No34

会報「楽友会だより」 (No.34)
東京アカデミー合唱団 楽友会
平成 15年6月
< ♪ 楽友会の皆様へ ♪ >
東京アカデミー合唱団 代表
岡 野 弘 行
西南諸島は梅雨入り宣言もありましたし、低気圧が居座ったり、前線が上下し
たり、急に発達したり、傘が手放せない季節になりましたが、いかがお過ごしで
すか?
SARS騒ぎも瀬戸際でのくい止め作戦が成功しているようですが、お元気で
ご活躍のことと拝察しております。
先ずは、次回公演のメンデルスゾーン「聖パウロ」に向けた練習状況ですが、
「雛祭り」から7ヶ月かけてじっくり仕上げる予定で取組んできていますが、現
在やっと譜読みを一巡し、歌詞付けに入ったところです。
先々週、3回もかけて、成田先生にドイツ語発音をご指導いただきましたので、
発音にも磨きをかけて頑張っていますが、・・・まだまだ先は長そう。
でも、来年の40周年記念バッハ「マタイ受難曲」に向けての位置づけとして
は、なかなか良い選曲だと団内でも好評ですので、けっこう、みんな「乗って」
くるんじゃないかな。しかし、「七夕」には、秋山先生のご指導を仰ぐ予定です
ので、それまでにどれだけ練習が進められるかが今回の勝負の分かれ目となるか
もしれませんね。でも、その後、2泊3日の合宿(7 月 19~21 日、千葉県御宿)
もあるし、未だ4ヶ月残っているし、尻上がりに調子が上がってくるのがアカデ
ミーです。ご期待に背くことは夢あるまじ…と信じていますので、ご期待あれ。
さてさて、秋山先生の厳しい練習が始まる前の 5 月に秋山先生と親睦を図る2
つの行事がありました。5月3日には、楽友会主催「春宵会」に秋山先生もロン
ドンから帰国された翌日でしたが、ご出席され、大槻シェフのパエリア料理で旧
交を温めることができました。(詳細は3~4頁参照)
また、5月24~25日には「秋山先生と温泉に行こう!」と福島県野地温泉へ
貸切バスにて楽しく行ってきました。 今回のコンセプトは「温泉三昧」であり
まして、そのコンセプトに違わず、野地温泉では4~5種類、新野地では露天風
呂、高湯では3種類、合わせて8~9種類の湯に浸かり続け(中には延べ10回
以上も浸かった猛者もいました)、それでも湯疲れせずに、元気に騒ぎながら、
全員無事ご帰還いたしましたことをご報告します。(詳細は5~6頁参照)
(本件についても別途アカデミーHP に写真入りで掲載されるはずです。
但し、入浴シーンはございませんぞ、あしからず・・・)
なお、次回温泉旅行の時期は未定ですが、次回のコンセプトは前号「リレート
1
ーク」で三ツ松君が紹介してくれた立山方面への案が浮上し、彼のガイドで「雪
の大谷を見よう!」そして、「室堂の雷鳥に逢いたいね・・・」となりそうです。
また、既にご案内申し上げていますが、来年の40周年記念に向けての「創立
40 周年記念行事企画委員会」も立ち上がりまして、山口郁さんや中西(英)さん
を中心に検討が始まりましたこと また、40周年以降の公演を企画するため、
高島君を中心に「公演企画委員会」が活動開始したことも合わせてご報告申し上
げます。
どちらの委員会にも皆様からのご提言やご援助は大歓迎でありますので、よろ
しくお願い申し上げま~す。
恒例ではありますが、最後にひとこと:
メンデルスゾーン「聖パウロ」公演の次ぎは創立40周年記念公演だし、その次
は50回記念公演になります。これらの記念公演に大々的に取り組みたいと願い、
新しい人材、強力な助っ人を求めていま~す。諸兄姉のご復帰、新しい仲間のご
紹介は大歓迎です。よろしく!
