平成 21 年(2009 年)8 月 25 日 NO.2009-19 グローバル金融危機下における日米欧の金融政策 1.グローバル金融危機発生後の各国金融政策 米国のサブプライム問題に端を発した金融の混乱は瞬く間に世界に広がり、 グローバル金融危機へと発展した。百年に一度といわれる危機に直面した各国 中銀は、協調体制をとりつつ、それぞれの国の実情に合わせて思い切った政策 を打ち出した。 政策金利では、連邦準備制度理事会(FRB)、イングランド銀行(BOE)、 欧州中央銀行(ECB)など欧米 6 中銀が協調利下げを実施。過去に例のないス ピードで利下げを進め、政策金利を史上最低水準へと引き下げた。日銀も政策 金利は既に 0.5%と超低金利にあったが、金融危機が深刻化する中、利下げに 踏み切った(第 1 図)。ただし、各中銀とも市場機能を損なうことを嫌って、 政策金利を完全にゼロまで下げることは避けた。流動性を大量に供給する一方 で、金利水準を一定レベルに維持するために、準備預金への付利や資金吸収手 段の創設などが行われた。 リーマンブラザーズの破綻で金融危機が深刻化すると、各中銀は流動性供給 策の拡充など、政策対応を加速させた。金融危機がグローバルな広がりを見せ たことから、各中銀は通貨スワップ協定を結びドル資金の供給を行うなど、国 際協調体制の強化にも取り組んだ。また、長期国債や社債・CP などの買い取り を始めたほか、金融システム安定のために個別金融機関・企業への支援などに も踏み切った。このように、今回の危機では、通常の政策領域を越えて異例の 措置が次々に打ち出された。 1 第 1 図:日米欧の政策金利の推移 6 (%) FRB ECB BOE 日銀 5 4 3 2 1 0 07/1 07/4 07/7 07/10 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (年/月) (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (1)米国 2007 年夏にグローバル金融危機が発生してから、FRB はアグレッシブに対応 してきた。通常の金利政策では、政策金利である FF 金利を 5.25%から実質ゼ ロ金利(0.00~0.25%)まで、過去に例のないスピードで引き下げた。政策金 利の下げ余地がなくなると、低金利が当面継続するとの見通しを示し、いわゆ る「時間軸」効果により長めの金利を低下させることで緩和効果を高めようと した。 加えて、金融機関の流動性を支援し、金融市場の状態を改善させるために、 多くのプログラムを新設。バーナンキ議長はこれらの一連の緩和策を「信用緩 和」と表現し、ⅰ)健全な金融機関に対する短期流動性の供給、ⅱ)主要な信用 市場の借手・投資家に対する直接流動性供給、ⅲ)長期証券の買い入れ、の 3 つ に分類している(第 1 表)。 2 第 1 表:FRB の信用緩和策 分類 I プログラム III 概 要 ターム物窓口貸出 2007.8.17 窓口貸出の期間を30日に延長。2008年3月16日、90日に 延長。 TAF 2007.12.12 預金金融機関にターム物資金を供給。金利はオークション 形式で決定。 PDCF ※ 2008.3.16 プライマリーディーラー向け貸出。 TSLF ※ 2008.3.11 プライマリーディーラーに対して財務省証券を貸出。 2007.12.12 14中銀と通貨スワップ協定締結。海外中銀によるドル流動性 供給を支援。 AMLF ※ 2008.9.19 預金金融機関がMMFから高格付けABCPを購入する資金を 供給。 CPFF ※ 2008.10.7 発行者から直接CPを購入する特別会社に対し、FRBが資金 供給。 MMIFF ※ 2008.10.21 民間設立の複数の特別会社が、MMFからCD、CPを購入する 資金をFRBが供給。 TALF ※ 2008.11.25 ABS保有者に最大3年の貸出を供与。財務省がTARP資金で 信用補完。 住宅関連GSE債購入 2008.11.25 最大2000億ドル。 GSE保証MBS購入 2008.11.25 最大1兆2500億ドル。 長期国債購入 2009.3.18 最大3000億ドル。 主要中銀との通貨 スワップ協定 II 発表日 (資料) FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 これらのプログラムの多く(第 1 表中の※をつけたもの)は、通常の FRB の 政策範囲を大きく逸脱した異例の措置であり、連邦準備法 13 条 3 項(注 1)を法 的根拠としたものである。ベア・スターンズや AIG など、特定企業に対する支 援策(注 2)も同様である。 (注 1)異常・緊急(unusual and exigent)時には、FRB がいかなる個人・組合(partnership)・ 企業にも貸出できることを定めた条項。 (注 2)JP Morgan Chase による Bear Stearns 買収を促進するために NY 連銀が特別目的会社 に貸出を実行。また、AIG 向けでは、AIG 子会社から RMBS や CDOs を買い取る特 別目的会社に、NY 連銀が資金供与した。 (2)ユーロ圏 ECB は、2007 年 8 月のパリバ・ショック後、既存の資金供給オペの増額・頻 度引き上げといった流動性供給の拡充により健全な銀行の資金繰りを支援する 一方、金利政策については、原油価格高騰の二次的影響を警戒して政策金利を 据え置き、2008 年 7 月には最後の利上げを実施した。 3 しかし、2008 年 9 月のリーマンブラザーズの破綻をきっかけに金融危機が欧 州にも波及し、銀行間市場が機能不全に陥ると、合計 325bp の大幅利下げを実 施するとともに、資金供給オペの固定金利・金額無制限(政策金利で応札があ った全額を供給)への変更、オペの期間延長(最長 1 年物)やカバードボンド の買取といった非標準的措置(non-standard measures)の導入に踏み切り、政策 対応を加速させた。また、欧州市場におけるドル資金需要逼迫への対応として、 FRB との通貨スワップ協定を通じたユーロ圏内の銀行へのドル資金供給を 2007 年 12 月に開始し、その後数次に渡って供給枠を拡大している(2008 年 10 月 13 日には金額制限を撤廃)。 トリシェ ECB 総裁は、これら金利政策以外の異例の措置について、ユーロ圏 経済への資金供給を担う銀行に焦点を当てた「信用支援拡充(enhanced credit support)」だと述べ、ⅰ)流動性管理(供給)策と、ⅱ)民間債券(カバードボ ンド)買取、の2つに分類している(第 2 表)。 第 2 表:ECB の信用支援拡充策 プログラム 発表日 概 要 オペ方式変更(固定金利・金額無制限) 2008.10.8 週次定例オペ(後に長期オペにも適用)の入札を固定金利方式で実 施し、適格担保の範囲内で応札額を全額供給。 適格担保の一時的拡大 2008.10.15 オペの適格担保の範囲を一時的に拡大(格付A-からBBB-、外貨建 債券、CD、一部劣後債を許容)。 オペ期間の長期化 2008.3.28 長期オペ(通常3カ月物)に6カ月物を導入。2009年5月7日には1年 物長期オペの導入を決定した。 オペ及び外為スワップによる外貨資金供給 2007.12.12 米連邦準備制度・スイス国立銀行と通貨スワップ協定を締結し、ユー ロ圏内の銀行に米ドル・スイスフランの流動性を供給。 2009.5.7 ユーロ圏で発行されたユーロ建てカバードボンド(高格付けの担保付 金融債で、ユーロ圏の銀行の主要な資金調達手段となっている)を 発行・流通市場で購入する。買取枠は最大600億ユーロ。 Ⅰ.流動性管理(供給)策 Ⅱ.民間債券(カバードボンド)買取 カバードボンド買取 (注)ECB月報7月号は、その他の金融危機対応として、政策金利と常設ファシリティ金利のスプレッドの一時的縮小やオペ対象機関の拡大などを挙げている。 (資料)トリシェECB総裁の講演原稿(2009年7月13日)より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (3)英国 BOE が、グローバル金融危機をうけて実施した政策をまとめると、政策金利 引き下げの他、ⅰ)流動性供給策とⅱ)資産買取の 2 つに分けられる(第 3 表)。 BOE は、2007 年夏の金融市場混乱をうけた信用逼迫の影響により、景気の鈍 化や住宅価格のピークアウトが鮮明になったことから、2007 年 12 月より段階 的な利下げを開始し、金融危機が深刻化した 2008 年秋以降は、利下げペースを 大幅に加速させた。また、銀行間市場の機能不全により資金調達が困難になっ 4 た健全な銀行に対する流動性支援策として、オペの頻度を引き上げ、長期オペ (3 カ月物レポオペ)を定例化したほか、特別流動性供給スキーム(後に、デ ィスカウント・ウィンドウ・ファシリティへ移行)やドル資金供給オペの導入、 常設ファシリティの制度変更などを実施した。その他、緊急信用ファシリティ を設定して、経営破綻に陥った個別金融機関(ノーザンロック)に対する流動 性支援なども行っている。 さらに、2009 年 3 月には、レポ金利を 1694 年来の史上最低水準となる 0.5% へ引き下げると共に(利下げ幅は累計 525bp)、民間資産の買取による信用市 場の機能改善を目的に 1 月に創設された資産買取ファシリティ(APF)を活用 し、長期国債の買取を実施することを決定した。資産買取枠は、当初 750 億ポ ンドに設定され、5 月には 1,250 億ポンド、8 月には 1,750 億ポンド(GDP 比 12%) に拡大された。 第 3 表:BOE のグローバル金融危機対応 プログラム 発表日 概 要 Ⅰ.流動性供給策 オペ適格担保の拡大 07.12.12~ 3か月物レポオペの適格担保を臨時または段階的に拡大。 オペ対象先の拡大 07.9.19 常設ファシリティ適用先、準備預金制度適用先に対するターム物資金供給制度を 導入。金利は入札にて決定。 特別流動性供給スキーム(SLS) 08.4.21 流動性の低下したモーゲージ関連商品等を担保に国債を貸し出す制度を導入。適 格担保の対象をすべての投資適格債券に拡大(08.9.14)。 ディスカウント・ウィンドウ(DWF) 08.10.15 SLSを恒久化し、幅広い適格担保に対して国債を貸し出す制度を導入。 ドル資金供給オペ 08.9.18 FRBとの間で通貨スワップを締結し、ドル資金供給オペを開始。 常設ファシリティの制度改正 08.10.16 制度の利用促進のため、貸出・預金ファシリティと政策金利のスプレッドを縮小し(± 100bp→±25bp)、利用実績の公表を日次から月次に変更(前月の月中平均のみ)。 CP買取 09.1.19 BOEの完全子会社である資産買取ファシリティ(APF)がCPを買い入れる制度。 長期国債買取 09.3.18 APFが長期国債を買い入れる制度。 社債買取 09.3.19 APFが社債を買い入れる制度。 ABCP買取 09.7.30 APFが担保付CP(ABCP)を買い入れる制度。 Ⅱ.資産買取 (資料)BOEプレスリリース等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (4)日本 2007 年夏に国際金融・資本市場は大きな混乱に見舞われたが、国内市場は相 対的には安定が続いたため、日銀は事態を見守りつつも、具体的なアクション には慎重な姿勢をとった。危機発生前から政策金利が 0.50%と極めて低水準に あり、緩和的な金融環境が維持されていたことも、当初日銀が慎重な姿勢をと った一因である。 しかし、2008 年 9 月のリーマンブラザーズ破綻以降、国際金融・資本市場の 5 混乱が一段と拡大したことや実体経済への影響が明確に顕在化し始めたことを 受けて、日銀も金融緩和に踏み切った。2008 年 10 月の利下げを皮切りに、企 業金融支援特別オペや CP・社債の買い入れ、長期国債の買い入れ増額等の措置 を積極的に打ち出した。 