは実施後2 ・ 3年は出生率の顕著な低下がみられ
たが、その後は横ばいである。この大きな壁にぶつかったため、第2
回アジア人口会議では、かなり思い切った意見も出た。
たとえば、 「子どもの数の多いほど得になるような税金の制度は変
えねばならぬ。もっと激しくいえば、子どもが多いほど税が重くなる
ようにしたらどうであろうか。シンガポールのように、子ども2人の
方が公営住宅に入り易くするのも、一法であろうo 台湾はまた、子ど
も2人の夫婦が、その子どもの教育資金を政府からもらい、子どもの
数が10年間そのまま2人で留ま?ているときは、その金を教育に使え
注Gm)黒田前掲稿p. 3.
¢1)舘前掲稀「人口問題総会シンポジウムの記録抄」 p. 5.
-120-
児童手当と人口問題
るという。出産の給付、有給休暇も分娩が重なるにつれて、減らして
ゆくべきだ。 1年間出生のなかった夫婦、その指導員には褒賞金を出
したらよい。人口妊娠中絶は決して理想の方法ではないけれど、こう
いう事情のもとでは、法律の緩和が必要である。
聞いてみると、これはどうかと思うような考えもある。会場の討議
でも、 1,2の国の代表やWHOの発言には、このような苛幣な案への
反発がみられた。しかし、このままゆけば、いずれは法律による出産
の禁止にゆかねばなるまい。それに比べれば、そしてそのような事態
を防ぐための手段としては、この程度のものは、少なくとも実験して
みるべきだという声の方がむしろ輯カ、った」聖
世界人口の推移、アジアの深刻な人口対策をふまえた上で、次に日
本の人口状況をみてみよう。
Ⅵ
日本の人口は明治5年3,480万であった。その後明治24年に4千万、
大正元年5千万、昭和元年6千万、同11年7千万を超えた。終戦の午
20年の人口は約7,200万であったが、 23年には8千万、 31年に9千万、
43年に1億の大台を超えた、(次表参照) o この間における20年毎の人
口増加率(20年間の人口増加数・÷当該年度現在人口)をみると、明治
5年(1872年) -25年は14.1%、明治25年(1892年) ∼大正元年は19
.9%、大正元年(1912年) ∼昭和7年23.9%、昭和7年(1932年) ∼
27年22.6%、 27年(1952年) -47年18.8%である。
ここ100年間の人口統計をみると、その増加率は大正年代に高く、
注C増 村松稔稿「第2回アジア人tj会議について」厚生の指療 第20
巻第3号p.13.
J
-121-
児童手当と人口問題
日 本 の 人 口 動 態
年
次
I
人 口総 数
l
】 出生 率
死亡率
自然増加率
明治 5 年
18 72 )
3 ,48 1万 人
16 .3 % o
ll .t
4 .7
10年
18 77 )
3 ,587
24 .8
17 .3
7 .5
15年 (188 2 )
3 ,726
24 .8
17 .9
6 .8
2 0年
18 87
3 ,870
27 .3
19 .5
7 .9
2 5年 (18 92
4 ,05 1
29 .8
2 1 .9
7 .9
3 0年 (18 97 )
4 ,240
3 1 .5
20 .7
10 .8
3 5年 (19 02
4 ,496
33 .6
2 1 .3
12 .3
40 年
4 ,742
34 .0
2 1 .4
12 .6
19 12 )
5 ,058
34 .4
20 .5
13 .9
6 年
19 17
5 ,4 13
33 .5
22 .2
ll .3
11年
192 2 )
5 ,739
34 .3
22 .4
ll .9
昭 和 2 年 (19 27 )
6 ,166
33 .4
19 .7
13 .7
6 ,643
32 .9
17 .7
15 .2
7 ,063
30 .9
17 .1
13 .8
14 .7
大正元 年
19 09
7 年 (193 2 )
12年
(193 7
17年
(194 2
7 ,238
30 .9
16 .1
22年
(1947 )
7 ,810
34 .3
14 .6
19 .7
27年 (1952
8 ,585
23 .4
8 .9
14 .4
32年 (1957
9 ,109
17 .2
8 .3
8 .9
37年 (1962
9 ,518
17 .0
7 .5
9 .5
42年 (1967 )
9 ,964
19 .4
6 .8
12 .7
47年 (1972 )
10 ,574
資料 厚生の指標 第19巻第15号,第20巻第10号
明治初期に低かったことがうかがわれる。明治初期の人口増加率につ
いて、館稔氏は昭和46年8月、東京で開催された太平洋学術会議にお
いて、大要次のように報告しておられる。
「明治維新によるEl本の近代化の初期において、日本人口はすでに
大人口をようし、高い人口密度に達していたにもかかわらず、資源に
-122-
児童手当と人口間題
乏しく、社会組織は伝統的な前近代性によって特徴づけられ、科学・
技術また低水準という悪条件下にあった。
しかし、日本の"経済離陸"ぁるいは広い意味での近代化にとって