天候の安定しない時候ゆえ、油断召されることなく、ご自愛下さいませ。
草々(2003.5.26 記)
∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮
2003年度東京アカデミー合唱団幹事会役員のご紹介
(経歴など)
代 表 岡野 弘行(B)
(留任) 第5代代表
幹事長 石川 演一(T)
(留任) 幹事、運営部長等を歴任
幹 事 金澤 信子(S)
(留任) 幹事、技術部長等を歴任
日橋 信雄(T)
(留任) 幹事、公演準備委員長等を歴任
丸山志げ子(S)
(新任) 運営部長等を歴任
∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮
♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯
<今後の公演計画>
2003年 10 月5日(日)午後2時開演 東京アカデミー合唱団第 48 回定演
・曲 目:メンデルスゾーン「聖パウロ」
・指 揮:秋山和慶
・管弦楽:東京交響楽団
・独 唱:三縄みどり(S)、菅有実子(A)、望月哲也(T)、佐藤泰弘(B)
・会 場:オーチャードホール(渋谷)
2004年7月11日(日) 東京アカデミー合唱団第 49 回定演
「創立 40 周年記念演奏会」
・曲 目:バッハ「マタイ受難曲」
・指 揮:秋山和慶
・管弦楽:東京交響楽団
・独 唱:未定
・会 場:東京オペラシティ・コンサートホール
♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯♯
2
第2回
春宵会:
“スペイン料理に舌鼓! ”
大槻 寛(B 静岡県藤枝市)
5月3日、藤沢鵠沼海岸の菅野邸で久しぶりに楽友会のメンバーが20名弱
「春宵会」と称して集まった。何とここへ秋山先生も参加されて連休の1日皆で
大いに盛り上がった。私(大槻)は、当日主菜となったパエーリャの料理人と
してこの日の様子をお知ら致します。
細谷明美 大澤啓子 高島和昭 近藤光弘 大槻 寛 小松須磨子 青柳英子 泉 正子 岡野弘行 代田康人
菅野(主人) 菅野洵子 村松 悟 見目キヨ子 代田福代 秋山和慶 中西英夫 千原徹也
この企画は元々は半年以上前に数名で集まって私がパエーリャをご馳走した
(大)中西さんや
いというお話を菅野夫人とmailでしていたところが起点となり、
岡野代表に話が伝わっていく内に秋山先生も参加してくださるという事まで話
が拡大して「春宵会」を迎えることになった。個人の家庭を場所として提供され
るだけでも相当気骨のおれることであるが、台所の準備や食料の買い出しまで菅
野ご夫婦の献身的なご協力を戴き楽しい豪奢な時が持てたことをあらためて心
より感謝致します。
さて初めてお邪魔した藤沢の菅野邸は旧家の一角をうまく工夫したお家で、焦
げ茶色の柱や白壁がシックな戦前の洋館の様な建物で、玄関を入るなり素晴らし
い雰囲気が漂っていた。会場は2階のリビングで3階までの吹き抜けがあり開放
感のある空間であった。更にベランダは20畳以上あり、パラソルや歓談スペー
スがご主人の労で充分整えられていて20人も苦にならないしつらえであった。
そこからは隣家の櫻が充分日陰を提供するだけでなく、新鮮な春の空気を発効し
ていて軽い森林浴すら感じられるものであった。
3
私のパエーリャ料理歴は20年以上で、100回以上はパーティーをしてきて
いるので、材料さえ整えば何時でも何処でも暗譜で出来る状態にはなっている。
畠中姉や大澤夫人にも手伝って頂き、開始1時間半前から仕込みに掛かった。ス
ペインの料理は高級レストランでもかなりワイルドな調理法で、何が正統でどれ
が邪道もへったくれも無いのであるが、日本でもスペインでも一般的な魚貝を主
にしたものをこの日は作った。
(バレンシアのオリジナルはウサギの肉とフディアスベルデス(モロッコインゲン)だけ
が具の炊き込みご飯で、1世紀前までは田舎の貧乏料理であったのだが・・・)
まず、静岡の自宅で前夜鶏肉を塩こしょうして赤ワイン漬けしたものをオリー
ブで十分炒める(ニンニクスライスで香り付けする)。エビ・イカ・野菜(赤ピ
ーマンの先切り・インゲン・トマトなど)を軽く炒めて別皿へ上げておく。
次にアサリを白ワイン蒸しにしてオリーブで炒め貝汁が出てきたところで、ス
ープ(パセリ・ニンニク・サフランをすりつぶしてチキンスープで味付けしたも
の、米の1.5倍を用意)を入れ、エビ以外を全部入れて最低30分ぐらい煮込む。
(米の分量1.2倍ぐらいまで液体を減らす感じ)
最後に洗わない日本米(ジャポニカ種でOK、スペインでも普通はこれを使う)
を入れて、エビを飾り鍋全体をホイールで密閉し、後はご飯を炊くのみ(沸騰ま
で6分強火後弱火15分~20分)。以上で、出来上がり!
