高電圧印加による誘起核分裂について

高電圧印加による誘起核分裂について
(Dated: November 29, 2008)
Abstract
原子力発電では主に熱核分裂性 (fissile) 物質が使われている。そのような物質のひとつである U 235
は原子力利用において極めて重要であるが、自然存在比は1%未満であり、希少である。存在比の小さ
い U 235 等の熱核分裂性 (fissile) 物質に比べて、存在比の大きい U 238 等の核分裂可能物質 (fissionable)
をもっと有効利用できるのではないのか。
本稿では、これら核分裂可能物質 (fissionable) に対して高電圧を印加することにより、運動エネル
ギーがゼロの熱中性子の吸収で核分裂を誘起させる可能性のあることを原子核の液滴模型を用いて示
し、これらの物質を有効利用する方法を提案する。
PACS numbers: 21.10.Sf,24.10.-i,25.60.-t,25.85.-w
1
I.
はじめに
中国をはじめインド、ブラジル、ロシア等の急速な経済発展に伴い近い将来世界的なエ
ネルギー不足の発生が懸念される。そこで既に高騰を開始している石油に対して原子力エネ
ルギーの更なる有効利用が見直されるはずである。しかし限られた埋蔵量の核燃料物質だけ
の使用では、急激なエネルギーの需要に対して、供給量が追いつかなくなることは必至であ
る。原子炉では、主に U 235 などの熱核分裂性 (fissile) 物質しか使用されてないためである。
これら熱核分裂性 (fissile) 物質には U 233 、U 235 、P u239 、P u241 などがあり、この物質の原
子核に中性子が吸収されると、複合核が形成され、そのとき持っている励起エネルギーは、
入射中性子の運動エネルギーと、その入射中性子がこの複合体系で持っている結合エネル
ギーとの和になり、この結合エネルギーが複合核の臨界エネルギー (critical energy) よりも
大きいならば、運動エネルギーがゼロの中性子であっても、核分裂が誘起される。
それに対して、U 233 、U 235 、P u239 、P u241 以外の大部分の重い原子核については、入
射中性子の結合エネルギーを与えるだけでは、複合核を臨界エネルギーに到達させること
ができない。すなわち、核分裂を誘起するためには、中性子はある程度の運動エネルギーを
持っていなければならない。これは、標的核が偶数個の核子から成る場合には、常にそうで
ある。というのは、質量数が偶数の核に対する入射中性子の結合エネルギーは、質量数が奇
数の核に対するものよりも常に小さいからである。この U 238 のような臨界エネルギーがあ
まり高くなくて、入射中性子エネルギーがゼロより大きく約 10MeV 程度以下でも核分裂を
起こすものは、核分裂可能物質 (fissionable) と呼ばれる。
これら U 238 等の核分裂可能物質 (fissionable)をもっと有効利用できないだろうか?たし
かに、核分裂可能物質 (fissionable) に対しては、何の力も作用させずに、運動エネルギーゼ
ロの入射中性子を吸収させても、核反応を誘起させることは不可能である。しかし、これら
の原子核に対して、前もって何らかの力を作用させて臨界エネルギーを減少させれば、運
動エネルギーがゼロの入射中性子を吸収させ核反応を誘起させることは可能ではないだろ
うか?
本論文では、核分裂可能物質 (fissionable) に対して高電圧を印加させれば、熱核分裂
性 (fissile) 以外の物質であっても、ゼロ運動エネルギーの中性子の吸収によって核分裂が生
じる可能性があることを示す。
その概要は以下の通りである。金属に電圧を印加していくと、プラスの電荷を持った原
子核が、電圧に比例したエネルギーを獲得するはずである。なぜならば電荷に関して中性の
物質全体として考えれば、エネルギーは全く得られないので、電圧に比例して電流が流れ、
2
マイナス電荷の電子がエネルギーを得た分を、電子と同じ数だけのプラスの電荷を持った原
子核が失い、相殺してエネルギー利得がないからである。
この理屈に従い電圧に比例したエネルギーを原子核が吸収するものと考えると、原子核
は、クーロンエネルギーが増し、表面エネルギーとクーロンエネルギーのバランスが崩れ、
エネルギー的に不安定になる。エネルギー的に不安定になるということは、原子核が変形し
て核分裂し易い形になることである。この状態を Bohr と Wheeler の原子核の液滴模型 [1]
を用いて示す。そして印加電圧に比例して、エネルギー的に不安定になった原子核の臨界エ
ネルギーが、減少し、遂には中性子の結合エネルギーと同じ値になること等を同模型に従っ
て計算する。
では第 II 節で、核分裂の仕組みについて述べる。第 III 節では、物質に電圧を印加させた
場合の原子核の状態を述べ、臨界電圧および核分裂電圧についての計算結果を示す。
尚、本論文作成のきっかけは、物質への電圧印加時のエネルギー利得についての考察であ
るが、このアイデアは核分裂に関する論文を読んでいる中で、エネルギー利得の考察から、
自発核分裂が発生する限界数 (spontaneous fission limit)Z 2 /A を、非常な簡単な sophomore
レベルの方法で導出した素晴らしい論文 [2] が参考になった。
II.
