SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例

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SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
SAW, FBARの歴史
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波を用いています。圧電性材料が用いられるのは、電気信号を弾
1855年Lord Rayleighにより弾性表面波(SAW:Surface Acous-
性表面波に変換する必要性があるからです。圧電性材料は外部か
tic Wave)の存在が数学的に発見されました。1965年にはWhite
ら電界を加えると、歪みを生じます。このため櫛形電極とよばれる
およびVoltmerによる櫛 形 電 極(IDT:Inter Digital Transducer)の
櫛歯状の電極
(以下IDT:Inter Digital Transducer)
を圧電性基板の上
発明があり、これにより多用なフィルタへの応用が開けてきまし
に形成して、信号を加えてやると波を起こすことができます。この
た。まずTVのIF段においてLCフィルタからSAWフィルタへ置き
圧電性基板の表面に立つ波の速度、音速は基板や波の種類で有る
換わり、またレーダーの信号処理においてもSAWデバイスが使
程度決まってきますのでこの櫛歯のピッチを変えることで励起させ
われるようになってきました。IDTの発明からわずか12年後です
る波の周波数を変えることができます。また同様に、IDTにSAWが
が1977年にはWilliamsonが45種のSAWデバイスを応用した開発
到達すると、そのSAWとIDTのピッチが合えば電気信号がIDTの電
品のリストを発表しています。(Proc.1977 IEEE Ultrasonic Sym-
極間に発生します。
posium pp.460-468)この中では、際だった特性ばかりでなく、
広く使われるようになったデバイスとしてTV用IFフィルタやCATV
信号
IDT
圧電性基板
フィルタ、レーダー用のパルスコンプレッサーを始めとする10種
SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
のデバイスを紹介しています。
SAW
SAWデバイスは、この後も用途を拡大してきて通信用途とし
てはコードレスフォンやPagerで使われるようになり、現在の携帯
ピッチ
電話等の通信系で多用されるようになりました。また映像系でも、
衛星放送チューナーへも使われる様になり、さらに地上波デジタ
ル放送の他移動体向けデジタル放送や衛星デジタルラジオと社
会インフラの変遷にともない対象も広げるなかでSAWデバイス
は活用されてきました。GPS用フィルタがカーナビ、テレマティッ
クスや携帯でも使われるようになり、またキーレスエントリーや
タイヤ空気圧監視システムなど車載用途などへと、通信機能が
さまざまなアプリケーションに浸透していくに従い、幅広い機器
で利用されるに至っています。
圧 電 薄 膜 共 振 子(FBAR:Film Bulk Acoustic Resonator)は
1980年に報 告されましたが、 実 用 化 へ 大きく進 みだしたのは
1999年のRubyらによるPCS Duplexerの発表以降となります。
波の種類
こうしたSAWデバイスで使われている波にもいくつかの種類
があり、それぞれの特徴を生かした用途で用いられています。
SAWデバイスの原理
池に小石を投げ入れたりすると、波が起こり周りに伝わっていき
の結晶から作成したウェハーが良く用いられますが、同じ結晶で
ますね。机の表面をたたいたりしても、その振動は周りに伝わっ
もウェハーとする際のカット角、伝搬方向によって波の伝搬特性
ていくのを感じることができます。自由表面の弾性体では表面に
は変わります。伝搬特性としては伝搬速度、電気機械結合係数、
局在して伝搬する波が存在します。これが弾性表面波ということに
TCD(遅延時間温度係数)
などがあります。
なります。地震の時で言えば最初に地中を伝わってくるP波、S波
伝搬速度は、櫛形電極を形成するとき、どのくらいのピッチで
につづいて地表に沿って振動が伝搬する波がやってきます。これ
形成したらデバイスに求められる周波数が得られるかということに
が弾性表面波に相当します。
弾性表面波デバイスでは圧電性材料の表面をつたわる弾性表面
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SAWデバイスでは圧電性材料として水晶やLiNbO3、LiTaO3など
関係してきます。また電気機械結合係数はフィルタなど形成した
とき得られる通過帯域幅等に関係してきます。TCDは使用される
温度に応じてどの位フィルタなどの周波数が動くかに関係してきま
反射器を用いたSAWデバイスの構成をいくつか紹介します。
す。どの基板のどういったカット角、伝搬方向を選ぶかはデバイス
として要求される周波数特性により選ばれることになります。
SAW共振子
代表的な波の種類をいくつか紹介します。
レイリー波
1885年にレイリー(Lord Rayleigh)が半無限の弾性体の自由
表面を伝搬する波として理論的に導いたものです。レイリー波
を使った例としては128°
Y-X LiNbO3やX-112°
Y LiTaO3基板などが
あり以前はTV用、VTR用やBSチューナー用としてSAWフィルタ、
共振子が多く用いられてきました。
リーキー波
波のエネルギーが基板表面に集中しているものの、波の伝搬
1-port 共振子
負
荷
にともなって基板の内部にバルク波を放射しながら伝搬する波で
す。こちらは42°
Y-X LiTaO3や64°
Y-X LiNbO3などの基板を用いた
SAWフィルタがあります。これらの基板でのリーキー波では比
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較的大きな電気機械結合係数を持ち、現在の移動体通信用途で
送信、受信部に必要な、比較的大きな通過帯域を形成しやすい
も42°
Y-X LiTaO3の基板を中心に使用しています。
ラブ波
半無限の弾性体の表面に別の弾性体層を設けた場合、この弾
負
荷
性体層を伝わる波の音速が下の弾性体より遅い時、表面波が存
在し、これを発見者(Augustus Edward Hough Love)の名をとり
2-port 共振子
Love波と呼ばれています。Y-X LiNbO3やY-X LiTaO3上に金属酸
化膜や金属膜を形成することで電気機械結合係数の大きい基板
IDTで励振されたSAWの伝搬方向に反射器をおくことによって
を得たり、温度特性の良好な基板を得ることができます。近年
共振を起こすことができます。この特性を利用した弾性表面波
これも移動体通信用途等で用いられるようになってきています。
デバイスがSAW共振子です。IDTが1つの場合は1ポート共振子
SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
ので多用されています。弊社での移動体通信用SAWデバイスで
とよばれ、また反射器に挟まれた部分に2つのIDTをおいて入力、
材料・構造
出力端子を有するものは2ポート共振子といわれIDT間の伝送特
SAWデバイスを構成する基本要素としては、先に述べた櫛形
性によりフィルタとしても利用されます。
電極
(IDT)
と反射器(Grating)
があります。波長λの弾性表面波を
反射させるのに反射器ではλ/2のピッチで電極等の反射源を複数
トランスバーサル形
並べることなどで全体として大きな反射率を得ています。IDTや
反射器
負
荷
λ
λ/2
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トランスバーサル型はTV用I
FフィルタやBSチューナー用フィ
0次
ルタなどで多用されてきました。波の電極指の公差幅を調節す
るなどして柔軟な周波数特性の設計が可能です。
2次
ラダー形
IDT
IDT
IDT
負
荷
ラダー形フィルタは基本的に不平衡の入出力で使われますが、
DMS形フィルタではIDTからの電極の取り出し方で平衡入力ある
いは出力が可能なことから、平衡入力のアンプに繋げるような場
合に良く使われます。
ラダー形フィルタ
入力
デュプレクサの原理・構成
デュプレクサは携帯電話などで用いられるデバイスで、アンテ
ナ、送信そして受信の3つのポートを有しますアンテナを介して信
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号の送信、受信を同時に行うものです。これはUMTSやCDMAと
SAW共振子
SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
入
力
出
力
いったFDD(Frequency Division Duplex)
といわれる通信システムに
用いられているデバイスです。主要な構成は以下の様になります。
デュプレクサの基本構成
出力
送信部
現在SAWデバイスは、携帯電話等の用途で広く使われるよう
になってきました。ここでは大きく分けて2種類の構造が用いら
TX
Filter
移相器
れます。一つはラダー形フィルタと呼ばれるもので、先ほどの1
ポート共振子を梯子状に接続したものです。
アンテナ
RX
Filter
移相器
ポート
DMS形
送信ポート
受信ポート
受信部
デュプレクサの基本構成
DMS形フィルタ
周波数特性の例を示します。
デュプレクサの周波数特性の例
(赤;送信からアンテナポート、青;アンテナから受信ポート)
負
荷
