スポットライト 同時送信型マルチホップと大規模センサネットワーク 東京大学 先端科学技術研究センター 東京大学 先端科学技術研究センター 東京大学 先端科学技術研究センター 1.M2M とマルチホップ やました やすたか 山下 靖貴 かつ ま た ゆう き 勝間田 優樹 もりかわ ひろゆき 森川 博之 センサノードは自分の通信範囲内にある基地局のみと通信を 高速ブロードバンドやスマートフォンは既に広く普及しつ 行い、基地局間は有線や移動通信網など、安定した通信路 つあるものの、変わっていくプロセスの中でまだまだ初歩的 によって通信する。センサノードは単に基地局にデータを送 な段階にいるにすぎない。現在の世の中の在り方は過渡的な 信するだけでよい。これに対して、マルチホップネットワー ものであるというマインドでもって、新しい産業や社会制度 クでは、センサノードがバケツリレーの要領でデータを中継 の確立を目指すことが必要である。このような抜本的社会変 してシンクノードへとデータを配送する。マルチホップネッ 革に向けた起爆剤となり得るのがM2Mである。 トワークにおいては中継を行うセンサノードがルーティングテ M2Mとは、人の操作や入力を介さずに、センサや産業設 ーブルを保持し、宛て先となる基地局への経路を計算する。 備などの機械が相互に通信し合う形態のことである。センサ マルチホップネットワークを用いることによる利点は、以 や産業設備からのデータを収集し分析することで、多様な産 下の2点にある。一つはネットワークの拡張性である。マルチ 業における生産性を高め、新たな価値の創出につなげること ホップネットワークにおいては、新たに基地局を設置する必 ができる。M2Mにおいては、収集したデータから価値が生じ 要がなく、ノードを追加するだけでネットワークが拡張可能 るため、低い導入コストで、センサや産業設備などからデー である。もう一つはネットワークの冗長性である。無線通信 タを収集できる無線センサネットワークへの期待が強い。 品質が劣化し一部の経路が途切れた場合にも、別の経路に 無線センサネットワークは、電池駆動の小型センサから無 線でデータを収集することが可能であるため、様々な環境へ よりデータを転送することができるため、ネットワークの冗 長性を確保できる。 低コストで導入することができる。導入コストの低さを生か した無線センサネットワークの導入例として、橋梁モニタリ ングが挙げられる。有線による橋梁モニタリングは配線コス 2.マルチホップを阻む要因 トが大きく、建設時に配線を行う必要がある。無線センサネ 無線センサネットワークへのマルチホップネットワーク技 ットワークを用いることで、既設橋梁に加速度センサを導入 術の導入を阻んできた要因は、ルーティングに起因する性能 してデータを収集することで、橋梁の劣化具合を診断するこ の制約である。無線センサネットワークに求められる性能と とが可能となる。 して、電波環境変動に高速に対応できるロバスト性、バッテ 無線センサネットワークには、図1のようにシングルホップ リでの長期駆動を可能とする省電力性の二つが挙げられる。 ネットワークとマルチホップネットワークの二つのネットワー ルーティングを行うことにより、これらの性能を同時に満た ク形態が存在する。センサネットワークでは、取得したセン すことは困難となる。 サデータを基地局(シンクノード)にまで届けることが基本 ルーティングを行うためには、まず、信号強度やパケット トラヒックとなる。シングルホップネットワークでは、全ての ロス率などのノード間のリンク品質を推定する。続いて、ノ ード間のリンク品質を組み合わせることによって、宛て先ま 基地局 (シンクノード) ノード シングルホップネットワーク マルチホップネットワーク 図1.二つのネットワーク形態 32 ITUジャーナル Vol. 44 No. 7(2014, 7) での経路を作成する。リンク品質は、人の動きや干渉源の発 生などによって変動する。リンク品質の変動が発生した際、 有線通信 適切な経路を選ぶために、リンク情報を即座にネットワーク 無線通信 全体に通知しないと、ネットワークのロバスト性を維持でき ない。すなわち、ロバスト性を維持するためには、高頻度な リンク推定及び、変動を検知した際の高速な通知が必要と て転送を行うのではなく、全てのノードが転送を行うことで、 なり、ビーコンの送信間隔や受信待機時間の増加を招く。 ネットワーク全体へとパケットを伝搬させる。一見すると非 一方、無線センサネットワークにおいては、通信時間及び 効率に思えるこの手法であるが、 「同時送信型フラッディン 受信待機時間の増加は消費電力の増加を招く。広く研究開 グ」と呼ばれる効率の良いフラッディング方式を用いること 発に用いられているTelosBの場合、CPUと無線通信モジュ により、単一の経路で転送を行う手法と同等以上の消費電 ールの消費電力は動作時でそれぞれ1mA程度、20mA程度で 力効率を達成できる。また、転送時には経路制御を行わず、 あり、スリープ時には、共に1μA程度である。また、CPUの 受信したパケットをブロードキャストするだけでよいため、経 速度は最大8MHz、メモリは10kBとなっている。