「パエーリャ」とは平べったい専用の鍋の名称が元となっている。バレンシア
を訪れる方は El palmarという郊外の村へ行くと素晴らしいオリジナルが味わえ
る。(El palmarは、Valencia市南方10∼20kmにあるアル・ブフェラ湖の南端に位置する寒村
で、地中海にも近く、昔は漁村であった。この村で唯一の宿泊設備付きの大きなレストラン
は何種類ものパエーリャを用意している。味も格別で値段はそれほど高くはない。更に、南
方約20kmにある小都市スエカでは毎年国際パエーリャコンクールが開かれている。)
この日は高島夫人のトルコ餃子や大澤夫人の手製葡萄パン、中西氏持参の欧州
名ワイン数本、秋山先生持参のモルト等世界の珍味銘酒が山盛りで、美女に囲ま
れ竜宮の趣でした。久しぶりに湘南の美味しい浜風と素晴らしき時を持てたこと
に感謝致します。 皆様 有り難う。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
追記:春宵会メモ
(編集子)
♪ ゴールデンウィークの真っ最中で、しかも正しく「五月晴れ」のためか
江ノ電は混んでましたね
♪ 岡野代表は当日が勿論祝日「憲法記念日」ではあるものの、
奇しくも誕生日で、しかも還暦に当るので、皆さんから二重のお祝いを!
♪ そのお祝いの歌と云う訳でもないが、村松氏が持参したメンデルゾーン
「緑の森」を皆で楽しく歌いましたね(ベランダも緑に囲まれていたし)
♪ 次回の春宵会は、やはり本場スペインで!、或いは、秋山先生のご家族が
おられるカナダのバンクーバーでやろうか!などと盛り上がっていましたね!
♪
多くの写真が下記に上程されているので、ご覧下さい。
http://album.nikon-image.com/nk/NAlbumPage.asp?key=138433&un=13034&m=2&s=0
4
5 月 24 日(土) 早朝6時の「のぞみ」で、広島から駆けつけていただいた秋
山先生を東京駅でお迎えして、「さあ、元気に楽しく行こう!」って調子で、バ
スは即出発。
今回の温泉旅行は太田先生もご参加の総勢20名。土曜日の昼近く故か、首都
高も空いていて、走りは快調。(ETCで、スイスイと東北道に乗れました)。
出発してまもなく、まだ首都高を走っているのに、まずはビールで乾杯、そし
て車内後方のサロンでは、ワインの栓も開けられ、日本酒も酌み交わされ、もう
完全に宴会モード・・・
安達太良 SA を過ぎて、黒磯が近づくと、96 年の温泉旅行で黒磯温
泉に行ったことの話題でまた賑わう。
昼食は銀河高原ビールで「バイキング」(和洋中なんでも!)。
みなさん、健啖家でありまして、よく食べてましたねぇ。
秋山先生ご推奨のタイ風グリーンカレーでは、某組長による組員
イジメ(?)のヒトコマもあり、先生からの助け船もありましたね。そんな、こ
んなの賑やかな昼食、前庭での記念撮影もひと騒動・・・まあ、さながら、弥次
喜多道中か、吉本興業の移動ですかねぇ。
二本松で東北道を降りて、国道をひたすら安達太良山から吾妻連峰方面へと向
かう。岳温泉を越えて、高くなってくると、ガスに包まれ曲がりくねった、狭~
い国道をひた走る。
野地温泉ホテル到着は17時前。鄙びた秘湯の小屋掛け風情を想像していた御
仁には、それと大違いの、けっこうなたたずまいのホテルに満杯状態の駐車場と
云う認識ギャップに、ただただ茫然自失。
でも、さすがに名うての温泉場だ。女性専用2湯、男性専用1湯、3時間男女
交替制が4湯と、合計7湯がここのご自慢の湯らしい。
宴会前のひとっ風呂、続いて、二次会前の、ご就寝前の、寝起きの、朝飯前の
ひとっ風呂など「温泉三昧」だ。(新緑のブナ林に咲いたヤマザクラが露天風呂
にハラハラと舞い落ちてくるさまはなかなか素敵でしたぞ!)
