予定症例 1.僧帽弁置換術における問題症例 症例呈示:清野雄介 key note lecture(左室後壁 rupture を含めて):川合明彦 2.OPCAG症例で moderate MR が見つかった症例 症例呈示:小森千鶴(東京大学大学院医学系研究科学専攻生体管理医学講座麻 酔学) 佐久間 潮里(東京女子医科大学麻酔科学教室) key note lecture:金 信秀(東京大学大学院医学系研究科学専攻生体管理医学講 座麻酔学) 3.術中大動脈解離が見つかった症例 症例呈示(体外循環中に偽腔送血となった症例):渡橋 和政 症例呈示(大動脈カニュレーションによる解離症例):大西佳彦 key note lecture:渡橋和政 Part Ⅱ:14:30−17:00 司会;北畑 洋(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部侵襲病体制御 医学) 小出 康弘(横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター 麻酔科) コメンテーター; 森野 良蔵(東京女子医科大学医学部 岡本 浩嗣(北里大学医学部 麻酔学) 山田 達也(慶応大学医学部 麻酔学) 麻酔科学) 黒澤 博身(東京女子医科大学医学部 心臓血管外科学) 1.穿刺困難例において頚静脈エコーを活用する 症例呈示:深町きく代(東京女子医科大学医学部 麻酔科学) key note lecture:森野良蔵 2.人工心肺後VSD・ASDなどの残存病変が見られたら CCTGAの三尖弁逆流置換術など 症例呈示:山本有紀(東京女子医科大学医学部 key note lecture:岡本浩嗣 3.弁形成術における問題点 麻酔科学) 症例呈示(David 手術):向井誌保子(東京女子医科大学医学部 麻酔科学) key note lecture(SAM による左室流出路狭窄):山田 達也 4.ICU と TEE 症例呈示:清野雄介 key note lecture:小出 康弘 OPCAB 症例で moderate MR が見つかった症例 PART I 1 僧帽弁置換術における問題症例 東京女子医科大学 医学部 麻酔科学教室 清野雄介 僧帽弁置換術においては perivalvular leakage や stuck valve といった問題が起こり うる。その際には術中 TEE 所見が再手術を施行するかどうかの決め手となるこ とが多い。今回は問題症例3例を提示したい。 症例1 79 歳女性, 151cm, 47kg。生体弁による二弁置換を行い,術後2日目。 術後循環動態が不安定で,胸部 X 線撮影で高度な肺水腫を認めた。初回手術の 人工心肺離脱の際に後に軽度の僧帽弁逆流を認めていたという。 症例2 52 歳女性,159cm,54.7kg。機械弁による二弁置換が行われた。人工心 肺からの離脱後,perivalvular leakage を認めた。 症例3 56 歳女性,162cm,61kg。機械弁による僧帽弁置換が行われた。人工 心肺離脱時に弁尖の一枚が動かないように見えた。 あなたはどう判断するだろうか? Key note lecture 僧帽弁置換術 東京女子医科大学 心臓血管外科 川合明彦 僧帽弁置換術は基本的術式であるが、症例ごとの難易度に最も幅のある手技であり 致死的合併症の頻度は AVR や CABG よりも高い。 その原因は、解剖学的問題点と して 1.僧帽弁は展開が難しく良好な視野が得られない。特に AVR 後では前尖の AM continuity 部は overhang していて直視することはできない。2.大動脈弁輪に比 し僧帽弁輪は線維組織が少なく運針が少しでも深いと左室心筋の裂傷となり左心破 裂を来たす。手技的問題点として1.弁下組織が人工弁下に少しでも張り出すと stuck valve をきたす。