消費電力 路情報の取得や経路探索などの複雑な処理を行う必要がな の最も大きな比重を占めるのが無線通信であるため、通信時 い。 間が増加すると、消費電力は大きくなり、センサノードの駆 3.2 同時送信型フラッディングと建設的干渉 動時間は短くなる。 IETF ROLLで標準化された省電力デバイス向けルーティ 同時送信型フラッディングの概要を図2に示す。最初に、 ングプロトコルであるRPLなどのように、ネットワーク環境 Initiatorと呼ばれるノードがパケットを送信する。Initiator以 が変動した際に、適応的にビーコン間隔を短くする手法も存 外のノードは、パケットを受信するとバックオフなどの遅延 在する。しかしながら、このような柔軟な制御を行うために を挟むことなく即座に転送を開始する。 は、同期型のMACを採用することができず、消費電力の増 この時、複数のノードがパケットを同時に転送することに 大を招く。 なるが、信号の重ね合わせが「建設的干渉」となりパケット 以上のように、ルーティングを用いることにより、安定性 は正しく受信される。送信された信号は、信号の到達時間 及び省電力性がトレードオフの関係となることが、マルチホ 差や送信機のキャリア周波数によりゆがんだ波形となるもの ップを阻む要因となっている。 の、受信機は正常に復調できる。例えば、IEEE 802.15.4に おいては、到達時間差が0.5μs以内であるときに、建設的干 渉が実現される。転送時には、無線通信モジュール以外から 3.ルーティングフリーマルチホップ:Choco の割り込みを不許可とすることなどで、送信開始時間差の低 3.1 ルーティングフリーマルチホップ 減を実現している。 筆者らが開発を進めているChoco は、ルーティングを行 このプロセスを繰り返して、全てのノードが受信後転送を うことなくマルチホップネットワークを実現できる点に特徴 行うことで、ネットワーク全体へパケットが伝搬する。全て を有する。Chocoでは、従来研究のように単一の経路を介し のノードが転送するため、一部ノードが通信不能となったと [2] 同時送信型フラッディング 建設的干渉 2 relay nodes I Q 0.004 V o lt a g e ( V ) T 0 R T R T -0.004 0 50 150 100 200 250 R 300 T Time(us) 信号が0.5μs以内に到達すれば、 合成波形がゆがんでも正しく受信可能 Initiator Receiver Listening Radio off T 送信 R 受信 パケット送信の細かな指示 ID:2 シンクノードがパケット送信を指示. ID:2のノードがパケット送信. (ex.)続くスロットでの ID:2、ID:3、ID:4のノードのパケット 送信を指示. ID:4 シンクノード (ID:1) ID:3のノードがパケット送信. ID:3 ID:4のノードがパケット送信. ネットワーク例 ・・・ ・・・ t 指示 指示 T 1つのスロット内で、同時送 信型フラッディングを用いる R T R T 図2.Chocoでは、建設的干渉を利用した同時送信型フラッディングを用いて全ての通信を行う ITUジャーナル Vol. 44 No. 7(2014, 7) 33 スポットライト しても、他の経路を経由して宛て先ノードへとパケットが伝 を短時間でシンクノードとの間でやり取りすることができ、 搬する。このようにして、Chocoではネットワークのロバス Chocoでは100%の信頼性を実現している。これにより、画 ト性を確保している。 像や加速度などの高信頼伝送が必要とされるアプリケーショ ンにおいても、専用の上位プロトコルを作り込む必要なく、 Chocoを適用することができる。 3.3 時分割スロットとChocoの性能 Chocoでは、時分割スロットを用いたパケット送信指定を 行うことで、省電力性と高信頼性を実現している。具体的 4.実証実験 には、時分割されたスロットを用いて「どのスロットで」 「ど のノードが」 「どのデータを」送信するのかをシンクノードが 現在、Chocoの性能を検証するために、大学キャンパス内 細かに指定することでこれらの性能を実現している。それぞ で250台のセンサノードを利用した大規模実証実験を行って れのスロット内で1回の同時送信型フラッディングが行われ いる。また、橋梁インフラや農場など、社会的要求の高いフ る。すなわち一つのスロット内で、送信されたパケットは全 ィールドにおいて、システムを構築しながらChocoの実証実 てのノードに到達する。動作例を図2に示す。 験を進めている。 パケットが「どのスロットで」送信されるのかが分かるこ 4.1 250台での実証 Chocoの動作検証のために、図4のように、東京大学キャ とで、受信待機時間を大きく削減できる。これにより、 Chocoでは、単一の経路で転送する手法であるCTPと同等 ンパス内の約50m×70mの区画内にある7階建ての二つの研 以上の消費電力効率を達成している。いつ送信されるかが分 究棟に、1台のシンクノードを含む250台のTelosBを設置し からない場合には、送信機からデータが送られてくるまで、 ている。