「ロシア昔話集」と「ブラック ジャック」の比較 諸橋ゼミ 21111241 中通壮太 内容 • ロシア昔話から物語構造論を導きだしたウラジミール・プロップ著「昔話の形態 学」を基に、現代の作品との共通点・相違点を明確にする • 比較対象は前項目で紹介した「昔話の形態学」で取上げられたロシアの魔法昔 話100話の中の7話と、手塚治著「ブラック・ジャック」(第一巻)収録の12話で ある • 比較にあたって「ロシア昔話」はプロップの構造記号列をそのまま適用し、「ブ ラック・ジャック」はプロップのものにいくつか記号を追加したもので構造記号列 を作り、分析を行った。 前置き(ブラック・ジャックの記号列化のための) • プロップの構造記号が指しているのは、主人公、贈与者(主人公を魔法の道具 などを与えることで助ける者)、敵対者の行動や出来事が大半。よって比較対象 に選んだ現在の話からも主人公、贈与者、敵対者と思われる人物の行動や出 来事はプロップの構造記号でそのまま記述できる。 • 医者のブラック・ジャックは形式的には12話すべての共通主人公に見えるが、 プロップ流の分析では贈与者にあたる。 ブラック・ジャックも患者の問題や目的(難病という問題やその苦しみを大勢の 人達に訴えたいという目的)を解決する手段を持つ者である • 主人公に害を及ぼす存在という理由から、病気(人以外の生物)も敵対者と考え る。 プロップの主要構造記号 β(留守) η(謀略) a(欠如) D(贈与者の第一機能) F(呪具の贈与・獲得) K(欠如・不幸の解消) γ(禁止) θ(幇助) B(仲介・つなぎの段階) E(主人公の反応) H(闘い) ↑(出立) δ(違反) A(加害) C(対抗開始) I(勝利) ↓(帰還) 自作の構造記号 著者が新たに導入した構造記号 • RP(表現) • P(代償) テーマ・メッセージを登場人物の結末などで具体的に表現する。 何かを得るが何かを犠牲にする。 ロシア昔話集 • 第247話* η(謀略) θ(幇助) Α(加害) ↑(出立) G(二つの国の間の空間移動) M(難題) N(解決) ↓(帰還) Q(発見・認知) • 第244話 β(留守) γ(禁止) δ(違反) η(謀略) A(加害) F(呪具の贈与・獲得) Ex(正体露見) U(処罰) *)底本(アファナーシェフ・ロシア民話集)に付けられた番号。プロップ自身がここから100話 を取り出している。 ロシア昔話集 • 第133話(一つの問題を解決する過程で話の流れが二つ起こる) β(留守) γ(禁止) ζ(情報漏えい) η(謀略) δ(違反) θ(幇助) Α(加害) Ⅰ B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具、贈与の獲得) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具、贈与の獲得) Ⅱ B(仲介・つなぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) H(闘い) I(勝利) K(欠如・不幸の解消) ↓(帰還) ロシア昔話集 • 第139話(問題が二つ起こり、解決する行程も二つ起こる) Ⅰ ↑(出立) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) G(二つの国の間の空間移動) A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) H(闘い) I(勝利) K(不幸・欠如の解消) J(標付け) W(結婚) ↓(帰還) Ⅱ A(加害) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具・贈与の獲得) G(二つの国の間の空間移動) O(主人公の到着) L(不当な要求) M(難題) N(解決) Q(発見・認知) T(変身) U(処罰) Q(発見・認知) W(結婚) ロシア昔話集 • 第123話(問題が四つ起こり、解決する過程も四つ起こる) Ⅰ D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) A(加害) η(謀略) θ(幇助) A(加害) O(主人公の到着) Ⅱ F(呪具の贈与・獲得) A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) F(呪具の贈与・獲得) H(闘い) I(勝利) K(不幸・欠如の解消) J(標付け) ↓(帰還) L(不当な要求) ロシア昔話集 • 第123話 Ⅲ a(欠如) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) Ⅳ A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) K(不幸・欠如の解消) ↓(帰還) Ex(正体露) Q(発見・認知) U(処罰) W(結婚) ロシア昔話集 • 第198話(行程が五つ起こり、交錯する) Ⅰ F(呪具の贈与・獲得) β(留守) a(欠如) M(難題) C(対抗開始) ↑(出立) N(解決) M(難題) - N(解決) W(結婚) Ⅱ β(留守) η(謀略) θ(幇助) A(加害) Ⅲ A(加害) Ⅳ F(呪具の贈与・獲得) a(欠如) C(対抗開始) ↑(出立) G(二つの国の間の空間移動) K(不幸・欠如の解消) Pr(追跡) Rs(救助) ↓(帰還) W(結婚) ロシア昔話集 • 第198話 Ⅴ A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) D(贈与者の第一機能) - E(主人公の反応) K(不幸・欠如の解消) Ⅵ F(呪具の贈与・獲得) K(不幸・欠如の解消) U(処罰) Ⅶ W(結婚) Ⅷ C(対抗開始) F(呪具の贈与・獲得) K(不幸・欠如の解消) ロシア昔話集 • 第155話(主人公が二人いる話) Ⅰ a(欠如) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) ↓(帰還) Ⅱ a(欠如) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) ↓(帰還) Ⅲ ↑(帰還) G(二つの国の間の空間移動) W(結婚) F(呪具・贈与の獲得) Ⅳ A(加害) C(対抗開始) ↑(出立) H(闘い) I(勝利) J(標づけ) L(不当な要求) Q(発見・認知) EX(正体露見) U(処罰) W(結婚) Ⅴ β(留守) η(謀略) θ(幇助) A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) C(対抗開始) ↑(出立) G(二つの国の間の空間移動) η(謀略) θ(幇助) K(不幸・欠如の解消) U(変身) ブラック・ジャック • 第1話 A(加害) H(闘い) A(加害) B(仲介・繋ぎの段階) F(呪具の贈与・獲得) E(主人公の反応) K(不幸・欠如の解消) • 第2話 ε(探り出し) A(加害) I(勝利) • 第3話 D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) • 第4話 D(贈与者の第一機能) D(贈与者の第一機能) F(呪具の贈与・獲得) A(加害) I(勝利) E(主人公の反応) ブラック・ジャック • 第5話 F(呪具の贈与・獲得) A(加害) H(闘い) RP(表現) • 第6話:第1視点(主人公を如月恵としたとき) A(加害) I(勝利) A(加害) I(勝利) C(代償) • 第6話:第2視点(主人公をブラック・ジャックとしたとき) A(加害) H(加害) I(勝利) A(加害) a(欠如) H(闘い) I(勝利) K(不幸・ 欠如の解消) C(代償) ブラック・ジャック • 第7話 M(難題)+C(対抗開始) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) A(加害) H(闘い) I(勝利) N(解決) • 第8話 D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) • 第9話 a(欠如)+B(仲介・繋ぎの段階) F(呪具の贈与・獲得)K(不幸・欠如の解消) P(代償) ブラック・ジャック • 第10話 D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) • 第11話 ↑(出立)+M(難題)+C(対抗開始) D(贈与者の第一機能) E(主人公の反応) F(呪具の贈与・獲得) A(加害) I(勝利) F(呪具の贈与・獲得) N(解決) • 第12話 M(難題) a(欠如) K(不幸・欠如の解消) N(解決) a(欠如) F(呪具の贈与・獲得)+K(不幸・欠如の解消) 分析:2つ以上の記号列の相対出現頻度比較 仲介・つなぎの段階-対抗開始 加害-勝利 加害-闘い-勝利 欠如-不幸・欠如の解消 加害-不幸・欠如の解消 対抗開始-出立 贈与者の第一機能-主人公の反応-呪具の贈与・獲得 出立-帰還 謀略-幇助-加害 留守-禁止-違反 難題-解決 0% 5% ブラック・ジャック 10% 昔話 15% 20% 25% 30% 35% 結果1:両者共通で頻繁に起きている展開 • 贈与者の第一機能-主人公の反応-呪具の贈与・獲得 • 難題-解決 • 加害-不幸・欠如の解消 結果2:昔話のみでよく起きている展開 • 留守-禁止-違反 昔話において主人公には親にあたる人物がおり、安全のため子供の行動を抑 えることが多い。だが現在の主人公はある程度分別がついている者が多く、親の 干渉が少ない。留守も禁止も命じられなければ違反のしようがない。 • 仲介・繋ぎの段階-対抗開始 「ブラック・ジャック」において全く起きていないのは、上記の行動をする探索者型 主人公がいないから。これは「昔話の形態学」によると自ら問題を解決しようと行 動する主人公であり、ブラック・ジャックにおける主人公は手術を控えている患者 が多いため行動できないことが多い。仲介・つなぎの段階には被害者型主人公が 当てはまるパターンもあるが、これは限定的な状況が多い。死の運命から解放さ れる、滅びの歌が歌われる等。 結果2:昔話のみでよく起きている展開 • 出立-帰還 出立は主人公のこれから先を示す記号。「ブラック・ジャック」での主人公は贈与 者(ブラック・ジャック)から勝手に干渉されて解決してもらうことが多いので、これ から先を示す必要がない。出立が起きなければ帰還にも繋がりようがなくなる。 • 謀略-幇助-加害 上記の記号は全て敵対者を基点にして作られた展開であり、昔話では敵対者 の行動がしっかり描写されているからこの流れが生まれる。「ブラック・ジャック」の 場合一つ一つの話が短いので敵対者の描写も少なくなり、何より病気が敵対者で ある話だと謀略のしようがない。 結果3:ブラック・ジャックのみで起きている展開 • 加害-勝利 昔話では加害を与えてくる敵対者に対して主人公が闘って勝利する展開が多い が、「ブラック・ジャック」では贈与者(ブラック・ジャック)自身が敵対者と闘って勝 利することが多い。「昔話の形態学」では闘いは主人公が行うものなので、どうし ても「ブラック・ジャック」ではこの記号が抜けてしまう。 • 欠如-不幸・欠如の解消 病気や事故が頻繁に起きる漫画のため、必然的に体のどこかを欠如するかそ の危機に陥る主人公が多い。それが起きた場合ほぼ必ずブラック・ジャックが干 渉して欠如を解消する流れに繋がる。 結論 両者を比較したところ、昔話と現在の物語の共通の流れは多いと言える。 確かに比較を表したグラフを見てみると、片方には片方だけの展開があるように 見える。両者からよく起きている展開を引き抜いてみると11個見つかったが、そ の中で両者共通して多い展開は3つしかなかった。しかしこれは時代の違いとい うより、物語のジャンルの違いから出来たものである。 例えば加害-勝利の展開は主人公ではないブラック・ジャック自身が解決する 話が多いから頻繁に起きたものであり、欠如-不幸・欠如の解消の展開は「ブ ラック・ジャック」が医療を題材にした作品だから頻繁に起きたものである。主人公 自身が問題を解決する話や、別の分野を題材にした作品と昔話とを比較すれば、 グラフはがらりと変わるだろう。 以上から、共通の流れは多いと言える。 参考文献 • プロップ「昔話の形態学」1987年,株式会社水声社 • 手塚治虫「ブラック・ジャック」2003年,秋田書店 • アファナーシェフ 「ロシア民話集 アファナーシェフ民話集」1987年,岩波文庫 「ロシア民衆文学 上」1974年,三省堂 「ロシアの民話」1987年,岩波文庫 「ロシアの怪奇民話」1982年,評論社
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