核分裂の仕組み
1939 年に Bohr と Wheeler は、原子核を帯電した液滴に類似なものと考え、液滴模型に
基づいて核分裂過程を初めて完全に理論的に扱った。核分裂機構はややこしく、現在でもそ
の完璧な理論は見ていない。従って現在でも核分裂理論と言えばこの Bohr=Wheeler 理論が
引張り出される。
彼らの理論の概要は次の通りである。U 235 のような重い原子核が熱中性子の吸収によっ
て励起されると、液滴に表面振動が発生し、核を元の形から歪ませる。クーロンエネルギー
は、さらにその液滴を歪ませようとする。励起エネルギーが充分高ければ、クーロンエネル
ギーが表面エネルギーに打ち勝って、原子核は2つないしそれ以上の中位の質量を持った原
子核に分裂すると考えたのである。
以下にこの理論を紹介する。まず問題を単純化するために、原子核は密度一定で一様に
帯電した液滴であり、はっきりした表面を持つものと仮定する。核物質の密度は一定すなわ
ち非圧縮であるとすると、液滴の全体積は一定である。それゆえ、励起した原子核の振動は
表面だけを変動させる。液滴は球形からある対称軸を保ちながら変形するものと考える。そ
してその対称軸を極座標の極軸に選ぶ。表面上の点の変形後の動径座標は Legendre 多項式
3
を使って次のように表せる。
(
R(θ) = R0 1 +
∞
∑
)
αl Pl (cosθ)
(1)
l=0
R0 は変形前の球状液滴の半径であり、αl は変形パラメータ、Pl (cosθ) は Legendre 多項式で
ある。体積が一定の条件から、α0 = 0, α1 = 0 となる。なぜなら、液滴の重心は不変でなけ
ればならないからである。したがって、R(θ) の展開式は
R(θ) = R0 (1 + α2 P2 + α3 P3 + ...)
(2)
となる。原子核が非圧縮性(体積が不変)であると仮定すると、表面エネルギー ES は
2
4 3
ES = ES0 (1 + α22 −
α + ...)
5
105 2
(3)
と表される。 [3] その上で、原子核の小さな変形に対してエネルギー的に安定を保つ条件を
見出す。なお ES0 は変形のない値で
ES0 = as (1 − κs I 2 )A2/3
(4)
である。as と κs はワイツゼッカー・ ベーテの半経験的質量公式における表面エネルギーの
比例定数を表す。I は、I = (N − Z)/(N + Z) である。
またクーロンエネルギー EC は
1
4 3
EC = EC0 (1 − α22 −
α + ...)
5
105 2
(5)
と表される。EC0 は変形のない値で
EC0 =
3 Z 2 e2 1
Z2
= ac 1/3
5 4πε0 RC
A
(6)
である。ε0 は真空の誘電率、RC は原子核の荷電半径を表す。
ここで、核分裂のし易さの尺度である核分裂パラメータ x として
x=
EC0
2ES0
(7)
を定義する。すると原子核の全変形エネルギーは、式 (3) と式 (5) を加えればよいので
4
2
(1 + 2x)α23 + ...)