2日目の日程は、吾妻スカイラインの走破と立ち寄り湯。
朝食後、タオル片手に徒歩5分弱の新野地温泉へ遠征したのが
男女6名ほど。野趣溢れる露天風呂を楽しんだ。
記念写真撮影後、先ず、近くの鷲倉温泉傍の池塘に立ち寄って、
ちょっと薹のたった(?)水芭蕉を見るミニミニハイキング・・・。
浄土平では、ガスもなく、吾妻小富士の山駆けグループと、冬枯れと残雪たっぷ
り両極端の池塘巡りグループが別個に楽しむ。
適当に腹がこなれかけたところで、高湯温泉にご到着。まずは、野口英世ラベ
ルのビールで乾杯し、ご自慢の懐石御膳をたいらげて、さあ、またもや温泉巡
り・・・木の湯、石の湯、露天風呂(pH2.7 と強い酸性のお湯)。
5
これで、合計の入湯回数は幾つになるのだろう・・・。 温泉、温泉、温泉の
まさに「温泉三昧」。そのたびに、2箇所は巡ったので、延べ12回も入湯した
と宣うた猛者もいるらしい。
さすがの猛者達も「湯疲れ」か、控えの間に湯上がりの身体を横たえて暫し休
息。と云いつつも「もうすぐ2時で~す。お帰りの時間で~す」を合図に、ノロ
ノロと起きあがり、バスに乗車。後は一気呵成に山を下り、福島西から東北道に
乗って、一路東京へ。
クルマの単調な振動は、「湯疲れ」の身に心地よく、脳髄を痺れさせ、いつし
かバスの中は沈黙の世界へと。全員討ち死に。暫しご就寝。お昼寝の時間ってわ
け。でも、ちょっぴり眠っただけなのに、再び賑やかな宴会モードのグループが
あり、みんな、生物年齢と無関係に、即元気回復とは、なんともオソロシイお歴々
ではありますな。
首都高に入る前、川口で、いや渋滞に引っかかりましたが、その後も順調に走
って、予定より若干遅れただけで、18時半に新宿着。翌26日、朝7時過ぎに
富山に赴かれると云う秋山先生を西口広場でお見送り。秋山先生、お付き合い、
ありがとうございました! おかげさまで、楽しい思い出がたくさんできました。
(「アカデミー便り」から一部要約編集)
西広
瀬戸
小林
渡辺
中野
多田
中野 太田
丸山 金澤
近藤
手島
6
秋山
岡野
生駒
日橋
千原
石川
中西
(撮影:石井)
リレートーク(29): 「奈良のおはなし」
松森(村上)和子(A, 奈良県奈良市)
もう、三ツ松さんたら、困りましたわ。思い出して下さったのはうれしいので
すが、文章を書くことほど、苦手なことはないという私にご指名とは。よほどお
断わりしようかと思いましたが、名前は出てしまっているし、仕方ない、何か書
かなくちゃ、と思いつつ、時が経ち、あーついに〆切が迫ってくる・・・。
近況報告で勘弁してもらいましょうか。主人の重博(元ベース)は、地元商店
街や業界の全国組織の役職につき、おまけに一昨年、「第九」を歌ったことがき
っかけで、奈良市民合唱団にも誘われて入り、すっかり、狭い奈良で音楽を理解
する文化人として、何かとお声がかかり、公私とも出かけることの多い日々を過
ごしております。
一方、私はと言えば、今更年期の最中なのです。習い事なども止めて、自宅と
お店の往復という毎日です。子供は3人、奈良国立文化財研究所でアルバイトの
娘、地元南都銀行に勤める長男が同居、今年から次男は日吉の慶応大学の大学院
MBAに行っています。
お店は、奈良の猿沢池の近くで、食器、花器、茶器などを置いているもので、主
人で5代目という古くからの店です。
(店のHPは以下のとおりです:http://homepage2.nifty.com/matsumori/)
年に数回、名古屋、大阪などで開かれる見本市に行ったり、業者の訪問によっ
