日本電力産業のパネルデータ分 析: トランスログ費用関数と費用補正係数 関西電力・元京都大学大学院 桑原 鉄也 京都大学経済学研究科 依田 高典 電力産業自由化の流れ 1951 年(昭和 26 年) 5 月、全国を 9 地域に分けて各地域に 1 社の発送配電一貫の電力会社を置く、 「9 電力体制」成立。(それまでは戦時統制により、日本発送電が発電・送電設備を 支配的に保有し、配電は地域の 9 配電会社が独占していた。) 1964 年(昭和 39 年) 電気事業法公布。政府規制の緩和、企業経営の能率向上と電力行政の簡素化、合 理化を主眼としていた。 1972 年(昭和 47 年) 沖縄返還に伴い、沖縄電力発足(特殊法人、1988 年民営化)。 「10 電力体制」に。 1995 年(平成 7 年) 4 月 、卸売電力(発電市場)に関する参入規制の撤廃、保安規制の見直しを中心と した 31 年ぶりの電気事業法の大幅改正。12 月に施行。主な内容は電力卸供給入 札制度の導入 、卸振替供給の活性化、特定電気事業の創設等、料金面ではヤード スティック査定、燃料費調整制度の導入。 1996 年(平成 8 年) 電力 6 社が卸供給入札を実施。応募倍率 4.1 倍を記録。(平成 9 年にも 7 社が、 平成 10 年にも 1 社が実施。) 1997 年(平成 9 年) 5 月「経済構造の変革と創造のための行動計画」閣議決定。「2001 年までに国際 的な電力コスト水準を目指すこと」が明記される。7 月、電気事業審議会に基本 政策部会が設置され、供給制度全般の見直しを行うことになる。 1999 年(平成 11 年) 1 月基本政策部会が小売の部分自由化の方向性を示す報告書を提示。供給電圧 2 万 V 以上、使用規模 2000kW 以上の大口需要家を対象。2 月、報告書に基づく、電 気事業法改正法案が閣議決定。5 月、成立。ネットワーク利用に関するルール設 計、最終保証約款の制定、託送料金の決定などが実施までに行われた。 2000 年(平成 12 年) 3 月、改正電気事業法施行。 東電、関電、北陸電力が将来の自由価範囲拡大を見 越した非規制分野の新料金メニューを届出。 2003 年(平成 15 年) 小売部分自由化についての検証と、自由化範囲など制度の見直し予定。 1.論文の目的 論点 Ⅰ.電力産業は自然独占か。競争は有効に働くか。 Ⅱ.自然独占の場合、どのように効率的経営を促す ようなメカニズム・デザインが必要か。 推定された費用関数から規模・範囲の経済性の測 定し、自然独占的であるかどうかを検証。 有効なヤードスティック競争を促すための費用補正 係数を導出。 2.変数の定義とトランスログ費用関数 変数の定義 ・産出物(発電部門と送配電部門の2財) 発電部門産出物Y1≡発電電力量-所内電力量 送配電部門産出物Y2≡[Σ(電圧区分中位値×電圧区分こう長)]×契約口数 ・投入生産要素とその価格(労働、燃料、資本の3財) デフレーターとしては、資本・粗投資・減価償却費には日銀物価統計の資本財物価指数、 その他にはGDPデフレーターを用いる。 人件費単価PL≡(人件費-委託検針・集金費)/期末正社員数 燃料費単価PF≡(汽力・内燃力・原子力発電燃料費合計)/重油換算熱消費量 資本Kt≡(1-δt)( Kt-1 - LANDt-1) +It+LANDt δt≡t期の減価償却費/t-1期の期末設備簿価、LANDt = LANDt-1 + △LANDt、 It≡Kt-Kt-1-△LANDt +t期の減価償却費 資本価格PK≡[WPI(rt+δ)(1-uz)] /(1-u) WPI≡投資財価格指数、rt≡t期支払利息/t-1期期首社債および長期借入金残高、 u≡法人税率、z≡資本財価格のうち減価償却費として控除される部分の割引現 在価値の割合 ・その他 発電所諸設備利用率CU≡発電電力量/[発電所設備容量×8760] 長期トランスログ費用関数 推定する関数は、全ての生産要素を可変とした長期トランスロ グ費用関数とする。また、個別企業の特殊効果を表すダミー を導入した、固定効果(fixed effect)推定モデルとする。 lnC(PL,PF,PK,Y1,Y2,t,CU) =a0+a1t+a2t2+aculnCU+bLlnPL+bFlnPF+bKlnPK+(1/2)bLL(ln PL)2+ (1/2)bFF(lnPF)2+(1/2)bKK(lnPK)2+bLFlnPLlnPF+bLKlnPLlnPK+ bFKlnPFlnPK+c1lnY1+c2lnY2+(1/2)c11(lnY1)2+(1/2)c22(lnY2)2+ c12lnY1lnY2+dL1lnPLlnY1+dL2lnPLlnY2+dF1lnPFlnY1+ dF2lnPFlnY2+dK1lnPKlnY1+dK2lnPKlnY2+Σt=1…21eLtlnPLDLt+ Σt=1…21eFtlnPFDFt+Σt=1…21eKtlnPKDKt+Σi=1…8fiDi Di≡個別企業ダミー(九州電力を除く) 費用関数の一次同次の制約 トランスログ費用関数に生産要素価格の一次同次の制約 を課す。 