ES + EC − ES0 − EC0 = ES0 ( (1 − x)α22 −
5
105
となる。ここで
(4
∂∆E
4
= 0 = ES0 (1 − x)α2 − (1 + 2x)α22 )
∂α2
5
35
4
(8)
(9)
を考慮して、3次式 (8) の極大点を計算する。すると
α2 = 0
α2 = 7(1 − x)/(1 + 2x)
(10)
の二つの根を持つことがわかる。第1の根は球対称極小に対応し、第2の根は障壁極大 (barrier
maximum) に対応している。障壁極大 (barrier maximum) は、この第2の根を式 (8) に代入
して
Ebarr =
98 (1 − x)3
ES0
15 (1 + 2x)2
(11)
として得られる。
核分裂パラメータ x は核の分裂し易さの尺度であるが、Myers と Swiatecki は このパラ
メータに対して、ac = 0.7053(Rc = 1.2249A1/3 f m), as = 17.944 と κs = 1.7826 として、次
式が得られることを示した。 [4]
1
Z2
x = 0.01965
A (1 − 1.7826I 2 )
(12)
次にゼロ運動エネルギーの中性子の吸収によって核分裂が生じるか否かを判定する際、障
壁極大 (barrier maximum) と共に不可欠である中性子の結合エネルギーについて説明する。
原子核に中性子が吸収されると、複合核が形成され、その励起エネルギー Eexc は、入射中
性子の運動エネルギー E と、その入射中性子がこの複合体系で持っている結合エネルギー
Eb との和になる。この結合エネルギーが障壁極大 (barrier maximum)Ebarr よりも大きいな
らば、運動エネルギーがゼロの中性子であっても、核分裂が誘起される。
故に、この複合核の分裂が起こる条件は、
Eexc = Eb + E ≥ Ebarr
(13)
である。このようにゼロ運動エネルギーの中性子の場合、核分裂が生じるか否かは、中性子
の結合エネルギーと障壁極大 (barrier maximum) の大小によって決まる。
III.
高電圧印加時の物質中の原子核
前項では原子核に何もしない状態で中性子を吸収させることによって起こる核分裂の仕
組みについて説明したが、ここでは高電圧を印加させた場合について説明する。
金属に高電圧を印加させると、金属中の原子核はどのように変化するだろうか?金属に
電圧を印加していくと、電圧に比例して電流が流れ、マイナス電荷の電子がエネルギーを得
5
る。しかし、それだけではなく必ずプラスの電荷を持った原子核が、電圧に比例したエネル
ギーを獲得するはずである。なぜならば電荷に関して中性の物質全体として考えれば、エネ
ルギーは全く得られないので電子と同じ数だけのプラスの電荷を持った原子核が、マイナス
電荷の電子が得るエネルギー分を失い、相殺してエネルギー利得がないことになるからで
ある。
すると金属に高電圧を印加させさせた場合、エネルギーを得た原子核はどのような状態
になるのであろうか?金属中の原子核は、規則正しく整列し、お互いに四方八方から束縛力
を受けている。その力は強固であり、100 V ぐらいの電圧では大した影響は受けない。し
かし、高電圧印加によって、一方向からある程度以上の力を受けると変形することが予想さ
れる。なぜならば、金属に電圧を印加した時、一様電場から力を受け、その方向に移動しよ
うとするが、このとき原子核は四方八方から束縛力を受けているので、力が作用している方
向だけ異なった状態になり一様均一なバランスが崩れるからである。この状態は地球上のほ
ぼ一様な重力場で、雨粒が自由落下運動する際、束縛力すなわち空気抵抗力を受けて、雨粒
の形が変形する場合と同様である。
従って、金属に高電圧を印加させエネルギーを注入させた場合、原子核は変形すると予
想される。これは別の見方をすると通常原子核はクーロン力と表面張力によってバランスを
とって形を保っているが、電圧印加時は、クーロン力が表面張力に打ち勝ちバランスが崩れ
た状態になるという見方もできる。
では金属に高電圧を印加させた場合、原子核はどのような式に従って変形するのだろう
か?外力を受けていないときの原子核の全変形エネルギーは、式 (8) によって表され、この
際、α2 は式 (10) の第2の根で障壁極大の値が得られる。また原子核エネルギーの変化は一
方向から力を受けるため、α2 P2 (θ) が変化するものと考えられられる。よって金属に高電圧
を印加させた場合は、式 (10) の第2の根が変化すると考えられる。
そのときの原子核の変化は、印加する電圧に比例し極限では印加した電力エネルギーが原
子核の持つ障壁極大 (barrier maximum) に等しくなること。また α2 は小さくなるほど、原
子核は変形して不安定になり、α2 = 0 で完全に分裂すること。この2点を考慮して式 (10)
の第2の根を、
α2 =
7(1 − x) ZeV
−
(1 + 2x) Ebarr
(14)
と書き換えるのが妥当である。但し Z:陽子数、e:陽子の電荷、V:印加する電圧、Ebarr :
障壁極大 (barrier maximum) である。
6
この式 (14) を式 (8) に代入して整理すると
(
Ecrit =
686 ES0 (x − 1)4 − 15 Z e V (1 + 2 x)3
)2 (
343 ES0 (x − 1)4 + 15 Z e V (1 + 2 x)3
)
24706290 (1 − x)9 (ES0 + 2 ES0 x)2
(15)
となる。この式 (15) に、印加電圧 V を代入すると、電圧印加時の原子核の持つ臨界エネル
ギー (critical energy) が計算できる。
この式によって電圧印加時の場合、入射中性子を吸収した複合核の分裂が起こる条件は、
Eexc = Eb + E ≥ Ecrit
(16)
と見直される。このようにゼロ運動エネルギーの中性子の場合、核分裂が生じるか否かは、
中性子の結合エネルギーと電圧印加時の原子核の持つ臨界エネルギーの大小によって決まる。
A.
