税の帰着について

税の帰着について
土居 丈朗
(慶應義塾大学経済学部)
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/
概 要

法人税は誰が負担しているか



実体経済での法人税の帰着はどうか



法人税は、「法人」が負担しているのではなく、従業員、
株主、債権者、顧客などのステークホルダーが負担
租税負担の帰着は、転嫁しやすさに依存
アメリカでは、法人税の負担の約70%は労働に
日本では、法人税の負担を賃金・雇用調整で対応する
傾向
法人税と消費税の比較の視点
2015/10/1
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2
法人擬制説か法人実在説か




租税負担を考える場合、究極的には経済的負
担は個人に帰着する
経済学では、法人擬制説に立って租税の帰着を
議論する
「法人」は、株主、従業員、債権者、顧客などの
ステークホルダーの集まり
法人税の負担は、結局は企業のステークホル
ダーが負う(場合によっては、市場を通じて、企
業と無関係の個人にも及ぶ)
2015/10/1
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法人税は誰が負担しているか(1)
中長期的効果
短期的効果
法
人
税
増
税
2015/10/1
税引後企業所得
減少
設備投資減少
潜在成長率低下
株価下落
企業所得減少
配当所得減少
家計所得減少
(実質)
製品価格上昇
(名目)賃金低下
(名目)
製品需要減少
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法人税は誰が負担しているか(2)
労
働
者
消
費
者
債
権
者
労働所得
賃
金
転
嫁
企
利
子
利
益
転
嫁
資本所得
配
当
税
人
税
転
嫁
(
株
主
業
課 法
)
価商
格品
2015/10/1
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法人税は誰が負担しているか(3)
★法人税減税の恩恵
中長期的効果
短期的効果
法
人
税
減
税
2015/10/1
税引後企業所得
増加
設備投資増加
潜在成長率上昇
株価上昇
企業所得増加
配当所得増加
家計所得増加
(実質)
製品価格低下
(名目)賃金上昇
(名目)
製品需要増加
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法人税の帰着




法人税は、「法人」が負担しているわけではない。
法人税は消費者が全く負担しない、とは限らない。
法人税の負担は、需要や供給の価格弾力性に
よって決まる。
法人税の負担の転嫁は、現時点だけでなく、将来
にも及ぶ可能性がある。
2015/10/1
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法人税負担の異時点間の影響
今年
来年
法人税
法人税
課
課
税
利益
企
将来
・・・・・
税
利益
業
商品
商品
賃金
利子
配当
賃金
利子
配当
労働者
債権者
消費者
株主
労働者
債権者
消費者
株主
2015/10/1
時間軸
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・・・・・
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租税の転嫁と帰着(1)



法人税は転嫁できるか?
商品の価格が上げてもその需要があまり減らな
い(「需要の価格弾力性が小さい」)とき、租税負
担を価格に転嫁しやすい→租税負担は消費者へ
商品の価格が上がるとその需要が大きく減る
(「需要の価格弾力性が大きい」)とき、租税負担
を価格に転嫁しにくい→租税負担は生産者側へ
2015/10/1
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租税の転嫁と帰着(2)


賃金を下げても労働供給があまり減らない(「労働
供給の賃金弾力性が小さい」)とき、租税負担を
賃金に転嫁しやすい→租税負担は労働者へ
賃金を下げると労働供給が大きく減る(「労働供給
の賃金弾力性が大きい」)とき、租税負担を賃金
に転嫁しにくい→租税負担は労働者以外へ
2015/10/1
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租税の転嫁と帰着:部分均衡分析
企業を納税義務者とした従量税

価格
課税前


消費者余剰:△aep*
生産者余剰:△dep*
供給曲線
需要曲線
数量
出典:土居丈朗『入門公共経済学』日本評論社
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租税の転嫁と帰着:部分均衡分析
企業を納税義務者とした従量税
価格
税込価格の
供給曲線
税抜価格の
供給曲線

課税後



消費者余剰:△afg
生産者余剰:△dhi
需要曲線
税収□fgih
数量
出典:土居丈朗『入門公共経済学』日本評論社
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租税の転嫁と帰着:部分均衡分析
企業を納税義務者とした従量税

課税前



消費者余剰:△aep*
生産者余剰:△dep*
供給曲線
課税後



価格
消費者余剰:△afg
生産者余剰:△dhi
需要曲線
税収□fgihのうち


□fgjp*←消費者
□hijp*←企業
数量
出典:土居丈朗『入門公共経済学』日本評論社
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日本企業の法人課税に対する認識
経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業
税制改革に関する研究会報告書」の調査