bL+bF+bK=1, bLL+bLF+bLK=0, bFF+bFL+bFK=0, bKK+bLK+bFK=0, dL1+ dF1+ dK1=0 , dL2+ dF2+ dK2=0, eLt+eFt+eKt=0 for t=1…21 シェア方程式 シェパードのレンマ(Shephard’s lemma)より導かれた各生産 要素に関するシェア方程式。 SL=bL+bLLlnPL+(bLFlnPF+bLKlnPK)+dL1lnY1+dL2lnY2+ Σt=1…21eLtDLt SF=bF+bFFlnPF+(bLFlnPL+bFKlnPK)+dF1lnY1+dF2lnY2+ Σt=1…21eFtDFt SK=bK+bKKlnPK+(bLKlnPF+bFKlnPF)+dK1lnY1+dK2lnY2+ Σt=1…21eKtDKt シェアの和は1であり、3本のシェア方程式は独立でないため、3本の うちの1本は落とせる。 推定法 制約を課した長期トランスログ費用関数と、 2本のシェア方程式(ここでは労働と燃料)を 連立させて、Zellnerのみせかけ無相関推 定法(SUR)で推定する。 推定結果 トランスログ費用関数(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) at2 acu bL bF bLF -2.85E-03 -0.174859 0.424808 -0.989188 -0.034549 3.06E-04 0.033558 0.32058 0.071744 4.45E-03 係数名 推定値 標準誤差 a0 20.2331 5.14003 at1 0.137516 8.08E-03 bLK -0.078767 6.24E-03 bFk -0.143814 8.22E-03 係数名 推定値 標準誤差 c1 -0.183343 0.494916 c2 -0.542483 0.511313 c11 0.308004 0.084556 c22 0.102608 0.034728 c12 -0.1519 0.049334 dL1 -0.033031 4.01E-03 dL2 3.67E-03 2.28E-03 dF1 0.04905 0.010905 dF2 -7.95E-03 6.16E-03 係数名 推定値 標準誤差 eL1 -7.17E-03 5.78E-03 eL2 -0.030619 5.89E-03 eL3 -0.04202 6.34E-03 eL4 -0.043767 6.43E-03 eL5 -0.044214 6.34E-03 eL6 -0.047017 6.01E-03 eL7 -0.051206 5.94E-03 eL8 -0.054508 5.81E-03 eL9 -0.058218 6.07E-03 係数名 推定値 標準誤差 eL10 -0.062509 6.18E-03 eL11 -0.066041 6.43E-03 eL12 -0.072178 6.40E-03 eL13 -0.077674 6.30E-03 eL14 -0.085502 6.57E-03 eL15 -0.091008 6.93E-03 eL16 -0.100458 7.38E-03 eL17 -0.10579 7.81E-03 eL18 -0.104993 8.01E-03 係数名 推定値 標準誤差 eL19 -0.102964 7.94E-03 eL20 -0.102795 8.12E-03 eL21 -0.103593 9.10E-03 eF1 -9.17E-03 8.33E-03 eF2 -1.14E-02 8.41E-03 eF3 -0.024779 8.80E-03 eF4 -0.040036 9.32E-03 eF5 -0.059103 9.75E-03 eF6 -0.070385 0.010219 係数名 推定値 標準誤差 eF7 -0.07891 0.010684 eF8 -0.091423 0.011113 eF9 -0.096733 0.011987 eF10 -0.102656 0.012313 eF11 -0.110301 0.012711 eF12 -0.116903 0.012905 eF13 -0.122213 0.012977 eF14 -0.120901 0.013353 eF15 -0.116435 0.013588 係数名 推定値 標準誤差 eF16 -0.105834 0.014049 eF17 -0.099383 0.014331 eF18 -0.10527 0.014451 eF19 -0.113385 0.014305 eF20 -0.121469 0.014631 eF21 -0.121586 0.015262 f1(北海道) -0.428967 0.062684 f2(東北) -0.85681 0.014253 f3(東京) 0.474707 0.091527 係数名 推定値 標準誤差 f4(中部) 0.134388 0.02778 f5(北陸) -0.54592 0.128941 f6(関西) 0.247048 0.052107 f7(中国) -0.121713 0.030408 f8(四国) -0.434329 0.101342 費用関数R2=0.996674/労働シェアR2=0.875900/燃料シェアR2=0.911247 符号、統計量など(OLSではないため注意が必要であるが)良好な結果と言える。 