無線LANとの干渉を避けるため、チャネルはIEEE 受信機は長い時間受信待機しておく必要がある。消費電力 802.15.4における26chを利用している。 の大部分を無線機器の動作によるものが占める無線センサネ シンクノードを除く全てのノードから、センサデータ(温 ットワークにとって、受信待機時間の差は消費電力の差に直 度、湿度、照度) 、消費電力情報(無線モジュールを動作さ 結する。 せたクロック数) 、シンクノードまでのホップ数を5分に1回取 図3は、ChocoとCTPの消費電力の比較を示している。消 得している。また、隣接ノード情報(シングルホップでのパ 費電力は、一定時間における無線機器の動作時間の占める ケット受信回数、最大RSSI、最小RSSI)などのネットワー 割合で比較している。54台のノードから構築されるマルチホ ク情報を1時間に1回取得している。 ップネットワークを構築した場合に、CTPと比べて1/3程度 の消費電力となっていることが分かる。 収集した隣接ノード情報から構成したトポロジを図4に示 している。設置棟及び設置階ごとに色分けをしている。ノー また、指定したスロット内でパケットを受信できなかった ドごとに、収集期間中の平均ホップ数を求めたところ、ネッ 場合には、再度指定したノードに指定したデータを要求する ことができる。すなわち、エンド・ツー・エンドの確認応答 50mx 70mの敷地内にある7階建ての2棟に250台 のセンサを設置し、Chocoの運用評価を行っている 50m 28 9 18 22 31 73 16 1 35 19 4 13 2 19 1 22 6 13 6 20 5 2 33 1 75 24 0 20 1 23 2 1 72 1 76 22 9 24 3 15 3 18 0 2 20 20 6 20 8 1 71 2 31 2 07 22 7 18 7 89 52 81 53 54 1 10 51 85 82 1 38 18 5 56 88 14 1 87 84 13 9 1 90 2 48 11 1 1 77 1 40 11 6 6 61 77 10 9 78 11 3 15 7 11 7 14 2 14 4 59 79 90 55 98 1 59 18 6 18 9 14 3 21 2 49 97 91 96 1 18 71 16 3 58 63 95 1 49 1 52 14 6 15 1 22 8 2 16 21 1 2 10 16 5 12 0 1 48 1 78 18 3 18 4 21 7 21 3 16 8 17 4 1 70 1 81 18 2 18 8 2 39 50 62 93 10 1 94 1 23 1 50 2 38 14 5 80 48 99 1 21 42 60 64 10 0 11 9 17 3 16 0 2 36 2 34 2 18 21 5 10 2 16 9 16 7 2 49 20 2 21 4 2 09 47 44 92 21 9 19 7 8 1 47 25 0 2 35 3 2 47 68 1 24 67 17 9 19 2 1 96 5 6 46 24 6 38 1 64 16 2 1 66 2 24 2 21 2 00 65 39 23 0 19 8 66 16 1 1 25 15 5 13 4 2 22 19 3 41 43 1 29 22 5 19 9 7 1 03 70 40 1 27 13 0 1 54 13 3 13 32 72 2 23 2 04 1 95 8 45 1 28 75 15 6 14 69 33 12 6 13 1 2 4 21 36 1 08 24 5 1 20 15 17 12 2 2 44 10 12 24 10 5 74 2 03 19 10 4 27 35 11 34 23 37 23 7 24 1 10 83 1 37 57 1 58 11 4 11 5 86 0 10 20 30 Node 40 50 図3.ChocoはCTPと比べて1/3程度の消費電力効率を達成している ITUジャーナル Vol. 44 No. 7(2014, 7) 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 1 12 パケット到達率はほとんどのノードで 高い値を示している 1 0.8 Choco では動的に経路が変化す るため、平均ホップ数を算出 0 1 2 3 4 Hops Count 5 6 7 0.6 PDR 4 0 26 25 30 76 10 7 2 34 29 10 6 24 2 70m CDF Duty Cycle [%] トポロジ図 CTP Choco 12 0.4 0.2 0 0 50 100 Node From Sink Node To Sink Node 200 150 250 図4.250台のセンサノードをキャンパス内の2棟に設置し、Chocoを用 いたセンサネットワークの大規模実験を行っている トワーク全体での平均は2.73であり、最大は6.37であった。 データ収集率は99.71%であり、249台のセンサノードのう ち、242台のセンサノードについては、全てのデータを収集す ることができている。