2.IE では弁輪が脆弱であるが大動脈弁のように大動脈の外 から運針するテクニックを用いることができず弁の固定が難しい。3.左室の小さい MS に対する生体弁置換ではステントが左室後壁に陥入することがある。 このような 術中合併症は TEE により発見可能であり早期発見、対応が救命に不可欠である。 2 OPCAB 症例で moderate MR が見つかった症例 東京大学医学部麻酔科学教室 小森千鶴 患者は70歳男性、160cm、70kg。不安定狭心症、CAG にて LMT 含有3枝病変 の診断にて予定術式は OPCAB であった。術前検査で、MR は指摘されなかった。 入室後、観血的動脈圧、肺動脈圧モニター下、血行動態、心電図にも顕著な変 化はなかった。術中 TEE でも、MR はみられなかった。執刀後、安定した血行 動態継続中に突然心室性期外収縮5連発が出現、BP 低下、PAP・CVP 上昇、心 電図上Ⅱ、V5 にて ST 低下し、同時に TEE にて MRⅢ°を確認した。逆流は中 心性で、弁尖の逸脱は認められなかった。血行動態の改善を計るとともに、人 工心肺の準備を行った。その後 BP の回復、PAP・CVP の低下とともに、心電図 上の ST 改善傾向がみられ、MR もⅠ°に軽減した。MR は、心筋虚血による可 逆性のもので、冠灌流圧改善により回復したと推測した。On Pump beating にて CABG は施行され、僧帽弁には手を加えずに終了した。 症例 東京女子医科大学麻酔科学教室 佐久間 潮里 50 歳代,男性. 身長 162cm,61kg. 平成 17 年 1 月より胸部 X 線写真にて右中葉 異常陰影を指摘され、次第に増強してきたため、精査加療目的で近医に入院し た。肺癌が疑われ、術前検査を行ったところ、狭心症の疑いがあり、CABG の 目的で当院に転院となった。既往歴に糖尿病、高血圧症、大腸癌(術後) 、転移 性肝臓癌(術後)があり、H16 年より糖尿病性腎症による血液透析が行われて いた。 (術前所見) 胸部 X 線写真:CTR56%、肺野鬱血無し、右中葉に異常陰影あり 心電図:HR84、洞調律、前胸部誘導で ST elevation を認めた 心臓カテーテル検査: (冠動脈造影)#6 75% 90% #14 75% #1 total #7 99% #9 LAD から RCA に向かって側副血行路があり、 #5-7,#11-14 に石灰化を伴っていた. (左室造影) LVEDV 222, EDI 133, LVESV 60, ESI 51.8, EF54%, 全体的に diffuse hypokinesis 経胸壁心臓エコー:Ao/LA 30/51, LVEDd /Ds 59/42, EF54%, wall motion mid ventricular∼apical, septal∼anterior-latelal で hypo, LA,LV の拡大(+), MR III°, mild TR (PG 30. 2 mmHg) 心筋シンチグラム:LAD,RCA 領域に myocardial change を伴う虚血像あり 以上より CABG+MVR が当初予定されたが、今後の肺手術を考えると人工弁に よるワーファリゼーションによる影響が懸念され、off pump CABG が予定され た(#LITA- diagonal-LAD, #GEA-LCX,PL)。Mr に関しては術前のカンファレンス で胸部外科医より術直前の TEE の依頼がなされ、その結果より MAP を追加す ることとなった。 術直前の TEE 所見ではおおよその EF50%程度であり、心室中隔心尖部よりで やや動きの低下が認められた。Mr は tethering と弁輪拡大による central jet が見 られたため、OPCAB( LAD,diagonal)+on pump beating CABG( 4PD)+ CPB 下での MAP が行われることになった。 