銅を溶浸した焼結鋼の機械的性質に及ぼす基材密度と熱処理の影響 林 忠夫 *・大島 聡範 **・桑原 克典 *** Effects of Heat-Treatment and Sintered Density on the Mechanical Properties of Copper Infiltrated-Sintered Steels Tadao HAYASHI, Toshinori OHSHIMA and Katsunori KUWAHARA Abstract Effect of quench-tempering and pre-sintered density on the mechanical properties of copper infiltrated-sintered steels has been investigated. The result is as follows, 1) Bending strength is independent of sintered density, shows approximately 15 GPa. 2) Tensile strength increase with the increase of sintered density. In the case of tempered at 473K, the strength shows the maximum value, approximately 1100 MPa. 3) Fatigue strength (stress amplitude) is independent of sintered density, shows approximately 360MPa in the steels not performed heat treatment. In the case of tempered at 473K, the strength increase by tens of them. 4) Crack propagation rate decrease with the increase of tempering temperature. 5) Fracture toughness shows constant value independently of sintered density. In the case of tempered at 873K, the toughness shows approximately 43MPa・ m1/2. 6) Hardness increase with the increase of sintered density. In the case of tempered at 473K, the hardness shows the maximum value, approximately 430Hv. 1. はじめに 焼結鋼は金属の粉末を圧縮成形して焼き固めたも のであり,この過程で金属粒子間に隙間が生じる. これが焼結後にも残留して気孔欠陥となる.この欠 陥の存在は成形,焼結の段階において避けることが できず,材料特性の低下の要因となっている.これ を改善するため外部から銅等を浸透させて,欠陥を 充填する溶浸法が行われている. 著者らはこれまでに焼結鋼の機械的性質に及ぼす 銅溶浸率の影響,密度の異なる焼結鋼の機械的性質 と被削性の改善に及ぼす銅溶浸の効果,銅を溶浸し た焼結鋼の摩耗特性および疲労き裂進展特性に及ぼ す塑性加工の効果に関する研究を行い,銅を溶浸し た焼結鋼の各特性値が著しく向上することを報告し た1)~4). 本研究では,銅を溶浸した基材密度の異なる焼結 鋼の曲げ,引張り特性,疲労,疲労き裂進展特性, 破壊靱性,および硬さに及ぼす基材密度の影響につ いて検討した.また,一般に,鉄系焼結材料は焼入 * ** *** 技術専門職員 名誉教授 技術職員 技術室(機械実習工場) 苫小牧工業高等専門学校 技術室(機械工学科) れ・焼戻しによって機械的性質が向上することか ら,上述の諸性質に及ぼす熱処理の影響についても 調べた. 2. 供試材および実験方法 供試材は,日立粉末冶金(株)より提供された基材 密度の異なる焼結合金(社内規格:材料記号14EPC) で,形状は10×13×65mmの角柱である.基材密度は 5.9Mg/m3(低密度),6.5Mg/m3(中密度)および7.0Mg/m3 (高密度)の3種類である.なお,銅を100%溶浸後の 密度は約7.5Mg/m3である.14EPCの化学成分(mass%) はC0.4~0.7, Cu1.0~2.0,Fe残部である. 図1に,三種の基材密度における未溶浸および銅 100%溶浸材の顕微鏡組織を示す.(a)は未溶浸材で 全面に気孔欠陥が存在し、基材密度が高くなるほど 少なくなる.(b)の銅溶浸材では低・中・高密度と もほぼ完全に気孔が充填されている.熱処理は1123 K水焼入れ,473Kおよび873K焼戻しを行った.