て仕入をしています。最初の頃は、珍しくて面白くて、自分の感性に合うものを
選んでいましたが、最近は売れるであろうと思うものも選んでいます。しかし、
それには「あたり」「はずれ」があるのです。
場所柄、外国人の観光客も多く、その好みも考えて竹の図柄のものとか、漆器
など、選ぶのですが、狙い通りにお買上げいただくと、“アタリーッ”という感
じで、内心ニヤニヤしてしまいます。
ただ近頃は、100円ショップが市内にもできて、内容を充実させているもの
ですから、観光センターの案内に、外国人がお寺ではなく、“ヒャクエン、ヒャ
クエン”と聞きにくるそうです。道理で、見るだけのお客が多くなった訳です。
自分の仕入れた商品が、いつまでも売れなくて、店内に存在しているのを見る
と、ちょっとつらいです。昔、主人の祖父が、「巧みに仕入れたる商品は半ば売
れたるが如し」と言っていたそうですが、仕入はなかなか難しいこおとです。
店頭では、冬場は石焼きイモ器の実演販売で、焼きイモを売ったり、自宅のア
ンズの実がたくさんなりすぎた時は、袋詰にして、果実酒瓶を側においたりと、
いろいろ売ります。また、最近は“癒し”のはやりで、ミニ盆栽用の花器なども
出ますので、自宅の庭で勝手に生えた、小さなモミジ、松等々の苗木、あるいは
増えすぎて困る草花なども、ビニールポットに入れて置いたりしています。
要するに世の中不況で、不要不急の商品は買わないお客様が多く、商売が難し
い時代なので、あの手この手で何とか販売促進を図りたいと、努力しているとい
うところなのです。
7
ところで、当地奈良の宣伝を最後にしておきましょう。
皆様もご存知のように、世界遺産に登録され、なるほど1000年以上前に都
があった所ですし、国宝・重文級の建物、仏像の数も、他県に比べて群を抜いて
いるのは、誇れるところだと思います。
伝統行事なども、特に2~3月に行われる東大寺二月堂の修二会(お水取り)
などは、725年から、なんと今年は1252回目でしたし、12月の春日大社
のおんまつりは、1136年から始まっているそうですし、その継続の長さには
本当に驚き、感心させられます。平時は知らず、戦時や政変時でも伝統を絶やさ
せなかった先人の労苦が忍ばれます。行事ではありませんが、11月の奈良国立
博物館の正倉院展には全国各地から、人が集まってきます。毎年来るというファ
ンもいるようです。
ただ、たいした産業もなく、観光が柱の奈良も、近年観光客が減ってきていま
す。単に、手持ちの文化財を見せるだけではない、活かす何かが必要なのでは、
と思います。
私が30年近く前、初めて奈良に来た時、あのだだっ広い平城宮跡が何の手も
施されないまま、ただあるのは、驚きでした。今でこそ朱雀門が立ち、大極殿の
復元工事中で、それはそれでいいのですが、もっと現在いる人への利用方法が考
えられないものかと思ってしまいます。
今に生きる人の新しい行事としては、3年前から8月にバサラ祭りが始まりま
した。奈良県出身の河瀬直美監督の最新作映画『沙羅双樹』の中でとりあげられ
ていますから、興味のある方はご覧になって下さい。この新しい祭りも根付いて、
続いていってほしいものです。
昔、修学旅行で行ったよという方も多いと思いますが、ぜひどうぞ、一度奈良
においで下さい。そして、「器まつもり」に顔をのぞかせて下さい。お待ちして
います。
おあとは、よく引越しをなさいました新家 薫さん、よろしくお願いします。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
追 記
《編集子》
