なぜ中国国有企業改革は漸進的 なのか -暗黙契約仮説のアプローチ- 一橋大学大学院商学研究科 岑 鏈瓊(シン レンホウ) 問題意識 • 20年以上経過したが、いまだに国有企業改革は中 国経済改革のボートルネックとなっている。 • 中国の農村改革は割りに早い段階で急速に推進さ れたと対照的に、なぜ国有企業改革はそんなに漸 進的プロセスをとらざるを得ないのか。 • 中国伝統的国有企業における企業と従業員との間 の暗黙契約関係から説明を試みる。 既存説明 • 「社会主義イデオロギー」説。 • 政治体制改革の遅れによる既得権益者への 妥協。 • 「金融制度改革の遅れ」。 • 「経済改革そのものが漸進的」。 国有企業改革の目標 • 市場経済の主体としての競争力がある企業 への変身。 • 政府と企業の分業体制の確立。 • 余剰人員の処理。 • 経営者の育成。 国有企業の実態(成長と衰退) • 全要素生産性の上昇と全体規模の拡大: 生産高は1978年の3,289.2億元から16, 168.4億元に(約4倍)。 • 国民経済に占める国有経済のシェアの低下: 1978年の約80%から1993年の46.9%を経 て、2002年の15.6%に。 • 赤字企業の増加:80年代の20%から1998年 の47.8%に。 国有工業企業の発展 単位:国有工業生産の成長率(%)は固定価格で計算したもので、指数は成長率で換算したものである。1978年を100とする。 12 600.0 10 500.0 8 400.0 6 300.0 4 200.0 2 年成長率 指数(78=100) 19 78 19 80 19 82 19 84 19 86 19 88 19 90 19 92 19 94 19 96 19 98 20 00 0 100.0 0.0 国有工業企業従業員の変化 単位(万人、%) 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 1996 1998 2000 2002 1986 1988 1990 1992 1994 職工数 割合 1978 1980 1982 1984 5000 4000 3000 2000 1000 0 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 1988 20.0 1986 40.0 1984 1982 1980 1978 国有工業企業生産高割合の変化 単位(%) 100.0 80.0 60.0 国有 国有・支配 0.0 国有企業概念の変遷 • 国営企業から1992年の憲法改正で国有企業に。 • 「企業のすべての資産を国家が所有し、しかも『中華人民共 和国企業法人登録条例』に基づいて非公司制企業として登 録された経済組織である」(狭義の定義)。 • 広義の定義:狭義+国有独資公司+国有聯営企業。 • 2000年から国有支配企業の概念拡張。 • 国有資本参加(支配ではない)を加えて、「国資企業」。 国有企業改革の二段階 • 1993年まで国有企業改革は所有権が不変で あるという枠内で国有企業の経営を改善する ための改革。「放権譲利」、「経営請負制」。 • 1993年以降は所有権改革を重点にして、国 有経済戦略大調整という意図をもって、「抓大 放小」「現代企業制度の導入」「企業集団化」 を実施(実質上の民営化)。 国有企業の分類と比較 伝統的国有企業 新型国有企業 設立時期 1992年以前 1992年以降 出資者 中央および地方政府・単独 政府を含む多元 企業形態 (狭義の)国有企業 公司(会社)制 経営目標 計画、利潤、雇用 利潤・利益の最大化 政府との関係 密接。政府からの任意介 入 政府との間に中間隔離層 従業員との関係 安定雇用を提供する暗黙 契約 市場メカニズムに基づく雇 用関係 伝統的国有企業の特徴 • 生産単位:工業化資金を提供する「利潤」創出単位。 • 従業員のすべて保障を提供する社会保障単位。 • 行政・政治単位。 • したがって、従業員と企業(政府)との間に一種の暗 黙契約が存在していたと考えられる。 伝統的国有企業における 従業員との暗黙契約 職業選択権の放棄+労働提供 従業員 国有企業 生存賃金+総合福祉 国有企業リストラの意味 • 内外競争の激化により、国有企業の競争力 が低下。 • 過剰人員のリストラや国有企業の破産は現 実的問題となった。 • リストラ・破産が意味するのは、「暗黙契約」 の解消であり、政府(国有企業)の従業員へ の補償である。 暗黙契約解消財源の欠乏 • 政府が企業の内部留保をほとんど吸い上げるため • • • に、企業内部には補償金を支払う財源はなかった。 政府は工業化戦略を推進するために、吸い上げた 企業利益をほとんどほかのプロジェクトに投下した ために、政府にもその財源はなかった。 国有企業改革以来、基本的に上述した傾向は変わ らなかった。 株式会社制度の導入後、内外資本市場の未発達で 国有資産の売却も進まなかった。 国有企業の残存とモラルハザード • 財源不足のために、従業員リストラの代りに、 国有企業残存策が打ち出された。財政支援、 後に金融機関の支援(たとえば、「安定団結」 融資)。 • 国有企業のソフトな予算制約体質の継続。 • 国有企業経営者及び従業員のモラルハザー ド。 国有企業の経営危機発生 • ソフトな予算制約下の企業・従業員のモラルハザー • • ドは国有企業経営を悪化させた。 赤字額の急激な拡大。 赤字企業数の急増。 • それが98年の国有企業急進改革の背景となった。 • 一方、非国有経済の発展は、98年以来の急進改 革を可能にした。 私企業や経済が発達した地域の証明 • 国有企業の余剰人員の処理は温州市では まったく問題ならなかった(1997年7月10『中 国経済時報』林春霞)。 • 現地調査で寧波市も同様な現象が見られる。 • よく知られた元東北重工業基地はいまだに下 崗による地域は貧困化にしている。 1998年以降の「下崗」と失業の激 増 • 「下崗工人」のデータを見ると、全国累計で1993 • 年300万人;1994年360万人;1995年564万人; 1996年815万人;1997年1152万人;1998年 1714万人;1999年2278万人;2000年2699万 人;2001年6月に2811万人。 その中で、1993-97年のデータは都市部の全 部「下崗工人」をさすが、1998-2001年のあら たに増加部分は国有企業の「下崗工人」のみを 計上した。(楊宜勇『中国転軌時期的就業問 題』) 国有企業改革の因果関係 結論 1 • 中国国有企業の改革が、所有権改革を明示した後 にも進まなかった理由は、伝統的国有企業には政 府(企業)と従業員の間に暗黙的契約が存在したが ゆえに改革するときに、その従業員の貢献に対して 補償を果たさなければならないにもかかわらず、政 府(企業)の資金の欠如などによってその支払いは 制約されている。改革が進まなかった国有企業は 温存され、政府の財政はさらに逼迫される。一種の 悪循環に嵌ってしまった。 結論2 • 政府は「政企分離」を意図したが、実質的に 政府と国有企業との両者は相互依存すると いう管理思考(支配権の喪失への恐怖)に脱 出できず、市場経済の主体としての国有企業 経営メカニズムが確立されずに国有企業改 革を遅らせている。私企業と外資系企業の育 成によって国有企業改革は推進されうる。
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