日銀は一連の措置を、ⅰ)政策金利の引き下げ、ⅱ)金融市場の安定、ⅲ)企業 金融円滑化支援、の「3 つの柱」に分類して概念整理している。また、これら に加えて金融システム安定化が挙げられる(第 4 表)。 第 4 表:日銀の主な金融緩和策 分類 Ⅰ Ⅱ プログラム 発表日 政策金利の引き下げ - 米ドル資金供給オペの導入、拡充 2008年9月18日 補完当座預金制度導入 2008年10月31日 長期国債買入れの増額 - 適格担保の範囲拡大 - 企業金融支援特別オペ Ⅲ CP等買入れ 社債買入れ 金融システム 金融機関保有株式買入れ 安定化 金融機関向け劣後特約付貸付 2008年12月2日 2008年12月19日 2009年1月22日 2009年2月3日 2009年3月17日 概要 2008年10月31日と2008年12月19日に20bpずつの利下げを行 い、無担保コール翌日物金利を0.10%に。 適格担保を根担保として、貸付利率を入札に付して行う公開市 場操作としての米ドル建て貸付けを行う。 日本銀行が金融機関等から受入れる当座預金のうち、超過準 備に利息を付す。 1.2兆円/月→1.4兆円/月(2008年12月19日)→1.8兆円/月 (2009年3月18日) 不動産投資法人債(2009年1月22日)、政府保証付担保債権 (2009年2月19日)、公的部門に対する証書貸付債権(2009年4 月7日)、米・英・独・仏国債(2009年5月22日) 共通担保として差し入れられている民間企業債務の担保価額 の範囲内で、無制限の資金供給を行う。 a-1格相当、残存期間3ヵ月以内のCP及びABCPの買い入れ。 A格相当以上、残存期間1年以内の社債の買い入れ。 BBBマイナス相当以上の上場株式の買い入れ。 対象は国際基準行14行。 (資料)日銀資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 2.各国中銀の金融政策に対する考え方 このように、各中銀は非伝統的な政策領域へと踏み込んでいったが、金融政 策に対する各中銀の基本的な考え方は一様ではなく、自らの金融政策に対する 説明も BOE は「量的緩和」、FRB は「信用緩和」、ECB は「信用支援拡充」、 と異なっている(日銀は特になし)。また、金融政策運営上、重視するポイン トも、BOE が「通貨供給量の拡大を通じた名目支出の拡大」、FRB が「信用市 場の機能回復」、ECB が「銀行の信用仲介機能の回復」、日銀が「企業金融の 円滑化」と、各国の実情に合わせて差がみられる。さらに、政策金利の下限や 資産の買い入れ、個別企業への支援などに対するスタンスにも違いがみられる (第 5 表)。 しかし、いずれも前回 2001~2006 年に日銀が実施した量的緩和策(流動性の 拡大によるデフレ圧力の緩和を期待するもの)とは(当の日銀も含めて)異な るアプローチを導入した点では共通している。それは、今回の金融危機では信 6 用市場における市場流動性の著しい低下と、金融システム上の流動性危機が同 時に起きたため、金融危機を克服するためには、ⅰ)信用リスクとⅱ)流動性リ スクの双方を回復させる措置が必要だったのである。その分、単一の量的目標 をもつ量的緩和策と比べ、政策のスタンスが分かりにくくなった面は否めない が、これに対して各中銀は、市場が政策意図を理解しやすいようにホームペー ジ上に専用サイトを設けるなど、コミュニケーションの向上に力を入れている。 第 5 表:今回の金融危機における日米欧中銀の政策対応比較 BOE 政策金利の引き下げ幅 政策に対する説明 政策スタンスの特徴 資産の買い入れ ECB 日銀 525bp 500bp 325bp 40bp (5.75→0.50) (5.25→0~0.25) (4.25→1.00) (0.50→0.10) 量的緩和 信用緩和 信用支援拡充 --- 通貨供給量拡大を通じた 名目支出の拡大を重視 信用市場の機能 回復を重視 銀行の信用仲介 機能の回復を重視 企業金融の 円滑化を重視 積極的 バランスシート拡大 (リーマンショック直前とピークの比率) FRB 消極的 大 小 (3.1倍) (2.5倍) (1.4倍) (1.1倍) ○ ○ × × 個別金融機関・企業への支援 (資料)各種資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (1)米国 FRB が行っている信用緩和(credit easing)は、日銀が 2001 年から 2006 年に かけて行った量的緩和(quantitative easing)とはアプローチが異なるものであ る。中央銀行のバランスシートを拡大させる点では似ているが、日銀が当座預 金残高という負債サイドに焦点を当てていたのに対して、FRB は資産の構成に 焦点を当てている。異なるアプローチがとられた背景として、バーナンキ議長 は、金融・経済情勢の違い、とりわけ、米国では当時の日本に比べてクレジッ トスプレッドが拡大しており、信用市場の機能不全の度合いが大きい点をあげ ている。 日銀は、当座預金残高という単一の量的な目標を設定していたが、FRB はこ うした目標設定は難しいとしている。信用緩和では、貸出プログラムや証券の 買い入れなど、資産項目ごとに緩和効果が異なるため、単一の量的目標設定に 馴染まないからだ。また、FRB の信用緩和策に対する需要が市場の状況に応じ て変動するため、量的目標を設けると、市場の状況が悪化し信用緩和策に対す る需要が高まる時に利用を抑えることになり、かえって逆効果となりかねない こともある。 こうして単一の量的目標を持たないことは、政策のスタンスをわかりにくく 7 し、市場との対話を困難にするというデメリットがある。政策効果を最大限に 高めるためには、市場が FRB の政策意図を理解することが必要である。このた め、FRB はホームページ上に専用のサイトを設けるなど、コミュニケーション の向上に注力している。 (2)ユーロ圏 政策金利についてみると、ECB は 5 月以降、リファイナンス金利を 1%と日 米欧より高めの水準に維持している。トリシェ総裁を初めとする ECB 理事会メ ンバーは、過度の低金利は金融市場の機能を阻害する可能性があるほか、資産 バブルなどの不均衡を助長し、将来のインフレリスク上昇につながるなどの弊 害があるためだとしている。 一方、信用支援拡充策(enhanced credit support)についてみると、中銀の資 産サイドの項目である各種オペや資産買取を政策手段としているほか、金融危 機の打撃を受けた特定市場の機能改善を目的とするなど、FRB の信用緩和と共 通点が多い。しかし、FRB のプログラムの多くが銀行以外の金融機関や資本市 場への直接的な資金供給を行うものであるのに対し、ECB のプログラムはいず れも「銀行」の信用仲介機能強化に主眼を置くものである点が大きく異なる。 ECB はその理由を、ユーロ圏の金融システムが間接金融主体であり、民間資金 調達の大部分を銀行融資が占めているためだと説明している(第 2 図)。 なお、ECB は BOE や FRB とは異なり、大規模な長期国債の買取は実施して いない。資産買取の対象は資産担保証券(ABS)などに比べて安全性が高い(担 保資産の信用リスクが投資家に移転されず、発行体のバランスシート上に残る) 高格付けのカバーボンドのみ、買取額も 600 億ユーロ(発行残高比 4%、GDP 比 0.6%)までに限定している。他中銀に比べて ECB の資産買取の拡大に慎重 な理由は、ⅰ)金融資本市場の厚みや構造の違いに加え、ⅱ)流動性供給策に比 べて出口戦略が難しくなること、ⅲ)損失の発生により中銀の独立性が脅かされ るおそれがあること(注)、などに対する警戒が強いためだとみられる。また、 国債を買取対象としていないのは、流動性も価格(スプレッド)も大きく異な る 16 カ国の国債を適切な価格(スプレッド)で円滑に買取ることが技術的に困 難なことに加え、中銀による財政ファイナンスを禁止した EU 条約に抵触する リスクがあることも一因であろう。 (注)ECB 定款によると、純損失が発生した場合は、一般準備金勘定の取り崩しによって 処理し、さらに必要な場合は、政策理事会の決定によってユーロ圏各国中銀の通貨発 行益をもって相殺するとされている。それを超えた場合は、財政資金による補填が必 要になるとみられる。 8 第 2 図:ユーロ圏民間セクターの資金・資本調達構造 400 350 (年末残高、GDP比、%) 300 株式発行(時価総額) 債券発行 250 銀行融資 200 150 100 50 0 1998年 2007年 1998年 ユーロ圏 2007年 米国 (注)株式発行残高は、上場株式の時価総額。 (資料) ECB月報2009 年4 月号より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (3)英国 インフレ・ターゲット(消費者物価上昇率 2%)を採用している BOE は、国 債等の資産買取を、FRB が信用緩和策ととらえているのに対して、マネーサプ ライと信用の拡大を通じて名目支出をインフレ・ターゲットに見合う水準に押 し上げるための量的緩和(quantitative easing)と位置付けている。政策の波及 経路については、買取によって準備預金(=マネタリーベース)を拡大し、経 済に流通する通貨の供給量(マネーサプライ)を増やす。その結果、銀行貸出 の増加や企業・家計の借入コストの低下、資産価格の上昇などを通じて景気を 刺激し、インフレ目標(年率 2%)の達成を助けることができると説明してい る(第 3 図)。また、民間債務(社債・CP 等)の買取については、これらの市 場の機能回復によって企業の資金調達環境の改善をめざすとして、FRB の信用 緩和と同様の目標を掲げている。 第 3 図:BOE による資産買取(量的緩和)の波及経路 (家計・企業) 保有資産の増加 資産価格上昇 金利低下 信用スプレッド低下 (家計・企業) 借入コスト低下 (BOE) 資産買取 経済への 資金供給増加 (家計・企業) 支出・収入の増加 (銀行) 準備預金増加 →貸出増加 (資料)BOE, Quantitative Easing Explained pamphlet より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 9 インフレ目標達成 年率2% なお、BOE は、これらの政策の効果は企業・家計の期待によって左右される ところが大きいとして、コミュニケーション戦略にも工夫を凝らしている。資 産買取に関する四半期報告の発表を始めたほか、ウェブサイト上に量的緩和に 関するページを作成して政策意図をまとめた一般向けのパンフレットや関連資 料を掲載し、定例のインフレレポートや四半期報の中でも量的緩和について詳 しく解説するなどしている。 (4)日本 ①前回の量的緩和政策との違いについて 日銀は、2001 年から 2006 年にかけて量的緩和政策を実施したが、今回の金 融緩和策は当時の量的緩和政策とは異なるとしている。量的緩和政策は、当座 預金残高に目標を設定し、それを実現していくように政策を展開していくもの であったが、今回は当座預金に目標を設定していない。金融市場の安定や個々 の企業金融の安定を図っていく結果として当座預金残高が増加することはある が、バランスシートを積極的に拡張することに政策上の理念はないとしている。 また、量的緩和政策は、流動性の拡大がデフレ圧力の緩和につながることを期 待して行われたが、今回の一連の措置の狙いは金融市場の安定化や企業金融の 円滑化であるとしている。 ②信用緩和について 日銀は、信用緩和措置を異例の措置と位置付けている。社債・CP 等の企業金 融に係る金融商品の買入れは、これらの金融商品を金融機関に対する与信の担 保とする場合に比べ、民間部門の個別先の信用リスクを負担する度合いが高く、 こうした政策手段は、損失発生を通じて納税者の負担を生じさせる可能性が相 対的に高いと考えているためである。