光化学 6章 6.1.3b-d Ver. 1.0 FUT 原 道寛 1 光化学I 序章 • “光化学”を学ぶにあたって 1章 • 光とは何か 2章 • 分子の電子状態 3章 • 電子励起状態 4章 • 分子と光の相互作用 5章 • 光化学における時間スケール 6章 • 分子に光をあてると何が起こるか • 1化学反応機構の概略 • 2光反応とポテンシャルエネルギー曲線 7章 • 光化学の観測と解析 8章 • どのように光を当てるか 9章 • 光化学の素過程 10章 • 光化学反応の特徴 2 6.1.3.分子間光反応初期過程-b.励起錯体形成- 励起錯体 A • 基底状態で何ら相互作用のない MlとM2よりなる系 • 励起分子Ml*(SlまたはTl)が基底 状態分子M2と励起状態を保った B 分子錯体[M l・M2]*を形成 • 異種分子間(M1≠M2)励起錯体: C エキシプレックス (exciplex=exci(ted com)plex) D • 同じ分子間(Ml=M2):エキシ マー(excimer=exci(ted di)mer). D • 出会い錯体とは本質的に異なり, 固有の励起エネルギーと寿命を E もつ明確な電子的励起種 3 6.1.3.分子間光反応初期過程-b.励起錯体形成励起錯体形成の駆動力 + - - + • 電荷移動(M B 共鳴(Ml*M2 ⇔ MlM2* )による安定化. A l M2 ⇔ Ml M2 )と 励起 電荷移動とは, • • • • C 分子間の電荷の偏りであり, もしMlが電子受容性でM2が電子供与性ならば, その電子状態は[ Mlδ+DM2δ- ]* (δ≦1)であり, E δ=1の極端な場合,[ Ml+M2- ]*のようなラジカルイオン対状態 励起共鳴とは, F • 励起エネルギーが二つの分子に非局在化することであるから, • 両者の励起エネルギー準位が近ければ近いほど, • M2上に電子的励起状態が発現する割合は大きくなる. G • エキシマーでは,後者の寄与が支配的 • 二つの分子間に励起エネルギーが等しく非極在化 4 6.1.3.分子間光反応初期過程-b.励起錯体形成励起錯体の形成が光反応の 重要な初期過程である理由 A • 二つの分子が一定の相対的立体配置を取りな B がら軌道の重なりが可能な距離(0.3~0.5 nm) C • その状態で一定時間(寿命)存在 E D • 電荷移動と励起共鳴によって二つの分子が 化学的に活性化 F • →励起錯体は自身がもつ励起エネルギーを 駆動力として化学反応 G 例:1-シアノナフタレン(Ml)とフラン (M2)とのレギオ特異的光環化付加反 応とその反応系の蛍光スペクトル. 5 6.1.3.分子間光反応初期過程-b.励起錯体形成- 光反応が起こらない テトラヒドロフランを溶媒 • 1-シアノナフタレン(Ml)の 蛍光スペクトルに比べて, フラン(M2)を溶媒にすると, A Mlの蛍光は著しく弱くなり, B • →これより長波長側にエキシプレッ B 1[M ・M ]*の発光が観測. クス l 2 • この場合,エキシプレックスからの C 化学過程が発光過程より速いので エキシプレックス発光が弱くなる. 6 6.1.3.分子間光反応初期過程-b.励起錯体形成励起錯体からの化学過程と発光過程は競争するので, A • 一般に光反応が効率よく起こる反応系では励起錯体からの発光は弱いか 観測されない. 反応例:アントラセンの光二量化 • この反応はエキシマーを経由して効率よく起こり, B C • エキシマ一発光は室温付近では観測できない. • この二量体溶液を77 Kで囲めた状態 D • 254 nmの光を照射すると,二量体はアントラセンに分解し, • 生成した二つのアントラセン分子は面と面が向き合った状態で近くに固定 • 77 Kでは,このアントラセンの対を光励起しても二量化せず, E エキシマ一発光が長波長側に新たに観測 7 6.1.3.分子間光反応初期過程-c.電荷移動錯体の励起前述の励起錯体 • 基底状態で分子間の電子的相互作用による安定な状態をもって A いない. 電子供与体分子(D)と受容性分子(A)とが基底状態で 電荷移動錯体(charge-transfer complex)を形成 B • CT錯体あるいはEDA錯体(electron donor acceptor complex). C • 分子間の軌道の重なりによる電荷の移動(偏り)をおもな結合力 (Dδ+ Aδ-), D • 二つの成分(AとD)の吸収とは異なった固有の吸収帯を示す 電荷が部分的に移動した錯体(δ<1) • 溶液中で平衡状態として存在するが, E CT錯体の励起状態は F • 電荷が完全に移動した,ラジカルイオン対として の電子状態(D・+A・‾)をもっている。 8 6.1.3.分子間光反応初期過程-c.電荷移動錯体の励起CT錯体の光反応の一例 • ベンゼン(D)と無水マレイン酸(A)の溶液 A • ~280nmにCT錯体による最大吸収を示し, • AとDいずれもが吸収しない320Bnm近くまでの光を吸収 • 無水マレイン酸のベンゼン溶液を>280 nmの光で照射すると, • 1:2付加体が生成(式(6・11)). C • 励起CT錯体から1:1付加体がまず生成し, • 続いて1,3-ジエン構造をもつ付加体と無水マレイン酸との D Diels-Alder反応が光の関与しない反応(暗反応)として起こったも のである. • シクロへキセンへの無水マレイン酸やE-およびZ-1,2一ジシアノエチ レンの光環化付加反応もCT錯体の励起によって進行 9 Diels-Alder反応 • 共役ジエンにアルケンが付加して6員環構造 を生じる有機化学反応である。 • 1928年にドイツの化学者、オットー・ディール ス (Otto Diels) とクルト・アルダー (Kurt Alder) によって発見された(1950年にノーベル化学 賞受賞)。ジエン合成とも呼ばれる。 • ペリ環状反応のうち、付加環化反応のひとつ。 