♪ HPへ接続して覗いてみた。先ず、店内の立派な景色が出てくる。勿論、「器」
商品の情報や周辺の宿案内まで良く構成されている。
勿論、当然のことながら、ご主人である「器まつもり」松森重博社長の堂々
たる横顔が紹介されており、とても元気そうだ。
♪ 奥様和子夫人の上記説明と同様に、その紹介記事でも「合唱を楽しむ地元商
店街の社長さん」ということで、今や当地域の名士になっておられるようだ。
♪ 彼が和子夫人の原稿をメールで送付してくれたのだが、その一端を覗える内
容が含まれていたのでここに紹介しておこう;
「当方 6月に「第9」(阪哲郎指揮)と「県民合唱祭り」との2本の
本番があり、時間作っての練習参加です。
昨日、ロータリークラブの催しで聞いたソプラノの稗田摂子さん、
あとで雑談していたら、彼女、東京芸大の学生のころ、東京アカデミー
合唱団で、トラで歌ったとのこと、世間狭くてびっくりしました。」
8
<マンハイム便り>
「ある合唱団員の4月の過ごし方」
青 柳 亮 子(A、ドイツ・マンハイム)
連日30度近くまで気温が上がり、マンハイムもようやく夏らしくなってきま
した。最近はライン川のほとりの喫茶店まで散歩を兼ねて歩いていき、そこで3
時間ほど勉強するのですが、身体に当たる風が心地よく、疲れを自覚できないせ
いか、そのときははかどっても、帰宅後にどっと疲れが出て、良いのやら悪いの
やら・・・です。
4月は、復活祭の礼拝に、合唱団で聖金曜日(18 日)
・主日(20 日)と参加し
てきました。プロテスタントの礼拝の進行は全く分からない上、ドイツ語なので、
次に何が起こるかまだつかめず、他の団員よりも礼拝は緊張します。しかも、我々
の気まぐれな女性指揮者が4日前になって、オルガンの伴奏もやれ、などという
ので、蒼くなりました。生まれてこのかた弾いたことがない、と必死の抗弁も実
らず、ニコニコして「毎日来て練習していいわよ~」と教会の鍵を渡されました。
練習初日、恐る恐る教会の鍵を開け、中に入り、オルガンの前に座って楽器を
眺めてみたものの、鍵盤を押せばとにかく音の出るピアノとは全く勝手が違い、
どのようにすれば音が出てくれるのやら、皆目見当がつきません。15 分ほど悩
んだ挙句、ようやくオルガンの「鍵」の存在に気づき、それをひねると、手元の
ライトが点灯し、上の方から空気の入る音が聞こえ、なんとかパイプオルガンら
しい雰囲気になってきました。でも、まだ音は出ません。「どこかの栓を引っ張
らない限り音は出ない」ことに気づくまでにまたしばらく時間を要しました。仕
組みも分からないのに初めてミシンで服を縫うようなものです。妙な音でも出し
たら天罰が下るのでは、などという余計な恐れまで抱きました。聖歌とバッハの
アリア、それにヘンデルの「マカベウスのユダ」の中のハレルヤコーラスを、ど
うにか中3日で形にして、礼拝に臨みました。(足のペダルはさすがにムリなの
で、勘弁してもらいました)
当日も、相変わらず礼拝の進行を覚えていないものですから、自分がどのタイ
ミングで合唱団からオルガンのところまで歩いていけばいいのかわからず、周り
中の団員に、そのタイミングになったら「こっそり」教えてくれるように頼んで
おきました。心優しき団員たちは、「私が間違えたら大変」とばかりに、そのま
た周りの団員に頼んだらしく、いざそのときになったら、周り中一斉に私の方を
向いて、「さあ行け!」とばかりに合図をくれたので、「こっそり」という目論見
は失敗に終わりました。聖金曜日は、オルガンの上下段を間違えるという結構な
大ミスをやらかしましたが、合唱には影響しなかったので、まずは大過なく終わ