もう一つはDMS(Double Mode SAW)形といわれるフィルタで
す。2つ以上のIDTを反射器の間に配置することで複数の波のモー
ドを結合させ広帯域のフィルタ特性を得ることができます。 右
上の図のように3つのIDTを用いた例の場合は0次と2次のモード
を利用することになります。
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ここで移相器により、送信ポートからアンテナへ向かう信号は受
信側へ流れず、受信帯域の信号は送信側へは流ない様になりま
上部電極
す。移相器は送信、受信フィルタの特性により一方だけであった
り双方合わせて簡略化した素子構成となったりします。
圧電性薄膜
下部電極
低インピーダンス層
高インピーダンス層
FBARデバイスの原理
Si
圧電性薄膜を電極で挟み高周波信号を加えると圧電性薄膜
の内部を伝わる波(バルク波)が発生し圧電性薄膜の厚さに応じ
てある周波数で共振を起こします。こうして形成される共振子
この構造に置いては圧電性基板の下にλ/4の幅で音響的に低イ
を圧電薄膜共振子(FBAR : Film Bulk Acoustic Resonator)と
ンピーダンス層、高インピーダンス層を設けることで圧電性基板
言います。
で励振したバルク波がSi基板側に漏れていってしまわないように
弊社のFBARでは圧電材料としてAlNが使用されています。こ
の共振子をラダー形のSAWフィルタと同様にはしご状に並べた
りすることでフィルタ特性を実現することができます。こうして
FBARフィルタが出来、またこのFBARフィルタを用いてデュプ
レクサを構成したものがFBARデュプレクサとなります。
FBARの構造としては電極および圧電性薄膜が形成されるSi基
Si
FBARとSAW
上部電極
携帯電話向けSAWで用いられる典型的な基板、42°
Y-X LiTaO3
圧電性薄膜
下部電極
では4000m/s位の音速のリーキー波を使って電極設計をします。
例えば2GHzのフィルタでは
Si
Si
λ×2・109=4000m/s
ティを形成する場合やSi基板上に犠牲層と呼ばれる、あとで除去
となりますので、λ=2μm程度となります。
される層を設けたのち電極及び圧電性薄膜を形成し、後に犠牲
励振の為の電極がこの長さの中に2本入る訳ですので電極と
Cavity
電極間のスペースも同じと考えれば、電極の幅は0.5μmとなり
ます。SAWの製造工程では、半導体等で用いられている微細加
工プロセスが採用され、非常に高精度な線幅管理がされていま
上部電極
圧電性薄膜
下部電極
抵抗による特性の劣化が顕著になり、耐電力性や静電耐圧の面
で不利になってきます。
Si
Si
すが、3GHz近い高い周波数になって来るとプロセス的な難易度
が高くなってきます。また電極の幅も細くなってくるため電極指
FBARで用いられるAlN等では11300m/sと高いバルク波の音速
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SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
板の裏面からDeep-RIEと呼ばれるドライエッチング装置でキャビ
層を除くことで電極の下に空隙を作る方法などがあります。
圧電性
h
下部電極
反射させています。
を持っています。実際には電極の質量効果で音速は低くなりま
Cavity
すが、周波数を決めるのは圧電性薄膜の厚さとなります。SAW
の場合と同様λ×fo=Vで表されますが、λ=2×hとなります。ここ
でfoはFBAR共振子の共振周波数、Vは圧電性薄膜の音速、hは
圧電性薄膜の厚さです。
これによりSAWに比べてより高い周波数帯のデバイスが実現
fo=v/2h
h
下部電極
Si
上部電極
圧電性薄膜
Air Gap
できます。高周波数帯ではSAWよりも耐電力性、静電耐圧的に
も有利になってきます。反面、成膜時の膜厚の精度などより周
波数制御に必要なプロセス上の難しさも出てきます。
パッケージング
TV用IFなどでSAWデバイスが用いられていたころのパッケージ
はメタルキャップのものが広くつかわれていました。(14ページ左
なおFBARと同じようにバルク波を利用した、フィルタ用途で使
われる共振子としてSMR(Solidly Mounted Resonator)
と呼ばれる
構造があります。
上図)
それが後に樹脂で封止されたものが主流となってきます。
通 信 用 のSAWデ バイスもコ ードレス電 話 のころはメタ ル
キャップも用いられていましたが、携帯電話用途で使われる
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Metal
SAW chip
Wire bonding
Metal lid
SAW chip
Wire bonding
Ceramic
package