臨界電圧
U 238 などの核分裂可能物質 (fissionable) に対して高電圧を印加すれば、原子核は不安定にな
り式 (15) に従って、臨界エネルギーが減少していく。この状態は、核分裂可能物質 (fissionable)
の標的核にほぼ運動エネルギーゼロの熱中性子を吸収させて出来た複合核の状態でも同様で
ある。複合核にある一定以上の高電圧を印加させると、複合核の持つ臨界エネルギーは、中
性子の結合エネルギーと同値になる。このときの電圧は
式 (15) =中性子の結合エネルギー
(17)
を解いて求められる。以後この電圧を臨界電圧と呼ぶ。臨界電圧は、複合核の持つ臨界エネ
ルギーが電圧印加によって減少して、中性子の結合エネルギーに達する電圧である。
ほぼ運動エネルギーゼロの中性子すなわち熱中性子が例えば U 238 に吸収されると、複合
核 U 239 ができるが、このとき U 239 は中性子の結合エネルギー Eb の分だけ励起された状態
となる。よって、Eb ≥ Ecrit ならば、熱中性子の吸収によって核分裂が起こるのだが、U 239
は、何もしない状態では、Eb ≤ Ecrit であり、核分裂は起こらない。そこで、核分裂可能物
質 (fissionable) である U 238 に臨界電圧以上を印加させながら、その状態で U 238 に熱中性子
を吸収させ、出来た複合核である U 239 に対しても臨界電圧以上を連続印加させると、U 239
は Eb ≥ Ecrit となって、模型計算の範囲で核分裂が起こるのである。
TABLE. I は、fissionable 物質 について、式 (17) に値を代入して臨界電圧を求めたもの
である。この表の臨界エネルギー、中性子の結合エネルギー、臨界電圧は、複合核の値を示
7
す。例えば、標的核 T h232 では、その複合核である T h233 の値を示す。また中性子の結合エ
ネルギーは今の理論では残念ながら計算できないので、実験値を記載した。 [5] この表から、
臨界エネルギーと中性子の結合エネルギーとの差が大きいほど臨界電圧が大きくなることが
わかる。
標的核 複合核 臨界エネルギー (MeV) 中性子の結合エネルギー (MeV) 臨界電圧 (V) T h232 T h233
9.7
4.8
3.8 × 104
T h233 T h234
9.9
6.2
3.1 × 104
U 236
U 237
7.7
5.1
2.0 × 104
U 238
U 239
7.9
4.8
2.3 × 104
U 239
U 240
8.0
5.9
1.9 × 104
TABLE I: fissionable 物質 における臨界電圧の計算結果
B.