企業の公的負担が企業行動に与える影響についてのア
ンケート調査
過去3 年間に新規に海外進出を行った企業3,590社。有
効回収数1,856件、回収率28.5%。
回答企業の産業構成:製造業1,175件、非製造業571件、
分類不明160件
回答企業の企業規模:大企業(資本金10億円以上)741
件、中小企業(資本金10 億円未満)652件、分類不明
463 件。
調査期間:2005年11月4日~12月28日
2015/10/1
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法人税負担への対応(1)
出典:経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会報告書」
(2006年5月) http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g60524a01j.pdf

法人所得課税負担が、今後増大した場合の対応策と
しては、「社会保険料負担増大と同様の対応」と回答
した企業が全体の大多数を占めた。
2015/10/1
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法人税負担への対応(2)
出典:経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会報告書」
(2006年5月) http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g60524a01j.pdf


社会保険料負担が増大した場合の最初の対応策と
して、利益圧縮等によって「ギリギリまで我慢する」と
する企業が半数近くを占めた。
次いで、「賃金・雇用調整」で対応するとの回答が多
かった。
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法人税負担への対応(3)
出典:経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会報告書」
(2006年5月) http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g60524a01j.pdf

中長期的な対応策としては、「賃金・雇用調整」が最
も多かった。業種別・規模別では大きな差異は見ら
れなかった。
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法人税負担への対応(4)
出典:経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会報告書」
(2006年5月) http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g60524a01j.pdf

今後中長期的に法人所得課税負担が増大していくと
した場合に企業の競争力に与える影響について、全
体の8割弱の企業が競争力に「影響がある」と回答し
た。
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法人税負担への対応(5)
出典:経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会報告書」
(2006年5月) http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g60524a01j.pdf

今後中長期的に社会保険料負担が増大していくとし
た場合に企業の競争力に与える影響について、全体
の8割弱の企業が競争力に「影響がある」と回答した。
2015/10/1
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法人税負担への対応(6)

企業が国際立地
選択を行う上で、
法人所得課税負
担・社会保険料負
担ともに、これま
で以上に今後は
重要な判断材料と
なるとする企業が
多い。
出典:経済産業省「経済社会の持続的発
展のための企業税制改革に関する研究
会報告書」(2006年5月)
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Harberger(1962)モデル


法人税の帰着に関する先駆的研究
しかし、現状に鑑みると欠点が多い
静学的分析・・・分析対象が現時点の帰着だけ
 閉鎖経済・・・国際的な経済取引を無視
 法人税の課税ベースは全て資本から生み出されると
仮定
 企業の資金調達に強い仮定(Traditional View)
等

参照:Auerbach (2006)
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開放経済における法人税の帰着(1)

自国が小国※で、資本の国際間移動は完全自由
(労働は国際間移動なし)であるとき
Bradford (1978)


自国が法人税増税=自国での課税後の資本収
益率低下→国際価格、国際利子率は不変なの
で、自国から資本流出→賃金↓
法人税は労働者が全て負担
※「小国」:国際間取引の価格や利子率などに全く影響を与えられな
いほど、経済的な影響力が国際的に見て小さい国
2015/10/1
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開放経済における法人税の帰着(2)




自国が小国で、商品は自由貿易で、資本(と労働)の
国際間移動が全くないとき
Melvin (1982)
法人部門の方が非法人部門よりも資本集約的である
場合
自国が法人税増税→自国内で資本が法人部門から
非法人部門へ移動→両部門でより資本集約的に→
両部門の資本収益率低下、賃金上昇
<ストルパー=サミュエルソン効果>
法人税は資本保有者が負担
2015/10/1
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開放経済における法人税の帰着(3)




自国が小国で、商品は自由貿易で、資本(と労働)の
国際間移動が全くないとき
Melvin (1982)
法人部門の方が非法人部門よりも労働集約的である
場合
自国が法人税増税→自国内で資本が法人部門から
非法人部門へ移動→両部門でより労働集約的に→
両部門の資本収益率上昇、賃金低下
<ストルパー=サミュエルソン効果>
法人税は労働者が負担
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開放経済における法人税の帰着(4)

自国が大国※で、財や資本の国際間移動が完全自由
で、国産財と外国産財が完全代替であるとき
Kotlikoff and Summers (1987), Gravelle and Smetters (2006)



自国と外国の生産技術が同一である場合
自国は資本を全世界総資本量のx%だけ保有→自国
の生産量の割合が全世界総生産量のx%
自国が法人税課税→ x%の租税負担が資本に帰着、
(100-x)%の租税負担が労働に帰着
※「大国」:国際間取引の価格や利子率などに影響を与えられるほど、経済的
な影響力が国際的に見て大きい国
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法人税の帰着の実証分析(1)