また、個別企業に対するミクロ的な資源 配分への関与が深まることから、財政政策に近づく措置であるとの見解を示し ている。 ③政策金利の水準について 前回の金融緩和局面において、無担保コール翌日物金利は 0%まで引き下げ られたが、今回は 0.10%にとどまっている。日銀は、オーバーナイト金利がゼ ロに張り付くと短期金融市場の機能が阻害されるとの考えから、ゼロ金利を回 避する意向を示している。 また、2008 年 10 月 31 日から、日銀当座預金の超過準備に対して 0.10%の付 利が開始された。その結果、日銀は積極的な資金供給と無担保コール翌日物の 0%低下回避を両立させられるようになった。 10 ④金融機関向け支援策について 日銀は、今回の金融危機においては大手金融機関が負担しているリスクの中 で信用リスクよりも株式の価格変動リスクの方が大きいと考えており、金融機 関の保有株買取や劣後ローン供与などを通じて、金融機関の株式保有リスク削 減努力を支援し、金融システムの安定を図るとしている。 前回、金融機関の保有株買取が行われた 2002 年と比べると、保有株式の絶対 額は減少しているものの、日銀は依然、株式保有リスクは大きいと判断してい る。 ⑤長期国債の買い入れについて 日銀は金融危機以前から長期国債の買い入れを行っているが、これは金融政 策運営のために行う長めの資金供給オペという位置付けであり、金融危機後に ついても位置付けに変化はないとしている。 長期国債の買入れを、金融政策上の目的から離れて、例えば専ら財政のファ イナンスを目的として行うこととした場合、あるいはそうした目的であると市 場に受け止められた場合、金融政策運営に対する信認が失われることになるた め、結局長期国債の金利それ自体にも悪影響が出てくるリスクがあるとし、買 い入れの目的が財政ファイナンスではないことを明示している。そのため、日 銀は、長期金利の買い入れ残高は日銀券の発行残高以内とするという、いわゆ る「日銀券ルール」に基づいて買い入れを行う考えを示している。 3.これまでの政策の効果 各中銀が実施した政策のうち、各種流動性支援プログラムについては、銀行 の貸出態度緩和や貸出増加に直接働きかけるものではなかったが、市場の安定 という点で相応の効果があったと評価されよう。金融危機の深刻化によりクレ ジットスプレッドが未曾有の水準に拡大するなど、多くの市場が機能不全に陥 り、流動性も著しく低下した。しかし、流動性支援プログラムの効果により、 足元では金融市場の緊張は緩和し、短期金融市場を中心に安定をほぼ取り戻し ている。導入当初に膨らんだ各プログラムの利用残高は、市場の安定をうけて プログラムに対する需要が減少し、足元では各国とも残高が減少傾向にある。 一方、資産の買い入れ策では、社債・CP・カバードボンドなどの買い入れに ついては、導入直後から効果が表れた。市場に安心感をもたらすことで、市場 の機能が回復し、発行額の増加や利回りの低下が確認された。しかし、長期国 債の買い入れについては評価は簡単ではない。米国では、市場の改善や景気回 11 復につながることを期待して導入されたが、元々その効果については不確実性 が大きいとされ、FOMC の委員の中でも評価が分かれている。現在ではむしろ 財政赤字のファイナンスとみられる弊害を警戒しており、今年 10 月末で買い入 れは打ち切りの方向にある。また、英国ではマネーサプライの増加を通じて名 目支出をインフレ・ターゲットに見合う水準まで押し上げることを狙いとして 導入されたが、BOE は買い入れの効果確認に 9 ヵ月~1 年程度かかるとしてお り、最終的な評価についてはこれからという面もある。長期金利への影響につ いても、どの程度あるのか評価は難しい。米英では、買い入れ策の発表直後こ そ長期金利は低下したが、その後、景気回復期待や財政ファイナンス懸念の高 まりなどもあって上昇し、現在は買い入れ策発表直前の水準を上回っている。 (1)米国 2007 年夏のサブプライム問題に端を発した金融市場の混乱により、インター バンク市場ではストレスが高まり、LIBOR-OIS などの各種スプレッドが拡大 した(第 4 図)。FRB は大量の資金供給を行うと同時に、公定歩合と FF 金利 のスプレッドを縮小し、融資期間を延長するなどの対応をとった。これにより、 いったん市場は落ち着いたが、年末越えの資金需要の高まりなどから、金融市 場は再び緊張。これをうけて、預金金融機関に対して長めの資金を供給する制 度(TAF)が新設された。 2008 年に入ると、レポ市場の金利が急騰。証券市場の資金繰りが悪化したた め、プライマリーディーラー向けの貸出制度(PDCF)や、FRB 保有の国債を 貸し出す制度(TSLF)を導入した。この結果、市場は小康状態を取り戻した。 第 4 図:LIBOR-OIS スプレッド 4.0 LIBOR 3M - OIS 3M (%) 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 07/1 07/4 07/7 07/10 08/1 08/4 (資料)Bloomberg より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 12 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 しかし、2008 年 9 月のリーマン・ショックをきっかけに金融市場の緊張はか つてない水準に高まった。CP 市場でも緊張が高まり、クレジットスプレッドが 急拡大し、CP の主要な投資家である MMF から大量の資金が流出した(第 5 図)。 これに対して、FRB は CP、MMF 市場の機能回復を目的に AMLF、CPFF、MMIFF などのプログラムを新設した。これにより、CP 市場の信用スプレッドは縮小し、 足元では、リーマン・ショック直前の水準を下回るところまで改善している。 第 5 図:CP 市場のクレジットスプレッド (%) CP金利スプレッド 7 ※ 非金融、A2/P2-AA、30日 6 5 4 3 2 1 0 07/1 07/4 07/7 07/10 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 また、証券化(ABS)市場も機能不全に陥り、2008 年 1-3 月期まで四半期当 り 500 億ドルだった消費者関連の ABS 発行額は、2008 年 10-12 月期には 40 億 ドルに激減し、商業用不動産市場では閉鎖状態に陥った(第 6 図)。このため、 FRB は財務省とともに TALF を創設した。NY 連銀のダッドリー総裁によれば、 今年 3 月に TALF が開始されてから ABS の発行額が回復。ABS のスプレッド も縮小しているとし、その効果を評価しているが、CMBS(商業用不動産ロー ン担保証券)市場などでは機能回復が遅れている。 13 第 6 図:ABS 発行機関のネット資産増減 400 (10億㌦) 売掛債権 など 消費者 ローン 企業向け 貸出など CMBS 300 200 100 0 -100 -200 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (年) (資料) FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 さらに、FRB は高止まりする住宅ローン金利を引き下げ、政府の住宅対策を 支援するとともに、より全般的な信用市場の改善を促す狙いから、住宅関連エ ージェンシー(ファニーメイ、フレディマックなど)債やエージェンシー保証 付き MBS の買い入れを決定。さらに 2009 年 3 月には長期国債の買い入れを発 表した。この結果、国債利回りの低下、国債と MBS のスプレッド縮小により、 住宅ローン金利は大きく低下。歴史的な住宅購買環境の好転をもたらし、住宅 市場の回復に寄与している。ただし、国債利回りについては、その後の景気回 復期待や財政赤字のファイナンスに対する懸念などから上昇し、買い入れを発 表する前の水準を上回っている。 (2)ユーロ圏 ECB は、金融危機対応について振り返った月報 7 月号収録の論文の中で、信 用支援拡充策のうち最も重要なのは、固定金利・金額無制限オペと適格担保拡 大だと評価している。2008 年 10 月のこれら措置の導入をうけて、銀行間市場 の流動性逼迫は徐々に緩和し、EURIBOR-OIS スプレッドなども大幅に縮小し ている(第 7 図)。また、他中銀とのスワップ協定を通じた外貨資金供給につ いても、ドル、スイスフランの資金需給の緩和に伴い残高自体が縮小するなど、 大きな効果があったといえる。 14 第 7 図:EURIBOR-OIS スプレッド(3 カ月) (%) 2.0 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 3M EURIBOR - 3M OIS 07/1 07/7 08/1 08/7 09/1 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/7 (年/月) 一方、オペ期間の長期化も、銀行の資金調達の安定化に寄与している。長期 オペの利用は、2008 年末の年末越え資金の供給などを契機に拡大し、6 月に初 回入札が実施された 1 年物長期オペでは、過去最高額の約 4422 億ユーロが供給 された。こうした潤沢なターム物資金の供給をうけて翌日物金利は主要政策金 利(リファイナンス金利)から離れ、下限である中銀預金金利の近くまで低下 している(第 8 図)。 第 8 図:政策金利と EONIA の推移 6 (%) 限界貸出金利(上限) 5 4 リファイナンス金利 3 中銀預金金利(下限) 2 翌日物金利(EONIA) 1 0 08/1 08/3 08/5 08/7 08/9 08/11 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/1 09/3 09/5 09/7 (年/月) ECB は、カバードボンド買取に関する月次報告の中で、買取の効果について、 危機発生後に急減したカバードボンドの発行額が増加に転じ、ポルトガルやオ ランダ、イタリアなど従来は限定的だった市場での発行や、新規の発行体によ る発行がみられるなど、発行市場を著しく活性化させたと評価する一方、流通 市場の改善は十分ではないとしている。カバードボンドの利回りの金利スワッ 15 プに対するスプレッドは、5 月の買取発表後に大幅に縮小したものの、依然と してリーマン・ショック前の水準を大きく上回っており、銀行間市場に比べる と改善は限定的なものにとどまっている(第 9 図)。 第 9 図:カバードボンド利回りと金利スワップのスプレッド 2.5 (%) 2.0 1.5 1.0 カバードボンド 買取発表 0.5 0.0 08/6 08/8 08/10 08/12 09/2 09/4 (注)ユーロ建カバードボンド平均利回り( 7-10 年)-金利スワップ( 7 年) (資料)三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/6 09/8 (年/月) これらの信用支援拡充策は、銀行の信用仲介機能の改善に主眼が置かれてお り、実体経済に効果が波及するためには銀行貸出スタンスの改善が必要である。 しかし、銀行の貸出態度は依然厳しく、実際の貸出額も低迷している。長期オ ペなどを通じた潤沢な資金供給によって、銀行の資金繰りは改善したものの、 供給額のかなりの部分が中銀の預金ファシリティや安全資産である国債の購入 などに留まっており、狙い通り民間向け融資に回るにはまだ時間を要する模様 だ。銀行の不良債権処理や資本増強を後押しして融資再開につなげるのは、中 銀ではなく各国政府の仕事であり、そこに ECB のジレンマもある。 (3)英国 BOE による潤沢な資金供給の効果により、LIBOR-OIS スプレッドが大幅な縮 小を続けるなど、英国の銀行間市場も落ち着きを取り戻しつつある(第 10 図)。 