3.規模・範囲の経済性の検証 自然独占性 従来:電力会社は強大な固定設備を有する自然独 占産業である。 (電力市場は単一生産物市場であるという考え) 発電、送電、配電部門別の複数財市場の概念 自然独占性=費用劣加法性 ≒規模・範囲の経済性(検証要) 規模・範囲の経済性指標 2財の規模の経済性 ≡1-C(Y1,Y2)/[Y1(∂C(Y1,Y2)/∂Y1)+ Y2(∂C(Y1,Y2)/∂Y2)] 正ならば規模の経済性 1978/1988/1998全てのサンプルについて存在 各財iの規模の経済性 ≡1-∂lnYi/∂lnC(Y1,Y2) 正ならばi財に関して規模の経済性 1978/1988/1998全てのサンプルについて存在 範囲の経済性 ≡∂2C(Y1,Y2)/(∂Y1∂Y2) 負ならば範囲の経済性 1978/1988/1998全てのサンプルについて存在 規模・範囲の経済性測定結果 北海道 全体規模の経済性 0.60 発電規模の経済性 0.73 送配電規模の経済性 0.87 範囲の経済性 -8.01E-17 1978 年規模・範囲の経済性(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東北 東京 中部 北陸 関西 中国 0.67 0.42 0.44 0.55 0.44 0.50 0.66 0.53 0.49 0.55 0.53 0.56 0.87 0.89 0.95 1.00 0.91 0.94 -1.77E-17 -2.42E-18 -1.47E-17 -2.99E-16 -5.84E-18 -4.20E-17 四国 0.53 0.57 0.99 -1.82E-16 九州 0.65 0.60 0.91 -2.31E-17 北海道 全体規模の経済性 0.58 発電規模の経済性 0.70 送配電規模の経済性 0.88 範囲の経済性 -4.68E-17 1988 年規模・範囲の経済性(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東北 東京 中部 北陸 関西 中国 0.67 0.39 0.43 0.60 0.44 0.55 0.67 0.50 0.49 0.66 0.53 0.66 0.86 0.90 0.95 0.95 0.91 0.89 -1.31E-17 -1.48E-18 -8.91E-18 -2.78E-16 -4.12E-18 -2.91E-17 四国 0.54 0.57 0.98 -1.15E-16 九州 0.52 0.64 0.88 -1.56E-17 北海道 全体規模の経済性 0.57 発電規模の経済性 0.67 送配電規模の経済性 0.90 範囲の経済性 -2.83E-17 1998 年規模・範囲の経済性(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東北 東京 中部 北陸 関西 中国 0.64 0.39 0.43 0.53 0.43 0.51 0.59 0.49 0.49 0.52 0.52 0.60 0.90 0.90 0.94 1.01 0.91 0.92 -6.71E-18 -9.13E-19 -5.54E-18 -1.40E-16 -3.07E-18 -1.30E-17 四国 0.52 0.53 0.99 -7.98E-17 九州 0.49 0.57 0.91 -8.77E-18 電力産業は自然独占的な産業であると考えられる 4.費用補正係数の導出 ヤードスティック競争 自然独占的でコンテスタブルでないような産業に間接的に 競争を発揮させるインセンティブ規制がヤードスティック競 争である。 ヤードスティック競争を行うためには、個別企業間で費用 の同質性が必要である。 しかし、実際の費用は各企業により異なる。 費用補正係数による均質化 標準費用・平均費用の導出 j社の費用関数をCj、個別特殊効果をKj、標準費用関 数をc0とおけば、Cj(Y1,Y2)=Kj+ c0(Y1,Y2) 産出量Y=(Y1,Y2)をデータ平均で標準化(Y1/μY1,Y2/μY2) して、その数値のユークリッド距離 =[(Y1/μY1)2+(Y2/μY2)2]1/2を総産出量||Y||と定義 各企業の費用関数Cj(Y1,Y2)を総産出量||Yj||で除した ものを平均費用A Cjと定義 費用補正係数(1) 企業Bの個別特殊効果の費用補正係数 ACA (YB ) c0 (YB ) / || YB || ACB (YB ) (KB c0 (YB )) / || YB || ) 企業Bの規模・範囲の経済性効果の費用補正係数 AC A (YA ) c0 (YA ) / || YA || AC A (YB ) c0 (YB ) / || YB || 企業Bの総合費用補正係数 ACA (YA ) c0 (YA )/ || YA || ACA (YB ) ACA (YA ) ACB (YB ) (KB c0 (YB )) / || YB || ) ACB (YB ) ACA (YB ) ※これらの費用補正係数が大きいほど、より低廉な費用で生産を 行っていることを表す。 