Resin
ようになるころにはセラミックパッケージに移っていきました。
SAW chip
当初はSAWのチップをセラミックパッケージの中に接着し、ワ
イヤ ーボンディングを行 い、 そののち 金 属 の 蓋を溶 接、 あ
るいはハンダ付けする様なものでした。 携 帯 用ということで
SAWフィルタの小型化の流れも早く、ワイヤーボンディング
Wire bonding
Lead frame
2
Metal Plating
Solder
IDT
Solder
SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
Metal
Lid
LT
Au Bump
Ceramic
LT
からさらに小型化に適したフリップチップボンディングへと移
行し、形状もチップ外の間隙とかが少ないものへ変化してき
ています。
携帯電話での使われ方
携帯電話での主な使われ方を以下に示します。SAW/FBARフィ
ルタ、SAW/FBARデュプレクサはディスクリートとして用いられた
Ceramic
Multi Duplexer Module
(Triplexer / Quadruplexer)
り、また、一部の部品と組み合わせたモジュールとして利用され
たりします。特に搭載Band数が増加していく中で、
セットメーカー
PA + Duplexer
Module
SAW Filter
Duplexer
GPS
ANT
Band 4
Band 1&4
Band 1&4
Duplexer
Bank Module
Main
Main
ANT
ANT
GPS
Band 1
Band 2
Diversity
Module
LNA Module
Sub
ANT
RFIC
Band 5 or 8
GSM 1800
GSM1900
SAW
Multiplexer
Module
Switch
Duplexer
Module
携帯電話でのSAWの使われ方
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GSM 900
GSM 850
GSM_LB Tx
GSM_HB Tx
50ohm
termination
LPF
LPF
Filter Bank
RXM
Module
送信帯
Tx band
受信帯
Rx band
Smaller is better
Insertion loss
Attenuation
0
Attenuation
(dB)
Input
Output
Bigger is better
Frequency (MHz)
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デバイス特性の見方
ジタルサイネージといったM2M用途での潜在市場も大きく広がっ
精度の緩和、デバイス単体だけでなくそれを搭載する基板も含
ていくでしょう。
めての良好な特性実現という観点でもモジュール化への要求は
弊社は新たに必要となるBandに対応して、高周波製品を中
高まっていくと見られます。
心にしたFBAR製品の充実、SAWデュプレクサやフィルタのラ
デバイス特性の見方
るユーザーのモジュール化への要求にも対応していきたいと思
インアップを図っていきます。また、より実装の簡易性を求め
SAWデバイスの特性の見方を、携帯電話用受信フィルタを
います。
例に下図に示します。フィルタでは必要な信号は、できるだ
SAWフィルタはその揺籃期から、TV用IFフィルタ、BSチュー
けそのまま通したい訳ですが、わずかなロスは伴います。こ
ナー用フィルタ、キーレスエントリー用共振子、携帯電話や通
れを挿入損失(Insertion Loss)で表します。 また不要な信号
信モジュールと様々に用途を変え用いられて来ました。今後も
はできるだけ通さないことも必要で、これを帯域外減衰量と
新しい市場に向けキーデバイスとして在り続けていきたいと思
いいます。 減衰量(Attenuation)も挿入損失も単位はデシベ
います。
SAW/FBAR デバイスの動作原理と使用例
でのRF部設計負荷の低減、デバイスの調小型化に対しての実装
ルで表します。
上図の例では、同じ携帯電話上にある送信部からの信号が混
ざるのをさけるため送信の周波数帯域での減衰量が示されてい
ます。
これからの市場
携帯電話市場はローミング対応や、UMTSに加え3.9世代と呼
ばれる通信方式LTE(Long Term Evolution)の拡大に伴って必要と
されるシステム
(Band)
は、今後さらに増えていきます。
また音声トラフィックばかりでなく、スマートフォンでの各種コ
ンテンツへのアクセスや、電子書籍やNetbookなどPCからの通
信モジュール等でのデータートラフィックの増加が期待されます。
また通信機器の搭載は、スマートメータ-やテレマティックス、デ
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