ただ1つめぐまれた条件は、封建時代から承継された低水準の人口増
加率であったことである。近代化のための準備時代における人口増加
率は平均して年平約0.5%にすぎなかった。経済成長率は年率4%に
達し、人口増加率の7-8倍の高水準にあった」e32
わが国は近代化の出発点において、恵まれた人口状況にあった。そ
の後大正中期に、米騒動によって人口と食糧問題が人口間堰として登
場した。昭和の初期は世界恐慌に巻き込まれ、失業者の増加が問題と
なり、雇用問題が人口問題の中心となった禦しかしその後における戦
争は兵力や軍需産業のため労働力需要が増大し、前とは逆に人口過少
が人口問題の中心であった。そして敗戦、残された狭い領土の焼野原
に、多数の復員軍人、引揚者や軍需産業からの離職者をかかえ、食糧
と失業問題が人口問題の中心となった。とくに当時、明治38年以来42
年ぶりの大凶作とも重なって、全国民は飢餓に瀕し、過剰人口は深刻
な問題であった。
昭和21年2月9日、当時GHQ公共衛生福祉部長サムス大佐は、記
者会見で次のように述べているが、これは今日からみて大変興味深い
ものがある。
「日本国民が戦前に摂取していた1人当り平均カロリー量は2,160
カロ))-で、現在の日本の食糧がこの水準で養いうる人口は4,700万
注¢3)黒田俊夫稿「 "太平洋地域における人口問題"の特徴と問題点」
厚生の指標 第13巻第I2号p.ll
C4)上田正夫稿「人口問題(I)」厚生の指標 第17巻第1号p.20.
-123-
児童手当と人口間者
である。日本国内の食糧をもってして、現在人口を養うことは農耕法
の改善をもってしても不可能である。これの解決策としては、 1.日
本を高度に工業化された産業国家にすることである。日本の労働者が
生産した工業製品を海外市場で売却し、その代金によって食糧を輸入
すること。 2.日本労働者の海外移住を図ること。 3.産児制限の実
地'i-Kr.i-tしん∴ニ:A
終戦直後一時的な出生率の増大がみられたが、その後急速な減少を
みせ(死亡率も急減) 、戦前における多産多死型から、短期間に少産
少死型へ移行し、前述のような人口増加状況を示してきた。そして敗
戦当時予想もしなかった産業の発展をみ、サムス大佐の言のように高
度に工業化された産業国家として、工業製品の輸出は増大し、食糧輸
入によって、食糧不足問題は過去のものとなってしまった。その上高
い経済成長により労働力過剰は労働力不足へと一変し、雇用問題とし
て人口増加策が云々されるようになったのは、前述したところである0
しかし世界一を誇った高度経済成長の副産物としての公害、石油産出
国の輸串制限による深刻な資源問題、食糧需給の逼迫による輸入食糧
の高騰から、人口抑制策がわが国でも、また論じられるようになった。
本年4月15日、人口問題審議会は斉藤厚相宛の報告書のなかで、港
界人口にも言及し、大略次のように述べている。
「世界の人口増加率は年2%であり、このまま推移すれば、 21世紀
初めには現在の2倍の70億に達すると推計される。爆発的なこの人口
増加で食糧・資源不足に拍車がかけられようとしている。
1億900万の世界第6位の人口を持つ日本は、年約1.2%の増加率
だが、純再生産率(1人の女子が生む平均女子数)はほぼ1で、将来
注cm 朝日新聞 昭和21年2月10日付
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児童手当と人口問題
は静止人口となる可能性を示している。しかし静止人口となるのは40
-50年先で、それまでは人口増をつづけ、昭和60年には1億2千万人、
同100年には1億4,000万人になろうO日本は資源を外国に頼り、国
土が狭く、人口の収容力は多くない。この増加する人口をどう扶養す
るかは重大で、日本の人口問題を国際的な視野から再検討する時期に
来た(26)
J。
敗戦時の人口は約7,200万であったから、この推計に従えば、50年
後には当時の2倍近い人口を扶養せねばならないことになる。人口問
題は発展途上国でとりあげるべき間接だとする従来の考え方は、転換
されなくてはならないO食糧を輸入するためには工業を発展させねば
ならず、ここには公害という障害と、世界的資源の限界があり、食糧
輸出国が人口圧力のために、輸出余力を失う可能性も少なくない。
Ⅶ
児童手当制度はその仕組方によって、人口増大策の一助となる。し
かし、児童手当だけがただちに人口増加につながるものではない。
フランスでは、 1964年度に千人当り18.1であった粗出生率が、 67年
には16.9、 68年には16.7、 69年にはユ6.6に低下した1969年に同国経
済・社会発展計画の計画本部に設置された人口問題研究姓の報告によ
れば、 「家族手当制度は創設期と比較すると、出生に対するその物的
ないし心理的影響力が弱まっており、出産奨励的な効果は著しく低下
している」とし、その改善策として、 (1)家族給付総額を現在以上に縮
小することなく、一般世帯収入の伸びと同率で増大させること(2)家