図2に, おもな試験片の形状および寸法を示す. 曲げ試験は8×10×55mmの角柱を用い,常温にお いて三点曲げ(スパン:30mm)で行った.引張り試験 は精密万能材料試験機(オートグラフDCS-25T),疲 労,き裂進展および破壊靱性試験は油圧サーボ式疲 12 労試験機(サーボペットLab-5U),硬さ試験はビッカ ース硬度計を使用した.組織と破断面の観察は,金 属顕微鏡および走査型電子顕微鏡(SEM)で行った. 疲労および疲労き裂進展試験は,片振り正弦波,応 力比R=0.1,繰返し速度20Hzで行った.き裂長さの 測定は読取り顕微鏡(10倍)を用い,試験片表面にて 観察した.応力拡大係数範囲ΔKを次式によって計 算した5). ΔK = ΔP 1 2 BW ξ= a ( 2+α ) 3 ( 1-α ) 2 ƒ ( ξ ) 〔 MPa・ m 〕 (1) W ƒ ( ξ ) = ( 0 .8 8 6 +4 .6 4 ξ- 1 3 .3 2 ξ2+1 4 .7 2 ξ3- 5 .6 ξ4 ) ここで,Δ:荷重範囲,B:試験片厚さ,W:試験 片幅,a:き裂長さである. 破壊靱性試験はASTM E399に準拠し,疲労き裂を 入れた三点曲げ試験片の開口変位をクリップゲージ で検出して,荷重-開口変位曲線から次式によって 平面歪み破壊靱性KⅠCを計算した6). 図1 基材密度の変化による顕微鏡組織 Pmax K I C= 1 2 BW 60 15 30 ξ= a 15 ƒ ( ξ ) 〔 MPa・ m 〕 (2) W ƒ ( ξ )= 6 ( 1 .9 3 ξ -3 .0 7 ξ +1 4 .5 3 ξ5 1 2 7 2 3 2 9 2 -2 5 .1 1 ξ +2 5 .8 0 ξ 2 ) M1 0 ここで,Pmax:最大荷重,B:試験片厚さ,W:荷重 軸から背面までの距離,a:き裂長さである. (a) 引張り試験片 60 30 30 3. 実験結果および考察 3.1 曲げ特性 10 図3に,常温における曲げ強さσmaxと基材密度ρ との関係を示す.未溶浸材は基材密度の増加にとも ない曲げ強さは増加するが,銅溶浸材では基材密度 . (b) 疲労試験片(三点曲げ) 60 30 30 10 A部詳細 0.2 . . A部 1.2 曲げ強さ σ max ,GPa 20 15 10 未溶浸 5 (c) き裂進展,破壊靱性試験片 0 5.5 図2 図3 試験片の形状および寸法 銅溶浸 6.0 6.5 7.0 3 基材密度 ρ,Mg/m 7.5 曲げ強さと基材密度との関係 13 に関係なく約15GPaの高い強度を示す. 3.2 引張り特性 図4に,熱処理が異なる未溶浸および銅溶浸材の 引張り特性と基材密度との関係を示す.未溶浸材の 引張り特性は基材密度によって増加する.銅溶浸に よりさらに増加して,473K焼戻し材で最も高い引張 り強さを示し,基材密度7.0Mg/m 3では約1100MPaで ある.これは熱処理によるマトリックス部(基地)の 強化と銅の溶浸による気孔の充填の両者が重畳した ためと考えられる.伸びδは基材密度によらず数% の低い値であるが,銅溶浸の未熱処理および873K焼 戻し材において向上が見られる. 図5に,三種の基材密度の未熱処理材における未 溶浸および銅溶浸の引張り破断面の走査電顕(SEM) 写真を示す.(a)の未溶浸材は破面の大部分が粒子 の自由表面すなわち,気孔欠陥の表面で占められ, 基材密度が高くなるほど空隙が少なくなる.(b)の 銅溶浸材では基材密度5.9,6.5および7.0Mg/m3とも 粒子の自由表面はほとんど存在していない.このこ とは気孔空隙に銅が充填されたことを示している. 引張り強さ σB ,MPa 1200 未溶浸 引張り破断面のSEM写真 3.3 疲労特性 図6に,三種の基材密度の未熱処理,473K焼戻し 材における未溶浸および銅溶浸のS-N線図を示す. 応力振幅σaと破断繰返し数Nfとの関係である.未 熱処理の未溶浸材は基材密度の増加に伴い疲労特性 が向上するが,銅溶浸材は基材密度に関係なく,約 360MPaの高い疲労特性である.また,熱処理材は基 1600 1400 図5 銅溶浸 未熱処理 473K T 873K T 1000 800 800 基材密度 600 (Mg/m3) 700 400 5.9 6.5 7.0 未熱処理 473K焼戻し 未溶浸 銅溶浸 未溶浸 銅溶浸 - - 600 応力振幅 σa ,MPa 伸び δ,% 200 0 5.0 4.0 3.0 2.0 図4 400 300 200 1.0 0 5.5 500 6.0 6.5 7.0 基材密度 ρ,Mg/m3 基材密度の変化による引張り特性 7.5 100 0 4 10 図6 105 106 107 破断繰返し数 N f 108 基材密度の変化によるS-N線図 14 10-2 500 400 10-3 W 疲労限度 σ ,MPa 600 300 基材密度5.9Mg/m3 未熱処理 473K焼戻し 873K焼戻し 200 100 図7 200 400 600 800 1000 1200 引張強さ σB ,MPa き裂進展速度 da/dN,mm/cycle 0 0 10-4 疲労限度と引張り強さとの関係 材密度7.0Mg/m3 において,疲労限度が未溶浸で390 MPa,さらに銅溶浸では400MPaに著しく増加する. 