核分裂電圧
物質に対して印加電圧を高めていくと、原子核は不安定になり臨界エネルギーが減少し
ていく。そして遂には臨界エネルギーがゼロになる。このときの電圧は
式 (15) = 0
(18)
を解いて求められる。以後この電圧を核分裂電圧と呼ぶ。核分裂電圧は、原子核の持つ臨界
エネルギーが電圧印加によって減少して、臨界エネルギーがゼロに達する電圧である。この
核分裂電圧が何を表すかは実験によらないと定かではないが、模型計算の範囲では、原子核
に中性子を吸収させなくても、電圧の印加のみで、核分裂を起こさせる電圧である。
TABLE.II は、fissionable 物質 について、式 (18) を解いて核分裂電圧を求めたものであ
る。この表の臨界エネルギー、核分裂電圧は、記載した原子核そのものの値を示す。この表
から、臨界エネルギーが大きいほど核分裂電圧が大きくなることがわかる。
TABLE.III は、参考として金、銀、銅について、式 (18) を解いて核分裂電圧を求めたも
のである。この表の臨界エネルギー、核分裂電圧も、TABLE.II と同様に、記載した原子核
そのものの値を示す。この表から fissionable 物質 に比べて桁違いに核分裂電圧が大きいこ
とがわかる。
8
原子核 臨界エネルギー (MeV) 核分裂電圧 (V) T h232
9.6
7.3 × 104
T h233
9.7
7.5 × 104
U 236
7.5
5.2 × 104
U 238
7.8
5.4 × 104
U 239
7.9
5.5 × 104
TABLE II: fissionable 物質 における核分裂電圧の計算結果
原子核 臨界エネルギー (MeV) 核分裂電圧 (V) Cu64
320
3.7 × 107
Ag 107
150
7.2 × 106
Au197
24
3.1 × 105
TABLE III: 金、銀、銅における核分裂電圧の計算結果
IV.
おわりに
U 238 などの核分裂可能物質 (fissionable) に対して高電圧を印加すれば、臨界エネルギー
を、中性子の結合エネルギーまで下げることができ、核分裂を誘起させる可能性のあること
を述べ、核分裂誘起の条件を液滴模型を用いて求めた。
電圧印加時に、全エネルギーが原子核の変形エネルギーに変換される場合は、本論文の
結論は模型計算の範囲で正しい。しかし、電圧印加によって与えられたエネルギーは、原子
核の変形エネルギー以外に、原子核全体が移動するエネルギー、振動エネルギー等の運動エ
ネルギー、原子同士の結合エネルギー、角運度量等が持つ励起エネルギー等を高めるために
費やされる。これらのエネルギーの中で、原子核の変形エネルギーがどの位の割合を占める
のかを理論的に予測することは困難である。
そこで高電圧を印加して原子核が変形した状態から基底状態に戻る際に、γ線が出るか
否かを確かめる実験をする必要がある。この実験によって、エネルギーが原子核のどの部分
にどのような割合で使用されているのか、目安が得られるからである。
次にγ線が出ることが確認できれば、電圧印加によって核分裂が誘起されるか否かを実
験する必要がある。仮に電圧印加時に全部のエネルギーが原子核の変形エネルギーに変換さ
9
れると仮定し、臨界エネルギーと中性子の結合エネルギーだけの観点から考えれば、ここで
理論的に示した計算値のとおり、核分裂を誘起させる可能性はある。しかし、これだけの条
件を満たすだけでは1個の原子核が分裂を引き起こすだけで、多数の原子から核分裂エネル
ギーを有効に取り出すことが出来るか否か不明であり、そのエネルギーを有効利用できる保
証が無い。核分裂を誘起させ、連鎖反応を引き起こさせるには、原子核が分裂した際、発生
する二次中性子の数が平均2個以上であること、また熱中性子による核分裂断面積が大きい
こと等の条件を満たす必要があるからである。
これらの条件を満たすか否かの問題も理論的に予測することは困難である。また電圧印
加によって、これらの物質は、臨界エネルギーが減少して、熱中性子による反応断面積も、
変化する可能性がある。従って実験により物質ごとに理論的に得られた臨界電圧を印加して
その値に更にどのくらい上乗せした電圧で核分裂が誘起されるかを確かめ、その状態で二次
中性子の数および熱中性子による核分裂断面積等の値を測定する必要がある。
これらの条件をすべて満たせば、U 238 などの核分裂可能物質 (fissionable) に対して高電
圧を印加すれば、ゼロ運動エネルギーの熱中性子の吸収だけで核分裂を引き起こすことがで
き、限られた熱核分裂性 (fissile) 物質に比べて、存在比の大きな核分裂可能物質 (fissionable)
を核燃料として使用できるようになるため、放射性廃棄物の有効利用が可能となり、エネル
ギー問題の解消に大きく貢献できるであろう。
[1] N. Bohr and J. Wheeler: Phys. Rev. 56 (1939) 426.
[2] B.Cameron Reed: Am.J.Phys.71.March 2003
[3] S.G.Nilsson and I.Ragnarsson: Shapes and Shell in Nuclear Structure.Cambridge University
Press 1995.
[4] W. D. Myers and W. J. Swiatecki: Ark. Fys. 36 (1967) 341.
[5] Table of Isotopes 8th edition Wiley-Interscience 1999
10