族給付を個人所得税の課税基礎に算入し、給付額に応じた格差を設け
注(26)毎日新聞 昭和49年4月16日付朝刊
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児塞手当と人口問堪
′ること(3)新たに出産奨励の意図を加味した支払方法を考案し例えば
出産手当について、新婚夫婦に対してはこの手当を結婚の際に前貸の
形で給付することができるようにするなどの措置をとること(4)第3
子および第4子に対してはさらに給付を増額すること(5)4人の子供
を持つ家族については、子供のうち1人が受給年齢を超えても、手当
の支給を継続すること(6)単一賃金手当については、受給者を制限し
手当額を大幅に引き上げること、を提案している禦
上記のうちわが国児童手当制度との関連において、第4の提案に注
E]する必要がある。
先述のように、わが国の児童手当のE]的が児童の資質の向上にあり、
人口増大を直接の目的とするものではなく、そしてわが国が将来静止
人口を望むのであれば、この第4の提案の逆を行くべきである。すな
わち現状の第3子以降を対象とする方式を再検討する必要がある。こ
の際、貧弱な給付であるから、人口増大に寄与しないという反論があ
るとしたら、これは児童手当制度を否定し、無用の長物とする論にほ
かならない。一歩をゆずって経済的効果が期待しえないにしても、第
3子以降を対象とする方式が、出産率向上への心理的効果のあること
は否めない。まして、第3子以降を対象とする現行方式をそのままに
して、給付癖を増額すれば、出生率の向上に直結する可能性が大きい.
さて、わが国の出生率を押えている要因の1つに、住宅事情の劣悪
さがある.厚生省大臣官房統計調査部か行なった昭和48年度人口動態
(婚姻)社会経済面接調査によると、国民全体の45.6%が借家、民営
の賃貸アパートに住んでおり、持ち家は34.2%であるO夫妻の住宅種
注(27)平山卓稿「児童手当と人口政策の接点」 週刊社会保障 第24
巻第575号 pp.12-14.
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児童手当と人口問題
類別に、希望する`子供の数をみると、夫妻とも持ち家に住む人の方が
3人以上の子を欲している割合が大きい(次表参照) 0
住宅の種類別にみた希望する子供の数
夫
持
ち
2 人
3 人 以 Pl二
欲 しくない
2 .7
3 3 .3
6 3 .0
1 .1
公 営 . 公団公 社 の賃貸
2 .4
4 3 .i
5 1 .3
2 .7
借 家 . 民営 の賃借 アパ ー ト
3 .7
38 .7
5 5 .8
1 .8
給
1 .7
4 2 .4
5 4 .0
2 .0
与
家
1 人
住
間
借
そ
の
宅
り
2 .9
39 .7
5 4 .4
2 .9
他
0
38 .3
5 9 .6
2 .1
家
5 .1
40 .1
5 2 .5
2 .2
6 .9
5 1 .9
3 8 .2
3 .0
7 .2
4 6 .4
4 4 .3
2 .2
5 .0
4 9 .2
4 2 .2
3 .5
7 .5
5 0 .7
3 8 .8
3 .0
8 .5
4 4 .7
4 4 .7
2 .1
秦
持
公営
ち
. 公 団 公 社 の賃 貸
借 家 . 民営 の賃借 アパー
給
与
住
間
借
そ
の
ト
宅
り
他
(厚生の精根 第21巻第2号p.57)
わが国の劣悪な住宅事情は改善されねばならない。しかし政府が十
分な人口対策を講ぜずに、住宅事情を改善して行けば(行けばの話で
ぁるが) 、出生率の増加をあおることになりかねなしTo)住宅政策と人
口動向は密接な関連を持つ。住宅政策と並行して、人口政策が講じら
往伽)厚生省人口問題研究所の岡崎陽一氏の発表によると、わが国の
妻が理想とする子供数は2.47人(47年調査)だが、それを実現す
ると2225年には、 4億6,500万人になるという。 (毎日新聞 昭
和49年5月18B付朝刊)
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児童手当と人口問題
れなくてはならない。
児童手当が純粋に児童の資質の向上を日的とし、多子を目的として
はならないとすれば、手当は第3子以降ではなく、第1子と第2子に
限られるべきである。第1子に対するよりも第2子に削減した手当を
支給し、第3子以降は打ち切るぐらいの方式を講じる必要がある(同
時に税金面についても、従前・とは全く異った配慮を要する) 。しかし、
現在児童手当を支給している家庭にはこれを継続すべきであるし、ご
く近い将釆受給が約束されている家庭に対しても、当然の受給権者と
して、支給する必要があることは、言うまでもない。
児童手当は人口対策の重要な一部門である。人口政策は国により時
代により異なる。出生率の減少に悩んだ時代の、その国の単なる模倣
は、有害ですらある。
(昭和49年5月24日稿)
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