りました。日曜の方も、いざ始まってみたらリハーサルの時と指揮者の立ち位置
が違って、私の視界から彼女が消えるというアクシデントに慌てましたが、「雰
囲気で」誤魔化しました。本職が聴いたら呆れるような演奏だったと思うのです
が、ピアノとは仕組みもスケールも違う楽器で、苦労したものの、気分良く終わ
ることができました。信者でもない私にこのようなチャンスをくれた指揮者に、
感謝しなければならないですね。
9
聖金曜日は礼拝の後、その指揮者が食事に招待してくれて、家族とともに、聖
金曜日らしい魚料理をいただきました。主日は、教会がブランチを用意してくれ
て、そのまま礼拝堂の中での食事となりました。この日曜はみなおしゃれしてく
るせいもあって、どの団員の表情も華やいで見えました。
4月 30 日には、Tanz in den Mai というもう一つの大きな行事があり、合唱
団の貴重な収入源なので、これにも力が入りました。バンドを招待して、練習場
を開放し、飲み物・食べ物を販売して、夜中まで踊り明かすという行事です。こ
れは日付からいって、どうやらワルプルギスの夜にちなんだイベントのようです。
魔女のお祭りを教会でやる、ということに疑問を抱く人はあまりいないようでし
たが。
私はあまり踊った経験がないので、日本人2名を連れて行って、最初はひたす
ら日本的飲み屋トークを繰り広げていましたが、その場の雰囲気に呑まれて、と
いうよりむしろ、他の団員に引っ張り込まれる形で、結局後半2時間以上も踊り
の輪に加わることになってしまいました。最後にはあとの2人の日本人も踊って
いたようです(正真正銘、アジア人はわれわれ3人だけでした)。
その一人曰く、
「サファリパークのつもりで最初は車の中から眺めているつもりだったのに、
最後には車から引き摺り下ろされちゃいましたよ」
・・・まあ、観察されていたのは、我々3人の方だったかもしれませんが。
この行事のため、この週は飾りつけ、後片付けと合わせて、計4晩も合唱団に
出動するハメになりましたが、普段大学でのダンスパーティなどにも顔を出さな
いものですから、準備や締めくくりに参加できたのも、貴重な体験でした。ドイ
ツは5月がいちばん美しい、とよく言いますが、その美しい季節をここまで楽し
みに待つのか、と印象深かった一晩でもありました。
今、こちらの合唱団では、「マカベウスのユダ」の歌詞 A にデンマークの現代
の作曲家が曲をつけた、"Eversmiling Liberty"という作品に取り組んでいます。
7月はじめの演奏会に向けて、振付師を招いてちょうど全曲の振り付けを終えた
ところ。聖霊降臨祭の連休中は自主練習期間となり、暗譜に一苦労しています。
あと一月で本番というこの時期に、この状態でいいのか!?と、日本でもたびた
び経験した危機感にそろそろとらわれ始めた初夏のお便りでした。
∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮
猿山に鴉まじるゝ薄暑光
藤原恭子
季語=薄暑:未だ本当に暑くならないこの頃のような陽射しのこと
上野動物園での吟行で、鴉が自由に檻から出入りする様を見て詠んだもの
(広瀬直人主宰「白露」の東京句会(4 月末)で特選をつけたもの)
∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮
10
<会員の声>
「九死に一生!」
平 木 聖 二(B、東京都江戸川区)
突然、急性心筋梗塞で倒れた。
「生」と「死」の極め付け、賽の河原にいた……!