焼結鋼の疲労特性は銅を溶浸するだけでなく熱処理 (焼入れ・焼戻し)することにより,さらに改善され ることを示している.なお,繰返し数N=5×106 回 を疲労限度とする. 図7に,疲労限度σWと引張り強さσBとの関係を示 す.疲労限度は引張り強さ約400MPaまで直線的に増 加するが,それ以上ではあまり増加が見られない. 3.4 疲労き裂進展特性 図8に,熱処理の異なる銅溶浸材の応力拡大係数 範囲ΔKとき裂進展速度da/dNとの関係を示す.き裂 進展速度はき裂長さの増分Δaを繰返し数の増分ΔN で除すことにより求めた.基材密度5.9と7.0Mg/m3 とも873K焼戻し材のき裂進展速度が,未熱処理およ び473K焼戻し材よりも減少している.また,下限界 応力拡大係数範囲も増加する.図9に,銅溶浸材(基 材密度7.0Mg/m3 )の熱処理の変化によるき裂進展状 況のトレースを示す.この結果から873K焼戻し材で は,き裂の進展状況が未熱処理および473K焼戻し材 と比べ,き裂が著しく分岐しながら進展して,抵抗 が大きくなると考えられる. 3.5 破壊靱性 図10に,破壊靱性KⅠCと基材密度ρとの関係を示 す.未溶浸材は基材密度とともに増加するが,その 影響が小さく基材密度5.9Mg/m3で13MPa・√mの低い値 を示す.これに対して銅溶浸材では基材密度に関係 なく,特に,873K焼戻しでは高い靱性値約43MPa・√m を示す.これは破壊が基本的にき裂先端とその付近 に存在する気孔欠陥との間のマトリックス部のくび れによって進行するので,873K焼戻しによって全体 がねばくなって破壊エネルギーの消耗につながるた めと考えられる. 10-5 10-6 10-2 10-3 基材密度7.0Mg/m3 未熱処理 473K焼戻し 873K焼戻し 10-4 10-5 10-6 1 5 10 50 応力拡大係数範囲 Δ K,MPa・√ m 図8 図9 銅溶浸材の熱処理の変化によるき裂進展特性 銅溶浸材の熱処理の変化によるき裂進展状況の トレース 15 3.6 硬さ 図11に,ビッカース硬さHvと基材密度ρとの関係 を示す.引張り強さと同様の傾向であり,未溶浸, 銅溶浸材ともに基材密度が高くなるほど,硬さは増 加する傾向を示している.銅溶浸材の473K焼戻し材 において,各基材密度で最も高い硬さを示し,最大 で約430Hvである. 60 未溶浸 銅溶浸 未熱処理 473K T 873K T 破壊靱性 K IC ,MPa・√ m 50 40 30 20 10 0 5.5 図10 6.0 6.5 7.0 3 基材密度 ρ,Mg/m 7.5 破壊靱性と基材密度との関係 600 未溶浸 473K T 873K T ビッカース硬さ Hv 400 300 200 100 0 5.5 図11 6.0 6.5 7.0 基材密度 ρ,Mg/m3 謝辞 実験に使用した材料は, 日立粉末冶金(株)より提 供されたものであり, そのご厚意に深く感謝の意を 表します. 本研究を卒業研究として実験に協力され た皆川正成,広奥格両氏に感謝します. また, 本稿 をまとめるにあたり, 機械工学科高澤幸治准教授, 池田慎一准教授にご指導, ご助言いただいたことを 記し感謝申し上げます. 参考文献 1)大島,林,中村:苫小牧工業高等専門学校紀要, 第27号(1992)p.23 2)大島,林,菊池:苫小牧工業高等専門学校紀要, 第31号(1995)p.1 3)林,大島,桑原:苫小牧工業高等専門学校紀要, 第41号(2006)p.7 4)林,大島,桑原:苫小牧工業高等専門学校紀要, 第42号(2007) 5)黒木,大森:金属の強度と破壊,森北出版(1983) p.31~34 6)國尾,中沢,林,岡村:破壊力学実験法,朝倉 書店(1984)p.73~85 銅溶浸 未熱処理 500 4. まとめ 基材密度の変化に及ぼす熱処理の影響について以 下のように要約される. 1) 引張り強さおよび硬さは,基材密度が高くなる ほど増加する傾向を示した.銅溶浸473K焼戻し材 では,各基材密度で最も高い値を示した. 2) 疲労強度は未溶浸材で基材密度とともに上昇す るが,未熱処理,銅溶浸材では基材密度に関係な く一定である.銅溶浸473K焼戻し材(基材密度7.0 Mg/m3)において最も高い疲労限度を示した. 3) き裂進展速度は873K焼戻し材が,未熱処理およ び473K焼戻し材よりも減少した. 4) 破壊靱性は銅溶浸によって基材密度の影響を受 けず高い値を示した.特に,873K焼戻しにおいて 最も高い値を示した. 7.5 硬さと基材密度との関係 16
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