Key note lecture 東京大学医学部麻酔科学教室 金 信秀 一般に心臓手術に対しては術前検査が充分行われるため、少なくとも定時の OPCAB 術中に新たな器質的 MR が発見されることはほぼないと言える。しかし、 機能的 MR のひとつである虚血性 MR は、術中の心筋虚血で急性に出現したり、 緊急手術において、術前は評価されていなかった慢性虚血性 MR が発見された りと、われわれも比較的遭遇しやすい。前者は、血行動態改善やグラフト開通 によって虚血が解除されれば速やかに消失するが、後者は複雑な問題をはらむ。 診断においては、まず、本当に虚血性 MR のみで、僧帽弁の器質的問題がない かよく観察する必要がある。重症度評価においては、全身麻酔下では MR 重症 度を過小評価しがちであることを考慮する。中等度の慢性虚血性 MR に対し、 バイパス術のみを行うか、あるいは僧帽弁輪形成術などを追加するべきかにつ いては、今も様々な議論がある。人工心肺非使用バイパス術の予定から、心停 止下開心術追加への変更は、当然ながら非常に重大である。卵円孔開存、左房 拡大、左室機能低下などの TEE 所見も、術式決定に大きくかかわる。セッショ ンでは、虚血性 MR にまつわる様々な問題点について議論したい。 3 術中大動脈解離が見つかった症例 広島大学第一外科 渡橋和政 症例は72才女性.DeBakey type I の急性大動脈解離で上行大動脈置換術を行っ た.術前CT,TEEによりエントリーは近位弓部大動脈にあることがわかっ ていた.腕頭動脈起始部も解離していたが,右鎖骨下動脈には解離が認められ なかった.右腋窩・右大腿動脈送血で体外循環を開始したところ,TEEで弓 部の偽腔が張り出し,真腔を狭小化しているのが見つかった.動脈圧モニター では特に異常を認めなかった.腕頭動脈の真腔も狭小化していた.そこで腋窩 動脈送血のみにしたところ,弓部の真腔が回復してきた.ところが,この間に 上腸間膜動脈,腎動脈でも同様のことが起こっていた.術後アシドーシスが進 行し,2週後に患者は死亡した. 国立循環器病センター麻酔科 大西佳彦 僧帽弁置換術後の perivalvular leakage 症例 64 歳女性.僧帽弁狭窄症に対して僧帽弁置換術が予定された.15 年前に僧帽弁 交連部切開術の既往あり.術中 TEE では PHT にて僧帽弁口面積 1.1cm2,弁輪 径 28×34mm,僧帽弁逆流 2/4 を認めた.左房は 90mm と拡大していた. 通常通りの人工心肺下に僧帽弁置換術(機械弁 25mm)が施行された.自己心拍 再開して TEE で評価すると,僧帽弁輪後外側より perivalvular leakage を認め, また左房壁が少し剥離している状態が観察されたが,逆流量は軽度であったた め経過を見ることとした.人工心肺からの離脱を進めていくと,左房壁解離部 位が拡大していく状態となった. 人工心肺を再開して,再心停止下に解離腔閉鎖を試みたが完全な修復は不可能 であり,解離腔を残したまま手術を終了した. 術後,心不全および溶血が見られるため,ICU にて TEE 施行,解離腔の拡大を 認めた.2 週間後に再手術が行われ,再弁置換および周囲組織補強術がおこなわ れ修復された. 大動脈 cannulation による解離症例 62 歳女性.AR(4/4)に対して機械弁置換術を予定された.上行大動脈拡大が指摘 されており,大動脈炎症候群の疑いあるもステロイド服用の既往はなし.術中 TEE では大動脈弁輪径 27mm,ST junction 径 47mm,上行大動脈径 50mm と拡 大を認めた.上行置換を加えた手術を recommend したが,患者への説明内容か ら大動脈弁置換術のみと決定した. 