去る4月26日(土)、仕事で或る会社に赴こうとしていた。
重たい鞄を持って…。しかし、どうもいつもと異なる“胸キュン”が、なかなか
引かない。 いつもと違うと思いながらも、取敢えずの一休みを近くの公民館風
の建物の畳の部屋で横にならせてもらって、回復を待った。
約1時間過ぎても、少しも良くならない。
じっと待っていてもしょうがないと思い、外に出てみた。 そして、少々歩き
出したところ、その通りのお店の奥さんが
“顔色が青いですよ。救急車でも呼びましょうか?”と言って下さった。
やっとの思いで
“お願いします”と言って、うつ伏してしまった。
しばし、朦朧とした幻想の世界に居た。やがて救急車の「音」が聞こえてきた。
これで助かると思えたものの、意識は次第に遠のいていった。
気がついたら、小生の心臓の内部の血栓が手前へ手間へと取り出されつつある
ところであった。
<意識不明>
その後の時間経過は定かでないが、何か雰囲気が安らかな方向に向っていた。
寝台が動き出すと、二人の人(娘、甥)が立って、私を看守っていた。
(私の二人の息子達は、ヨーロッパに在住している)
<意識不明>
気がつくと、天女とも天使とも思える声が聞こえた……
“平木さーん! 平木さーん!、……!、………!”
何度も何度も入れ替わり立ち替わり、
<意識不明>
一方、他の身体の部分で床ずれのお尻の痛さが身に沁みる。
<意識不明>かなり長かった。
ついに、意識が回復した。そして、最後の心臓カテーテル検査だ。
これは、心臓内の細い管に「造影剤」を投与して血管の状況を見てきたので、
今度は、水などを摂取して「造影剤」を早く尿として排泄させるように、
麻酔の注射のみで処理するものだ。
この検査を無事終えて、やっと退院することができた。退院! 退院!
それは5月16日(金)であった。 不意の病から、3週間でやっと“クリアー”
できた喜びは格別のものだ!
私 は い ま 生 き て い る!
“人間万事塞翁が馬”の実感である。
以上。
11
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
楽友会告知板
会費(2003年度)納入のお願い
現在、貴会員の会費納入状況は次の通りです。
(○印まで納入済み:5月31日現在)
平成10年度(1998)、平成11年度(1999)、平成12年度(2000)、
平成13年度(2001)、平成14年度(2002)、平成15年度(2003)、
平成16年度(2004)、平成17年度(2005)、
…平成 年度(20 )まで。
(なお、上記納入状況が間違っているようであれば、ご指摘下さい。)
部分の年会費を同封の振込用紙にてお振込み下さるよう
従って、下線
お願いします。
なお、振込用紙通信欄に会費内訳(例、平成○~○年度分)をご記入下さい。
口座番号:00160-5-770081 年会費:2000円
**-*-*-*-*-*-**-*-*-*-*-*-*-**
あとがき
☆ 「五月晴れ」という素晴らしい言葉がどこかに飛んでいってしまった程、天
候が優れませんね。
☆ 最近は、地震が多くなってきたし、台風までも38年ぶりに本土へ来るなど、
また、中国で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)が世界中の人々を脅
かしているなど、世相は憂鬱な状況ですね。
☆ こんな中、5月は秋山先生と2回懇親を深めることができ、楽しいひとときを
もつことができました。
先生はいずれも混んだ日程の中でのことなのに
(また、もう白髪になられて暫く経つのに!)とてもお元気で、アカデミーの創
立40周年のみならず、50周年まで楽しみにしておられるようだ。
会員皆さんも元気を出しましょう!
☆ 「パエリア」料理のシェフ大槻氏は、参加できなかった会員にも料理を楽し
んでもらおうと、当紙面にレシピも披露して頂いた。是非皆さんもご自分で
(彼が静岡大学で音楽の教授だと言っているが、本当は「ス
も楽しんで見て下さい。
ペイン料理学」の教授かもしれないぞ!?!?)
☆
「器まつもり」のHPを覗いていると、奈良まで行きたくなりますね!
しかし、HPにご主人だけ登場するのではなく、是非、奥様にもご登場を!
☆ 平木氏の報告には驚きました。70歳過ぎての仕事はほどほどにして、ご自愛
のほどを!
☆ 次号「9月号」へのご投稿は8月末頃までにお願~い!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
発行元:東京アカデミー合唱団 楽友会 http://www.geocities.co.jp/MusicHall/7106/
発行責任者:中西英夫
連絡先:〒151-0053 渋谷区代々木1-58-11 中沢ビル内
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
12