費用補正係数(2) × AC0B ACB(YB) ACB × AC1B ACA(YA) ACA(YB) ACA ||YB|| ||μY|| ||YA|| 費用補正係数の算定結果 北海道 個別総費用 227031 個別平均総費用 986087 標準費用 348645 標準平均総費用 1.51E+06 α(個別効果)係数 1.54 β(規模範囲)係数 0.59 γ(総合)係数 0.91 東北 500967 783074 545783 853127 1.09 1.05 1.14 1978 年費用補正係数(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東京 中部 北陸 関西 中国 1.83E+06 959272 186264 1.12E+06 421868 571210 849440 912284 672135 850689 1.14E+06 838644 321527 877376 476470 355331 742523 1.57E+06 525007 960794 0.62 0.87 1.73 0.78 1.13 2.52 1.20 0.57 1.70 0.93 1.57 1.05 0.98 1.33 1.05 四国 233464 893018 360451 1.38E+06 1.54 0.65 1.00 九州 579990 894605 579990 894605 1.00 1.00 1.00 北海道 個別総費用 338302 個別平均総費用 954822 標準費用 519521 標準平均総費用 1.47E+06 α(個別効果)係数 1.54 β(規模範囲)係数 0.67 γ(総合)係数 1.04 東北 796949 871790 868243 949779 1.09 1.04 1.14 1988 年費用補正係数(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東京 中部 北陸 関西 中国 3.24E+06 1.36E+06 233288 1.73E+06 617710 583114 822954 1.28E+06 709640 1.04E+06 2.02E+06 1.19E+06 402701 1.35E+06 697660 362736 719468 2.22E+06 554302 1.18E+06 0.62 0.87 1.73 0.78 1.13 2.73 1.38 0.45 1.79 0.84 1.70 1.20 0.77 1.39 0.95 四国 344883 1.07E+06 532475 1.66E+06 1.54 0.60 0.92 九州 919243 989552 919243 989552 1.00 1.00 1.00 北海道 個別総費用 412764 個別平均総費用 801623 標準費用 633869 標準平均総費用 1.23E+06 α(個別効果)係数 1.54 β(規模範囲)係数 0.64 γ(総合)係数 0.98 東北 994203 674088 1.08E+06 734391 1.09 1.07 1.16 1998 年費用補正係数(長期・2財・修繕費含む・時間ダミーあり) 東京 中部 北陸 関西 中国 3.79E+06 1.76E+06 325245 2.00E+06 780179 483727 761171 843185 654035 844586 2.36E+06 1.54E+06 561437 1.56E+06 881158 300911 665455 1.46E+06 510869 953901 0.62 0.87 1.73 0.78 1.13 2.60 1.18 0.54 1.53 0.82 1.62 1.03 0.93 1.20 0.93 四国 397601 832848 613867 1.29E+06 1.54 0.61 0.94 九州 1.10E+06 782447 1.10E+06 782447 1.00 1.00 1.00 5.補足的解説 東京電力の事例(1) 2財の規模の経済性 1978年0.42 → 1988年0.39 → 1998年0.39 発電の規模の経済性 1978年0.53 → 1988年0.50 → 1998年0.49 送配電の規模の経済性 1978年0.89 → 1988年0.90 → 1998年0.90 範囲の経済性 1978年-2.42E-18→1988年-1.48E-18→1998年-9.13E-17 東京電力の事例(2) α(個別効果)係数 0.62:一定 β(規模範囲)係数 1978年2.52 → 1988年2.73 → 1998年2.60 γ(総合)係数 1978年1.57 → 1988年1.70 → 1998年1.62 加重値を用いた緩和措置も必要? 6.まとめ 費用関数の推定結果 – 電力産業は自然独占的な産業である。 導出した費用補正係数による3つの効果 – ヤードスティック効率化 – 費用推定値を用いた費用削減努力の評価 – 最適操業規模の追求(コンテスタブル市場を 想定した場合)
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