大動脈拡大部を避けるため,弓部 3 分枝下部に送血管の挿入を施行したとこ ろ,挿入部位に血腫が見られたため TEE にて確認をおこなった.挿入部位での 中膜解離が認められたため,送血管を愛護的に抜去した.解離腔は部分的であ り,閉鎖腔であることが確認された.修復をせずにこのまま観察することとな り,大腿動脈より送血管を挿入して人工心肺が開始された. 予定どおりに機械弁 23mm にて大動脈弁置換術が施行された.自己心拍再開 後,自己拍出が開始されると解離腔の拡大が見られ始めた.この時点でも修復 が検討されたが,とりあえず人工心肺から離脱することとなった. 人工心肺離脱後,さらに解離腔の拡大が見られ,弓部を越えて下行まで及ぶ 解離となった.弓部 3 分枝圧迫の恐れがあるため,家族へ説明を行い,再度人 工心肺を開始して,25℃の低体温下に右腋窩動脈送血を追加して部分弓部(右 頸動脈 1 分枝)および上行置換術を施行した.術後は著変なく経過した. 大動脈カニュレーションによる動脈解離 広島大学第一外科 渡橋和政 【KEY NOTE LECTURE】 急性大動脈解離では,真腔,偽腔が複雑に絡み合い,エントリーが複数認め られることが稀でない.体外循環により(人為的に)偽腔送血が起こり,分枝 動脈の灌流障害が起こっても何ら不思議ではない.循環が術前と全く異なるに もかかわらず,順行性の血流の状態で評価されたCTの情報をもとに体外循環 中の灌流を理解することはとうてい無理である.すでに術前評価が役にたたな い状態となったとき,リアルタイムの情報を提供することのできるTEEの意 義は大きい.術前CTの三次元構築を用いても体外循環中の灌流を予測するこ とはまず不可能である. 「流してみて,その状態で評価する」ことしか解決法は ない.ただし,評価すべき分枝は多数ある.それぞれについて自分なりに評価 法を決めておくことが必要である. PART II 1 穿刺困難例において頚静脈 エコーを活用する 東京女子医科大学麻酔科学教室 深町きく代 症例1:症例は43歳男性である。17歳時に、頭蓋咽頭腫に罹患し手術、放 射線治療後である。汎下垂体機能低下症と尿崩症を合併し、ステロイドの継続 投与されてえることもあり肥満をきたしていた。また水頭症に対して右側脳室腹腔シャント術を施行されている。脳梗塞の症候性てんかんの既往もあり、意 識障害を呈している。今回、副腎クリーゼとなり、また肺炎を併発して入院、 点滴加療が必要となったが、末梢の静脈確保が困難であり、内科医より中心静 脈確保の依頼があった。 問題点として①体格による穿刺困難、②意識障害、尿崩症のためソケイ部の 清潔確保困難、③右側の脳室-腹腔シャントが挙げられた。 上記の問題点を考慮して、エコーガイド下の左内頚動脈穿刺を選択した。 症例2:8ヶ月男児。身長 62cm、体重 5kg である。両大血管右室起始症で、過 去4回全身麻酔下に、手術を施行されている。5回目として Glenn 手術を行っ た。術後管理において継続的な上大静脈圧の測定が必要となったため、心臓外 科医から右内頚静脈カテーテル留置の依頼があり、ICU にて行うこととなった。 問題点に、①小児(8ヶ月)、②頻回の内頚静脈穿刺の既往が挙げられる。エ コー補助下に右内径静脈穿刺を行った。 2症例とも、エコーにて内頸静脈を確認することができ、穿刺をスムースに 行うことが できた。 key note lecture 東京女子医科大学麻酔科学教室 森野良蔵 従来の穿刺方法による中心静脈穿刺を行うと、特に重症患者、小児、体格上 の問題のある患者では重篤な合併症が生じやすい。今回の提示症例においても 中心静脈穿刺は困難が予想される。近年従来の穿刺法に代わりエコーガイド下 による中心静脈穿刺が広がりつつある。