また、民間債務(社債・CP)買取をうけて、社債(投資適格債)の信用スプレ ッドが昨年末頃の 300bp 超から 100bp 近くも低下したほか、流通市場の流動性 を示すビッド・アスク・スプレッド(買い手と売り手が提示する価格の差)が 縮小するなど、企業金融にも一部改善の兆しが表れている。 16 第 10 図:LIBOR-OIS スプレッド 3.0 (%) 2.5 3M LIBOR - 3M OIS 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 07/1 07/7 08/1 08/7 09/1 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/7 (年/月) 一方、量的緩和を目的とする長期国債の買取についてみると、長期金利は発 表直後にいったんは急低下したものの、景気回復期待や財政ファイナンス懸念 などから反転、上昇するなど、引き続きボラティリティの高い状況が続いてい る(第 11 図)。イールドカーブの変化をみると、超長期の金利はある程度押し 下げられたものの、5 年から 10 年の期間は一時低下した後、足元ではむしろ上 昇している(第 12 図)。 第 11 図:英国の長期金利(10 年) 4.2 第 12 図:英国のイールドカーブの推移 (%) 4.0 5.0 (%) 4.5 量的緩和発表 4.0 3.8 3.5 3.6 3.0 3.4 2.5 3.2 2.0 3月4日(量的緩和発表前) 1.5 3.0 3月13日 1.0 2.8 0.5 2.6 0.0 09/1 09/2 09/3 09/4 09/5 09/6 09/7 (資料) Bloomberg より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/8 (年/月) 8月12日 1 5 10 15 20 (資料) Bloomberg より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 30 (期間) なお、銀行の貸出態度をみると、4 中銀の中で最も積極的な BOE の金融危機 対応もあって、英国の銀行は日米欧で唯一、緩和から厳格化を引いたネットの 割合が「緩和超」に転じている(第 13 図)。しかし、実際の貸出額は低迷を続 けるなど、足元では依然不透明感が強い。BOE はマネーサプライ拡大や景気刺 17 激等の効果が確認できるまでには、9 カ月~1 年程度の時間がかかると指摘して おり、評価はこれからという面もある。 第 13 図:各国の金融機関の貸出態度 90 (%pt、逆目盛) (%pt) -90 米国(大・中堅企業) 75 -75 ユーロ圏(全規模) 日本(全規模全産業、右目盛) 60 -60 英国〈右目盛〉 45 -45 ← 30 -30 厳 格 化 15 -15 0 0 緩 和 15 → -15 -30 05 06 07 (資料)FRB、ECB、BOE、日銀資料より経済調査室作成 30 09 (年、四半期) 08 (4)日本 ①Tibor Tibor は 2007 年夏場以降、信用不安の高まりを背景に高止まりが続いた(第 14 図)。2008 年 10 月 31 日の日銀の利下げを受けて一旦低下するも、再度上昇 傾向を辿り、同年 12 月に Tibor3 ヵ月物は 0.92%台まで上昇した。しかし、12 月 19 日の日銀の再利下げ等を受けて、インターバンク市場の緊張は緩和に向か い始め、ターム物金利は低下に転じた。足元の Tibor3 ヵ月物は、約 2 年半ぶり に 0.5%台半ばまで低下している。無担保コール翌日物とのスプレッドは、依然 大きく拡大しているものの、昨年末に比べればインターバンク市場の緊張はか なり緩和してきたと評価できよう。 第 14 図:短期金利の推移 1.1 (%) 1.0 0.9 12M-円TIBOR 0.8 6M-円TIBOR 0.7 0.6 3M-円TIBOR 0.5 0.4 1M-円TIBOR 0.3 0.2 無担保コール 翌日物 0.1 0.0 05 06 07 08 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 18 09 (年) ②CP 発行金利、短期国債利回り 2007 年夏場以降、CP 発行金利も信用不安の高まりを受けて高止まりが続い た(第 15 図)。2008 年末にかけては信用不安が一段と高まるなか、CP 市場は 機能停止状態に陥り、発行額の急減と発行金利の急騰が発生した。日銀の追加 利下げや CP 買い入れオペの決定により、安心感が生まれたことで CP 市場は機 能回復に向かい、発行金利も低下基調を辿っている。 第 15 図:CP 発行平均金利 (%) 1.6 2週間 1.4 1ヵ月 3ヵ月 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (年) (資料)日本銀行「国内コマーシャルペーパー発行平均金利」より 三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 また、企業金融支援特別オペによる潤沢な資金供給も CP 発行金利の押し下 げ要因となっており、7 月の平均発行金利は 0.29%に低下している。高格付け の CP 発行金利が同じ残存期間の短期国債利回りを下回るなど、「やや行き過 ぎた動き」(7 月 16 日総裁会見)もあり、市場機能の阻害に繋がる可能性が懸 念されている。 短期国債利回りも、日銀の潤沢な資金供給を受けて低下傾向を辿り、7 月 7 日には 0.14%まで低下した(第 16 図)。ただし、7 月 14-15 日の金融政策決定 会合で決定された、企業金融支援特別オペ等の時限措置の期限延長幅が市場の 予想を下回ったことなどから低下に歯止めが掛かり、横ばいに転じている。 19 第 16 図:短期国債(3 ヵ月物)の利回り 0.8 (%) 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0.0 07/1 07/4 07/7 07/10 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (年) (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 ③長期金利 長期国債の買い切り増額によって長期金利は一時的に低下したが、2009 年 6 月には米国の早期利上げ期待の高まりを背景に 1.5%台後半まで上昇した(第 6 表、第 17 図)。もっとも、過去の長期金利の反騰局面に比べて上昇幅は限られ ており、日銀が金融危機下にあって、金融市場安定化策の一環として実施した 同措置は、長期金利の上昇に歯止めを掛けるのに一定の効果を示しているとい える。 第 6 表:長期国債買い入れ額増額前後の長期金利の動き 決定日 長期金利の動き 買い入れ額 08/12/19 1.2兆/月→1.4兆/月 1.410%(12/11) → 1.165%(12/30) 09/3/18 1.4兆/月→1.8兆/月 1.315%(3/13) → 1.225%(3/19) (資料)日銀資料、Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 第 17 図:新発 10 年国債利回りの推移 2.1 (%) 2.0 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 2005 2006 2007 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 20 2008 2009 (年) 4.各中央銀行のバランスシートの状況 各種緩和策の発動により、各中銀のバランスシート残高は拡大したが、中銀 によってその度合いには大きな差が生じている。大規模な資産の買い入れを行 った BOE や FRB では、バランスシートの規模が危機前の 2~3 倍に拡大する一 方、日銀や ECB ではバランスシートの拡大は小幅に止まっている。FRB では、 バランスシートの拡大が止まり、このところ残高は安定しているが、長期資産 の買い入れ拡大で資産の満期構成が長期化するなど、中身は大きく変化してい る。 資産の拡大に対応して負債サイドで増加したのは主に準備預金である。特に、 量的緩和(準備預金の拡大)に意義を認める BOE では、準備預金は着実に増加 している。これに対して、負債サイド(準備預金)の増加は結果とみる FRB で は、市場調節を楽にするために創設された財務省の補完調達勘定が準備預金の 増加を一部吸収した結果、残高は準備預金の 4 分の 1 に達している。 (1)米国 ①資産サイド FRB の資産残高は、2007 年夏の金融危機発生後も、9000 億ドル弱で比較的 安定して推移していたが、リーマンショック以降、一連の流動性供給プログラ ムの発動により急拡大し、一気に 2 倍以上に膨らんだ。2009 年に入ると、市場 流動性環境の好転により、一連の流動性支援策の残高が縮小傾向に転じ、資産 残高も頭打ちとなった。しかし、その後、長期証券の買い入れが始まったこと により、保有証券残高が増勢を強め、足元では両者の綱引きから、資産残高は 2 兆ドル前後で一進一退の動きとなっている(第 18 図)。 第 18 図:FRB のバランスシート(資産) 2.5 (兆ドル) 総資産残高 うち 流動性支援策残高 2.0 うち 保有証券残高 1.5 1.0 0.5 0.0 08/1 08/4 08/7 08/10 (資料) FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 21 09/1 09/4 09/7 プログラム別にみると、金融機関に対する短期流動性の供給策では、TAF の 残高がピークから半減、PDCF は残高が今年 5 月末以降、ゼロとなっている。 中銀との通貨スワップ残高も、グローバルなドル資金需要の後退を反映し、ピ ークの 15%まで減少した。また、借り手・投資家に対する直接の流動性供給策 では、MMIFF はもともと利用実績がなく、CPFF は残高がピークの 3 分の 1 に 減少、AMLF もほぼゼロまで落ち込んでいる。TALF は開始間もないこともあ り、残高は 300 億ドル程度に止まっているが、ABS 市場の機能回復が遅れてい ることから、今後、CMBS などの市場改善に対する効果が期待されている。一 方、長期証券の買い入れは、目標に向けて順調に買い入れが実施されている。7 月末時点で、エージェンシー債が最大予定額の 5 割強、モーゲージ債が 6 割弱、 米国債は 4 分の 3 まで買い入れが進んでいる。なお、ベア・スターンズ、AIG 向けの融資残高は、バランスシートの約 5%を占めている(第 19 図)。 第 19 図:信用緩和の各プログラム別残高 2.5 (兆㌦) ベアスタ、AIG向け融資 米国債(含むTIPS) MBS+エージェンシー債 TALF CPFF AMLF 通貨スワップ PDCF TAF 窓口貸出 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 ②負債サイド バランスシートを負債サイドからみると、通常は、現金(連邦準備券)がそ の大半を占める。しかし、リーマンショック以降、資産サイドの大幅な拡大に 対応したのは準備預金で、足元では連邦準備券の残高に匹敵する規模まで拡大 している。また、FRB が市場から資金を吸収する手段を持たないことから、AIG 支援などで大量の資金供給を行う FRB の市場調節を楽にするために、財務省の 補完調達勘定(Supplementary financing Program)が 2008 年 9 月に創設されたが、 同勘定残高は現在、準備預金の 4 分の 1 に達している(第 20 図)。 