残る7台のノードにパケットロスが発生 した原因は、電池端子の接触不良による電源断と電波環境 の劣化による全通信経路の途絶であった。 基準用 時送信型フラッディングによるパケット到達率を比較した。 パケット到達率の全ノード平均は、同時送信型フラッディン 24本の苗に3台ずつと 基準用3台(計75台)の 照度センサを設置 照 度 Light penetration rate また、ルーティングを行い単一の経路で転送する方式と同 High value on a cloudy day 1.2 Referential value Sampled in 6:50-7:00 (a) 1 Sampled in 8:50-9:00 (b) Minimum variance of 1day(c) Low value on a sunny day 0.8 Proposed method 0.6 0.4 0.2 Cloudy day cloudy day cloudy day 0 光透過率から 葉面積指数を推定 グが98.7%、ユニキャスト転送が85.3%であった。同時送信 03 " " / 11 04 " " / 11 05 " " / 11 06 " " / 11 07 " " / 11 08 " "1 1/ 09 " "1 1/ 13 " "1 1/ 14 " "1 1/ 15 " The lowest value on a sunny day between 4 methods 型フラッディングにおいては、一部の経路が途切れた場合に も他の経路を通して転送が行われているため、ルーティング " / 11 図6.光透過率による葉面積指数の推定は、散乱光条件が必要であり、 晴天日には日の出前の推定による生育状況を可視化できる を行い単一の経路で転送する方式と比べてパケット到達率が 高くなっており、冗長性が確保されていることが分かる。 度センサを備えたChoco駆動型センサノードを、合計20台設 置した例である。大振幅が発生した際に計測したデータを全 4.2 斜張橋の健全性評価 台から収集する場合、振動を100Hzで常時計測しつつ、乾 橋梁などの構造物インフラの維持管理は、定期的な目視 電池駆動によって5年間動作可能である見込みを得ている。 点検を基本としており、異常検知の精度が確保されていない という問題がある。構造物の維持・管理の合理化は重要な 課題となっており、M2M/センサネットワークの果たすべき 役割も大きい。 4.3 トマトの生育状況可視化 農場において作物の生育指標を定量化・可視化すること が可能となれば、生産性の大幅な向上が期待できる。葉面 橋梁モニタリングでは、5年の定期点検の間はバッテリが 積指数と呼ばれる指標は、光合成能力と強い関係があり、 持続すること、巨大な加速度データをロスなく収集可能なこ 重要な生育指標である。葉面積指数は、照度センサを用い とが要求される。Chocoの特徴を最大限に活かすことで、こ て、トマトの葉の上下の照度を取得して算出した光透過率か のような性質を備えるシステムの開発を進めている。 ら求めることができる。 図5は、180m程度の斜張橋の各ケーブルに1台ずつ、加速 葉面積指数を用いたトマトの生育状況の可視化に向けて、 トマト圃場に75台の照度センサを設置し、実証実験を行っ 100 Cable 1 Cable 2 Cable 3 Cable 4 ケーブルの加速度を 取得し、周波数解析 10 た(図6) 。実証実験を通して、日の出前の散乱光条件下に [Gal Hz] 計測することで簡易な照度センサを用いてトマトの生育状況 をリアルタイムに把握可能であることを示している。2か月の 1 斜張橋のケーブルに 加速度センサを20台設置 0.1 実験期間中、ロスを起こすことなく、データが収集可能であ 0 5 10 15 20 った。 [Hz] Cable1の i 次の固有振動数 fi 9cm π2 EI T f i = 4ρAL4 i 4+4ρAL2 i2 2 4.5cm 加速度センサの概観 (i:モード次数、f_i:i次の固有振動数、T:張力、 EI:曲げ剛性、L:ケーブル長、A:断面積、 ρ :密度) 図5.斜張橋の健全性評価を目的とし、斜張橋のケーブル1本に1台ずつ 計20台の3軸加速度センサを設置し、100Hzで2分間の加速度を収 集した 参考文献 [1] 森川博之、鈴木誠、 “M2Mが未来を創る、”電子情報通 信学会誌、2013年5月 [2] M. Suzuki, Y. Yamashita, and H. Morikawa, “Low-power end-to-end reliable collection using Glossy for wireless sensor networks”、Proceedings of the 77th IEEE conference on Vehicular Technology Conference, Jun. 2013 ITUジャーナル Vol. 44 No. 7(2014, 7) 35
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