中心静脈には当然解剖学的変異も存在 するが、エコーを使用すれば血管の位置関係を把握しやすく穿刺の成功率も上 昇し安全に穿刺が可能になる。今回のレクチャーではエコーによる中心静脈穿 刺の解説を行う。特別な機器はなくとも施行は可能であり是非とも皆さんに試 してもらいたい。 2 人工心肺後 VSD ASD などの残存病変が見られたら 東京女子医科大学麻酔科学教室 山本 有紀 <症例1> 1 歳 4 か月女児.心室中隔欠損症(VSD)(膜様部型),心房中隔欠損症 (ASD)に対し,VSD・ASD 閉鎖術が施行された.Qp/Qs 4.0,右室圧 65mmHg と 肺高血圧を合併していた.人工心肺離脱後,経食道心エコー(TEE)で三尖弁中隔 尖基部から右房に向かうジェットを認めた. 問題点:① 人工心肺離脱後に認められたジェットは残存する VSD か,三尖弁 逆流か? ② second run の判断はどのように行うか? <症例 2> 86 歳 男性.左房粘液腫に対し,腫瘍摘出術が施行された.腫瘍は 卵円窩に広範に付着,茎部は僧帽弁前尖近傍に至り,卵円窩・左房壁合併切除 を要した.心房中隔欠損部はパッチ閉鎖されたが,人工心肺離脱時にパッチ下 縁に残存シャント(1.5m/s,左右)あり,部分体外循環下に閉鎖術が行われた. 問題点:① second run などの介入が必要な残存シャントの程度は? のシャント率の計算方法は? Key note lecture 先天性心疾患心臓手術の術後評価 −遺残病変へのアプローチ− ② TEE で 北里大学医学部麻酔科学 岡本浩嗣 単純欠損孔(ASD, VSD)の場合 ・閉鎖部位からの術後のリーク TEE で描出されるリークジェットの到達幅が 1 cm 以下(体重にもよる)の場 合で、針孔かパッチの間からの小さいものであれば許容することもある。しか し、大きなリーク、数条におよぶ場合、連続縫合で組織が裂けてパッチや閉鎖 部位が動揺している事が予想される場合は再修復が必要である。また、術後肺 血管抵抗の低下・右室圧の低下が生じ、心肺離脱直後より遠隔期の方がリーク が増大することがあるので注意が必要である。 ・新たな病変の出現 欠損孔が複数存在することがあり、ひとつの孔閉鎖により他のシャントが顕 在化することがある。ASD や VSD の位置によっては三尖弁逆流が新たに生じる ことがあり中等度から重度の場合は要修復である。 複雑欠損孔(AVSD)の場合 閉鎖孔からのリークは単純欠損孔に準ずるが、AVSD の場合房室弁の逆流遺残 が問題となる。逆流を皆無にする事は弁置換をしない限り困難であるが、特に 房室弁中心部からのもれは再修復が必要であることが多い。逆流の程度の評価 に際して前・後負荷を考慮することと、心機能の改善に伴い心肺離脱直後より 軽減することがあるため術後数日間の心エコーによるフォローが大切である。 流出路狭窄の場合 ファロー四徴症をはじめとする右室流出路狭窄解除術後の遺残狭窄に関して は狭窄前後の圧較差が問題となる。術後遠隔期にかけて圧較差は軽減する傾向 にあること、TEE のカラードップラーからの情報だけではなく、動的な狭窄部 位の性状と程度、実測した圧較差との差異を考慮する必要がある。当施設にお いては圧較差 30 mmHg 以上、右室/左室圧>0.8 が再修復考慮の臨界である。 冠動脈移植を伴う場合 TGA に対するスイッチ手術、ROSS 手術の場合はいち早く移植冠動脈の狭窄遺 残の異常に気付く必要がある。TEE による冠動脈走行に一致した壁運動異常が 出現した場合、再手術が必要となる。 Fontan 系手術、Shunt 系手術、PDA 結紮術、弁・大動脈手術等にも言及したい。 3 症例提示 DAVID 手術 東京女子医科大学麻酔科学教室 向井誌保子 大動脈弁逆流症の手術において、近年新しい術式がいくつか提唱され、改良が続 いている領域である。