22 第 20 図:FRB のバランスシート(負債サイド) 2.5 (兆㌦) 資本勘定 その他 財務省勘定(補完調達) 財務省勘定(一般) 準備預金 現金(連邦準備券) 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (2)ユーロ圏 ユーロシステム(ECB とユーロ圏各国中銀)のバランスシートは、2008 年秋 以降に急拡大している(第 21 図)。銀行間市場でのターム物取引がほぼ停止状 態となるなか、ECB が資金供給オペを固定金利・金額無制限としたことで(週 次定例オペは 2008 年 10 月 8 日、長期オペは 10 月 15 日から)、短期及び長期 オペの残高が急増したことに加え、オペや外為スワップによる外貨資金供給の 開始に伴い外貨建て貸出が増加したためだ。 ただし、ユーロシステムのバランスシートは、2008 年 10 月のピーク時でも リーマンショック前の約 1.4 倍にとどまり、2 倍以上に達している FRB や BOE に比べると拡大幅が小さい。また、資産サイドの構成をみると、ECB の金融危 機対応が銀行に対する流動性支援を柱としていることを反映して、短期及び長 期の資金供給オペが全体の 4 割以上を占めている(1 年物長期オペの導入をう けて、足元では長期の比率が上昇)。一方、資産買取の規模は相対的に小さい ことから、7 月の買取開始後も、保有証券の増加は限定的である。米ドル需要 逼迫の緩和をうけて、外貨資金供給も 3 月以降逓減している。 23 第 21 図:ユーロシステムのバランスシート(資産サイド) (兆ユーロ) 2.5 その他資産 保有証券 リーマン・ショ ック 長期オペ 2.0 1年物オペ導入 週次定例オペ 外貨建て国内向け貸出 金 1.5 1.0 0.5 09/8 09/7 09/6 09/5 09/4 09/3 09/2 09/1 08/12 08/11 08/10 08/9 08/8 08/7 08/6 08/5 08/4 08/3 08/2 08/1 0.0 (年/月) (資料)ECBより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 一方、負債サイドをみると、2008 年秋以降は、他中銀とのスワップ協定を通 じた外貨資金供給の拡大をうけて対外債務が増加したほか、潤沢な資金供給の うちかなりの部分が超過準備となり、預金ファシリティに滞留していたことが 分かる。年明け後の銀行間市場の改善をうけて、預金ファシリティの残高は大 幅に縮小していたが、6 月の 1 年物長期オペ実施後は、再び預金ファシリティ への資金滞留が目立っている(第 22 図)。 第 22 図:ユーロシステムのバランスシート(負債サイド) (兆ユーロ) 2.5 資本勘定 その他負債 リーマン・ショ ック 1年物オペ導入 ユーロ建て対外債務 2.0 預金ファシリティ 準備預金 1.5 流通銀行券 1.0 0.5 (資料)ECBより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 24 09/8 09/7 09/6 09/5 09/4 09/3 09/2 09/1 08/12 08/11 08/10 08/9 08/8 08/7 08/6 08/5 08/4 08/3 08/2 08/1 0.0 (年/月) (3)英国 BOE のバランスシートの拡大幅は、4 中銀の中でもっとも大きく、リーマン・ ショック後の 2008 年 10 月には、危機直前の約 3.1 倍に達した。年明け後は、 年末越え資金需要の剥落や金融市場の緊張緩和をうけて、いったんは縮小に向 かったものの、3 月の量的緩和開始後は再び増加に転じ、足元 2.5 倍近辺に達 している(第 23 図)。資産サイドの構成をみると、今年 7 月以降は、短期及び 長期のオペ残高がほぼ一定で推移するなか、資産買取に伴うその他資産の急ピ ッチの拡大が続いている。8 月初旬には買取枠が従来の 1,250 億ポンドから 1,750 億ポンドへ増額されていることから、BOE のバランスシートは今後、昨 年秋のピークに迫る水準まで拡大する見込みであり、バランスシートに占める その他資産の割合もさらに高まるとみられる(第 24 図)。 第 23 図:BOE のバランスシート(資産サイド) (億ポンド) 3,500 その他資産 保有債券 3,000 政府貸付 2,500 長期リバースレポ 短期供給オペ 2,000 1,500 1,000 500 09/8 09/7 09/6 09/5 09/4 09/3 09/2 09/1 08/12 08/11 08/10 08/9 08/8 08/7 08/6 08/5 08/4 08/3 08/2 08/1 0 (年/月) (資料) BOEより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 第 24 図:資産買取(量的緩和)残高の推移 1,800 (億ポンド) 社債 長期国債 CP 買取枠を均等に消化した場合 1,600 1,400 1,200 1,000 800 財務省証券 発行により ファ イナンス 中銀準備預金 によりファ イナ ンス 買取ペースを 落として継続 600 400 (資料)BOEより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 25 29-Oct 15-Oct 1-Oct 17-Sep 3-Sep 20-Aug 6-Aug 9-Jul 25-Jun 11-Jun 28-May 14-May 30-Apr 16-Apr 2-Apr 19-Mar 5-Mar 19-Feb 0 23-Jul 200 一方、負債サイドの構成をみると、2008 年秋以降は、潤沢な資金供給に伴う 過剰流動性を短期吸収オペ(1 週間物及び微調整オペ)で吸収する形となって いたが、量的緩和開始後は、資産買取の代金として増発された準備預金が急速 に積み上がっている(第 25 図)。 第 25 図:BOE のバランスシート(負債サイド) (億ポンド) 3,500 その他負債 CDR 3,000 外貨建て負債 2,500 短期吸収オペ 2,000 準備預金 1,500 流通銀行券 1,000 500 (注)その他負債には、月中平残のみ公表される預金ファシリティを含む。 (資料) BOEより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/8 09/7 09/6 09/5 09/4 09/3 09/2 09/1 08/12 08/11 08/10 08/9 08/8 08/7 08/6 08/5 08/4 08/3 08/2 08/1 0 (年/月) (4)日本 ①資産サイド 日銀の資産残高は 2008 年半ばまで 110 兆円程度で推移していたが、2008 年 9 月のリーマンショック以降は 120 兆円程度まで拡大した(第 26 図)。内訳をみ ると、買現先勘定と外国為替勘定の増加による寄与が大きく、また足元では貸 出金の寄与が大きくなってきている(第 27 図)。 買現先勘定は、2008 年 10 月に年末越え資金供給の早期開始が決定されたこ となどを皮切りに、オペ期間の長期化、金額の増加等が行われ、残高の増加に 繋がっている。外国為替勘定は、2008 年 9 月からドル資金供給オペが導入され たことが増加の原因となっている。ただし足元は、導入当初に比べ信用不安が 後退していることを反映し、伸び率は縮小傾向にある。また、貸出金の増加に ついては、企業金融支援特別オペの影響が大きい。 26 第 26 図:日銀の資産(水準) 140 (兆円) その他 120 外国為替 100 貸出金 80 60 長期国債 40 短期国債 20 0 07/01 買現先勘定 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/07 (年/月) 第 27 図:日銀の資産(前年比) 25 (前年比、%) 外国為替 20 その他 15 貸出金 10 5 0 -5 短期国債 -10 買現先勘定 長期国債 -15 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/07 (年/月) 今般の危機発生後に大幅に拡充された、民間企業債務を活用したオペレーシ ョンについてみてみると、まず 2008 年 10 月に従来からあった CP 買現先オペ の積極活用(オペ頻度、金額の引き上げ)が決定され、同オペの残高が急増し た(第 28 図)。続いて、2009 年 1 月から企業金融支援特別オペが導入される と、同オペの残高急増によって、民間企業債務活用オペ全体の残高は一段と増 加した。一方、異例の信用緩和的措置として導入された CP 及び社債の買い入 れについては、買い入れ対象銘柄の格付や残存期間について比較的厳しい条件 が付されているため、CP 買現先オペや企業金融支援特別オペに比べて残高の積 み上がりは限定的である。 27 第 28 図:民間企業債務活用オペ (兆円) 14 社債買い入れ 12 10 CP買い入れ 8 6 企業金融支援 特別オペ 4 2 CP買現先 0 07/01 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/07 (年/月) ②負債サイド 負債サイドでは、当座預金残高の増加が大きく、足元の残高は約 15 兆円まで 拡大している(第 29 図、第 30 図)。もっとも、今回の危機対応において日銀 が資金供給量をターゲットにしていないため、当座預金の水準自体には大きな 意味はない。次に寄与が大きいのは、その他預金(外国中央銀行等の預金)で あるが、これはドル資金供給オペの導入に伴うものである。足元はドル資金供 給オペの利用減少に伴い、その他預金の残高も縮小傾向にある。 第 29 図:日本の負債・資本(水準) 140 (兆円) その他 120 売出手形 売現先勘定 100 80 60 その他預金 当座預金 40 発行銀行券 20 0 07/01 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 28 09/04 09/07 (年/月) 第 30 図:日銀の負債・資本(前年比) 20 (前年比、%) その他預金 15 売出手形 10 5 0 当座預金 その他 -5 売現先勘定 発行銀行券 -10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 09/07 (年/月) 5.各国別にみた出口戦略のイメージ 各中銀による政策の効果もあり、金融危機は最悪期を過ぎ、景気にも安定化 の兆しが出てきた。もっとも、こうした改善は、政策総動員の結果、ようやく もたらされたものであり、現状ではまだ、緊急措置を全て解除できるほど金融 市場・経済が正常化したわけではない。しかし、異例の緩和措置が長期化すれば、 将来のインフレや新たなバブル発生のリスクを高めることになるだけに、各中 銀としては、いつ、どのようにして政策を解除するのか、出口戦略が今後の重 要な課題となっている。 特に、バランスシートが大きく膨らみ、資産の長期化が進んだ米英では、利 上げが必要になった時に、速やかに政策の解除ができるのか。中銀は自信を示 しているものの、一部にはこれを不安視する向きもある。ここでは、各中銀の 出口戦略の具体的なイメージをまとめた。 (1)米国 FRB は、これまで金融危機に対して果敢に対応してきたが、一方で過剰流動 性による将来のインフレリスクを警戒しており、経済・金融情勢が正常化したと 判断されれば、速やかに出口戦略を発動するとみられる。 8 月 11-12 日の FOMC では、景気判断が、前回の「悪化のペースが鈍化して いる」から「景気は底入れしつつある」へと前進した。ただし、全体では慎重 なスタンスが維持され、「雇用減少、所得の伸び悩み、住宅価値の下落、信用 29 逼迫により個人消費は抑制されており、当面、景気は弱い状態が続く」との判 断は据え置かれた。