日本を対象とした最近の研究:ほぼ皆無
アメリカを対象とした最近の研究:多数
Randolph (2006)
2つの大国、財のみ自由貿易、静学モデル
5つの生産部門:(国産財と外国産財が)完全代替であ
る貿易財法人部門、不完全代替である貿易財法人部門、
非貿易財法人部門、貿易財非法人部門、非貿易財非法
人部門
3つの生産要素:資本、労働、土地(貿易財非法人部門
=農業のみで使用)、要素供給は固定
2015/10/1
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法人税の帰着の実証分析(2)



Randolph (2006):つづき
法人税の負担(標準ケース)
労働
資本
土地
合計
自国
外国
73.7%
-71.3%
32.5%
72.2%
-2.5%
-0.9%
103.7%
0.0%
合計
2.4%
104.7%
-3.4%
103.7%
アメリカの場合、法人税の負担は、約70%が労働に、約
30%が資本に帰着
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法人税の帰着:経済学者の認識

法人課税の負担が、資本(株主)に帰着する割
合 (アンケート調査)
平均値
中位値
回答数
アメリカ
41.3%
40.0%
69名
日本
40.0%
30.0%
101名
出典:Fuchs, V., A. Krueger, and J. Poterba, 1998, Parameters, values and
policies: Survey results in labor and public economics, Journal of Economic
Literature vol.36, pp.1387-1425.
産業構造審議会基本政策部会第14回配布資料, 2006, 「我が国の中長期経済見
通しに関する経済学者・民間エコノミストアンケート調査」2006年4月26日.
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資金調達をめぐる企業観
参照:Sørensen (1995)

Traditional View (Old View)
限界的な利益処分方法:配当
限界的な資金調達手段:新株発行
法人税減税→設備投資増

Tax Irrelevance View (Neutral View)
限界的な利益処分方法:(金融)資本
限界的な資金調達手段:負債
法人税減税→設備投資不変

Tax Capitalization View (New View)
限界的な利益処分方法:配当
限界的な資金調達手段:内部留保
法人税減税→設備投資不変、既存株主への配当増
2015/10/1
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29
日本企業ではどうか






Traditional ViewかTax Capitalization Viewか
日本企業の財務データによる研究:青柳(2006)
2000~2004年度、製造業8業種337社:「ガラス・
土石」、「石油」、「紙・パルプ」、「医薬品」、「鉄鋼」、
「非鉄金属」、「輸送用機器」、「精密機器」
Tax Capitalization View (New View)を支持する
結果
法人税減税が、既存株主への一括固定移転
(lump-sum transfer)となる可能性
企業財務のフリーキャッシュフロー仮説
2015/10/1
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法人税と消費税の比較の視点




法人税は法人だけが負担し、消費税は消費者だ
けが負担するという認識は、経済学的に誤り
消費税は労働所得税と近い性質を持つ(消費税
と労働所得税の等価定理)
法人税は、労働に帰着する部分と資本に帰着す
る部分があることから、労働所得税と資本所得
税が結合した税と見ることができる
法人税と消費税を比較する視点としては、労働
所得課税と資本所得課税のどちらが望ましいか
を見る視点が有用
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消費税と労働所得税の等価定理
<参考>
家計の生涯の予算制約式(収入=支出)
遺産を残さないと仮定
 労働所得税が課税されないとき
(1+消費税率)×生涯消費額=生涯労働所得
 消費税が課税されないとき
生涯消費額= (1-所得税率)×生涯労働所得

◎ (1+消費税率)=1/(1-所得税率)のとき、
上の2つの式は同じだから、消費税と労働所得
税は同じ効果を持つ
2015/10/1
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参考文献






Auerbach, A.J., 2006, Who bears the corporate tax? A review of what we know, Tax
Policy and the Economy vol.20, pp.1-40.
Bradford, D., 1978, Factor prices may be constant, but factor returns are not,
Economics Letters vol.1, pp.199-203.
Harberger, A., 1962, The incidence of the corporation income tax, Journal of Political
Economy vol.70, pp.215-240.
Gravelle, J.G. and K.A. Smetters, 2006, Does the open economy assumption really
mean that labor bears the burden of a capital income tax?, Advances in Economic
Analysis & Policy vol.6, Issue 1 Article 3.
Kotlikoff, L. and L.H. Summers, 1987, Tax incidence, in A.J. Auerbach and M.
Feldstein eds., Handbook of Public Economics vol.2, Elsevier Science, pp.10431106.
Melvin, J.R., 1982, The corporate income tax in an open economy, Journal of
Public Economic vol.17, pp.393-403.

Randolph, W.C., 2006, International burdens of the corporate income tax,
Congressional Budget Office Working Paper Series 2006-09.

Sørensen, P.B., 1995, Changing views of the corporate income tax, National Tax
Journal vol.48, pp.279-295

青柳龍司, 2006, 「企業の資金調達とNew Viewの検証」, 証券税制研究所編『企業行動の
新展開と税制』, 日本証券経済研究所, pp.1-25.
2015/10/1
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