大動脈弁尖に異常がない場合でも、sinotubular junction(ST junction)などが拡大すると弁の交連部が外側に引っ張られ、弁尖の接合が悪くなり逆 流を生じることがある。このような場合、ST junction を人工血管で縫縮することで、自己 弁温存したまま大動脈弁の逆流を押さえることが可能な場合がある。自己弁温存大動 脈弁手術の DAVID 手術の症例を提示する。 症例 19 歳男性 194cm, 60kg Marfan syndrome、大動脈弁輪拡張症、大動脈弁逆流症の診断にて大動脈弁手術 が予定された。術前の心エコーにて AR mild、A 弁輪径 25mm、valsalva 56mm、AsAo 25mm、FS 0.30、normal contraction、MR・TR trivial 最近行われている自己弁温存大動脈弁手術の症例を呈示して TEE における注意 点を考える。 SAM による左室流出路狭窄 慶応義塾大学医学部麻酔学教室 山田達也 僧帽弁の収縮期前方運動(SAM)は肥大型心筋症では良く知られているが、同 様の病態が僧帽弁形成術後の症例にも見られ、体外循環からの離脱困難をきた すことがある。SAM では左室流出路狭窄と僧帽弁閉鎖不全が特徴的であり、僧 帽弁形成術の 5-10%に見られるとの報告もある。この病態を体外循環離脱困難の 原因の 1 つとして認識する事で、正しい診断と治療を行う事が可能となる。術 中 TEE による体外循環前のチェックにより SAM のハイリスク症例を鑑別し、 僧帽弁形成術の際に sliding technique を行う必要性について外科医と相談する必 要がある。また、体外循環離脱時に SAM が見られた場合は、1)カテコラミン の中止、2)血管拡張薬の中止、3)容量負荷、4)血管収縮薬の投与、5) β遮断薬の投与、6)再修復もしくは弁置換など、通常の低心拍出量状態とは 治療法が大きく異なる事に注意すべきである。 4 ICU と TEE 東京女子医科大学 医学部 麻酔科学教室 清野雄介 心臓手術において TEE は,診断・モニター・リスクマネージメントに極めて有 用であるが,術後の ICU でも治療方針の決定に重要な役割を果たしうる。今回, 術後に ICU での TEE が治療方針に重大な影響を及ぼした症例を提示する。 症例 49 歳男性,177cm, 78kg。Marfan 症候群。AAE,AR に対して Bentall 手術 (Piehler 変法)施行,術後 6 日目。Dopamine(約 4γ),hANP 使用中であった が,術後より酸素化が悪く(P/F ratio≒100),原因検索のため TEE が依頼された。 ICU と TEE 塞栓症の診断や検索は TEE で 横浜市立大学附属市民総合医療センター 小出 康弘 塞栓症は肺動脈塞栓症と動脈塞栓症に大別できる。急性肺動脈塞栓症が生じた 際の血行動態の変化は、心肺停止(伝導収縮解離)、著明な低血圧、右心不全、 右心不全なしに重症度分類できる。心肺停止や著明な低血圧、低酸素症をきた し、気管挿管が施行された場合の診断法は TEE が最適となる。中枢肺動脈に血 栓を検出できれば、PCPS 装着、血栓溶解療法などの積極的治療をすぐに開始で きる。動脈塞栓症(脳卒中、一過性脳虚血発作、下肢や腹部内臓の塞栓)が起 きた患者では、塞栓源の決定に TEE は有用である。TEE では 65%に異常所見が みられるが、TTE では 5-15%しか異常を指摘できないとされる。頻度の高い所 見として、疣贅、左房血栓、左心耳血栓、左房内モヤモヤエコー、左室内血栓、人工 弁上血栓、胸部大動脈の粥腫があげられる。診断がつけば、診断に基づいた再梗 塞を予防する治療法を選択できる。
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