また、「異例の低金利がしばらく続く」という時間軸を示 す文言にも変化はなかった。このため、出口戦略の本格発動には至っていない が、今後、経済・金融情勢がさらに改善するのに伴い、出口に向けて舵を切って いくとみられる。以下では、①流動性支援策、②長期証券買い入れ策、③政策 金利の引上げ、④特定企業向け支援、に分けて出口戦略のイメージをまとめた。 ①流動性支援策 まず、流動性支援策については、解除はある程度、自動的に進む。そもそも、 プログラムの多くは、連邦準備法 13 条 3 項を根拠に発動されており、発動の条 件である「異常かつ緊急(unusual and exigent)」の状態が解消されれば、法的 根拠を失う。さらに、プログラムの多くは、貸出レートやマージンが、(市場 が正常化した場合には)魅力のない水準に設定されているため、出口に近づけ ば制度に対する需要が自然に減少する。実際、市場環境の改善に伴い、流動性 支援策の残高は減少が続いている。 FRB は 6 月 25 日に各流動性支援プログラムの見直しを発表した。最近の利 用実績に応じてプログラムを整理したもので、具体的には、AMLF(MMF 支援 プログラム)、CPFF(CP 買い取り資金貸出)、PDCF(証券会社向け貸出)、 TSLF(証券会社向け米国債貸出)など、主なプログラムの実施期限を、現行の 今年 10 月末から 2010 年 2 月 1 日まで延長することを決定した。一方、過去に 利用実績のない MMIFF(MMF 支援プログラム)については現行期限(今年 10 月末)での打ち切りを決めた。また、TAF(入札型ターム物貸出)、TSLF につ いては、最近の残高減少をうけて、規模の減額や頻度の減少などの条件変更を 行った(第 7 表)。 第 7 表:6 月 25 日発表の各プログラム期限延長、条件変更措置 プログラム 延長前 TAF 海外中銀とのスワップ協定 延長後 期限を定めず 2009年10月末 1 2010年2月1日 TSLF 2009年10月末 2010年2月1日 PDCF 2009年10月末 2010年2月1日 AMLF 2009年10月末 2010年2月1日 CPFF 2009年10月末 2010年2月1日 MMIFF 2009年10月末 延長せず(廃止) TALF 2009年12月末 据え置き(2009年12月末) (注1) 7月より資金供給額を減額 (注2) 回数削減、供給額も減額 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 30 (注) 2 来年 2 月 1 日の期限到来時には残高の減少が一段と進んでいるとみられ、主 なプログラムについては打ち切りとなろう。ただし、TAF については期限が定 められておらず、恒久的なファシリティとして残る可能性が高い。 流動性供給プログラムの場合、短期資産が中心のため、プログラムの打ち切 り後、残高は速やかにゼロとなり、過剰流動性の回収は比較的短期間で終了す るとみられる。 ②長期証券買い入れ策 一方、長期証券の買い取りについては、8 月 11-12 日の FOMC で米国債の購 入限度額引上げを見送る一方、購入期限を現行の 9 月末から 10 月末へと一月延 長した。FRB は米国債購入の効果が不確実とみている上、景気・金融情勢も改 善、また、これが財政赤字のファイナンスのために行われているとみられるこ とに強い警戒感を持っているため、買い取り増額を見送ったとみられる。しか し一方で、急に買い取りを止めると市場への影響が大きいため、期限を延長し、 買い入れの額を徐々に落とすことで静かにフェードアウトを狙ったものと推測 される。金融市場や景気に異変が生じない限り、米国債については 10 月末、 MBS やエージェンシー債については現行期限である今年末で打ち切りとなる 可能性が高いとみられる。 こうして買い取りを止めた後も、長期証券ゆえに FRB のバランスシート上に は残高として長く残る。FRB の資産の満期構成をみると、10 年以上の資産が全 体の約 1 割から 3 分の 1 へと 3 倍に高まっており、リーマンショック直前から 大幅に長期化が進んでいる。逆に 1 年以下の資産の比率は 55%から 3 分の 1 に 低下した(第 31 図)。過剰流動性を短期で回収するには、市場で長期証券の売 り切りをすればよいが、市場・相場への影響が大きく、実施はそう簡単ではない。 それを避けるには、財務省の補完調達勘定の利用や、FRB による短期証券発行 など、別の手段が必要となる。それを利用すれば、バランスシートを高水準に 維持したまま、マネタリーベース(準備預金)を減らすことができる。FRB は これらの手段を組み合わせて、過剰流動性の吸収を進めるものと予想される。 31 第 31 図:FRB の資産の満期構成 2009.7.22 ~15日 16~90日 91日~1年 1年超~5年 5年超~10年 10年超 2008.8.27 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 ③政策金利の引上げ FRB は現時点で、FOMC 声明文にあるように、当分(for an extended period)、 現在の例外的な低金利が続くことが正当化されると判断している。それでは利 上げが正当化される時期はいつ頃来るのか。 FOMC 参加者の経済見通しをベースに、テイラールールを用いて適正な FF 金利を試算すると(GDP 統計年次改訂前のデータを使用)、2009 年 4Q(10-12 月期)時点では、適正 FF 金利は 0.13%とまだ現在の誘導レンジ(0.00-0.25%) の範囲内に収まっている。その後、2010 年 4Q に 0.28%とレンジをやや上回る 水準となり、2011 年 4Q には 1.45%まで上昇する(第 8 表、第 9 表)。試算値 については幅をもって見る必要があるが、これを前提にすれば、FRB は来年後 半に利上げに転じる可能性が高い。 32 第 8 表:FOMC 参加者による米国経済見通し(2009 年 6 月) 2008年 ※ 大勢見通し 実績 2009年 前回 2010年 今回 2011年 長期 前回 今回 前回 今回 前回 今回 -2.0~-1.3 -1.5~-1.0 2.0~3.0 2.1~3.3 3.5~4.8 3.8~4.6 2.5~2.7 2.5~2.7 (-2.5~-0.5) (-1.6~-0.6) (4Q前年比) 実質GDP -0.8 PCEデフレーター (ヘッドライン) 1.9 PCEデフレーター (コア) 1.9 (1.5~4.0) (0.8~4.0) (2.3~5.0) (2.3~5.0) (2.4~3.0) (2.4~2.8) 0.6~0.9 1.0~1.4 1.0~1.6 1.2~1.8 1.0~1.9 1.1~2.0 1.7~2.0 1.7~2.0 (-0.5~1.2) (1.0~1.8) (0.7~2.0) (0.9~2.0) (0.5~2.5) (0.5~2.5) (1.5~2.0) (1.5~2.1) 1.0~1.5 1.3~1.6 0.7~1.3 1.0~1.5 0.8~1.6 0.9~1.7 (0.7~1.6) (1.2~2.0) (0.5~2.0) (0.5~2.0) (0.2~2.5) (0.2~2.5) 9.2~9.6 9.8~10.1 9.0~9.5 9.5~9.8 7.7~8.5 8.4~8.8 4.8~5.0 4.8~5.0 (9.1~10.0) (9.7~10.5) (8.0~9.6) (8.5~10.6) (6.5~9.0) (6.8~9.2) (4.5~5.3) (4.5~6.0) (4Q平均) 失業率 6.9 ※ 上位、下位、それぞれ3名の見通しを除いたもの、下段( )内は全員見通し (資料)FRBより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 第 9 表:テイラールールからみた適正 FF 金利 潜在GDP 実質GDP 08/4Q 12031.50 11522.10 09/4Q 12293.20 11378.07 10/4Q 12504.10 11/4Q 12730.30 長期 前年比 需給ギャップ コアPCE 適正FF -4.23 1.90 2.41 -1.25 -7.44 1.45 0.13 11685.28 2.70 -6.55 1.25 0.28 12176.06 4.20 -4.35 1.30 1.45 1.85 4.45 2.60 〔適正FF金利〕=〔実質均衡金利(≒潜在成長率)〕+〔インフレ率〕+ 0.5*{〔インフレ率〕-〔目標インフレ率〕}+0.5*〔需給ギャップ〕 【前提条件】 ・実質均衡金利は2.6% ・インフレ率はコア個人消費デフレーター(PCE) ・目標インフレ率は1.85% (資料)米商務省、FRB、CBO より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 利上げの時点では、各種流動性支援プログラムや長期資産買取りなど、「信 用緩和」策の多くが解除されているものとみられるが、その時に膨らんだバラ ンスシートの修正(過剰流動性の吸収)も終了していればよいが、上述のよう に、資産の満期構成が長期化している上、長期資産の売り切りは市場への影響 が大きく、財務省による流動性吸収なども過度に依存すると金融政策の独立性 を損ねるなどの弊害もあることから、バランスシートが以前の水準に戻るのに 相応の時間がかかることが予想される。 従来は、過剰流動性が残るうちに利上げを行うと、FF 金利のコントロールが 33 難しくなる面があったが、2008 年 10 月から準備預金への付利が認められるよ うになり、そうした技術的な問題は緩和した。過剰流動性の吸収がある程度進 めば、バランスシートが完全にアンワインドされなくても、利上げは可能とみ られる。ちなみに、2008 年 12 月に実質ゼロ金利を導入する前に、マネタリー ベースは既にリーマン・ショック前の 2 倍に膨らんでいた(第 32 図)。 第 32 図:FF 金利と FRB のバランスシートの規模 2.5 (%) (兆ドル) 6 実質ゼロ金利 5 2.0 4 1.5 3 総資産 マネタリーベース 2 FF金利誘導目標(右目盛) 1.0 1 0.5 0 07/1 07/4 07/7 07/10 08/1 08/4 08/7 08/10 09/1 09/4 09/7 (資料)FRB より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 ④特定企業向け支援 なお、AIG などの特定企業向け支援については、2009 年 3 月 23 日に発表さ れた FRB と財務省の共同声明の中で、「長期的には、FRB のバランスシート から取り除く、または流動化するよう、財務省が努力する」と記されており、 当面は FRB のバランスシートに残るものの、将来は何らかの形で財務省が買い 取る可能性が高い。 (2)ユーロ圏 ECB の出口戦略は、FRB や BOE に比べれば容易だとみられる。民間債務の 買取額が少なく、長期国債買取も行っていないことから、信用リスクや金利上 昇による価格下落リスクは限られており、バランスシートの拡大幅も相対的に 小さいためだ。 ECB は、政策金利を 1%に引き下げ、1 年物長期オペの導入やカバードボン ドの買取を決定した 5 月以降、異例の低金利や非標準的措置からの出口戦略に ついて積極的に発信している。政策理事会後の声明文は、出口戦略発動の時期 34 について「マクロ経済環境の改善が明確になれば、これまでの異例の措置を速 やかに巻き戻し、過剰流動性を吸収する」としており、トリシェ総裁は「ECB の非標準的措置は、すべて出口戦略が容易なように設計されている」と述べ、 出口戦略の実施能力に自信を示している(現時点での各政策の期限については 第 10 表を参照)。 ①流動性供給策 ECB が金融危機対応の柱に据える「流動性供給策」の出口戦略は、基本的に は資産買取よりも容易だ。