10 http://ja.wikipedia.org/wiki 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動電子移動(electron transfer) • • • • • • • A 分子間の電子の授受 電子供与体(D)の電子を与える能力 B C 電子受容体(A)が電子を受け取る能力 D ∴Dの最小イオン化ポテンシャル(IP)と Aの最大電子親和力(EA)に支配. E 基底状態分子のIPはHOMOから電子を1個取り去る最小エネルギー F EAはLUMOに電子1個が入って安定化するエネルギー. G 11 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動電子移動:励起状態(SlまたはTl)では・・・ A • 1個の電子はLUMOに励起されているので, B • その電子を取り去るエネルギーIP*は基底状態のIPより励起エネルギー (Eex)だけ小さい. • すなわち, IP*= IP一Eex. C • 励起状態の最大電子親和力EA*は,電子が半占有のHOMOに入って安定 化するエネルギーなので, • EA*= EA+Eexである. • 励起状態は基底状態に比べてEexだけ電子供与能力が高く,また,電子を D 受け取る能力も高い. E 基底状態での電子移動が 著しく吸エルゴン的で 起こり得ない反応系でも, 励起状態ではEexの駆動力を得て電 子移動が容易に進行 12 吸エルゴン反応 • 吸エルゴン反応(きゅう-はんのう)はギブズエネ ルギー変化が正である反応をいい、非自発反応 と同義である。吸エルゴン反応のエルゴンはギリ シア語で仕事を意味する語である。。 • 一般に生物でおこる反応は発エルゴン反応であ るが、反応経路の一部にはほぼ確実に吸エルゴ ン反応があるのでその反応を起こすためにATP が必要とされる。吸エルゴン過程とも。 • 13 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動- 溶液中の電子移動の 自由エネルギー変化△Gを見積もる • 気体状態の物理定数であるIPやEAを用いた場合 反応に関与するすべての化学種の A 溶媒和エネルギーを考慮する必要 • 溶液中の電子授受のパラメータとして, 電気化学で用いる ・+) B • Dの-電子酸化電位E (D/D OX ・-/A)を使う C Aの-電子還元電位E (A RED • wpとは,電子移動で対となって生成したD・+とA・-を D クーロン引力圏外に引き離すに要するエネルギー 14 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動- 酸化還元電位 A • 参照電極(標準水素電極やカロメル電極または銀電極など)を基 準として測定された電位 B C • ほとんどの有機分子の酸化電位は正であり,還元電位は負である. 極性の高い溶媒中におけるwp D • 酸化還元電位に比べると小さい(無視できるほど). • したがって,ほとんどの場合△G>0である. 著しく強い電子供与性または受容性の試剤を使用しない限り, 基底状態で電子移動はほとんど起こらない. E 励起状態では Eexが加わるので, △G*<0となることは容易で 15 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動- 実際の電子移動を経由する光反応 • ラジカルイオン対やそれが拡散解離した A フリーのラジカルイオンのいずれも活性種として考慮 B • 溶媒の極性が重要な役割. 極性が低い溶媒(たとえば炭化水素)中 • ラジカルカチオンとラジカルアニオンそれぞれが溶媒 C 和によって安定化せず, • それらの対がクーロンカで引き合い,接触した状態か D ら解離しない接触イオン対(contact ion pair, CIP)形成. 16 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動- 極性の高い溶媒(たとえばアセトニトリル)中 • • • • A ラジカルイオンを強い溶媒和によって安定化させるので, ラジカルイオン対の間に溶媒分子が数分子入り込んだ B 溶媒分離イオン対(solvent separated ion pair, SSIP). SSIPはさらに溶媒和されて,A・-とD・+それぞれが解離した C フリーのラジカルイオンになる. 完全に電荷移動したエキシプレックスや励起CT錯体:CIPの一種 低極性溶媒中でエキシプレックスが生成する系 • 溶媒の極性が高くなるとエキシプレックス • → 生成しなくなったり、副次的なものになり, • → SSIPやフリーのラジカルイオンが主として生成するようになることが多い. D 17 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動- 光電子移動反応の実例 • アントラセン(A)とN,N-ジメチルアニリン(D)の系 ベンゼンなどの極性が低い溶媒中 A • エキシプレックスが生成し,その発光が見られる. • この反応系のベンゼン溶液を光照射すると, B →アントラセンの光二量体が生成. 18 6.1.3.分子間光反応初期過程-d.励起状態電子移動極性が高いアセトニトリルを溶媒 A • →エキシプレックス発光は観測されない まったく別の光反応が起こり,1:1付加体が生成. この溶媒に重水(2H2O)を少量加えておくと, B • 付加体の10位に重水素が取り込まれる=電子移動が起こった証拠 • ∴極性が低い溶媒中で生成するエキシプレックス(CIP)は付加体を与える 反応を行わず, C D • 極性が高い溶媒中で生成するSSIPまたはフリーのラジカルイオンが付加 体生成の中間活性種. 19 参考文献 • 光化学I 井上ら 丸善(株) 20
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