出口戦略の発動が視野に入る局面、つまり金融市場 が正常化し、銀行間取引や社債市場の機能回復が鮮明になる頃には、金利・条 件面からみた中銀の流動性供給の魅力は低下し、各種オペの残高もある程度自 動的に減少していくと予想される。 出口戦略のスピードも、オペ残高の減少ペースを見ながら、需要が低下した 期間のオペはロールオーバーしないなどの形で、比較的柔軟に調整することが できる。ECB は、失業率の上昇や不良債権の増加に歯止めがかかるとみられる 2010 年半ばころから、オペ期間の短期化や頻度引き下げ、金利スプレッド上乗 せなどの形で、段階的に緩和措置の解除を進めていくとみられる。オペ残高の 大半を占める長期オペ(うち 6 割は 1 年物)は、9 月と 12 月にも固定金利・金 額無制限方式で実施される予定だが、ECB は入札金利(初回 6 月は政策金利) にスプレッドをのせることで、需要を調整する可能性も示唆している。期日到 来後は、より短期のオペに切り替えるなどしてオペの期間構成を分散化し、出 口を探ることになろう。 また、適格担保の一時的拡大は「2010 年末まで」と期限が設定されており、 それまでに銀行の資金調達環境が改善していれば、廃止される可能性が高い。 外貨資金供給については、ドルの 7 日物と 84 日物のレポ・オペが 9 月まで、ス イスフランの外為スワップが 10 月まで、それぞれ延長されているが(FRB・ス イス中銀とのスワップ協定は 2010 年 2 月まで延長済み)、利用の少なくなった ドルの外為スワップは 1 月、ドルの 28 日物レポ・オペも 7 月で休止された。 ECB の出口戦略を巡る焦点は、固定金利・金額無制限オペをいつ変動金利入 札に戻すかであろう。ECB がバランスシートを能動的にコントロールする能力 を完全に取り戻すには、無制限オペの停止が不可欠なためだ。一方で、危機前 の経験を踏まえると、中小規模の銀行が資金調達を中銀のオペに依存すること が難しくなるため、アナウンス効果も含めてインパクトは大きい。3 月の政策 理事会では、「必要な限り、少なくとも 2009 年末まで続ける」ことが決定され ており、解除には長めのターム物を含めた銀行間取引の正常化が条件となろう。 35 時期は、オペ残高の減少がある程度進むとともに、年末越え資金の調達も終わ った 2011 年初め頃と予想される。 ②カバードボンド買取 ECB のカバードボンド買取プログラムは、金額が最大 600 億ユーロ、期間が 2010 年 6 月末までと設定されている。買取終了は当該市場の機能回復が条件と なるため、政策金利とは独立して決定される可能性が高い。不良債権問題など によって銀行の資金調達や与信行動が圧迫され、信用逼迫が続くようなら、買 取枠の増額や対象資産拡大の可能性も残る。しかし、カバードボンドの買取プ ログラムの発表をうけて市場環境が好転していることや、民間投資家のクラウ ディングアウトが一部で懸念されていることなどを踏まえると、利上げ開始よ りも前に、既決の買取枠の消化をもって終了する公算が大きいとみられる。 買い入れたカバードボンドは、ECB のバランスシートの規模に比べれば極め て小さい。また、ECB によると、カバードボンドの買取は量的緩和ではなく、 (他のオペの減額などによって)自動的に不胎化されることが期待されており、 超過準備やマネーサプライの拡大には繋がらない見込みだ。当該市場の需給悪 化要因にならないよう、時間をかけて売却される可能性もあるが、満期まで持 ち切ることも十分に可能であろう。 ③政策金利引き上げ ビーニスマギ ECB 専務理事は、非伝統的政策について解説した 4 月の講演の なかで、銀行間市場の機能回復を主目的とする措置(流動性供給策)は、利上 げ開始前に解除しておくのが理想的だと述べている。ⅰ)非伝統的政策が必要な 状況下での早すぎる利上げは、銀行間市場の持続的回復を阻害するリスクがあ る、ⅱ)無制限の資金供給と利上げを同時に行うことは、政策スタンスについて 相反する 2 つのシグナルを市場に送ることになる、ⅲ)無制限の流動性供給を行 いながら利上げを実施すれば、市場金利を政策金利近くに維持するために、日々 の金融調節で過剰流動性を吸収する必要が生じ、金利のボラティリティが高ま る、ⅳ)金融市場の機能が完全に回復していなければ、利上げ効果が実体経済に 波及しない、などがその理由だ。銀行が信用仲介機能の中心を担うユーロ圏で は、銀行システムの健全化が景気回復の条件であることも指摘されている(そ もそも、ECB の信用支援拡充策が必要なうちは、利上げが必要となるほどイン フレ圧力が高まるような景気回復もない)。 以上を踏まえると、政策金利の引き上げは、固定金利・金額無制限オペを含 めた流動性支援策の多くが解除された後、2011 年春先までに実施される公算が 36 大きい。ただし、リスクシナリオとしては、金融市場に若干の不安が残るなか でも、商品価格高騰などからインフレ期待が高まり、無制限オペを温存したま まで早急な利上げを迫られるケースもあろう。その場合は、市場金利を政策金 利近辺に誘導するため、既存の資金吸収手段(短期の資金吸収オペや定期預金 の受け入れ、ECB による債務証書発行など)を活用してこまめに超過準備を吸 収するほか、政策金利と常設ファシリティのスプレッド(コリドー)を一時的 に縮小するなど、難しい舵取りが必要になる。 第 10 表:ECB の非標準的措置の期限 プログラム 期 限 Ⅰ.流動性管理(供給)策 オペ方式変更(固定金利・金額無制限) 頻度・期間構成を、少なくとも2009年末まで、必要な限り維持する。 適格担保の一時的拡大 2010年末まで。 オペ期間の長期化 頻度・期間構成を、少なくとも2009年末まで、必要な限り維持する。 ドル7日物・84日物レポは少なくとも9月まで、スイスフラン外為スワップは同 オペ及び外為スワップによる外貨資金供給 10月まで継続(他中銀とのスワップ協定は2010年2月まで延長済み)。 利用の少なくなったドル外為スワップ、ドル28日物レポはすでに休止。 Ⅱ.民間債券(カバードボンド)買取 カバードボンド買取 2010年6月末までに買取を実施する。 (資料)ECBブレスリリースより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (3)英国 インフレ・ターゲットを採用する BOE の場合、出口戦略のタイミングとス ピードは、今後のインフレ見通しが鍵を握っている。BOE は、「景気回復が始 まって生産余力が縮小し、インフレ圧力が台頭し始めたら、大幅な金融緩和を 解除し始める」と説明しているが、実際には、景気の持続的回復とインフレ率 の目標への回帰が視野に入った時点で、利上げや量的緩和の解除に踏み切る可 能性が高い。その意味では、四半期ごとのインフレレポートで開示される同行 の成長率と物価の見通しが、従来以上に注目される。 ①流動性供給策 BOE の流動性供給策については、FRB や ECB 同様、金融市場の正常化が進 めば、取引が銀行間市場へシフトすることで、自動的に利用が減少するものが 多い。ディスカウント・ウィンドウ・ファシリティ(DWF)や常設ファシリテ ィについては、担保資産別に設定されている手数料やヘアカット(担保掛け目)、 後者の場合は政策金利とのスプレッドを変更することにより、能動的に需要を 調整することも可能だ。危機後に急増した長期オペの残高も、量的緩和開始後 37 は長期国債買入れ額の増加に対応して縮小している。 ②資産買取 民間債務の買取については、CP・ABCP は満期までの期間が短いこと、社債 は買取額が極めて少ないこと、などから出口戦略は長期国債買取に比べれば、 容易だとみられる。CP・ABCP の買取は、プログラム終了の 12 カ月前には予 告されることになっており(ABCP 買取は 8 月に開始された後、少なくとも 3 カ月は据え置かれる)、少なくとも 2010 年 7 月(ABCP 買取は 2010 年 11 月) まで継続される予定だ。今後、金融政策委員会が量的緩和(準備預金の増発に よってファイナンスする資産買取)の休止を決定した場合は、量的緩和前と同 様に国債管理庁(DMO)による財務省証券発行によってファイナンスされ、信 用緩和策として実施されることになる。 一方、量的緩和のため実施している長期国債の買取は、8 月の 500 億ポンド の増枠をうけて、少なくとも 10 月末までは継続される見込みとなった。景気の 回復力が弱く、デフレギャップの拡大や銀行貸出の低迷が続くようなら、買い 取ペースを徐々に落としながら、春先頃まで買取が継続される可能性も残る。 なお、買い入れられた長期国債は、すでに BOE のバランスシートの半分近くを 占めるに至っており、残存期間も 5 年から 25 年と長い(8 月以降は、3~5 年や 25 年超も買取対象に含まれることになった)。BOE は、「資産売却」と「利上 げ」によって金融緩和を解除するとしているが、大幅な財政悪化が懸念される なか、市場規模に対する買入額の大きさから考えても、長期金利の高騰を招く ことなく売却を進めるのは困難だとみられ、バランスシートの縮小(長期国債 売却による超過準備の回収)を急ぐのは得策ではない。BOE は、利上げ開始前 に買入資産の一部売却に着手することになろうが、相当に時間をかけて慎重に 進めていくものとみられる。 ③政策金利引き上げ BOE は、量的緩和開始と同時に超過準備に政策金利を付与することを決めて おり、理論上は超過準備を残したままでも、政策金利の操作により市場金利の 下限を設定することが可能になった。実際には、資産売却をある程度進めた段 階で(残りの資産をバランスシートに抱えたままで)、微調整オペや手形売り オペなどの資金吸収手段で超過準備を回収しながら、早ければ 2010 年末頃にも 利上げを開始するとみられる。 38 (4)日本 日銀は、足元の企業金融を取り巻く環境について、依然として厳しい状況に あると評価しており、7 月 14-15 日の決定会合で各種時限的措置の延長を決定 した(第 11 表)。ただし、企業金融環境は方向としては改善していると評価し ており、改善が進めば解除に向けたアクションが必要との考えを示している。 第 11 表:7 月 14-15 日の金融政策決定会合で決定された各種時限措置の期限延長 時限措置 延長前 延長後 CP等買入れ 2009年9月30日 → 2009年12月31日 2009年12月31日 → 2010年3月31日 補完当座預金制度 2009年10月15日 → 2010年1月15日 米ドル資金供給オペ 2009年10月30日 → 2010年2月1日 社債買入れ 企業金融支援特別オペ 民間企業債務の適格担保としての格付け要件緩和 資産担保CPの適格担保要件の緩和 (資料)日銀資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 日銀は、金融危機的な状況に対応するために導入された措置が状況改善後も 維持された場合、市場機能を歪め、経済・金融の振幅を大きくする可能性を懸 念している(第 12 表)。たしかに、わが国の 1990 年代初頭にかけてのバブル や米国の 2000 年代半ばにかけての住宅バブルは、大幅な金融緩和が長期化した 後に発生しており、こうしたバブルの再発を防ぐ上でも、金融緩和策の巻き戻 しのタイミングの見極めは導入の見極めと同じくらい重要であるといえよう。 39 第 12 表:日銀総裁・審議委員の出口戦略についての言及 2009年4月30日 会合議事録要旨 ある委員は、先行き、中心的な見通しに沿って、わが国経済が回復に向かうこととなれば、現在 講じている臨時・異例の措置を、どのような方法で解除していくかについて、検討する必要が生 じ得ると述べた。 2009年5月21-22日 何人かの委員は、各種臨時措置の9 月末以降の取り扱いについては、今後の金融市場や企 会合議事録要旨 業金融の動向を丹念に点検した上で判断すべきであると述べた。 ① 金融経済情勢が改善した後も長期間にわたって維持した場合に、景気や物価の振幅をか えって大きくするリスクを意識しながら、こうした措置の制度設計や運営を行っていること、 2009年6月15-16日 ② 各々の措置は、その目的や仕組みが異なっているほか、金融市場や金融環境に与えてい 会合議事録要旨 る影響も様々であるため、一律ではなく、措置毎に取り扱いを検討する必要があること、 ③ 金融市場や企業金融全体の動向をよく見通した上で、検討していくべきであることを共有し 2009年6月16日 総裁会見 ・(各種の時限措置は)それぞれ措置の目的や仕組みが異なっているほか、金融市場や金融 環境に与えている効果も様々です。従って、時限措置毎にその対応を検討していく必要がある と考えています。 ・具体的には、今後の経済や金融市場の動向がどのようになっていくかということが、個々の政 策を判断する上でもっとも重要な要素です。金融市場や企業金融の動向、各措置の与えてい る効果などをしっかりと点検した上で、市場参加者からみて予測可能性のあるかたちで9月末ま での適切な時期に判断していく方針です。 ・長く申し上げましたが、要は企業金融の状況を丹念にみて判断していくということに尽きます。 2009年7月15日 総裁会見 ・今後、情勢が一段と改善していけば、新たな期限である年末には各種時限措置の終了また は見直しを行うことが適当だと考えております。 ・市場経済の中で、経済・金融の状況が改善した後も異例の措置を長く続けると、本来市場が 持っている自律的な調整作用というものを削いでしまい、結果として経済あるいは金融の振幅 を大きくしてしまうことになります。 (資料)日銀資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 なお、前回の量的緩和局面において日銀は、「消費者物価指数(全国、除く 生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで量的緩和政策を継 続する」とのコミットメントを示して、金融政策を運営した。それに対して今 回は、企業金融の状況を見極めながら各種時限措置の継続の有無を判断すると している。これは、単一の経済指標の動向に拘束されることを回避し、金融政 策運営の柔軟性を確保するためと考えられる。 ①企業金融支援特別オペ 金融危機後に導入された時限措置のうち、出口戦略の注目度が最も高いもの が企業金融支援特別オペ(以下、特別オペ)である。特別オペは、通常のオペ に比べて有利な条件で資金供給を受けられるため(第 13 表)、金融機関に積極 的に利用されており、7 月末時点の残高は 7 兆 3,168 億円と、導入から半年に して日銀の総資産の 6.4%を占めるに至っている。 40 第 13 表:企業金融支援特別オペの概要 企業金融支援特別オペ (参考)国債買現先オペ 貸付利率 0.10% 入札で決定(足元は0.12~0.13%程度) 期間 3ヵ月 数日~10日程度が多い オペ1回あたりの貸付額 担保の範囲で無制限 日銀のオファー額による 担保 社債、CP、証貸債権等 国債 備考 時限的措置 ― (資料)日本銀行資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 金融市場への影響も大きく、高格付け CP の発行金利が同じ残存期間の短期 国債の利回りを下回る、いわゆる「官民逆転現象」の原因となっている。また、 特別オペによって供給された資金は、短期国債市場へも流入しており、短期国 債利回りの低下要因ともなっている。 こうした現象が長期化した場合、日銀が懸念する「市場機能の阻害」に繋が る可能性があるため、特別オペはできる限り早期に廃止する必要がある。ただ しその一方で、企業金融環境の改善が不十分なうちに廃止すれば、影響力の大 きなオペだけに、企業金融に大きなダメージを与える可能性がある。 解除のタイミングとしては、来年 3 月末がひとつの節目となろう。特別オペ は、7 月の金融政策決定会合で今年 12 月末まで期限が延長されたが、年度末の 資金需要拡大が見込まれるなか、12 月末をもって特別オペを完全に廃止するこ とは考えにくい。企業金融環境が 12 月末までに劇的に改善していれば、即時廃 止も不可能ではないが、その可能性は小さいとみる。逆に 4 月以降であれば、 次の期末資金需要が見込まれる 9 月末までは比較的時間的余裕があるため、特 別オペの廃止に動きやすい環境といえよう。したがって日銀は、年内のいずれ かの段階で特別オペの延長を決定すると予想するが、現在の条件をそのまま継 続するのではなく、一部縮小した形での延長になるとみる。具体的には、現在 は一律 3 ヵ月間となっている貸出期間を段階的に縮小していく可能性が考えら れる。そもそも、特別オペが 2009 年 1 月に導入された際の目的は、2009 年 3 月末の資金繰り対策であり、貸出期間は期末を跨ぐ形で約 1~3 ヵ月間に設定さ れていた(1 月のオファーの貸出期間が 79 日間で最も長く、3 月以降のオファ ーの貸出期間は 39 日間に短縮。第 14 表)。特別オペの廃止の際も同様に、オ ファー毎に貸出期間を徐々に短縮し、オペ残高の速やかな縮小を図るとみる。 41 第 14 表:企業金融支援特別オペの導入当初の実施スケジュール オファー日 スタート日 エンド日 貸出期間 2009年1月8日 1月14日 4月3日 79日間 1月20日 1月23日 4月8日 75日間 2月10日 2月16日 4月10日 53日間 2月27日 3月4日 4月15日 42日間 3月10日 3月13日 4月21日 39日間 3月16日 3月19日 4月27日 39日間 (資料)日銀資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 もっとも、この方式の場合 1 ヵ月弱の期間にエンド日が集中するため、4 月 以降は CP 買現先オペや共通担保資金供給オペの拡大等によって、受け皿を用 意し、金融機関の資金繰り逼迫や短期金利の急騰を抑制する必要があろう。 ②CP・社債の買入れ CP・社債の買入れオペは、利用が少なく、残高も小さいため、廃止は比較的 容易と考えられる(第 33 図)。ただし、利用が低調でもオペが存在しているこ と自体が安全弁の役割を果たし、市場に安心感を与える要因となっていると評 価し、早期廃止に慎重な見方もある。逆説的であるが、利用が少ないことから、 日銀が懸念する市場機能の阻害に繋がるおそれは比較的小さく、したがってあ る程度余裕を持って廃止の判断をすることができよう。とはいえ、CP・社債の 買入れオペは、信用緩和的性格を有する「異例の措置」であり、徒に長期継続 することもまた避けられるであろう。廃止のタイミングは、企業金融支援特別 オペと同時期となる可能性が高いとみる。 第 33 図:CP 買い切りオペに対する応札額 8000 (億円) 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 1/ 30 2/ 4 2/ 10 2/ 16 2/ 20 2/ 25 3/ 2 3/ 6 3/ 11 3/ 16 3/ 25 4/ 10 4/ 17 4/ 24 5/ 1 5/ 15 5/ 22 5/ 29 6/ 5 6/ 12 6/ 19 7/ 10 7/ 17 7/ 24 7/ 31 8/ 7 0 (資料)日本銀行資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 42 (月/日) ③長期国債買い入れ 金融危機発生後、日銀は長期国債の買入れ額を 2 度に亘って引き上げ、毎月 1.8 兆円とした。買入れ額の増額を受けて、日銀の長期国債保有残高は増加傾 向に転じており、「今から 4~5 年を経過した頃」(日銀中曽理事)には、長期 国債保有残高は日銀券発行残高以内にとどめるという、いわゆる「日銀券ルー ル」に抵触するとみられている(第 34 図)。 もっとも、出口戦略が必要となる景気回復局面では、長期金利に上昇圧力が 掛かるため、長期国債買い入れ額の引き下げが長期金利の急騰要因になるおそ れがある。くわえて日銀は、前回の量的緩和局面でも長期国債買い入れ額を段 階的に引き上げたが、量的緩和政策解除後も買入れ額を引き下げずに維持した。 したがって、今回の出口局面でも買入れ額を据え置く可能性がある。その場合、 「日銀券ルール」との兼ね合いが問題になるが、買入れる国債の年限を短めに することで残高の積み上がりペースを落とし、日銀券発行残高を上回らないよ うにするとみる。 第 34 図:日銀の長期国債保有残高と日銀券発行残高 (兆円) 90 長期国債残高 80 日銀券発行残高 70 60 50 40 30 20 10 0 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (年) (資料)日本銀行「日本銀行勘定」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 ④政策金利 利上げは、企業金融環境の正常化が確認された後に実施される可能性が高く、 順番としては企業金融支援特別オペ等の各種時限措置の廃止後に行われるとみ る。米 FRB と比較すると、日銀は長期金融資産(国債除く)の買入れは行って おらず、バランスシート自体もそれほど拡大していないため、バランスシート の縮小は短期間で進むとみられる。したがって、非伝統的手段の解除という点 43 では、FRB よりも早く利上げに向けた環境が整う可能性が高いといえる。しか し、実際には FRB に先駆けて日銀が利上げに踏み切ることは難しいであろう。 たしかに、金融政策は各国の個別の状況に応じて運営されるものであるが、現 在のように日米間の政策金利がほぼ同水準にあるなかで、日銀が利上げを実施 した場合、円高・ドル安が急速に進行し、景気腰折れに繋がるおそれがあるた めである。したがって、日銀の利上げは早いケースでも FRB とほぼ同時期かや や遅れて実施される公算が高い。その場合、可能性は限定的であるが、国内の 経済・金融環境が改善しているなかで、現在の超低金利が維持されることで、 新たなバブルの芽となる歪みが蓄積されないか、注意を払う必要がある。 また、利上げの際には、時限措置として導入された超過準備預金への付利の 扱いが論点となろう。超過準備への付利は、預金ファシリティーと呼ばれ、政 策金利の下限を画する機能を果たしており、ECB や英 BOE は通常の金融調節 手段として取り入れている。もっとも、今回の日銀による超過準備への付利は、 資金供給の拡大と政策金利のゼロ化回避を両立させることを目的としており、 資金供給量を通常の状態に戻した後は、必要性が低下する。政策金利の誘導を 従来通りの仕組みで行うか、預金ファシリティーを組み合わせた「コリドー型」 に移行するかは、出口戦略とは別の論点であり、日銀は超過準備への付利を長 期的な視点から、改めて検討することになろう。 (H21.8.25 山中 崇(米国)[email protected] 武南 奈緒美(欧州)[email protected] 髙山 真(日本)[email protected]) 当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、金融商品の売買や投資など何らかの行動を勧誘するものではありません。ご利用に関 しては、すべてお客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されてい ますが、当室はその正確性を保証するものではありません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は 著作物であり、著作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。 発行:株式会社 三菱東京 UFJ 銀行 経済調査室 〒100-8388 東京都千代田区丸の内 2-7-1 44
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